試作品集   作:ひきがやもとまち

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大分前に『テイルズ・オブ・ヴェスオエリア』が安く売ってたから買ってプレイして感動して、その日の内に書きあげてた作品が今更出てきたので投稿しておきますね


暴君タイプの女騎士がRPG風世界を旅する話

 

 この世界アルテシアに生きる人々はあまりにも弱い。

 人の住む世界である町の外にうごめいている魔物たちと比べたら、人はあまりにも脆弱すぎる存在だ。

 獣を食らう牙もなく、寒さから身を守る毛皮もなく、大地の果てまで四足で走り切れる強靱な脚もない。弱き種族、『人間』。

 それでも未だ人々が滅ぼされることなく生き続けていられるのは、弱さ故の臆病さのお陰なのだと賢者たちは言う。

 

“我々の住む町を守る結界、そのエネルギー源である魔力炉。この二つは人の臆病さが生み出した牙持たぬ人間にとっての牙であり、毛皮であり、脚なのだ”ーーと。

 

 続けて彼らは、こうも言っている。

 

“人が臆病故に生きながらえている生き物である以上、臆病さを失った人類は必ず滅ぼされる。子供たちよ、臆病さを笑うことなく大切にせよ。傲慢は綻びを招き、魔力炉を破壊する。魔力炉を失った人類に未来などない・・・・・・”

 

 

 ーーー今日まで我々は彼らの教えを守り、臆病さと魔力炉を同義語として大切に教え伝え、守り通してきた。

 

 だが、人は忘れる生き物である。

 繁栄と平和を続ける世界で、いったい誰が臆病さなどと言う名誉とは無縁な利己心を誇りとして認めてくれるだろうか?

 

 魔力炉の発展とともに繁栄を続ける世界において、いったい誰が魔力炉のことを臆病さによって生み出された利己的な産物であるなどと言う記録を残し続けるだろうか?

 

 

 ・・・私は予言する。

 人は自らの驕り高ぶりによって平和と発展の礎である魔力炉を破壊し尽くすであろうと。人類は人類自身の手で最期を迎える種族になるだろうと。

 

 だからこそ私は、私個人として願わずにはいられない。

 

 人よ、臆病であることを恐れるな。勇敢に己の弱さと向き合い続けよと。

 

 自らの間違いを認めぬ正義と正しさこそが、臆病さの最たる傲慢であるのだから・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・んぅ?」

 

 昼寝中だった黒ずくめの少女剣士『ミリー・キリアリア』は、部屋を揺らす振動で目を覚まし、続けて響いてきた階段を駆け上がってくる幼い子供の足音と戸を激しく叩きだす打撃音。

 

「やれやれ、一ヶ月で300エキューという平均の半額以下の半額以下なバカげた家賃で借りてる超高級オンボロ集合住宅なのだから、今少し慎重に扱って欲しいものだな。

 ーーー壊れて崩れてしまった時には、壊した奴に修繕費を押しつけて国外追放される気満々な私なのだぞ? もう少し警戒心を持って慎重に我が身を処すべきだと思うのだがね・・・」

 

 不穏きわまる独り言をつぶやきながら立ち上がると、彼女は引き戸に寄ってから鍵を開けてやる。

 

 すると外から一人の少年が駆け込んできて、赤ら顔のまま頼み込んでくる。

 

「ミリー! 大変だよミリー! 水道の水を濾過するのに使っていた魔力炉が壊れて魚が変異した魔物があふれ出してきたんだよ! このままだと下町が水魔の群に占領されちゃうかもしれないんだ!

 今、父ちゃんたち自警団が必死に支えてるけど、俺たち平民は戦うための訓練なんて受けてないし、このままだと下町が! 父ちゃんが!」

「金」

 

 長広舌だった相手と異なり、ミリーの反応は短文だった。短文過ぎていた。だってこの世界の単語でも二文字しか使ってないんだもん。

 

「私の仕事は雇われ者のならず者だ。金がない奴に手を貸すことはできないのだが?」

「そんなこと言ってる場合かよ!? このままだと町が・・・、父ちゃんたちが!」

「だから金を払えと言っている。それとも何か? お前にとって父ちゃんの命とやらは、他人にすがって助けてもらうのが当たり前程度の価値しかないものなのか?」

「・・・!!!」

 

 苦渋の表情を浮かべる少年だったが、感情的な癇癪を爆発させるほどガキではない。

 外見年齢と中身がそぐわないのは、下町育ちの子供に共通している特徴だった。

 

 ただ「家族だから」と言うだけで助けてもらえるほど甘ったれた環境で育っていない。子供は子供としてできることを最大限やってくれているからこそ、大人たちは彼らを後継者としてなけなしの身銭をはたきながら養ってやることが可能になる。

 

 無駄金はない。あるならもっと別のことに使いたい。命に関わる分野で金の足りてない物や場所は吐いて捨てるほど有り余っている。

 ・・・そういう場所なのだ、今の時代の下町という場所は。

 

 国民を守るべき騎士団は市民階級が住む都市部に被害が及ばない限りは、滅多に治安出動してくれないし、討伐遠征軍がモンスター相手に編成されたのはいつ以来のことだったか今となっては誰も覚えていない・・・。

 

 

「・・・・・・来月に父ちゃんの誕生日があって、その時にプレゼントを買ってあげようと内緒で貯めてた三十エキュー・・・。父ちゃん一人の命と釣り合いがとれる額じゃ全然ないけど、今の俺の全財産はこれだけだよ・・・」

「十分だ。仕事は引き受けた。後は私に任せておけ」

 

 アッサリと頷いて金を奪うとミリーは、近くにあったボロ箱再利用金庫の中へと放り投げ、その足で現場に向かって歩き出す。

 

 あまりにも早い変わり身に、少年は数秒の間唖然としたまま見送りかけて、ハッと再起動してからようやく怒鳴り出す。

 

「・・・な、なんだよー! 最初から引き受ける気満々だったんじゃないか! だったら最初からタダで引き受けてくれたっていいじゃないかケチ!」

 

 背後から怒鳴ってくる少年に、ミリーは首だけ後ろを向いて呆れた声音で告げてやる。

 

「阿呆。私は人としての礼儀について問うただけだ。お前の答え如何によっては無視して昼寝を再開する気満々だった。

 お前が自分にできる最大限を示したから、その分ぐらいは働いて返してやってもいいと心変わりしただけの話だ。何も事情を知らない最初の時点で方針を決めている奴がいたとしたら、そいつは事件の犯人以外にあり得まい。違うか?」

 

 言葉に詰まり、返事ができずにいる少年は役立たずでしかないので放置して戦場へと駆け足で向かう寸前、ミリーは一言だけ言い添えておくことを忘れない。

 

「だからお前は父ちゃんと再会したときこう伝えておくといい。『お前を助けるために俺は全財産をはたいたんだ。だからお前の誕生日プレゼントはお前自身の命だけだ。文句ないな!?』ーーと。後は自分の頭で何とかしろ。以上だ」

 

 さっさと駆けだす彼女の背中から「親にそんな言い方できる子供がいるかボケーっ!」と怒鳴る幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

 なぜなら彼女は、親だろうと誰だろうと差別することなく言えてしまう人でなしだったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「おい、聞いたか? 下町の連中がまた魔力炉を故障させて水道管を破裂させたらしい。お陰でいま下町は水浸しだとさ」

「またですかぁ? この前故障したのを偉い魔術師様を雇って直してもらったばかりじゃないですか。物持ち悪いにもほどがあるでしょう、それ」

「ああ。だから奴らは上に行けない。貴重で高価な魔力炉を無駄に壊すような無能は、とっとと魔物にでも食われ尽くして絶滅してしまえってなぁ? ひゃひゃひゃひゃ♪」

 

 

「失礼。その下町で起きた魔力炉盗難事件について2、3お伺いしたいことがある。素直に話していただけるとありがたい」

 

 

「ああ? なんだお前は、平民の分際で偉そうに・・・。いいか? 俺たちはな?

 帝都の安全を守るという、崇高な使命をおって集められた選ばれし者、貴族様だけで編成されたバラ騎士団の一員でーーーー」

 

 

 ジャキ。

 

 

「いいから、聞け。そして素直に知っていることだけ答えればそれでいい。

 それとも街の住人に被害が及ぶ大規模なテロでも起こして欲しかったか? あるいは殺人鬼による大量殺人劇場の方がお前たち好みだったか?

 私は寛容だ。好きな方を選ばせてやる。テロと殺人事件のどちらか片方だ。さぁ、選べ。ちょうど二人いることだし人数的にも都合がよろしかろう?」

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 

 

 

「ふむ、ここか。魔力炉泥棒が逃げ込んだ先というのは」

 

 職務に忠実な門番たちによる『事件解決のためにはやむを得ない。我々も国民たちの財産と安全を守るため、協力を惜しまない』とのお墨付きの元あたえられた情報提供によって魔力炉泥棒が所有する館の前までやってきていたクロエ。

 

 貴族以外は立ち入り禁止となっている貴族街に無断侵入するのを見過ごすまでしてくれた門番たちの忠勤ぶりは疑う余地が一分も見当たらない。

 おそらくと言わず確実に今頃は騎士団の詰め所に駆け込んで賊の侵入を上司に報告していることだろう。

 一体、誰が鎮圧に出てくるだろうか? 楽しみが増えるのは結構なことである。

 

 

 

 ・・・・・・下町に溢れ出てきた海魔どもを面白半分で一掃しつくした彼女は、事件の発端となっていた水道の故障原因が、動力炉も兼ねている旧式の魔力炉がなくなっているせいだと見抜き、街の治安にかんして『知識だけ』は豊富な治安維持組織である騎士団から情報を聞いてみようと思い立ち、適当に暇してそうな騎士二人に礼儀正しく声をかけて、親切な相手から快く情報を提供してもらい、ここまでこうして来たわけなのであるが・・・・・・。

 

 

「ーーなんとなくイヤな予感がするな。人外の臭いがしてならない・・・。こう言うときには決まって人を斬らなくてはならなくなるから、気分悪くなるのだがな」

 

 つぶやきながら鍵のかかった両開きの扉の隙間にすっと剣の刃を入り込ませて、硬質な金属音を響かせる。門を閉じていた錠前が二つに割れて床に落ちて門が開けられるようになり、クロエは正面玄関から堂々と貴族の館へ無断で侵入し、持ち運べそうな金目の物がないか物色するついでとして魔力炉泥棒が隠れていないか見て回った末に。

 

 

「いないか。逃げた後は見つかったのだが・・・どうにも一足遅かったらしい。今から追っても無駄足になる可能性が高いとなると、やはり頼むべきは次善の策だろうな」

 

 アッサリと方針を切り替えると、入ってきたときと同様に正面玄関から堂々と館の外に出て、待ちかまえていた二人の衛兵と対面する。

 

「騒ぎと聞いてみてみれば、やはり貴様か! クロエ・キリアリア!」

「いつかは身の程知らずな行為に手を染めるだろうとは思っていたが・・・まさか貴族の家に泥棒にはいるとは許されざる大逆罪! 万死に値する! 裁いてやるから神妙にお縄につけーい!」

 

 

「あ、いやゴメン。お前らじゃ意味なさすぎるから一先ずは眠っておけ。どうせ起きたときには詰め所のベッドで寝てるだろうから帰りに歩く手間を省いてやるよ」

 

「「へ?」」

 

 シュパパィン!!

 

 ・・・バタリ、バタリ。

 

 

 ーーーーガチャ、ガチャ、ガチャ!!!

 

「さすがシュヴァイン隊。貧乏人一人捕まえられずに伸されるとは・・・無能ここに極まれりだね。所詮は生まれの卑しいザコ部隊の隊員ではこの程度と言うことか。

 ーーまぁいい。君の顔も見飽きてきたところだ、クロエ・キリアリア君。

 正直、君と違って僕は忙しすぎる身の上なんだけど、折角だから牢屋にたたき込む前に少しだけ遊んであげるよ。僕の部隊の隊員たちがね!」

 

 

「ああ、お前たちが来てくれたのか。これは助かったな、礼を言う。お陰でだいぶ楽が出来そうだ」

 

「「「へ?」」」

 

「とりあえずは全員眠っておけ。必要なのはお前らじゃない。お前らが治安出動したのに夜になっても帰ってこない状況そのものだけだから」

 

 

 ボコ! ボス! ベコベコ! どべしん!!

 

 

「「「きゅ~・・・・・・」」」

 

「よし、館の一室に放り込んでおこう。仮にも貴族の屋敷である以上は、そう簡単に無許可で無断侵入してくる常識知らずな無礼者はそうおおくないだずだから」

 

 

 誰でも他人のことはよく見えている。byクロエ・キリアリア。

 

 

 

「さて、混乱に乗じて王城にも無断侵入してみたわけだが・・・・・・困ったな。お目当ての貴族名鑑が保管されている大臣執務室には、王城勤めをしていた時より一度も行ったことがないんだった。

 これでは罪状が死罪レベルにまでグレードアップしただけで骨折り損の無駄足でしかなかったな」

 

 小首を傾げて、足下に転がっている数名の騎士たちの一人に腰掛けながら先走りすぎた自分の浅慮さを軽く後悔し、反省し、次に活かそうと心に決めて立ち上がり、次の方針を決めるために剣を抜き、切っ先を床に向けて手を離す。

 

 カラン・・・コロン、コロン・・・・・・。

 

「なるほど、こちらに行けばいいのだな」

 

 占いに使った愛剣を拾い直してからノンビリとした足取りで剣の指し示した方角へ向かって歩き出す。

 

「貴様ぁっ! 何者だーーーぶべっ!?」

「ふむ。・・・・・・さっきから何しに来ているのだ? お前たちは本当に・・・」

 

 

 見張りに見つかる度に気絶させて進んでゆくため、敵のいない王城の外より侵入者に侵入されてる王城の中の方が警備が薄くなる一方という異常事態が発生しまくっていたことを、国の内外にいるすべての者は誰も知らない・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

「ーーもう、お戻りください! 隊長殿には我々の方から詳細をお伝えいたしますので!」

「今は戻れません! わたくしには行かなくてはならない理由があるのです! わたくしとて王家の女・・・女だからと甘く見ては怪我をしますよ!」

「・・・致し方ありません。手荒な真似はしたくなかったのですが・・・・・・ご無礼の段、平にご容赦を!」

 

 ーーー不法侵入者が王城の中を暴れ回っているという状況の中で暢気なことに、秘密を抱えて城から逃げ出そうとしている王女と、それを追う近衛騎士団員との間で王道展開のやりとりを繰り返していたところ、空気読まないし読む気もない黒ずくめの少女が偶然にも彼らが道を塞いでしまっていた廊下の奥から出てきてしまったために

 

 

「邪魔だ。寝ろ」

 

 ドスン! バキン!

 

「「ぐあぁっ!? ・・・ふ、不意打ちとは卑怯なりぃぃ・・・・・・ばたん」」

 

 姫様を前に置き、侵入者には背中を見せてたせいで先制攻撃を食らい、見せ場もないまま床へと沈む二人の近衛騎士。

 

 そして歩み去ろうとしていた黒剣士少女と同等の空気読めないスキルを誇る王女様が、ドデカい花瓶を持って不意打ちで襲いかかってみたのだが。

 

「えいっ!」

 

 スカッ。

 

 がっしゃーん!!

 

 

「・・・あら?」

「ふむ? 最近の王城では侵入者を見つけた際にドレス姿で不意討ちするを良しとする淑女教育が行われるようになっていたのかね? いやはや、防犯意識が高くなったようで結構なことだな」

 

 肩をすくめながらド素人の奇襲をアッサリ避けてしまう不意打ち奇襲、卑怯卑劣な戦法をふくめむ有効であるなら善悪問わずに全肯定な黒塗り少女は気楽な調子で論評してしまう。

 

 城では絶対見かけないタイプの少女を前にして、王女も多少は戸惑う気持ちが芽生えてきたのか少しだけ警戒感を持たせた声で確認をとってきた。

 

「・・・あなた、お城の人じゃないですよね?」

「そうだな。付け加えるなら王城には無断で侵入してきたし、見張りの兵に見つかった際には力付くで黙らせながらここまで侵入してきた大逆罪の身でもある」

 

 ひっ。と、王女は小さく悲鳴を上げて後ずさり、自分が今とんでもない大悪党の前に立ってしまっているのではないかと恐怖した。・・・だいたい間違っていない辺り救いようがない真っ黒少女である。

 

「で? それを聞かされた上で君はどうする? 何を選ぶ? どう行動する? 貴様の選択次第でこちらの対応も大きく変わるかもしれんからよく考えて選ぶがいい」

 

 剣の刃をチラツかせながら真っ黒少女は試すかのように王女へ問いかける。

 ・・・この女、こと言動に関する限りにおいて時と場所と状況を選ぶ気を一切合切持ち合わせてねぇ・・・。

 

 

「ーーお願いです! お城の外から来た方なら抜け出す方法を知っているはず! それを私に教えていただきたいのです!」

 

 しかし、姫様とて負けてはいない。同じくらいに空気読めないスキルを遺憾なく発揮して『王城への無断侵入で負傷者多数』という国の犯罪史上希にみる凶悪犯の正体を聞かされて、着目したのは『城から出られる術を知っている!』の一点だけだった。どうやらこの姫様も、けっこうヤバい人なのかもしれない。

 

「金」

「・・・はい?」

「私は金で雇われるならず者でな。金を払えない者からの依頼は受け付けていない。知りたい情報があるなら、相応の代価を支払え」

「え~・・・」

 

 ドン引きするお姫様。当然と言えば当然の反応だろう。お城に不法侵入してきておいて、外に出る手段を知りたいならば金払えとか聞いたこともないカツアゲ方法だった。

 やっぱりこの黒ずくめが、一番ヤバそうである。

 

 

「えっと・・・今は手持ちがありませんので、お城の外に出られたら今つけてる装飾品を売ってお金に換えますので、それまで待っていただくのは無理ですか?」

「可能だが、それならせめて前金ぐらいは払っておいて欲しいところだな。なにしろ初対面の相手に金を貸すというのは勇気がいることだから」

「え~・・・・・・」

 

 今度こそゲンナリせざるをえなくなるお姫様。

 人の命がかかっているときに、なんて不謹慎な!・・・そういう怒りがないわけでもなかったが、変な方向で素直な性格が災いしてしまい相手の言ってることにも一部分だけではあるが正しさを感じてしまったのである。

 

「せ、世界の運命がかかっている脱出行だったとしてもですか・・・?」

「むしろ尚更ではないかな? そのような大事は些細なほころびから崩れ去るのが鉄板だ。大きな事態に挑むときにこそ、小さな部分にも目を配れて軽視しない慎重さが必要になるものだ」

 

 ある意味正論ではあるのだが。

 それでもやはり、言うべき場所と場合と状況とは選んでほしいと思った王女の感想は間違っているだろうか?

 

「う、う~ん・・・。ーーでは、こうしましょう! わたくしの部屋まで一旦戻るのです! よく考えてみたらドレス姿でお城の外に出ても目立つだけです! すぐに見つかって連れ戻されてしまうのは間違いありません!

 ここはひとまずわたくしの部屋へと戻って衣装直しをし、改めてお城の外を目指すということで如何でしょう? もちろん、部屋に戻ったときに侵入者さんが欲しいと思った物は持って行ってくれて構いませんから」

「それで構わん。私としては契約が正しい手順で行われてくれさえすれば、それで良いのだからな」

 

 そう言うことになった。

 

「・・・まだ着替えは終わらないのか? 女の着替えというのは存外に時間を浪費するものだったのだな」

「失礼ですね! そして無礼です! 仮にも王族の一員である身としては、これでも十分早い方なんですぅっ! ・・・っていうかあなたも女の方なのですし分かるはずでしょう!?」

「知らんし、わからん。これと同じ服を後二着持っているが、洗濯の際に着回しているだけであって作りは一切変わっていない。

 脱いで履いて羽織る。それが全ての着替えしかやってない貧乏人には、理解できない貴族社会という奴なのだろうよ」

「はぁ・・・そう言うものなのですか・・・?」

 

 いろいろと誤解を招きながら着替えは終わり、姫様が探しに出たいと行っていた近衛騎士隊長の部屋まで同行していったところ、思わぬ出来事と珍客に遭遇する羽目になる・・・・・・。

 

 

「ところで貴様、なぜ罪人のように兵士たちから追われてたのだ? 城内で親でも殺したのか?」

「人聞きの悪いこと言わないでください! 私、なにも悪いことなんてしていません!」

「そうか? 先ほど私は花瓶を持った貴様に殴りつけられそうになった記憶があるのだが、あれは幻覚か何かだったのか?」

「う。あ、あれはその、え~っと・・・・・・そ、そう! あなたが怪しげな不法侵入者だったからであって、決して私の本意というわけでは・・・」

「その前には、部下である兵士にたいして剣を突きつけていたな確か」

「う・・・」

「他にも警備担当の目を盗んで王城からの脱走を試みようとしているし、これで悪いことしてないと断言できる貴様の精神構造が、私は知りたい」

「・・・・・・・・・(ズ~ン・・・・・・)」

 

 箱入り娘相手であっても一切情け容赦はしてあげられない。安心できないクロエ・クオリティ。

 

「・・・あの! 犯罪騎士さん!」

「しばらく放ったらかしていたら、呼び方がへんになってしまっていたのだな・・・クロエだ。呼び捨てでも何でもいいから、ひとまず犯罪騎士はやめてくれ。私は騎士になる資格はとっくの昔に返上しているのだから」

 

 え、そっち?

 誰もが謎に思えるかの序の反応に、彼女と同じくらい反応しない少女がいる。目の前に立つお姫様だ。

 

「わかりました。では、クロエさん。ーー詳しいことは言えませんけど、私の近衛騎士隊長スウェンの身に危険が迫っているんです! わたし、それをスウェンに伝えに行きたいんです!」

「行きたいのであるならば、勝手に行けばよかろう。邪魔する者は剣で斬り伏せながらな。さっき一度やろうとしたことだ、よもや実戦では怖くて出来ないなどと寝言をほざいたりはしないだろうな?」

「それは・・・・・・」

 

 言いよどむ姫様には、『現時点では極端すぎるお人好しである以外に特徴なし』と断定した訳であるが、それと同時に『所詮は初対面時の評価』として割り切って、部屋から貰ってきたお宝を暇つぶしに鑑定しながら相手の話の続きに耳を傾ける。

 

「だったらお願いします! 私も連れてってください! せめて、お城の外に出るまでだけでも構いませんからどうか・・・・・・。

 今の私にはスウェン以外に頼れる人がいないんです」

 

「ふ~ん? 目の前で頼み込んでいる相手より、この場にいない誰かしか頼れる者はいない・・・か。ずいぶんと横柄な言い方をするのだな、最近のお姫様は」

「ーーえ? ・・・・・・あぁっ!!」

 

 ようやく失言に気づいた姫様が悲鳴を上げたのと同時に、彼女の背後では扉が力づくでこじ開けられて、外から一人の危険な目をした男が乱入してくる。

 

 

 カラフルな髪色に、色は少なくがらが多い変な服着た笑わないピエロみたいな男が一人で入ってきたのを姫は驚きとともに、クロエはため息とともに迎え入れてやった。

 

 

「俺の刃の餌になれ・・・・・・」

 

 静かな歩調で入室してきて、辺り構わず殺気をまき散らしてくる怪しげな男を見ようともせず、窓から外を眺めていたクロエはのんびりと立ち上がり、無礼者に声をかけてやる。

 

「深夜にレディの前である。礼節を心得られたし」

 

 暢気で平和ボケした言い分が相手の警戒心を解いたのか、はたまた侮り、構えなくてもいつでも殺れると勘違いしただけなのか。

 

 とにかく男は一瞬前まで取っていた攻撃態勢を解除して、語り合う姿勢へと体勢を変える。

 

「オレはザギ・ザ・ズムング。お前を殺す男の名だ。覚えておけ、死ね。

 スヴェン・クレッシェントぉぉぉぉっ!?」

「射っ!!!」

 

 いきなりの不意打ちで首を狙ってくる斬首攻撃を仕掛けてくる辺り、この黒ずくめの方がよっぽど暗殺者らしい。

 

 体勢を立て直そうと後ろに引いた男を追って、クロエは前へ前へと攻め立て続ける!

 

「ちょ、テメ・・・っ! 俺の名前はザジ・ザ・ズムングだ! 覚えておけ!」

「知らんな。暗殺者など所詮は使い捨ての駒に過ぎん。貴様はいちいち潰したアリの名前を覚えておけなどと言われて素直に従う趣味でもあるのか? だとしたら気楽なお人好しなようで結構なことだな」

「くっ!」

 

「オレはお前を殺して、自らの血にその名を刻む!」

「血は液体だ。液体に文字が刻めるかバカ。ふざけるのはメイクと髪型だけにしろ。道化も度が過ぎると興が冷めて笑えない。白けるだけだ」

「くっ!」

 

「いいな。いい感じだ、その余裕も。ーーアハハッ!

 さぁ、上がってキタ! 上がってキタ! いい感じじゃないか!!

 あはははははっ!!!」

「薬物での身体強化か? それとも興奮剤で我を忘れただけかな? どちらにせよ肉体的に強くなっただけでは私に勝つなど不可能だがな。

 理性を失った人間は獣と同じ。犬畜生を殺すぐらい訳はない」

「くぅっ!」

 

「簡単に終わらせないでくれよ? こんな戦いは久しぶりなんだからなぁっ!!」

「安心しろ。私が終わらせたくても、貴様が終われまい。傷だらけになっても向かってくるところから見て、そう言う薬で侵され尽くしているのだろう?

 せいぜい死ぬまで向かってこい。適当に遊んで適当に殺し、貴様の首で月見酒でも飲んでやるよ。・・・いや、不味そうだな。やっぱり今のは無しにしてくれ。すまなかった・・・」

「くっ!」

 

「ごちゃごちゃしゃべってたら死ぬぜ、スヴェン!」

「誤解です! この人はスヴェンじゃありません! こんな人をスヴェンと間違えるなんて失礼すぎます! ・・・それに誤解なら、戦うよりも話し合いの道を模索することだって出来るはずです!」

「心配いらん。こういう輩は話し合うより先に首をはねてしまった方が解決は早い」

 

「ぐぇぇっ!? 強ェじゃねェかぁぁぁ・・・っ!! はは、ははははは!

 痛ェ! 痛ェ!!」

「なんだ、終わりか。薬の効果が切れてきたらしいな。無駄に叫んで動き回るから薬が早く効き過ぎて、効果が切れるのも早くなったのだド素人。

 お前は私の前に立つにはあまりにも未熟すぎたのだよ」

「ぐぅぅっっ!!!」

 

 

「さて、どうするかね? 標的もまともに識別できず、仕事もろくにこなせない、口先だけは一人前の暗殺者見習い君。まだ続ける気は残っているかな? こちらはそろそろ飽きてきたからやめたいんだがな。

 未熟な雛鳥を殺してしまわぬよう、手加減して剣を振るうのは存外に面倒くさいものなんだよ」

「あの・・・大丈夫ですか? 体中怪我だらけだし、血があちこちから流れ出し続けている様なのですが・・・」

「はぁ、はぁ、はぁ・・・そんな些細なことはどうでもいい! さぁ、続きをやるぞ!」

「「え~・・・まだやる気が残ってるんだ・・・・・・」」

 

 ひたすら攻めまくり部屋中を飛び回り続けたクロエに追いかけ回される形で、ザジ・ザも後ろへ後ろへと退がりまくりながら応戦し続け、口でも剣でも一方的に滅多刺しにされまくってたザジ・ザに、二人は結構同情心が沸いてきていたりする。・・・犯人であるクロエに同情されても嬉しいと思えるマゾはいないだろうけど。

 

 

 その時、ザジ・ザが入ってきたとき壊した扉の向こうから、似たような装備の別の男が姿を現し、同僚と思われるザジ・ザに対して撤退指示を命じにきた。

 

「ザジ・ザ・ズムング、引き上げだ。こっちのミスで騎士団に気付かれた。ーーぶっ!?」

 

 命令してきた男をザジ・ザは即座に殴り飛ばす。

 

「き、貴様・・・っ!!」

「うわはははははははっ・・・!! オレの邪魔をするな!

 まだ上り詰めちゃいない!」

「騎士団が来る前に退くぞ。今日で楽しみを終わりにしたいのか?」

 

 警告ととれる男の言葉をザジ・ザはどう捉えたのか、それは分からない。

 ただ一つ確かなのは、彼にとって自分の楽しみを邪魔する奴は味方であろうと敵だということ。その一点だけだろう。

 

 ザシュ! ズバ! ギリリリン!!

 

 ・・・自分を迎えにきた同僚を切り刻んで処刑し、ゆっくりとクロエたちの方へと向けなおしてきたザジ・ザの危険な笑みを浮かべた表情を、彼の背後に回り終えていたクロエが殴って吹っ飛ばし、城の外壁を突き破って外堀の中へと叩き落としてやった。

 

「うむ。これで彼も撤退作業が楽になったことだろう。私もウザったいのが目の前から消えてくれてスッキリしたから一石二鳥。

 誰もが皆幸せになれる、よい戦いの終わり方だった・・・」

「・・・ものすっごい恨み言叫びながら落ちてってますけどね、彼・・・」

「気のせいだ」

 

 クロエは真顔で断言する。

 ザジ・ザ・ズムングは自分の中だけで世界を完結したいと願うタイプの男だった。自分がそうだと思ったならば、それが黒か白かなど問題ではない彼がそうであって欲しいと願う色がそれと同色でなければ気が済まないのだ。

 

 つまり。

 

 

「自己満足による妄想だ。彼の言うことは一言一句残らず全てが、自分に甘い夢と妄想で紡がれている。

 夢を見たりない子供に過酷な現実を見せようなどとキツいことを言っていたのでは、将来子供を産んだときに嫌われてしまうぞ?」

「あなたにだけは言われたくありません!(怒!)」

 

 

「・・・・・・・・・そう言えば貴様、一体どこの何者なのだ? 別にどうでもよかったから気にしなかったが・・・・・・もしかしなくても、田舎から出てきたばかりで脳味噌お花畑なオノボリ貴族令嬢ではなかったのか!?」

「いまさら!? しかも田舎のオノボリ貴族娘扱い!? わたし、この人と一緒に旅して本当の本当に大丈夫なんでしょうか!?」


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