謎の少女から《絶対遵守の命令権》という力を与えられたルルーシュの介入により、勢いを盛り返した日本側レジスタンスと総督府直属のブリタニア軍との戦いは、日本側に翻弄され続けるワンサイドゲームの体を成しつつあった。
ブリタニア軍側には、ルルーシュが得た特殊能力について知る術がなく、したがって自軍の通信内容がすべて傍受されているという事実を認識する手段も、有効な対抗策を講じられる可能性すら持ち合わせることが出来なかったからである。
その流れが変わるのは、何度目かに渡る波状攻撃を弾き返され、当初に連れてきていた兵力の3割近くが失われ、現有戦力だけでは継戦能力が限界に達したという事実を第三皇子クロヴィスをして認めざるを得なくなった結果であった。
「・・・・・・こうなっては致し方あるまい。やはり使わざるをえんようだ」
「で、殿下・・・」
気遣わしげな声を発してくる側近のバトレーには目もくれずに、クロヴィスは艦橋正面に据えられた巨大なモニターの前へと歩み寄り、通信士官に“とある部隊の代表者”を呼び出すよう命じさせ、程なくして相手の顔が画面の中に浮かび上がる。
「どうも人材不足のようでね。そちらの力を借りるしか他に手がないようだ。
・・・・・・だが、本当に勝てるのだろうな? お前のオモチャなら」
『――殿下。お呼びいただいたからには、必ず勝利はもぎ取ってお見せしますけど、出来ましたらオモチャという呼び名は辞めて頂ければと。
《ランスロット》とお呼びくださいマセ』
画面の中に映し出されたロイド・アスプルンド伯爵が、たかがナイトメアの名称如きに拘りを見せる科学者らしい偏狭さを冷笑しながら、努めて余裕ぶった態度を保ちながらクロヴィスは、実の兄であり『帝位継承権を競い合うライバル』に小さくない借りを作ってしまう契約書に自分の舌でサインした。
「ふっ・・・よかろう。では、クロヴィス・リ・ブリタニアが命じるっ。
ただちに《ランスロット》を出撃させ、小癪なゲリラ共の指揮官の首を、私のところへ持ってこさせるのだッ!!」
こうして、後に革命の貴公子にとって最大のライバルとして名を残すことになる最強の騎士が、戦場へと解き放たれ猛威を振るい始めることになる。
この戦いは、敵味方2人の両雄が初めてぶつかり合った記念碑的戦いとして後世には記録されることになるが、当時を生きる当事者たちにとって最強の騎士の初出撃は、『たかが1機の増援』としか映りようがなかったのも無理なき評価ではあったのだろう。
「あ? なんだ、アレは・・・サザーランドにしちゃ見たことないキタ――」
それだけを言い残し、最初の1機目が急速接近してくる敵機を視界に納めたと思っていた瞬間にはメインカメラを兼ねた頭部を手刀で切り飛ばされ、パイロットが悲鳴混じりの声を叫びながら脱出装置を作動させて離脱を図る。
それは同時に、戦いの趨勢が一挙に変わる狼煙でもあった。
たった1機の力だけで作戦全体の不利を覆してしまうことを可能とする究極のジョーカー、戦場の死神。
まるで奇跡のように戦果を味方にもたらし、敵には魔術のような力で法則を無視して敗北を与えてくる、悪魔の如き最強の敵。
その敵が、自分にとって初めての敵を倒し終えた頃。
彼の敵側に立たされたゲリラ達が奪った機体は、4機の戦力を失わされてしまった後になっていた。
「なに? 敵の増援だと・・・しかも、実弾をはじくだと?」
『ああ! しかも恐ろしく速い奴だ! あっという間に玉城がやられちまった!』
そして、ブリタニア軍にとって最強の騎士が初陣で出した戦果は、味方の被害としてルルーシュの元へと直ちに伝えられて対応が求められることになる。
『全員脱出したけど、もう4機も食われてる! クソゥ! あんな化け物相手にどうすればいいって言うんだよ!?』
「落ち着けD3! まずは状況の報告を! 敵の数は!?」
『1機だよ1機! 新型じゃないのか!? 見たこともない形をしてやがる!』
「・・・1機だけだと?」
ルルーシュは、その報告に耳を疑った。
たしかに敵のブリタニア正規軍たちと比べ、寄せ集めのゲリラたちに奪い取ったナイトメアを与えただけのニワカ部隊は、練度の面でも訓練度合いでもパイロットとして比べものにならない差があるのは明らかだ。単純な戦力比だけで考えても、両軍がぶつかり合った際の損敵味方耗比率としては不思議な数値と言うほどでもないかもしれない。
だが、最初の1機目撃墜の報から、数分も経たぬ間に3機も撃墜されたというのでは話が変わる。
ルルーシュは、戦いはともかくナイトメア同士での戦闘に慣れがないゲリラたちを2機でバディを組ませて一つのユニットとする戦闘隊形を編成させていた。
通常の軍隊なら小隊単位が妥当だったが、ゲリラたちに訓練を受けた正規軍と同じことをやれと求めたところで出来るものではないと考えたからだ。
つまり敵は、離れた位置から互いを支援し合うよう配置されていた奪取したサザーラント4機を瞬く間に撃墜したと言うことになる。
そんなことは精鋭を以てなるブリタニア軍といえど、できる者は限られざるを得ない。
“あの”皇帝直属の最強部隊《ナイト・オブ・ラウンズ》が秘密裏にエリア11へ赴いていたなら別かもしれないが・・・。
あるいは、1機を囮にして本命の味方が背後に回って落としている時間差攻撃等の可能性もあるが、仮にそうだとしても恐るべき連携を誇る2機1組の強力なコンビが突出してきたと言うことではある。
そんなものがいたなら、今の段階まで使わずにいた理由がクロヴィスの側にはない。
だとすると、考えられる可能性は一つしかない――
(・・・・・・敵にも、俺と同じように想定外の味方が現れたと言うことか。
やはり実戦は違うな。一方的に獲物を狩るだけの、狩りのような気持ちのままではこちらが敗れる)
そうルルーシュは結論づけざるを得なかった。
あまりにもブリタニア側に都合がよすぎる展開が急激に起こり始めた現状を、日本側ゲリラに味方して勝利をもたらそうと《絶対遵守の力》を使った自分自身に当てはめて考えることを自然にやってのけてしまうのが、彼がもつ考え方の特質だった。
往々にして、自分の巨大な構想を実行に移すことに成功した者は、しばしば自分と無関係なところで他者も何かを考え企んでいるものだということを忘れがちになる。
ルルーシュ自身、手に入れた《絶対命令権の力》の強大さに絶対視する心理に陥っていたならば、そのような心の腐敗に基づく傲慢な判断を、この時も下していたかもしれない。
だがルルーシュは、この力に懐疑的な部分を持っていた。しょせんは『与えてもらった力』で勝利することに酔いしれる気分に成れずにいたのである。それが彼の思考に、冷静さを与えていた。
こちら側に自分がいるように、敵にも強力な味方が現れた。それだけだ。
自分1人だけが、神などという絶対者に選ばれた特別な者だと考える思考はルルーシュとは無縁なものだ。
もし自分が特別な存在だったなら、無力さ故に“あのときの屈辱”を味あわされる事などあり得なかったのだから――
『あっ、石田ッ!? どうすればいい!? 対応を!指示をッ!? と、止められないって、こんなのォッ!!』
「落ち着けL5! 敵の強さに怯えれば混乱が広がり味方が敗れる! 敵の狙いはそれだ! 冷静さを保ち、現状を維持しろッ!!」
『わ、分かった・・・! 分かったけど、このままじゃあ・・・ッ!?』
「チッ――」
何よりルルーシュには驚愕していられる時間的余裕が与えられていなかった。
あまりにも速い状況の激変に対して、対処法を考え出して指示を出す責任と義務が、臨時とはいえ指揮官の役目を担うことを自ら進んで求めた自分にはあるのだと、彼は考えるタイプの人間だったからだ。
――自分の妻を守らずに見捨て、息子も娘も切り捨てて己1人と国家の保身を優先した、恥知らずな父親と同類にならぬためには、そうする義務が自分にはある。それを辞めれば自分は、あの“クズ”と同じ生き物へと成り下がる――
ルルーシュは頭を振って雑念を追い払うと、レーダーと周辺の地図とを見比べ、先ほどの報告の内容と照らし合わせて戦況を分析する。
すぐ近くまで迫りつつある、敵の強敵ナイトメアとゲリラ達が戦っている戦場だけでなく、文字通り戦況全体のイメージをである。
・・・・・・レーダーに映る光点を見る限りでは、ブリタニア軍の本体は一変して優位になった戦況に反して動きが鈍く、ほとんど先ほどの位置から前進していない。
これは敵の1機だけが単独で突出し、前線を押し開いて突破口を造っていると見るべき状況だった。それはブリタニア側でも、味方同士の連携が取れていない証拠でもある。
単独で突出しているだけの敵機であるなら、物量の差で押しつぶすというのが定石であり、一瞬ルルーシュもその案を指示しようという誘惑に駆られたものの、即座に思い直して思考に戻ることを優先させる。
たしかに強力な個人に対して数の差で攻めることは有効な手ではあったが、それは数が数として機能できる場合に限られる真理でもある。寄せ集めのゲリラ達が数としての集団戦闘ができるかどうかで、定石は愚策へと一変してしまう羽目になりかねない。
敵が強いだけの個人とはいえ、合計した数では勝っているだけで個別に挑んでくる個人の群れにしかなれないのでは、一対一を大量に繰り返しているようなものだ。到底勝てる戦い方ではない。
――何よりルルーシュには、この戦闘そのものでブリタニア軍に勝つ気が、最初から乏しかった。
無論、そのまま勝てるのなら勝つ算段はしており、実際に検問突破まで後一息というところまでは進めることができてはいる。
――だが、そもそもこの虐殺作戦が『証拠隠滅のためだけ』に、これだけの大兵力を投入して始められたものだった以上、クロヴィスが検問突破に成功した自分たちとゲリラを生かしておくことを許すことが出来る可能性は低いと言わざるを得ない。
今でこそ、情報統制と検問実地によって外部に騒動が知られるのを恐れて、おおっぴらに援軍を呼べずにいる総督府直属軍ではあるが、いざという時になってまで律儀に守って大人しく敗北してくれるほど潔い男ではクロヴィスはない。
元々この虐殺自体、クロヴィスの計算違いから始められたものであることは、親衛隊の言動から明らかでもあり、敗北に対して理性的な対応を期待できる人物では最初からなかった。
窮地に陥った経験が少なく、バランス感覚を欠いた貴族のバカ息子が、追い詰められたと感じて『暴挙に走る』という事例を、ルルーシュは身を以て思い知らされた過去がある。
秘密が流出することを恐れるあまり、自己の破滅へと続く一本道を『自分を守るため』に爆走してしまう危険性がクロヴィスには無いと言い切れる要素が、今までの彼が示した行動からは何も見いだすことが出来ない以上、ルルーシュとして選ぶべき道は一つしか無い――。
その為にも急がなければならない。自分の判断と決断の遅れを取り戻させるため、ミスはこれ以上許されない。
「P1、そしてQ1も含めて、皆これから私が語る指示を、よく聞いてほしい。これから君たちがやるべき事は―――」
本人にとっては長すぎる、迷いと躊躇の時間。
だが実時間では最初の指示を出すのを留まってから、わずか数秒しか経っていない光よりも速い思考によって導き出された選択が今、示される。
嚮導兵器《ランスロット》の圧倒的すぎる力によって、戦術レベルとはいえ戦局を一気にひっくり返してしまった奇跡のパイロット『枢木スザク』は、コクピットの中で喝采を叫んでいた。
「マニュアル以上の性能と力だ! やれる! このランスロットなら一気にッ!!」
緊急事態を理由として、硬直した戦局を打開するため突破口を開く程度の役目だけを期待され、それさえ叶えばデバイサーは殺されても構わないという腹積もりで、名誉ブリタニア人であるイレブンでしかない彼に特例としてナイトメア・パイロットの資格を与えてやっていただけでしかないのがスザクであった。
だが今の彼は、許可を与えた者達の思惑と与えられた任務内容とを大きく超越して、『全ての敵機を自分一人とランスロット一機で制圧する』という偉業を成し遂げる勢いで敵中央を直進し続けている最中だった。
彼には、それを成し遂げる必要性があったからだ。
スザクは今の自分の立場が、緊急時を理由とした一時的なものでしかないことを、よく理解していた。戦闘が終わって厄介な敵が倒されれば、名誉ブリタニア人でしかない自分に次の機会が巡ってくる可能性は0に近くなるだろう。
上の者達のサインひとつで、地位も機体もすべて奪われることしか出来ないのが、今の自分の置かれた現実の身分だった。
だからこそ、変えなければならなかった。与えられた力とチャンスを最大限使える今この戦闘で最大限の戦果を上げて、手柄の全てを独占してみせる!
そうすることでしか、占領国の民でしかない自分にはブリタニア軍内部で上へと登れる手段がない。
今の地位身分では、自分が叶えたいと願う夢も、“罪滅ぼし”も決して叶えることは出来ない現実を、他の誰より思い知らされながら今日まで生きてきたのは自分自身なのだから――ッ!!
その為にも彼は力を欲して、今その力を手に入れ、その力を使って夢を実現させるための階梯を駆け上がるため、全速力で敵陣をかけ続けていく!
だが、その足さえ遂に止まる時が訪れる。
「っ!? 敵が退いていく・・・? この戦況でッ!?」
押しに押し続けていたスザクであったが、中途まで敵陣に浸透するのに成功した頃から、急に敵側の動きに変化が現れたことを察して、驚きのあまり声を上げる。
ゲリラ側に奪取されたブリタニア軍のナイトメア《サザーラント》の各部隊が、急に自分を迎撃するための抵抗をやめて機首を返して後退し始めたのである。
最初は、恐れを成しただけと見て容赦なく戦闘不能な状態へと追い込み、パイロットだけは殺さず脱出装置を作動させる戦い方での敵撃滅を続行していたスザクだったのだが、後退する足を止めて集結予定場所と思われる地域で合流したゲリラたちが銃を構えて自分と対峙する姿を見せつけられた瞬間、思わず“怯み”を覚えずにはいられなかった。
「み、民間人の脱出を守っている・・・のか・・・?」
スザクの見ているモニターの中に映し出されたゲリラたちのサザーラントは、ブリタニア軍の攻撃から逃れようとしている人々を守るようにして、ランスロットに銃口を向けてきていた。
盾として使うため人質に取っている、と言うわけではない。彼らは逃げる人々の前面に立って銃を構えているからだ。
人質として使うのなら、逃げる人々の後ろに彼らは立つ道を選ぶだろう。民間人の撤退を支援するため残された戦力を一カ所に集中させ、護衛の陣形を整えさせるための後退だったのだ。
だが、どちらにせよスザクにとっては同じ事だった。
「こ、これでは討てない・・・っ。
僕には彼らを、討てるはずがない・・・・・・!」
震える手でコントロールレバーを握りしめながら、スザクは歯ぎしりしたい思いと躊躇う気持ちを併走させながら、それでもランスロットをこれ以上前進させる道を選ぶことはできなかった。
もし自分が、ゲリラたちの機体を倒してしまえば確実に民間人への被害が出る。
腕だけを落とし、足だけを狙い、銃だけを撃ち落とすことが出来ないわけではなかったが、それをやれば飛び散った破片は必ず誰かの頭上へと降り注いで、その人の命を奪うだろう。
そうなると知った上で、ゲリラに奪われた機体だけに向けてスラッシュハーケンを放つことも、ランスロットを疾走させて敵機だけを戦闘不能に陥らせることも、スザクには不可能な選択肢だった。
それでは間接的な人殺しだからと、自己の行為を正当化しているだけでしかないからだ。
――いくら自分が『全ての敵に奪われたナイトメアを止めれば戦いは終わるから』という人道的な目的のために戦っていると言って、その目的のためなら民間人は死んでもよく、『直接的に殺したわけではないのだから仕方がない』としたのでは、自分が命と夢を捨てる覚悟で上官の前に立ち塞がった意味など無いではないか・・・!!
それが出来る自分であったなら、死へと続く道を知りながら親友の前に立ち塞がって、『命をかけてでも叶えたい夢』をも同時に捨て去る道など選べるはずがなかったのが自分という人間なのだから・・・・・・
「――だが、それならばッ!!」
しかしスザクは、民間人脱出支援のために立ち塞がる敵は撃てないからと、ただアホウのように立ち尽くすべき義理まで持ち合わせていた訳ではない。
機体を跳躍させ、広く戦場全体を見渡すことができる高さへと達した彼は、『敵司令官の指揮所』を探すため、周囲に索敵の目をめぐらせ始める。
ゲリラたちの動きが急に良くなったのは、間違いなく敵の司令官が替わったことが理由によるものと見て間違いはない。そうでなければ途中までの戦いで犠牲を出す必要などなかったからだ。
また、敵が不正に入手した機体ではなく、正規軍の機体を奪取して使用しているなら、通信が傍受されてコチラの動きが筒抜けだったことも説明はつく。
未だに手段は不明だが、味方機が奪われてしまっては自軍の位置も動きもすべて敵指揮官には丸見えも同然なのだから。
だが、ランスロットのレーダーに映し出されている光点はブリタニア軍のものだけで、ゲリラ側に奪取された機体は表示されていない。IFFが外されているのだろう。
確かにこれなら識別信号からブリタニア軍に自分たちの位置が察知される恐れはないが、逆に言えば味方の位置も正確に把握することは不可能になる。
敵の動きが分かっても、味方の現在地や移動速度が正確に分からないのでは綿密な作戦指示は難しくなる。ニワカ仕込みのゲリラたちによるナイトメア部隊ならば尚更のことだ。
必ずどこかから、味方の動きだけでも見渡せる場所から戦場全体を俯瞰視点で把握しているはずだった。
スザクには指揮官としての素養や戦力的視点はなかったが、戦術レベルに止まる限りでなら、要点となるポイントを把握することは難しくない。
敵指揮官は、今の自分がいる場所から遠くない何処かにいる。隠れ潜んでいる。
味方の兵たちに命がけで戦わせながら、自分だけは安全な場所から見下ろして指揮だけを執っている傲慢な視座で、味方の動きだけは把握可能な場所から確実に―――その為に最適なポイントは・・・・・・
「――見つけた! そこだッ!!」
スザクが目星をつけてモニターに拡大画像を表示させたのは、周囲の倒壊しつつあるビル群の中で一際高く、傾いている状態ながらも立ち続けている巨大建造物の中腹だった。
ブリタニア軍侵攻の際に巻き込まれて放置されたのだろうが、周囲に立ち並ぶビルの屋上近くに当たる高所に崩れて穴が開いた一角が存在している場所で、ブリタニア軍が陣取る方角からは倒れかかって倒れそうな背面だけが見え、日本側ゲリラが陣地防衛をしていた方角へと建物の天頂部は角度を下げて、下からは陰になって見えづらい。
まさに指揮所を造るには絶好の条件に、そこはあった。
スザクは、スラッシュハーケンを発射して建物に空いた穴へとショートカットで進み、距離と時間を短縮させ、敵指揮官が潜んでいる隠れ家へと一挙に突入してチェックメイトをかけ――
「なッ!? いない・・・だって・・・?」
だが、スザクがその場所に辿り着いた時。
そこには敵指揮官も奪われたナイトメアフレームも一機たりとも存在せず、ただ広々とした空間内に倒壊する際に穴が空いてしまったらしき床と、破損して略奪されずに残されていた家具類や調度品だけが僅かに残るのみ―――
「いや、違う! 穴を使って逃げたのかッ!!」
だが即座にスザクは、自分の達し欠けていた結論は間違っているものと考え直す。
よく見れば、床に空いた穴の隅には奇妙な亀裂があり、自然に出来たものとは思えない。
敵は自機の周囲を囲むようにマシンガンを発砲して、自重だけでも床が抜けるようにする方法で脱出したのだ。
穴に近寄って下を見下ろすと、案の定そこには今いる階と同じような穴が空けられている。その下の階も、そのまた下の階にもだ。
ここを使って敵が逃げたという明確な証拠だった。スザクは何の躊躇いを抱く理由もなく穴へと飛び込んで敵を追う!
何度か同じような光景の階をくぐり抜けた後、今までとは違う光景を目にしたスザクは一瞬だけ動きを止める。
床に穴が空いているのは同じだが、壁にも大きな穴が空いてしまっている階だった。
その穴は今までのものと違って、完全に自然現象によって空いてしまった巨大な亀裂という方が正確な代物のようで、侵略時に出来てしまってから今日まで放置されてきただけらしい。
自然に開けられた穴と呼べるほどの亀裂で、高さは上の階と比べて大分下がった階層。
それならば――
「やはり! 見つけたぞ、ヤツが敵の指揮官かッ!!」
亀裂に歩み寄って外を見たスザクは、遠くにナイトメアが地上を疾走する際に生じるローラージェットの砂埃を見出して、自分の推測が的中していたことを確信して、次いで激高した。
敵の指揮官は逃げようとしているのだ。味方には民間人を守って後退を命じながら、ブリタニアの注意を引きつけている隙に自分だけは逆方向へ向かって逃走していく―――そんな奴をスザクが逃がしてやるべき理由はどこにもない!!
「仲間たちを置いて自分だけ逃げるつもりなのか!? お前みたいな奴がいるから――ッ!!」
敵であっても義憤に駆られずにはいられないほどの醜態に、スザクは目がくらむほどの怒りに駆られて再び機体をフルスロットルで跳躍させて着地し、敵が逃げた道をたどって後を追う余計な手間と時間を大幅に短縮して、逃げる敵の背後を取る!!
「降伏しろ! もはや貴様に逃げられる道は残されていない! これ以上、無駄な血を流そうとするな!」
『・・・・・・』
それでも尚、降伏勧告を敵に発してナイトメア戦闘と撃破による被害を避けようとするスザクだが、敵からは返答すらもなく、ただただ今までと同じ最高速度のまま逃げ続けるだけ。
仕方なくスザクは、逃げる敵の足を狙ってスラッシュハーケンを叩き込み、片足を失った敵が横転して仰向けに座り込むのを上から飛びついて押さえて、コクピットに向けて右手を突き出す。
「もう諦めろ! これ以上は殺――」
言い様に、途中で敵機のコクピット左右が発射口になっているスラッシュハーケンが射出され、至近距離からランスロットへ襲いかかろうとするが、スザクにとっては悪足掻きにしかなりようもない稚拙な抵抗としか言い様もない。
「この―――抵抗するならばッ!!」
アッサリと片手だけで2本共のスラッシュハーケンを掴み取られて、へし折られ。完全に敵サザーラントはスザクに抵抗する力を奪い尽くされる。
もはや、この敵には問答無用とランスロットの右手を伸ばし、コクピットを掴んで力ずくでこじ開けさせ、敵指揮官を引きずり出して処罰し、未だ戦っている彼の部下たちに降伏を呼びかけるよう命じさせて、そして―――
「・・・・・・え?」
そして―――そこには誰もいない事を知ることになる。
無人だったのだ。サザーラントのコクピット内には人間は誰一人乗っておらず、コンピューターが示す光が点いたり消えたりしているのみ。
時折、コントロールレバーが規則正しく上下するだけで、その動きにも法則性が見受けられ、明らかに定められた規定通りに動くよう命じられていただけのロボットと同じものでしかないことを示している。
―――自動操縦。
その単語がスザクの頭をよぎって、霞む。
遠くへ向かって逃げる機体を見せつければ、自分が追いかけてくるだろうと想定した上で、囮として無人の機体を走らせていただけだったのだ。
先程のスラッシュハーケンも、『そういう状況が生じたら所定の方向へ発射せよ』とセットされていた行動を定められた予定通りに実行していただけのこと。
カラクリそのものは、おそらく単純極まりないものだったのだろう。
敵指揮官は、最初から『2機のサザーラント』を確保していたのだ。
自身が乗り込んで戦闘へと介入し、観測ポイントから戦闘を指揮する際に乗機として使うための機体と。
そして逃げる時のための機体を、隠れ家の入り口付近に配置したまま戦闘指揮を行っていた。只それだけの初歩的な子供だましのトリック。
敵が、何らかの手段で自軍のナイトメアを強奪できた以上、『予備』を残している可能性を考えなかった自分の浅はかさが今更ながらに恨めしい。
最初から、この方角には敵指揮官は――否、敵は誰一人として存在してなどいなかったのだ。
だとすれば敵指揮官は、一体どこに潜んでいることになるのか・・・・・・?
「――ッ!! しまったッ!」
慌ててスザクは機体を跳躍させ、上へと逃れる。
幸いなことに下方に置き去られた敵機は、自爆まではセットされていなかったのか、あるいはスザクの攻撃で機能停止に陥らされていたのか、沈黙したまま再び動き出そうとはしなかったものの、スザクが発した危機を知らせる言葉は、自分のことを言っていたものではない。
「・・・・・・今からでは、敵に追いつくことは不可能ということか・・・・・・!」
悔しげにスザクは歯がみしながら、コントロールレバーを握る手のひらに力を込める。
戦場から逃げ出そうとしていた訳ではなかった以上、敵司令官が迎える方角は現在のところ、2つに1つ。
ゲリラ側が残存戦力に守られながら、立てこもる道を選んだらしい建造物へと向かって合流して戦う道が一つ。
こちらを選んでいれば、ブリタニア軍本体が包囲を完成させる手筈になっているため問題は無い。
問題なのは、今一つの道を選んでいた場合の可能性だ。
もし今の自分が日本側のゲリラとして戦闘に参加して、敵の包囲が完成しようとしている状況下で敵陣に一人残されていた場合、取りえる選択肢を同じように選んでいたならば・・・・・・
「・・・奴はブリタニア本陣の中へ、すでに入り込んでしまっている・・・。
味方の陣地の中で遊軍に紛れ込まれてしまった後では、僕には判別する手段がない・・・・・・クソッ!」
苛立ちを込めて拳を、コクピット内の壁に叩きつける。
不利な戦況へと陥っていた単機で戦局を一変させるという輝かしい戦果を上げた最強の白騎士パイロットは、最後の最後で敵の策に乗せられ、大きな失態を犯してしまった後悔と敗北感に苛まれながら・・・・・・今からでは自分に出来ることは何もなくなってしまった戦場で一人佇んでいた。
強いだけの騎士が出来ることは、もの戦闘においては、もう何もない・・・・・・と。
「テロリスト共を殲滅することも出来ず、敵将の捕縛にも失敗したか・・・・・・所詮は名誉ブリタニア人のイレブンには、その辺りが限界だったと言うことだな」
地上戦艦の艦橋でスザクからの報告を、特派のセシルを介して伝え聞かされたクロヴィスは冷笑混じりに一笑しながら、そう酷評して見せた。
バトレー将軍をはじめとして、艦橋に集っていたブリタニア軍の参謀たちが追従と侮蔑の笑みを浮かべる姿を眺めやりながら、しかし彼らは殿下の続く言葉に驚かされることになる。
「・・・だが、硬直していた戦局を打開し、思い上がった敵陣を単独で崩壊させた功績を立てたのは事実でもある。これは他のブリタニア騎士たちの何人も出来なかった業績と認める。
彼はむしろ、よくやってくれた。与えられた任務以上のことを成し遂げたのだから、それ以上を望むのは欲が深いというものだろう。十分に労ってやるよう通達してやるといい」
その寛大すぎて、甘いとさえ思える待遇に参謀たちは目を剥いて、不審そうな視線を殿下に向けることになる。
バトレー将軍が、その一番手だった。
「で、殿下・・・その、よろしいのですか? たかが占領国のイレブン如きに、そこまで甘やかしてやったのでは他の者達への示しが付かぬのではと・・・」
「構わないさ。聞けば、先の戦闘中の“事故”によって負傷していると言うではないか? 傷ついた体でブリタニア勝利のため、同胞の討伐に貢献してくれたのだ。見事な忠誠という他あるまい?」
「は、はぁ・・・まぁ・・・・・・そう言われてみれば、そうであるとも言えますが・・・」
「功績に対して褒美を以て報いるのがブリタニアの流儀だ。昇進は約束してやる。なんなら騎士叙勲も考えてやらんでもないと、その名誉ブリタニア人には伝えてやるといい。
負傷した体で、これ以上の戦闘続行は酷であろうから、後は本体に任せて後方へと戻り、ゆっくりと休養するようクロヴィスが心配していたとな」
その余りの厚遇ぶりに、居合わせた参謀たちは唖然とさせられずにはいられなかった。
彼らからすれば。大盤振る舞いとしか言いようのない殿下の配慮は、名誉ブリタニア人への評価に対して過剰としか受け取りようがなかったからである。
彼らに言わせれば、確かに功績があるのは認めるが、そこまでの好待遇を与えてやるほどのものではなく、賞金と休暇と下士官クラスへの格上げ。
それで十分すぎる程度のものだと、民族主義による選民意識と、劣った者達に実力で劣っていることを見せつけられた嫉妬心から、彼らはそう思い込むことで自らの自尊心を守る道を選んでいたからである。
だが、クロヴィスの見解は彼らとは別の基準に基づいてのものだった。
“宮廷政治”が、彼の用いた評価の基準だったのだ。
(・・・もし特派の機体がすべての敵を倒してしまっていたならば、大きな譲歩を受け入れざるをえなくなっていたところだったが・・・・・・この程度であれば兄上に対して、要らぬほど大きすぎる借りを作る羽目にもならぬだろう。
それに特派のオモチャと、パイロットのイレブンも予想以上に面白い成果を出してくれた。本国に戻った時のため、恩を売っておくに越したことはない――)
クロヴィスは声には出さずにそう考え、政治的な利害損得によってスザクというイレブンの“失態”を好意的に解釈していたのである。
たしかにランスロットのデータ収集のため出撃を許可してやることで、特派とエリア11総督府軍との共同作戦という形は取ってはいるものの、余りに戦果を出し過ぎてしまわれたら、報いる側が過小となって予定より多くのものを支払わざるをえなくなっていただろう。
古来より、ケチな支配者が最終的な王者となれた例はない。
宮廷政治の理屈で考えたとき、こういった貸し借りというものは軽くないのが常識である。
また、特派のオモチャと、イレブンのパイロットも想像より遙かに使い勝手のいい駒になりそうな力を有している。
武力面では姉のコーネリアに劣る自分が、軍事面での人材として確保できるなら、昇進や騎士爵程度の“低い身分”なら安いものだった。
特にイレブンの方など、上手い餌をチラつかせてやるだけで簡単に、自分の番犬となる道を選んでくれるかもしれない―――
そう頭の中で皮算用を計算しながら、クロヴィスは声に出しては部下たちに向かって、こう命じている。
「よし! 我が総督府に属する兵士の活躍によって、膠着した戦況は崩され、すでに敵は残存戦力を残すのみであるッ。
ただちに完全包囲下において、一兵も逃さず殲滅するのだ!! もはや我らの勝利は疑いない! オール・ハイル・ブリターニアッ!!!」
『『『イエス・マイロード!!
オール・ハイル・ブリタニアーッ!!』』』
そう全軍に告げて、本体が生き残った日本側ゲリラが逃げ延びて立てこもる建造物へ向けて進軍し始める。
すでに敵の大半はスザクによって行動不能に陥らされ、一時的に敵へと傾いていた戦局は再びブリタニア側へと天秤を引き戻され、ブリタニア軍がすべての面で圧倒的に優位だった当初の状況へと舞い戻っているのだ。
今更スザクの力など、借りるまでもなく敵は滅ぼせる。
よそ者の特派の機体に乗った名誉ブリタニア人一人に、イレブンの反政府テロリストを殲滅されてしまったのでは、総督府軍の面目は丸つぶれだ。
未だ残っている戦力に守られた残存戦力だけでも、ブリタニア軍が完膚なきまでに殲滅することが、エリア11の総督クロヴィス・リ・ブリタニア第三皇子にはあったのだから――
「イレブンの文化無き猿どもが・・・・・・我が軍に逆らおうなどと妙な欲を出さねば長生きできたものを。
重要なのは、国民の自由や権利や名前を守ることではない。国家を守ることこそが真に重要なことなのだ。自らの誇りや生命を守るため戦う者など、我が帝国領には必要ない。
国のため、支配者のため、命令とあれば喜んで死んでいける精神的家畜こそが、真に国家と政府にとって価値ある人間なのだよ。
その事実を受け入れらぬと言うなら、望み通り自由のために戦って死ぬ権利を君たちにプレゼントしてあげるとしよう・・・・・・フフフ」
すでに勝利は確定し、残された作業をこなすだけの段階に至ったとするクロヴィスの認識は必ずしも誤りではなかった。
普通の手段で、その認識を覆すことは不可能な情勢下に至ってしまっていたことは誰の目にも明らかな状況になってしまった後なのだから。
ただ・・・・・・『普通ではない手段』で可能にできる者がいた場合にのみ、彼の認識は自殺願望となってしまう運命にあったのも事実ではある。
彼は知らなかった。
いや、知らせないよう命令されていた事で、知ることが出来なくなっていたのだ。
クロヴィスが本営を構えさせていた旗艦周辺の一角へと、『味方機の反応』を示している1機のサザーラントが接近してきていることを。
その機体に乗っている人物が、自分自身と、ブリタニア帝国という名の国家そのものに死を与える、最強の敵にして最大の死神になる男であることを。
彼も、そして世界も。―――今はまだ誰も知る者はいない。
つづく