試作品集   作:ひきがやもとまち

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主人公的に『セイバーがオルタ化してたら』の方に纏めたのを出したのですが……どうせ試作品だしと思い直して、コチラにも続きを投稿してみた次第。
【ヘルシング・セイバー】の続きです。

完結まで書いたので長めとなってます。


HELLSING・THE・WairudoHannto~伝説の王は宵闇の中から還ってくる・・・~第2章

 イギリス北部の小村チェダース村にて発生していた、猟奇的大量殺人事件。

 それは夜に至って『専門家』が到着したことにより、英国特務機関へと担当は移行し、既に解決は時間の問題という段階となっていた。

 

 だが、それらの事情は付近一帯の交通規制と関係者以外の立ち入りを禁止する役割へと配置転換を強要されてしまった一般警察の警官たちに理解できる事柄ではなく、常識では計れない事態の続発に不安な気持ちを抑えきれずなりつつある。

 

「いったい、何がどうなっているんだ・・・?」

「《D11》が突入してから、もう3時間以上・・・それなのに何の変化もないってのはどういう・・・」

「・・・情報が欲しい・・・いったい上のお偉方は、なにを考えているんだ・・・?」

 

 遠く村の方から漂ってくる怪しげな気配と相まって、夜の漆黒から降り注ぎ始めた雨粒は、妙に警官達の心と身体を身震いさせるものを感じさせられ、その不安から逃れるように私語し合うことで誤魔化すことしか彼らに出来ることは何もない。

 

 折しも、空からは雨が降り始めていた。

 深夜には荒れそうなのか、稲光する煌めきが雲間に映る。

 その光を見た、警官の一人が舌打ちしながら呟くように語る。

 

「チッ・・・降ってきやがったか・・・オマケに雷までかよ。

 《ブラックドック》が出るには、いい案配って感じだな・・・」

 

 ウェールズ生まれらしい彼が語った民間伝承――《ブラックドック》

 四辻に現れる妖精、または悪霊。そして雷鳴の化身でもある。

 

 闇の中を漆黒の風のように駆け抜け、生者の魂を食らって走り去る猟犬・・・・・・ここブリテン島では古くから《落雷による死者》という現象を、そういう存在として伝え続けてきた歴史をもつ。

 

 子供の頃に聞かされ続けた、他愛のないお伽噺。

 科学文明が栄えた今日の世界では実在するはずもないフィクションの怪物。

 そんな存在の話を引っ張り出して声に出したくなるほど―――今夜の自分たちが今いる場所はオカルトじみて、まるで三流ホラー小説の主人公にでもなったかのような錯覚を彼らにもたらし、敢えてフィクションに落とすようなことを口にしなければ不安を押さえ切れない。

 

 まるで・・・・・・自分たちが振り返った先。

 背後に立つ、関係者以外を入らせないよう封鎖している田舎村を覆っている闇の中になにか―――恐ろしくも悍ましいナニカが潜んでいる・・・・・・そんな言い知れぬ恐怖心を感じさせる不気味なナニカの感情が・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、立場が変われば念いは換わり、異なる多くの人間達が同じ一つの現象に同じ感情を共有し合える特殊な状況など、日常の中ではそうは起きれるものでもない。

 

「雷か・・・・・・いい夜になってきましたねぇ。まさに、《ワイルドハント》が起きるにはお誂え向きな、好い夜ですよお嬢さん。―――クックック」

 

 チェダース村の教会の中で、村に突入していた婦人警官『セラス・ヴィクトリア』を、《眼》が持つ魅了の力で心を捉えて動きを止めていた、神父服姿の男―――もしくは神父服を纏ったヒトではないナニカは、窓の外を叩きはじめた雨と雷に機嫌よさげな声音で論評する。

 

「ご存じでしょうか? 若く美しいお嬢さん。

 ここブリテンでは、成人するより先に死んだ子供の魂は、天国にも地獄にも行くことは出来ないと言われています。

 親不孝を犯したため天国に行く資格はなく、さりとて罪を犯してはいないから地獄行きでもない・・・・・・そんな哀れなる魂に偉大なる主は、慈悲の心を持って妖精として永久に現世をさまよい続ける煉獄をこそお与えになる。そういうお伽噺ですよ」

「く・・・ア・・・ぅ・・・・・・」

「そして、風と雷鳴とともに現れる死霊の軍勢として伝わっている《ワイルドハント》の伝承。死者の軍勢を率いて現世へと舞い戻る伝説の王によるお伽噺。

 天国にも地獄にも行けず、この世をさまよい続けている死者達の迷える魂が幽霊や妖精だとするならば―――お嬢さん。貴女は今、それにこそ成ろうとしておられる。

 それも、この世で最も美しく、最も尊き価値のある幽霊であり妖精とも呼び得る存在・・・・・・そう!

 《吸血鬼》という名の、死霊達を率いる新なる王の軍を率いる一員にねぇッ!!

 他の有象無象どもと貴女は、そこが違う! 貴女は選ばれた! 現代に生まれた新たな伝説の王に侍る妃となる座は貴女のものだ・・・・・・」

「うぅ・・・あ、ア・・・・・・殺、す・・・・・・撃ち、コロ・・・す・・・・・・」

 

 震える手はもう動かなくなりつつあった。

 酔いしれたように語りかけてくる相手の眉間に銃口を押しつけることは出来ても、引き金にかけた指に力が入らない。

 震える指で、震える手で、相手の眉間に銃口を押し当てられた小っぽけな拳銃のみを武器として、現代の女性聖騎士はヴァンパイアを相手に勝てぬ勝負を挑もうと必死に抵抗し―――そして何もなせぬまま終わりを迎えることになる。

 

 相手の男は別段、カミを否定したいと憎んでいた訳ではない。

 心の歪みに理解者なき己の生を絶望していた訳でもない。

 自らの願いを叶えるため只力を欲した訳でもなければ、多くの生け贄を持って自らの願望を実現せんと欲するカルティズムの人間でもなかった。

 

 ただ彼はひたすらに・・・・・・“なんとなく”人を殺して、食っていただけだった。

 別に殺す相手は誰でもよかったし、食う相手を選別すべき理由も特にはない。どのみち警察程度では自分を止めるなど不可能な『力』を今の己は手にしている。

 なら急ぐ必要はなく、焦る理由もなければ、必死こいてバレないよう偽装するのはバカらしいだけ、徹底抗戦する必要なんか少しもないのだ。

 

 ただテキトーに合わせて、バレたら食ってグール化した村人共に、逮捕しにきた警官隊を応戦させておけば何百年だって持ち堪えることぐらい簡単なこと。

 

「だが――それでは、ただの武装強盗団と同じだ。何も変わるところがなく、芸もない。

 ニンゲンでも出来る程度のことの猿真似を、なぜ今の私がやらねばならない?」

 

 それが人を辞めて吸血鬼に“してもらう道”を選んだ牧師の発想だった。

 せっかく人を超えて死をも超越した体を手に入れながら、やる行動が銃さえ持てば誰でもできる犯罪の規模を大きくしただけというのでは、あまりに情けなく見栄えも悪い。

 しかも終わった後には世界中から指名手配されて、血で血を洗う人間達との長い闘争に身を晒さねばならない憂き目にも遭うのは確実だろう。

 

 永遠を手に入れた人生が、戦いばかり、血塗ればかりというのでは些か飽きるし、エレガントさにも欠けるというもの。

 吸血鬼なのだから、もっと優雅に! 高潔に! 誇り高く!!

 演出も大事にしながら、長い長い時間をたっぷりと愉しむつもりでいるのだから、今ここで愉しむためだけに余計な面倒ごとまで背負い込むのは避けた方が賢明というものだった。

 

 その点で―――この婦警は、実に魅力的で素晴らしい。

 

「匂いだけで判る。貴女の体を流れる暖かくて、あまりにも甘美な味が・・・・・・」

「あ、アンタ・・・私、撃、つ・・・・・・」

「永遠に生き続けるというのも、存外に退屈そうという側面もありましてね。

 私としても一人だけで愉しみ続けるより、共に生きて、共に愉しみ、共に殺し続ける相方となってくれる伴侶はほしい。

 禄に返事もできない、獣じみたグール共ばかりが相手では興も削がれる。いくら好物とはいえ肉料理ばかりが並んだ食卓では萎えてしまい、オードブルがあってこそ食卓には彩りが増すというもの・・・・・・そうでしょう?」

「脳天・・・ブチ、抜く・・・・・・」

 

 吸血鬼化で手に入れた《邪眼》による催眠効果を受けながら、尚も震える手で拳銃を握りしめたまま自分の眉間に銃口を押しつけようと無駄な努力を諦めない姿は、牧師の好むところだった。

 

 ――こういう強く美しい女性を従えてこそ、男冥利に尽きるというもの。

 それに自分を捕まえるため派遣されてきた彼女は、当局のマークからは外れている存在。たとえ連れて逃げたとしても、最初から犯人グループの共犯だったと考える者は少ないだろう。

 

 なら彼女を使って別人になりすます偽装を手伝わせ、別の場所で別の同胞を作らせて騒ぎを愉しむのも悪くはなく、外国に高飛びして異なる場所で別人となってお愉しみ続けるのも一興だろう。

 

 自分は確かに、真っ赤に染まった生涯を望んで吸血鬼になったが、それは捕食者として愉しむためで、追い立てられる逃亡者になりたかった訳ではないし、行く先々で襲われる賞金首のような追われる立場になるのは真っ平ゴメン。

 

 好きなときに好きなだけ殺して、食べたいときに食べ、吸いたいだけ吸い、たまの気まぐれで人間を演じて楽しむ―――そんな永遠を楽しみ続けるのが彼の理想とする“悦”に満ちた人生だった。

 

 その為に彼女の体と身分は利用できる。見た目だって悪くない。

 少し乳臭いところがある点だけは気になるが・・・・・・その体付きもヒップラインも首筋の柔肌も、十分すぎるほどに女性を感じさせてくる。

 

「・・・・・・撃、つ・・・・・・私、アンタ・・・を・・・・・・」

「苦しいのだね? 快楽を与えてあげよう、ずっと続く快楽を・・・・・・ンフッ♡」

 

 今時珍しい、この身体で、この年齢で、処女の生娘。―――実に魅力的だった。

 そう思い、そう考え、そう感じながら・・・・・・気色の悪い好色な笑みを浮かべた牧師の大きく開かれた口腔が、セラス・ヴィクトリアという19歳の『乙女』の首筋に近づいていき・・・・・・

 

 

 

 ガァァァァァッ♪♪♪

 突如として鳴り響くように、教会内を満たした音響。

 

 

「っ!? 誰だ! そこにいるのは・・・・・・いつの間に入ってきやがった!?」

「・・・・・・く、クックックッ・・・・・・」

 

 本来は人の心を和ますために奏でられるものを、一音だけ強く発して不協和音とした強すぎる音の有り様。

 他の音と同じように流れの中で奏でたなら、様々に変化し千変万化の芸術たり得る有り様も、強すぎる一音が全てを潰して覆い隠して台無しにしてしまうことも時にはある。

 

「・・・・・・失礼。あまりに退屈な茶番劇だったのでな。異教徒共の子孫が道化として造った劇場が、存外に出来の良いものだったと思い知らされて不快になったのだ。王族特権だ、許すがいい」

「な、なにぃ・・・? 王サマだとォ? ハッ! 正気かよ! このキチガイ餓鬼がッ!」

 

 見下しと嘲りと共に叫んで痛罵し、振り向いた先に立っていた人物に向かって罵った相手は、ピアノの前に立っていた。

 そう、ピアノである。どれほど貧しくとも、教会には必ずと言っていいほど置いてあるパイプオルガン。

 それは当然チェダース村の教会にも存在しており、自分と自分が羽交い締めにしている婦警の近くの傍らにも置かれていた。

 

 そこに、いつの間にか一人の少年が佇んで、ピアノの鍵盤を指で弾いていたのである。

 ピアノが出す音の中で最も強い音、あまりに強すぎて他の音を掻き消してしまう――フォルテッシモを盛大に響かせながら。

 

 それは十代半ばと思しき、薄い色の髪と目をもつ少年だった。

 黒い皮のジャンバーと同色の革パンを履いて、首の後ろで一本に結んだ髪を短く背中に流している。

 

 目を見張るような美童の少年で、そういう趣味のない男でさえ思わず喉を鳴らしてしまいそうになる程の『輝きの美』を、この少年は佇んでいるだけで発しているようだった。

 まるで自分を、本物の『正統なる王だ』と信じて疑う気持ちが微塵も持ち合わせていないような風貌が、その錯覚を下層階級出身の男に強くプレッシャーを与える故であった。

 

「フフフ・・・さて、な。正常なヒトかもしれんし、狂人かもしれんぞ? あるいは異形の怪物かもしれん。試してみようとは思わんのか? 無能なる失敗作の敗残兵よ」

「戯れ言をほざきやがって・・・テメェ、一体どこから忍び込みやがった!? 何時からそこにいた!? 言え、このガキィッ!!」

「ふ、ふふふふ・・・・・・」

 

 不敵に微笑むだけで男からの問いに答えようとしない子供。

 男が彼に対して、さっさと先制攻撃を仕掛けて仕留めようとしなかったのは、まさにその一事が気がかりだったのが理由だった。

 

 彼は何時から、そこにいたのか?

 人間を辞め、人間以上の力と能力と感覚器官を有するに到ったはずの自分が、まったく侵入を気付くことが出来ぬまま傍らへと移動してしまっていた少年。・・・・・・安易に仕掛けるには危険すぎる相手であることは、男でも流石に分からざるを得ない。そんな異常。

 

「ふざけやがって・・・ッ! 答えろッ! テメェ一体どこから―――」

 

 アッサリと余裕を失い、怒号と共に状況説明を敵に向かって求める男の詰問に、今度は言い終えることさえ許されることなく、轟く破壊音と共に教会の中へ第三の男が現れたのは、その時のことだった。

 

 

 ドゴォォォッン!!と。木製の扉が力づくで蹴破られる。

 ノブを壊すのではなく、扉そのものを蹴りつけることで無理矢理こじ開けさせた穴の外側に、一人の赤い衣をまとった長身の男の姿が覗いていた。

 

「な、なんだ!? 今度は何が起きやがった! おい、アンタ! なにか知ってんだったら答えろ! アレは何だ!? オイッ!!」

「・・・・・・私は、知ら・・・・・・ヒト、なの・・・・・・?」

 

 訳の分からぬ事態の連発に、男は混乱して捕まえている婦警に向かって怒鳴り声で詰問するが、自らが意識を奪い欠けていた相手にろくな思考能力など残されているはずもなく。

 また仮に答えられるだけの思考が残っていても、セラス自身に彼らの如き存在について答えられる知識は持ち合わせていなかったので、結果は何も変えられなかった。 

 

 新たに教会の門を叩くことなく、ブチ壊して入ってきたのは、真っ赤なデカい男だった。

 カウボーイハットのように大きすぎる鍔広の赤い帽子をかぶった、赤いタキシードを着こなす、赤い紳士。

 

 その瞳には、丸いフレームのサングラスが輝いていて、どことなく古めかしさと新しさが入り交じったような、奇妙な出で立ちをした伊達男。

 些かノスタルジックの度が過ぎる古風な衣装が奇抜ではあるものの、ハロウィーンの夜に女性が夜道で出会えば、甘美な誘う言葉を期待してしまいそうな男臭い美貌の主。

 

 その男の唇が開かれ、不敵な笑みを浮かべたまま放たれた第一声。

 

「大概にしとけ―――パンクッ!!」

「・・・・・・ッ!!」

 

 だが、その洒落た出で立ちをした男から放たれた言葉は、痛烈の極みだった。

 よりにもよって、この自分のことをパンクとは―――Punk(役立たず・チンピラ)とは!!

 

「まったく、最近の若者どもって連中は―――下衆ヤロウだな。モラルもへったくれもあったもんじゃない。町のウジ虫みたいなチンピラと何も変わらん。貴様には似合いだよ」

「~~ッ!! 誰だお前は!? 紛れ込んだ格好付けの、“おのぼりさん”か? ハロウィーンの準備にはまだ早ぇぜ早漏ヤロウ!!」

 

 挑発に対して挑発を返したが、相手の男に応えた様子は見受けられなかった。

 悠然と笑みすら浮かべながら、それでも一応は名乗り返してくるあたり、『エセ貴族』じみた出で立ちも伊達ではない、ということにしておきたいってトコだろうか?

 

 ―――とはいえ、それも名乗ってきた名前と所属にも寄る類いのモノじゃある。

 

「俺の名はアーカード。特務機関HELLSINGの手先で、ゴミ処理係。

 要するに、お前らみたいな人から出たクズや虫ケラ専門で片付けてる殺し屋だ」

「ご、ゴミだと・・・? この俺をゴミと言いやがるかッ!! ヘッ! しかも特務機関と来やがったか!

 本気かよ!? 正気かよ!? 今時いい年こいてガキみてぇなこと言いやがって! 『ジェームズ・ボンド』の見過ぎだボケ!!」

「いいや? 至って本気さ。なにしろゴミ以下のウジ虫ヤロウだからな、お前は。だから『OO7』より俺みたいなのに仕事が回ってくる。

 なんだよ、その格好は? ハロウィーンのカーニバルに出る準備には、まだ早過ぎるんだろう? 早漏ヤロウ」

「・・・っ、!!」

 

 自分の罵倒を自らに言われ返され、見下しの視線で全身をなめるように見つめられ―――牧師だった男はハッキリと、“場違いさの羞恥心”を感じさせられる。

 

 ハハハハッ!!!

 と、背後から悪意と見下しに満ちた笑声が、少年の口から迸るのも聞かされ、男は文字通り血の気を失ったはずの全身が、まるで血流を取り戻したように赤く沸騰するかのように錯覚させられた。

 

 怒りと羞恥と屈辱と。

 ドス赤く変色しそうなほどの、赤い赤い負の感情に全身を冒され尽くしながら、男は前後に敵を抱えた体勢で身動きが取れなくなりつつある。

 

 ――深夜の教会。吸血鬼騒ぎが起きた田舎の農村。その村で起きた深夜の惨劇。

 必死に逃げ込んできた若く美しい婦人警官を待ち構えていた事件の犯人は、神に仕える聖職者でありながら闇に魂を売って吸血鬼と化していた人の好い牧師・・・・・・シチュエーションとしては在り来たりでも王道と言っていい、演出好みなヴァンパイア風にこだわったモノ。

 

 だが、その中で自分の着ている服だけが平凡だった。

 何の変哲も飾り気も無い、単調な教会から支給された牧師服を、そのまま着用して颯爽と登壇。・・・・・・改めて考えれば、なんとも安っぽい衣装だった。お仕着せの一着でしかなく、一張羅でさえない支給品。

 

 まるで記念すべきイベント事に、大量生産のバーゲン品スーツ姿で参加している、新入社員ビジネスマンの一人であるかのように、演出好きの男の趣向的には思えてしまって恥ずかしさを覚えてしまったのである。

 

 目前に現れた男の、真っ赤な出で立ちを見た後なので尚更だ。

 アチラの方が余程にヴァンパイアらしく、吸血鬼ものっぽい。それに比べて自分の服装は・・・・・・

 

 田舎から出てきた“おのぼりさん”が、都会に住む貴族のファッションと差を見せびらかされたような錯覚が、男の心に怒りを生む。

 

「お前、ナニやってんだよ? ああ? 牧師の格好なんかしやがって・・・・・・いや、仮装か?」

「う、ぐ・・・て、テメェ!!」

「もっともカーニバルだって、そんなチンケな仮装で参加しにくる奴は、今時ガキでもいやしないがな。

 恥ってモノを知らないから、そんな無様を晒して浸っていられる。他人に言われるまで気付かない。それがお前のクズなところだ。だから似合いだと言ったんだよ、パンク」

「チィッ! 死んでいいよ、お前!

 もうお前は死んでいい!! Syeeee――ッ!!」

 

 喉を鳴らして唇を震わし、人間の発声器官では出せない音の混じった奇声を発して―――人を辞めた牧師だった男の吸血鬼は、『隠し球』を使用する決断を下した。

 男の放った奇怪な叫び声。

 実のところソレ事態にさしたる意味は無く、重要なのは声に混じって届けられる吸血鬼特有の変身能力に由来する特殊な音波。

 

 背後に回られていた少年に全ての兵力を回せなくなるのは厄介だったが、正面の男は木製の扉を足だけで蹴破れる力をもつ程度。

 即座に片方を片付けさせ、残りに集中させれば充分すぎる『力』が、今の自分は“手に入れることに成功”している!!

 

 

 ・・・ウォォォォォッ!!

 ・・・・・・ウォォォォォォォォッ!!

 ・・・・・・・・・うぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォッッ!!!!

 

 

 “音”に呼応して、地獄に落とされた亡者達の呼び声にも似た空虚な響きが、パイプオルガンの響きの代わりに教会内の内側に木霊する。

 声と共に立ち上がり、伏せていた“兵隊達”が、生前に武器として与えられて使っていたサブマシンガンを次々とアーカードと名乗った赤い男に向けて整列する。

 

 年齢問わず、だが青年から壮年までの男達だけで構成されている揃いの青い制服をまとった、グール化されて男のシモベにされた彼らは敗者達の姿だった。

 『被害者たち』ではなく『敗者たち』―――約3時間前に村へと突入して撤退した、イギリス警察の精鋭部隊【D11】の隊員達。セラスの仲間達である。

 突入に失敗して生き残った者は撤退して、やがてグールとなってセラスに襲いかかってきたが、最初の失敗時点で逃げ延びれなかった者達はその場でグール化させられる羽目になり、男を守る親衛隊として先程からずっと自分たちの周囲に侍らせ続けていたのだ。

 

 そんな生きた屍と化して、魂を失った“壁たち”の中に、セラスは見知った顔を見つけて、朦朧としていた意識を眼球と共に僅かながら見開いてソレになったモノを見る。

 

「隊、長・・・・・・っ、」

「そうだ! 俺を捕まえにきた【D11】の連中をグールに変えてやったのさ! もうコイツラは俺の言いなりだ! 命令するだけで何でもやる俺の軍隊! コレさえ手に入れたら、もうこんな鄙びた寒村に用はない!

 テメェらを殺して兵隊共に守らせながら、俺は次の獲物を探しに行くだけのことさ、ザマーミロ!!」

 

 高らかに男は、自身の計画通りに進んだ結果を功績として自慢する。

 実のところ彼が、村人や警官を殺した後も村に留まり続けて目立ちたがるような行動をしてきたのは、彼らを手に入れることが大きな目的の一つだった。

 

 事を起こして、殺人犯を逮捕しにきた警官を殺せば、必ず強力な武器で武装した警察の特殊部隊が、自分を捕まえられると思って身の程知らずに突入してくる。

 それを返り討ちにして、逆に自分の軍隊へと変えてしまう。そういう計算をした上での計画だったのである。

 

 選ばれし者として吸血鬼になったとはいえ、“今はまだ”伝説にあるような異能の力を与えられるまでには到っていない自分自身。

 身体をコウモリに変えさせたり、千切れた腕を生やしたり、身体の内側から黒い猟犬を生み出したり等というバケモノじみた戦闘向けの能力を持っている訳でもない今の自分では、万が一ということもある。

 

 自分を守らせて、敵と戦って倒してくれる、使い捨ての盾に自主志願してくれる都合のいい兵士たち―――王様を守る軍隊に守らせながら悪の快楽と背徳を愉しむための出征へと旅立つのが男の目的だった。

 

 もっとも、男が考えて実行したのは、村で騒ぎを起こして捕まえにきた警官を殺して、報復にきた精鋭たちを手下のグールに変えてしまう――という内容だけで、具体的な使用目的まで考えてから実行した、という訳では特にない。

 その後のことは、その時の状況次第で臨機応変に決めていく――その程度の大雑把さで決めて実行していたのが、男が企てた今回の騒動だったのである。

 そんな計画と呼ぶのも烏滸がましい子供じみた代物の犠牲にされたセラスの上司や仲間たちこそ、いい面の皮と呼ぶべき哀れさだった。

 

「・・・・・・やれやれ、ただ自分の家来が欲しくてグールを増やしたかっただけか。お前は・・・」

 

 だが逆にアーカードと名乗った赤い男は、男の計画を聞かされて、男に対して哀れみを感じさせられたようだった。

 あまりに愚かで、無価値で、存在し続ける価値など微塵も見出せない、そんなゴミみたいな下らない矮小すぎる下等なバケモノ擬き・・・・・・そんな思わず【哀れみ】を感じずにはいられないほど下らなすぎる存在には、哀れみを感じて見下す以外に、いったい何の使い道があると言うのだろう?

 

「グールを増やして家来にするだけの矮小な王。

 自分だけでは何もできないし、する気もない腰抜けめ。

 お前には地獄にだって居場所はない。臭すぎる汚物はゴミ処理場に捨ててこいと、地獄の悪魔だって願い下げるだろうからなッ!!」

「ほざけっ! 俺の軍隊は最強だ! あの円卓の騎士団だって、俺様の軍勢にはかなう訳がない!! ましてテメェら如きザコなら尚更だ!!」

「円卓の騎士、だと? ハハッ、死んだぞ? お前。自分から舌で死刑執行書にサインしやがった阿呆過ぎるバカには、死んでも付けられる薬はなさそうだ」

「~~~~!!! 殺せ! 撃てッ! コイツを殺してしまえッ! 半分は後ろのガキを狙えッ!!」

 

 ・・・・・・ウゥゥゥワァァァァァァァァッッ!!!!

 

 男からの指示を受け、再び地の底から響いてくるような亡者たちの呻き声を放ちながら、男の傀儡となって死んだ人形と化した元警官たちが銃を構え、前と後ろの敵たち二人に向かって均等に、そして平等に同時に―――サブマシンガンの乱射を開始させる!!

 

 ドガガガガッ!!! ドガガガガガガッ!!!!

 DOGA!! DOGAGッ!!!

 

 爆音のような銃声を轟かせながら、グール化した警官隊は寸分違わぬ同じ動きとタイミングで、一斉に縦列射撃を開始する!

 生身の人間であれば、訓練された軍隊の精鋭でさえこうはいかない統制され尽くした傀儡の兵士たちの攻撃!

 男が兵隊として警官隊のグールを求めた理由がそこにあった。個人としての意思を持った人間たち同士では実現不可能な共同作業も、生きた屍たちなら容易に可能となる。それがグールたちが人間の軍隊を凌駕している最大の長所と言っていい部分。

 

 とは言え、何事にも例外というものが存在しうるのが人の世という異常な世界なのも、また事実。

 

「フッ・・・! この程度の遅さか? 蛮族!!」

「な、なに!? コイツ、速・・・ッ!! どうして!?」

 

 前後に向けて同時にサブマシンガンでの連続発射を始めさせた瞬間、背後に立っていた少年は電光石火の如き速度で動き出し、縦横無尽に攻撃を回避しながら戦場となった教会内を駆け巡るように走り始めていた!!!!

 

 その速さは尋常ではなく、人間を超えた――いや、人間以上の視力を持った男の目をもってしても、影を捉えるのがやっとのスピード。

 どう考えても人間が出せる速度ではない。伝承にある人狼も斯くやという速さを見せつけられた男は、予想外の強敵の出現に恐慌を来し、先程まで以上の錯乱ぶりで醜態を見せつけながら、残りの兵隊たち全てを強敵打倒のため終結させる指示を下す!!

 

「殺せ! このガキを殺せ! ソッチの男を撃ってたヤツも全てコッチに回すんだ! 撃って撃って撃ちまくれ!! このガキを撃ち殺してターキーに変えちまえェェェェッ!!!」

 

 既に背後の男の方は呆気なく倒され、蜂の巣になって床に転がっていたことも、男が兵力集中の決断をした大きな理由だったろう。

 背後の危険はなくなって、正面の敵しかいなくなった状況・・・・・・いや、正面から入ってきた敵が滅び去り、背後に忍び込んでいた侵入者だけが敵として残っていたと言った方が適切だろうか?

 

 口ばっかだった正面の大柄な男よりも、明らかに人間業とは到底思えない、間違いなく“人間ではない”動きによって、教会内を縦横無尽に駆け回る少年の方が脅威度は大きかった。

 彼を最大級の危険物として処理するため、男が兵力と意識と身体の向きを彼が今いる正面入り口の対極側に集中しすぎてしまっていたのも故無きことではなくはあったのだ。・・・・・・しかし。

 

 

 ―――いいのか? 敵に背中を晒したままで―――

 

 

「な、なにっ!?」

 

 少年と対峙するため後ろを向いていた男の背中から、聞き覚えのある声が聞こえてきたことで、ビクッと背中を震えさせる醜態を晒す結果を招くことにもなる。

 

 バカな、あり得ない――そう思いながら振り返った男の視界には、床に倒れたまま動かない、グチャグチャに壊されまくった男の死体だったボロ切れが転がっていた。

 グールたちから銃の乱射を受けたとき、ろくな回避行動も取れずマトモに食らいまくったことで、上半身の半分ぐらいがバラバラに吹っ飛ばされて、顔面は片眼と脳髄の半分以上が飛び散って、片腕は蜂の巣になり指の破片がアチラコチラに転がっている。

 

 その姿を確認して、男は声には出さずに内心で安堵する。

 ――これだけ壊され尽くされたら、吸血鬼だって助からない。大丈夫だ。・・・と。

 

 自分とて、人間より遙かに頑丈な肉体と回復力を手にしたとは言え、腕を吹っ飛ばされたら戻らないし、顔面を壊されたら死んでしまうかも知れないのだ・・・・・・。

 普通の武器でなら、そんなことにはならないことを彼は無論知っている。知ってはいるが、もし出来てしまったときには自分だって助かれない状態になっている相手が、敵として復活するなんて、そんなこと出来るわけがない。あり得ない。

 

 だって―――そんなこと出来たなら・・・・・・人間じゃない。バケモノだ。

 だから、そんなことあり得ない―――

 

 なのに。そのはずなのに・・・・・・

 

 

 ――クク・・・クククク・・・・・・クククククククハハハハハハハハ――――

 

 

 死んで動かない死体に変わった、敵だった奴しか倒れてないはずの背後から、聞こえてくる声が止まらない。

 聞こえないはずの声が。アイツの声が、響いてくる。止まって、くれない。

 

 

 ―――銃なんか撃ってもムダだ。

 本当の吸血鬼は、銃なんかじゃあ死なない―――

 

 

 そして、戻ってくる。

 腕が、足が、指が、飛び散って床にブチまけられていた肉片の一つ一つが、元あった場所へと少しずつ少しずつ集まってきて・・・・・・再生していく。

 

 飛び散った脳髄が戻ってきて、頭蓋骨の中身を再構築しはじめる。

 千切れ飛んだ指先が、一本一本の形を取り戻していく。

 足が生え直して、腕が胴体から再び伸びる。

 

 

 ―――ただし。

 “ただの銃だったら”の話だがナァッ!!―――

 

 

 そして立ち上がる。

 一度死んで、バラバラになったはずの人間が、人の形をしたナニカが。

 壊れる前の形に戻って、男の視界に邪悪な笑みを浮かべて帰ってくる。

 

 まだ再生しきっていない顔の辺りに、黒い霧のようなモノが浮かんで顔の形を取り。

 その顔に「ニヤァ」と笑いかけられた瞬間。

 男の中でナニカが切れる音を確かに聞いた。

 

「ぐ、グール共っ!! コイツを殺せッ! 早くッ!?」

「おっと。敵を前にして浮気は危険だ、感心しない」

「なっ!? し、しま―――っ」

 

 衝撃的な光景を前にして茫然自失化し、未だグールたちが動きを押さえていた少年の存在を一時的に失念してしまった男が過ちに気付いたときには―――既に終わってしまった後であった。

 

 シャキィィィィィィィッン・・・・・・。

 

 

 冴え渡るような静かな音が、たいして大きくもなかったにも関わらず、教会の建物中に響き渡ったような、そんな気が男には確かにした。

 その次の瞬間。

 

 ・・・・・・ゴトッ。ゴトッ、ゴトリ・・・と。

 なにか重たい鉄のようなものが、床に落ちた音が連続して響き渡った後。

 再度の銃撃音が―――響くことがなかった。

 

「ど、どうして・・・一体なにが――って、えぇぇ!?」

 

 驚いた男が事態を確認しようと兵隊たちを見回し、驚愕の叫びを上げる。

 グールたちが持っていた武器が、人間だった頃に支給されていたサブマシンガンの銃身が、全て真ん中で切断されて、床に転がされてしまった後になってしまった姿で空しくグールたちの手元に残っていたのである。

 

 命令を実行不可能になり、戸惑うように首と胴体を左右に振る警官たちの動く死体を背後に置き直し、互いの位置を入れ替えた黒衣の少年が「フッ・・・」と笑いながら立ち上がり。

 

「助成など無用とは思ったがな。とは言え、また撃たれて、また再生するところから見せられ直したのでは興醒めというもの。まっ、大道芸の露払いと思い、国王特権として許すがいい侯爵」

 

 

 ―――ククク。騎士王の英断に感謝を。

 私も、これ以上ゴミ処理のため、面倒事を増やすのは好みじゃあない―――

 

 

 やがて、飛び散っていた肉体の破片が寄り集まって再生していた身体の上に、黒い霧のようなモヤモヤした煙が覆い被さるように一体化すると・・・・・・彼が、戻ってくる。

 

 

「ふぅ・・・・・・とは言え、中々どうして最近の銃は性能がいい。ほんの百年前とは大違いだ。

 ヒューマンの技術進歩も、そこだけは面白い。私好みでもある。

 ――こんな風に」

 

 言いながら、再生させた真っ赤なタキシードの懐から取り出した巨大な銃。

 純白の銃口を持ち、全長335mmの銃身が、13ミリの爆裂徹甲弾を発射させる“ヒューマン制の武器”

 

 対フリーク用に造られた、そこいらの高性能なだけな普通のサブマシンガンなどという豆鉄砲とは違う特別製の武装は、武器を失った丸腰の兵隊たちを次々と吹き飛ばし、命中し、そして灰へと返させ、あるべき場所と居るべき所へと帰して逝く。

 

 ズダン! ズダンッ!! ズダンズダンズダンッッ!!!

 

 一発の銃声がとどろき渡る度、大勢いたグールたちの軍勢が1部隊ずつ消えていく。

 かつての仲間たちが、仲間たちだった人だったモノたちが、銃で撃たれて呻き声だけを残し、死体すら残さず灰として消滅させられていく光景を見せられながら。

 

「・・・ヒトじゃ・・・ない・・・・・・」

 

 人造吸血鬼に囚われたままになっていた婦警セラス・ヴィクトリアは、そう呟いていた。

 自分を捕らえて放さなかった催眠が弱まり、朦朧としてはいても意識がある自分の心理で、果たして彼女はどちらのことを言った言葉だったのか・・・・・・? 

 

 ヒトじゃなくなった、仲間だった人達のことを悼んでの言葉だったのだろうか?

 ヒトじゃないモノに変えられた仲間だった人達を、次々と灰にしていく、人の形を持つバケモノ共を呼んだ言葉だったのか?

 

 セラスには、自分でもそれが分からなかった。これからもずっと彼女には、それだけが分からないまま―――彼女も終わる。ここで、終わってしまう事になる。

 

 

「な、何故だ!? どうして!? なぜ貴様は、同じ吸血鬼なのに人間に味方して・・・っ、なんで・・・っ!?」

「――妙なことを言い出す男だな」 

 

 自分を守ってくれるはずの最後の兵隊が消え去る姿を見せつけられ、ガタガタ震えながら助かる道を探そうと必死になって叫んだ男の悲鳴じみた疑問の声に、色素の薄い瞳と髪色を持った少年が、心底から不思議なものを見たと言いたげな視線と口調で論評する声が教会内で静かに響く。

 

「同じ人間同士でも殺し合ってきた種族だ。今さら別の種族の肉体に変わった程度で、その因果から解放されると信じた訳でもあるまいに。

 意外に夢見がちなロマンチストな奴だな、顔に似合わん。気色が悪い」

 

 ぐ・・・と、そんな状況でもないと知りながら男は少年からの冷たい声と言葉に詰まらされ、アーカードと名乗った大柄のバケモノは呵々大笑して相方の意見に心からなる賛意を示した。

 

「騎士王の英断に誉れあれ、だな。まったく同感の極みだよ。

 たかが種族さえ変えさえすれば、ヒューマン同士の愚かな因果から解放されると信じ込める、お前みたいなクソガキがいるから出来損ないの模造品が乱造する羽目になる。楽したがるだけの馬鹿ガキが馬鹿騒ぎするせいで、こっちが迷惑する羽目になる」

「うぅ・・・うう、う・・・・・・」

「我慢ならないんだよ。吸血鬼の誇りも矜持も微塵もないくせに、同族意識だけは一丁前に持っていやがるモドキの分際で――身の程知らずがッ!!」

「うう、・・・・・・だが、しかし・・・・・・いや、」

「お前のようなニワカ吸血鬼はゴキブリだ。気付いたときは、嫌ってほど増えていやがる。

 倍々ゲームで人間なんぞ、すぐ絶滅して共倒れだ。そうなった後で生き残りの血を吸うため捜し回って地べた這い回るつもりか? 先の見えんガキが。

 そんなモドキ共があっちこっち所構わず、好き勝手絶頂して暴れられると迷惑なんだよ。まったく、所構わず発情してヤラカシやがって、猿かよお前は? そんなのと同族扱いされる側の身にもなれ。この馬鹿ガキ」

「うぅ・・・ううぅぅぅ・・・・・・ッッ!! うるさァァァァァァァッッい!!!!」

 

 ブルブルと震えながらアーカードからの弾劾に、命惜しさで言い返すことも出来ず、このまままではプライドも命も長い快楽に満ちた人生をも失うことは避けられないと悟った男は、最後の手段として“ソレ”を使う決意を固める。

 

「ぐ、うぅっ!?」

「う、動くなバケモノ! この婦警を生きて帰してやる必要があるなら動くんじゃねぇ!! そこのガキもだ! 少しでも動いたらコイツの首をへし折ってやる!!」

 

 ぐぃっ!と片手で掴んでいたセラス・ヴィクトリアの首を強く引き込み、自分の胴体を守る盾として、相手の男と自分との間にある射線上に割り込ませたのだ。

 この期に及んで尚、この男には計算があった。『コイツらは噓を吐いている』という計算がだ。

 

 これほどの力を持ったバケモノ共でありながら、下等で愚かで脆弱な人間共の味方として自分と戦っているのは、きっと何かワケがある。理由がある。

 『縛り』があるに違いない。そう考えた故での行動だった。

 

 昔から伝わっている伝説などでも、よくある話と設定。

 ランプの精は、自分を呼び出したご主人様の願いを何でも三つ叶えてやらないと解放されない縛りがある。ファウスト博士と契約した悪魔は魂をもらう代わりに世界中を回って博士が「満足した」というまで下僕として仕える義務が発生した。

 

 そういう類いの、何らかの縛りを、コイツラは自分を討伐させたい人間たちに課せられている。だから自分を倒しにきたのだ。

 そんなことをしてもコイツら自身に何の得もあるはず無いにも関わらず、自分を倒すよりも命じてきた連中を殺しまくって血を吸う方がよっぽど楽で心地よい生活を送れるにも関わらず。

 

「さぁ、この女を生かしたまま帰して欲しければ、俺を見逃せ! そうすればコイツは無事に返してやる! 約束する!

 ただ一人の生存者だ、アンタらに俺の討伐を命じた連中は殺したくないはずだ! アンタらだって、好きで人間の手先みたいな真似してる訳じゃないんだろう?」

「・・・・・・・・・」

「なぁ、同じヴァンパイアじゃないかァ・・・人間なんて全ての点において、俺たちより劣った存在だろぅ? 俺の逃走を助けてくれるだけでいいんだ、大したことじゃあない。目をつぶるだけだって構わない、だから―――っ」

「―――なぁ、婦警さん」

 

 ダラダラと無意味に垂れ流される男の戯れ言を聞き流し、アーカードはただ一人、囚われの婦警だけを相手に話しかける。

 その娘に、ナニカを感じさせられながら。もしかしたら、という万に一つの可能性が頭によぎりながら、静かな声音で問いを発した。

 

 契約書に、サインするか否かの交渉を。

 ナニカを失う代わりに、別にナニカを得て、ナニカへと生まれ変われるという商談を。

 

 静かな声音で―――悪魔の契約を交わすか否かの誘惑を。

 吸血鬼アーカードは、イギリス人女性の婦警セラス・ヴィクトリアに持ちかける。

 

 

「・・・・・・・・・はい」

「って、オイ! 聞けよ! 聞いてんのかよ! 俺の話を聞――ヒィッ!?」

「うるさい。少し黙っていろ、消されるまでの時間を短くされたくなければな。今いいところだ」

 

 男の背後から突き出されてきた、抜き身の刃に首筋をソーッと撫で上げられて、男はゾッとしながら脅迫通りに黙り込む。

 どこから取り出したのか分からぬ鉄製の剣。中世風の古くさい武器でしかない、現代で役に立つとは到底思えないようなアンティークな物品。

 

 その刃で撫でられて―――吸血鬼の身体を切り裂かれた感触を、肌で感じて味あわされた男の心を、死の恐怖によって雁字搦めに縛り取る。

 

 なぜ、どうやって、一体何故・・・・・・そんな疑問が沸きはしたが、どうでもよいことと全て切り捨て男は黙った。

 圧倒的な存在がもたらす死の恐怖。従っている間は生きられるという安心感。

 そういう状況下に置かれた男の心と体と精神は――アンデッドとして蘇った名君により、恐怖政治の独裁支配によって、完全に自由を奪われることしか許されない。

 

「俺はこれから、お前の肺を貫く。そのクズ吸血鬼の心臓を撃つ」

「・・・・・・」

「な、なぁ・・・オイ、お前、助け――ハヒィッ!?」

「今、死にたくないか? 俺と来るか?」

「・・・・・・・・・」

「言っておくが、幾ら待っても俺は強制しない。選択はお前さんがすることだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「さぁ、ファイナルアンサーの時間だ。――答えろッ」

 

 

 

 その問いから答えが返るまでの間に、短くないだけの時間が間にあった。

 やがて婦警の口から、小さな声で一つの単語を呟くのが聞こえたが・・・・・・なにを言ったかまでは近くのモノしか分からない。

 

「―――そう、か」

「・・・・・・・・・」

 

 その返事を聞き、沈痛そうにアーカードは頷きを返す。

 そうして・・・・・・

 

 

「――ふふ・・・フフフフフフフッ!!!」

 

 

 心底から愉悦を感じている悦びを露わにして、笑い声をあげながら―――引き金を、引く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて遅れて現場に到着した“機関”の隊員たちが、それぞれの役割に従事するため四方に散って作業を進めている中。

 チェダース村へと続く道の真ん中に立ち、凱旋してくるであろう自分の指揮下にある二匹の化け物たちを迎えるため。それをもって任務の完全遂行を確認して撤収を命じる。

 

 ただ“それだけ”のために、機関のボス自らが現場に赴き、最前線へと赴いていた兵たちの帰還を、勝利を確信した笑みと共に待ちわびていたサー・インテグラ・ヘルシング。

 その待ちわびていた部下たちの姿を遠目に見出す。

 

「・・・・・・・・・っ」

 

 その瞬間、秀麗な顔が微かに曇る。

 黄昏が終わって、夜の暗闇に包まれつつある光景の中、一際目を引く大柄な赤い男の影が、いつもより更に横幅が大きくなっていることに気がついたのが、その理由であった。

 

「ミッション終了。ターゲットは完全活動を停止。機能、限定解除終了」

「・・・・・・失態だったな。たった一人のターゲットに、二人がかりで時間をかけすぎだ。

 しかも、負傷者すら出すのを防げなかったというのではな。あのヒラメ顔な刑事部長が喜びそうで結構なことだ」

「フッ――」

 

 その反応に大凡の事情を察したらしく、アーカードは薄く笑っただけで答えを返してこようとはしなかった。

 その姿は、いつも通りの彼らしい不貞不貞しさでインテグラの精神を落ち着かせる効果を持っていたが・・・・・・何故だろうか? 今夜に限っては妙に胸がザワつくものを感じさせる。

 

 そんなはずはないのに・・・・・・彼が、そんな行為を行ったことなど、今までの任務で一度も無い。

 けれど、それ以外に可能性が思い当たることが出来ないにも、彼の腕の中で抱かれながら運ばれている、一人の被害者女性という存在でもある。

 

「・・・負傷者のようだな。生存者か? レスキューを呼ぼう」

「いいや、レスキューは今や必要ない。代わりに、この婦警はヘルシング機関に移籍させて欲しい」

「・・・・・・え?」

 

 その言葉に、疑問符の声を返したのは、彼の腕の中で事情も分からず言葉を聞いただけの婦警であって、インテグラではなかった。

 彼女の側で思ったのは――やはり、か・・・。という納得と嘆息であって、疑念ではない。

 

 所属の異なる“会議”のメンバーが司っている部署の構成員を移籍、しかも神と女王陛下の恩寵篤き大英帝国の治安を守るべき警察官を、神の信徒たる道から引きずり下ろし、死後に天国へ到る可能性を奪い去るようなやり方で・・・・・・本当に、あの小太りのヒラメ顔な刑事部長が大喜びしてくれそうな事案だった。

 

 思わず、愚痴や苦情や、独断専行の叱責を口走ってしまっても、決してインテグラだけを責められる謂われはないだろう。

 

「――勝手なことを“しないで”」

「この婦警が、自分で選んだことさ」

「フフ・・・・・・」

 

 そんな二人のやり取りを横目にして、黒衣の少年は彼を残して勝手に一人で歩み去ろうと歩を進めていく。

 それを見咎めたインテグラが声をかけようとするが、

 

「――王よ、勝手な真似は慎んで頂き・・・・・・」

「来たときに途中で寄った屋台に、もう一度寄ってから帰城する。あそこの飯は、キャメロットの晩餐には及ばぬまでも量だけは文句ない代物だったのでな。買い溜めしていく。王族特権だ、許せ」

「・・・はぁ。――ヘルシング機関は撤収する! 乗り遅れた者は脱落者として地力で帰ってこい、急げよっ」

 

 肩を怒らせ背を向けて歩み去って行くインテグラ。

 事態を飲み込めぬまま、なにか得体の知れない状況へと巻き込まれたのを本能的に察知してはいるらしいセラス・ヴィクトリア。

 女たらしな男臭い笑みを浮かべながら、ナニカを見透かしているようにも見える笑みを浮かべた最強のヴァンパイア・アーカード・・・・・・。

 

 そして、自分。

 

 かつて自分が率いた民族が暮らす故国だった頃に、護国の英雄として戦い、戦死し。

 葬られた先の未来で―――『ブリタニアという土地そのもの』を守る存在としての枷をかけられてしまった、単一民族のみしか守った記憶をもたぬ伝説に名高い円卓の騎士たちを統べる王。

 

 やがて時は流れ、国は征服され、民族は滅び、自分が侵略を阻止するのに失敗した蛮族たちによる侵略国家も大陸からの侵略に滅ぼされ―――今に到り、王一人だけが復活した自分自身。

 

 かつて率いた兵は無く、守ると誓った国も無く、円卓は別の者たちに取って代わり、祖国を犯した侵略者の子孫共を守ってやるため、【ブリタニアという國を守る存在】として、護国の概念と成り果ててしまった、選定の剣を抜いて妖精の加護を得た王の末路。

 

 そんな身分だ。この程度の皮肉をつぶやく権利と資格ぐらいは、許されて然るべきだと王は断ずる。王族特権として、グレートブリテンだかいう異国の貴族も許可すべしと。

 

 

「お前も、女だな。ヘルシングの女だ。クク・・・・・・」

 

 

 そして思う。

 自分も随分と現代に染まって、下世話なことを思うようになったものだと冷笑しながら――

 

 

 

 

 

こうして伝説にある、護国の王は還ってきた。

 守ると誓った祖国も、守るべきブリテンの民たちも、遙か遠き理想郷の彼方に過ぎ去った黄昏の時代に。

 かつて率いた『円卓』に騎士たちの姿は既になく、補佐役だった陰気な男は失われたまま二度と戻らず、防衛のため切り捨てなければならぬ自国の民たちだけが蟲のように増殖し過ぎた、グレートブリテンと名を改めし征服された我が祖国へ。

 

 守るべきは、異民族の子孫。契約を交わした主は、征服者の子孫。

 傍らに立つは、異なる神を崇めて裏切らし異国の王。

 

 それでも尚――護国の英雄という概念によって縛られた騎士王には、護らねばならぬ義務がある。

 選定の剣を岩より抜いてしまった、あの日から・・・・・・王は『国のための歯車』と化し、全体を守護するための機械と成り果てていたのだから。

 

 

 そこに本人の意思や、価値観の差違など関係はない。

 ブリテンという国を、この島に生まれた祖国を、異敵の脅威から護りし英霊として奉じられた存在には、【国と民を守るため戦い続ける機械】としての義務を遂行するだけしか、彼女には求められていないのだから・・・・・・。

 

 今も、あるいは今も昔も、ずっと――――

 だから・・・・・・王にはきっと、“人の心が分からない”

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