クロヴィス皇子、崩御!
総督府軍にとっては不名誉の極みである凶報をジェレミア・ゴッドワルトは、むしろ高らかな糾弾と共に宣言した。
「クロヴィス殿下は崩御されたっ。イレヴンとの戦いの中で、平和と正義のために殉死されたのだッ!! 我われは悲しみを押して、その遺志を継がなければならない!」
それに続いて、自分が臨時の代行となって総督府の全権を掌握したこと。それにより総督府軍全体が自分の率いる軍閥《純血派》の指揮下に入ること。この人事が亡きクロヴィスの重臣バトレー将軍から推薦を受けての法的根拠を持つものであること。卑劣なテロによってクロヴィス皇子を暗殺したテロリスト共を決して許さず厳罰に処すこと等の付属情報を、テレビカメラを前にして取材陣に対して熱弁しているジェレミア臨時総督の会見放送を聞きながら、ルルーシュ・ランペルージは黙って画面を見つめていた。
アクシデントから一時席を外して、彼と同じタイミングで部屋に戻ってきたところで緊急会見に出くわした香月カレンは、思わず隣にたたずむ同い年の少年へと、意見を求めるように顔を向ける。
「・・・お兄様・・・」
エリア11全土を震撼させたであろう凶報を聞かされて、不安そうな声音でナナリーも見えない瞳を身体ごと兄のいる方へと向け直す。
それに合わせるように他の者たちもいっせいに、『いざという時ほど頼りになる有事の人材』として見られてきた優秀な問題児へと視線を集中させる。
ルルーシュは黙ったまま、静かな瞳で画面を見つめていた。
いたって冷静そうに、他の生徒会メンバーたちの目には映っていた。
「正義と平和のための殉死・・・・・・か」
やがて呟かれたルルーシュの口調は、はなはだ非好意的な想いに満ちたものだった。
むしろ辛辣さすら感じられる口調で、彼は自分が殺めた親族の死に対する他者から見た表現を短い冷笑で評し、内心で一笑に付していたのである。
それは死者に対して鞭うつ行為ではあったが、彼としては当然の評価でもあった。
何故ならルルーシュは、当のクロヴィスを殺した真犯人その人なのだから。
その場に居合わせていた彼は当然、クロヴィスの死に様が如何なるものであったか、現実の光景としてハッキリと記憶している。
・・・・・・味方の兵たちに対しては、『全ての幸せを守るための正義の戦い』を説き、味方の犠牲を前にして哀悼を捧げるだけで戦い続けることを選択し、『総督としてテロに屈することはない』とテレビの前では勇敢に語っていた人物が、死に際に見せた無様な姿を。
暗殺者の銃口を前にして見せた見苦しい醜態を。陳腐な命乞いのセリフの数々を。ルルーシュは直接この目で見て、耳で聞いた内容をはっきりと記憶している只一人の身なのである。
上に立つ者が下の者に、質素倹約を強要し、勇敢なる戦死を賞賛するとき、自らがそれを遵守する例はほとんどない。
部下に対して、テロに屈せず味方の犠牲を前にしても戦うことを要求したクロヴィスは、たかが一人だけの復讐者を前にして見苦しく命乞いをはじめる醜態を晒したものだ。
この種の人間社会が持つ上下の歪な関係性は、古代において原始的な階級社会が発生して以来、ほとんど改善することなく今も続いている。
規律を守らせるため、守るのが馬鹿馬鹿しくなる細やかな部分までルール厳守を徹底するよう務めた挙げ句、遂には守るべき最低限のルールまで軽視されるという結果を招く逆転現象を発生させてしまう。
まだしも古代の覇王の方が、陣頭に立って危険に身を晒しただけマシかもしれず、上に立つ者の倫理性は下落の一途をたどっているようにルルーシュには思われた。それは質実剛健を以てなるブリタニア帝国とて例外ではない。
(――だが、俺は違う。俺は奴らのようになりはしない)
声には出さず、ルルーシュは心の中だけで決意を言葉にして誓いを立てる。
自分が彼らに取って代わる日が来た時には、決して同じ轍は踏むまいと。
たとえ人類社会や国家に永遠がなく、如何なる国家もいずれは腐り果てて崩壊するのが人が造り出した人造物故の運命だったとしても、自分が存命している間は決して奴らと同じ、権力に肥え太ったブタのような連中と同類にだけはなるまいと。
そんなことを思いながらも一方で、それはルルーシュにとって今回の悲報が特に感銘を呼ぶようなものではなく、特に関心を引くような情報ではなかったことを意味するものでもあった。
ルルーシュにとっては、どちらでもいい問題だったからである。
総督代理となったジェレミアが、皇子暗殺の罪を問うとしてエリア11住民に対しての圧政と圧力を強めるようになるなら、解放者としてゲリラたちを纏め上げる名声を得るのに利用できるだろうし、懐柔策を取ってきたなら手に入れた力で内部への仕込みをおこなう準備期間と割り切ればいい。
どちらにしろ、《力だけ》を手に入れたばかりで、他は何も持たない今のルルーシュには、今回の件を利用できる地盤の持ち合わせがなかった。むしろ地盤を手に入れるため利用する算段を頭の中で弾きはじめていたのだが・・・・・・そんな彼の思考を吹き飛ばすような光景が、続くテレビ画面に映し出されることになる。
『たった今、あたらしい情報が入りました。実行犯と見られる男が拘束されたようです』
「・・・・・・え?」
映し出された映像にルルーシュは、柄にもなく唖然とした表情を浮かべて、驚愕のあまり意味の無い呟きを漏らしてしまっていた。
その驚きは、皇子暗殺犯が囚われた故ではない。犯人はここにいる以上、囚われたのはスケープゴート以外あり得ない。それは予想の内でもある。軍の面目と見せしめ目的で占領軍が使う古典的手法の一つでしかない以上、今さら驚くような要素は何もない。
だから彼が驚かされたのは、皇子暗殺の犯人逮捕にまつわるニュースに対してではなかった。
彼の視線は、ただただ『クロヴィス皇子暗殺犯』として両腕を左右の兵士に拘束されながら連行されていく、茶褐色の髪に優しげな面立ちを湛えた日本人の少年の姿だけ・・・・・・
アナウンサーの無機質な声が、機械的にニュースの内容を棒読み口調で告げるのが、空しく彼の鼓膜に響き渡る。
『発表によりますと、逮捕されたのは名誉ブリタニア人、クルルギ・スザク一等兵。
容疑者は元イレヴンにして名誉ブリタニア人の、クルルギ・スザクです』
一時的にとはいえ現地軍全体を指揮下においたジェレミア・ゴッドワルドが、クロヴィス暗殺の容疑を着せて、卑劣な暗殺者という汚名と共に葬り去るイケニエ役として数ある候補の中からクルルギ・スザクを選んだことは、歴史の舞台における『とある人物の登場』を加速させたものとして、後世の歴史家たちから並々ならぬ関心を寄せられている一大事件だったと断言できるだろう。
だが一方で、些か皮肉なことに当のジェレミア自身にとっては、この人選をそれほど大した計算や理由によって選出した、という訳では実のところなかった。
この時期の彼は、後の自分自身の人生に大きな影響を及ぼす『敵』の存在を把握しておらず、そもそもクロヴィス暗殺事件そのものの概要を大して理解した上で利用しようと思ったという訳でもない。
ただ、都合がよくタイミングがいい事件だった。それだけである。
ジェレミアにとっては、自己の目的と理想とするブリタニアの正しき秩序再建のため、『危険因子のよそ者』を排除し、それを切っ掛けとしてエリア11総督府軍全体の綱紀粛正の先駆けとする・・・・・・そのために利用できそうな人物であれば誰でも良かったというのが、実のところだったのが事件勃発の最大要因となる人選の理由だったのである。
「この銃、なんだか分かるかね? クルルギ・スザク君」
その目的達成のため、ジェレミアは直々にクロヴィス皇子暗殺犯の尋問をおこない、占領地での法律担当者に用意させた証拠品を突きつけながら、拘束された容疑者の少年に向かって含むように語りかける。
「クロヴィス殿下殺害に使われたものだよ。線条痕も確認済み、君の指紋も検出されているそうだ」
「・・・・・・」
「それと、調べさせてもらった。君はニッポン最後の総理大臣の嫡子だそうだね? つまりは、動機も充分という訳だ。
ここまでハッキリとした証拠がある暗殺事件というのも古来なかなか例がないかも知れない程に」
「――何かの間違いです。自分は、こんな銃を見たことは・・・・・・うっ!?」
俯いていた顔を上げ、尋問官となった現地における最高権力者の男と目を合わせるように、ハッキリと断言し掛かったスザクだが、その対応が良くなかった。
尋問官と同じ高さで目を合わせることは、挑発的と取られる態度と取られるのが、この手の場における暗黙のルールだ。
即座に憲兵隊の一人が、彼の座っていた椅子の脚を蹴飛ばすことで妨害して床に這わせる。
狭い部屋の四方に憲兵隊員たちを一人ずつ立たせ、照明は意図的に薄暗さを保ち、周囲を取り囲まれた状況下で目上の大人たちから見下ろされる姿勢を強制された室内に激しい音が響き渡る。
物理的なまでの威圧感を尋問される側に与えられるよう、全てが暗い情熱によって計算され尽くした狭く暗い尋問室の床に、スザクは椅子に縛られたまま這いつくばらされ、そんな彼を引き上げて座り直させることすらなく、ジェレミアは冷徹そのものといった口調で冷たくスザクに追撃をかける。
「君には親衛隊の殺害容疑もかかっている。これほどの大罪を犯した者に極刑以外が課せられる可能性など、まずあり得ない。
・・・・・・もう見苦しい悪あがきは辞めて、容疑を認めたまえ。今ならまだ間に合う。私とて一時は同じ帝国軍に属した者として、また滅びた祖国に忠義を尽くさんとする愛国心には、敵ながら共感を覚えぬ訳ではない。
今なら卑劣な暗殺者のイレヴンではなく、名誉ブリタニア人して裁きにかけるよう取り計らうことを約束しよう」
「自分は・・・・・・やっていませ―――ぐふぅッ!?」
今この場においてスザクは、相手より圧倒的に格下の立場に追いやられている。目上の者と同じ高さで目線を合わせる無礼な行いは許されない。
俯いた姿勢で恐縮しながら、オドオドとした態度で怯えた目を周囲に向けながら命乞いして、大人しく尋問官たちの言うとおりに署名とサインを行うこと。――それがジェレミアがスザクに求め、与えることを許している唯一の行動であり態度だった。それ以外の言動は全て、この場においては不敬罪に該当して修正に値する。
そんな場にあってスザクの真っ正直ぎる返答は、むしろ挑発的ですらあり、尋問する側とされる側の自分が、まるで対等な人間同士であるかのように目線を合わせてくる態度は非礼であり、馬鹿にしてきているとしか相手の目には映らない。
今のスザクは、人間ではなかった。
少なくともジェレミアたち、法によって罪人を裁くだけの立場に立ったと感じている者たちから見て、スザクは『自分たちと同じ人間』などでは全くなく、ただのイモムシでしかない。
両手を縛られ、動きを封じられ、排泄すら監視役に許可をもらった時しか許されない・・・・・・そういう人間以下の扱いをされる立場に落としてやり、精神的に追い詰めて最後には従順な犬となることを強要される。
スザクが今この場において求められている役割は、そういう内容のものだった。
それは、イレヴンとブリタニア人とが共に対等な立場で平和な社会を生きれるようになる未来を理想として軍に入隊したスザクには耐えがたい絶望を押しつけてくるほどの苦痛で、人としての尊厳までもを否定された彼の心は急速に失望の闇へと落下しそうになっていたが・・・・・・それでも尚、微かに現世の光へと彼の心をつなぎ止めているものがある。
(・・・・・・ルルーシュは・・・あの女の子は・・・・・・彼らの安否をまだ確認して、ない・・・・・・)
彼らを自分は『守ること』が出来たのか否か? それを確認するまでは、まだ心を死なせる訳には彼はいかなかった。
肉体もである。まだ判決が下された訳ではない。自分は無実なのだ。
法廷とは身分や人種で罪の有る無しを決するための場ではない。無実の者が暗殺者として処刑されることを許すようでは、ブリタニア帝国も軍も秩序が維持できるはずがない。
それが決するまで、彼は信じ続ける覚悟を既に決めていた。
『名誉ブリタニア人』として、ブリタニアの軍と法律と裁判を信ずると。
もし自分が祖国を滅ぼした相手と知りながら共存を目指し、その可能性は必ずあると信じて兵役を受け入れた国の軍隊が、法律が。
民族主義によって、人種を理由に罪なき者を有罪として処刑し、真犯人の逃亡に手を貸し、それを国家秩序維持のため正義の正しき裁きが下されたと吹聴する勢力であったとすれば―――
自分は・・・・・・そんな国の軍人として、彼らを殺した者たちの一員に自らなる道を選んでいたという事になるしかない・・・・・・
だからこそスザクは、ルルーシュたちの安否確認にこだわり、法廷を最後まで信じることを心に決め、その時が来るまでは決して絶望に屈しないことを使命として己に課していた。それがスザクが責め苦に耐え続けることが出来た最大の理由だったのだ。
自分は選び、そして行動してしまった後なのである。ブリタニア軍に入って国を変えて共存する夢を叶えるという道を。
・・・・・・一度選んだ道の先に待っていた結末に絶望するのは、1度だけと彼は決めていた。
瓦礫の山となった祖国の町並みを見下ろしながら――血溜まりに倒れ伏す父親の身体を連想した時から、彼はもう2度と自分の選んだ道で後悔はしないと誓いを立てた。
その誓いが破られるのは、その誓いが誤りだったことが判明した時。自らの選んだ選択の果ての行動で自らの生命が自業自得で断たれた時のみ・・・・・・だから、それまで自分は決して絶望することは許されない。
そうスザクは、心に決めて今日まで生きてきたのだから・・・・・・・・・・・・
「まったく、強情なイレヴンが・・・せっかく温情を与えてやろうというのに余計な手間をかけさせてくれる」
尋問室から総督執務室へと戻る途中、ジェレミアは苛立たしげに思うように進まぬクルルギ・スザクの取り調べに対する愚痴を、待っていてくれた腹心2人に語りかけていた。
「・・・ジェレミア辺境伯がお望みなのは、彼を単なるイレヴンの暗殺者としてではなく、敗戦国の民が名誉ブリタニア人の身分を殿下暗殺のため利用した前例とすることで、名誉ブリタニア人制度そのものを廃止させる切っ掛けとすることでありましょう?
確かに、それではクルルギ・スザク個人にとっても望むところではない不名誉な死となるのでは?」
脇を固める2人の士官の内、若い男の方がジェレミアが先程までスザクに語っていた、一見すると温情にも見える措置の狙いと実情を正確に看破して語ってくる。
彼の言うとおり、ジェレミアの狙いはクルルギ・スザクを名誉ブリタニア人として、クロヴィス殿下暗殺の罪で処刑することにある。
もしスザクが、単なるイレヴンとしてクロヴィス暗殺を成したことになってしまうと、『ブリタニア帝室の一員が敗戦国のイレヴン如きに殺された』という形になってしまい、弱肉強食を尊ぶブリタニア軍にとって甚だ不名誉な極みとなる判決が出された形となるしかない。
と言って、ブリタニア軍内部の裏切り者が殿下を後ろから討って反逆した、というのも軍と帝室との不和を世間に晒すようなものでしかない、甚だ具合の悪い内訳となるだろう。
だがブリタニア帝国が敗戦国の民にも温情として与えた、名誉ブリタニア人という制度を悪用し、卑劣にも暗殺に用いて恩を仇で返すような所業に利用した―――ということなら誰の名誉も損なうことなく、薄汚い穢れた血をブリタニア人たちの軍隊から排除する正当性としても活用できるというもの。
それこそジェレミアの欲する此度の一件に関する最高の結末だった。
「だから、そこまでは話しておらんが・・・・・・奴なりに疑問を持った可能性は否定できんか。早めに既成事実化する必要があるかも知れんな・・・」
「丁度その件で使えるかも知れない人物を、総督執務室の前で待たせてあります。
クロヴィス殿下追悼番組の制作を指揮したという、例の男が到着したことを報告に上がったところでしたので」
「ん? ああ、例の報道マンだな。分かった、会おう。すぐに連れてきてくれ」
若き腹心の2人、キューエルとヴィレッタからそれぞれに告げられた話の内容を聞き、ジェレミアは不快な尋問の記憶を一時だけでも脇へと追いやり、先程までとは打って変わった機嫌よさげな態度で『造反の疑いがある客人』と面会した。
「君の局が報道した殿下の追悼番組、見させてもらった。よく出来ていたよ。少し泣かせが過ぎるようにも感じる内容だったがね」
「恐れ入ります、閣下」
椅子に座ったジェレミアから見ても長身だと分かる、尖り気味な顎と髪型が特徴的なノーネクタイ姿のスーツをまとった人物が、慇懃ながら物怖じしない態度でエリア11最高権力者の座を借り受けた人物からの言葉に報答していた。
「私はともかく、他の者からは異論もあったそうだ。質実剛健を以てなるブリタニア帝室が軟弱のきらいを受けるのは、あまり好ましくないことに思えると・・・・・・どうかね?」
「閣下。大衆は涙を望んでおります。力だけで国を落とすことは出来ても、民心を収めるには別の異なる力も必要と私は考えております」
「フッ・・・テレビ屋らしい発想だ。きらいだな、そういうインテリの論客じみた意見は好みではない。賢しさが鼻につくところが特にな」
「は、はぁ・・・・・・」
「フフ。そう気にするな、私の好みを言ったまでだ。総督代理として、手腕は認めている。あれだけの時間で、よくあれだけ出来たものだと」
「恐縮です、恐れ入りました」
そう言って慇懃無礼に頭を下げてきてみせる相手の反応は、ジェレミアにとって『合格』だった。
もともと偏屈で狭量なところがあり、民族主義に偏っているところがあるなど、聖人君子とは呼べない人格を持った彼ではあるものの、権力者におもねり媚びへつらう佞臣や商売人を好むタイプの人間では全くなく、むしろ周囲の評価より己の役割を全うすることに生き甲斐を見出しているような人物にはシンパシーを感じるほどで、その点でもこの男は、ジェレミアの好みと審美眼に合致している人物だったが――今一声。
「本当によく出来ていた内容だった。好みは別として、あれだけの時間しかない中で、よくぞあれほどの物を・・・・・・と唸らされるほどのクオリティだった。
まるで殿下の死を、“予め知って準備していたようだ”と思えるほどに・・・・・・な」
意味深に言葉を切り、笑みを浮かべて見せたジェレミアの出した話題こそ、目の前に立つ男――――ディートハルト・ディードという報道マンが、総督府に呼び出しを受けていた理由だった。
昨日の今日に、それも殿下の死を公表することが決定されてからは更に短い短時間の間に、その死を飾り立てるための追悼番組を放送するよう急遽求められた総督府お抱えのテレビマンたちは、取り入る好機とこぞって名を上げたものの、短すぎる時間内では制作が間に合ったものは極少なく、数少ない例外の出来も急増に相応しい場当たり的なものばかりが目に付く中。
一人だけ、時間をかけて練り上げた内容と遜色ないほどのクオリティーを持った番組案を提出してきた人物がおり、満場一致でその人物の番組が採用され、エリア11に居住しているブリタニア一般市民層からは多くの反響が得られたことはジェレミアたちも昼頃には知らされることになる。
ただ、その際に一つ問題が発生してもいた。
あまりにも短時間に出来のいい番組を提出してしまったことで、『最初から知っていたからこそ出来たのではないか?』と邪推する声が少なからぬ数で各所から寄せられるようになっていたのである。
その多くは、新たな総督代理への取り入りに失敗した報道マンたちから嫉妬と妬みを元にしたものだったが、一部には他人の出世や慶事にはとりあえず疑問点を突かねばいられぬ総督府付きの職員や派閥メンバーの何人かからも混じってのものだった。
常人には理解及ばぬ、際だって優秀な人間という存在をジェレミアは知っていたし、その人物への憧れと忠誠心が今の彼の行動原理にもなっていたため、それらの声は凡人臭いコンプレックスを正当化するため他者の足を引きずる行為としか思えなかったが・・・・・・勢力の長となった以上は、そういった者たちの存在にも配慮は必要。
彼は彼なりに考えた結果として、今回の仕儀と相成ったわけだった。
「恐れながら、閣下。重要な人物の追悼番組は、常に用意しております。今回用いましたものも、それらの一つだったという次第。
不吉極まりなき不敬な行為とは存じましたが、危急の際には必要な措置でもあることを賢明なる閣下にはご理解頂けるのではと・・・・・・」
「もっともな話だな。で? その中には、私のもあるのかね?」
「――今回のことで、閣下もリストに上がるかも知れません」
「これまではランキング外だったというわけか。正直だな、さぞ上の者からは嫌われたことだろう」
「・・・はっ、恐れ入ります」
彼から見た相手への評価は、『有能だが犬には向かぬ男』だった。宮廷貴族の多くからは好かれにくいタイプだったが、現場主義の自分としては嫌う理由がない相手との会話は好ましいものを感じさせられる。
「失礼ついでに問うが、軍に入る気はないか? 報道担当が手薄でね。前任者はどうにも上から命じられねば何も出来ん病にかかっていたようだったので、病気療養ということになったばかりなのだよ。――どうだ?」
「お褒め頂き恐縮ですが、力足らずは承知しております。私如きが・・・」
「民法の方が好み、という訳か。まぁいい、私としても機動力と即応性のある者が外堀にいた方がなにかと動きやすい」
そう告げてジェレミアは、手元に置かれた書類を手に取ると、ようやく本題に入ることとする。
ここまでの会話は、彼に疑惑を持つ者たちへの示しであり、ここからが相手の男を直々に呼び出すまでした本題だった。いや、本題のための重要な下準備の依頼という表現が適切かも知れない。
「実はそんな君に、もう一仕事頼みたいことがある。その為に今日は来てもらった。
――明日の夜、クルルギ・スザクを軍事法廷へと移送する。その際・・・・・・」
「沿道に愛国的ブリタニア人を誘導しましょう。護送は顔がよく見えるアングルがお好みでしょうか? それとも別の角度からの方が」
「フッ・・・本当に話が早くて助かる。顔がよく見えるアングルで頼む」
「承知いたしました。では、仰せの通りに」
そう言って恭しく頭を下げて執務室を出て行った、『上司に嫌われそうな話が早すぎる男』の背中を、好ましげな視線で見送っていたジェレミアの背中に小さく咳払いの音が聞こえた。
見上げると、ヴィレッタが僅かに異論ありげな表情でコチラを見つめ返される。
「失礼ながら、ジェレミア卿。今回の一件についての報道でイレヴンの中には、クルルギ一等兵を英雄視する者も出てきているとの報告が上がってきております。奪還を考えるグループもあるかと・・・」
「たかがイレヴンのゲリラ共程度なら問題はありませんが、此度の決起を快く思わぬ者も我が軍の中にいない訳ではありません。
卿の失脚だけを望んで、愚かな軽挙に手を染める者がでる危険性は否定できかねませんし、我ら《純血派》も現地軍を完全に掌握し切れてはいない現状で危険は避けるべきかと愚考しますが」
途中からキューアルも加わって、ジェレミアの立てた今回の策には控えめながら反対の論陣が張られたようだった。
だがジェレミアは2対1の戦況となった状況下で余裕を崩しておらず、不敵な笑みを浮かべながら余裕ある態度で二人の腹心たちを交互に見上げ、「分からぬか?」と互いに問う。
「まさにそれこそが狙いなのだよ。クルルギを餌にして、不満分子どもを一挙に釣り上げ以て殲滅する。
周囲の道のりをブリタニア市民で埋め尽くされた状況で仕掛けてくるとすれば襲撃場所は限らざるをえず、市民に犠牲を出してしまった時に終わるのはテロリストの方でもある。
それにクルルギ・スザクは確かに旧日本総理の息子だが、我がブリタニア軍の一等兵でもある訳だからな。一枚岩でないのは奴らの側でも同じこと。
どちらにしろ、我が軍に損な状況での作戦ではないのだ。護衛には私自らサザーランドで出る。
せいぜい楽しみに行くとしようではないか。クルルギを法廷まで護送しに赴く完全武装のハイキングをな」
そう言ってジェレミアは、やや“らしくない”笑い方で部下たちに余裕を見せ、配下の二人も同様の笑みを秀麗な顔立ちに浮かべ合う。
本来ジェレミアは猛将タイプの人材であり、このような陰惨な策を弄する謀将型の人材ではないはずの男だったが、そんな彼にも払拭できない過去の痛みが黒い染みのように澱んでいる一面がある。
それを晴らせるかも知れぬ場と好機と、それを成せる地位と権限を得てしまった時、ジェレミアを一時だけ独裁者へと変貌させてしまっていたことに彼自身は自覚がなかった。
―――激発するがいい、恩知らずで野蛮なイレヴンの逆賊共め。この機に奴らをブリタニア軍から一掃してくれる。
来たるべき正統なる王の血筋が再興される日に備え、統べるに値する神聖なる領土へと地均ししておく作業こそ我ら臣下の勤め。
人の上に立つ御方には、それに相応しい臣下がいる。王に絶対の忠誠を捧げ、その剣となり盾となる役目を誇りとして任務を全うする、家臣たちと血の結束で結ばれた偉大なる名君の治世こそ、人類社会に百年の安寧と繁栄を約束する唯一のもの。
そして、それは決して帝室の温情に血で報い、神聖なる宮殿を尊き方々の鮮血で穢した逆賊共であってはならないのだ――絶対に。
あの日、あの時、あの廊下で、守るべき方々と誓いを立てた存在の亡骸を前にして以来、それがジェレミアにとって唯一残った心の支えとなる神聖なる盟約だった。
自身の無能によって盾となることすら叶わずに、倒れ伏して動かぬ母君の亡骸を前にした皇子殿下に、あの時の自分は何も出来ず、なんの言葉をかけることすら出来なかった負の記憶・・・・・・それがジェレミアを突き動かす原動力となる。
だからこそ、ジェレミアには分からなかった。
自身の行動が、『来たるべき主君の復活に備えた下準備』なのか?
それとも――『守ると誓った人々を殺された屈辱の復讐戦』でしかなかったのか・・・?
あの日、あの時に受けた敗北と失敗の屈辱を忘れられぬジェレミアには、それを判る術はない―――。
つづく