前々から書き進めてのが先頃やっと完成できてホッとしてます。
他のもエロ作含めて未完成のを完成急ぎますね。
満月に照らされた月明かりの元、静まりかえって冴え冴えとした夜の風景。
そんな静かだった風景の一角で、突如として怒鳴りあう声と、複数人の男たちがもみ合って暴れる激しい音が響き渡った。
「なぜだ!? どうしてボクが魔術師協会を出て行かなくちゃいけないんだ!? ボクは魔術師協会の長であるセレス様の護衛なんだぞ! それなのに何で!?」
「見苦しいぞガラク! お前は既に魔術師協会をクビになり、罷免されている! もう協会内にお前が帰ってくる場所はないんだ! とっとと出て行け恥さらしが!」
「そんなはずはない! 正しいことをしたボクを、セレス様が罷免されるはずがない! これは何かの間違いだ!!」
魔術師協会の建物内から、両腕を左右から二人の男たちに捕まれた姿で、ガラクが建物外へと強制的に連れ出されている最中だったのである。
彼がエルフたちを利用したバノッサの暗殺に失敗し、追撃を恐れて大回りした道で逃げ帰ってきた直後の出来事だった。
既に冒険者ギルドからの報告を受け取っていたセレスティーヌは、即座に彼の捕縛を命じさせると魔術師としての杖も取り上げさせ、協会での地位を剥奪。
魔術師協会とは何の関わりも持たない一般人として、協会から出て行かせるよう部下たちに命じたのである。
「待ってくれ! セレスティーヌ様に会わせてくれ! そうすれば誤解であることが分かるはずだ! セレス様ならボクの無実と正しさを認めてくれる! 証明してくれるはずなんだ! だから・・・っ」
「それは残念だったな。今回の処置を決定されて、命じられたのはボードレール卿ご自身から直々に下されたもの。貴様を擁護してくれる者など協会には一人もいないのだ!」
「なん・・・・・・だって・・・ッ!?」
自分を力ずくで追い出そうとしている男から聞かされた言葉に、ガラクは初めて愕然とさせられる。
セレス自身としては、むしろ温情処置として協会からの追放処分だったつもりであり、魔術師協会内での地位身分は剥奪されるが、それ以外の刑事罰を受けるという訳ではなく、犯罪者になることもない。
エルフたちの住むグリーンウッド王国内部での事情も絡んでいる事件だったため、『不幸な事故』として表沙汰にしないための処理であり、ガラクには自らの過ちを認めて反省し、今一度人生をやり直して欲しいと願った――そういう善意の処置のつもりであったのだが・・・。
「ウソだ! ボードレール卿が・・・セレスティーヌ様が、ボクを捨てるなんて有り得ない! 魔術師協会のため貢献し続けてきたボクの存在を、セレス様は認めてくれていたんだ!!」
「ふんっ! 貴様はもうお払い箱なのさガラク。ボードレール卿も言ってたぜ? “もう貴方は必要ない”とな。クビになったのさ。魔術師協会の名をかたったテメェなんざ、どこにでも好きなところへ行って野垂れ死んじまえってなぁ!」
「ウソだ! 嘘だ嘘だウソだァッ!! お前らみんな嘘ばかり吐いている!」
喚き立てるガラクを羽交い締めにして引きずり出しながら、一方で彼を拘束する男たちは内心で歪んだ自己肯定感を満たしつつあった。
セレス自身は、ガラク自身にやったことの責任を取らせるつもりであったが、ことを荒立てるつもりまではなく、相手の心情にも配慮して手荒なマネはしないよう部下たちに言い含めはしていた。
・・・・・・だが、魔術師協会に属する一構成員である彼らにとって、協会の名を使って暗殺に利用されかかったのは憤慨ものの行為であり、セレスの目が届かないところで相応の罰を与えてやって復讐心を満たしたい感情を抑えることができなかった。ガラク自身が刺々しい言動で内外に敵が多かった事情もある。
さらには、バノッサには遠く及ばずとも、魔術師協会の長であるセレスティーヌの護衛を任されていた数少ない者の一人だったのは事実であり、彼自身も剥奪された地位身分にも嫉妬していた者は少なくはなかった。
「それじゃあな、魔術師協会の長の護衛だったのをクビになった、役立たずのガラクさんよ。せいぜい頑張って野垂れ死ぬんだな、ハハハハハッ!!」
それらの鬱憤と、内心で上位者たちに対して抱いている黒々とした感情を発散する相手として、没落した元目上というのは都合がいい。
結果として彼らは、魔術師協会のためと言うより自分たち個々人の感情と都合のためガラクを強引に協会の建物外へと引きずり出し、冷たい道端へと放り捨てて、嘲笑と見下しと侮蔑の言葉を投げつけながら、自分たちの職場へと戻っていったのだった。
「・・・・・・ウソだ! こんな・・・こんなはずはない・・・こんな事、許されていいはずがないんだ! こんな不条理が許される世界だったらボクは! ボクは・・・いったい、今まで・・・何のために・・・・・・」
炉端へと一人投げ出され、泥にまみれてボロボロになったローブ姿で膝をつき、目に大粒の涙を幾つも幾つも湛えながら、四つん這いになった姿勢でガラクが深く、深く絶望して失望して、ナニカに対する怒りと憎しみでココロが満たされていくのを感じさせられている途中で――
『―――そうです。貴方の、その想いこそが正しい。間違っているのは彼らの方。貴方は決して悪くない』
「・・・!? そ、その声は・・・アンタ、まさか!?」
突然どこからともなく聞こえてきた声にガラクは慌て、その声が聞き覚えのあるものだったことを確認すると「ホッ」とした表情になって――次いで絶望する。
「・・・・・・やっぱり、アンタの言ってたことはホントだったんだな・・・・・・誰もボクのことを認めようなんてしていなかった・・・ただボクの力が役に立ったから利用してただけで、ボク個人のことなんか誰も・・・誰も認めていなかった・・・・・・」
『可愛そうな御方――』
そう告げて、闇の中から姿を現さない声の主は、ガラクに対して『取って置きのプレゼント』を手渡す時が来たことを把握する。
『ですが私に、貴方を救って差し上げれる力はありません。もしそれをお持ちの方がいるとすれば、それは貴方ご自身にしかありえない。
その為の力をお貸しいたしましょう。これを用いて尚、貴方が自分自身を見失わないでいられた時、貴方は世界の過ちを正せる強さと力を手にすることができるのですから――』
夜の黒色に包まれながら、闇に染まることなく純潔なる純白の肌を守り続け。
優しい慈愛と哀れみに満ちた、女神のように正しき存在――。
歩み去るガラクには、知るよしもない。
炎のように赤く、あるいは血のように紅い色のルージュを塗った唇に、かすかな愉悦と侮蔑の笑みを浮かべながら、自分が去って行った後の空間から自分の去りゆく背中を見下されていたという現実の光景を―――
こうしてガラクが、自らの意思による選択によって人でなくなる選択を選んだ夜の翌日のこと。
絶望に染まったガラクとは対照的に、天性の陽気さを遺憾なく発揮している少女が一路、《ウルグ橋砦》へ続く道を一人で―――いや、二人で歩いて向かっている「仲間達とのやり取り」を行っている者達がいる。
「お~♪ お~♪ お~つかい~♪ お~つか~い♪
ウル~グ橋砦へ~~♪♪」
冒険者ギルドの長シルヴィから託された依頼を果たすため、バノッサの相棒の一人にしてエルフ族の姫君でもあるらしき発育だけはいい小娘が、即興で作った歌を唄いながら目的地であるウルグ橋砦を目指して歩みはじめてからの事だった。
この世界を形作る基となっているファンタジーMMORPG《クロスレヴェリー》でのウルグ橋砦は、《人食いの森》の更に先に広がっている《魔族》の領域から交易都市ファルトラを守るために建設されたという設定が付与されているヒューマン族が築いた要塞である。
だが、ゲームが現実となった今の世界においては、主に《人食いの森》に生息しているモンスターからの襲撃と、名の由来にもなっている橋を渡って行き来している民間人たちの安全を守る衛兵たちの駐屯地として機能するようになっていた。
世界が変わるのに調整され、世界に合うよう変化した結果の一つがここにある。
何もそれは、バノッサ一人だけの問題ではない。
彼が知る由もないことではあったが、この世界全てがゲームとして作られた存在を、現実に生きる者達の世界へと作り替えるため、大規模な改変が世界各所でいくつも発生させられている。
だが、知らぬ者達にとって、それは気付きようのない変化であり、世界とは最初から「そうだったもの」としてしか認識されることはない。
それ故に、その変化によって生じつつあった危機にも、その可能性ごと気付くことなく呑気に歌を奏でながら物見遊山がてらのクエストとして暇を持て余す流れにもなっていくことになるのだが。
「あ~、気持ちいい天気ー♪ でも、ただの配達なんて少し退屈だね。
ねぇねぇ、ちょっと水浴びでもしていかない? 退屈だし面白いことしたいよ~」
「あァ? やりたきゃ勝手にやりゃいいじゃねぇか。素っ裸になって川飛び込んでギャーギャー踊り狂って騒ぎたけりゃ好きにしろ。仕事の方はオレ様一人で片付けといてやるからよ」
「イヤだよ!? 完全に私一人だけが変態になっちゃってるよソレ! って言うか言い方が悪意ありすぎてたと思うんだけどぉッ!?」
他人にも世界にも、全く合わせて変わってやる気のないバノッサにとってはどーでもいい話であり、バッサリ切り捨てられて置き去りにされそうになったシェラが、慌てて涙声ですがりついてくる結果を招いていただけだった。
世界がどう変化していようとも、本人に気付いてない変化であるなら当人にとっては同じ事であり、変わっていても変わっていなくとも何一つ違うところは何もない。
重要なのは、変化した後の世界が『自分にとって好ましいか否か?』という只一点だけであって、気に食わぬなら世界ごと全てを壊し尽くして、自分たちに都合のいいものだけを他の世界から召喚し、自分たちにとっての理想郷を新たに創り出せばいい―――。
それがバノッサを依り代として魔王召喚をおこなおうと試みた、《無色の派閥》の大幹部オルドレイク・セルボルトの目的であり計画だった。
彼が自身の父親だと知らされたことで長年の恨みから首をへし折って捻り殺し、その計画のためにと自分にとって唯一の居場所だった少年を殺されたことから、今のバノッサに計画への未練や再興の想いはチリほども残っておらず、今後も復活することはないだろうが・・・・・・一度は彼らの計画に賛同して協力していた過去があるのも、間違いなく今のバノッサを形作っている一部ではあるのだ。
その程度のものなのだ。彼にとって『世界とは如何なるものか』という認識や、創世の経緯などという小さな問題は。
気にくわなければ、自分の物にしたいと欲して出来なかったなら。・・・壊せる力を持ってるヤツなら壊せばいい。
ソレが気にくわないと思うんだったら、壊そうとする奴らを一匹残らずブッ壊しちまえばそれでいい。
結局は力ずくで、自分の居場所を奪い取って守り抜く。只それだけの違い。
その点において自分と、偽善者はぐれヤロウとの間に違いなんてモンは何もなかった―――そんな風にしか考えられないからこそ魔王の依り代に選ばれた男がバノッサだったのである。
今さら世界の変化だの調整だのといった他人事のために変わってやる親切心など、バノッサには今も昔も、そしてこれからも持ち合わせることは無いだろう。たぶん、永遠に・・・・・・
ただ・・・・・・そんな風に世界が変わっても何一つ変わることが無い彼だからこそ、『変えることが出来る問題』というものも、世界の気紛れのように時にはあるらしい。
「・・・?? おい、ウルグキョウサイってのはアレのことなんだろ? 何があったか知らねぇが、なんか騒いでるみてぇだぞ」
「え? あ、本当だ」
先に立って歩き、サッサと面倒ごとを終わらせて金だけもらって帰ることだけ考えていたバノッサに言われて、退屈すぎて歩みが遅くなっていたシェラが顔を上げ、弓が得意なエルフ特有の優れた視力で遠くを見ると、たしかにウルグ橋砦がある方向から普段より多い人の出入りと、大勢の者たちが声を上げている喧噪が響いてきているようだった。
シェラはあまり来ることの多くない場所ではあったが、《星降りの塔》が《人食いの森》の比較的近くにある場所のため、数日前にも来たばかりではあったのだ。その時とは明らかに雰囲気が違っているように感じられた。
近づいてみると、その違いは更に明らかになる。
普段は門番たち数人だけが武装して警備に当たり、他の者は交代要員として当番の時間が来るまで鋭気を養い、24時間体制で有事に備えてはいるものの、有事が起きるまでは通行人たちの安全と治安維持を担っているだけが役割の比較的穏やかな衛兵たちが詰めている場所がウルグ橋砦だった。
だが今は、砦に駐留している全兵士たちが武装を纏って姿を現し、通行人たちに向かって緊張した面持ちで怒鳴り声を上げてはいるが、どうやら威嚇して押さえつけようとしている訳でもないらしい。
緊張した面持ちで通行人たちの身を案じているように見える。
また、怒鳴られている側の通行人たち自身も不安そうな面持ちで彼らの横を通り抜けているが、その表情のまま振り返って見ている者の視線は砦よりも先の方角を向いていて、兵士たちのことは気に掛けていないようでもある異様な光景。
ここまで条件が揃えば、余程のアホでも一つだけ分かることが可能になる。
―――何かあったのだ。普段通りでは起き得ないナニカの出来事が。
「おい! そっちの準備はどうなっている!?」
「早く配置に付け! 急げッ!!」
「クソッ、最後の通行人はまだか!? 予定より避難が遅れてるぞ!」
「荷馬車が壊れて修理に手間取ってるんだ! 老人たちが乗っている! 放っておく訳にはいかん!」
同僚たちの殺気立った声を聞かされながら、青年を僅かに上回る年齢になった衛兵の男が、どうしようもない焦燥を胸に抱えながら何も出来ない自分にイラ立っていた。
巡回に出ていた者達から急報がもたらされてより数刻以上が経過し、避難準備は訓練通りを目指して進められながらも各所で手間取りながら、それでも少しずつだが進んではいた。
・・・・・・だが、このままでは間に合わない者が必ず出てくる。
どうにかしてやりたいのだが、生憎と彼には避難の際に役立つ能力とかスキルといったものが何もないに等しく、ただ腕っ節だけには自信があったからこそ『人間の世界との境目にある境界線』を守るため、砦の衛兵に志願してなっただけなのが彼だった。
手加減も得意ではないため、老人に手を貸そうとすると返って怪我をさせてしまいそうで何も出来ず、見ていることしか先ほどから出来ていないのだ。
それでも屈強な兵士が自分たちの傍らを守ってくれている、というのは現状の窮地にあって己の身を守る術を持たない農民たちや旅人には頼もしく思えて、精神安定の効果はあったのだが、彼自身がそれを自覚して満足できるかどうかは別の問題だった。
力しか持たない己の無力さに焦りを感じていた彼は、せめて自分でも出来ることは全力でこなそうと周囲に監視の目を光らせ続けていたのだが―――思わぬ方向から接近してくる『敵』の存在を見つけて咄嗟に声を上げてしまう。
「ん? ――なっ!? あの男、“魔族”ではないのかッ!?」
「なんだと!? 魔族だって!」
「そんなバカな! 魔族が来るのは砦の前方からのはず! なぜファルトラの方から・・・と、とにかく急いで陣形を整えろ!!」
「・・・あん? なんだテメェラは」
仲間の声に引き寄せられ、バノッサの“姿”を見てしまった他の衛兵たちも過剰反応して武器を構え、連れているシェラの存在への疑問を置き去りにしたまま、とにかく《肩から角の生えた凶暴そうな魔族の男》から人々を守ろうとハルバードを構えて半包囲する。
「あん? なんだテメェラは。オレ様たちに何か用でもあるのか?」
「おのれ魔族め! 一体どうやって砦を通らずファルトラの方角へ移動することが出来たのだ!?」
「あァ? “マぞく”? なんだ? そいつぁ一体」
「黙れ! 怪しい奴め! もし貴様が魔族でないなら、その角はいった――ヘブゥゥゥッシ!?」
『『『た、隊長ぉぉぉぉぉぉぉッ!?』』』
そして軽く撫でられる程度に手加減してやった上で、一番偉そうで強そうな奴をブッ飛ばして見せしめに黙らせ、残りのザコ共も睨みつけて黙らせられる。
話して理解してもらうより、力の差を見せつけてやった方が、手っ取り早く楽でいい。
それがバノッサ率いる不良犯罪者少年グループ《オプティス》流の、因縁付けてきた奴から事情を聞くための交渉術だった。
圧倒的な力の差を見せつけられて、尚も勝てもしない強敵相手に従うことなく、グダグダ文句言い続けて殺される危険を招きたがる、はぐれヤロウの仲間たちみたいな物好きすぎる大馬鹿野郎たちの同類はなかなかいないのが普通の人の社会というものなのだから。
「何を勘違いしてるか知らねぇが、オレ様は“マゾク”とかいう獣共のお仲間になってやった覚えはねぇんだよ。
敵じゃねぇ証拠が欲しけりゃ、今そのザコを殺さねぇーでいてやったろうが。ソレが証拠だ。
このオレ様に突っかかってきた奴を、殺すことも半殺しもせずに殴るだけで許してやったんだ。これ以上の慈悲が、証拠としているか? アァン?」
『う、ぐ・・・・・・き、貴様ぁ・・・・・・』
「へぇ? いい目つきじゃねぇか。負け犬の目つきだ。なんなら証拠を増やしてやるぜ?
俺様がマゾクって奴らじゃねぇ証拠に、テメェら全員が半殺しにされるだけで殺されなけりゃア、敵じゃねぇって証拠になるんだろう・・・?」
「――って、バノッサ! 何やってんの!? 違う! 違うから! 私たちクエストで、ファルトラの町から差し入れに葡萄酒を持ってきただけだから! ホントだってばちょっとー!?」
そして、いきなり始まる緊急事態に巻き込まれて、退屈から完全追放してもらえたエルフの姫君シェラ。
本人の希望が叶ったといえば叶ったのだろうが・・・・・・《異世界リィンバウム》の人間で、この種の願いが叶った者達の中に、真っ当な願いの叶い方をしてもらえた者は一人もいないのは、多分こういうところから来ているのが一因としてあるのかもしれない。
まぁ、とにかく。
シェラの仲裁と、実際に持ってきた差し入れの品物と伝票によって誤解であることが判明し。
色々と思うところはありまくる形となってしまったものの、《クエストで差し入れを持ってきてくれただけの一般人》に刃を向けてしまったのは自分たちの方が先だったため、不承不承ながら矛を収めて、それどころではなくなっている状況をシェラたちに向かって説明がおこなわれた。
巡回に出ていた者達からの報告によって、緊急事態が迫っていることが分かったのだ。
――100体を超える魔族の大軍が、このウルグ橋砦を目指して侵攻中だというのである。
「魔族が!? しかも100体って・・・ッ」
「ええ・・・とても信じられない事ですが・・・・・・どうやら事実のようです」
その数と、襲いかかってきている種族の名前を聞かされ、シェラは一瞬にして青ざめた表情で絶叫し、状況を説明した衛兵の青年も沈痛な面持ちで唇を噛んで見せる。
――この世界の人間にとって《魔族》とは、それほどに恐ろしく、強大な力を持った存在なのだ。
この砦を守っている兵士達も、全体としては決して弱い部類に入るわけではないが、それは通常のモンスター相手ではの話であって、魔族が相手となれば彼らではどうすることも出来ないことは確実だ。
考えるまでもない。
抵抗するヒマすらないままに、全滅させられる・・・・・・
「・・・へぇー。で? その“マゾク”って奴はなんなんだ? ハグレ共の同類かなにかか?」
「魔族を知らないの!? なんで! だって魔族だよ魔族! あの魔族! バノッサだって知ってるに決まってるはずじゃん!?」
「知らねぇな。聞いたこともねェ。どっかの獣臭ぇ犬っころの獣人ぐらいだったら見たことがあるがな」
だからこそ、魔族の名を聞かされたバノッサの反応に、シェラたちは唖然とさせられて言葉を失い、しばしの間茫然自失とせざるを得なくさせられる。
この世界に生きる者として、彼女たちの反応は当然のものではあったが、一方でバノッサの反応も特におかしなところは何もない、普通の反応といえば普通の反応でしかないものでもあるにはあったのだ。
何故なら、同じ召喚術が存在する世界とは言え、《リィンバウム》には魔族と呼ばれる種族は存在していなかったからである。
リィンバウムの召喚術によって喚び出すことが可能な、世界の周囲を巡るように配置された四つの異世界の住人達。
その中に《魔王》は存在しているが、《魔族》は存在していない。
バノッサ自身やオルドレイクが得意とする《霊界サプレス》の召喚術でも、喚び出せるのは《天使》や《悪魔》であって、【魔族】などという種族が生息しているという話は聞いたことがなかった。
そんな世界から喚び出されてしまったからこそ、魔王の依り代として魂ごと食い尽くされたはずの青年バノッサにとってみれば、この世界の住人なら誰もが恐れて当たり前の《マゾク》という存在も。
《幻獣界メイトルパ》から召喚された気色悪いバケモノどもの一種か。
あるいは《鬼妖界シルターン》から喚び出されて弟分を生ませて逃げた鬼の同類・・・・・・それぐらいのイメージしか抱きようがない。
どっちだろうと、所詮は《獣臭いハグレ》である。
魔族のいない異世界から招かれてしまった、魔王の依り代の出来損ないに考えられる認識など、その程度のものでしかなかった。
この世界における最強種族を自負する魔族たちにとって見れば、たかだデミ・ヒューマンでしかない獣人共と一緒くたにされるのは不本意と不敬の極みだろうが・・・・・・他人達がどう思うかなどバノッサにとっては心底からどーでもいい他人事だ。
それがヒューマンと呼ばれる人間だろうと、魔族とかいうハグレだろうと関係はない。
自分は自分である。自分以外はどーだっていいのだ。
それがバノッサという、魔王の依り代として使われて死んだ男の生き方なのだから。
「まぁ、そんな小せぇことはどーでもいいとしてだ。おい、シェラ。確認しておきてぇことがあるから答えろ」
「ち、小さいって・・・・・・ハァ、もういい。――で? 確認したい事ってなぁに? 言っとくけど私、難しいことは答えられないし分かんないよ」
「テメェに難しいこと聞くほど、俺様はバカじゃねぇよ。聞きてぇのは一つだけだ。
――たしか前にレムから聞いた話じゃ、ファルトラの町にはあの踊り子女が敷いてる“ケッカイ”って奴で守られてるとかで、敵は入ってこれねぇんじゃなかったのか?」
「え? ああ、そう言えばそうだね。なんでなんだろ?」
世界の部外者でしかないバノッサに言われて始めて気付いたのか、「コテン」と首をかしげながら不思議そうに呟くシェラ。
その反応はたしかに、「難しいことは何も答えられないし知らないバカ」と自称するのに相応しい醜態だったが、そのぶん逆に答えが得られた部分に対しては何の嘘も誤魔化しも虚飾もない、正真正銘正しい答えだけを言っているものだという事になるのだろう。そんな嘘が吐けるほどの頭すらないという意味によって。
「セレスさんが敷いてる結果があるから、この砦を落としたって魔族たちは撤退するしかないはずなんだけど・・・・・・。
それとも今の魔族は、魔王クレヴスクルムを復活させるために色々動いてるって言われてるから、そっちの方が目的って事なのかな・・・?」
だが、そうなると100体の魔族たちは、この砦を突破した後には周辺を暴れ回るだけで虚しく手ぶらで帰って行く前提で侵攻してきたと言うことになるのだろうか?
それとも待ちを守る結界を突破できる何らかの手段なり道具を作り出すことに成功したからこその大侵攻ということなのか?
少なくとも、そんな状況下に陥ってから、レムを町の外に出すという選択肢をセレスティアは決して選ぶことはないだろう。
たとえ「レムさえ引き渡せば住人は見逃す」と言われたところで、魔王復活のリスクと天秤に掛ければ選べる道ではない。結果としては同じ滅びが確定するだけだ。
引き渡すことがあるとしても、身代わりのダミーを用意して一時凌ぎに使うだけが関の山。
本格的な侵攻を前にして目障りな砦を先に壊しておくという可能性も、彼我の戦力差を考慮しなければ0ではなかったが・・・・・・そういう可能性より分かりやすい、酷くシンプルな答えが最初から存在していることを、バノッサは既に“知っている”
「・・・・・・なるほどな。その連中は単なる、捨て駒の囮って訳か」
「え? って、ええぇ!? ちょ、待っ100体の魔族が囮って、そんな――」
「派手に暴れ回って住人殺しまくって壊しまくらせてる隙に、本命を少数で襲って拠点ごと奪い取ってやった方が楽でいい。
おまけに、戦えない住人を守る為だなんだと綺麗事抜かすアホ共が、囮を倒すことに熱中してる間に他のとこ襲われて間抜け面さらすのも拝めて笑える。一石二鳥の策ってわけだ。
なかなか効率いいやり方じゃねぇか、なぁ?」
あくどく笑って、“自分が過去に使った作戦”を得意げに披露してみせる、召喚した悪魔の軍勢を使ってサイジェントの町の城を乗っ取った実績を持つ不良少年グループの元リーダー・バノッサ。
その発想はむしろ魔族に近く、悪人と悪の種族のどちらがマシなのか、シェラだけでなく衛兵の青年までもを悩ませる難題になりかねない命題だったが・・・・・・バノッサの心は既にそこにはなく、別のところに向いている。
今知ったばかりなのだから、どうすることも出来なかったが・・・・・・現時点では完全にマゾクとやらの作戦にはめられてしまい、術中に落ちつつあるのがバノッサたちの置かれた現状になってしまっていた。
この橋砦に到着するまで、ファルトラの町から歩きで約3時間ほど経過している。
帰りも同じ距離を戻ることを考えれば、今から走ったとしてもギリギリ間に合うかどうかと言う際どいタイミングになるしかないだろう。
どちらにしても、マゾクとやらは本命がファルトラの町を手に入れるまでの時間稼ぎを目的として陽動作戦を仕掛けているとみて間違いはない。それ以外に侵攻してきても意味はないのだから確実にそうする。
ならば、のんびりとマゾク共の相手をしてやるだけでも相手の作戦通りに踊らされたって事になってしまう。
だが、バノッサにも《異世界リィンバウム》にも、長距離にある場所まで一瞬で移動できる手段などと言うものは存在していない。
部分的に、特定の場所間だけを繋ぐことを可能にした技術だけなら存在しているが、それでさえ特別な装置を用いて《幾界ロレイラル》の技術を多用してこそ可能になる、自前の技術だけでは不可能な現象。
(オレ様がはぐれヤロウに使った手で、オレ様がしてやられるなんざ笑い話にもなれやしねェ。
だが、このオレ様がねぐらにしている町に、喧嘩売りに来やがった生意気なクソ野郎共のまえで尻尾巻いて逃げるってのも癪だ。ブッ殺してやりたくて仕方がねぇ・・・)
自分が過去に使って、はぐれヤロウ共を嘲笑ってやったのと同じ手で自分が引っかけられ、笑われる役を押しつけられてやる気はバノッサにはない。
この自分様が新しい寝床にしてやっている町に、シマ荒らしを仕掛けてきやがった余所者のマゾク共に身の程を思い知らせてやり、かわいい子分に手を出すことで面子に泥を塗りにきやがったクソ野郎にもケジメつけさせる必要がある。
その為には時間制限がある現状において、どう問題を解決するのか?
・・・・・・考えたバノッサは最も簡単で単純な答えを導き出す。
そして―――足を前へ向ける。砦の閉じようとしている入り口の方へ。
100体の魔族たちが侵攻してきている方角へと、バノッサは大股に進み始める道を選択したのだ。
「ば、バノッサ? どこ行くの? そっちは――っ」
「何してるんですか!? 危ないですよ! 魔族の軍勢が近づいてきてるんです! 速く逃げないと到達してしまう――」
「アホウ。喧嘩売りに来やがったクソ野郎共がくるのを、大人しく待っててやる義理なんざオレ様にはねぇんだよ」
「「・・・・・・え?」」
――そうなのだ。
このまま敵が来るのを待って迎撃したのでは、時間がかかりすぎて手遅れになる。
たとえ勝っても、生意気なマゾク野郎の作戦に引っかけられた間抜けになっちまう事だけは確定しちまう。
どちらの選択肢もイヤだ。ムカつくだけだし、殺したくなる。
自分に喧嘩売りに来やがった報いは、受けさせてやらなければ気が済まない。
だったら――――
「こっちから仕掛けに行って、先に皆殺しにしちまえば、余計な邪魔が入らなくて楽でいいじゃねェか。
このオレ様に喧嘩売りに来やがった連中には、ケイイって奴を表して、コッチから挨拶しに行ってやらねェとなァ。ヒャッハハハハハハハ!!!!」
―――ファルトラの町へと侵攻してくる魔族たちの軍勢を滅ぼすため、ウルグ橋砦から魔族たちの軍勢へと侵攻していく異世界で魔王の依り代に使い捨てられた一人の男。
悪VS悪。侵略者VS侵略者。
歪な戦いが今、幕を開けようとしている――!!
つづく