試作品集   作:ひきがやもとまち

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コードギアス英雄伝、更新です。やっと書けました…!
前々から考えてた内容なんですけど、なっかなか書けなくて…長かったス。
いくつかの伏線と、英雄伝説版での解釈が描かれてる回ですが、ただし長いッス。


コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第14章

 ブリタニアの少年兵クルルギ・スザクは、謎の少女をめぐる事件に関わったことから特別な『力』を与えられる。

 新型ナイトメア《ランスロット》

 如何なる敵をも打ち倒し、己の信念を貫くための絶対的否定の力。

 スザクは己自身がもつ天性の能力と、この《ランスロット》を武器にブリタニア帝国軍での栄達と、内部からの改革を決意する。

 

 ・・・・・・それが、過去に犯してしまった『戦争を止めさせるための殺人』という罪の償いにはなり得ないと知りながら。

 その道の先に待っているのが、『父殺し』という過去に犯した罪で断罪される未来が待っているとしても、罪を犯しながら裁かれることなく生き続けられる道を選ぶよりマシだと信じたから―――

 

 

 少なくとも、それが当時から今に至るまでスザクの信念だった。

 だが今、その信念に刃こぼれが生じつつある

 

 

 

 

「おめ~でとウ~☆」

「・・・・・・え?」

 

 軽薄な仕草と表情で、白衣姿の男から突然に言われた言葉にスザクは戸惑ったような声を上げる。

 人を食ったような語り口と、品のある面立ちと理知的な瞳とが、やや不均衡な印象を与えられるが、よく見ると意外にハンサムでもある若作りの男だった。

 真面目な物腰で接しさえすれば、存外に女性から好かれ易いタイプかもしれない。

 

 もっとも、今その態度をとってみせたところで、見てくれる観客は自分一人しかいない状況では意味などないかもしれなかったが――。

 

「キミに頼まれていた2人について確認がとれてネ。シンジュクで回収された遺体リストの中にはなかったヨォ。

 少なくとも死んだとは確定してないって事だネ。生きてるかまではワカンナイけど」

「そうですか・・・・・・それを知って安心できました。ありがとうございます」

 

 心からの安堵を込めてスザクは、ホッと息を吐く。

 気がかりだった親友の生死について、少なくとも『永遠の闇に囚われたとは限らない』ということだけは確証が得られたことを知らされ、本心から安堵したのである。

 

 他者から見れば些か以上に、お人好しすぎる反応と思われるかもしれないが、彼にとっては重要な事柄だった。

 自分はあくまで、民間人を守るべき軍人の道を貫き、そして撃たれた。

 

 ・・・だが実際にやった行動は、ゲリラに奪われた毒ガスで無駄な犠牲を出さないためという命令を信じて、ただの少女が捕まっていたカプセルを発見し、民間人でしかない親友を危険に巻き込んでしまっただけでしかない・・・。

 

 これで己が身の安全だけを気にできるほど、スザクは保身的な大人になった覚えはなかったし、今後ともなる気は少しもない少年だった。

 出来ることなら、捜索活動に従事して彼らの無事な帰還を確認したいというのが本音ではあったが、流石にそれは今の自分に過ぎた贅沢だという程度は弁えざるを得ないのが彼が置かれている立場でもある。

 

「でもまァ、キミの方は不利だなぁー。なんと言っても、今の軍は《純血派》が押さえちゃってるからね。

 バトレー将軍も失脚させられた今では、名誉ブリタニア人のためにで、彼らに逆らおうなんて物好きはいないし、法廷はボクたちの意見を取り上げないって決定をくだしちゃった。

 サミットで、“あの人”とも連絡とれなかったシね」

「・・・・・・・・・」

「裁判になっても、キミの味方はダ~レもいない。

 キミだって、曲がりなりにもブリタニア軍人として軍務経験がある身だ。こーいうケースが過去にあったことぐらい知ってるでショ?

 少なくとも無罪ってことはないだろうネェ~」

 

 クロヴィス皇子が、脅迫犯の脅しに屈して部下への発砲を命じた後に死体となって発見された《シンジュクゲットー》での戦闘において、ゲリラ鎮圧に貢献したスザクは、まさに『勝利に貢献した名誉ブリタニア人』という一事によって処断されかねない立場に立たされていた。

 

 ましてスザクは下士官とはいえ軍籍にあり、罪が確定ではないので除籍された訳でもない。

 一般人を裁くための刑法で軍人の罪を罰する訳には行かない以上、裁判は軍事法廷でおこなわれる事になるだろう。

 つまりは、裁判長も弁護士も向こうの“お仲間だけ”という場で真偽が問われるのだ。

 

 これで生存を信じられる者がいるとすれば、余程の楽天家か、もしくは只のアホウだろうと語ってる本人自身でさえ思わずにはいられないほど不利な状況。

 

 スザクとて、それらの事情を心得ていない訳では無論ない。

 むしろ、そんな自分に僅かな期間しか親交のなかった相手の男が、ここまで応じてくれるだけでも救われたような想いを抱かされていたほどだった。

 

「しかし、法廷は真実を明らかにする場所のはずです」

 

 だが、それでもスザクは目前の男――プリン伯爵とも呼ばれるロイドに向かって、真っ直ぐ目を見つめ返しながら、そう断言する。

 それが今の彼にとっての信念であり、また生き続けている理由でもあったからだ。

 

 ・・・・・・7年前のあの日、あの時、あの光景を見せつけられてしまった日からずっと・・・。

 あの光景を生んでしまった自分の『罪という名の隠された真実』を背負って生き恥を晒し続けてきた彼にとって、それだけが今も生きて――否、死なずにいる理由になってきたモノなのだから。

 

 自分には犯した罪に相応しい罰を受けねばならず、失わせてしまったモノに値するナニかを賠償として被害者たちにもたらすことが出来ないのなら・・・・・・自分の一生に、もう未練はなにもない―――

 

「明かされないことの方が多いと思うけどネ、真実なんてモノはさ」

 

 そんなスザクの過去にまつわる深刻な想いを知ってか知らずか、白衣の男ロイド伯爵は表情を変えることなく軽く言ってのけ、「それに・・・」とナニかを小声で呟く。

 

「・・・・・・? まだ、なにか・・・?」

 

 つい口にしてしまった言葉に反応され、ロイドは僅かにためらいを覚えはしたものの、まぁよいかと思い直して口を開く。

 相手が助からずに死ぬというなら、言っても言わなくても同じこと。万が一にも助かったときには、今更どうしようもなくなっている問題でもある。

 今この時に自分が告げたところで、特に変われることは何もないだろう。そう思った故での判定だった。

 

「今回の一件で、エリア11の臨時執政官になったジェレミア辺境伯は、名誉ブリタニア人のキミを殿下暗殺の犯人ってことにして大々的に発表している。

 コレは名誉ブリタニア人制度を廃止させるための出来レースな裁判ゴッコでもあるけど、同時にイレヴンたちの残党を誘き出して一網打尽にするための罠でもある。

 キミなら、それぐらいのことまでは見えているでしょ?」

「・・・・・・ええ。大凡の範囲ぐらいの話ですが」

 

 苦々しい表情を浮かべてスザクは回答した。

 数日後に行われる彼の裁判と、裁判所まで移送は政治的思惑がひじょうに強く絡んでいるものだということは、今日まで過ごす中で彼自身もイヤと言うほど見せつけられてきたことでもあったからだ。

 

 冤罪でしかないのが真実とは言え、盛大にメディアを使って喧伝された『クロヴィス皇子暗殺犯クルルギ・スザク』の名は、今やエリア11のブリタニア人達にとって怨嗟の的だ。

 だが一方で、彼らの逆側に立つ日本再興をもくろむゲリラ達にとっては、『敵国の皇子を殺した英雄』という立場にまで成り上がってしまっているらしい。

 現地軍の実権を握りはしたが、目立った功績のない純血派は、さぞかし自分はゲリラ達をあぶり出す餌として利用価値があることだろうと、根は善良な少年でしかない自分でさえ思うほどの立場の激変振りだった。

 

『危険も省みず敵に一矢報いた英雄を救出してこそ忠義の士。

 我が身かわいさに英雄を見捨てる者は、所詮テロリストでしかない』

 

 そうやって彼らを挑発するはずだ。

 そしてメディアを使って、それを既成事実化させようとするだろう。或いは既に工作が完了した後かも知れない。

 

「ジェレミア卿は、キミを敵であるゲリラたちの英雄ってことに祭り上げた。キミを助けに来なかったら臆病者の嘘つきで、助けに来るなら叩き潰す算段でネ。

 そうやって情報を流された側のゲリラ達にとってみれば、キミが望む望まないにカンケーなく、既にキミは彼らにとって『ブリタニアの皇子殺しの英雄』ってコトになっちゃっている。・・・・・・ここまでは分かるよね?」

「・・・・・・ええ、もちろん」

「うん、そうだよネ。じゃあさァ―――」

 

 

 

「そこまで信じた人たちに、今から『間違ってました。彼はクロヴィス殿下を殺していません』って真実が明らかになったとして。

 ・・・・・・信じると思う?」

 

 

「ブリタニアの裁判官が、“名誉ブリタニア人の部下に、ブリタニア帝国の皇子が裏切られて殺された”・・・な~んて事あるわけないから間違いでした。

 って下した判決を、ブリタニアの敵であるイレヴンのゲリラ達が真実と思って信じてくれる。

 ――キミは本当に、そんな事が有り得ると、本気でそう信じていると言えるかな? キミに」

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 

 スザクは言葉を失って、唖然とするしか出来なくなっていた。

 今まで信じて縋っていたものが脆くも崩れ去る音を、彼の耳はたしかに聞いた気がした。

 あるいはそれは、彼の心の中でこそ響いていた大切なナニカが壊れる音だったかもしれない。

 

「・・・キミにとっては残酷かもしれないけどね。

 この段階までキちゃった今となっては、キミが本当に殿下を殺してたかどうかなんて真実は、今更ダレにとってもどーだっていい事になっちゃってる後なんだよ」

「・・・・・・・・・」

「裁判で、キミが無罪だったと証明されて釈放されたら、ブリタニア軍は敗戦国のイレヴンたちに皇子を殺されてなかったって事になる。

 『命を捨てて敵の皇子を殺した祖国再興の英雄』は、最初から存在しなかった。間違いだった、ウソだったって事になる。

 自分たちの皇子を、敵であるゲリラに殺された側のブリタニア帝国の裁判所が、それを真実だという判決を下す」

「・・・・・・・・・・・・」

「ゲリラ達から見れば、とうてい受け入れられないのは当然だよネ? 敵が『自分たちは負けてない』って言ってるだけの言葉を真実だと思ってくれる敵はメッタにいない」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ああ、一応言っとくけど、キミ自身が証言しても無駄だよ?

 銃口を押しつけられて、縛られて、床に転がされて拘束されてる『味方の英雄クン』が、『敵の弁護』をいくら言ったところで相手を怒らせるだけだから辞めた方がいいって絶対に。

 『敵に虐待されてる英雄を助け出せ~』とか叫んで突撃してくる人達が一方的に殺される光景みて、あんま楽しく感じられる性格してないでしょ? キミってさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 もはやスザクには何も言い返すことが出来なくなっていた。

 四肢を拘束された姿で俯いたままの彼は、下に向けた顔に必死の表情を浮かべて、ただ苦悩していたからだ。

 

 ―――どう事態が動いても、ロイドの語った未来の予測を覆せる可能性が見つからない。

 自分にかけられた容疑が間違いであると真実が明かされても、真実は虚偽として切って捨てられ、虚偽こそが真実だと自分に押しつけてくる未来が待っているだけ。

 

 その未来に対して、自分はなにも出来ない。

 反抗することも、抵抗することも、そして・・・・・・反逆することさえ何一つ。

 

 自分に許されるのは、ただ結果を押しつけられて受け止めることのみ。

 自分が『クロヴィス皇子暗殺犯』という【日本側ゲリラの英雄】で【ブリタニア帝国にとっての裏切り者】という“立場”こそが、今の自分に周囲が与えて認めてきている真実なのだから。

 

 ―――また、なのか・・・?

 また自分は、自分がやったことの真実を見られぬまま、結果によって全てが壊されていくのを見ていることしか出来ないと言うのか・・・・・・!?

 

 

 スザクにとって、それは決して受け入れられない現実だった。

 だが同時に、自分がそれをどう思おうと、なんの影響も与えられることなく関係もない事柄にしかなれないのも現実の一部だと思い知らされる。

 

 『自分はやってない』と無実を訴え続けようとも。

 『自分がやった』と宣言しようとも。

 

 どちらの言葉もウソか誠か他人たちが勝手に真実を決してしまい、その人達が決めた真実でさえ彼らの敵側に立つ者達からは、勝手にウソか誠か真実かを決められてしまうことになる。

 

 その程度の意味しか自分の言葉には存在しないのだと、真実を語る言葉の無力さを思い知らされたことがスザクには何よりも増して痛く苦しい『世界の真実』だったのかもしれない。

 

「・・・・・・言っておくだけだけど、ボク的には一応の親切心で言っただけで、キミを傷つけるつもりはなかったんだ。ホントウだよ?

 死刑が決まった後に、どうしようもなくなってから知らされるよりは少しはマシだろうって考えた」

 

 そう言ってロイドは立ち上がり、スザクに対して別れを告げる。

 面会時間が超過していると、番兵が苦情を言いに来たのだ。

 相手の手を握って謝りながらチップを渡して去っていき、周囲から向けられてくる様々な、だが一様に非友好的な視線の嵐を気にすることなく歩みつづけ、たまたま降りてきたばかりで無人のエレベーターに飛び乗ると扉を閉めてボタンを押す。

 

 そして、一人きりになった狭い室内の中。

 ロイドはぽつりと、科学者らしからぬ科学的とは言いがたい可能性について少しだけ思いを馳せる作業にヒマな時間を宛がわせる。

 

 

(――セシル君からはどーにか出来ないかって言われてるけど、この状況下で彼を助け出すなんて普通に考えても普通じゃなくても不可能ダ。

 仮に今の窮地を助かったとしても、今の状況が続いてるなら一時凌ぎにしかならないだろうしネ。

 真実が明かされようと、ウソが真実だと認定されようと、彼以外にとって彼の真実にはな~んにも変わるコトなんて一つもない)

 

 

 あまりに絶望的すぎるクルルギ・スザクが置かれた窮状。

 もし、この状況を打破して、彼を救い出すだけではなく、人々が真実だと信じてしまった認識すら覆すことが、もし可能だとしたらそれは――――

 

 

「もう、奇跡にでも頼るしか他に手段はないってコトなんだろうネェ。

 真実だと信じてる人たちに、より正しい真実だって信じさせちゃうだけの信憑性を持たせられるようなウソでしか、彼を助けられる可能性は0。 

 あんま科学的じゃない言い方で好きな言葉じゃ全くないけど、それぐらい起きなきゃサスガに無理そうだし。

 ア~ア、もったいないなァ。最高のデバイサーだと思ったんだけどなぁカレ。また候補探すって言ってもアレ以上のパーツなんて、う~~~~ン・・・・・・」

 

 

 悩ましげに首を捻りながらロイドは、ブリタニア人居住区の《トウキョウ租界》にある軍施設から続く道を歩みつづける。

 数日後に彼は、自分が語った非科学的な真実が、現実となる近い未来を予感することなど無いままに――――。

 

 

 

 そして、数日後。

 クルルギ・スザクの罪を問うため、軍事法廷へと移送する日が訪れる。

 

 

 

 

 

『――間もなくです。まもなく時間となります』

 

 悲しげなアナウンサーの声が、画面一杯に映し出された巨大な橋の景色の中、BGMのように響き渡っている。

 

『ご覧下さい。沿道を埋め尽くした、この人だかりを。

 見えますか? 悲しみと怒りを、ただ耐えるしかない多くの人々の姿を。

 皆、待っているのです。クロヴィス殿下殺害の容疑者を。

 名誉ブリタニア人のクルルギ・スザクが通るのを――元イレヴンをッ!

 今か今かと待ち構えているのですッ!

 悲しみを怒りに変えたい想いと感情を必死に押さえつけながら・・・・・・っ』

 

 話が進むにしたがって、徐々に声が高まっていく男性アナウンサーの情熱的な語り口。

 自らも必死に感情を抑えつけようとしながらも、我慢しきれぬ想いが滲み出ている実況は視聴者たちの共感を呼ぶものではあったが、文章の区切り事にボルテージが上がっていき下がることがない口調からは、自らをコントロールするのに慣れきった社会人特有のクセもある。

 

「5番のカメラ遅いぞ。チャールズ、団体の配置は終わったか?

 “愛国的な皆様方”の団体ご一行様は」

 

 それら人並みの列の後ろに陣取っている一台のトレーラーの中から、一連の仕込みを担当した男からの指示が各所に届けられ、『政治ショー』の下準備は着々と完成に向かいつつあった。

 ディートハルト・リードが、今回のショーの下拵えを任された責任者だった。

 ジェレミアから今回の仕切りを託されていた彼は、一時的にではあるが軍の広報部を使うことも可能な強い権限を持たされていた。

 

『今日、この場に私たち平和を愛するブリタニアの多くの人々が馳せ参じた目的はなんだったでしょう?

 先日の戦いの中、卑劣なるテロによって尊い生命を散らされた、クロヴィス殿下の英霊を慰めるためです。

 非道なるテロリストの犯した罪を、法と正義の名のもと明らかにし、正当なる裁きを与えることで殿下の魂を安らげるためなのです。

 良識あるブリタニア臣民の皆さん、私は敢えて問います。

 クロヴィス殿下は、なぜ死なねばならなかったのか、と――』

 

 正直、形式に凝り固まったガチガチの軍広報担当者たちなどプロの報道マンであるディートハルトからすれば素人同然の役立たずでしかなかったが、上からの命令なら民間人の指示にさえ従える上下の意識と、彼らが持つ肩書きには価値を認めないわけではない。

 その権限を活用して、彼はクロヴィス時代から登用されていた棒読みの女性アナウンサーを更迭させ、代わって自分の局のベテランを起用させて今夜のショーに臨ませている。

 

「ああッ!? スタジオからの催促? そんなもん待たせておけばいい」

『で、ですが軍から渡されたタイムスケジュールだと、とっくにクルルギ容疑者を乗せた護送車が通ってる時間のはずですし・・・・・・なにかトラブルあって、押してるんだったらコッチから気を利かせないと軍から後でなに言われるか・・・・・・』

「アホウ! 押してなんかいない! すべて予定通りだ! こーいうのは予定より待たせて焦らさせた方が注目されるもんなんだよ!」

 

 今まではクロヴィス本人が劇的なものを好み、自らが主演の演出過剰なアジテーション番組を組ませることが多く、前座でしかないアナウンサーには無個性な方が丁度良いとして配され続けていた人事だったが、先日の事件により今後は他の分野でも移動が相次ぐかも知れない。

 その時に、少なくとも広報関係の人事については、民間人の立場のままでも無視できない影響力を持つことになる人物は、おそらく彼という事になるのだろう。

 

 他者から見れば、羨ましい限りの出世頭となる未来が、ほぼ確定している現場のチーフ。

 だが当の本人は、約束された未来の栄光に舌打ちしたい想いを抑えるのに苦労していた内心を、他の者達には理解できない。

 

「それぐらい知っておけ! 何年やってるんだお前はッ、アマチュアじゃあるまいし! たくッ!

 ――フン、こんな出来レースの仕切りをやらされる羽目になるとは・・・俺も落ちたもんだぜ」

 

 相手の書いた筋書きを想定し、行間の間を読み、それに合わせるよう準備を整える。

 ――その程度なら、自らの才覚で身を立てる事すらできない宮仕えの召使い共でも簡単にできると、ディートハルトは心底から思っているタイプの人間で、仮にも自分の腕一つで成り上がるジャーナリストになった者がやる雑事ではないと、今回の依頼を受けざるを得なかった自分を自嘲する気持ちはあっても誇る気にはまったくなれない。

 

 そんな気に陥り、モチベーションを下げられること甚だしい思いを抱かさずにはいられなくなっていたのである。

 だが当然のこととして、ブリタニア帝国ジャーナリズムの現実はそうではない。

 

 政府機関に対して受動的な精神要素が強く、唯々として上からの命令を実行するだけの精密な機械であるに過ぎない者が大方を占めており、占領前の《エリア11》と比較してさえ主体的な判断力や批判力にとぼしいとされているのが実情ですらある。

 ただ本来、全体主義のブリタニア帝国という専制国家内部のジャーナリズムとしては、それで充分でありディートハルト個人の存在こそが異色なだけだ。

 

『そうです、その回答を私は既に述べました。

 殿下は、ブリタニア帝国の繁栄と平和を守らんがため、それを阻む悪逆なるテロリストとの聖戦に尊い御命を捧げられたのです!

 これほど崇高と称するに値する死があるでしょうか!?

 自分のためにのみ生きること、自分のためにのみ死ぬことが、如何に卑小であるかを我々は明記しなければなりません。

 それこそが、殿下の御命を奪ったテロリストたちが、我らの帝国に徒なす理由だからです。

 だからこそ我々は、彼らの心ない抵抗に屈する訳にはいきませんッ。我々は―――あっ! 見えてきました、クルルギ・スザク容疑者です!

 クルルギ・スザクを乗せた護送車が、まもなくこちらに・・・・・・ッ!!』

 

「・・・ほうらな。予定通りだ。スタジオの方、ちゃんと移動させた分は戻しておけよ? そっちが勝手にやった分まで俺はケツを持ってやる気はないぞ」

『わ、わかりました・・・・・・今すぐに!!』

「ふん、アマチュアが。―――もっとも、これからは俺もソッチ側か・・・」

 

 狭い車内の片側いっぱいに配置されている無数のディスプレイ、その内の一つに橋の向こうからゆっくりと姿を現し始めた、ナイトメア部隊に周囲を守られて移動してくる大型車が映し出された光景を見つけ、ディートハルトは再び自分自身を冷笑する。

 

 ジェレミアの書いた筋書きは、台本を渡されて最初に目を通したときから分かり切っていた。

 彼は今回のショーで、内外に潜む敵をあぶり出し、一掃するための狼煙として用いたいのである。

 その為にも敢えて、予定日よりも護送を遅らせ、今日もまた指定されたタイムスケジュールを超過する時間になってから到着してきている。

 

 自分たちブリタニア軍内部に、不備があったようにゲリラたちへ思い込ませたいのだ。

 そうした上で、誘いに乗って出てきたところを、テレビの見ている前で容赦なく盛大に殲滅させる。

 そうして、ブリタニアの旧日本残党に対する完全勝利を宣言する腹積もりなのだ。

 

 その映像を見ていた者たちの多くは、ブリタニア軍の勝利と精強さを、イレヴン側ゲリラの脆弱さと敗北とを同時に感じる者が多くいるはずだ。

 そうなれば後は仕事が楽になる。民間からの協力者や支援なしに都市ゲリラやパルチザンなど長続きできるものではない。軍隊だけで戦線を維持するなど、軍国主義ロマンチシズムの妄想でしかないのだ。

 

 民間レベルでの宣撫工作として、今回の護送は企画されたショーでしかない。

 台本を書いたジェレミアとしては、主賓が登場するまで劇の開幕を遅らせたがるのは当然の発想だった。

 

 だからディートハルトは、台本通りのタイムスケジュールで準備を進めさせながらも、一方で全ての部署に余裕を持たせた配置になるようセットしておくのも忘れなかった。

 あらすじに無い行間を読んで、先回りして行動を起こすのは特ダネを追い求めるジャーナリストなら当然のこととしか彼は思わなかったが、ジェレミアからは使い勝手の良い男としてますます気に入られる結果となってしまっているのは果たして誰にとっての不幸であったか?

 

 

『街道に集まった人々からは、怨嗟の声が! 怒りの声が上がっていますッ!

 殿下がどれほど愛されていたかという証の声ですっ。

 その殿下の命を奪った、非情なるテロリストを裁く正義の声なのですッ!

 事件解決に尽力したジェレミア辺境伯自らが、代理執政官として護送の指揮を執っています』

 

(・・・・・・だが妙だな。やる気の出ない仕事だったわりに、今夜の準備には多少、念を入れすぎた気がする―――何故だ?

 出来レースにしかなりようがない布陣だってのに、予想外の特ダネが舞い込んだときと同じ、妙な胸騒ぎが感じられる・・・・・・)

 

 やや自分の中に生じた違和感に首をかしげながら、ディートハルト自身にも理由までは分かることが出来なかった。

 それは彼の中で覚醒し始めていた魂の燃える音。見物な祭りを見物したいと願い欲する、不遜な男の魂が彼の中で目覚めのときが近づいている証であったが―――彼自身には、それを把握する術はない。

 

 

 

 

 そんな中、民間人たちやジャーナリストには届かない軍専用の回線を使って、ジェレミア個人のもとへ直接もたらされていた情報があったことを、意図的に集められていた一般の人々は誰も知らされていなかった。

 

『ジェレミア辺境伯――いえ、代理執政官。サード・ストリートから本線へ向かう車両があるのを発見いたしました』

「なにっ、それでどう対処したか?」

『ご指示された通り、ノーチェックで通しましたが、その・・・・・・』

「それでいい。招かれざる客とは言え、門に入る前にいなくなっては興醒めもいいところだからな。――それで?

 その対象は、テロリストのものと考えてよいのだな?」

『そ、それが・・・クロヴィス殿下の専用御料車らしきものを使っているようでして・・・・・・』

「殿下のッ!?」

 

 その報告には、さすがのジェレミアにとっても予想していない展開だった。

 が、理解できない手という訳ではない。仕掛けてきた敵の狙いも大方は予測可能なものでもある。

 

「ハッ・・・ふざけた奴だな。構わん、そのままコチラに通してやれ」

『はっ! あの・・・本当に宜しいのですか? 罠という可能性も・・・』

「分からんか? だからこそ通せと言っている。まさか車一台だけで捕虜奪還もなにもあるまいよ。――後の始末の準備、抜かるなよ?」

『――ハッ! 了解いたしましたっ、早速に!』

「よし、全軍停止ッ!!」

 

 罠にはまって炙り出された敵を一掃するため、仕掛けの発動を指示し終えたジェレミアは、スザクが乗せられた護送車の周囲を囲むように配置させた警備部隊に向けて片手をあげると、一時停止の指令を出す。

 

 本来の予定にはない行動だった。

 周囲の野次馬たちも、空から現場を撮影していた撮影ヘリの搭乗員たちにも報道陣たちからも、一部で疑問の声が上がり始める。

 

 だがジェレミアには、率いてきた隊を止めてやる必要があったのだ。

 予想される“敵部隊からの襲撃”を迎撃するため、こちらの用意したダンスホールでのみ踊らせる必要性が。

 

 やがて見えてきた相手の姿に、ジェレミアは口元に冷笑を浮かべる。

 

 ――なるほど、確かに見てくれは殿下の御料車をよく似せて作ってはある。

 それが我々へのメッセージという訳か。テロリスト共め、存外に小賢しい。

 

「出てこい! 殿下の御料車を穢す不届き者が!

 その勇気があれば我が前に姿を現して見せよ!」

 

 自分でも平凡だと感じた挑発の言葉を、ジェレミアは近づいてくる車両に向けて拡声器を使って投げかける。

 彼はコチラに近づいてきた車両を『陽動のための囮』と考えた故での結果だった。

 

 バカ正直に正面から姿を現し、完全武装の軍隊に囚われている虜囚を浚っていこうなどと考える愚か者など、流石のイレヴン共といえどいるはずがない。

 ならば本命は、周囲のいずこかに潜んで隙をうかがっていると見るのが妥当だろう。クロヴィスの御料車に似せた形で姿を現したのも、自身が今回の一件に関連しているとアピールしたがった故でのもの。

 

 ならば敢えて相手の手に乗ってやることで、本命を誘き出した方が得策というものだった。

 下手に今の時点で制圧し、囮だけを捕縛して本命共に逃げられてしまったのでは本末転倒というものだ。

 

 ジェレミアがそう考えたのも無理からぬ状況だったのは事実だが、後日に彼はこのときくだした決断を盛大に後悔することになるとは予想していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな!? 真っ正面から行くなんて・・・・・・どうするつもりなんだアイツ!」

 

 その光景を見つめ、驚きの声を上げていたのは敵より、むしろ味方の方だった。

 ジェレミアたちの元へと向かって進み続ける車に乗っている人物――クロヴィスを殺した真犯人を自称して『ゼロ』と名乗った仮面の男に協力することを了承した日本側ゲリラを率いる若きリーダーである扇要は、信じると決めた相手の無謀としか思いようがない行動に焦りの色を濃くして怒鳴り声を上げる。

 

 だが、今から自分がいって何かできる訳でもない。

 信じて待つしか、今の自分たちにできることは何もないのだから・・・。

 

 

「本当に、こんなハリボテで助け出せると言うの・・・? 相手がいったい何人いると・・・」

 

 ゲリラの女戦士である香月カレンもまた、操縦席に座りながら冷や汗を垂らして協力を約束した『ゼロ』と名乗る人物の思わぬ行動に肝を冷やしていた一人だった。

 渡された設計図を元にして、表面だけを似せて作ったクロヴィス専用の御料車に見えるよう偽装を施しただけのハリボテ車と、そして・・・・・・もう一つの『虚仮威し』

 

 ゲリラとしての裏ルートを使って、その二つを用意したのは自分たちだったが、それらを使ってクルルギ・スザクをどう助けるかの計画内容までは知らされていなかった。

 そのため無謀としか思えぬ使い方で、敵陣の中央へと突き進んでいく姿を見せつけられては気が気でない。

 

 

 

「ハッ、だから言っただろ? たった三人で出来る訳ないってよ」

 

 仲間たち2人が見ているのと同じような光景が映し出されている画面を眺めやりながら、玉城というガラの悪い人相の青年が吐き捨てるように呟いていた。

 彼もまた扇たちと同じ日本側ゲリラ組織に属する一員だが、カレンたちとは違いゼロのことを信用していないメンバーの1人でもある。

 だからこそ今回、彼は2人とは別行動をとっている。組織の一員としてなら作戦に参加するが、ゼロの立てた作戦とも呼べない無謀に付き合わされるのはゴメンだと。

 

 

「・・・だが、今のところ事態は彼の計画通りに動いてる」

「へっ、たまたまだって」

「ジェレミアの停止命令は、大魚を求めて小さな手柄では満足できなかった場合にくだされる――だったわね、確か」

「たまたまだよ、たまたまッ!」

 

 玉城と同じ光景を映し出しているモニター画面を見ていた仲間たちの間からも、微妙に不信と信頼との間で疑念が生じはじめていた。

 味方や、味方の候補であるはずの者達までこうなのだ。

 

 

 

 ・・・・・・敵側の戸惑いと疑問は、味方の比ではなかったのは言うまでもない。

 

 

『い、一体どうしたことでしょう? 停止するという予定になかった地点で一時停止を命じられたジェレミア辺境伯率いる部隊に、前方から接近してくる車両があります。

 これは・・・クロヴィス殿下専用の御料車に見えますが、何かアクシデントがあ――!?』

 

 上空から撮影していたヘリのアナウンサーが、驚きの声を上げる。

 近づいてきた車の天井が一瞬にして火がついて燃え広がると、後部にあった部位が焼失して―――中から、仮面の男が現れたのだ。

 

 

「私は―――『ゼロ』」

 

 

 誰もが驚きのあまり声も出せずに、突如現れた正体不明の人物に視線と意識を集中させている中で、その人物自身は自らのことを、そう表現した。

 

 自らは「ゼロ」――「無」の存在だ、と。

 

 

『な、何者でしょう? この人物は。自らをゼロと名乗り、護送車の前に立ち塞がっていますが・・・・・・テロリストなのでしょうか?

 しかし、だとすれば余りに愚かな行為です。この状況で彼は一体、何をするつもりだというのでしょう――っ』

 

 道の左右からはどよめきが大きくなり、テレビから流れるアナウンサーの声も若干浮ついていく。

 それらを耳にさせられ、ジェレミアは小さく舌打ちをする。

 

「・・・・・・不味いな、コレは・・・」

 

 統治者としてはともかく、実戦指揮官としては戦場経験豊富な彼は、イヤな雰囲気に場が支配されつつある状況変化を敏感に感じ取ることが出来ていたのだ。

 敵の雰囲気に飲まれてしまいつつある。空気というものは別の兵たちに感染しやすい。ムードに飲まれてしまった状態での戦闘というのは、予想外な行動を兵たちがとりやすくなって思わぬ危険が生じるリスクが増える。

 街道の両脇に愛国的な市民たちを多く集めている状態で、それは避けたい。

 

(本音を言えば、捕虜の奪取部隊が騙し討ちで襲いかかってきたところを迎撃させ、イレヴン共の卑劣さを印象づけたかったのだが・・・・・・やむを得ん)

 

 流れを変える必要性を感じたジェレミアは、空に向かって銃口を向けながら居丈高な声で命令を発することで、無理やりにでもネズミたちを誘き出す策へと方針を一部変更させる。

 

「もういいだろう、ゼロ。君のショータイムはお終いだ。

 そろそろフィナーレと行こうじゃないか」

 

 劇的なセリフを吐きながら、銃弾を一発空に向かって発砲させ―――それを合図に到着してから少しの間またせていた援軍へと、降下してくるよう命令をくだす。

 

 

 ――ズシンッ!ズシンッ!!

 ゼロが乗った偽装御料車を囲むように空から純血派のサザーラント3機が降りてきて、銃口を向けて逃げ道を完全に封じ込む。

 

「さぁ、その仮面を外してもらおうかな? ブリタニアには向かった謎の男ゼロ君とやら」

「――フッ」

 

 脅しを受けた相手が、仮面の中で小さく笑ったのが、はたしてジェレミアには聞こえたろうか?

 それから、ゆっくりとした手つきで仮面へ伸ばされていくゼロの動きをジェレミアは余裕の笑みで眺めやる。

 

 そうだ、それでいいとジェレミアは思った。

 そのまま仮面(作戦の偽装)を外して、いい加減に本命を見せてこいと。

 

 これだけ派手な事をやっておきながら、ただ正面から姿を晒して敵に捕らわれたがるだけのアホウなどいる訳もない。絶対に何かしら裏がある。

 それを出させるためにも、仮面は一つ一つ剥がしてやる必要があるのだから・・・・・・

 

 

 そういう想定で語っていた彼の予想に反して、相手の男がやった行動は仮面に伸ばされていた手を上げて、パチンと。

 指を鳴らす仕草をして見せただけ。たったそれだけの事で―――事態は一変させられる。

 

 

 

 

 

 

「な! なにぃぃ・・・・・・ッ!?」

 

 ジェレミアは突然に現れたソレを見せつけられて、驚愕の呻き声を上げて何も言えなくなる。

 後悔の念に、彼の細面な頬を引っぱたかれる幻聴を彼の鼓膜は間違いなく耳にさせらる。

 

 

 ゼロが現れた位置から、更に後方にある御料車の後部。

 その場所が内部から割れるように分解して、中から現れた見覚えのある奇妙な形の巨大なカプセル。

 

 その存在を、形状を、彼は最近の記憶として覚えていた。

 忘れかけていた悪夢として、今まさに自分の見ている目前でソレは記憶の底から蘇ってくる。

 

「ジェレミア卿! あれは・・・アレはまさか!?」

「毒ガス、の・・・・・・まさかッ!?」

 

 自分たちが出撃を命じられ、クロヴィス殿下が戦死させられた先日の戦闘。

 途中から命令が変更されて、シンジュク・ゲットーの大掃除へと作業が移り、その後は音沙汰もないまま殿下の横死という一大事と臨時執政官への就任という大任によって完全に『過去の出来事』として無かったことにしてしまっていた存在。 

 

 イレヴンのゲリラ共に奪われたという、ブリタニアが開発した新型の毒ガスが詰まったカプセル・・・・・・あの混沌とした戦闘で消息不明となり、その後は発見されたという報告も使用されたという被害報告も届くことがなかった存在。

 

 だが、伝家の宝刀というものは抜かれるときの為にこそ、飾られているものだという認識を、ジェレミアはこの時ようやく思い出すことになる。

 

 

『な、なんだアレ・・・?』

『テロリストがなにかやる気なんじゃないの?』

『まぁ、軍が完全に包囲してる状況では大した危険はないだろうが』

 

『え、えー・・・テレビの前の皆さん。見えますでしょうか?

 ゼロと名乗る仮面の男が合図らしきことをした途端、何かが姿を現しました。

 何らかの機械と思われますが、目的や用途は不明です。

 状況から見て、クルルギ容疑者とからんだ何かの道具なのでしょうが・・・・・・テロリストと思われる人物からの声明を待ちますので、しばらくお待ちください』

 

 周囲から聞こえてくる、それらの声を聞かされてジェレミアは、「しまった」と思った。

 自分の浅はかさが今更ながら悔やまれる。

 

 あの作戦のとき、自分たち捜索に当たっていた者達には軍事機密として特別に教えられていたカプセルの中身である『ブリタニア軍が極秘開発してイレヴンに奪われた毒ガス』という正体にかんする情報の一切は、当然ながら一般市民たちには知らされておらず、偽装のためか見た目からは中身を想像することが難しい形状をしている危険物質。

 

 もし今ここで、アレが起爆させられたらナイトメアに搭乗している一部軍人以外の大半は死に至る恐れがある。

 

 一方で、それを阻止するため市民たちに避難指示を出してしまえば、相手は自らも犠牲になるのを承知で自爆させ、自分たちブリタニアを巻き込んでの盛大な無理心中を図ってくるだろう。

 やらずとも人質に逃げられれば自分たちだけ死ぬ状況となれば、せめて道連れを謀るのは敵として当然でしかない。

 

 つまり自分たちは、人質を取られて銃口を押しつけられている側へと、立場を逆転されてしまったのである。

 それも、この場にいるブリタニア人市民たち全員という壮大な数での人質として・・・!!

 

「くっ! だが・・・ッ」

【ほう? 撃ってみるか。分かっているのだろう、お前には。これに入っている中身と、それが解き放たれたとき、誰が犠牲になるのか・・・という結果が】

「む、むぅ・・・」

【つまらん張ったりはやめておけ。一流の戯曲が完成を見るには一流の俳優が必要だそうだが、卿の演技はいささか見え透いていて興をそぐのでな】

「くぅ・・・っ、言ってくれる・・・・・・ッ!!」

 

 歯嚙みしながらも、ジェレミアには決断をくだす道を選ぶことができなかった。

 もしこの場でテロリストの脅迫に屈することなく立ち向かえば、ブリタニア軍人の矜持とテロに屈せぬ帝国の勇猛さは守れるかもしれないが――市民たちを道連れにした【純血派】という勢力は確実に消滅するしかない。

 

 それではジェレミアにとっては、あまりに意味がなく、報われない結末だった。

 だが、相手にも弱味はある。人質なしで今この場から逃れる術は奴らにもないのだから、交渉の余地は充分にある!

 

「・・・分かった! 貴様の話を聞こうじゃないか、ゼロ。要求は?」

【交換だ。コイツと枢木スザクの身を。貴様らブリタニアが虫ケラのように見下すイレヴン一匹で、大勢の尊いブリタニア市民の命が大勢救えるのだ。悪くない取引だろう?】

「――違う!」

 

 だが、そこで予想外の位置から否定の声が響く。

 護送車に乗せられ、左右から銃口を突きつけられ、拘束された姿で囚われの身となっていた、取引の対象である枢木スザク自身が声を発したのだ。

 

「それは毒ガ―――ぐぅッ!?」

 

 だが、ジェレミアたち真相を知らされていない一般のブリタニア兵と違って、親衛隊以外では唯一その中身と正体を知ることになった軍人のスザクが、馬鹿正直にも真実を語ろうとして罪人用の戒めに阻まれた苦痛の声が聞こえ、ゼロを―――ルルーシュを微かに苦笑させられる事になる。

 

 

 ――つくづく律儀な男だと思ったからだった。

 そもそも、これが毒ガスが詰まったカプセルだと『嘘を教えられていた事』が、彼自身が今このような立場に立たされる羽目になった大本だというのに。

 それでもまだ律儀に、誠実に、真相について語りたがるバカがつくほど誠実すぎる少年。

 

 ――だが反面、そうであるが故に哀れみも感じさせられる。

 今のスザクが、仮にカプセルの正体を最後まで語れたとしても、誰1人彼の語る真実を信じる者はいなかったことがルルーシュには分かっていたから。

 

 自分を護送する部隊の前に立ちはだかってきた、ゲリラらしい男が取り出してきた、ジェレミアたちが「毒ガスだ」と教えられているカプセルを、名誉ブリタニア人のスザクが「偽物だ。毒ガスではないから制圧して問題はない」と言ったとして。

 

 ジェレミアたちブリタニア軍は、イレヴンの言葉を信じて『本当に毒ガスだった場合は全滅するリスク』を選ぶだろうか?

 

 あるいは逆に、『それは本物の毒ガスだ』と嘘の証言をした場合でさえ、それは『自分と交換する価値がある』と語ったに過ぎず、単なる命乞いの言葉としか受け取られることはありえない。

 

 枢木スザクが語った話だから、というだけで真実も嘘も、すべてが虚偽とされてしまう立場に今のスザクは追いやられている。

 バカがつくほど正直すぎる男にとって、皮肉すぎる立場としか言いようがない。

 

 ――そんな状況から救ってやることで、『先日の借り』を返させてもらう。

 ゼロことルルーシュの意思は、揺らぐことはない。

 

「笑止! この男はクロヴィス殿下を殺めた大逆の徒ッ、引き渡せる訳がない!!」

【フッ・・・成程。だがそれなら、何の問題もないということになるな】

「なん・・・だと・・・・・・?」

 

 予想していなかった相手からの返答に、思わずキョトンとした表情と反応を返してしまったジェレミアの横で、素早くすり抜けるようにしてゼロの近くへと駆け寄っていく黒い影が走り寄る。

 

 ディートハルト・リード。

 危険そうな気配を漂わせ始めた現場に、及び腰になっていく部下たちを見限って、責任者自らカメラを片手に特ダネの一大スクープを撮るために彼はゼロの元へと、ゼロの視界からも見える位置まで走り寄ってきてカメラを向けて構えた。

 

 

 後に『世界を壊した1シーン』として賛否両論が送られることになり、ジャーナリストを志す者達にとって羨望の的ともなる映像。それが撮影された記念すべき瞬間が・・・・・・今、訪れる。

 

 

【違うのだよ。間違っているぞ、ジェレミア。

 クロヴィスを殺した犯人は、ソイツではない。

 奴の眉間に銃口を押しつけ、命惜しさに味方の兵を殺させ、見苦しく泣き喚きながら命乞いをしてきた奴を殺したのは――――この私だ!!

 このゼロこそが、味方殺しの虐殺皇子『ブラッディ・クロヴィス』を殺した真犯人だ!!】

 

 

 

 その発言の内容が与えた影響の大きさは、今までの全ての比ではない。

 

 

 ――クロヴィス殿下を本当に殺した真犯人・・・本当に!?

 ―――では、いま捕まっているクルルギ容疑者は一体・・・!?

 

 ――クロヴィス殿下がテロリストに脅されて味方を殺させたですって!?

 ―――味方殺しのブラッディ・クロヴィスなんて・・・・・・そんな!? 

 

 

 

 一瞬にして情報が伝播し、人々の間でゼロと名乗った男の言葉が真実か虚偽かと囁き交わす声が、あからさまに響き合う。

 その光景を見せつけられ、他の誰よりも感心させられ、また感動を抱かされたのは、一連の映像を余すことなくカメラに納め続けて『生放送』をし続けていたジャーナリスト、ディートハルトその人自身だった。

 

 

「ほう・・・! コイツ、事件をショーにするつもりなのか・・・ッ!!」

 

 

 目を輝かせて瞳を見開き、憧れの対象でも見上げるような視線でゼロを見つめるブリタニア人の男ディートハルト。

 彼には情報伝達を担う者として、他の大衆たちとは異なるゼロの発言の真意が分かる立場にいたからこそ、より仮面の男に強く惹かれて心酔していく理由になっていたのだ。

 

 

 ゼロは今―――『何も言っていない』という真実をである。

 

 

 ただ、仮面をつけて正体を隠し、男か女かも判別できない、ゼロという明らかな偽名を名乗った人物が、カメラの前で『自分がクロヴィス殺しの真犯人だ』と自己申告の宣言をしただけのこと。

 

 なんらの証拠を示された訳でもなく、証人もなく、そもそも「殺した」と自白した自分自身が誰なのかさえ語っていない。

 

 こんなものは本来、なんらの価値もなく犯人とは到底呼べない、都市伝説程度の噂話にしかなりようがない代物のはず。

 実際、集まっていた群衆たちの間でも真偽について、信じた者は1割程度といったところだとディートハルトの目には見える。

 

 だからこそ、凄いのだ。

 何の証拠もなく、何の根拠もなく、自分が誰なのかも示さぬまま、ただイメージと印象だけで『1割もの人間に信じさせた』・・・・・・そのプロパガンダとしての才能と実績は、既に過去の如何なる人物たちでも届かない域にまで昇りつつあった。

 

 少なくとも彼の目には、そう見えていた。

 ジャーナリストとして、情報伝達の場に身を置く人間として、これ程の逸材と同時代に産まれた自分が、彼を撮影して世に広めないのは罪だとさえ確信するほどに――っ。

 

 

 だが、彼自身も自覚できていない部分が一つだけある。

 あまりに感動が強すぎて、意識することが出来なくなってしまっていたが、彼の中では別の異なる魂が蘇っていたのである。

 それは、混沌とした乱世の始まりを予感させる風に誘われて目覚める、危険な面を持った愉悦の魂。

 

 

 その覚醒が、彼の人生と行動にも大きく影響をもたらすようになるのは、まだしばらく後の話になる。

 

 

 

 

 

 

「こ、コヤツは狂っている! 狂っておるぞ!!」

 

 ジェレミアは望まぬ方向へと急転直下で激変してしまった事態を前にして、混乱させられながらも場を納めるにはコレしかないと、ゼロに向かっての攻撃を部下たちに命令した。

 焦るあまり、毒ガスのことを失念していた――という訳ではない。

 覚えてはいるし、意識もしていたのだが、それを気にしていては事態悪化を防ぐことが不可能な状況に陥りつつあった。それが理由での決断だったのである。

 

 まさか何らの証拠も示すことなく、コレだけ多くの人々に言葉だけで自分こそがクロヴィス殺しの真犯人だという話を信じさせてしまうなど、一体誰に予想できる!?

 

 クロヴィスによる虐殺命令の件もそうだ。

 このタイミングで持ち出されたのでなければ、『テロリストが敵将の悪評を撒いただけ』としか愛国的ブリタニア人達の耳に聞こえることはなかった。

 だが現実に、周囲に集まった人々の多くは、奴の言葉を信じつつある。いや、真実か否かを真剣に討議しはじめているのだ。

 

(イカン! このままでは――ディートハルトは何をしている!?

 早く奴の情報を上書きしなくては・・・・・・いや、奴は民放の所属で軍の管轄下にはなかったか、クソッ。やはり手駒に納めておくべきだったか・・・・・・ッ!!)

 

 何より厄介なのは、ゼロと自称する相手がテロリスト個人の名ではなく、反ブリタニアの象徴を示すコードネームとなってしまいかけている、という点だった。

 顔を隠して本名も明かさず、ただ『殿下暗殺の真相を知っているテロリストのゼロ』という噂だけが一人歩きし始めているのである。

 

 そうなっては、今この場にいるコイツを殺したところで、影武者だったことにすれば何人でも『生きていた本物のゼロ』を作りだすことが可能になる。テロ撲滅などできるものではなくなってしまう!

 

 特定の拠点に依存する国家間戦争とは事なり、テロリストの殲滅戦では戦闘よりも、むしろこういった宣伝報道による情報戦こそが重要になる。

 それによって敵の復活を阻止することが可能になるからだ。ただ勝てばいいというものではない。

 

 だが、戦場の勇者は多くとも搦め手が得意ではなく、そういった方面を理解している者は少数派なのが軍閥勢力《純血派》の欠点だった。

 ジェレミアとて、指揮官クラス候補の将校として教育を受けさせられてはいるものの、得意分野といえるほどの自信をもっている訳ではない。

 だからこそ外部に人材を求めたが・・・・・・どうやら今この場で頼れるのは、自分一人しかいないようだ。

 

 彼は指揮官として決断をくだす。

 

「その慮外者を我が前に引きずり出せ!

 殿下の御料車を偽装し、愚弄した罪を購わせるのだッ!!」

 

 上官から焦燥と共に命じられ、ただ右往左往していた部下のナイトメア部隊がようやく動き出し、銃口を突きつけながら同時にゼロへの包囲をゆっくりと狭め始める。

 事態の変化を理解できず、さりとて対処法が分からぬまま、ただ空気が危険な方向へ動いていることだけは感じることが出来ていた彼らは、自分が何をすべきなのか考えることが出来ず立ちすくむことしか出来なくなっていた。

 

 型どおりの上意下達な命令遵守の教育方針を徹底された結果であった。

 もともとナイトメアという新兵器の操縦者には、既存の軍隊と異なり瞬時に独自の判断が求められる部分が多く、それ故に今まで下位に甘んじてきた若手の軍人たちが『現代の騎士』として戦場の主役へと舞い戻っていたのが神聖ブリタニア軍の特徴ではあった。

 

 少なくとも、初めてナイトメアが実戦投入された7年前のニホン侵攻時には、そのように戦われ、旧弊きわまる日本側の防衛軍を各地で駆逐するのに貢献したのだ。

 ・・・・・・だが、あの戦いから7年という歳月が流れたことで、『支配者である勝者として過ごした時間』が、命令なしでは動こうとせぬ責任回避の風潮を、彼らの心に育むようになっていた。

 

 だが、ある意味でそれが今は功を奏する結果に繋がっていた。

 自らの責任と意思で行動を選ぶことが出来なくなっていた《純血派》の一般兵士たちは、指揮官からの命令に従うだけでいいという『地位身分』を与えられたことで安心し、なにも考えぬまま唯々諾々と命令遵守するだけの日常業務に安心感すら感じていた。

 

 これはブリタニアの階級制が生んだ弊害――と言うより、ジェレミアの主張で結成された《純血派》という現代に蘇った血統主義の軍閥だからこそ持ちやすい心理的傾向だったと言えるだろう。

 

 血統によって栄達できるが故に、生まれの身分が低い者が多く属する純血派のメンバーたちは、独自行動で被るリスクで失うものが他の者達より多い立場にあったからだ。

 貴族主義的な発想でありながら、下位にある者が多数派を占める、言うなれば『成り上がりの集団』でしかないという矛盾した側面が今の結果をもたらすのに一役買っていたことをジェレミア自身は気付いていない。

 

 

 その欠点にゼロは――ルルーシュは徹底的につけ込むことを決意した上で、この場にいる。

 

【ほう? 私を捕らえるか。捕らえさせ『先程の発言は狂言だった』と証言させる司法取引でも持ちかけるつもりかね? 印象の上書きでも狙うために。

 フッ――そんな事をしたところで、一度広まってしまった真実を人々の記憶から消すことが出来るとも思えんが・・・・・・】

「う、うるさい! テロリスト如きが我らに説法をかますか! 分際を心得よ!!」

【フフ・・・まぁよかろう。ブリタニアにはブリタニアの利益と主張があるのは当然だからな。

 だが、それは我らや日本人たちとて同様。

 だが、いいのか? それをすれば公表されてしまうぞ?

 『クロヴィス虐殺のオレンジ』を】

「な、なんだと・・・っ?」

 

 突如放たれた謎の単語に、ジェレミアは面食らって動きを止める。

 聞いたことのない単語であり、周囲を飛び交う兵たちのざわめきにも理解できなかったことが示されている。

 

 そんな当然の反応を前にして、クロヴィス殺害の真相を知ることができた唯一の男であるルルーシュは、仮面の裏側で鋭い冷笑を浮かべると容赦なく植え付けられた疑惑の種を拡大させるため言葉のメスを振りかざす。

 

【私が死んだら公開されることになっているのだよ。あの虐殺の際、クロヴィスがそうまでして隠したがった情報が】

「な、なんのことだ? 何を言っているのだ貴様は!?」

【私がどうやって、クロヴィスを殺すことが出来たと思う?

 厳重な警備をかいくぐり、戦場の最後衛から指揮を執っていた奴の暗殺を可能にした理由・・・・・・それがどれほどの難事か、貴様になら分かるはずだがな? ジェレミア臨時執政官殿】

「う・・・ぐ・・・・・・むぅ・・・」

 

 相手からの言い分に、ジェレミアは戸惑う。

 確かに相手の言う通り、最初からおかしな話ではあったのだ。あの警備をすり抜けて、殿下だけを暗殺し、あまつさえ味方を殺すよう命じることさえ可能にするなど人間業とはとても思えない凶行。

 事実ジェレミアも、そして側近に一人であるヴィレッタにも、その件に関しては『原因不明』として処理せざるを得なかった事案。

 

 

 ・・・・・・その真相が、いま奴の語った『クロヴィスのオレンジ』という単語によるものだったという事なのか・・・?

 おそらくコードネームか、あるいは何かの極秘作戦名として付けられたと思しき名称。

 

 無論ジェレミアに心当たりは全くない。

 ――だが、歴史ある帝室の内奥というものは、様々な秘密に彩られているのが常である。

 それらは一般に公開されることなく、宮廷の内部で処理されるのが常であり、表向きは何事もなかったように『事故』や『病死』として扱われている無数の尊き血筋の方々がいたことを、ジェレミアは一時だけでも宮廷警備隊に属していた経験から把握していた。

 

 たとえば――そう。

 

 彼が心酔し、今なお尊敬してやまない忠誠の対象、『マリアンヌ妃殿下』のご子息ルルーシュ殿下と、ご息女ナナリー姫様のように・・・・・・!!

 

 

 日本侵攻の際に、戦闘に巻き込まれて亡くなられたと発表されているそれを、ジェレミア個人は未だ信じることなく誤報だったと信じ続けている。

 あるいは、この男はその真相を理由にして、エリア11の統治を任されていたクロヴィス殿下への接触を可能としたのではないか?

 

 当時の殿下たちは、お二人でよくチェスを嗜むほど中が宜しかったと、先輩の同僚だった近衛騎士から聞かされている。現在の御立場からしても、あり得ない話ではない。

 もし、そうだとすれば、それは―――

 

 

 

【それでも尚、私を撃つというなら撃つがいい。

 私の背にある、毒ガスの詰まったカプセルごと銃弾で貫くがいい。

 ――だが! それを避けたければ我々だけと戦え! 相手を間違えるな!

 貴様らの敵は日本人ではない! 民間人を巻き込むな!!!

 “民間人を守って我らとだけ戦えばいい!”】

 

 

 

 テロリストの脅迫者らしからぬ、挑発じみた宣言の最後の一文を口にした瞬間。

 ゼロを名乗った謎の男の仮面が、目の部分だけが僅かに開き、その奥にあるアメジスト色の瞳が怪しく光った光景を目撃した者は、はたして今この場に一人でもいることが出来たであろうか?

 

 その直後に、ゼロの背後にあったカプセルは――『毒ガスの詰まっているはずのカプセル』が内部から破裂して、白い煙を一気に辺りへと拡散させていく。

 カプセルの中身を知らぬ者にとっては、『なにか分からないが視界を覆う白い煙』情報を与えられている者にとっては『ブリタニアが開発してゲリラに奪われた強力な新型の毒ガス』が周囲に広がっていく光景がテレビ画面に映し出されていた光景を白一色に埋め尽くした、その瞬間。

 

 

 

「―――よっしゃぁぁぁぁぁ!! 今こそ好機だ! 俺に続けェッ!!

 こうなると信じてたぜ! 俺の親友ゼロさんよ―――ッ♪♪♪」

 

 

 奇声を発して叫び声を上げ、画面に映し出されていた映像がホワイトアウトしたのを確認したのと同時に、日本側ゲリラの一員である玉城は、レバーを握ってエンジンを起動させて動き出す!!

 

 そして、彼がテレビ画面を見ていた狭いコクピットの隣で立ち尽くす、《警備に配置されていたサザーラント》に向かって、スタントンファーを振りかざして直撃させる。

 

「な、なんだ!? 造反か!?」

『いいえ! 敵襲よッ!!』

「な、なに!? うわッ!!」

 

 それに続いて、別の場所でも近くにいた同僚が乗っているはずのサザーラントに強襲を受けさせられた警備部隊の一機が、味方機のはずの攻撃によって損傷を被らされる声がスピーカーの中だけで木霊する。

 

「しまった!? 謀られたか! 敵は会場前の時点から我が方の機体を奪って、陣営の中に・・・!?」

 

 純血派の重鎮であるキューエルが、事態を理解して切羽詰まった声を上げた時。

 既に混乱は収まりのつかないレベルへ到達する寸前にあった。

 

「な、なんだ? どうしたんだ!? 敵襲か! クソぅッ、この煙じゃなにも・・・!」

「敵味方識別装置はどうしたんだ!? これじゃいい的だ! 誰か、味方に連絡を!援軍を要請してゲート封鎖を――うわっ!?」

 

 次々と敵に乗っ取られた味方機からの奇襲を受けている――らしい、同僚たちの声だけの報告。

 なまじ煙で視界が閉ざされ、奪われた味方機同士では敵味方識別も功を成さないとあっては、彼らが混乱するのも無理はない。

 

 そんな混沌とした状況とあっては、血気にはやる若い兵たちが多く参加している純血派として、強攻策に訴え出る者が現れるのは時間の問題であっただろう。

 

「バレンスタイン!? ちっくしょう! イレヴンの火事場泥棒共が! 思い知りやがれ!」

「バカ!撃つな! この煙の中だぞ!? 味方に当たるッ! 民間人をも巻き込みかねんぞ!?」

「じゃあ、どうしろって言うんだ!?」

 

 視界の閉ざされた中で一方的に、少数の敵から攻撃を受けているという不利な状態に耐えられなくなった一人が、テロリストに奪われた機体に味方が攻撃された―――と思われる方向に向かって銃を構え、トリガーを引こうとする寸前のことだった。

 

『辞めよ! 民間人を巻き込むことは私が許さん!!

 混乱を押さえて事態収拾を優先せよ!』

 

「じ、ジェレミア卿!? いったい、なぜ・・・!?」

 

 発砲しようとした銃口の先に、スタントンファーを叩きつけられ、銃弾を空しく道路にめり込ませることしか出来なかった兵が、自分を邪魔するよう命じさせた相手の声に驚愕の表情を浮かべて喚く。

 

「このままではテロリストの思う壺です! 奴らの好きにさせる訳にはいきません! 代理執政官殿、どうかご決断を! 攻撃の許可を!!」

『ならん! 我ら栄光あるブリタニア帝国軍人には、帝国臣民をテロの脅威から守る義務があるのだ! 帝国騎士の誇りを忘れるな!!』

「テロリスト共の言い様にされてもよいのですか!? このままでは混乱に乗じて奴らにクルルギ・スザクを奪われかねんのですよ! それぐらいなら殺すべきです! 民間人の犠牲は覚悟の上だ!!」

『ダメだ! 民間人を巻き込んではならん! それは帝国軍の名誉を穢す行為だ! 我らは皇帝陛下に忠誠を誓いし誇りたかき帝国の騎士! その我らがテロリストと同類になるつもりか!?

 誇りを思い出せ! “騎士の正義を成す”のだ!!』

 

 通信機越しに怒鳴り合い、互いの正義をぶつけ合って相反し合うブリタニア軍とブリタニア軍。

 すべての現象を把握し、俯瞰した視点で現状を見ることが叶う者がいたならば、さぞ滑稽で機会に見えたであろう純血派の陥っている現在の状況。

 

 だが、その場にいる当事者たちという者は、他人から見れば如何に滑稽な状況だろうと本人たちは至って真剣なものだ。

 

「――大義のため、時には一時の犠牲は必要悪だと言うことが、貴方には分からないのですか!?

 ならば私は、時代に判断を問うのみッ!!」

『!? バカっ! 止めろ! 誰も撃つなッ!!』

 

 激発した部下の一人が、ジェレミアの制止を振り切ると、護送車のあるべき方向へとアサルトライフルを向ける。

 敵の狙いがクルルギ・スザク奪還であるのは本人たち自身が自白している。ならば如何なる経路を辿ろうと、最終的には必ず奴を救出するため、そこに来ざるを得ない。

 

 ナイトメアではなく、熱量探知などを誤魔化す成分でも含まれているのか、充満するガスのせいで視界は閉ざされたまま個人の特定など出来る訳もないが・・・・・・『護送車の周囲にある全て』を吹き飛ばせば命中するのは確実なのだから―――!!

 

「手柄さえ・・・手柄さえ立ててしまえば、俺も・・・ッ!!」

 

 狂気の笑みを浮かべてトリガーに指をかける純血派のパイロット。

 その彼が乗るサザーラントが、テロリスト駆除のためなら大量虐殺さえ厭わない治安維持担当者の傲慢さを体現した凶行へと走ろうとし、そして―――阻まれる。

 

 

 ―――ガキンッ!!

 

「なっ!? 貴様・・・テロリストに味方する気か!」

『貴様こそ! ジェレミア辺境伯のお気持ちが分からぬのか!?』

 

 他の兵士が同僚の蛮行を阻止するため動き出し、一時現場は混迷を極めた事態に陥る。

 《純血派》という軍閥勢力の内部で、更に《ジェレミア派》と《造反派》とが相争う。

 そんな矛盾に満ちた状況がしばらくの間、続いた後

 

 

 

 

「・・・・・・はっ!?」

 

 ジェレミアは、煙の晴れた現場の中央に立ちつくした姿勢のまま、『意識を取り戻す』

 周囲を見渡すと、いつの間にか様々なものが破壊され、味方機は傷つき、護送車の上からはクルルギ・スザクの姿がなくなっていた。

 

「い、いったい・・・・・・なにが・・・? 私は、いったい・・・」

 

 見ると、何人かの兵たちが拘束された姿で、他の兵たちに押さえつけられている。

 訳が分からず、立ちすくむしかない彼の視界に映るのは、兵たちから自分を見つめる視線、視線、そして視線――。

 

 

 その多くが、自分への猜疑と疑惑と、敵対的な感情を抱いていると彼にも分かるほど露骨なもので―――反面。

 

 それと同数の兵たちから向けられる信頼と崇敬。

 中には自分に向けて、輝くような笑顔を見せながら敬礼を送ってくる兵まで混じっており、

 

 

「・・・・・・・・・???」

 

 

 

 ジェレミアの混乱と困惑を、さらに拡大する効果をもたらすだけだった。

 後の世に名高い『仮面の革命家ゼロ』による初めての犯行は、こうして行われ、そして終結した。

 

 だが、その計画の真意を理解して、後の歴史に与える影響を予言できた者は、今この場に誰もいない。

 

 

 

つづく

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