気付いた時にはビックリする長さになってて、自分でもビックリさせられました。
途中で切って、2話に別けようかとも思ったんですが……とりあえず出来たときのまま出してみます。
予想よりずっと長くなったせいで、予定よりずっと完成遅れて申し訳ございませんでした(謝罪)
交易都市ファルトラに通じる橋を守るための要衝《ウルグ橋塞》
今その場所からは大急ぎで人の移動が進められ、付近に住む農民たちにもファルトラまで避難するよう警告する使者が駆けずり回って危機を告げていた。
そんな人間たちの世界を守るために築かれた砦へと逃げ込んでいく人々を追い立てるように、彼らの後方からゆっくりと、だが整然とした陣容を維持しながら威圧感とともに進軍してくる軍勢がある。
屈強な肉体と強靱な武具で身を固め、牙の突き出た唇を獰猛に歪ませて、猛々しく狼のごとき雄叫びを上げて避難民たちを威嚇しながら接近してくる『ヒトではない者たち』による異形の軍勢。
半裸の上半身に鎖だけを巻き付けた、獅子の顔をもつ者がいる。
あまりにも横幅の大きすぎる肉体と醜悪な豚の顔をもつ、死神の鎌を構えた者もいる。
様々な種族の入り乱れたようにも見える姿の、だが実際には一つの種族名で総称されている者達の軍勢。
今ウルグ橋塞は、100体を超す魔族の軍勢に攻め込まれようとしていた。
結界で守られたニンゲンたちの主要都市『ファルトラ』を攻略する下準備のためにである。
そんな彼らの先頭に立って、騎獣に跨がり兵を進めているのは、一人の魔族。
黒い肌と白に近い色の長い髪、動きやすさを重視した軽装の防具と、長大な戦斧。
筋肉の塊のような姿格好の魔族たちに囲まれながら、彼らを率いる彼女一人の姿だけは優美にして繊細。
美しい人間の少女のようにも見える魔族軍の指揮官エデルガルドは、だが威風堂々とした佇まいとは裏腹に今回の作戦について些か以上に疑念を抱いてもいた。
(・・・侵入役のグレゴール、は、弱イ・・・・・・。アイツが魔術師ギルドのセレスティーヌ・ボードレールを殺すのに失敗した、ら、私たちの戦いも無意味にナル・・・)
現魔族内での最年長者オウロが立案した、今回の壮大な規模での侵攻作戦の中で、エデルガルド率いる部隊が担うのは陽動としての役割だった。
町を守る橋砦を攻めると見せかけ、その隙に町へと姿を変えて潜入させた手の者が、結界を維持しているセレスティーヌを殺して、町への侵攻を可能にしようというのである。
基本的に個人戦闘に特化し、戦術や戦略といったものに疎いエデルガルドから見ても、良い作戦だとは思えた今回の策ではあったのだが―――彼女としては今一人の実行役を、今ひとつ信用しきれないのが此度の作戦での厄介所だと内心で感じていた。
(グレゴールは馬鹿で、半端なヤツ。冒険者ごときなら遅れは取らない、と思う。
けど、それだけ。
《人食いの森》では一番の魔術使いだけど、聖騎士や領主のガルフォードが町にいたら、アイツ程度だと絶対に勝て、ナイ・・・・・・)
『武道家』と『魔術師』としての能力を伸ばした特殊なタイプの魔族が、自らの身体を『短剣』に返ることによって魔力を押さえさせ、町中へと侵入させる。
その後、自らが変化した姿である『短剣』を人の身体に突き立てることによって、その者の内部へと侵入して浸食し、本来の肉体をファルトラの町の町中でも再現できるようにするという搦め手。
見事な作戦ではあるのだが、二つの職業を両方ともやろうとしたせいで、どちらか片方としての能力は同レベルの他の魔族たちより大きく劣るのが、今回の潜入役グレゴールの欠点だった。
ならもっと強い魔族を送り込めばいいのではと考えたが、剣に姿を変えて魔力を押さえることで結界内に入り込むのが可能なギリギリの強さがグレゴールということだったらしい。
彼より強い魔族では、仮に姿を変えられても結界が反応して侵入できない。弱すぎれば流石に信じて任せられない。
――思ったより魔法も便利ではないのだな、とオウロから話を聞かされたときにエデルガルドは思ったものだった。
やはり余計な小細工は使わず肉弾戦で叩き潰すのが一番手っ取り早く確実だ、とも思ったが、こちらは彼女自身の趣味や願望などの主観が入りすぎた評価だったので役に立たないかも知れない。
何はともあれ、自分の戦いやスキルではどうすることもできない、弱いと思っている相手に任せるしかない作戦というのは面倒なものだ―――そう感じながら騎馬代わりの獣と兵たちとを橋塞目指して進ませていた、その途上。
「・・・・・・・・・?」
急に乗っていた獣が歩みを留めて立ち止まり、エデルガルドを困惑させられる。
いつもは自分の言うことには忠実に従い、たとえ敵味方が入り乱れる戦場のただ中にあっても恐れず突き進んでいける頼れる相棒でもあった騎獣の、今までにない反応に眉をひそめていたところ、周囲からも戸惑いの囁きが聞こえてきたので前方へと視線を戻す。
そして、ハッと目を見開く。
何者かがコチラへ向かって、近づいてきている姿が視界に映ったからである。
だが妙なことに、そのニンゲンらしき影は一人だけだった。
100体で迫りくる魔族の軍勢を相手に、一人だけで戦いを挑んでくる愚か者など幾らニンゲンでもいるはずがない。
なにかしらの策あっての行動だと見るべき状況。
だが少なくとも、囮として自分たちの前に一人だけで立ちはだかせる役をやらせている相手だ。相当な実力者と見ていいだろう。
(・・・戦(や)る? 戦らない? 時間かせぎは必要・・・)
単純な計算ではあったが一応は頭の中で算盤をはじいた上で、エデルガルドは自分から率先して一騎打ちでの勝負を挑む道を選択する。
自分が愛馬代わりにしている騎獣が見かけ倒しのヤツに止まるとは思えないし、馬鹿のグレゴールが頑張って町に成功できたら軍勢は町を押しつぶさせるため用意したもの。こんな所で一人だけを相手に数を減らしたくはない。
なら、この場にいる魔族の中で一番強い自分が行って倒すのが手っ取り早かった。
「私が、行ク。お前たち、は手を出すナ」
動かなくなった騎獣から降り、徒歩で相手に近づいていくエデルガルド。
元より自分は、こーいう目的のために陽動部隊指揮官の役目を与えられているのだ。多少の内訳に違いが出てしまってるようだが、それを自分の戦闘力によって帳尻を合わさせてこそ強さであり強者というもの。
「エデルガルドは、魔族で一番の槍、使い―――お前、名は?」
「・・・・・・」
時間かせぎのためニンゲンの真似をして聞いてみたが、返答はない。
もともと聞きたかった訳ではないエデルガルドは気にすることなく、片手に持ったハルバードを振りかざし、相手に向かって見せつけるように大きな動作で威嚇するため横に薙ぐ。
見ると、相手も自分と同じく接近戦主体の戦士なようで、“両腰に二本の長剣”を帯びている。かなりの腕力の持ち主なようだった。
その相手も自分と同じように、両腕を素早く動かして威嚇の動作を示してくる。
今は素手だが、たしかにあの腕力とスピードで両手に剣を持って振るわれたら、流石のエデルガルドでも苦戦は免れない。
「魔王サマ、復活するため、ヒト族を根絶やしにするのがエデルガルドの使命。
だから、お前を倒すためガンバル。死ね」
挑発も兼ねて、そこまで言ったとき。
始めて相手は自分の声に反応し、自分を見て、返事を返してきた。
「へーえ? “使命”、・・・使命ねェ・・・・・・クックック、アーッハッハ! とんだ三文芝居じゃねぇか。
ケダモノの親玉の癖して騎士道気取りってヤツかよ。反吐が出るぜッ!!」
悪意と嘲笑、侮蔑、見下し、罵倒。
まるで世界中の人の悪意を一身に集めて凝縮したような男から、エデルガルドに向かって放たれる蔑みの言葉と、敵意に満ちた視線。
それを向けられた側のエデルガルドにとって、それら全てが不快だった。
彼女は強者だ。まごう事なき強者の一角、魔族の中でも自分に優る実力者は片手の指を出るほどはいないと自負している程度には、強さにも順位にも自信をもっている。
まして魔族の社会は、弱肉強食の実力主義。弱ければ強い者に従うのは当たり前。その中で一軍を率いる賞に選ばれた自分を、たかがニンゲンたちの剣士ごときが侮辱されて愉快に思ってやる理由は、ない。
「――笑われるのは・・・嫌い。エデルガルドを馬鹿にした罪、償わせる」
「ハッ! ならどうするってんだ? アア? たかが捨て駒共の大将をやらされてるだけのザコ風情が、この俺様相手をどーにか出来るとでも思ってんのか?
どーせ使い捨ての囮でしかねぇんだろ? テメェら如きザコ共はなァ」
「・・・っ!? お前、なぜ知って・・・・・・っ」
ハッとなって、エデルガルドは相手の男の顔を始めて直視する。
白すぎるほどに白い肌と、悪すぎる目つきをした、相手を見下しきった歪んだ嗤いを浮かべている唇。
自分より余程「魔族」という表現には似合いそうな見た目をした、おそらくディーマンであろう剣士は、オウロが立案して自分に授けた陽動作戦をすでに看破していたことを匂わせた上で、続けてエデルガルド個人へと罵倒を向けてくる。
「“魔王復活のため”? “ヒト族を滅ぼす使命”だァ? 寝言ほざいてんじゃねェ!
所詮テェら如きは、使い捨ての駒なんだよ。邪魔な連中とかみ合わせて道連れにすりゃ御の字としか思われてねェ、役に立たなくなりゃ捨てられる。
世界を滅ぼさせるための、イケニエに過ぎやしねぇのさ。それがテメェらだ」
「ふざ・・・けるな! 魔族をニンゲンごときと一緒にする、な! エデルガルドたち、はお前らとは違う!」
「同じなんだよタコ! 自分らに邪魔な人間の世界を滅ぼすだけで、その後に自分らの都合のいい世界を造りたいってだけの連中が、大差あるとでも思ってんのかバカ!
どっちも自分らが良きゃ、それでいいんだよ。テメェらの世界になっても、テメェらの中から犠牲は出るんだよ。犠牲にされるんだよテメェら下っ端がなァッ!!」
そこまで悪意だけを前面に出して痛烈に痛罵してきて、エデルガルドの美しい顔のこめかみに血管を幾筋も浮かべさせていた男だったが―――ここに来て急にトーンを落とし。
「――もっとも、人間の世界もマゾクとやらの世界も全部まとめて、“この世界すべてブッ滅ぼせりゃ何でもいい”とでも思ってんなら別だがな。テメェはそこまで割り切れてねェらしい」
「・・・な・・・に・・・・・・?」
言われた瞬間、エデルガルドには相手の言っている言葉が分からなかった。
彼女は知らなかったからである。
魔族の世界を創るためヒトの世界を滅ぼすため、自分の命も身を捧げてでも、魔族の神である魔王復活に貢献しようとしている彼女は、立場こそ真逆であっても『小綺麗な騎士サマたち』に生き方としては近い。
だから分からない。
「自分のモノ」にならないのなら、自分たちの種族も、自分たち以外の生き物も、この世界すべて消えてなくなるため、自分の命も身体も魂も――ただ一人の家族さえ、嗤ってイケニエに捧げようとしてしまった愚か者の境地を理解するには、エデルガルドは余りに・・・・・・
世界を救う物語の勇者じみていた。
まるで自分を止めた、偽善者のハグレ野郎を思い出させられてムシャクシャする程に。
「“自分たちの世界のため”自分たちの敵を倒す・・・・・・綺麗事いいやがって、気色悪ィ!
テメェらの欲しがってる世界もろとも、みィんな纏めてブッ潰してやるッ!!」
「ッ!! 全員さがれッ! コイツ、やば、い・・・ッ!!!」
咄嗟にエデルガルドは、相手の男から膨れ上がった魔力を感じ取り、率いてきた背後の魔族軍に向かって全速後退を命令しながら自分自身は前へ向かって全速力で突撃を断行する。
相手が何をしようとしているのか分かってやった行為ではない。この距離でディーマンの剣士になにが出来るのかという疑問を抱かなかった訳でもない。
ただ本能的に、戦士としての研ぎ澄まされた直感が、この男の近くに居続けることは危険だとエデルガルデは強く感じさせられた。だから命じて、自らは突進したのだ。
この男が何をしようとしているかは分からない。使うつもりのナニカが自分たち全体にとって危険なものではないかも知れない。
――どちらにしろ、使用される前に仕留めてしまえば危険の種は、未然に消滅する。
その為に《溜め》は十分でないけれど、この技に全てをかけて一撃で仕留めるしか、ない!!
「・・・行くッ! 《サクリファイス・チャージ》!!!」
――この世界とは異なる異世界リィンバウム。
その世界で昔、大きな戦争があった。
繋がりあったばかりの四つの世界に住まう者達、悪魔、戦闘マシーン、悪鬼、モンスター、後に召喚獣としてのみ招かれることになる異世界の住人たちの中でも、悪徳を尊しとする好戦的な一派たちがリィンバウムを侵略するため襲いかかってきたのである。
その戦いの結果、四つの異世界たちを統べる《界の意思》そのものが一人の人間を選び、試練を与え、自分たちの力を使いこなせるまでに成長した召喚術士の力により、互いの世界と世界との間に壁が築かれ戦争は終わりを告げた。
だが、その長い戦いが終わった後。
平和を取り戻したリィンバウムの人々は、『平和を守るため』に、一つだった人の社会を二つに別けて、その後の争いの火種を自主的に生み出す道を選択することになる。
二つに別れた人の社会が選んだ『平和を守る方法』
1つは、侵略者である召喚獣たちを呼び出し、友として絆を深めることで彼らに復興のため協力してもらう道。
今1つは、リィンバゥムに脅威をもたらした一方的な侵略者でしかなかった召喚獣の力を呼び出して使役することができる召喚術士たちを排除し、外敵に侵略される危険のないリィンバウム人だけで生きてきた世界に戻す道。
始まりは『守るための手段』の違いで二つに分かれた人々は、やがて時の流れの中それぞれの変化と変節と、そして再びの選択を選ぶべき時期を迎えることになる。
侵略者と共に歩み、絆を深めて守る道を選んだ者達は、当初の理念は薄れ、多くの教えは忘れられ、歪みや矛盾を生じさせながらも、完全に忘れ去られることだけはなく。再生と再出発を迎える日まで生き続けることになる。
外敵を侵略者として排除し、同じ仲間の同族同士だけで生きていく道を選んだ者達は、凝り固まった血は淀み、変わらぬための停滞は腐敗しはじめ、自分たちだけで生きる人々は『自分たち以外の世界』は何も知らされぬまま、ゆっくりと黄昏の時を迎えつつある。
変わりゆく世界と共に、変わる道を選んだ者達と。
今まで通りを維持する道を選びながら、変わってしまった者達と。
そんな『守るための方法』で別れた人々が、侵略者たちと戦った『最初の戦争の遺産』をめぐり、互いに互いを滅ぼすための戦争を何百年も後に起こすことになる。
《傀儡戦争》
戦後になってから、そう呼ばれるようになる《旧王国》と《聖王国》とを中心とした連合軍とがぶつかり合った全面戦争。
その戦いの中、《霊界サプレス》の大悪魔に操られていた《旧王国》の中心的存在だった《城崖都市デグレア》の軍勢が大挙して聖王国へと侵攻しようとしたことがある。
精鋭部隊《黒の旅団》を中核とする大軍勢を、『たった一人の召喚術士』が『たった一つの召喚術』だけで撃退してしまった戦い。
その戦いを、この世界で再現することになる。
「もう遅ぇ!!」
バノッサは吠え、目前にまで迫りつつあった槍の矛先に侮蔑の笑みを浮かべる。
彼の魂が魔王に食い尽くされて消滅した『無色の派閥の乱』の後に起こった戦争と、その中で使われた驚異的な召喚術の存在をバノッサは知らない。知る術がない。
二つに分かれた世界の中で、二つ生まれた召喚術士たちの組織の片割れで代表だった使用者の女性『ファミィ・マーン』と同等のことができる力を、未だバノッサは持つことが出来てもいない。
だが、その時にファミィ・マーンが撃退したデグレアの軍勢は、万を超える数を有する大軍だった。
またファミィは彼らを、殺さず無力化させることに成功している。敵にも情けをかける余裕が彼女にはあり、悪魔たちの企み通りに人の犠牲を出して得られるメリットがない。
それに比べて今のバノッサが倒すべき敵は、万どころか100匹しかいない。
単体での力は魔族に及ばずとも、数の差は歴然過ぎる。
そして彼にはファミィと違い、敵に情けをかける理由がなく、殺さないでやることで得られるメリットは何もない。
その戦いで奇跡を成した人物と同じ強さを持ってはいないが、奇跡を成したときに女性が架されていた制限もまた無い。
遠慮容赦なく、する必要もまったく無く。
別に相手が死んでも死ななくとも、動きさえ止められればそれでいい攻撃を食らわせてやるため、思いっきり魔力と憎しみを込めた一撃。
「食らいやがれ! 《デビルクェイク》!!!」
敵の喉元に刃を突き立てようとした瞬間。
相手の男が禍々しい笑みを浮かべて叫ぶ声を聞いたとき。
エデルガルドの猛スピードで迫る突撃は――突如。
・・・・・・自分から足を止めて、中止させることになる。
「な・・・に・・・・・・っ?」
エデルガルドはあと一歩、いや半歩まで迫っていた相手のディーマンを貫くための一撃を、どうして自分が止めてしまったのか、すぐには理解できないままエデルガルドは戸惑いのつぶやきを漏らして―――すぐに止まった理由を理解する。させられる。
・・・・・・足下が揺れているのだ。
それも凄まじい速さで地震の揺れが大きくなっている。
魔力を上乗せさせたブーストで限界を超えた突進速度を実現させる《サクリファイス・チャージ》は、足を地面に付けて疾走する突進技で、こんなにもアンバランスになった足場で維持できるような技ではない。
だが、そもそも都合良くほれほどの大地震が局所的に起こってくれる訳がない。
「い、いったい・・・なに、が・・・・・・? アッ!」
瞬間、エデルガルドは相手の男と自分との中間にある場所の地面から、ナニカ黒い影が飛び出してくる姿を一瞬だけ見たような、そんな気がした。
――自分と同じように禍々しい黒色の槍をもち、明らかに一兵卒とは思えない威風堂々とした体躯と武装に身を包み、背中からコウモリのような羽を生やした黒い武将。
《魔神ガルマザリア》
という相手の名をエデルガルドは知らなかったが、それが自分と同じ魔軍を率いる将の立場にある者だということだけは本能的に一目で分かった。そんな気がした。
その武将、大地を揺るがす程の力を持つ魔軍の指揮官は、自身を呼び出した召喚者の敵たちへと視線を向け、先頭に立つエデルガルドを見下ろすと、
―――にやァァ・・・・・・―――と。
嫌な感じの笑顔を浮かべ、そして消える。
そんな風にエデルガルドには見えた気がして、カチンと来た彼女がなにか言い返してやろうと思った、その瞬間。
―――――戦いの勝敗は既に決していた。
「す、スゴい・・・・・・」
ウルグ橋塞のバルコニーから身を乗り出して戦況を遠目に観察していたシェラと、砦を守る衛兵の一人は異口同音にそう言うしかない状況を前にして、それ以上は言葉もなかった。
戦闘が行われた場所からは距離があり、遠くてハッキリ見えた訳ではない。とは言え何が起きているかは近くに行くまでもなく、遠くからでもすぐに分かる。
――大地震が起きているのだ。
局所的な大地震が、魔族たちが隊伍を組んで終結していた一帯だけを対象にして、凄まじいまでの大地震が地面の上を進軍してきていた魔族たちの軍勢を、上へ下へと振り回して悲鳴と絶叫と怒号を叫ばせ続けている。
それは想像を絶する光景だった。現実にはあり得ない現象と言っても過言ではない。
なにしろ、すぐ近くの地面が上下に揺れ動き、波のように高低差を一秒ごとに入れ替えながら、アチラコチラで地割れを引き起こさせているのである。
今立っていた場所が陥没したと思ったら、次の瞬間には打ち上げるように隆起する。
隣同士の同じ地面が、左右で真逆の高さを持った上下に変わる。
こんな環境にいきなり叩き落とされて、冷静さを保って行動するなど誰にも出来ない。人間にも、もちろん魔族にも。
『ヒギャーッ!? ダ、助ケテクレ! 助ケテクレ! 置イテイカナイデクレっ! 頼ムー!』
『あ、あああァァァ腕ガ! おれノ腕がァ・・・ッ、岩にィィィィィ!! アアアぁぁぁッ!?』
『連レテ行っテクレ! 置イテイクナ! あ、足が挟マッテルダケデ、おれハまだ戦え・・・ッ』
『う、ううウルセー! 邪魔スルナ豚ガァ! 俺は逃ゲルンダ! 逃ゲルンダ! 俺ダケデモ生キ延ビテ・・・・・・あ、あ、グギャーッ!?』
阿鼻叫喚の地獄絵図。
《鬼妖界シルターン》では、そういう言葉で表現されている状況が、異世界に創世されていた。
上がったと思った地面が上から落下してきて、落ちたと思った地面にいた者を踏み潰す。
立っている場所の左右で異なる方向に揺れた地面に足や腕を挟まれて、動けなくなったまま更に地面ごと揺られ続け、手足を引きちぎられ続ける。
100体の魔族軍は、生きたまま挽肉としてミンチにされ、シェイクされる気分を強制的に味あわされ、味方を見捨てでも地獄から脱出するため必死になって足掻いていた。
その光景をバノッサは、愉快な見世物でも愉しんでいる見物客のように高笑いの声を上げている。
使用する前に、見よう見マネで使ってみた召喚術の発動時間短縮と威力上昇のための効率化も、うまい具合に作用されているらしいことに満足感を感じながら。
《デビルクェイク》は元々バノッサが得意としていた術ではない。
彼に《魅魔の宝玉》を授けて魔王召喚の依り代として利用しようとした無色の派閥の総帥、そして死に際に知ったバノッサの父親でもある男『オルドレイク・セルボルト』が得意としていた召喚術だった。
彼はバノッサに魅魔の宝玉を与えて、使い方を教えてくれたが、召喚術を使いこなすために必要な正規の訓練を受けさせることは最期までなかった。
最終的には自我も意識も魔王に食われ尽くして消滅するバノッサには、触媒として必要な情報だけを与えてやればいいというつもりだったのだろう。あるいは力を付けすぎた自分の息子が反逆し、飼い犬に噛みつかれる危険を背負い込む気がなかっただけかもしれない。
だがバノッサとて、愚かではあってもアホウではない。町の悪童たちのボスとしての狡猾さと狡賢さは十二分に持ち合わせていた不良グループのリーダーだ。
彼はオルドレイクを始めとして、無色の派閥に属している召喚術士たちの手癖や呪文など、召喚術を行使するときに行っている言動を横目で観察し続けて、未だに記憶し続けていた。
ハグレ野郎たちとの戦いでは結局、相手への悪意が優り試す機会を得られないまま終わってしまった人生だったが・・・・・・折角の機会でもある。
わざわざ敵が、目の前まで来てグダグダおしゃべりに夢中になってくれたのだから、試しに性能テストにでも利用してやろうと考えて実行した。それだけだ。
「あ、ありえ・・・ない・・・ッ! こんなの、を・・・! ディーマンの力でできるなんて、ありえ・・・・・・ないッ!!」
それら被害を受けさせられた中にエデルガルドの姿もあった。
広範囲を攻撃するための召喚術《デビルクェイク》だが、人為的に大地震を発生させる術である以上、効果範囲の外縁部にいる者の方が脱出と回避をしやすいのは自明の理だ。
エデルガルドもそう考え、術を発動させている張本人を倒せば止まると思って発動直後に斬りかかってはみたのだが、
「ハッ、甘ェんだよ! 舐めるなガキがッ!!」
「なっ!? ぐガッ――!!」
ガキィィッン!!
渾身の力を込めた振り下ろしを容易く弾かれ、逆に蹴りを食らって地震のまっただ中へと放り込まれる羽目になってしまった。
(これほどの“魔術”を使える魔術師、が・・・! エデルガルドより接近戦で強いなんて・・・ッ! ありえない・・・こんなこと、絶対にありえ、ない・・・・・・!!)
必死にダメージを最小限に押さえながら、エデルガルドの心は屈辱と敗北感で満ちていた。
今までに今日ほどの大敗を味わったことは一度もなかった。もはや地震が収まっても彼女率いる魔族軍がファルトラへ侵攻することは不可能だろう。負傷者が余りにも多すぎる。足しを失った者も少なくない状態では回復を優先せざるを得ない。
何より、今のままファルトラまで進んだところで、待っているのは先に到着している“コイツ”との再戦だ。今の戦いで勝てなかったコイツに、次なら勝てると信じれるほどエデルガルドの武力は安くはないつもりだった。
(く・・・そぅッ・・・・・・!!)
心の中で歯嚙みしながらエデルガルドは退却を決意する。
ここからでは連絡しようのないグレゴールがどうなったか気にならない訳ではなかったが、全体の被害を押さえるためには捨てるべき犠牲だった。
どのみち好きになれるタイプの奴だった訳でもない。多少の罪悪感さえ振り払えれば、エデルガルドが迷う理由は何もなかった―――。
「あ、終わったみたい。帰ってきたみたいだよ!」
「本当ですか!? いま行きますっ、先に行って待ってて下さい!!」
ウルグ橋塞から戦いの行方を見守りながら、一方で避難民たちの退避ルート確保と混乱を防ぐという重要な役目を同時並行してこなしていた砦に詰める衛兵の一人、『ボリス』という名の青年はバルコニーから戦況の変化を見守り続けていてくれたエルフ族の少女から告げられた言葉で即座に反応して、視線と体を砦前方へと戻していた。
信じられないほどの戦いだった。
人の身ではあり得ないほどの、神々が行う神話の大戦のような凄まじい力と力のぶつかり合い。出来れば最後まで見届けたかったほど凄まじい光景だったが、彼としては役目を反故にできる性格でもなかったため、助けを求められたら行かざるを得ない。
だが、それでも尚、今回の戦いの『英雄』を出迎える役目まで放棄していい理由にはならないと彼は固く信じていた。
“あのディーマン”がいなければ、自分たちは一人残らず殺されていた。避難民たちだって何人が生きてファルトラまで辿り着けたか分からない。
その危機を、あの人は未然に防いでくれたのだ。
そんな人が勝利して凱旋してくるところを迎えないのでは、守ってもらった側として申し訳が立たなすぎるというもの。そう思っていた。しかし・・・・・・
「前座の捨て駒は片付いた、さっさと街に戻るぞ。あの踊り子みてぇな女が殺されてねェうちにな」
「・・・・・・え?」
意外すぎることを、侵攻してきた魔族の群れを撃退して街を危機から救った英雄から聞かされたボリスは、思わず目をパチクリさせてしまう。
彼としては当然の反応のつもりだった。あまりに当然すぎて、自分がなぜ驚いた反応をしているのかを自覚するのさえ難しくなっていたほどに。
既に勝利を収めて、危機を退け終わった後であるのに・・・捨て駒? 前座? いったい何を言っているのかボリスの頭では即座に理解まで及ぶことが出来なかったが、元よりバノッサは彼に理解や賛成を求めていたわけでもない。
求めていたのは、命じたとおりに動く行動と、命令したモノを用意してあることの二つだけだ。それ以外は三下の役立たず一人が頭の中で何を思うと考えようと、バノッサの知ったことではない。
求めるのは、恭順と服従。相手に求めているのは、行動だけ。
“心”だの“気持ち”だのといった、ハグレ野郎と金魚のフン共だったら重要だと言い出しそうな代物など、バノッサからみれば求める気に全くなれないゴミでしかない価値なき存在。
もし、それらに価値があるとすれば・・・・・・“アイツ”のものだけしかない。
アイツ以外から、そんなモノを与えられようが受け入れられようが邪魔なだけ。それは今も今までも、そしてこれからもずっと変わらない。変える気はないのだ、永遠に・・・・・・。
「出がけに、用意しておくよう命令してたヤツは確保できてんだろうな?」
「え? あ、はい。一応・・・。砦が守れなかった時は必要でしたけど、避難しなくて良くなった今なら特に問題はない訳ですし」
ボリスは言われて、バノッサが魔族軍を撃退しに向かう前に命じられていたモノについて、簡単な回答を返してくれた。
実は先ほど、勝敗がつく寸前に彼が眼下に降りてシェラの側から離れていた理由はそれだったのだ。頼まれていたモノを確保できそうな状況になったことで急いで駆け下りて確保しに行った。
その成果が、ここにある。
「あ! 馬車だ! ちゃんと荷物も下ろされて、荷台に座れるようになってる!」
「砦詰めの衛兵隊総出で荷下ろししましたから。馬車そのものは逃げてきた農家の人からの借り物で、御者代わりも専門の人じゃないですが経験は多いそうですし・・・・・・でも本当にこんなの何だって用意させたんです?
もう魔族軍は逃げ帰り始めてる見たいですし、急いでファルトラに変える必要なんて何もな・・・・・・」
「行けっ、とっとと出発して街に向かって走らせろ。手遅れになりたくなきャあな」
言うだけ言って、コッチには何の説明もないまま慌ただしく走り去っていく、バノッサとシェラを乗せた場所の後ろ姿。
それを見送りながら、皆と一緒に小首をかしげることしかできない常識的な衛兵である青年ボリス。
彼らが、途中でバノッサたちと行き違いになったらしき伝令によって、この時点で既にファルトラの街には脅威が迫りつつあったことを知らされ驚愕するのは、ほんの少し後の未来で起きる出来事だった・・・・・・・・・
そして、時間と場所はわずかにズレる。
「そん・・・な・・・まさか・・・・・・っ!?」
レム・ガレウは目の前に立つ存在を見上げながら、信じられない思いで目を見開いていた。
彼女の前にある空間には、ドス黒いものが混じった液体が、引き千切られた魔術師組合の制服と共に床へブチまけられ、その上に踏みつけるようにして黒々とした影が立ちはだかっている。
同席していたセレスティーヌ・ボードレールにも、訳が分からない事態の展開だった。
彼女はギルドを介した依頼をバノッサに受けさせることで空いた隙を使って、護衛と共にレムのもとへ『彼の危険性』と『正体が魔王の魂に惹かれた魔族ではないか?』という疑念を警告しにきている最中だったからだ。
だが、話の途中で罷免したはずのガラクが血まみれの姿で乱入してきた辺りから、空気と流れは一変し始める。
明らかに冷静さを欠いた錯乱状態にあるガラクは、『自分は正しいことをした』『痛めつけて本当のことを言わせようとした』『誰も本当の自分を理解してくれない』・・・・・・それらの発言を狂気じみた表情で主張。
そして、『僕がこの世界を正さなければいけない』――そう言って、懐から取り出したナイフを、あろうことか自分の左胸に深々と・・・・・・自身の心臓近くに達する一撃を自らの手で突き立てたのだ。
――だが、それによって生じた変化は、ガラクの変貌に輪をかけて信じられぬほどのもの。
行動を阻止するためレムが放った召喚獣に戒められ、痙攣する以外は動けなくなっていたガラクの死体は徐々に変色し、肌は浅黒さを超えて真っ黒に染まり、筋肉は矮躯だった彼の身体を倍以上に膨らませるほど膨張し、魔力を持つ者ならば感じ取れる忌まわしいオーラを全身から発し始め――そして、『別の存在』へとカタチを変える。変えさせられてしまう。
そんなガラクが姿を変えた存在が、ガラク『だった物』が、愉悦の笑みを浮かべてギョロリと、彼女たち酒場にいる者達すべてを見下す瞳で見つめてくる。
間違いない。この姿は・・・・・・先程までとは別の存在へと変わってしまった“今の彼”の、この姿は・・・・・・!!
『やれやれ。ようやく、グレゴール様の出番か。いつまでもグダグダ下らねぇ理屈をしゃべりやがってヒューマンガ』
「な・・・っ! これは、まさか・・・・・・魔族ッ!?」
天井に頭が届いてしまいそうなほど高見に置かれた顔からは、口が嘴のように前方へと突き出し気味で、毛深い体毛で覆われた肉体は金属でできているかのような鈍色の光沢を放っている。
牙が生えた口まわり、人間ではあり得ない背丈と体格。圧倒的な高さを伺わせる身体能力とは裏腹に、腰に巻いた布切れとグローブ以外には碌な装備を身につけていない軽装。
自信満々に自分たちを見下ろしながら、殺戮の快楽を望み求めるように妖しい光を放つ赤い瞳。
一目見ただけで、人間種族が持つ程度の力では太刀打ちすることができない強大な存在であることを肌で感じさせられる恐るべき種族。
その侵入を、結界によって守られていたはずの街『ファルトラ』は有史以来始めて成功されてしまうことになったのだ。
それも恐らく、創設以来最悪のタイミングと、最悪の状況にある中で。
『クックック・・・馬鹿なヒューマンのお陰で簡単に結界を突破できたぜ。流石のセレスティーヌさんとやらも、擬態した魔族には気づかなかったようだナァ?』
「そんな!? ガラクさんが魔族の手引きをするなんて・・・!」
「なんと愚かな! 魔族に唆されるとはガラクの奴め!!」
“敵が語った情報”を聞かされたセレスティーヌと護衛の魔術師は思わず、そう愚痴らずにはいられない。
それはガラクが死ぬ直前に、『やはりアイツの言うことは正しかった』と言い残していたことに端を発する“誤解”だった。
このとき彼女たちは、ガラクが魔族に唆されて擬態した彼らを自主的に町中へと招き入れてしまったと勘違いしたのである。
その解釈を声に出して聞かされた側のグレゴールからすれば、失笑物のバカ話だった。
――如何に《人食いの森》で一番の魔術師である自分でも、絶対に正体が察知されぬほど完全に擬態した状態から、自分の意思だけで元に姿に戻るほどの大魔術は使用できない。
一度でも『魔剣のカタチ』に姿を変えてしまったからには、その切っ先に貫かれた生き物の身体を奪い取って自分のモノとして元に戻る以外に、この擬態魔法を解除する術が自分にはないのだ。
そんなイチバチの賭けで自分の身柄を、あんな出来損ないのガラクタ野郎に委ねるバカがいるとでも思っているのだろうか?
より完成度の高い作戦と、高位の魔族から指示、そして『忠誠心を示した実績のあるヒューマン』からの協力という図式があったからこその、この自分が単独での潜入役を担ってやるのを受け入れたのだ。
――だが、そんな自分たちの内情を『所詮は敵のヒューマン』に教えてやる義理はグレゴールにある訳がない。
誤解したいのなら、勝手に誤解すればよく、勝手に誤解を信じたまま死んでいけばそれでいいのだ。
どうせこれから皆死ぬのだ。その程度の違いは些細な問題にしかなれやしねぇ!!
『フッフッフ・・・さぁて、死ぬ準備はできてるカ? 準備できた奴から殺してやるゼ――と言いたいところなんだがナ。コッチにも都合ってもんがあル。
お前が、セレスティーヌ・ボードレールで合ってるんだろウ?
だったらまず、テメェから死んどけヤァッ!!!』
「レム様ァッ!!」
「ッ!!」
ドゴォッッ!!!
激しい爆音と衝撃が、爆風と共に宿の外側にいた街人たちにも波及する勢いで轟き渡る!
『チッ! 逃がしたカッ! だが、無駄な悪あがきでしかネェ!!』
手の平にある、握りつぶした護衛2人の死体を放り捨てながらグレゴールは、逃げ出したヒューマンと豹人族のメス2匹の追撃に移行するッ。
一撃で仕留めるつもりでの初撃だったが、思ったより護衛やる相手だったため《武闘家》として放った2本の腕による攻撃は2人を相手に、逃げに徹した4人目までをカバー仕切れなかった。
チッ、と心の中で舌打ちするグレゴール。
結界で街を覆うほどの魔術師相手では、魔術での攻撃より拳の方が確実だと考えてしまった故の失敗だったが・・・・・・どのみち結果は変わらない。
「みんな、逃げなさい! 魔族ですッ!!」
命を捨てた護衛から、セレスティーヌを託されたレムは彼女の手を引いて大通りを疾駆しながら周囲に警告を呼びかけるが、結界に守られた町中で油断しきっていた者達で即座に反応できる者が多いはずもない。
パニックは即座に伝染して、街を覆い尽くすのは時間の問題だろう。
「れ、レムさん痛い・・・ッ!」
「我慢してください! とにかく今は逃げて時間さえ稼げば――ッ」
職業として魔術師に特化しているが故に、結界を維持できる魔力を持つが肉体労働には向いていないセレスティーヌが悲鳴を上げる。
召喚士とは言え、豹人族としての身体能力をフル稼働させて全力疾走するレムに手を引かれて、無理やり走らされているのだから、必ずしも彼女だけがサボっていたせいで体力が落ちていると非難されるものではなかったが、現実は過酷だ。
今この場において、魔術師に特化して育成されたセレスティーヌの肉体限界に合わせた速度で走れば、確実に追いつかれて殺されるのは避けられない。
無理でも無茶でも不公平でも理不尽であろうとも、格上の敵に入り込まれたからには逃げるしかなく、逃げ切れなければ殺されて終わる。
だからこそ、今は逃げる。
逃げ続けてさえいれば、いずれバノッサが援軍に駆けつけて魔族をも撃退してくれるはず!
ファルトラの街にいる者達の中で、魔族を倒すことができる力を持った者はバノッサ以外にいないと、レムは信じていたから・・・・・・!!
そんなレムの敵味方に対する戦力分析と、作戦自体は間違ったものではなかった。
だが、方針は間違っていなかったが、やり方のマズさが原因で失敗した――という例が《異世界リィンバウム》では無数にあるのだ。
今この世界においても、丁度それが発生することになる。
「こちらへ、セレスティーヌ! 急いでッ!!」
「・・・えっ!? 駄目、レムさん! そっちは・・・ッ!!」
「え? ――あっ!?」
走り続けるため駆け込んだ、比較的に細い小道。
その場所が、行き止まりの壁で塞がれている光景を見つめて、レムは正しく絶望させられることになる。
力を求めて、街の外での討伐依頼を受け続けてきたのが裏目に出た結果だった。
安全な町中での配達クエストなどは、簡単すぎると謝絶してきたレムには周囲の者より土地勘がない。
むしろ都市の防衛責任者として、市内の配置図を頭に叩き込んで生活しているセレスティーヌの方が、地理の案内では圧倒的に優れていたのだが、レムにはその事実を緊急時に受け入れて行動できる余裕がなかった。
『鬼ゴッコは終わりカァ? チビの雌ガキ』
「くッ・・・! 来なさい、《アスラウ》っ!!」
『ほ~ウ? 召喚獣か―――しゃらくセェ!!!』
「なっ!? たった一撃で・・・ッ!」
覚悟を決めて呼び出した召喚獣による全力突撃も、アッパーカットの一発だけで倒されてしまう。
自身が使える最大級の召喚魔法でも、拳一つで撃破できてしまえる相手に、自分の力では対処できる方法が既にない。どうするか!?
「レムちゃーん! 無事かぁぁぁッい!!」
「え!? あなたは、エミール! それに・・・・・・ッ」
『セレス様は、この街の結界を守る要! この命に代えてもお守りする!!』
窮地に陥っていたレムを助けに来てくれたのは、『女性の味方』を自認するエミールと、冒険者ギルドに登録していた冒険者たちだった。
普段から荒事に慣れている彼らは、この非常事態においても一早く反応して、重要人物の護衛クエストに自ら志願して参加しに来てくれたのだが、しかし。
「みんな・・・! でも無茶です! だって、貴方たちは今・・・!」
悲鳴じみた制止の叫びを上げて、レムは冒険者たちの『無謀』を止めるため言葉を放つ。
何故なら現在のファルトラの街冒険者ギルドは、人員が不足している状態に陥っているのを知っていたからだ。
『先日のバカ騒ぎ』で、かなりの数の負傷者たちが病院へかつぎ込まれたまま回復していない冒険者ギルドは、登録者たちの半数近くが戦闘不能という状態にある。
今この場に来てくれたのは、その時その場にいなかった者達の中で、更に3分の1ぐらいのはず。そんな少人数で魔族相手に戦いを挑むなど自殺行為以外の何物でもない!!
『ハッ! かっこういいじゃネェカ。正義の騎士サマにでもなったつもりかヨ。
面白ぇじゃネェカ、ヒューマン。お前らから先に死にてぇみたいだしナァ。
せいぜい、このグレゴール様を愉しませるため死んどけヤァッ!!』
「なにッ!? ぐわァァァァッ!!!」
案の定、と言うべきだろうか。
瞬く間に蹴散らされ、数を減らしていく冒険者たち。
エミールが自慢していた必殺スキル《ソード・スマイト》も片手で受け止められ、かすり傷一つ付けられぬまま吹き飛ばされて、冷や汗を浮かべて耐えることしか出来ていない。
『オゥオゥ、強ェじゃねぇかヒューマン。あんまりにも強い攻撃の連続がウゼェウゼェ、蚊みたいにウザくて最高ダゼェッ、なァ!?』
「くっ!? お前・・・なにをッ!」
『クックック・・・オレ様が好きなのは、オメェみたいに自信満々なヒューマンを絶望させてやることでナァ。その瞬間の顔がサイコーに好きで好きで堪らねぇノサ。
だからテメェみたいのは、タップリと時間をかけて愉しみてぇんだが、今は時間がネェ。これで終わらせてやるヨ、ヒューマ―――な、なにッ!?』
とどめを刺そうと片手をあげて、攻撃魔法《ダーク・バレット》の連続発射を放とうとした瞬間。
――とんでもない脅威に、自分の背後を取られたような本能的な恐怖心に襲われて、グレゴールは慌てて後ろへ身体ごと振り返って・・・・・・“ソイツ”を見つける。
「クックック・・・なんだァ? やめちまうのか? 勿体ねェ。
せっかく面白そうな余興をやってたんで、見物してやってたってのによォ」
自分に挑みかかってきたから殺してやった、ボウケンシャ共の死体だけが転がっていた路地の入り口側の正面に、蝋燭みたいな肌色の悪い男が、いつの間にか椅子代わりのタルに座って面白そうな表情で自分たちを見下すような目つきで眺めてきていた。
そして、その言葉には敵だけでなくセレスティーヌの瞳にも激しい怒りを宿らせることになる。
放たれた発言内容は、冒険者たちが自分を守ることで、町の結界を破らせないため命を捨てて戦って犠牲になっていくのを、助けにも入らず見物していたことを示すものでもあったからだ。
『て、テメェ・・・いつの間にオレ様の背後を・・・! どこから現れてきやがった!!』
何時から見られていたのか、いつから背中を取られ続けていたのか、魔術師としてだけじゃなく武闘家としての実力にも自信があるグレゴールにさえ全く分からないまま、コイツは既にそこにいた。居続けていた。
自分が正面の、いたぶり甲斐がある勇者気取りのバカを相手に愉しむため意識が逸れていたとは言え、完全に気づかないのはおかしい。有り得ない。何らかの魔術を使っていない限り不可能だ! そうに決まっている!!
「ヒャッハッハ、何時からも何も結構前からさ。何なら、もう少しぐらい続けさせてやってもよかったんだゼ? なぁ、取るに足らねぇザコの虫ケラ野郎」
『な、なんだとテメェ!? ディーマン如きがオレたち魔族に向かって偉そうな口を!! どうやらコイツより先にテメェの方が死にてぇようだな!!』
「・・・・・・あぁン? テメェもマ族だァ・・・?」
悪意と怒りが凝縮された罵声を聞かされ、バノッサはむしろ逆に訝しそうな表情になって相手を見つめ、胡散臭そうに鼻息を吹く。
この世界の住人たちには誰一人として理解しがたいバノッサの反応は、だが本人自身から見れば当然のものでもあった。
なにしろ―――分厚く盛り上がった筋肉に覆われた金属じみた質感の肉体をもち、爬虫類のようにも獣のように見える口が前方に突き出した人外の顔をし、武装として下半身を覆った布切れ一枚を巻いただけのグレゴールの見た目、容姿、その姿形そのものは。
《異世界リィンバウム》でバノッサが生まれ育った《サイジェントの町》の周辺に繁殖して生息している、ありふれたハグレ召喚獣の『リザディオ』と大して変わりないものだったのだから。
「マ族とかいう聞いたこともない妙な名前の連中とは聞いてたが、なんだよ。単なる亜人の上位種のことだったのかョ、下らねェ。
テメェら二束三文のザコに用はねぇ。見逃してやるからサッサと失せろ。オレ様の気が変わらねェ内にな」
『んだとォ!? ディーマン如きが、ふざけたこと言ってくれるじゃねぇか! この魔族であるグレゴール様を亜人如きと一緒にするとは許せネェ!
どう命乞いしたところでテメェは許さねぇ!! んで、とっとと結界もブチ壊してやるゼ!!』
「ハッ、犬が吠えやがる。負け犬がヨォ」
『て、テメェ・・・・・・ッ! テメェテメェテメェ!!
テメェはもう死ねや! 《ダーク・バレット》ォォォォッ!!!』
怒りの余り、手の平から暗黒のエネルギー球体を放って敵を穿つ攻撃魔法を、指先から一発ずついきなりの全力攻撃で使用したグレゴールだったが―――《ダーク・バレット》は彼らの世界の基準であってさえ大して強い攻撃魔法には分類されていない、弱い魔法。
これは《リィンバウム》の召喚術に当てはめた場合、《Cランク》に該当される程度の威力ということになる。
更には、武闘家と魔術師の双方を同レベルまで鍛え上げ、どちらかに特化した育成をしてこなかった、魔王や上級魔族ほど生まれ持った特別さも有していない、『ごく普通の魔族の中では強い部類』に入るだけの彼は、自身が使える魔法属性の相性も《Cランク》から良くて《Bランク》程度までしか上げることが出来ていない。
要するに、
「・・・・・・あん? なんだ、このカスみてぇな召喚術は? ふざけてんのかテメェ」
『ば、馬鹿な・・・! そんな、ことが・・・・・・ッ!?』
半端ながらも魔王を憑依させている状態に近い力を持った今のバノッサには、まるで通用しないザコ魔法にしかなれるはずがなかったのだ。
「どうしたザコ野郎? 魔法が効かねぇなら殴りャあいい。その手に付いてんのは飾りか? ああン?」
『チィッ!! 舐めてんじゃねぇぞ! このディーマン如きが!!』
言われるまでもなく、魔法攻撃が有効ではないと判断したグレゴールは、即座に打撃に攻撃方法を切り替えてバノッサに向けて接近戦を挑んできた直後の状態にあった。
もともと魔法攻撃も物理もできる職業というものは、どちらの敵が相手だったときでも相手の弱点になる攻撃で戦えるところが利点なのだから当然のことだ。
バランス良く能力を均等に上げると言えば聞こえは良いが、同じ数字の者同士で配分すれば、どちらかに特化しなかった側は大半がオールラウンダーではなく、どっち付かずの半端者にしかなりようがない。
適正に恵まれていた一部の者だけが、バランスの取れた両立が可能になる。それがバランス型というもの。
あくまで総量として、相手より何段階も格上の存在がやってこそ、両立を目指したバランス型は特化型の上をいく強さを得ることが可能になれる。
最初から相手より格上の存在として生まれていることが、絶対条件として必須なのである。
そうでなければ、どちらかに特化して己を鍛える者が存続している訳もない。
両方をこなしても片方に特化するより強くなれるのが当然ならば、誰も特化型を目指そうなどという物好きな者が現れるはずがなくなっているからだ。
たとえば、それが魔族として生まれた者と、ヒューマンとして生まれた者との、『種族による生まれの差』であり、魔族グレゴールと魔族以外の種族たち冒険者たちとの間に広がる『総量の差』
この差を努力だけで埋められる者は、その者自身も何らかの『特別』を持っていた場合だけに限られるしかない。
たとえ、本人自身が気づいていなくとも、常人では不可能な壁を乗り越えられる者には『今は知られていないだけの特別』を持っているからこそ可能になる。
たとえば・・・バノッサを倒して世界を救った、あの『ハグレ野郎』がそうだったように。
だがグレゴールは、『ハグレ野郎』ではない。
多少は他より強いだけの、『普通の魔族』だった。
人間より強い種族として、人間相手にはなら順当通り勝つことはできるが・・・・・・『普通』でしかない以上、順当通り戦えば負ける相手に勝てる理由は、なにも無い。
スバシュゥゥゥゥッ!!!
嫌な音が狭い路地に響き渡って、ドス黒い赤色が地ベタに飛び散って、絶叫が木霊する。
「クックック、中々いい響きの悲鳴で吠えるじゃねェか? 獣臭ェうえに気色悪ィ音色で吐き気が出そうだぜ。テメェの見た目には似合いの、いい悲鳴だよなァ? 虫けら野郎ッ」
『ぐぅぅぅ・・・ッ!? て、テメェ、このオレ様の腕になんてことをォ・・・・・・ッ!!』
ボトリと、体毛が一本もない金属じみた肌の片腕が、遅れて地面に落下する。
それを成した加害者のバノッサの片腕には一本の剣が抜き放たれ、被害者となったグレゴールの肉体には片腕がなかった。
――コイツ!? オレ様の魔法を耐えたクセして、剣士だったのか! なら――
『こ、この! 卑怯なマネしやがって、《ダーク・ブレ―――』
「ハッ! やらせるかよ! ゴミがァッ!!!」
ズバァァァァッ!!!!
またしても鮮血が飛び散らされ、先ほどよりも大きい悲鳴が路地裏を不快な音で充満させる。
今度は足だった。残された片腕で、今の自分が使える最高の攻撃魔法を放つため不用意に近づいてしまった位置から距離を取ろうと、後方へジャンプしたところを一閃され、利き足を切り飛ばされて着地に失敗させられ、無様に地面へ横たわりながら落下するグレゴール。
腕を上げてから振り下ろして使う魔法だったせいで、足下への警戒が疎かになったのは失策だった。
片足と片腕、この二つを失ってしまった状態では流石の彼にも勝ち目などある訳がない。
どうにかして残された腕と足を使って逃げる以外に生き延びれる道はなく、片腕だけでも残っていれば魔法は使えるから何とかなる―――
そう思い、痛みに耐えて身体を起き上がらせようとしたところに再び激痛が襲い、もんどり打たされるグレゴール。
「手もネェ、足もネェ、無様で見にくい胴体と命だけしか残らなくなっちまったなァ? ええ、虫けら野郎。
いや、今となっちゃ毛虫野郎の方が似合いの姿か? ヒャーッハッハッハ!!!」
『て、テメェ・・・! テメェは、テメェはァァァァァァ・・・・・・ッ!!』
瞳に涙をいっぱいに湛えながら、グレゴールは必死にバノッサを睨み付ける。
憎しみの念で人が殺せるなら、百万回殺し続けても足りないほどの、ありったけの憎悪と殺意を込めて相手を睨む!!
――悔しい!! このオレ様がこんな無様な姿を晒すなんて!
《人食いの森》で一番の魔術師である自分が! 魔術師としてだけじゃなく武闘家としても強くなって向かうところ敵無しだったはずの自分が・・・!
こんなことは有り得ない! あってはならない! 何かの間違いだ! 間違いは正さなければならない! 絶対に絶対に! 次の時こそ必ずオレ様がコイツを殺して正しい結果をもたらしてや―――
「クックック、おいおい良いのか? オレ様ばっかり見ていてよォ。
オレ様より先に用があった奴らが、テメェには大勢いたんだろう? アア?」
『何言ってやがるテメェ! このオレ様にこんな事しやがって、次会ったときタダじゃおかな―――ヒィッ!?』
そして、地ベタを這いずる虫けらを見下す眼で見下ろしてきながら言われたバノッサの言葉で、ようやくグレゴールは自分が置かれている状況の現実を思い出す。
ヒューマンたちの町に結界を破るため、単独で潜入して、大勢の冒険者たちを相手に圧勝し続けてきた、先程までの自分の戦果。
だが今では、手足をもがれ、地ベタを這いずることすら出来なくない状態に陥ったのが自分で。
仲間を殺された冒険者たちの増援が、一人、また一人と、殺気だった眼で自分を見下ろしながら、手に手に斧や槍や武器を構えながら躙り寄ってきている光景から・・・・・・逃れることが出来ない身体に今ではなっている。
―――バノッサが、かつて率いていた不良少年集団《オプティス》の私刑は、こういう形で行われていた。
一方的に、ただ断罪して反撃する自由は与えられることなく、結果として死ぬか生き残れるかは……ソイツ自身の自己責任。
それが治安の悪いサイジェントの町、北スラムに生きる者達にとっての常識的な裁きのやり方だったのだ。
苦しまずに死なせてやるのは慈悲……という理屈は、上から目線の傲慢なものではあるが、おそらく正しい正論でもある言葉なのだろう。
何故なら罪人に対して、『自分たちのルールから見た罪人』に対して、与えられる罰に苦しみも痛みも含まれていないなど、オプティスのような犯罪結社には考えられない事なのだから。
そんな相手に喧嘩を売って、ソイツラの裁きから逃れるのは術は一つだけ――『勝つ』しかない。
負けた場合は、こうなる。
そうなる覚悟で挑んできて、勝ち続けてきたのがハグレ野郎で、グレゴールは負けた。
なら順当通りに、ごく普通に、一方的な裁きとして、激痛の末に殺される終わりを救いと思って死ぬより他に、選べる道も自由も既になくなった後なのだから。
『あ・・・あ・・・アアぁぁ・・・・・・ッ!? ま、待てッ! 待ってくれ! 謝る! 悪かった! オレが悪かったから助けてくれ!
い、いやアンタらが怒るのも無理はねぇが、オレも魔王の側近だったオウル様――いや、オウルの野郎に逆らうことが出来なかっただけなんだ! 本当だ! 信じてくれッ! 頼むッ! 殺さないでくれよ! ナァッ!なぁっ!?』』
「「「・・・・・・・・・」」」
『そ、そうだ! オレも冒険者としてアンタらの仲間になってやるよ! 報酬なんざいらねぇ! 今回の詫び分だ!
じ、実はオレも今の魔族にはムカつく奴らが大勢いるもんだからよォ、アンタらと一緒に薄汚ぇクソ魔族共をブチ殺しまくるってのも悪くねぇと思ってたんだよ、ヘヘ、エヘヘヘ・・・・・・』
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
『オレ様の力は、さっきまでのでよく分かってるだろゥ!? オレ様はアンタらにとっても役に立つ!
殺しちまった奴らへの償いのためにもオレは町を守るため命を捧げて戦うと誓うゼッ! アンタらとオレ様が手を組めばクソ魔族だけじゃネェ! 大昔のポンコツ魔王だって殺すのは夢じゃネェはずだ! だから! だからァァァァッ!! お願いだ! 殺さないでくれぇ! お願いしますゥゥゥゥッ!!!』
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
ただただ泣き叫びながら、地面の上で身体を揺らしまくり喚き続け、泣き叫び続け、見苦しい命乞いの言葉を吠え続けるグレゴール。
事ここに至って彼は、正しく絶望のどん底にあった。
もはや彼に、魔族としての誇りも自信もクソもない。死ねば全部終わりだ。そうなっては何にもならない意味が無い。誇りも自信も殺されたクソの役にも立たないゴミ同然のクズなのだから!
いや、殺されるなら、まだいい。
だが、自分は魔族だ。
強靱な肉体をもち、ヒューマンの攻撃程度では簡単に殺されない生命力を持ってもいる。
・・・・・・なら、なぶり殺しにさせられるしかない。
戦えば確実に勝てる程度のザコ冒険者共相手でも、手足がないんじゃ戦うことができない。奴らが放つ屁みたいな攻撃でも、反撃できない身体では斬られ続ける羽目になる。
小さな攻撃でも蓄積していけば痛みもあるし、ダメージも受ける。
ザコ共からの攻撃の連続で、少しずつ少しずつ命を削られていって、苦しみもがきながら死ぬのを待つだけしか出来ない今の自分。
自殺することさえ手足がなければ不可能な、イモムシ状態では一方的に打たれ続けることしか自分には許してもらえない。
だが、グレゴールが何を言おうと、喚こうと、冒険者たちは決して自分を許してくれることはないだろう。
先程まで殺し続けてきた数が、彼を決して許してもらえない立場へ追いやってしまった後だからだ。
たとえバノッサが見逃すと言っても、セレスティーヌが許したとしても、他の冒険者たちは誰も自分を許さない。許してくれない。確実に嬲り殺されることしか今の自分には選べる道が一つも無い。
(い、イヤだ! 嫌だ嫌だ嫌だ! オレ様がそんな目に遭って死んでいくなんて絶対にイヤだ! なんとか生き延びて町の外に出なければ! そのためにもどうすれば・・・どうすればァッ!?)
なんとしてでも町の外へと脱出して、他の魔族に救援を求める。それさえ出来れば確実に自分は助かることが出来るだろう。報復も復讐も、それが出来た後で考えるべき事だ。
その為にも、とにかく今の窮地を切り抜ける必要があったが、今の自分を許してもらえる交渉道具がグレゴールの手元には何もない。
ヒューマンや、ディーマンといった他種族たちにとって、魔族の罪を許して処刑を免れさせるほどの価値ある交渉条件なんて何も―――いや、ある。
たった一つだけグレゴールには、ヒューマンたちと交渉できる道具がある。
彼らにとって価値あるものを、自分は一つだけ“知っている”!!
『お、オレは! オレ様を町へ潜入させた奴の名前を知っている!!』
「・・・・・・なんですって?」
その言葉を聞き、セレスティーヌは思わず腰を浮かして驚愕の声を上げる。
「潜入させた者って・・・あなたを剣の姿に擬態して町中へと持ち込んだのは、ガラクさんじゃなかったと言うの!?」
『あ、ああそうだ。アイツには何も教えていなイ。ただ『選ばれた者を強大な存在へと生まれ変わらせる魔法の剣』とかの眉唾話で信じ込ませて使わせただけダ・・・・・・そうでもなけりゃ、幾らあのオメデタイ奴でも自分の心臓に剣なんか突き立てる別けねぇからナァ・・・へへ、へへへへ・・・・・・』
卑屈で下卑た笑みを浮かべながら言い切ったグレゴールの言葉に、周囲の冒険者たちは明らかな嫌悪と侮蔑の色を表情に浮かべたが、一方でグレゴールの不快な真相暴露に激高してトドメを刺そうと動き出す者は誰一人としていない状況。
それは自分の提供する情報に、周囲の連中も交渉する価値を認めたことを意味するものだった。
「なんて事・・・・・・だとしたら一体、誰がこんな大それた行いを・・・。
――教えなさい。それを行った人物は誰なのかを。それさえ教えてくれるなら・・・・・・あなたの処罰は、命だけは取らないであげるよう善処してもいい」
セレスティーヌから放たれた、その発言が決定打となった。
勝利の笑みを浮かべてグレゴールは、その『黒幕のヒューマン』の名を、自分の安全を得るため口を開け、
『教えてやるゼ・・・そいつの名は、国家キ――――』
―――余計なことを囀るな。薄汚い汚物が――――
トス。と。
誰かの名前を語ろうとして、開かれたグレゴールの口の中に。
騎馬隊突撃用のランスが、どこからともなく飛んできてブッ刺さり。
手足をもがれて、回避も逃亡も出来るはずのない身体となっていた魔族の顔を後頭部まで貫通させ、一瞬にして即死させてしまう。
「な・・・ッ!? だ、誰がこんな事を! みんな手分けして周囲の探索を! 怪しい人が至らすぐに連絡を! 急いでッ!!」
『お、応ッ!!』
慌てて散り散りに町中へと散ってく冒険者たちの姿を眼下の視界に納めながら、早急に町から密かに出て行く必要を感じて足早にその場を去りながら。
ギラリと、両目にかけている眼鏡のフレームを光らせながら、冷ややかな瞳と口調で、その人物は冷徹に闇の中で一人独白する。
「醜い・・・・・・まったく、人族を全て滅ぼすため醜い人族と戦っている魔族の身でありながら、命惜しさに人族に寝返るなど・・・・・・なんと醜く浅ましい行いに手を染めたことか。
醜い者は、みな死ねばいい。滅びればいい。この世界と共に。
この腐臭を放つ世界を滅ぼし、美しい世界へと変えるため、魔王様を復活させるためなら、小っぽけな命など喜んで捧げられる存在こそ、醜い人族と敵対する美しい魔族に相応しい存在なのだから―――」
つづく