試作品集   作:ひきがやもとまち

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けっこう久しぶりになってしまった【コードギアス英雄伝】の最新話です。
わりと前から完成間近までは出来てたんですが、なんか最後ら辺でゴタゴタし続けて今になってやっと完成。

尚、毎度のようにPCの不調によって確認作業が出来にくいため、誤字とか多かった時はゴメンナサイ…(謝罪)


コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第13章

 《日本解放戦線》は、日本国内における反ブリタニア勢力の代表的組織である。

 旧国防軍の残党を中核として構成されている彼らの勢力は、他のレジスタンス組織とは一線を画する存在感を有しており、長らく日本独立のために戦う反ブリタニア勢力達の精神的支柱であり続けてきた。

 

 ――だが、近年では衰えが見え始めていた。

 長引く独立のための戦いと、それに反比例して成果の上がらぬ戦況に、彼らの中でいわゆる『中世的停滞』と呼ばれるものに近い影を落とすようになっていたのだ。

 

 目に見える戦果が上がらぬ抵抗運動の継続は、兵士達の心を摩耗させる。

 外に目を向ければ、自分たちが日本国内で抵抗し続けている内にブリタニアは着々と世界征服の駒を各地へと進軍させ領土を拡大し続けている現状に、現実的な精算を見いだせず絶望する者も増えてきていた。

 

 昨今では独立運動に疲れた者達から、安易な軍事ロマンチシズムに走る者が続出するようになり、統制しようとする中枢部の努力もむなしく末端に属する者達からは離反者による独断専行が相次ぐようになって久しい現状に今ではなっている。

 

 そういった者が一人、悲壮美に酔うため『日本バンザイ』を叫んで神風特攻でブリタニア人と共に民間人を巻き添えにする無差別テロへと走る度、残された者すべての心から様々な感情を、市民達からの彼らを支持する心とを道連れとして失わされていく。

 

 それらを憂慮する人々は無論、組織内には数多く存在していたが、具体的な解決策は誰一人として持ち合わせることが出来ていない。負のスパイラルに陥り、足掻きながらも脱出することが出来ない。

 

 そんな彼らの元に、総督代理となったジェレミアが発した『ブリタニア皇子クロヴィス暗殺犯』として『名誉ブリタニア人クルルギ・スザク』を裁判の後に処刑するという報告が届くことになる。 

 この報道に対する反応は、組織内で大きく二分した。

 

 『クロヴィスに天誅を下した反ブリタニアの英雄クルルギ・スザクを救出すべし』とする意見と、『名誉ブリタニア人となった裏切り者の凶行に付き合う義理はない』という意見の二派にである。

 

 

「ブリタニアの皇子を仕留めた枢木朱雀を英雄として扱わずして、反ブリタニア抵抗運動に大義はない! 聞けば彼は、枢木総理の忘れ形見だというではないかッ。

 亡き主君への忠義を示す上でも、我ら《日本解放戦線》が彼を見捨てることはできん!」

 

 この一件への方針を決するため、急きょ首脳陣が集められ軍議が開かれた。

 草壁中佐という人物が、口火を切る一番手となった。『救出派』に属する有力者の一人で、急先鋒とも呼ぶべき猛将だった。

 

「・・・・・・枢木の本家からは、何か言ってきているか?」

 

 それら血気盛んな若手の強硬派幹部たちから怒号のような声を、嵐のように浴びせかけられながら、巌のように動じぬ顔立ちの初老の将校が問いを発する。

 その声は、進退窮まった窮状に焦りが色濃い士官たちの願望混じりな意見――と言うより悲鳴や懇願――とは一線を画する落ち着き払ったものを感じさせたが、一方で疲れが見て取れたのも事実である。

 

 『片瀬少将』というのが彼の名で、日本解放戦線の実質的司令官として長らく抵抗運動を指揮してきた人物だ。

 降伏した後の日本で、ろくな軍事教練も受けていない民間のレジスタンスが主力となった反ブリタニア抵抗運動を今日まで維持し続けられたのは彼の手腕によるところが大きい。

 

 だが敗戦時には既に初老に達していた彼の双肩に、その後の長引く抵抗運動は重すぎる荷となっていた。

 元々この年齢で少将という階級から分かるとおり、才気と野心溢れる人物というタイプではなく、組織を維持する上では有意な人材だったがリーダーとしての適正を欠いていることを自覚もしている。

 

 確認のため発した問いへの答えに『否』と返されたことで、彼の懊悩は更に深いものとなる。

 どうやらブリタニアの軍籍に入ってからは、本家との縁を切られていたのがスザクという少年らしい。無理もない話だが、判断材料がまた一つ消えてしまった点では厄介な話でもあった。

 

「クロヴィスが殺されたという、シンジュクの事件は香月のグループが担っていたはずだな?」

「はい。ですが香月が戦死した後は、扇という男が跡を継いでおり、此度の事件も彼が指揮して行っていたもののようです」

「彼らから詳細な情報は得られないか? その場に居合わせた者ならば、事の真偽についても知っているはず・・・」

「それが敵部隊との戦闘報告は受けているのですが、暗殺は別件として行われた者だったらしく、彼らも現場にはおらず、皇子が殺されたところを見た者はいない、とのことでした」

「・・・うぅむ・・・・・・」

 

 再び片瀬はうなり、思考に沈む。

 判断に悩まざるを得ない場面だった。

 

 占領下にある日本のブリタニア中枢で行われる裁判の報道は、明らかにブリタニアからの誘いであり挑発なのは明白だ。自分たちを炙り出して包囲殲滅するための。

 救出に赴けば苦戦は免れない。それどころか最悪、組織の壊滅すらあり得る危険性を持っている。

 それは明らかだったが、一方で助けに行かずに見捨てる選択肢にもデメリットは存在していた。

 草壁の言うとおり、反ブリタニア支配を掲げて戦う自分たちが敵の皇子を殺した同胞を見捨てることは、組織の方針と矛盾するのだ。

 本家からは縁を切られているとは言え、彼が本家の一員で枢木総理の子供であるという事実まで消える訳でもない以上、独立運動を支持する民衆からの反発と非難は避けようがない。

 

 少なくとも、ブリタニア総督府は解放戦線の行動を、そう喧伝するだろう。

 それらに対抗できるだけのプロパガンダたり得る成果を、昨今の解放戦線は上げられていない。それもまた片瀬の置いた肩にのしかかる重苦しい重荷の一つ。

 

「・・・・・・どう思う? 藤堂。意見を聞かせて欲しい」

 

 やがて片瀬は、すがるような視線を横へと向け、彼以外の士官達も一斉に部屋の奥に鎮座している一人の軍人の姿へと注目が集まる。

 

「――公開処刑などと言う、ブリタニアの茶番に付き合ってやる義理はないでしょう」

 

 静かな態度と、静かな声音での応答があった。

 痩身で背の高い、刃のように鋭く研ぎ澄まされた見た目を持つ人物で、年齢は三十半ばにも達していないように見えたが、この場における影響力と貫禄は初老で上官の片瀬をも上回っているように誰の目にも感じられる。そういう男。

 

「もともと此度の一件は、戦場で部下に上官が殺められる、などという帝国軍の無能怠惰を暗殺劇にかぶせて糊塗するための偽装に過ぎぬもの。・・・・・・事が済んだ後、そう世間には喧伝すれば良いことかと存じます」

「――うむ、確かにな。考えてみれば、元日本人とは言え今は名誉ブリタニア人の軍籍にある少年兵の裏切りを防げず、主君を殺められるのを阻止することも出来なかった帝国軍の醜態は、軍人として非難に値する。

 むしろ朱雀君は、そんなブリタニア総督府が失態を誤魔化すための生け贄にされた哀れな少年・・・・・・そういう事とすれば我らの名誉に傷はつかず、危険は避けられる。さすがは藤堂だ」

「・・・・・・・・・」

 

 窮地を救われた片瀬からの絶賛に、藤堂は無言のまま頭を深々と下げて一礼するだけに留め、それ以上の追従も賛同も意見も口にすることなく、『求められた疑問にのみ応えるご意見番』としての役割のみを真摯に実行するのみ。

 

 そのストイックな姿勢に、その場にいる兵士達から救出作戦への賛成反対の別なく尊崇の視線が注がれ、中には深く頷き賛同を示す者や、上官の頭越しに敬礼を施す者までいるほどのもの。

 

 それほどの扱いを受ける立場にあるのが彼、『藤堂鏡四郎』という名の人物だった。

 階級は中佐という地位にありながら、組織内では別格の待遇を受ける立場にあり、司令官代理ではあるが実戦には疎い片瀬の傍らにあって支えている彼の存在によってこそ、現場の指揮官達は従っている。そう言われる程の特別な立場にある存在。

 

 それは彼がブリタニア軍の日本侵攻時に唯一、黒星を上げることに成功した指揮官だった実績が影響した結果でもあった。

 結果として他の味方部隊が敗走したことから戦略的には敗北となったが、戦術的には藤堂率いる歩兵部隊がブリタニア軍のナイトメア部隊を圧倒して勝利する寸前までいった《厳島の戦い》は未だに日本各地で語り草となっている。

 その戦い以来、彼には名誉ある二つ名が冠されることになる。

 

 《厳島の奇跡》《奇跡の藤堂》というのが、それである。

 

 新機軸の機動兵器を駆使するブリタニア軍に対して、奇跡的とも称される勝利を得た藤堂の神算鬼謀に奉られた名誉あるニックネームであり、占領後の日本国民にとって『ナイトメアを持たない自分たちでも帝国軍から独立を勝ち取れる』と信じて戦い続ける希望の星でもあり続けてきた。そんな英雄の名前。

 

 

 ――だからこそ藤堂にとって、《奇跡》という名声は、『呪い』にしかなっていない・・・・・・

 

 

 

「弱気だな、《奇跡の藤堂》ともあろう者が」

 

 そんな彼に対して、揶揄するような声をかける者がいた。

 草壁中佐だった。彼に同調するように、ごく少数ではあったが何人かの士官達も非難がましい目つきで、救出作戦案を却下させた藤堂を睨みつけるように見てくる者達がいる。

 

 彼らには常から、藤堂の慎重すぎる作戦立案に不満を感じている部分があった。

 特に草壁などは階級が同じ中佐で、待遇が違いすぎる相手のことを意識している部分があって、心中穏やかではなかったのだろう。

 草壁は嫉妬深い性格の軍人という程ではなかったものの、競争意識はあったし、ご意見番として片瀬の傍らにオブザーバーとして控えて前線に出ることの少ない藤堂に反感を感じている面もあったのだ。

 

 尤も、それは片瀬の方が藤堂が前線に出るのを渋ったのが原因であって、そのことで藤堂自身を責めるのはお門違いではあったのだが・・・・・・人の心とはそういうものでもある。

 

 

「厳島の時と同じく、敵中に孤立した味方を救いに行くべきとは思わぬのか?

 《厳島の奇跡再び》を民衆達は心待ちにしておるというのに、貴様は――」

「“奇跡”と“無謀”を履き違える気はない。

 勝ちやすき時を逃さず、勝てぬと見れば戦わぬ。それが出来ぬ者に奇跡など起こせぬ」

 

 

 断固とした口調で草壁の言葉を遮り、それきり藤堂は沈黙の砦に立てこもる。

 断言されて不快そうに席を立った草壁は気付かなかったが、正座した姿勢のまま俯いて沈黙した藤堂の眉は、わずかに辛そうに草壁の発言によって微動だにしていた。

 

 

 ・・・・・・彼は知らぬ間に、藤堂にとって尤も敏感な心の傷を踏み抜いてしまっていたのだ。

 『無謀と奇跡の履き違え』―――まさにそれこそ、《奇跡の藤堂》《厳島の奇跡》と呼ばれるようになって後の藤堂の心に深く刺さったまま抜くことができていない、痼りとなって留まり続けている感情の正体だった。

 

 《厳島の戦い》・・・・・・あの戦は決して《奇跡》等と呼ばれる類いのものでは無かったことを、余人はともかく藤堂自身は知っている。理解している。

 たまたま勝てる条件が整っている場所と状況に居合わせたからこそ、自分は戦うべきだと進言して出撃を許可され、作戦通りにことが運んで勝利する寸前までいくことが可能になった――只それだけの合理的な軍事的成功と戦術的発想だけが、あの戦いの全てだったのだ。

 

 それ以外には何もない。奇跡などという、曖昧模糊とした神秘現象に頼ったかのような出来事が干渉する余地など、あの戦いには一部も見出すことが藤堂自身にもできていない。

 結果として、前線が勝っている間に後方が先に撤退を始めてしまったため敗北として終わった作戦は、だが戦後の日本でプロパガンダとして最大限利用されることになる。

 

 

『ナイトメアを擁するブリタニア軍から、日本の独立を勝ち取るため市民抵抗運動をするに当たって、民間人でも帝国に勝てると信じられる実績と根拠が必要だ』

 

 

 そういう理屈によって藤堂が行った《厳島・砂上包囲殲滅作戦》は《厳島の奇跡》という通りの良い名で世間に広く知られるよう喧伝されていくことになる。

 

 『奇跡』・・・・・・なんと曖昧で具体性のない、それでいて反論や反証を必要としない表現だろう・・・・・・藤堂の心情的には率直に、そう思う。

 

 言葉だけなら説得力があるように聞こえ、実際には具体性が乏しく中身が薄く、そうであるが故に間違いを批判できる部分を持たないイメージ優先の表現や単語で誤魔化すのは、政治家や官僚的答弁の十八番とするところだ。

 藤堂の上げた実績と立場は、占領後の日本で抵抗運動を続けるための計画へと方針をシフトさせた日本政府にとって都合が良かった。

 

 ・・・・・・そのために、《奇跡》を信じさせられた武装した民衆のゲリラたちが、動きを阻害できる地形でもない市街戦でナイトメア相手に《無謀》な戦いを挑んでは犬死にしていく悲劇の連鎖・・・・・・

 

 いっそ真実を告げてやれたら、どんなに楽かと思ったことは一再ではない。

 だが彼にも軍人としての義務感があったし、真相を告げられた日本人たちが希望を失って自暴自棄の特攻戦術を繰り返すようになったのでは、告げる意味が全くない。ブリタニアの占領後政策がどのようなものになるか予測しがたい時点での話だった事情もある。

 

 だが、いずれにせよ自分がやったことが、日本人たちに《希望》を持たせ、抵抗運動へと駆り立てさせる原動力の一つになっていたことだけは、紛れもない事実だった。

 そして、その結果として多くの未来ある若者たちが《無謀》を《奇跡》と信じて散っていかせる理由にもなっていく。

 

 

 ―――その責任を自分は取らなければならない。

 藤堂は今では心の底から、そう感じるようになっている。

 

 ―――彼らを死なせた事に、その《死》に自分は責任を負わねばならない義務を背負っている。

 そう思う。

 

 

 だが・・・・・・だからこそ彼は今、片瀬少将の側を離れる訳にはいかない。少将の方針と決定に誰よりも賛成に、組織の支柱とならねばならぬ義務が今の彼には課せられている。

 

 

「助かったぞ、藤堂。礼を言う。今後とも、その知謀を日本独立のために戦う我らのために活かして欲しい」

「――いえ、閣下。軍人として当然のことをしたまで。私の方こそ、地位立場を鑑みれば出過ぎたことを申し上げたと反省していたところです」

「ハハ、私から意見を求めたのだから気にせんでいい。兵たちもお前の言葉があれば納得する。

 『今の解放戦線は、お前のおかげで保っているようなもの』とまで言う者がいるほどだからな。これからも頼りにさせてもらおう」

「―――恐縮です。微力を尽くします」

 

 言葉少なに応じながら、好々爺然とした表情で笑いかけてくる片瀬から意見を求められた時、縋るようにチラリと向けられた視線の意味を藤堂は誤解していなかった。

 

 

 成果が上がらず、組織内の不祥事が多発し、離反者が相次いで急速に人心が、解放戦線から離れていく中。

 一人、拠点にこもって指令の補佐と組織の支柱であり続け、『奇跡の勝利』を喧伝されてきた若き軍人の英雄・藤堂鏡四郎。

 

 

 

 ――彼は今や、味方からも組織を割る危険性を警戒される存在になってしまっていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《エリア11》代理総督となったジェレミア・ゴッドバルトが、枢木朱雀を餌として流させた報道は、《日本解放戦線》をはじめとする各地の反ブリタニア勢力を激しく動揺させ、内部での意見対立を生じさせることに成功していた。

 まさにジェレミアの望んだ通りの状況だった。彼からすれば近来にない名喜劇だったと言えるだろう。

 

 只そんな『朱雀を助けるべきか?見捨てるべきか?』どちらを選ぶのが自分たちに利があるかと、進むべき道の選択にない知恵を絞っているレジスタンスの中に、先日ジェレミア自身が矛を交えた小グループが存在していたことまでは、代理総督という高位の地位に立った彼の視界からは見ることができない出来事だったのも事実である。

 

 

「だから俺が言ったじぇねぇか! サッサと声明を出せばよかったんだ!

 『俺たちがブリタニア総督クロヴィスを殺した』って! そうすりゃあ俺たちの手柄になったってのにッ! そうなってたら《グラスコー》だって新品を回してもらえたはずだったのによぉッ!!」

 

 ブリタニア人たちが暮らす《租界》の外側にあるスラム街《ゲットー》の一角に放置されたままになっている壊れた廃工場の中に、荒々しい男の怒声が響き渡る。

 元はそれなりの広さを有していた建物内に男の声はエコーとなって響き渡ったが、それは行き場がなく外には届くことのない内部だけで始まって終わるからこその現象で、どれほど大きくとも虚しく轟くだけで何かを利することは決して出来ない。

 

 ある意味で、その声は発言者たる青年の特性を端的にあらわしていた現象だったと言えるのかも知れない。

 頭にバンダナを巻いて無精ヒゲを生やした強面の、だがどこかしら人の良さが隠し切れていない、悪人になりきれないが悪人ぶりたい不良少年めいた雰囲気の青年。

 

 『玉城』というのが彼の性だった。

 名もなき弱小レジスタンスのメンバーで、扇という名のリーダーに率いられたグループに所属している。

 そのグループは先日、ブリタニア皇子クロヴィスにとって人生最期の敵として戦った者達でもあった。

 

 いま玉城に怒鳴り声を向けられていたのは、そのグループのリーダーだった。

 彼としてはメンバーの憤る気持ちも理解はできるが、流石にここまで無茶なことを言われては言い返したい気分にはなる。

 

「無茶を言うなよっ! あの時はまだクロヴィスが殺されたかどうかさえ判断できるような状況じゃなかったのは、お前だって知ってるじゃないか!?」

 

 人の良さそうな顔立ちと、不良じみた髪型が微妙に不釣り合いな長身の青年『扇』は、一応の序列としてメンバー内では隊長と部下という関係にある無精ヒゲの相手に大声で叫び返しながら、自身の中でさえ動揺する心を完全に押さえ込めている訳でもなかった。

 

 確かに相手の言うとおり、その時点で声明を発表して『ブリタニア皇子殺しの英雄』となっていたならば、今頃はあの《日本解放戦線》からもお呼びがかかっていたかも知れなかったし、戦闘の中で破壊された虎の子のナイトメア《グラスゴー》もすぐに補充を回してもらうことが可能だったかも知れない。

 

 だが現実の自分たちは、あのとき戦場から遠ざかって隠れ潜むのに必死で、他にことに手を回している余裕は些かもなかったのが実情だった。

 もしあの時点で声明を発表していたら、ブリタニア軍は血眼になってでも皇子殺害のテロリストを捕殺するため手段を選ばなくなった危険性すらある。

 

 ――何より、あのとき現場にいた彼らだけは、日本人の中で『クロヴィスを脅迫した男』がいたことを知っている。

 あの時クロヴィスを脅して背後から味方を撃たせた者が殺していたというなら話は分かるが、そうではなく名誉ブリタニア人が暗殺したという報道内容にはどうにも合点がいかない。

 扇や玉城が声明を出す決断がつかなかったのも、結局は『彼』の存在が気になっていたからで、勝手に自分たちが動いてしまっても大丈夫なのか?という疑念があった故なのはお互い様だったのである。

 

 とは言え、「そうならなかった可能性」を考えて悩んでしまうのも、彼という青年の性格ではあったのだが。

 

「だいたい玉城、お前だって声明を発表するよう提案してきたときに、自信があった上で言ってた訳じゃなかったんじゃないのかッ? あの時点ではここまで大事が起きてるなんて考えてなかったはずだ、違うかッ」

「うっ、うるせぇッ! そんなもん結果論じゃねぇか! いちいち理屈を言うんじゃねぇよ!」

 

 図星をつかれて玉城は大きく仰け反りながらも、なんとか精神的に耐え忍んで言い返そうとする。

 実際、彼らのグループとしては当時の時点で、戦闘が終わる寸前と終わった後のブリタニア軍の妙な動きの鈍さを感じざるを得ない状況になっており、軍中枢でなにか変事が起きたことだけは確かだと予測し合っていたのは事実である。

 

 その中で玉城は、『なるべくデカいことを言って評価を上げれば補給が受けやすくなる』という理由と目的で、あの時点では可能性として検討されていただけの『皇子クロヴィス暗殺』という大金星を世間に向けて大々的に発表してしまおうと目論んでおこなった提案だった。

 

 たとえ後にバレて誤報だったことが分かったとしても、補給をもらってしまえば後の祭りであり、それで得たものを使って本当に大手柄を立てれば相殺できる。――それが彼の発想の仕方だった。

 

「結果が一番大事なんじゃねぇか! こんなもんは結果が出せなけりゃ意味なんかねぇし、誰も認めてくれることもない! 結果的に上手くいきゃあ嘘も方便だし、結果的に失敗すればバカの愚行扱いで終わるだけだ!

 そんなもんだろうが!? 俺たちのやってる事なんてのはよぉ! 弱小のレジスタンスに完全な情報だの証拠だの求めたって、どーにもなりゃしねぇよ!!」

「・・・っ!! そ、それは・・・そうかもしれないけど・・・・・・」

 

 よく言えば大胆不敵、悪く言えば後先考えていないギャンブルのような作戦は――だが扇たちが率いている弱小のレジスタンスグループにとって必ずしも間違いとは言い切れないところが厄介でもあり、扇としても完全には否定できない部分を感じて徐々に口調が尻すぼみになっていき、やがて静かになる。

 

 言うだけ言って肩を怒らせながら、荒々しく扉を開けて出て行ってしまった玉城の背中を見送りながら、扇は額に手を当てながら自らの非力さと無力さを思い知らされずにはいられない。

 

「ナオト・・・やっぱり俺には無理だよ・・・。リーダーなんて柄じゃないし、その器も俺はもってない・・・」

 

 今は亡き親友であり、自分に跡を託した先代リーダーでもある青年の名と顔を思い出し、扇は一人だけになった室内で過去への郷愁と懊悩と罪悪感に苛まれる時間を過ごす。

 彼は慎重派の人間で、危険を可能な限り避けてことを進めて、余計なリスクは買うべきではないという方針を良しとするタイプの人材でもあった。

 そういう人間も組織には必要だ、という考えには心から同意できるし、また正しい意見だと信じることが出来てもいる。

 

 ・・・・・・ただ今の自分たちのような弱小のレジスタンスに、万全な準備やリスクの少ない作戦など求めるべくもないのが実情でもある。

 自分のような手法は、巨大組織でこそ有効に生かせるもので、リスクは出来るだけ回避すべきとはいえ、どこかで大きな賭けに出て飛躍できない限りは未来がないのが、正しい自分たちのような組織の宿命。

 

 その賭けに出るべき時が来たとして、扇はそれと承知した上で尚、賭け皿に味方の命ごとベッドできる自信が持てていない。

 それでは先細りしていき、やがてブリタニア治安部隊に殲滅されると分かっていて尚その道を選ぶことが出来ないのが自分という人間。

 そのことを自覚できてしまえる客観の視点が、彼に冷静な思考をもたらしていたが、今の立場では有効に役立てることが出来そうにないのも事実ではある。

 

 

 ――自分のような人間は、誰かを支える方が合っている。リーダーは誰か別のヤツがやった方がいい。

 自分とは違い、危険を冒さなきゃいけない時には前に出ることが可能な、出るべき時には出る決断が選べそうな、そんなリーダーが・・・・・・

 

 

 

 そんな風に一人だけの部屋で懊悩し続けている、そんな時だった。

 突然、帰還したときに部屋の隅へと放り出したままになっていた機械が、電子音を響かせる音に鼓膜を叩かれたのは。

 

「・・・っ! 無線機からの呼び出し、だって・・・? いったい誰が・・・」

 

 それは先日の戦闘でも使用していた、頑丈さだけが取り柄の旧型トランシーバー、その内の一つだった。

 独自の改造によって特殊な周波数のみ受信できるように改造してあるものの、メンバー内であれば誰でも使用可能なように造られてある代物。

 

 ただ治安機関に渡らぬよう、配られるのは作戦時のみに限定されていて、今の扇の室内に置かれていたのもリーダーとして貴重品の管理を担っていたのが自分自身だったというのが理由によるもの。

 

 ・・・・・・つまり今、このトランシーバーで連絡を取り合える者は誰もいない状態になっているはずなのだ。

 強いていえば先日の戦闘が始まる前、カレンと共に『奪取した危険物』を輸送する役目を担い、出撃した彼女を守るため壮絶な最期を遂げたらしき戦死した同志がもっていたものが例外と言えたが・・・・・・アレは戦闘の最中にトレーラーごと自爆して現物は残っていないはず。

 

 ならば何故・・・・・・

 

「・・・・・・もしもし? アンタ一体――」

『無事だったようだな、P1』

「!! やっぱりアンタだったのか!? どうして、ここが・・・っ」

 

 聞こえてきた聞き覚えのある声に、思わず扇は飛びつくような勢いで受信機を両手で握りしめていた。 

 シンジュク・ゲットーでの戦いで、全滅する寸前まで追い詰められていた自分たちに力と策を授けてくれて、結果的には敗れはしたが戦術的には勝利しかけるところまで行けたほどの『奇跡』を自分たちにもたらしてくれた謎の声の主。

 

 信用しすぎるのは危険だ、というのは扇にも分かっている。

 だが今、他に頼れる者は彼以外に思いつかない・・・・・・そんな人物からタイミングをはかっていたかのように届いた連絡。扇としては期待するなという方が無理な心境ではあったのだ。

 

「教えてほしい、アンタは一体何者なんだ? クロヴィスを脅して味方を撃たせるよう命じさせたのはアンタだったんだろう!? だとしたら何故、皇子暗殺犯に名誉ブリタニア人が―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・謎の人物から連絡のあった翌日。

 扇たちの姿は、日本で最も高“かった”塔の室内にあった。

 かつては国内で一番の高さを誇りながらも、ブリタニア侵攻より僅か前に国内トップの地位を他に奪われ、今では電波塔として機能していた頭頂部のほとんどを失った展望室までしか残っていない“旧”東京タワーの残骸。

 それでも尚、周囲に残されている建造物の大半よりも高い位置から見下ろせている・・・・・・あるいは、その点がブリタニア行政府の気に入った理由だったのかも知れない。

 

『ブリタニア軍の圧倒的な勝利は、蒙昧なニホン日本政府に対し、その序列を自覚させました。

 それ以降、帝国とニホンは手を取り合い、復興への道を歩み始めたのです』

 

 ブリタニア語を現地の言語に翻訳されたアナウンスが流れる中を、彼らは一様に不快さと複雑さを抱かされた表情をたたえながら無言のまま展示物の間を進んでいく。

 やがて彼らから少し離れた位置に一人で立っていた、制服姿の女生徒カレン・シュタットフェルトの名で呼び出しを受け、案内係のもとへ赴いた彼女に『落とし物』として携帯電話を渡される。

 

 戸惑いながら受け取った彼女に、しばらくして着信がかかり、アイコンタクトで許可を与えてくる扇に目礼してから通話ボタンを押し、耳に当てた。

 

「私ですけど・・・・・・ああ、よかった。やっぱり、あなただったのね。言われたとおりタワーに来たけど姿が見えなくて困ってしまって――今どこにいるのかしら?

 ああ、いいわ。私の方からそっちに行くから、現地で合流しましょう。待ち合わせ場所はどこにする?」

 

 周囲の目を意識した表現と言い方で、『相手から指定された場所』の名を声に出してから去って行くカレン。

 その後を扇たちは、すぐに追う―――などと浅はかな手は無論とらない。

 しばらく見学ツアーを続けた後、彼らは時期を見計らって示し合わせたセリフを口にする。

 

 

「・・・やっぱコレ見せつけられると、日本が敗れたのはどーしようもなかったのかねぇ・・・」

「な? だから言ってるだろう! いつまでも過去に拘ってないで俺たち自身の未来のためには名誉ブリタニア人になるしかないって! だから、な!?」

「理屈としては、それが正論だって判るんだけどねぇ・・・」

 

 

 そんな言葉をブツブツと言い合いながら、連れ立ってでていく若者たち。

 柄の悪い服装や目付きなどから反政府勢力の支持者か何かと疑っていた女性係員にホッとしながら見送られ、先行したカレンとは別ルートを通って指定された駅からモノレールに乗り、右側にブリタニア人の居住区である《租界》を、左側に“元”日本人たちが置き去りにされたスラム街《ゲットー》を見晴るかす不愉快極まる観覧ツアーを楽しまされた末。

 

 結局、彼らが“声”の指示に従って辿りついた場所は、シンジュクゲットーに置き去られたまま放置されている瓦礫と化した音楽シアターの廃墟――彼ら自身がアジトを構えているのと同じ地区内にある建造物の一つだった。

 

「・・・ったく、さんざん人を引っ張り回した挙げ句にここかよ。ホントに連絡してきたのは“例の奴”なんだろうな?」

「あるいは枢木スザクの同士という可能性も・・・・・・しかし、カレンに連絡した後に捕まってる危険性だってある」

「そうなると、ここだって危険過ぎるってことになっちゃうけど・・・・・・」

「断定するな。まだ決まって―――いや、待てッ!」

 

 いい加減に飽き飽きしてきたらしい仲間たちから愚痴を漏らす声が聞こえてきた頃、扇が引き締めるための言葉を発した瞬間。

 

 

 無人となった音楽堂の闇の奥。そこに、一人の『男』がいた。

 

 

『ようこそ、歓迎しよう。租界見学ツアーは楽しんで頂けただろうか?』

 

 

 いや、“おそらく”男だと思われる人物が一人だけ立っていた、と表現するほうが正確だろう。

 何故なら男か否か、外見からでは判別しようのない、声音だけで性別を考えざるを得ない姿格好をしている人物だったからである。

 

 のっぺりとした球型の丸っこいマスクをかぶって顔全体を覆い隠し、その下にある素顔を想像させる個性をまるで見出すことが出来ない。

 漆黒のボディスーツに身を包み、黒いマントを羽織った服装。

 

 ただ一つ。

 マスクの表面に描かれた、鳥が羽ばたく時の姿を連想させるマークだけが無貌の中心で印象的だった。

 

「つ、ツアーだと? こんな、ふざけたことをやらせるヤツだったのかアンタは」

「そうだ! 新宿でのアレは、クロヴィスを脅して殺害した真犯人もお前なのかと思ったから俺たちは来てやったんだぞ! それを――」

 

 夕暮れの迫る時刻に招かれた廃墟で、暗闇の中から現れた異様な風体の怪人・・・・・・劇的と言えば劇的だが、あまりに出来過ぎている演出とも受け取れる状況。

 

 ただ少なくとも扇たちが一瞬、気後れさせられる効果があったことは事実だった。

 彼らはその事実を相手に悟られぬため、敢えて大上段から上から目線で球団を浴びせることによって交渉を優位に進めようと試みたが、その言葉は途中で止まる。

 

 止められたのだ。

 相手の片手を翳して、「しばし待つよう」ジェスチャーをしたことで一端彼らの糾弾は停止を余儀なくされてしまう。

 

『卿らの言いたいことは分かっている。日本が今、危機的状況にあり、それを打開するため私に協力する意思があるのか否か――それを問うためにこそ卿らは私の招きに応じてくれた。そう言いたいのだろう?』

「そ、そうだ。俺たちはその為にこそ今日この場所に・・・・・・」

『その問いに答える前に、卿らに一つプレゼントを贈ろう。ほんの手間賃だ、要らぬ手間をかけさせてしまった詫びとして受け取ってもらえるとありがたい』

 

 マスクの下から聞こえるせいなのか、僅かにくぐもった声音で語りかけながら仮面の男は片手を伸ばす。

 自らが現れた場所のすぐ隣に立っていたボロボロの柱の陰から、一人の男を引っ張り出すと、扇たちの前に餌でも放るように投げ捨てる。

 うめき声と共に床に落ちた男は、後ろ手に縛られた状態で怯えたように扇たちを見上げてきていた。

 

 日本人の青年だった。

 粗末な服を着て、血色が悪く、名誉ブリタニア人となって租界の中で三等市民として生きる道を選ばずに、日本人として日本人のまま《ゲットー》と呼称されるようになった元東京の廃墟で暮らしている、珍しくもない普通の日本人の若者。

 

『――付けられていたぞ、諸君らは。出発時と同じ駅に戻ってきた途端に同じ人物が後から付いてき始めたなら誰でも分かる』

「なっ!?」

『もっとも、小金で雇われただけの下っ端に過ぎぬようだがな。背後にいる諜報機関の指示で動いているかと思ったが、誰かに報告をした様子は最後まで見られなかったがな』

 

 扇は唖然とさせられながら、男がツアーと称した今日の旅路の目的と、自分たちの警戒の薄さを証拠付きで理解させられ歯嚙みする。

 ブリタニア軍は、クロヴィスが殺されたことで警戒レベルを引き上げて反帝国主義者たちの動向への監視を強めているが、現実的な問題として日本列島全体に潜んでいるゲリラ組織すべてを監視するには、工作員の数が足りていない。

 

 その為、彼らのように小規模な組織の監視などには、相手と同じイレヴンを雇って触手の先端として使い捨てた方が効率がいいのだ。

 

 この方針は、ブリタニア人同士による『血の繋がりと絆』をこそ重視するジェレミアの思想とは相容れなかったが、現時点で《純血派》が軍内部の少数派で、絶対数が足りていないという現実を無視することはできず、ヴィレッタからの提案を許可せざるを得なかった。

 

 出世のためには多少あざとい手を使うことを厭わない女騎士ヴィレッタの策は、扇たち日本側ゲリラに対して大きな衝撃だった。

 

「い、いつの間に・・・・・・」

 

 身内から裏切り者が出ることは、可能性として十分にあり得ることだと頭で分かっていた扇であったものの、やはり実際に目の前で見せつけられては、良い気分になりようもない。

 今日の行動を、観光もどきのツアーに振り回されたと当初は解釈していた玉城たちに至っては、ややバツの悪い表情をしてから眼下の男を鋭い目つきで睨み付ける。

 

 ひぃッ、と小さく悲鳴をあげる男のことを仮面の男は、ルルーシュは既に心の中から存在そのものを忘れてしまっていた後だった。

 彼にとって重要だったのは、自分が相手たちと接触するときにブリタニア側の目を完全に潰すこと、ただそれだけであって雇われ密偵の男は偶然の副産物に過ぎなかったからである。

 

 たまたま分かりやすい形で姿を現したので、土産代わりに捕縛して連れてきたと言うだけであって、いないならいないで目的と理由を彼らに説明した上で理解を得るつもりでもいた。その手間が省けて、信頼が得やすくなったことは有り難かったのも事実ではあったが。

 

『さて、挨拶代わりの前振りはこの辺りでいいだろう。本題に入ろう。

 先程の君から問われた質問への回答だが―――私からの答えは、Yesだ』

「――っ、それは・・・・・・アンタが俺たちと組むと考えていいのか・・・?」

『ああ、無論だ。私たちは仲間だ。私は君たちの力を必要としている。そして君たちもまた、私の力を欲しているものと自負している。

 新宿の戦いで、クロヴィスの命を奪った私の力を――』

「!! やはり、あの時にクロヴィスを殺したのは枢木朱雀じゃなく、お前が・・・!?」

 

 カレンは求めていた答えを得て、驚きのあまり声を荒げる。

 それはブリタニア皇子暗殺の難しさを知るが故の驚愕でもあったが、同時にその事実をアッサリと自分たちに告げてしまった仮面の男の底知れなさに驚嘆させられたからでもある。

 

 ・・・・・・もう少し交渉が必要な相手だと思っていたのだが・・・それとも彼にも自分たちを求める理由ができたということなのか・・・?

 そんなカレンの予測は完全にではなくとも的中しているものではあった。

 

 スザクの一件を知って、早急に彼を救い出す手立てを講じる必要があった――という理由もある。

 

 だが、それ以前の日から――瓦礫と化した東京を見下ろす中で、世界を欲する『黄金の鷲獅子』の魂に目覚めた、あの日から。

 ルルーシュの心には魂の内から湧き上がる覇気と今一つ、強い欲求に突き動かされる心にも同時に覚醒していた。

 

 『組織の力』を求める心にである。

 

 彼はブリタニア無き世界を新たに創世するにあたって、自ら個人の力だけで出来ることが極めて小さいという事実に、覇王の魂の覚醒によって早期から気づくことができていた。

 ただ軍を指揮して敵を倒すだけの将軍でさえ、自分の片腕として任せられる人物を得られなければ、大軍を二分しての包囲殲滅戦など机上の空論にしかなりようがない。自らが全軍を直率して決戦に挑むしか戦術レベルでの選択肢がなくなってしまうのだ。

 

 脳が歩くわけにはいかない。心臓が物をつかむことは叶わない。手や足が必要なのだ。

 その為にもまずルルーシュは、自らの勢力と、その勢力を構成する多くの人材を強く希求するようになっていたのである。

 

 そして勢力を築くには、まず勢力の『核』となり得る『組織』が必要だった。

 それを求めるにあたって、今のルルーシュには先日の一件で知己を得た日本側レジスタンス以外に候補はない。

 後の巨大軍事勢力を築くのに成功したとき、軍事力の中核として『組織』が必要不可欠である以上、ルルーシュには彼らと早期から協力関係を築く以外に道は思いつくことができなかったのである。

 

 この際、未来の中核となる組織の大小は重要ではない。

 雪だるまを作るとき、『芯』は小さくても構わないが、とにかく『芯』が必要なのは確かなのだ。

 

 その組織を中核として、やがては世界中の反ブリタニア勢力を結集し、対ブリタニア世界同盟軍を率いて堂々と帝国軍を打ち破り、帝都ペンドラゴンに城下の盟を強いる。

 ……それがルルーシュが父に見捨てられ、復讐を誓った日から願い続けて、必ずや実現すると誓った、血の色をした赤い夢。

 

 だが反面、後の中核として彼らと手を組むからにはルルーシュには、確認しておくべき事柄が一つだけ存在していた。

 その回答如何によって、彼らとの協力関係が『今回の作戦だけの仲間』で終わるか? 志を同じくする同士となり得るのか? それが決まる。 

 

 

『だが、手を組む前に了承しておいてもらうべきことが、一つある』

「な、なんだ? 俺たちに用意できる範囲の条件だったらいくらでも――」

『テロに加担する気は、私にはない』

 

 

 仮面の男がその言葉を発した瞬間、場に漂っていた穏やかな空気は一瞬、凍結したように扇には感じられた。

 

『テロでは、ブリタニアを倒すことはできない。日本の独立を勝ち取ることも不可能だろう。

 やるなら戦争だ。解放戦争を起こし、ブリタニア帝国から日本の独立と自由を勝ち取って見せろ。民間人を巻き込むテロでは、それが出来ない。

 覚悟を決めろ。大義に基づく戦争を行えッ!』

「・・・ふざ・・・・・・けるなッ!!」

 

 相手からの糾弾ともとれる発言に、カレンは思わず強い口調で反発を返していた。

 まるで自分たちがやっているゲリラ活動を、子供のゴッコ遊びのように罵倒されたと感じさせられる内容に、そのゴッコ遊びの中で兄を死に至らしめた彼女としては到底許容できるものではない。

 

「口だけなら何とでも言える! 顔も見せられないヤツの言うことが信じられるか!」

「そうだ!! 顔を隠すと言うことは、俺たちに見せられない理由を抱えていると言うことじゃないか!」

「仲間になるというなら仮面を取って素顔を見せろ!」

 

 彼女に続いて次々と仲間たちも気勢を上げる。

 だが、相手の男は小揺るぎもしない。

 

 微風のように怒りのこもった要求を聞き流し、先と同じように片手をあげて発言を制すると、まず彼らが放った最初の疑問に答えるための言葉を静かに返すのみ。

 

『卿らの勇戦は認める。だがテロによる戦いの継続を認めることはできない。テロによる勝利など思いも寄らぬことだ』

「何故だ!? 理由を聞かせてくれ!」

『テロでは圧倒的にブリタニアが有利だからだ』

「なん・・・だと・・・・・・?」

 

 思いも寄らぬ答えを聞かされ、今度は扇だけでなくカレンを含めたグループ全体が戸惑ったように黙り込み、相手の男の言葉に注目する。

 仮面の男が語る、日本側テロによるブリタニア側が有利とする理由は、以下のようなものだった。

 

 

 

1、確かに大国にとって民間人を巻き込むテロリズムは防止が難しく、被害を皆無にできる可能性は0に近いが、テロによる被害の増大は治安当局側に『防衛力の強化』や『強硬手段の実地』を行わせる口実を与えることを意味している。

 

2、現在の日本国内でテロに成功しても、支持を得られるのは過激な日本独立派のゲリラたちだけで、市民たちの多くからは消極的な支援しか受けられないだろう。

 

3、テロリズムは世界的に忌避されるものであり、ブリタニア人の社会でもそれは同様だ。日本側が一致団結してテロで戦えば、ブリタニア側は軍民一体となって一つにまとまり『ブリタニア人の敵』と戦う防衛戦争に協力するようになるだろう。数で劣る日本側にとって敵の挙国一致は甚だ不利である。

 

4、日本独立派の過激なテロによってブリタニアの民間人を巻き込めば、日本はブリタニア“帝国の敵”だけでなく“民衆たちの敵”になる。民衆の敵から民を守るため、ブリタニアは日本討伐の強力と資金援助を民間から得やすくなり、殲滅は容易となる。

 

5、もともとテロリズム攻撃という手法は、「攻撃そのもの」で目的達成を目指すものではなく、攻撃の結果として望む事態を引き起こし、拮抗状態を打ち崩すことで最終目的達成へとつなげるための「手段」でしかない。

 

6、5の理由からテロ攻撃は、複数の勢力が入り乱れている情勢下の世界であれば有効だが、「ブリタニア」と「ブリタニア以外」とに大きく二分された現状の世界においてテロ攻撃は有効打になりえない。むしろ卑劣なテロ犯罪を嫌悪する人々に「テロと戦うブリタニアこそ正義だ」と信じさせる理由に使われる恐れすらある・・・・・・

 

 

 

『――以上が、私の考えたテロでの戦いがブリタニアの圧倒的優位となる理由の分析だ。なにか意見があるなら聞いておきたいが・・・どうだ?』

「・・・・・・・・・」

 

 扇たちからの反論はなかった。みな呻くように沈黙するだけで、顔を上げることすら出来ていない。

 彼らは、この仮面の男が語る戦略を否定できるだけの根拠を見いだすことが出来なかったのである。

 

『私はブリタニアに勝つためにも、テロという手段で戦うことは有効ではないと考えている。

 むしろブリタニア「市民」とブリタニア帝国の「軍人」とを明確に分けることで、国内世論を分裂させ、国民たちの理想と支配者たちの野心とが対立する状況を創り出すことで帝国の手足に鎖を架すべきだと考える。

 民衆たちにしてみれば、放っていても自分たちに被害をもたらさぬ「国家の敵」を倒すため、臨時徴収や軍事費増額のための増税を歓迎してやる義理はないからな』

「それはまぁ・・・・・・そうだけどな」

 

 露骨すぎる仮面の男からの表現に、玉城が真っ先に同意の言葉を返す。

 ガラの悪い不良青年じみた風体の彼らしい反応だったが、兎にも角にも扇たちはルルーシュからの試験に『合格』したのは事実であった。

 

 

 ――もし今の話を聞いて尚、自分たちが今まで続けてきた戦い方にこだわりを見せるようならルルーシュは此度の作戦を、『次の候補探し』のためにも使うつもりでいたからだ。

 

 自らの今までを否定され、感情的になってがむしゃらに言い返すことや、自分たちの正当性主張に終始したがる、プライドだけが高く頭の固い無能者どもに、ルルーシュは期待する気持ちを持ってやる気は少しもない。

 

 他者の意見を『綺麗事だ、理想論だ』と罵りながら、自分たちが唱える『現実論に基づくテロ攻撃』による成果として、【日本解放は成し遂げることはできたか?】

 という結果を直視したがらない者達など、それこそ夢幻を現実だと信じ続けるだけの理想論者に過ぎないとルルーシュは心から思って唾棄している少年だった。

 

 結果は何よりも優先されるべきものだ。

 

 望む結果を出せていない方法論を延々と続けてきた、負の実績しか持たぬ「口先だけの現実主義者」の言に、一体なにが期待できると言うのか?

 独り善がりな自己満足を理論武装させ、ただ同じことを叫ぶ者の数を多くしただけの夢想家達に用はない。

 

 そして、望む結果を出させるためには、そこに至る過程が重要になる。

 たとえ少数派のテロによってブリタニアという超大国が支配する世界を覆せたとしても、後に続く者が必ず現れ、新たな世界を少数のテロによって壊そうとする者たちで溢れかえることだろう。

 相次ぐテロの頻発による破壊と混乱と恐怖は、秩序と安定を求めさせ、ブリタニア支配時代への郷愁へと人々の心を誘導する。

 

 結果として、ブリタニアを倒したテロリズムの恐怖によって、ブリタニアの復活を手助けしてやる未来がやってくるかもしれないのだ。ルルーシュにとってこれ程バカらしい終わり方も他にない。

 

 彼が《ギアス》の力で、日本側ゲリラや他国の反ブリタニア勢力を裏から操る影のオフィサーとして、ブリタニア帝国の崩壊を目指さなかった理由の一つもそこにある。

 その手段では、『今の世界帝国ブリタニア』は壊すことは出来ても、人々の心と記憶から『ブリタニア帝国時代の栄光』と『卑劣なテロにとって斃された偉大なるブリタニア帝国』という印象は強く残ってしまい、いずれ再興の日が訪れるかもしれない。

 

 ・・・・・・それでは困る。

 自らの復讐心は、その程度では満たされない。

 

 自分たち兄妹を死地へと追いやったブリタニア帝国は、紅蓮の炎と圧倒的な破壊のなかで崩壊し、柱一本残さず歴史の舞台から滅び去り、ボロ布を纏った『時代錯誤な愚か者達の帝国』として一時の夢だったように崩れ去る終焉こそ、相応しい末路なのだから・・・・・・。

 

 

 

『卿らが先ほど言っていたように、私には確かに顔を見せられない理由を持っている。

 だがそれは、私にとって最大の武器でもある。

 その武器の効果と実績を、卿らに見せることで信頼の証の代わりとさせて欲しい。・・・・・・それでは不服か?』

「・・・信頼の証となる実績・・・? それは一体、どういう・・・・・・」

『なに、簡単なことだ。折角ブリタニアが宣伝のための準備と、お膳立てをしてくれたのだから逆用してやろうというのだ。

 ――無実の罪で囚われた枢木スザクを、“公衆の面前とマスメディアたち”が見ている前で、テロによって奪還する。

 民間人を巻き込まない、人道的なテロによって・・・な。

 これなら卿らの好みにも合うのではないか?』

 

 

 

つづく

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