子供の頃に読んでたころ思い描いてた妄想を、今の自分流で形にしたもの。如何にも厨二らしい年頃で考えてたアイデアですので好みは微妙かもですが…。
主人公の設定とか不自然な点は多いと思われますが、続くようならおいおい説明していくつもりでおります。
イギリス・プリベット通り四番地に住むダーズリー夫妻は、「おかげさまで私どもは、どこから見ても“まとも”な人間です」と言うのを自慢している、ごく普通の一家です。
夫のダーズリー氏は首がほとんど見えないほど肥満気味な体型で、妻のペチュニアは首の長さが常人の2倍あって、生まれたばかりの長男ダドリーは最初に覚えた言葉が「イヤッ!」という生まれながらの反抗期少年でしたが―――それでも彼らは普通の家族でした。
たいていの人は、変な性癖あっても「自分は普通だ」と信じたがるものです。だから彼らは普通の人たちです。何も変なところは一つもありません。
そんな極普通の変な人たち家族ダーズリー家が、まか不思議で奇妙な出来事に巻き込まれることになるのは、ある夜の出来事からはじまる物語。
それは、『ガイ・フォークスの日』が来週に迫っていた、ある日の夜からの出来事。
1605年にイングランドとスコットランド両国の王様を兼ねたジェームス1世の時代に、ガイ・フォークスという名の男性が、王様や議員たちを吹っ飛ばして殺してしまおうと、国会議事堂の地下に爆薬を仕掛けてバレて捕まって処刑されました。
その陰謀がバレた日を記念した祝日が『ガイ・フォークスの日』です。別名『火薬陰謀記念日』
そんな日を祝祭日にするイギリス人のセンスは、外国人的にはちょっと不思議な人もいるそうですけど、イギリス人的には普通です。だから普通の祝日。
そんなイギリス人にとっては普通で、外国人から見ると少し不思議な日が来週に迫っていた、ある日のこと。
その日は昼間から大量のフクロウが空を飛び交い、カラーリングは派手だけどデザインは時代錯誤な服を着ている変わった服飾センスの人たちが道路を横断しまくり。
ダーズリー氏は、出勤途中で猫が看板を見ているのを見て「地図を読んでいるのでは!?」と深読みして、仕事中に5人の部下を怒鳴って何本かの重要な電話でも何度か怒鳴り、それでも昼には「いつも通り普通の仕事」と上機嫌で昼飯を買いに行く。
人によっては、頭おかしいんじゃないのか?とか思われたかもしれない一日を「自分にとっては普通だから普通だ」と信じ込めてしまっていたからこそ普通に過ごすことが出来た奇妙な日。その夜のこと。
ダーズリー氏が、一日の途中で遭遇した「自分にとっても他人にとっても不思議な出来事」と、聞きたくない「一家の名字」を話してるのを聞いてしまったのを気になりながらも睡魔に負けて眠りについた深夜遅く。
・・・・・・彼らの家の近くに奇妙な服をまとった人物たちが、“三人”現れて話し合っていたことを、彼らは知らない。誰も知らない。
深夜の暗がりに包まれたプリベット通りの真ん中で話し合っていたのは、三人の人間たち。
一人の老人と、猫だった老婆と・・・・・・そして、制服を着た一人の女の子。
「やはり、お出でになっていましたな。マクゴナガル先生」
そう言って、おかしそうに微笑みかけた三人の中の一人は、奇妙な老人。
何もない空間から突然スーッと姿をあらわした、派手な柄と色彩をしたローブの内側からライターを取り出し、それを「カチッ、カチッ」と鳴らした人。
その音の度に道路の街灯に灯る明かりが、一つ、また一つとライターの中へ吸収されて消えていく。
「――ダンブルドア先生、本当なのですか? あの噂は・・・」
老人からの質問に答えたようにも、逆に問い返したようにも聞こえる言葉で応じたのは、一人の女性。
ダーズリー氏が昼間に見て、地図を見ていると思い込んでしまったトラ猫の影が、徐々に形を変えていって気づいたときには人間の姿に変化していた、厳格そうな眼鏡をかけた初老の女の人。
「残念ながら本当らしい。良い噂も、悪い噂も、じゃがな」
「で、ではジェームズとリリーは・・・・・・ポッター夫妻は・・・」
「・・・・・・」
「ああ・・・そんな・・・・・・信じられない・・・。いえ、信じたくなかった・・・ああ、アルバス・・・・・・」
うなだれて黙り込むことで問いかけへの答えとしたダンブルドアと呼ばれた老人に、縋り付くようにして顔を埋めたマクゴナガルというらしい女性。
そんな彼女の肩を、優しい手つきでそっと叩く老人ダンブルドア。
「わかる・・・よーく分かるよマクゴナガル先生。
リリーとジェームズほど良い人間は、どこを探してもおらんかったじゃろう・・・」
「はッ、アレが“いい人間”、ねぇ・・・・・・」
そんな雰囲気をぶち壊すように、静かな口調で三番目の人間が初めて声を発した。
マクゴナガル先生が厳格そうで厳しそうな目付きを、一際厳しく鋭くなって相手を見つめる。
それは一人の女の子だった。
他の二人とは違う、本当に普通の格好をした女の子。
高等学校の生徒がまとうような女子用の制服を身につけ、四角いフレームの眼鏡をかけて小さめの文庫本を読みふけっている。そんな普通すぎる格好をした普通の女の子。
だからこそ、この場で最も不思議で奇妙な格好になってもいる女の子だった。
深夜の通りに、二人の奇妙な格好をした老人と老婆の会話に居合わせながら、平然と会話に参加できてしまえている。これで奇妙ではないはずがない。
だいいち通りの明かりは全部ダンブルドア先生が『火消しライター』で消してしまった後のはずだった。暗がりに包まれた通りで、本など読める訳がない。
だが彼女は、今の今まで手元の本をパラリ、パラリと一定速度でめくりながら、二人の会話を聞き流しつつ、読書だけに集中していた。
もし今、マクゴナガル先生の質問にダンブルドア先生が、「その言葉」を使って答えなければ、出番が来るまでずっと黙って本を読んでいたままだったかもしれない。
それ程に、普通すぎる奇妙な女の子。
普通の人たちの世界にはいない、まか不思議な人たちばかりの場所では、普通の人間こそが最も不思議で奇妙な存在になってしまう。
そういう不思議さで、彼女はとびきり普通で奇妙で、ありえないことの塊のような人間だった。
「まぁ、“今はいい人”だった人間かもしれないけどね。ジェームズはさぁ・・・・・・」
「そこら辺にしておきなさい、朝露。君を呼んだのは死者を罵倒させるためではないと分かっているのじゃろう?」
皮肉そうな口調で呟かれた親しい人物への非難と取れる表現を聞かされて、マクゴナガル先生が普段以上にキリリと眉の角度を急角度に上げていくのを見て取ったダンブルドア先生に注意され、二人は同時に口を閉ざして年上の方が目をそらし、年下の方は最初から彼らの方を見ていない。
「・・・噂では、『例のあの人』が死んだとき、一人息子のハリーも殺そうとして殺せなかった、失敗したと聞きましたが・・・・・・その男の子はどうされたのでしょう?」
ややあって、自分が気まずくさせてしまった空気を入れ換えようと、両方とも本当だったという『悪い噂の良い続きの部分』をマクゴナガル先生は口に出す。
元々それが聞きたくて、今日一日この通りで猫のフリをして彼を待ち構えながら、来てほしくないと願ってコチコチの体勢になるほどジーッと、一つの一家だけを観察し続けていたのだ。
話には聞いていたし、他に親戚のいない一族だという話も知っていたものの、だからこそ『彼』が預けられる可能性が高い相手を、自分の目で確かめておきたいと観察し続けていたのである。
そして結果としての評価は―――『最悪』の一言だった。
「ハグリッドが連れてくる手はずになっておる。叔母さん夫婦に預けさせるためにの、親戚はそれしかなかったのでな」
「大丈夫ですか? ハグリッドに、そんな大事な用を任せてしまって・・・・・・」
「ああ、ワシは心底ハグリッドを信用しとる。自分の命でさえ任せられるぐらいじゃよ」
「そりゃあ私だって、彼の心根がまっすぐなのは分かっているのですが・・・・・・」
敬愛する相手からの信頼に、その点では同意できるマクゴナガル先生はしぶしぶ頷くものの、納得できない部分も少しぐらい残っていたらしい。
「ですが彼は、ご存じのようにウッカリしてる所がありますでしょう? 運んでくる途中で珍しい鳥たちの群れに突撃してしまって、うっかり子供を谷に落としてしまった・・・・・・などという事にならねばとは思いますけど・・・」
「・・・・・・」
そして今度はダンブルドアが黙るしかない側になる。
たしかに、そういう危険は彼に無いとは残念ながら言い切れない。
『あの時の事件』といい、あの心優しい大男には、そういうウッカリを犯しやすい癖がある。その点だけはダンブルドア先生も心根を信じているからこそ安心しきれない部分になっていたのだが・・・・・・どうやら、その心配は無用だったらしい。
遠くからゴロゴロと、爆発のような音が響いてくるのを二人と一人は感じ取っていた。
まるで雷でも落ちてきているような轟音が、じょじょにコチラへと近づいてきている。
だが周囲の家々が、音に気づいて慌てだす気配はない。ダンブルドアが最初に消したライターは、そういう効果を持っている。
全ての明かりの消えた今は夜なのだ。夜は誰もが寝静まる時間である。夜に何が地上へ降りてきても、地上の人間が気づくのは朝になって皆が起きた後だと、昔からそう決まっている。
やがて爆音は、車のヘッドライトと共に3人のもとへ空から到着する。
大型のバイクだった。それが道路ではなく空を走ってきて道路に着陸し、ようやくコンクリートとタイヤの摩擦音をエンジン音に付け加えながら、ダンブルドアたちの前で停車した。
「ふぅ・・・ダンブルドア先生、マクゴナガル先生、遅れましたわ」
「ハグリッドや、やっと来てくれたね。しかし一体どこから、そのオートバイは手に入れたのかね? 今回は特別に許可できたとは言え、お前さんは・・・・・・」
「ご安心を、先生。ジェームズの親友だった、ブラック家のシリウスっちゅう若者に借りたんでさ。規則は破っちゃいません」
バイクにまたがっていた大男が、ダンブルドア先生に礼儀正しく話しかける。
背丈は普通の人の二倍近く、横幅は五倍近くあり、髪も髭もモジャモジャで、手足はバケツのように大きいが、両目だけは子供のようにあどけない。
巨人族の血を引いていると思しき中年の男性だった。
恐ろしげな体格の見た目と、表情の子供っぽさに種族の特徴が現れている。
その大男が今は、首から布に包まれた大きめのナニカを持ってきた姿で、彼らの前に誰にも知られること無く到着したのだった。そうするよう指示を受けていたからだ。
「では問題は無かったということだね、ハグリッド?」
「ありません、先生。俺が行ったときにはもう家は、あらかた壊されちまってたですが、マグルたちが寄ってくる前に無事に連れ出すことができました。
もっとも、ブリストルの上空を飛んでる内にスヤスヤ眠っちまいましたので、起こさないよう注意して速度を落としたら少し遅れちまいましたが」
「それは良かった」
その報告に心底よかったと思っている表情でダンブルドアは頷くと、大男から手渡された首から提げて運んでいた布に包まれた荷物を受け取ると、優しい手つきで抱きしめながら――とある一件の家の玄関へと運び始める。
それを見た瞬間、彼と同じように優しげな瞳で布に包まれた人物を見下ろしていたマクゴナガル先生の眉が、再びキリリと急角度に跳ね上がる。
「アルバス、まさか本当にこの家の家族に、この子を預けるのではないでしょうね? 私は念のため今日一日ここの住人を見ていましたが、ここの夫婦ほど私たちと掛け離れた連中はいませんでしたよ! マグルの中でもとびきり最低のマグルです!
それなのに、そんな連中のもとで、この子を育てさせるだなんて! ハリー・ポッターが、こんな家に住むだなんて!」
「他に親戚はおらんし、何よりここで育てられるのが、この子にとっても一番良いのじゃ」
「アルバスっ!」
悲鳴のようにマクゴナガル先生の叫びが、プリベット通りに響き渡り、そして誰も騒がない。
「ねぇ、ダンブルドア。連中は絶対この子のことを理解しやしません! この子は有名人です、伝説の人です。今日この日がいずれ、ハリー・ポッター記念日となるかもしれないほどに。
明日までには、私たちの世界でハリーの名を知らない子供は一人もいなくなるでしょう。そんな子供を私たちから最も遠い一家に預けると、そう仰られるんですか!?」
「その通り。それこそが一番の理由なのじゃ」
ダンブルドア先生はマクゴナガルの正しさを認め、正しいからこそ預ける家はここにすべきと判断を下した。
・・・・・・もっとも、預けるのが安全な理由が他にもあることまで明かす気は、今はまだ無かったが。
「そうなれば、どんな少年でも舞い上がってしまうじゃろう。歩いたり喋ったりする前から有名で、皆から褒めてもらえるばかりだなんて!
自分が覚えてもいないことで伝記を書かれ、偉人として周囲から持ち上げられるだなんて! 誰もが伝説の人として接してきてもらえるなんて!
・・・・・・そんな環境で甘やかされて育ち、まともな人間に成長できる人間など、そうはおらんよ。
せめて自分が、自分がやったことと、両親がやってくれたこととの違いが分かるようになるまで、心の準備が整うまでは・・・・・・わしらの世界から離れた場所で育つ方が、この子の心のためには良い・・・・・・」
「そう・・・そう、ですね・・・・・・おっしゃる通りかもしれません・・・」
説明されてマクゴナガル先生もまた、相手の正しさを認めた。
今の彼は、言ってみれば『王様』だ。あるいは『世界を救った救世主』だろうか?
世界中を闇に包もうとしていた『例のあの人』を倒して、世界中の魔女、魔法使いを危機から救ってくれた勇者と言ってもいい。
そして、自分たちを救ってくれた勇者には誰も逆らわない。注意もしない。ただ感謝して褒めるだけ。
怒る者がいれば、怒った者を怒るだろう。叱った者を、周囲の者たちが叱るだろう。・・・・・・そういう環境で育てられた子供が大きくなった姿なら、マクゴナガルは既に予想できている。
今日一日中見ていた、これから彼が預けられる家の子供がそれだ。お菓子が欲しいと泣きわめき、買ってくれねば母親を蹴り続け、それでもなお両親は「わんぱく坊主め」と優しい目で見守るだけなのだ。
伝説の子供ハリー・ポッターの将来が、あのダーズリー家の男の子のようになるなんて・・・・・・・想像するだけで恐ろしい。
だからマクゴナガル先生は、ダンブルドアの正しさを認めて受け入れた。正しさを疑っての監視が、正しさを認める最大の理由になってしまったのは皮肉というしかない。
とは言え、物事というものには別の面があるのも事実ではあるのだろう。
「言う通りかもしれいけど、預け先に虐げられて、恨みしか持たない子供に育つ可能性もある。
恨みで、自分に優しい奴のことだけ信じて、嫌いな奴はみんな虐げてくるイヤな奴の同類、って風に育つのも、それはそれで問題なんじゃない?」
最後尾を歩きながら付いてきている眼鏡の少女が、特にイジワルそうという訳でもない口調で、だけど全然優しくもない、ごく普通のしゃべり方で話すように言ってきた言葉にマクゴナガル先生とハグリッドという大男は、そろってイヤそうな目を彼女に向けましたが見られた方は見返すことなく、気にもしているように見えない態度で付いてくるだけ。
不愉快そうに鼻を鳴らすハグリッドと、眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げるマクゴナガル。
少女の態度も、言ってくる意見の内容も、二人にとっては非常に不愉快にされるものばかりでしたが・・・・・・彼女たちが否定してくることだけはしませんでした。
できない理由になる人物を、彼らも彼女もよく知っていたからです。
そして、この子をダーズリー家に預けることを決めたダンブルドアにとっても、少女が語った危険性の話は無視することはできない、危うい問題。
「そう、その通りじゃ。この子が彼の後継者になるような未来だけは絶対に避けねばいかん。無論そうならぬとワシは心から信じておるが・・・・・・人の心はワシの願いだけで決めれるものではないことも、また理解しているつもりでおる」
ダンブルドアは、そう語る。
彼は『例のあの人』の若き日を知っている、数少ない人物の一人だ。
『あの人』は伝説になれる力を持って生まれてきた人物だったが、伝説的な人物として生まれてきた訳では決してなかった。
多くの才能に恵まれながら、才能を認めてくれない周囲の人間たちにも恵まれてしまっていた彼は、やがて心を歪めて成長し、自分の力を認めてくれる者だけ認めようとする支配者へと至ってしまった。
ダンブルドアには、彼がそうなるのを止められなかった責任と後悔が、今も残っている。
この子が同じように育つなどとは、これっぽっちも思っていないが・・・・・・対策ができるのなら、しておいた方が良いことなのも、また事実。
「そのために、お主をここに呼んだのじゃ。君ならば、この子を守りながら育つことができる。
褒められて、認められるばかりでは、調子に乗って舞い上がり、人の言葉を聞けなくなってしまうようになるじゃろう。
だが、バカにされ、否定されるばかりでは、反面教師にすることはできても、拗くれてしまう危険があるのも事実。
彼をそうさせないためにも、守ってあげる存在が必要じゃ。彼より弱く、彼が守ってあげることで心が守られるような、そんな存在が・・・・・・」
「・・・・・・・・・なるほど。それで私が呼ばれた訳か。納得した」
うんうんと、何度か小さく頷いてダンブルドアからの『依頼』の内容を理解して、その依頼に最も合ってるのは何かと考え、やがて彼女が答えを出した頃。
ダンブルドアたちもまた、ハグリッドが運んできた布に包まれた小さな荷物をダーズリー家の玄関前にそっと置き――その上から一枚の手紙を付け加える。
「幸運を祈る、ハリー・ポッター。来るべき時が来るときまで・・・・・・」
そう言って、玄関前に置いた布に包まれた存在――生まれて間もない小さな赤ん坊に、短い別れと再会の言葉を同時に告げて。
「それじゃあ、私もいく。次会うのは、時が来たときとやらになるらしいけど、まっ、死なないよう気をつけて」
と背後の少女もまた、軽い口調と静かな声音で別れと再会の言葉を告げると―――徐々に身体が上から消えていき、やがて彼女がいた場所には何も無くなってしまっていた。
まるで最初から彼女という存在など、世界中のどこにも居なかったのだと言われても違和感が無いほど完全に、このとき一人の少女は彼らの世界から自分自身を消し去った。
そんな彼女に対して、1人の女性と1人の大男は複雑そうな表情を浮かべるだけで、何を言っていいのか分からず黙っているだけしか出来ません。
ただダンブルドアだけは他の人と同じように、彼女に対しても短い別れと再会を誓う言葉を、祝福として語りかける。
「ああ、また会おう。ヴォルデモートを警戒させた、ただ1人の伝説に残らぬ少女よ。
願わくば君にも、ハリーと同じように幸福な人生が送れることを・・・・・・」
――その日から十年が過ぎた。
目を覚ましたダーズリー夫妻に、戸口の石畳にいた赤ん坊として見つけられてから、もうすぐ十年が経とうとしている日の朝。
ただ、その目覚めは、あまり心地いいものではなかったかもしれない。
もしくは、その日の目覚めも心地いいものではなかったと言うべきだろうか?
要するに、普通の朝と普通の目覚めである。
これが普通の朝の目覚め方という事に、ダーズリー家ではなっているらしい。
ドンドン!!
「起きて、さぁ起きなさい! 早く!!」
ペチュニアおばさんが甲高い声で呼ぶ声が聞こえて、ハリーは驚いて目を覚ましてしまった。
なんだか不思議だけど、いい夢を見ていたような気もしたが・・・・・・不快な朝の目覚めさせられ方によって全部どーでもよくなってしまって、落胆ばかりが心を覆う。
ダンダンダン!!
「起きろハリー! 爬虫類館に行くぞっ!」
息子のダドリーが、階段の上で跳んだり跳ねたりして大きな音を立てさせながら、自分を呼ぶ。
階段下にある物置を改装して設えられたハリーの部屋は、誰かが階段を上る度に天井が揺れて、埃が舞い落ちてくる最悪な立地の場所だったが、ことダドリーの場合は最悪の中でも最悪だった。
ペチュニア叔母さんとダーズリー叔父さんは、意地悪なことを言ったりやったりはしても、子供っぽい嫌がらせをやることはない。人目や近所の評判を気にする人達なのだ。
だが息子のダドリーは好んで、それをやりたがる。
今もハリーを部屋から早く出てこいと急き立てながら、一方で大急ぎで階段を降りて、階段下の物置の扉がゆっくり開こうとしているのを確認すると、目を光らせて唇を釣り上げて、『キッチンに入るため扉を開けるのに邪魔だったから』――というフリをして、自室から言われた通り出てきたばかりのハリーを突き飛ばし、出てきた直後の場所へと押し戻しながら、愉しそうに笑い声を上げてキッチンの扉を開いて入ろうとして、そして。
「だ、だだダドリーさま、ごご、ご飯が出来ましたのでお運びしま―――って、キャアッ!?」
「う、うわわわぁっ!?」
キッチンに入るため開こうとした扉が先に開かれてしまい、思いっきりバランスが崩れたダドリーは持ち前の体重の多さが仇となり、フランフランと大きく前後に揺れて倒れないように必死にバランスを取った後、
「う、うわっ! うわわッ!? おわわわぁぁぁッ!!??」
「へ? あ、や、ちょっ、待っ、き、キャァァァァァァッ!?」
バターン!!と。
盛大に音を立てながらキッチンの床へとぶっ倒れ、『十年前から居候のメイド』をクッション代わりに押し潰す。
「ふ、ふぎゅぅぅぅ~~~・・・・・・」
「あい、痛痛ぁぁぁぁ・・・・・・気をつけろよアン! このグズ! ボクが怪我でもしたらどーするつもりだ!?」
「も、申し訳ありませんですだ、ダドリーさまぁ・・・・・・以後、気をつけますです、ハイぃぃ・・・・・・」
「ふんっ!!」
不快そうに吐き捨てながら、自分が敷物にしていた少女を突き飛ばし、キッチンへと入っていくダドリー。
だが、先に突き飛ばされていたハリーの目にはしっかり見えていたことだったが・・・・・・ダドリーの右手は、倒れた拍子に少女の年に似合わず大きめの膨らみに弄るように触れており、突き飛ばす際にも口元だけは下品な笑いを浮かべていたことを―――ハリーにははっきりと見えてしまっていた。
「大丈夫かい? アン、怪我はない?」
「は、ははははいぃ。大丈夫ですだ、ハリーさま。ど、どどどうかお気遣いななな、なくぅ・・・」
ドモルような口調でハリーにまでペコペコしながら接してくる彼女は、ハリーと同い年のダドリー家に雇われている孤児の少女で、名を『アン』という。
雇っていると言えば聞こえはいいが、実際には食わせて住まわせてやるからタダ働きで家事は全部やれ、というヒドい待遇で扱きつかわれている浮浪児の少女でしかない。
ドモって話す口調も、正確には『吃音』であり立派な病気によるもので、英語圏ではヒドく相手を不快にさせてしまう話し方になる病気として、扱いが悪くなる理由になりやすい症状でもある。
あるいは彼女はそれが理由で家族に捨てられたのかもしれない・・・・・・ハリー自身はそう思っているのだが、相手自身が覚えていないらしいので確かめようもなく、ただ『可愛そうな女の子』として、自分だけでも優しく接してあげるよう心掛けているだけの存在だった。
「大丈夫だったらいいんだ。それとボクには別に『様づけ』はいらないよ? そういうの苦手だし、ボクもこの家からは嫌われてる1人なんだし・・・・・・」
「い、いいいえいえ、そんな恐れ多くて滅相もななな、い! ハリー様はペチュニア奥様のご親戚であああらせられるそそそうですし、バーノン様のご一族の方に無礼がああああっては、私もこここ困りますので、はいっ!」
そんないつも通りの、何度言っても変えてくれようとしない、いい加減あきらめようかと思い始めている彼女からの対応を語っていたところで、ペチュニア叔母さんからお呼びがかかり。
「アン、何モタモタやってんだい! 早く支度おし! ベーコンの焼き具合を見ておくれっていったじゃないか! 焦がしたら承知しないよ!
ハリーも起きたんだったら、早く髪をとかしな! あの人にコーヒーを出すんだよ! せっかくの日に、あの人の機嫌が悪くなるじゃないか!」
「は、はははいですだ奥様! すぐ参りますッ!」
「・・・・・・分かったよ、おばさん。すぐとかしてくる・・・」
甲高い声音での命令口調に、いつもながら嫌気が差す気分におそわれながら、それでもハリーは今日もダーズリー家族のいう事を聞いて、言われたとおりに命令を実行する。
・・・・・・たったそれだけの事で、この人たちが自分に『今日ぐらいは』報いてくれると思ってる訳じゃまるでないけれど・・・。
あるいは、明日だけは。それがダメでも明後日だけは少しだけ・・・・・・一週間後までのどこかの日だけでいい。
そうしてくれる可能性が1パーセントぐらいはあるかもしれないし、たとえ無くても0よりかは上のはず・・・・・・そんな淡い期待を抱きながら。
――だって来週は、ハリーにとって特別な日があるのだから。
11歳になる誕生日。自分が生まれてから11年が経つ節目の日。
だから、その日ぐらいは、贅沢は言わない。いつもより少しでいい、言葉だけでもいい。
言ってくれると信じさせてくれる、誕生日を覚えていることを教えて欲しい。
―――誰かから自分に、『おめでとう』と言って欲しい。
自分が生まれてきたと言うことに、自分という命の誕生に、誰かが良かったと思って祝福してくれていると、声に出して教えて欲しい・・・・・・そう思かったから。
――だが残念なことに世の中というものは、悪い事があったときには、更に悪い事が起きるに出来ているものらしい。
それはいきなりの不幸からはじまった。
「バーノン、大変だわ! フィッグさんが足を折っちゃって、この子を預かれなくなったって・・・・・・これじゃ坊やの誕生日に恒例のお出かけができないわ!」
「なんだと? マージには電話したのか? あるいはお前の友達のインポ――ではなく、イボンヌとかどうとかはダメなのか?」
「マージはこの子を嫌ってるし、イボンヌはバケーションでマジョルカ島よ」
「・・・・・・なんてことだ」
絶望したような表情でバーノンは頭を抱え、ハリーは心の中で『だったら自分だけ置いていってくれれば良いのに』と思っていた。いっそ無駄を承知で言おうとさえ思った。
この家族は以前から今みたいに、ハリーを前にしたまま、そこに本人がいないように扱って、心を傷つけるような会話を平然と行う悪癖があった。
ただ今日のは少しだけ事情が違う部分をハリーも感じさせられており、それが声に出すのを躊躇った理由だった。
普段はただただ意地悪だけのバーノン叔父さんが、今日は本気で怯えているような気が・・・・・・錯覚だとは分かっているけど、ハリーにはそう見えたので、言おうかどうしようか迷ってしまったのである。
「あ、あああの~・・・・・・」
そして、そんな空気が微妙に読めてない者から声が上がった。
言うまでも無く、アンである。恐る恐るといった手つきで片手を控えめに上げて挙手しながら、
「で、でででしたら、ハリー様だけ置いて行かれては如何かとおおお思われますが・・・・・・。そ、その・・・わ、わわ私も残る訳ですので安心できるかなって・・・」
チラリと自分の顔を見ながら言われた言葉に、ハリーはわずかに戸惑いを覚える。
そこそこ可愛い見た目の女の子から、こういう目で見られながら、こういう言葉を言われて不快に感じる男の子は多くはあるまい。
・・・・・・でも、何故だろう? どうしてなんだろう?
アンから言われる言葉は、嬉しいものが多いのに、何故だかそういう気持ちを抱かされたことが出来ないのは・・・・・・
その疑問に自分なりの答えを出そうと考えようとした瞬間。
「バカを言うなっ!!」
「ひひひぐぅっ!?」
「そんな事をして、帰ってきたら家がバラバラになってろと言うのか!? しかし連れて行って新車に残すわけにもいかん・・・・・・ああ、一体どうすればぁ・・・・・・」
「ああ、あなた! 分かる! 分かるわ! この子を家に置いていくなんて! 車に置いていくわけにもいかないし・・・・・・ああ、どうしましょう・・・っ!」
「ぼ、ぼく、いやだ・・・・・・あいつが・・・あいつがく、くるなんて!!」
「・・・・・・・・・」
自分がいない者扱いで進める会話も、ここまで来ると流石にコメディーショーじみて見えてくる。
あるいは自分から言っていたなら当事者として、そういう気分にはなれなかったかもしれないけれど、アンが言った言葉に過剰反応しているだけとしか見えようがないハリーの立場では、ただただコメディーだった。コメディーにしか見えようがなかった。
そういう視点でなら、ダーズリー一族は決してダメな人達じゃない。一家そろってコメディアンとして成功しそうな見た目をしているファミリーである。
「し、仕方があるまい・・・・・・だが言っておくがな小僧。ちょっとでも変なことをしてみろ。
そしたらクリスマスまで、ずっと物置に閉じ込めてやる。分かったな?」
「・・・・・・分かったよ。でも僕、何もしないし出来ないよ。ほんとだよ・・・」
と言うより、爬虫類館でなにをやれるのかが分からない。
ガラスケースの中に閉じ込められた虫たちを見るための場所で、人間の側が見る以外にやることって何かあるんだろう?
ハリー的には疑問だったが、ダーズリー氏的には何が起こされるか具体的な想定があって言ってる注意でもなかった。
とにかく、なんかやったらダメなのだ。なんと言うかこう・・・・・・現実的にはないような、超常的なナニカというか、神秘的というか不思議な事をやらかしてはダメと言うべきなのか・・・・・・
――いや、この世の中に不思議なこことか神秘なんてものは、全くないに決まっていると確信しているのだがね!?
・・・・・・どうせいと言うのかと、ハリーに人の心が読める不思議な力が宿っていたならバーノン叔父さんに聞いたかもしれない。そんな一幕。
そして案の定、爬虫類館にハリーを連れて行ったら、変な事が起きてしまった。
バーノン叔父さんが既に、変なこと言い出す変な人だとか、そういう意味の変ではなく、本当の意味での変な事が。
その結果として、ハリーは大急ぎで帰宅してきた家の物置部屋に、強制的に閉じ込められて鍵までかけられる始末だった。
後から数えたなら、不思議なことが連続して多く起こり始めるのは、この日の出来事から始まっていたのだろう。
物置お仕置きから解放されて以降、ダーズリー家には手紙が届くようになった。
ハリー宛ての手紙がである。
「ははは、ハリー様ぁ。お手紙が届きましただよぉ~」
「え? 僕に? 手紙が?」
ダーズリー家は、自分たち宛の手紙が初めて届くほど孤立しまくった、孤独な嫌われ者社長ファミリーでは流石になかったけれど、ハリー宛の手紙が届いたのは、その日が初めてのことだった。
「はいぃぃ。間違いありません。
ちゃんと宛名に、『階段下の物置内ハリー・ポッター様』って書いてああありますだ」
「・・・・・・なに、その変な宛名書き」
もの凄く変な住所が記されている手紙だった。それでいて、間違ってないところが逆に困る。
――そうか、今の自分は『プリベット通り四番地ダーズリー家 物置内在住のハリー・ポッター』という事になるのか・・・と、自分の住所録として登録されてたらしい宛名に軽い絶望を感じながら受け取った瞬間。
「フン、お前に手紙なんか書く奴がいる―――寄越せぇぇぇッッ!!!」
「うおわぁぁぁっ!?」
「ふにゃあああっ!?」
バーノン叔父さんから、もの凄く食い気味に分捕っていって隠されてしまった。後で燃やされたらしい。
――ひょっとして、ハリー宛の手紙っていうフリをした、バーノン叔父さんの浮気写真でも送られてきてたのかもしれない。とか思うほどの勢いだった。
その次の日には、もっと一杯ハリー宛の手紙が届く。
それでバーノン叔父さん浮気写真疑惑だけは払拭できたけど、叔父さんが対処すべき手紙の数は増えてしまった。
届いた端から没収し、没収した端から力尽くで破り捨てていく。
古くさい羊皮紙で書かれた手紙は、書きやすさでペーパー用紙に劣るけど、強度は高い。
持久力に乏しそうな体型のバーノン叔父さんが、別の対抗手段に変更するまで然程の時間は必要なかった。
「どうだ! もうここから手紙は入れさせんぞぉっ!!」
釘と木材とドリルを持ち出してきて、郵便受けを打ち付けて封鎖する作戦に出たのだ。
これだと自分たち用の手紙を受け取るためには、常に誰か家にいるか、郵便局に問い合わせて受け取りに行く必要があるけど・・・・・・執念は凄いが体力には限界あったらしい。
ちなみに打ち付けに使うドリルには、自分が経営しているグラニングス社製のを使ったので品質は保証されている。穴開けドリル製造会社だが、使い方次第で打ち付けにも使えて50セント。
・・・トン、・・・トン・・・・・・、ドサァァァァァァァッ!!!
「うおぉぉぉぉぉッ!?」
出口を封鎖して、入れられ続ける手紙に耐えきれなくなった木材が吹っ飛ばされて、手紙の波に飲み込まれて、バーノン叔父さんも流されてしまったが。
「日曜日は良い日だ。一週間で一番いい日だな。なぜか分かるかね? ダドリー、アン、そしてハ~リ~?」
「・・・日曜日には、郵便の配達がないから・・・」
「その通りだ、ハリー。お前も今日は冴えているな、日曜は休みで郵便は来ない。
そう、今日は手紙なんぞ見ないですむのだ! 一通もな! なんと素晴らしい! 気分がいい日なので、コーヒーのお代わりをおくれ、アン」
「はは、はぁ・・・・・・」
明らかに表情が、『ホントかよ・・・』と本音を語っているアンだったが、バーノン叔父さんは気づかなかった。
そもそも、『階段下の物置内』なんていう、ふざけた住所を書いても届けてくれる郵便配達員なんているとは思えないし、そんなの雇っている郵便局も充分おかしいし異常で不思議だと思うのだけれども・・・・・・バーノンさんは、それでも気付かなかったらしい。
意外に大物なのか、神経が図太すぎるのか、単に自分が何もしなくても手紙が来ないでくれて休めるのが肥満中年には体力的に助かるからってだけが理由だったのか・・・・・・それは分からないが、まぁとりあえず統計的にダメだろうなとアン的には心の中で思っていたけど、口には出さずに大人しくコーヒーを煎れることにした。
こんなことでツッコんで殴られたい趣味は、さすがの彼女にも無い。
しかも結局やっぱりダメだったし。
「うわぁー!? 暖炉から手紙の山が入ってきたー!? 煙突から入れられたんだー!
やめろー! 止めろ―! 止めてくれー!!」
「ど、どどどどうやってですだかー!? バーノン様ぁぁぁ!?」
「知らぁぁぁッん! とにかく止めろ! なんとしても止めろ! 止めるんだ!!
あと、ハリーは手紙を寄越せぇぇぇぇぇッッ!! 見るんじゃなぁぁぁい!!!」
もはや、ここまで来るとコントだった。
テレビのコメディードラマを見ているような状況だったが・・・・・・ドラマが現実になるとコメディーだったとしても大変なのだという現実を思い知ることになる。
「このご親切な方が、船を貸してくださる事になった。
食料も手に入れた。一同、乗船!!」
「え、ええぇぇ~・・・・・・」
遂に自宅を飛び出し、海へ出て、小島に立つ漁師小屋みたいな一軒のあばら屋で夜を明かす事になった。
ちょっとした大冒険の主人公にでもなったような気分である。ロビンソン・クローソーに、確か似たような話があった気がするけど、それは不思議な状況じゃないのかなー・・・・・・と思いはしたけどアンもハリーも言おうとは思わなかった。
言っても殴られるだけだけで、中止はなさそうだとは思っていたけれども。
――そして、その時は遂に訪れる。
ヒドく狭くてカビ臭い小屋の中には、部屋が二つだけしかなく、ダドリーは叔母さんがボロ小屋の中でも何とか探してきた毛布を2,3枚持ってきて、なんとかベッドにこしらえ直したソファで寝ることになり、バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは夫婦二人で一つの部屋に。
そうなると、ハリーとアンは2人そろって何とか少しでも寝やすい場所を見つけて寝るしかない。
天気予報では今夜は嵐になるとのことだったが、予報通り嵐が来て、扉と壁と天井を強い風が激しく叩き続けている。
隙間風が冷たかったが、もともと毛布など多く置いてある訳もない小屋だ。ダドリーでさえ満足とは呼べない薄布を何重にも巻いて虫食いだらけのベッドで横になってる状況下で、居候のハリーと、労働力としか思われていないアンに、まともな防寒設備など求められる余地もない。申し訳程度でも毛布が与えられはしただけマシというものか。
――ただし。
本当に数が少なかったのだろう。
・・・・・・2人で1枚の毛布を使わなくちゃいけなくなったのは・・・・・・果たしてハリーにとって、幸福だったのか? それとも不幸だったのか? 今となっては分からない・・・・・・。
「さ、ささ寒いですだね・・・はは、ハリー様ぁ・・・・・・」
「う、うん・・・・・・そうだね」
なんとなく気恥ずかしさを感じながら――一方で妙な違和感も感じながら。
ハリーは敢えて、背中から感じられる体温の温かみから意識をそらすため、別の事を考えていた。
――あと5分。あと5分で自分は11歳になる。
こんな状況でもイビキをかきながら眠れるほど熟睡できてしまえる意外な大物ダドリーが、だらしない姿勢で寝返りを打ち、右手にはめたまま眠ったらしい腕時計に表示された数字がハリーの目に止まる。
外で鳴り響いている雷の音も、ダドリーのうるさいイビキを掻き消してくれる音と思えば少しはマシに思えてくる。
それに、自分の額にはカミナリのようにも見える形のアザがあった。物心ついた時からあったもので、何時ついた傷なのかは自分も知らされていない。
ただ何となく、今だけは雷は自分の誕生日を祝福してくれるため、余計な雑音に邪魔されないようにしてくれている音のように感じられた。
幼い頃から何度も夢見て、そして夢見る度に裏切られ、今では諦めてしまったけれど寝るときぐらい夢として抱いたって構うまい。
――いつか自分の知らない親戚が、自分を迎えに来てくれて、この家から連れ出してくれるという夢。
寝ているときに見る夢の中でだけ現れた、空飛ぶバイクや不思議な存在たち。
そんな存在がいる世界こそ、自分がいるべき本当の世界であって欲しい――そんな幻想を夢見ながら、ハリーは。ハリー・ポッターという少年は。
「あ・・・・・・そそ、そう言えばハリー様・・・。いい、言い忘れておりましただが・・・・・・」
「え? なに、アン」
ふと、背を向けて寝ているものと思っていたアンが、小さな声でダドリーを起こさないよう、ハリーにだけ聞こえるように小さく絞った小声で話しかけてきて、彼の思考は停止して。
「きょ、きき今日はハリー様の、おおお、お誕生日だと聞きしました・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「わわ、私などが僭越ではごごございますが・・・・・・ハリー様」
「11歳の誕生日、おめでとうございますですハイ・・・・・・」
願い続け、求め続けた言葉を遂に言われ、言われてしまい、どう答えていいのか全く分からず頭が真っ白になってしまって、何もかも時間さえ止まったように感じられた―――そして物語は、ようやく始まりを迎えられる事になる。
ドォォォォッン!!
突然に大きな音が小屋中に鳴り響く。
外の雷よりも遙かに大きな音量の轟音が、小屋の外から扉を通して響いてくる。
ドォォォッン!ドォォォォッン!!
また響く。音が大きすぎて分からなかったが、誰かが扉を叩いているのだ。おそらく――ノックのつもりで。
「だ、だだ誰だ!? 言っておくがコッチには銃があるぞ!」
音に気付いたダーズリー夫妻が、奥の部屋から飛び出してきて鉄の棒を構えている。
小屋に来るときにナニカ買っていると思っていた物の正体がなんだったのか、ハリーたちには初めて分かった。
「な、なに? 大砲なの? どこ?」
しかしダドリーの方は、この強引でも完全には覚醒できていなかった。寝ぼけている。やっぱり大物かもしれない。もしくは難聴を患っている障害者なのかも。
そして、やがて「バターン!!」と扉が外側から力づくで吹き飛ばされるように開かれる。
「ふぅ、すまんかったなぁ。扉の鍵を壊しちまったようだ。なかなか開かんので聞こえとらんのかと、ちと強く叩きすぎちまったようだ」
蝶番を吹っ飛ばしながら姿を現した人物は、巨大な体躯にボサボサに伸ばされた髪、モジャモジャの荒々しい髭面の、だが恐ろしい肉体の見た目に反して唯一見えている表情の両目は妙に子供っぽい、チグハグな印象の大男だった。
彼は自分の身体より小さい入り口を潜って入ってくると、自分が鍵を壊してしまった扉を拾ってドアに押しつけるようにはめ込む。
バチン!と大きな音がしたが、どうやら壊すつもりはなかったというのは本当らしい。
「いやはや、ここまで来るのは流石に骨だったぞ。お茶でも入れてもらえんかね? 紅茶よりも、ちぃと強い液体でも構わんが、あればの話になっちまいそうだからな」
「今すぐお引き取り願いたい! 家宅侵入罪ですぞ!」
大股で部屋に入ってきた大男に、銃を持ってるおかげで少しは勇気が出せるようになったのか、果敢にも向かっていって要求を突きつけるバーノン叔父さんだったが・・・・・・大男から帰ってきた返答ははなはだ非好意的な視線と口調によるものだけだった。
「黙れ、ダーズリー。この腐った大すももめ。
お前によく似た、太っちょの息子と一緒に引っ込んでおれ」
そして軽々と片手で銃口を握られて、飴細工のようにヒシャゲル光景を目撃した途端に大声で悲鳴を上げながら奥の部屋へと逃げていく。
「なにはともあれ・・・・・・ハリーや。お誕生日おめでとう。お前さんに、ちょいとあげたいモンがある。どっかで俺が尻に敷いちまったかもしれないが、まぁ味には変わらんじゃろ」
そう言って黒いコートの内側から取り出した、ややヒシャゲタ箱を開けて中に入っていたのは歪な形のバースデーケーキ。ちゃんと蝋燭も付いている。
まぁ、書いてある文字の綴りを間違え『ハリー、たんじょびーおめでとう』になってしまっていたが、味には変わりようがない部分なので無視。
「あ、ありがとう・・・でも、あなたは誰?」
「俺はルビウス・ハグリッドという。ホグワーツの鍵と領地の番人さね。ホグワーツの事は知っとるじゃろう?」
「あの・・・・・・いいえ」
「知らん?じゃと?」
その返答は大男にとって、よほど意外な物だったらしい。驚いた表情で自分を見つめられ、思わず意味も分からないまま「ごめんなさい」と言って頭を下げて許して欲しい衝動に駆られるほどに。
「ちょいと待ってくれ! お前さんが、手紙を受け取ってないのは知っとったが、ホグワーツのことも知らんとは・・・・・・なんてこった! じゃあ一体、お前の両親がどこであんなに色んなことを学んだと思ってたんだ?」
「学んだと思ってたって言われても・・・・・・何を?」
「ダーズリーィィィィィィィッ!!!!」
ハグリッドが思わず仁王立ちになって怒りを露わにして、バーノン叔父さんたちが何事かをアワアワ言っているだけの醜態をさらして、諦めたように大男はソファにどかっと座って溜息をつく。
「ダンブルドアが、お前さんを迎えに行くときに少し面倒だと言っておったが、まさかこんな事になっているとは・・・・・・この子のために残した手紙の中身を一度も見せられておらんとはな!
ハリー。―――お前は魔法使いだ。
それも訓練さえ受ければ、確実に凄腕の魔法使いになれるほどの」
「なん・・・・・・だって・・・?」
あまりにもあまりな知らされてなかった両親の話に、目を丸くして驚くしかないハリーの前で、大男はコートの中から一つの封筒を取り出して手渡す。
それはハリーが、ダーズリー家の自宅で何度も見ながら中身は一度も見れなかったものの、宛名だけが変わっている物。
『海の上、岩の上の小屋の床 ハリー・ポッター様』宛ての羊皮紙で書かれた手紙・・・・・・。
手渡されたソレを開き、ソレを読み、ハリー・ポッターの物語が伝説の始まりとして1ページ目を刻んだとき。
一つの物語がはじまって、一人の物語が終わりを告げる。
「『親愛なるポッター殿。
このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許されましたこと。
心よりお喜び申し上げます。
副校長 ミネルバ・マクゴナガル』」
それを声に出してハリーが読み終えた瞬間。
変化は“彼女”に、劇的なまでに―――終わりをもたらす合図の時。
「ぐ・・・あ・・・・・・っ」
「・・・・・・アン?」
急に顔を押さえて、苦しむように背を曲げたアンを、ハリーは思わず駆け寄って背中をさする。
指の間から見える見慣れた彼女の瞳には、明らかにナニカへの恐怖があって、ナニカを見せられて恐れてるようにも、ナニカを見ようと必死になって見開いているようにも、どっちでも無いようにも見える奇妙な状態。
「アンッ! どうしたんの!? しっかりしてよアン!!」
「あ・・・っ、ぐ・・・・・・が・・・Ar・・・・・・」
段々と声の呂律が怪しくなってきて、髪が抜け。
その表情と声が、ハリーの知っている彼女の様々な感情が隠すことなく全部出し切り、恐怖も恐れも喜びも愛情も、全部全部全部思い切り彼女の顔と身体で出し切るほど発散して、そして――!!
「・・・・・・ふぅ。久しぶりにドッと疲れた感じ・・・」
と、何事もなかったかのように静かな口調と、静かな声音と、物静かな態度とともに。
さっきまでアンが立っていた場所に、見知らぬ一人の少女が立っている姿をハリーは声もなく、言葉もなく、ただ唖然としながら見つめることしか出来なくて――
彼女は、いつの間にか着ていた服が替わっていたポケットから、一冊の本と眼鏡を取り出して自分にかけ、同じように唖然としているハグリッドに向かい、何の感情を抱いているのか全く分からないがナニカは感じている瞳を向ける。
「ハグリッドって、言ったっけ? 久しぶり。10年ぶりだっけ? それとも11年かな。まっ、どっちでもいいんだけど。
こっちの依頼は終わったみたいだから、ダンブルドアに次のあったらちょうだいって伝えといてよ。
なんだったら、多分しぶとく生き延びて逃げてる最中の、子供に負けて死んだ最強くんヴォルデモートの暗殺でも引き受けてあげるからってさぁ」