試作品集   作:ひきがやもとまち

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夜の時間帯に再び目が痛くなって書けなくなってしまい、予定通りに続きが書けない作品が多くなってる今日この頃の悩みな作者です。

休み中の練習では書けてたんですけどね…。そのせいで書けた作品に偏りが出てしまってご迷惑をおかけしてます。すいません。


魔王学院の魔族社会不適合者 第11章

 現代の魔界において誰もが知っていることではあったが、魔王学院ベルゾゲートは暴虐の魔王の血を引く者を新たな魔王に育てるための教育機関であり、今年は始祖が復活すると言われている記念すべき年でもある。

 

 そのため、たとえ七魔公老アイビス・ネクロンを招いて特別授業が行われた日であろうとも、午後に予定されていたテストそのものは普通に行われる運びとなっていた。

 ある意味では当然のことであり、如何に始祖から直接血を分け与えられた七魔公老といえども家来は家来。側近でしかない者と、時代の魔王選抜に必要な試験とを同格に扱うわけにもいかない―――ということも特にはないと思いはするのだが。

 

 

「では、これより午後の授業である『ダンジョン試験』を行います」

 

 兎にも角にも蘇った始祖本人である黒髪の少女は、午後の授業が始まる時間帯にミーシャやクラスメイトたちと一緒になって、校舎から少し離れた場所にある古びた遺跡の前に集合させられていた。

 

「ダンジョン試験では、ベルゾゲートの迷宮に挑みます。

 班ごとにダンジョンに置かれた魔法具や武器、防具などを集め、その得点を競うという試験です。

 手に入れたアイテムの所有権は班リーダーが有するルールとなっていますが・・・・・・なにか、質問がある方はいらっしゃいませんか?」

「は~い、エミリア先生。一つだけ質問よろしいでしょうかね~?」

 

 通り一辺倒な説明を終えた担任のエミリア教諭が、単なる形式として聞いて見せてやっただけの問いに対して、バカ正直に挙手して質問を求めてくる白い制服と黒い頭髪のコントラストを持つ一人の女子生徒。

 

 ―――またしても、アノス・ヴォルディゴートか・・・ッ!!

 

 内心で忌々しい気持ちを抱えながらも、形式として確認の必要を問うてしまったのは自分である以上、他の生徒たちの手前、無視するというわけにもいかない。

 

「・・・・・・質問を許可します、アノスさん。何について知りたいのでしょう?」

 

 返答までに僅かな間を入れてやることで、不快さをニュアンスで表しながら皇族の一員であるエミリア・ルードウェルは、平民の混血でしかない黒髪の少女に静かな態度で問いを返したのだが。

 

 相手からの反応は彼女をして、やや意表を突くものではあったらしい。

 

「では、お言葉に甘えまして。――試験の採点基準は、ダンジョンの中から置いてあるアイテムを“持ってくるだけ”でいいんですよね?

 誰が最初に一番下まで潜れたとかのタイムトライアルでも、何かしら特定のモンスターを倒してこいと言うのではなく、ただ手に入れたアイテムを持って出てきて総合計ポイントを競い合う、それだけでいいと。そういう解釈でよろしいのでしょうか?」

 

 一瞬、周囲の生徒たちは相手が何を言っているのか分からず混乱して、そして直ぐに嘲笑を浮かべ出す。

 何を当たり前のことを質問しているのだ、これだから平民は――というような嘲り笑う声が周囲から陽炎のように吹き上げて、四方八方から黒髪の少女に襲いかかってくるが彼女は平然としたもの。

 

「・・・・・・ええ。その解釈で合っていますよ、アノスさん。大正解です」

 

 そして珍しいことに、彼女のことが大嫌いなエミリア教諭までもが、やや感情を消した声音で黒髪の少女からの質問を絶賛し、周囲の生徒たちは再び混乱させられてしまったが、それ以上の説明はなく。

 

「それでは試験を行います、始めて下さい」

 

 と強引に話を切られてしまったことから確認している余裕はなくさせられ、狭い入り口目指して大勢の生徒たちが我先にと飛び込むため全力疾走で走り始める。

 

 その中に、サーシャ・ネクロンがいた。先日の試合で敗れて以来、黒髪の少女率いる班メンバーの一人になっている皇族出身の少女である。

 才能はあるし、努力も怠らない勤勉さも持ち合わせているのだが・・・・・・如何せん。些か以上に固定概念に縛られすぎて、若い癖して頭が固すぎるのが難点だなと、こういう時には頓に思わされて苦笑させられそうになる黒髪の少女だった。

 

「・・・・・・って、ちょっとアノス! 何ボーッと突っ立っているの!? 先を越されるわよ!」

「ご安心を、策はあります。

 それに、最下層の祭壇に供えられてる王錫を手に入れれば満点評価がもらえるそうですからね。焦る必要はありませんよ」

「一応そう言うことになっているけど・・・そんなの絶対に無理だわ! 最下層には教師だって行ったことないないんだもの。地下に王錫があるっていう伝承があるだけで、実際にあるという保証すらないんだし」

 

 教師が誰一人として実在を確認してもいない代物に、試験での最高得点を与えてしまう王立の学園というのはどうかと思いはするのだが、それぐらいなら何時ものことかと、いい加減現代の文化に慣れてきた始祖魔王本人は、その部分はいったん流して話を先へと進めることにして。

 

「始祖が造った『魔王の杖』と言われる、ガイズを強化する杖という話だけど、そんなもの本当にあるわけな・・・・・・」

「おや? 七魔公老の一家であるネクロン家の令嬢が、始祖に纏わる伝承が嘘だったと考えておいででしたので?」

「うぐっ!?」

 

 痛いところを突かれて慌てふためくサーシャ・ネクロン。

 その様子を、“昔と違って”いつもは取り繕ってる姉を黒髪の少女の傍らで見ていたミーシャ・ネクロンが、かすかに「クスッ」と笑いを漏らしたのが聞こえてしまったのは幸いなことに隣に立つ少女だけで、慌てて言い訳探すのに夢中な姉は気づかぬまま。

 このまま忘れ去ってもらうためにも誤魔化す必要を感じた黒髪の少女は、「冗談ですよ」と軽く笑って言い切ってから、少しだけ表情を改めて。

 

「それにまぁ・・・下手に誰よりも早く行くと面倒になるだけな気がしますからねぇ~。早い者勝ちの方針は、この際止めといた方が安全だとは思いますよ?」

「??? なんでよ?」

「どこにあるか分からんアイテム探し出すより、他人が見つけたものを奪い取った方が効率いいし楽だって事です」

「なっ!?」

 

 アッサリと言ってのけた黒髪の少女のルール違反としか思いようのない、少なくともサーシャから見れば間違いなく許されざる違反行為の方法論を、だが近くにいたままのエミリア先生は目を逸らすだけで沈黙するだけ。否定も反論も行ってこない。

 

「そ、そんなのはルール違反だわ! 学院側から許されるはずがない!」

「おや? 先ほどのルール説明で、そんな決まりをどこかで先生は言っておられましたかね? 私はちゃんと確認したはずですよ? “試験の採点基準はダンジョン内のアイテムを持って出てきて総合計ポイントを競い合うだけでいいんですよね”――っと」

『・・・・・・あ』

 

 サーシャは目を見開いて、ミーシャもまた口を両手で押さえて姉と同時に驚きを表す。

 エミリア教諭も、やや気まずそうにそっぽを向いて沈黙する中、発言者である黒髪の少女ただ一人だけが平然と、それらの行為を良いとも悪いとも思うことなく肯定的に見定められていた。

 

 ・・・もともと、彼女の生きていた時代には迷宮の中に眠る財宝を手に入れるため、冒険者と呼ばれる者たちが各地に現れ、魔族と人間の戦争状態による混乱に乗じて古代遺跡から貴重なアイテムを盗掘してくることを生業として幅広く商売をやっていた。

 そうやって手に入れてきた物品の中には、戦争の勝利に大きく貢献するものや、他では手に入らない万病を癒やす秘薬なども存在していたことから必ずしも悪人たちばかりではなかったが墓荒らしの犯罪行為であったことには変わりない者たちだったのも事実ではある。

 

 ・・・そんな連中が得意としていたスキルやら技術やらを、今の時代の黒服皇族の少年少女たちが多数保持しているとは思えないし、むしろ魔力自慢のエリート最強バカたちとしては出てくるところを襲撃して力ずくで奪ってしまった方が手っ取り早い。

 

 ダンジョン内に監視の目が行き届いているなら、王錫も見つかっていて良いはずでもあることだし。

 って言うか、入学試験初日の夜に皇族から『試験での敗北は闇討ちで帳消しにしていいのが皇族だ~』とか、そんなこと宣言されてる身としては気にするだけ今更過ぎるポイントでもあったわけで。

 

「多分ですけど、試験が始まる前から何組かの班同士では談合が成立していたのではないでしょうかね?

 貴重な盗掘スキル持ちを各班で奪い合うよりかは、持って出てきたところを奪い取って献上し、合格ポイント分は報酬としてもらえるだけの方が筋肉バカ連中的には勝率も上がりそうですからなぁ」

「そ、それはそうかもしれないけど・・・・・・だからって・・・・・・」

 

 納得がいっていない様子でマゴマゴし始めるサーシャ・ネクロン。理屈では分かっても感情が納得しないと言うところなのだろう。

 対して、妹のミーシャの方は何かに気づいたのか黒髪の少女の袖をつかんで「クイッ、クイッ」と引っ張って。

 

「・・・・・・イジメ過ぎるのは、ダメ」

「む。・・・これは失礼を」

 

 黒髪の少女は少女で、ミーシャの言動から何かしら感じるものがあったのか非礼を詫び、ダンジョンの入り口の方へと耳を澄ませて誰の足音も聞こえないほど遠ざかっていったのを確認した後、「そろそろ頃合いだろう」と決断して重い腰をようやく上げる。

 

「では、暇潰しもそろそろ終わりにして私たちも出発しましょうかね。サーシャさんも機嫌を直してコチラへどうぞ。

 ・・・・・・一人だけ置いて行かれてもいいというなら、強制はしませんけどね?」

「~~~ッ!!!」

 

 暇潰し扱いで弄ばれたことを聞かされた直後に、近くに寄れと言われた年頃の少女としては当然の反発心を見せかけたサーシャではあったが、今からでは正攻法で他の生徒たちに追いつくことは不可能だし、イラついてもムカつかされても『今はまだ』黒髪の少女に従うしかないと相手に近寄る。

 そして。

 

「きゃっ!?」

「・・・あ」

 

 と、姉妹そろって二人同時に可愛らしい悲鳴を上げて、黒髪の少女から両手を使って腰を抱き寄せられて密着させられてしまい、個性に応じて頬の色をピンクからリンゴみたいな真っ赤に変色させられてしまうのだった。

 

「あ、貴女一体なにを!? は、離しなさいよこの無礼もn―――」

「【アウト・フォール】」

「あ・・・。なんだかムズムズって・・・揺れてる・・・」

「ミーシャも変なこと言わない!!」

 

 一人騒がしく騒ぎ続けながら大騒ぎしてたせいで、サーシャだけは気づくのが遅れたものの、やがて自体の異常さに気づいて顔色を赤から青へと急速に変化させていくことになり、

 

「地面が・・・沈んでいる!?」

 

 驚愕を浮かべるエミリア先生の顔が、段々と視界の高い位置に移動していって、やがて見えなくなるまで遠ざかっていった頃にはサーシャの混乱は限界を突破する寸前になっていた。

 迷宮は本来、各層をつないでいる階段を見つけ出して降りることで下層を目指す造りになっているはずの場所であって、こんな天井に穴を開けて直通の通路を造ってしまうような攻略方法はサーシャが調べたダンジョン試験の受かり方のどこにも書いてあったことなんてない!

 

「・・・詐欺よ! インチキよ! こんな方法で試験受かってアンタ本当にそれで満足なの!? もっとこう、自分の実力で突破してこそのものでしょう!? こういうのって!」

「ですから、ダンジョン内にあるアイテム取ってくるだけの試験だと言ってましたでしょうに」

「きぃぃぃぃッ!!! つくづくあー言えばこういう奴ゥゥゥッ!!!」

 

 腰を抱きしめられながら、足だけ地団駄して暴れまくって不満を露わにするサーシャ・ネクロン。

 自分たちの直ぐ横で「ズモモモ・・・」と地面が抉り取られて穴を開けあれていく途中の光景に取り囲まれているせいにより、余り大きく動いて手を離されたら怖かったのだ。

 

 オマケに、そのせいで嫌がりながらも相手の腰と腰を密着させあいながらの移動を甘受しなければならなくなってしまって、恥ずかしさを隠すためにも、悟らせないように誤魔化すためにも、とにかく怒る! 怒ってみせれば何とかなる! そう信じているというか、信じたがっている金髪ヒンヌーで、いまいち脇に当たっている感触が妹のそれよりショボいものを感じさせられ憐憫さえ抱き始めてきていた黒髪の少女だったのだが。

 

 ふと、思い出したようにミーシャを見つめて、“今朝した話”を蒸し返すかのように。

 

「――そう言えばですが、たしかサーシャさんの誕生日に服をプレゼントとして送るということに決まったんでしたよね?」

「・・・サーシャの誕生日の件? うん、そのつもりだけど」

「でしたら確か、最下層の宝物庫に良さそうなデザインの物があったと記憶していますので、まだ残っていた場合には進呈しましょう。もしそれで良かった場合にはプレゼントに使ってあげて下さい」

「・・・ほんと?」

「ええ、もちろん。ついでとは言ってはなですけど、ミーシャさんの分もあるでしょうからね。・・・もっとも、今もまだ残っていればという前提条件付きにはなりますけどねぇ・・・」

 

 最後は苦笑いと共に、確約できない己の不甲斐なさを微妙に笑い飛ばすしかない黒髪の少女魔王の生まれ変わり姿。

 

 なにしろ、この場所が残っていたことすら意外だったぐらいなのだ。

 これで保管しておいた、いくつかの宝物が全て一つ残らず今まで置かれ続けていたならば、それはそれで一種の奇跡だろうとさえ思われるほどに。

 

「・・・それでいい。気持ちだけでも、嬉しい」

「ご寛容に感謝を。ところでサーシャさんの方は聞きましたけど、ミーシャさんの誕生日はいつなんです?」

 

 軽く肩をすくめてみせてから、そう言えば聞いていなかったなと思い出し、ミーシャの誕生日も聞いておくことにした黒髪の少女。

 別段、誕生日でなければ友人に物を送ってはいけない道理もないのだが、姉の方には「誕生日だから」で贈っておいて、妹の方には「誕生日でなくてもプレゼントを」などとやってしまうと、このお姉ちゃんの割には妹よりも子供っぽい部分を持つ名門出身者さまがまた暴れ出しそうな気がしなくもなかったので、近いうちに渡せるならその日の方がいいだろうと考えたからである。

 

「・・・明日」

「おや、双子だったんですか? ――ですが、その割には――」

 

 一瞬、視線を少しだけ下に落として固定して、再び元の高さにまで戻してから。

 

「幾つになるか、聞いてしまってもよろしいでしょうかね? ・・・あ、いや、そっちの意味ではなくですからね!?」

「・・・?? 十五歳だけど・・・そっちの意味って、なに?」

「忘れて下さい・・・・・・私にもあなた方家族と同じように聞かれたくない事情という物もたまにはあるんです・・・」

「・・・??? わかった・・・」

 

 余りにもしょうもなさすぎる駄会話を交わし合ってしまって、流石に恥ずかしさで赤面せざるを得なくなってしまった、自業自得の魂年齢数千歳を誇る魔王少女だったのだが、「ちょっと!!」というサーシャからの強い声での呼びかけで現実の現代社会に立ち戻ってくることができたのだった。

 

「なんか地面の沈下が止まったみたいなんだけど、早く行かないの!?」

 

 

 

 

 ・・・・・・まっすぐ下に降りていくだけで辿り着けるよう設計されてた、最下層の数階ほど手前の階層。

 そこに到着したことで、ここからは徒歩での移動になると告げられた一行は、だがしばらくして行く手を遮る厄介な障害に立ちはだかれることになる。

 

 何のことはない、分厚いただの『壁』である。

 

「なによ、ここ行き止まりじゃないの。

 ま、まさかアンタ、また適当なこと言って私を弄んでただけなんじゃ・・・っ!!」

「落ち着きなさいって。何のことはない、ただの隠し通路ですよ」

「えぇ?」

 

 少女の言葉が余程意外だったのか、サーシャは右手に展開させかけていた高威力の攻撃魔法と、両目に発動しかけていた魔眼を無意識のうちに途中で破棄して、壁を見るための魔法を使うため別の術式を両眼に込め始めてみたが、しかし。

 

「・・・魔眼で見ても、なんの仕掛けも見つからないけど・・・?」

「そりゃそうでしょうよ。“魔眼で見れば何でも分かる”という人用の対策もしてある隠し通路ですからね」

「む」

 

 自分のことをバカにされたと思ったらしいサーシャが、黒髪の少女の言葉に口を尖らせて柳眉を逆立てる。

 ・・・実際、サーシャには魔眼の力に振り回されてきた過去があるため、その反動で魔眼の力を過剰に意識してしまい、何でもかんでも魔眼で解決したがる傾向が少なからず存在しており、同じ魔眼保持者でも分析に秀でたミーシャには姉ほどの盲信がないため多少冷静に現実を受け止められてて、今回もそれが影響する結果となったと言えるかもしれない。

 

 黒髪の少女は、『隠し通路』と聞いて幻術によるカモフラージュを想定して魔眼を使用していたサーシャの前に出ると、ポケトットに両手を突っ込んだ姿のまま壁に向かって足を止めることなく前進。そして衝突。

 

 ―――ドゴン!!

 

「えぇッ!?」

 

 壁をぶち破って向こう側へと続いていた通路の続きを出現させてしまった黒髪の少女の、魔術師系のサーシャ基準では力業としか思いようのない蛮行を前にして驚きの声を上げてしばしの間沈黙しているより他なくなり・・・・・・やがて。

 

「これ・・・隠し通路って言うの・・・?」

 

 と、前を行こうとしていた黒髪の少女に聞こえるか聞こえないかという声量でポツリと言って。

 

「実際、隠されてたのを見つけられなかったでしょう? 魔眼の力を使ってもねぇ~」

「む、むぐぅっ!?」

 

 再び楽しそうな声で、からかわれる材料を自分から提供してしまったことに気づかされて赤面させられる結果を招くことになる。

 

 尚、姉の赤っ恥ショーを公開させられてる横で、銀髪の巨乳妹の方はといえば。

 

「・・・おー、頑丈ぉ・・・」

 

 と、穏やかに微笑みながら、ちょっとだけ楽しそうに笑顔を浮かべて暢気に拍手を送ってくるだけだった。

 姉思いに見えて、ときどき重要なところで姉を見捨てるところがある気がする微妙な少女に見えてこなくもなかったりはする姿に、黒髪の少女は苦笑しながら。

 

「まっ、非難も賞賛も到着してから幾らでもお受けしますので、早く来て下さいな。

 なにしろ最下層は、もう目の前まで来ているのですからね・・・・・・」

 

 

 そう言って、率先して歩みを進める黒髪の少女。

 他の通路と異なり、魔法で関知されないよう明かりのランプは通る者の存在を感知したときのみ灯るよう仕掛けが施されている、まっすぐ奥へと続いているだけのゴールに近い一本道の廊下。

 

 そこを歩きながら、その奥にある宝物庫に保管しておいた、『財貨に何の未練も愛情も持ったことがない人間の魔術師だった自分』を思いだし、例の物品もまだ残っているのかと想像してしまい、年甲斐もなく胸がトキめくのを実感させられ、逆に苦笑が沸いてくる。

 

 ――埒もない。

 そう思ってしまうのを避けられない自分がいる。

 

 ――もう“アレ”に自分が袖を通すことは二度とないと知りながら、それでも後生大事に宝物庫まで造って飾らせてしまった自分は、ここまで女々しい女だったのかと見下しの冷笑を自分自身に対して浮かべてしまいながら。

 

 過去をしまった地下深くの宝物庫に続いている廊下を歩む彼女の心もまた、遠い過去の思い出の回廊を逆方向へと歩み戻り初めて行き―――

 

 

 

 

 

 

『・・・【不死鳥の法衣】と【アスハ氷の指輪】・・・ですか・・・?』

 

 椅子に座って窓辺に寄りかかりながら、血のように赤い色の髪を持った人間の少女は、帰ってきたばかりの友人から土産として渡された物品の名を聞いて、少しだけ不思議そうに小首をかしげて見せた。

 

 そうしてから軽く周囲を見渡して、肩をすくめる。

 ――ずいぶんと自分には分不相応な場所に来てしまったものだと、今さらながら自分の歩んできた道をわずかに後悔したい気分にさせられながら。

 

『ああ。以前にお前から、明日が誕生日だったと聞かされた話を思い出したのでな。出かけたついでに、見繕ってきてやったのだ』

 

 相変わらず自信満々で尊大な態度のまま、出会った頃と変わらぬ仕草で友人の口から断言するのを聞かされ、そう言えばそんな話をしたこともあったかと、自分でも忘れていた過去の思い出を記憶の彼方から引っ張り出してきて思い起こし――そして不意に苦笑する。

 

 ・・・自分自身の生まれた日のことを、自分とはなんの関係もない生まれの、それどころか同じ人間種族ですらない魔族の青年が覚えていて、自分では忘れ果てていた。

 その事実を前にして、流石の悪名高き赤髪の魔女も苦笑する以外の感情表現の仕方を思いつくことは出来なかったから。

 

 

『不死鳥の法衣は、身に纏った者に不死なる炎の恩恵をもたらす代物だ。お前がもつルビーのような髪の色にはよく似合う』

 

 そう言いながら、ぶっきらぼうな外見に似合わず、優しい手つきで少女の肩に炎のように赤い羽毛のコートをかけてやる黒髪の青年。

 

『アスハ氷の指輪は、その冷気が七つの海を氷で埋め尽くすと言われている。世界から魔女と恐れられたお前のことを、この指輪も呼んでいるようだったのでな。相応しき者の元へ持ってきてやったというわけだ』

 

 今度はそう言って、指輪が一つだけ収まっている小さな、だが巨大な魔力を感じさせる宝石箱を、少女の座った机の上に置いてから友の傍らへと戻ってくる。

 二つのプレゼントが持つ逸話を聞かされた少女は、少しの間だけ考え込んで思考の海に沈み込む。

 

 

 ・・・そこは魔族と戦争をしている人間国家の住人たちが、【魔界】という単語を聞かされてイメージするのとは掛け離れた空間。

 穏やかで静かで、自然豊かな森の中にある小さな空間に建てられた、豪華ではあっても小さな小さな少女と青年、二人だけの家。

 

 昼は太陽が、夜は月の光が森の天井にあいた小さな穴から入り込み、魔法の灯りも油の火も必要とせずに、ただただ自然から得られたものだけで生きていけるよう計算され尽くした自然だけで出来た不自然すぎる空間。

 

 細い小川が、家の周囲を囲むように流れていて、水の流れるせせらぎの音が煩わしい音量にまでなることは決して無い。

 

 壁には風景画が飾られていて、心乱されるものは何一つ置かれず。

 剣や盾、いくつかの煌びやかな宝石があしらわれた武具も置かれてはいるものの、それ以外の大半を占めているのは服や宝石、アクセサリーや鏡など、女が女らしく見られるよう着飾るために使われる装飾品がほとんど全てを占めている。

 

 そこは、終の家だった。

 赤髪の少女が、少女らしい生き方など一瞬たりともしたことがないまま一生を終えるために用意された特別な空間。

 既に限界を迎えて満足に動くことも出来なり、終わりの訪れを待つための時間を過ごすためにだけ友人の手で造ってくれた、終わりの家。

 

 その光景を理解したとき。

 少女は相手から贈られた誕生日プレゼントの意味を悟って穏やかに、だが困ったように苦笑を浮かべる。

 

『・・・無駄と承知でそれらを行うのは、愚かな行為だと思いますよ? 私の運命はとっくの昔に自分の手で決めてしまっていたのですからね』

『・・・・・・』

『私の長すぎる一生はもうすぐ終わる。本当ならとっくに終わっているはずの一生を伸ばし伸ばして外法に縋った人生です。そのツケを支払わされる運命は、今さら神様だって変えたら怒られてしまうでしょうよ』

 

 少女のすげない返事を聞いても、青年は動じることなく――そして答えない。少女からも追求してくることも、またない。

 

『もっとも、私が死に、貴方だけを残してしまう・・・それだけは申し訳なく思いますけどね・・・』

『・・・・・・なぜ謝っている?』

『残り時間の少ない私が、貴方と友達になってしまったことに対して、です。貴方は友達が死んで、自分が生き続けている人生に幸福を感じられる人ではありませんから・・・』

 

 不死鳥の恩恵を得たところで、決して避けることの出来ない今更どうすることも出来なくなった、ろくでもない事ばかりしてきた自分の人生が至る当然の帰結。

 七つの海を凍り付かせて、永遠に時の流れから隔離された氷の彫像として在り続けられる膨大な魔力も、今の衰弱しきった自分の力に加えたところで陽の光に溶かされる氷のごとき末路を遂げるだけ。

 

 終焉である。

 後悔はなく、悔いも無く、これから死後に味あわされるであろう苦しみも地獄も、最初から分かりきった上で交わした契約の結果でしかなく―――今更どうにかできる問題でもない。

 

 だからせめて、人生で最後に出会えた最高の友人という望外な幸運に対して、そして予想外のイレギュラーな存在に対して。

 なんの対処も、配慮もしてあげることが出来なくなってしまった後だったことだけは、謝罪して死んでいきたいと。素直にそう思える穏やかな気分になれる。そういう家の中。

 

 

『寂しい思いをさせることになってしまって、申し訳な―――』

 

 だが少女の言葉を、青年は最後まで言わせることなく強く強く抱きしめて、ただ一言。

 

『バカめ・・・っ!』

 

 とだけ罵った。

 大バカ者めと、声にならない慟哭に満ちあふれた続きの言葉を、我慢してきた想いと共に吐き出しながら。

 

『・・・前にも言ったはずだ。俺には知らぬ事が二つある、と・・・』

『覚えてますよ・・・・・・それで? その二つは結局なんだったのです? 冥土の土産にでも教えて頂けますので?』

『違う。何故ならその二つとは、“後悔と不可能”だからだ』

 

 言い切って、自分には出来ないことなど何もないと断言して見せて―――少女に迫る不可避の運命すらも、自分にとってはたいした問題ではないのだと、自信満々に尊大に、不敵な笑顔と共に断言して。

 

『お前の願いは俺が叶えてやる。だからお前も、俺と一つの約束をしろ。

 “最期の瞬間まで明日があると思って生きる”と・・・』

 

 己自身の決意とも、相手自身に告げたい想いともつかぬ言葉を、願いという形で約束を交わさせるため、青年は言葉も論法もなにも選ぶことなく、ただ求める結果だけを差し出すよう相手に対して、只要求するのみ―――。

 

『その約束を破ったなら、たとえ友であろうと俺は絶対にお前を許さん・・・! 許さぬからな、絶対にだ・・・!』

『・・・・・・ずいぶんと一方的で押しつけがましい約束ですね・・・・・・』

 

 力強く、だが力を最大限手加減しながら、ガラス細工を包み込むようにして抱きしめられながら、少女は皮肉気ないつもの笑みを浮かべながら青年の願いに対して、そう返し。

 

『でも、いいですよ。約束しましょう。

 契約ばかりだった私の一生の中で、最期ぐらい一方的に損するばかりの約束を交わすというのも、そう悪いことではないのでしょうから・・・・・・』

 

 

 そう言って、青年と決して違えぬと誓い合った約束を交わし合い。

 静かなる自然の穏やかな家の中で、互いに世間で知られる悪名高さからは想像できないほど優しげな微笑みを浮かべ合い―――そして。

 

 

 

 パキン――――と。

 

 

 また一つ、何かの大事な一つだった欠片がヒビ割れて、壊れ落ちていく幻聴を、二人の耳と心と根源は、たしかに聞いたと自覚して・・・・・・そして“約束を守るため”に、逢えて聞こえなかったフリをして、穏やかな日々を送り続ける。そんな日常。

 

 嘘つきの親友と過ごした最期の日々の記憶。

 自分の願いを叶えてくれず、自分が一番願ってなかったものだけ与えて勝手にいなくなってしまった薄情すぎる大親友。

 

 大嘘つきの、優しい優しい青年と過ごした日々を、地下深く埋めて保管していたものを再び掘り起こそうとすることになる二千年後の自分自身。

 

 果たして親友は、今の自分がやろうとしていることを許してくれるだろうか? ――分からない。

 果たして親友は、今の自分と同じ状況下で同じ判断を下すことを由と言ってくれるだろうか? ――分からない。

 

 

 分からないけど、なんとなく・・・・・・許す道を選ぶのが彼であって欲しいと、そう思っている自分の気持ちだけは分かることができていた。

 

 

つづく


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