試作品集   作:ひきがやもとまち

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「コードギアス英雄伝」更新です。
私事ながら、片腕が痛いです…。腕が痛い中で文章を考えるのも書くのも、思ってたよりキツかったです…明日は休もうかと。


コードギアス英雄伝説~もしも仮面の男が黄金の獅子帝だったなら・・・~第15章

『相当に手荒な扱いを受けたようだな。だが、これで奴らのやり口は分かったろう? クルルギ・スザク一等兵。これがブリタニア帝国のやり方なのだと』

 

 仮面の男に語りかけられながら、嵌められてた手錠が外され自由を取り戻した己の両手の平を、クルルギ・スザクは複雑な想いと表情で見下ろしていた。

 皮肉な話であったし、皮肉な立場でもあった。

 

 法によって国を統治し、違反する者に裁きを与える側が、法に依らない裁きによって架していた不当な戒めを、法を破る者たちによって違法な手段で解き放たれ、正統なる自由を取り戻す。

 

 ・・・・・・日本のため、日本人のため、日本という土地で暮らす人々のため、名誉ブリタニア人となる道こそが最善と信じて進んだ今のスザクにとっては不本意極まりない現在の状況。

 だが、それら違法的手段によって、自分自身の正統な「生きる権利」と「無実の者の自由」を失わずに済んだこともまた事実。

 その事実こそが今のスザクにとっては何より辛い、皮肉な『正しい結果』だったのかもしれない。

 

『疲れたのではないか? まぁ、座るがいい。本来ならコーヒーかアップフェル・トルテでも出して君の心労をねぎらうべきところだが、このような場では贅沢も言えないからな』

「君は・・・・・・」

 

 自分を助け出してくれた謎の男とおぼしき人物が示してくれた、過剰なまでの気遣いには感謝しつつ、スザクは一つの疑問を確認するための言葉を放たずにはいられなかった。

 それは今の自分の立場からすれば恩知らずや、礼儀知らずの誹りを免れないかもしれないことではあったが、彼にとっては無視できない重要な問題。

 

 彼が・・・仮面の男である『ゼロ』が。

 シンジュク・ゲットーでの虐殺と日本ゲリラ・ブリタニア軍の戦闘を『攻撃を命令するクロヴィス皇子』を殺すことで終わらせた張本人だったのか――?という、彼の過去と重なる重要な問題を。

 

「君が――本当に君がクロヴィス殿下を殺したのか?」

『・・・・・・そうだ』

 

 その疑問の、あるいは確認の言葉にゼロは――ルルーシュは、わずかな逡巡の間を空けてから正直に短い回答を口にする。ヤー(肯定)と。

 

 昔からスザクに対してだけは、嘘の吐けないところがあったルルーシュである。

 あるいは他に言い様があったかもしれないし、今はまだ仲間になる誘いをかけるため敢えて指導者らしい大義と、敵の悪辣さをなじった方が効果的だったかもしれないが・・・・・・どうにも再会したばかりの親友と二人だけの場所にいる時には、そういう気分になりづらい郷愁に駆られてしまう。

 

 今この時だけは、二人の時間はブリタニアに征服された《エリア11》ではなく、征服される前に日本の田舎で過ごしていた当時に巻き戻されたような・・・・・・そんな錯覚を抱かずにはいられない。

 

 だが――それらは無論、幻想でしかない。一時の夢想にしかなりえない。

 現実の彼らが今いる場所は、ブリタニアの征服戦争時に破壊されて廃墟となっていた、無人の劇場跡でしかない。

 ジェレミアの謀略により殺されかかっていたスザクを助け出し、事前に盗みだし『報酬の前払い』として《サザーラント》を与えておいた日本のゲリラたちと合流し、一先ずは追っ手を撒くため避難場所として押さえておいた今いる地へと逃げ込んだ土地。

 

 そして今の自分たちは、祖国を追われて他国へと預けられた人質の皇子と、人質を受けとった国を統べる国家元首の息子ではなく。

 属する国から追われる身となっていた人質を助け出したテロリストと、人質の身から解放された亡国の王子にして裏切りの一兵士。

 

 あまりにも変わりすぎた立場と心境と共に、彼ら二人は今ここで向かい合っている。

 

『“これは戦争だ”・・・などと、お為ごかしは言うまい。あの戦闘で劣勢に陥らされていた我われ日本側が勝利を得るには敵大将を討ち取るしかなかった。だから殺した。

 殺さなければ我々の方が皆殺しにされていただけだったろう。

 尊き血筋の皇族サマが、自分を脅して人質にまで使った、“下賤な身分の者”を殺さず生かしておく道理がない。違うかね?』

「では、毒ガスは!? アレを使って民間人を人質にとってまで・・・っ」

『――毒ガス?』

 

 思わず放たれた、スザクからの強い思いを込めた反問は、だが相手からはほろ苦い反応が返されてくるものでもあった。

 それでもスザクにとっては、軽く流していい問題ではない。

 

『おかしな事を問うものだ。あのカプセルには最初から毒ガスなど入ってはいなかった。それを卿は知っているはずだが・・・?』

「!? ど、どうしてそれを・・・」

『私もあの場にいた一人だったからな。ブリタニアが毒ガスを開発したというデマ情報を日本のゲリラ達が察知して奪取しようとしている――との急報を知り、急ぎ駆けつけたところで戦闘に巻き込まれた・・・という訳だ。

 もっとも、ではカプセルの中身は何であったのかまでは結局確認できなかったが・・・・・・卿は知っているかね? クルルギ・スザク一等兵』

「・・・・・・・・・いや、知らない。僕自身も中身を見るまえに親衛隊が到着してしまったから」

 

 やや後ろめたそうにスザクは不器用に誤魔化して、ゼロも追求されないため言葉の防波堤を張る。

 スザクはともかくゼロは――ルルーシュには嘘を吐いているとは認識していない。

 彼が質問を投げかけた相手は、自らを救い出したテロリストのゼロであって、【ゼロという仮面の指揮官】が戦場に到着したのも、カプセルの中身を知り得ないのも、答えに述べたとおりの内容だったのは事実だったからだ。

 

 最初の質問だった、『スザクが濡れ衣を着せられて殺されかかった原因』としての「クロヴィス殺害の真相」と、続く質問とでは同じ性質のものだとはルルーシュもゼロも認識することはない。

 

 そういうタイプの人間であり、そういう性質を【覚醒した覇王】は持ち合わせていた。

 私人として親友を相手に接する自分と、冷徹な政治家として他者と接する己とを完全に別けてしまうことに彼の魂は慣れすぎていたのかもしれない。

 

「だが、そうならなかった時はどうする気だったんだ!? 相手が大人しく言うことを聞いてくれるとは限らない!

 もしそうなった時・・・・・・君は、犠牲を承知で強硬手段に打ってでるつもりでいたんじゃないのか!?」

 

 無論スザクは、あのカプセルの中身に毒ガスなど最初から入っていなかったことは承知している。だが彼にとって、事はそういう問題の話ではない。

 

 仮にあの時ジェレミアが脅しに屈する道を選ばず、それでも彼らが自分の救出を目指すか、脱出のため非常手段に訴え出ざるを得なくなるか。

 あるいはジェレミア自身が国家への忠誠のため、民間人を巻き添えにしてでもテロリスト殲滅を優先することはないと――いったい誰に保証できただろう?

 

 確かに結果的には、犠牲は一人も出ることはなかった。

 だが、そうならなかった時には、どうする気でいたのか? スザクが相手に問うていたのは、その部分への回答だった。

 

 もし仮に、『結果として犠牲者を出さねば済む話だ』という動機で行動を起こしていたのだとするならば、あの日あの時あの侵略の中。

 

 『結果として戦争が避けられるなら、徹底抗戦を主張する父親を殺してもいい』

 

 ――そう信じて行動した先に、瓦礫と化した日本の景色が広がっていた自分自身の今は・・・・・・そう思えてならない立場に今の彼はある。

 

 だが、しかし。

 相手からの反応は、彼の予想と期待の斜め上を行くものだった。

 

『その仮定には意味がない。現に毒ガスが入ったカプセルはなかったのだ。ならば、それを前提としない仮定の未来予測すべてに価値はなくなることになる』

「だから! そういう話じゃなく――」

『その時々の状況に合わせ、状況を利用し、最適とされる人材を配置して行うのが戦略だ。

 それら戦略条件を無視して、戦術だけを議論するなど、現実の戦争ではありえない。

 もし仮に、あのカプセルに本物の毒ガスが入っていた物だったなら。あるいはジェレミアたちブリタニア軍にクロヴィスが情報を秘匿して捜索させていたならば。

 私は今とは別の策によって、卿の救出を成す道を模索していただけだろう。

 わざわざ条件が変化した戦場で、同じ手を使うべき理由は何もない』

 

 平然と返され、スザクは却って返答に窮することになる。

 もともと彼は個人的な戦闘技術に優れていたが、戦術や戦略といった人の上に立つ者としての教養分野では、子供の時分からあまり良い成績を出せていない。

 またブリタニアに日本が征服されてからは、たった一人でも大事を成すつもりで自らを鍛え続けてきてしまったため、『個人の戦士としての視点』で物事を考えるのは、もはや癖になってしまってもいた。

 

 戦略や戦術に基づいた話を語られても、彼には答えようがない。

 だから彼は、やや不器用そうに『政治』と『思想』の話で応じることになる。

 

「・・・たしかに今のブリタニアは、君たちから見れば尽くす価値のない、法律を犯して破壊しても構わない国に思えるのかもしれない。

 でも、だから僕は“価値のある国”に変えるべき方が良いと思ってる。ブリタニアの内部から」

『変える? 国の内部からの変革――クーデターを起こすということか?』

「そうじゃないよ、そういう意味じゃない・・・・・・。第一それじゃ意味がない。

 間違った方法で手に入れた結果には、たとえ結果的には正しくても価値はないと、僕は思っているから」

 

 仮に今の日本でゲリラ達がやっているような、力づくの抵抗運動でブリタニアの支配から脱することが出来たとしても、その時の犠牲はブリタニアの人々から多くの憎しみを買い、『日本の再征服』を求めるようになるだろう。

 

 そうなった時、どうするのか?

 再び侵略され、征服された《エリア11》に戻された日本人として、『再独立』のための抵抗運動を再び復活させるのか? その次は? 永遠のシーソーゲームを始めさせるだけではないか。

 そして、そうなった時、日本と日本人は永遠に続く『再征服』と『再独立』の連鎖に、耐え続けて生き延びていることが果たして可能だろうか・・・? スザクはそう思う。

 

 だからこそ彼は、それらとは別の道を選び、征服者に認められる方法を模索して『名誉ブリタニア人』になる道を自ら選択したのだ。

 支配者たちからも自分たちの価値を認めてもらうことによってこそ、征服者と非征服者との溝は埋めることが可能になる―――そう信じた故での決断だった。今更その道を違えることは出来ない。

 

「だから僕には、君たちの尽力に応えることは出来そうにないよ・・・・・・僕は自分の足で軍事法廷に行く。あと1時間で法廷が始まる予定だからね。

 僕は死ぬかもしれないが、それでも僕が行かないと、“イレヴン”や名誉ブリタニア人に対して弾圧が始まる。どうせ殺されるなら、僕は皆のために死にたい」

 

 そう告げてスザクは、自分を死地から救い出してくれた仮面の男に背を向ける。

 軍事法廷は最初から自分を死刑にするための“ヤラセ”でしかないことは彼にさえ分かりきっていた事だし、検察官も判事も弁護士でさえ、自分を最初から有罪にするつもりで用意された役者達だけで構成されている劇場でしかない。

 

 そこに行くことは十中八九、死にに行くだけだということぐらいは彼にも分かっていた。

 それでも尚、“それがルール”なら“従うべきだ”と今の彼は強く信じている。

 

 あるいは、それも間違った考え方なのかもしれないが・・・・・・それでも、あの瓦礫の祖国を見せられた日から、その誓いを変えることは彼には、もう出来ない――。

 

 ――だが。

 

「本音を言えば、君のことも捕まえたいところけど・・・・・・ここでは流石に返り討ちだろうからね。それに・・・助けてくれたことには感謝しているんだ、本当に。ありがとう。

 だから――」

 

 言いながら振り返り、最期になるかもしれない別れを告げるため振り返った時。

 ふとスザクの言葉が止まる。

 即座に否定されるだろうと思っていた自分の想いを聞かされた仮面の相手が、予想に反して検討するかのように顎に手を当て、考え込むように沈黙している光景を目撃して、意外さを禁じ得なかったのが理由だった。

 

『・・・卿の主張は、大胆でもあり斬新でもあるが・・・極端な気もするな。私としては、にわかには首肯も否定もしかねる内容だったが―――』

 

 言いながら相手もまた、スザクのいる方へと顔を向け、真っ直ぐに相手と相手とが向き合う体勢になった後。

 

 

『――その主張によって、卿は私や仲間たちを説得することを試みている訳なのか?』

「・・・・・・っ」

 

 

 その瞬間、スザクは虚を突かれたように見えた。

 ―――相手の言う通りだったからである。

 彼は自分の言葉で、主張で、想いを告げることによって、相手もまた『自分と同じ道を歩んでくれること』を期待していたのだ。

 

 

 二十世紀の心理学者たちの中に、『会話』というものを『相手の同意を求めて行われるものだ』と定義した人物がいた。

 彼が言うところの『同意』とは、事故の意図した形での反応と言い換えてもよい。

 この論に従うなら、自らが口にしたものと反対の意見を口にされることさえ、本質的には相手を自己に同意させようという意思の現れに他ならないという事になる。

 

 相手からの反応という形で、自分の出した意見の枠内に、相手の言動を制限しようという意図が達成できているからだ。

 本心から相手の同意を求めぬのなら、口を噤んで黙っていればよいだけでしかない。

 

 もし同意を求めることなく、他人に自己の話を聞かせるとするなら、『説明』という形に制限する必要がある。

 自分の知らないことは、他人の言葉で教えてもらう必要性がどうしても存在するのが人間だからだが・・・・・・スザクの発言に、この定義を当てはめることは出来ない。

 

 何故ならスザクは、相手の主張と考えを、ハッキリ『間違っている』と否定してしまった後だったからだ。

 相手の意見にアンチテーゼを返すのではなく、明確な『否定の言葉』を発してしまった時点で、それは『間違いを改め正しきに改めよ』という『自己の主張への賛同』を相手に求めた言葉になってしまうものなのだから。

 

 それに何より、スザクは相手に『今の自分たちの考えは間違っている』と気づいてくれることを望み求めていた。

 それが彼の性格であり、価値観だった。

 

「違う! 僕は――僕はただ・・・ッ!!」

『まぁいい。我々は卿をブリタニアに囚われる身から解放したが、助け出したことで恩を着せ、我らと行動を共にするよう道を狭めさせるためではなかった。

 今の卿は自由だ。卿の今後は、卿自身の意思で決めればいい』

「・・・感謝・・・・・・する」

 

 やや不満足そうな表情を浮かべたまま、スザクは仮面の男に頭を下げて、劇場跡を後にして自分の足で軍事法廷へと向かって行く。

 ここら辺、彼は彼で厄介な性格を有している部分で、「友人から」もお人好しの度が過ぎると評されたことがある特徴だったが・・・・・・ああいう謙虚な態度で応じられてしまうと、『親切な提案をしてくれた相手』に拒絶した自分の方が悪いことをした気分になって、罪悪感を感じてしまうのだ。

 

 人の心とは不思議なもので、もし押しつけがましく強制される言い方をされていたなら、内容はたとえ同じであっても相手との会話は別の形で終わっていたかもしれない可能性を持っていたのが、【仮面の革命家ゼロ】と【裏切りの騎士スザク】との初会合だった。

 

 そんな相手の背中を見送りながら、去って行く相手と同じくらいに不満足な思いを抱かされている人物が、隣に立って彼を見送る人物へと声をかける。

 

「・・・・・・いいのか? ゼロ。本当に彼を行かせてしまって・・・」

 

 赤いバンダナを巻いた長身痩躯の青年、『扇』だった。

 カレンたちが所属しているレジスタンス一派のリーダーでもある人物だ。

 

 彼としてはスザクに強制参加を求めるのは本意ではなかったものの、せっかく苦労して助け出した『ブリタニア皇子殺しの英雄』をむざむざ敵に返してしまうことを勿体ないとは思っていたし、生きて戻った彼の身を素直に案じる人情家としての思いもある。

 

「・・・あのまま戻れば、彼はきっと殺されてしまうだろう。軍事法廷は最初から彼を犯人にするために開かれるものだったからな。それだと彼は――」

『ああ。ジェレミアが余程の“阿呆”だったなら、そうするだろう。だが・・・』

 

 だが、おそらくそうはなるまい。問われた相手、仮面の男ゼロは扇からの疑問をそう一蹴した。

 たしかにスザクが戻っていく道を選んだ軍事法廷は、無実の彼を犯人として仕立て上げるため、最初から有罪という結論は確定したまま始められる出来レースでしかない茶番劇に過ぎぬものだ。敵の味方に救出された後に、自分の意思で戻ってきた程度のことで無罪判決を受けられる可能性は万に一つもあり得ることはない。

 

 ――ただし。

 それは「ゼロ」という『クロヴィスを殺した真犯人』に、スザク容疑者を強奪される前までの時点で組まれていた予定だった。

 

 今更スザクを殺したところで、ジェレミアには何の意味もなく。

 むしろ『むざむざ敵に救出された捕虜』を『哀れみで返してもらっただけ』の自分の無様さをアピールするだけの効果しか得られようがない。

 

 ましてゼロの発言を『容疑者自身が言ったこと』と却下して、『スザクこそがクロヴィス殺しの真犯人』として処刑しても、『敗北を飾って正当化したがっているだけ』としか周囲に映る可能性はほとんどないだろう。

 

 弱い者イジメの処刑はできるが、捕虜を救出した皇子殺しのテロリストには何の手出しも出来ずに逃げられた無能者―――そのような評価を与えられ、果たして許容できる精神をジェレミアは保つことができるのか?・・・・・・と考えれば、自ずと彼の待遇は予想できる。

 

 ・・・・・・もっとも、それはスザクが別の容疑として『テロリストとの繋がり』を疑われる危険性を多分に孕んでしまいかねないものでもあったため、必ずしも本意の選択ではなかったが・・・・・・この場合は他にどうしようもない。

 

『残念だが今の我々には、彼を窮地から救い出すことは出来るが、守り抜けるだけの力までは持っていない。どのみち彼には、救出した後には古巣に帰ってもらう以外の道はなかったのだ。やむを得ないさ』

「それは・・・確かにな。これだけ面子に泥を塗られて、枢木一等兵まで合流したとなれば、ブリタニアとしては俺たちを殲滅するしか道はない・・・」

 

 付け足された理由を聞かされて、扇はようやく得心する。

 ただでさえ『皇子殺しの犯人』として大々的に喧伝していた容疑者を、無実の人物をスケープゴートに見立てて殺そうとしていた卑劣な策略だったことを暴露され、自らの計画と計算は台無しになり、容疑者二人にはまんまと逃げおおせられ、いいとこなしで終わらせれらたのが此度の一件におけるブリタニア現地部隊に押しつけられた立ち位置なのだ。

 

 軍事力を背景として『力による支配』を謳う強国ブリタニアにとって、これほどの失態と敗北と大失敗を放置するという選択肢はありえない。

 敗北を上回る圧倒的勝利と血の粛清で上塗りしなければ、各地で占領地域で『虚仮威しのブリタニア』と勢いづいた不満分子たちによる反乱の火が上がりかねないからだ。

 

 特に発足したばかりの《エリア11》を統治する軍閥《純血派》のトップたるジェレミアには、就任した初日から面目を丸潰れにされたに等しい。

 今後の運営のためにも、無実の者であっても弾圧と粛正を大量におこなうことで支配の土台を固めるしか、自身の地位と権限を維持する手段がなくなるしかない。

 

 その点で、スザクが語っていた『自身が戻らなかった場合に起きうる危険性』は、正鵠を得ていたと言っていい。ジェレミアは確実にそうする。そうするしか他に彼にも道はない。

 

 だが、解放されたスザクが自主的に戻ってきたとなれば、相手側にも別の選択肢が可能になるだろう。その為の救命道具をゼロは相手に投げてやるつもりで今回の計画を立案していた。

 途中経過はどうあれ、最終的にはスザクの帰還は最初から規定路線にならざるを得なかったのである。

 

「でもよォー。そうだったとしても、ジェレミアの野郎にはもっと赤っ恥かかせてやった方がよかったんじゃねぇの?

 一応はアイツが日本の現支配者サマってことになってるみてぇだし、そうした方が俺たちにとっても動きやすい状況になるじゃねぇか」

 

 扇とは反対側の位置からゼロに対して、扇とは異なる方向からの異論をぶつけてくる声が上がる。

 不良じみた口調と声と態度の持ち主、『玉城』からのものだった。

 

 彼をはじめとして、扇とカレン以外のメンバーたちは『報酬としてのナイトメア』を前渡しで与えられたことで場に参列することを了承し、作戦そのものへの参加は状況と展開次第で決めてよいという条件で、今回の作戦に望んでおり必ずしもゼロに対して完全な信頼を寄せるまでには至っていない。

 

 現在エリア11のブリタニア軍を率いているジェレミアだが、今回の失態で影響力が低下するのは避けられない。

 悪くすれば――いや、確実に『ゼロに続け』と各地のレジスタンスたちが決起して、久しぶりに日本各地で激しい戦闘が繰り広げられることになるだろう。

 

 その時に、ブリタニア側の指導者という地位にあるジェレミアから、人望と権威が失墜している状態になっていることは日本側にとって確実なプラス要因となる。マイナス要素は一つもない。

 

 それを考えれば、玉城の言っていることは誰の目から見ても正論に感じられたし、賛同するように頷いてる者たちが扇たちのグループにも何人かいる。

 それらの声を聞きながら、ゼロは大きく頷いて、彼らに賛同の意を表しながら、

 

『卿らの言うことにも一理ある。私としても、ジェレミアを破滅させることで日本をブリタニア支配から取り戻せる、という状況であったなら諸君らの言うとおりの道を選んだろう』

「・・・そうはならない、ということか? 一体なぜ・・・?」

『いくら五月蠅いからと、犬を追い出したことで、狼を呼び込んでしまう結果となったのでは愚行でしかない。ということだ」

「犬・・・? 狼って――あ! そういう事かッ」

 

 やや気づくにの時間はかかったが、扇はゼロの考えを理解して納得し、自分の先見性のなさを大いに恥じる形となった。

 考えてみれば当たり前のことで、現地責任者のジェレミアが統治に失敗したからと言ってブリタニア帝国が《エリア11》を植民地から解放してやるべき理由は何一つない。ただ失敗した責任者を更迭し、新たな責任者を着任させればいいだけなのが彼らの立場なのだ。

 

 その場合、前任者の失態によって開いた穴を補填させるため新たな人材が派遣されてくるのだから、後任者が失敗した前任者より無能であることは滅多にはない。派遣する側にとって何の意味も得もない人事だからだ。

 十中八九、前任者の犯した過ちによるデメリットを補ってメリットに変えれるほどの逸材を・・・・・・たとえば、あの《鬼姫》として名高い第二皇女『コーネリア・リ・ブリタニア』などが――

 

 ジェレミアという、うるさ型を失脚させたからといって、後任に彼より寛容な人物が赴任してきてくれるとは限らず、より厄介な強敵を呼び込む原因になったのでは日本側にとって何の得もない。

 ゼロはそこまで計算して、今回の事件を起こしていたのだ。事件発生よりずっと前の時点で――!!

 

『たしかに今回の事件ではジェレミアに、最後の締めで花を持たせる形になってしまったが、だからと言って作戦が失敗したという事実までが帳消しになれるほどの功績という訳でもない。

 不満を抱かされた者もいた事だろうし、明日からでも起こるだろう各地の決起に悩まされることになる治安機関の当局者たちにとっても、好意的に迎えられる新総督とは言いがたいはずだ』

 

 当面、この地域の運営には混乱を来すだろう。

 だが仮にも代理執政官に任命した者を、明確に失敗や敗北を喫した訳でもないのに更迭処分とするのは人事の上では問題がある。

 その隙に混乱に乗じて、自分たちは勢力拡大と組織を拡充して、力をつけていく必要がある。

 

 それには、現地軍を一本化できる皇族が後釜として乗り込んでくるより、半端な権限と地位身分を与えられ、感情に振り回されやすい偏狭で器の小さいジェレミアのような人物が、今のまま地位に留まって合法的に権限を振るってくれていた方が反抗勢力としては楽でいい。

 

『つまり、新たな新総督のもとで日本駐留のブリタニア軍を指揮系統ごと一新されてしまうより、すでに底が知れたジェレミアに現責任者を続けさせることで、ブリタニア軍全体にとっての足枷となってくれた方が、我々にとっては都合がいいのさ』

「さすがは俺の親友! 俺は最初っからお前のこと信じていたぜ! ゼロ、俺はアンタに一生付いてくッ! 何でも言ってくれ! この玉城様が親友のため力になってやるからよォ~ッ♪」

 

 ゼロの考えていた戦略構想を聞かされて、周囲の皆が納得したとたんに玉城が調子よく調子のいいことを言って、馴れ馴れしく仮面の男の肩に手を回す仕草を、扇たちは半ば以上呆れながらも苦笑しながら見守っていた。

 

 その心には、今まであった不安を払拭しきれるだけの安堵感と、そして何より今まで長らく存在することの出来なかった高揚感が、彼らの心を満たしていくのを扇たちは強く実感させられていた。

 

 ―――今までは絶望的な抵抗を続けるだけが精一杯で、明日への希望を信じることは出来ても、目指すべき明日の景色を明確にイメージして思い描くことはずっと出来ないまま過ごしてきたのが、昨日までの自分たちだった。

 

 あるいは希望を信じているつもりで、心の中では諦めを抱くようになっていたかのが自分たちの本心だったのかもしれない。

 ただ『自分たちは諦めていない』『征服者に尻尾を振って誇りを捨てた奴らとは違う』と、ちっぽけなプライドを誤魔化すために整合性がとれさえすれば、それで良かったのが自分たちの実態だったのかもしれない。

 

 だが今、彼らの心には明確な希望が形となって宿り、明日へと続いている道を『導き手』となる人物と共に信じることができるようになった心が確かに宿っていた。

 もうテロリストもどきのゲリラごっこは終わりにする。自分たちは今日から本物の『反乱軍』を目指すのだと、メンバーたち一人一人の心に解放戦線を戦う戦士としての心が宿ったのは、間違いなく今日この時こそが始まりだったから―――――。

 

 

 

 だが―――喜びはしゃぐメンバーたちとは裏腹に、仮面の裏側に隠されたゼロの素顔であるルルーシュの心は、彼らが思うほどに自信に満ちあふれているものではなかったのが実情だった。

 

 彼が気にしていたのは、スザクの去就についてだった。

 自らが行った、彼の扱いと今後の予測については自信がある。ジェレミアが余程に愚かすぎる執政官でなければ、彼が予想した枠内から外れるような待遇をスザクに与える危険はないだろう。

 

 ・・・・・・だが、逆に言えばジェレミアが、愚かすぎる男だった場合はスザクは確実に殺されることになるしかないのだ。

 まともな先読みさえ出来る者なら、まずやりそうもない滅びへの道のりを早めるだけのバカな愚行。

 ――だが、それを唯一助かる道と信じて自滅の道を歩みたがる、バカすぎる権力者という愚かな生き物が人類の歴史には往々にして実在している事実を、ルルーシュは覚醒した戦争の天才たる覇王の魂によって知っていた。

 

 そして、その愚かすぎる愚王がジェレミアではない、という保証は現在進行形で生きている者達には決して得られることはないのだという事実も。

 

 だが今現在の自分が掌握できた小組織の力だけでは、スザクを仲間に引き入れたことで生じるだろうブリタニア軍治安部隊からの全面的な報復攻撃から、彼を守り切ることはできない。信じて親友の身を委ね、然る後に取り戻せるための力を獲得するしか道はないのだ。

 

 

 自分の半身となり得る存在の生命を、敵の手に委ねざるを得ないことはルルーシュにとって、激しい怒りと焦燥を掻き立てられるものだったが・・・・・・今の自分たちにはどうしようもない。

 

 戦勝と新たなリーダーとなるべき人材を得た喜びによって、和やかなムードに包まれた扇たち率いるレジスタンスの面々とは裏腹に、彼らの中心に立ちながら一人だけ焦燥と不安に胸を掻きむしられる思いを抱く仮面の男。

 

 覇王の魂は、何度新たな生と肉体を得ようとも、孤高と共に生きなければならない宿命を負ってしまうものなのかもしれない。

 あるいは、それは―――覇王が自らの過ちで背負ってしまった【罪】による【業】が、変わることなく受け継がれ続ける故なのかもしれなかったが・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その事件があってから数週間が経過していた。

 ルルーシュの予想は不幸なことに的中した状況に、この頃の日本全国は陥っている。

 ブリタニア軍にとっては、不幸な限りの出来事であった。

 

「《フクシマ》《コウチ》《ヒロシマ》・・・これで7件目ですね。あのゼロが現れてから勃発するようになった不満分子たちの決起と、大規模なゲリラやテロ組織による反乱行為は」

 

 手元にあるコンソールを操作しながら語りかけてくる秘書官のような美女の報告に、彼女の傍らに立つ長身の上官は眉をひそめ、不快そうに鼻を鳴らす。

 

「現地部隊もまったく以て不甲斐ない! やはり奴らへの監視を緩めるべきではなかったのだ!

 帝国と皇帝陛下にとって害となるものは、それが現実となる前に排除せねばならなかったものを」

 

 ジェレミア・ゴットバルトは、正式に筆頭秘書官の地位を与えさせたヴィレッタ・ヌゥからの報告を聞かされて、激しい怒りを露わにする。

 そして、総督府内に置かれていた執政官用の個室で、憎むべき暴虐なるテロリスト『ゼロ』への報復と懲罰とを改めて心に誓いながらも、目の前の雑事に追われざるを得ない職務の山に悶々とした思いを胸に押しとどめざるを得ない。

 

 

 ――ゼロと称するテロリストの卑劣極まる策略にはまり、クルルギ・スザクが強奪される事件の全容を図らずも《エリア11》全土に報道させる羽目になってしまったジェレミアは、事件の直後から対応に追いたてられていた。

 

 事件を切っ掛けとして、『ブリタニア恐るに足らず』と見た不満分子達が『ゼロに続け』をスローガンに各地で反乱騒ぎやテロ攻撃を頻発させるようになっていたからだ。

 それら全てをジェレミアは、自ら陣頭指揮を執って討伐軍を率い、しらみつぶしに鎮圧していくことに成功していたものの、増加し続けるゲリラたちを相手に後手に回らされている感は拭えない。

 

 言うなればジェレミアの反乱鎮圧は、『モグラ叩き』の似ている。

 機械から出てくるたび叩き潰してはいるものの、ゲリラが決起すること自体を防止することが出来ておらず、対処療法に明け暮れるだけで精一杯なのである。

 

「仰るとおり、ゲリラ如きの鎮圧に手を焼く現地部隊の体たらくには、呆れるばかりではあります。

 ですが我ら《純血派》の内部からも、この状況を招いた責任の一端はジェレミア代理執政官にあるとして、不満を持つ者たちがサボタージュ等の命令拒否によって鎮圧が遅れてしまったのも遺憾ながら事実・・・・・・」

「――それについては、弁明はすまい。彼らの上に立つ者として、私の不明の成すところではあるからな。

 だが、私への不平不満で命令を拒否することは、結果的にテロリスト共の跳梁跋扈を許すことにも繋がり、利敵行為に類するものとなるという事実が分からぬとは嘆かわしい」

 

 憤慨しながらもジェレミアは、複雑そうに表情を歪めながら慨嘆せずにはいられない。

 ゼロの事件での対応によってジェレミアは、部下たちの多くから信頼を勝ち得るという成果を“自分でも気づかぬうちに”手に入れてしまっていたのだが、全ての者達が彼への忠誠を新たにしたというわけではない。

 

 中には逆に不満を抱く理由になってしまった者達も存在し、一部からはジェレミアに代わって新たなリーダーのもと《純血派》を再結成しようという動きまで出ている程だという。

 

 まさにルルーシュの望んだ通りの状況に陥ってしまっていたのが、現在の彼らだった。

 それら現状に不満を持つ者達の存在によって、現在《純血派》には内部にいくつもの派閥を内包する羽目になってしまい、ただでさえ少数派勢力でしかない彼らの足を引っ張る理由になっていたのだ。

 

 ジェレミアとしては、彼個人の想いとしても複雑な心境にならざるを得ない。

 彼は新米近衛兵だった時分に、テロリストたちの暗殺から忠誠の対象にして尊崇する存在でもあった『偉大なるマリアンヌ后妃殿下』を守り切れなかったという後悔から、『ブリタニア帝室を決して裏切らぬ盾となる存在』として、純粋な血筋のみを選考基準とした《純血派》を結成したという経緯をもった人物だ。

 

 その《純血派》に選ばれたメンバーから生じた不満に動きを妨げられ、テロリストたちの凶行に助力してやる結果へとなってしまっている現状は、彼にとって皮肉以外の何物でもないのだ。ジェレミアとしては不快な念を禁じ得ずにいられるはずもなかった。

 

「ですが、幸いと言っては何ですが、ジェレミア卿に不満を表明した者達にも代わりとなり得る人材はいなかったらしく、離合集散を繰り返すばかりで我ら全体の動きを阻害されるほどの障害にまでは至っておりません。

 それどころか最近では、内輪もめを繰り返すばかりの上官たちに愛想を尽かした者たちから、再びジェレミア卿の貴下に帰参したいと申し出てくることが増加傾向にあります。

 そのおかげで反乱鎮圧もスムーズに進むようになり、先日までよりは警察機構や行政との連携も円滑におこなえるようになってきたとのことです。

 このままいけば一週間の後には、例のテロリスト捜索にも手を回すことも可能になるのではと」

 

 その続く報告にジェレミアは唇をほころばせる。

 仮にも代理執政官の地位にある者として、各地で続発する反乱鎮圧を優先せざるを得なかったことから、先の事件の主犯への捜索と摘発を後回しにするしかなかったのは彼にとって痛恨の極みだった。

 その恨みと不満を、ようやく公の役割として晴らすことが出来るのだ。これを喜ばずにいたのではジェレミアの人生に華はない。

 

 また、純粋に部下たちから『あなたこそ上官に相応しいお方だ』と言ってもらえるのは嬉しいものでもある。

 偏狭であり、頑なであり、人種優越の思想に偏っている価値観の持ち主ではあるものの、基本的に個人としての人格は凡人であり、軍人としての美徳を素直に尊ぶ純粋な気質の所有者でもある彼は、半ば離反してしまった部下たちからの批判には傷ついていた面があり、その部下たちから帰参してもらえることは素直に嬉しく感じていたのである。

 

 ヴィレッタの反対側の位置に立ち、ジェレミアにとって『もう一人の片腕』と目されるようになっていた人物が、皮肉そうな光を瞳に湛えながら自虐的な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「今だから正直に申し上げますが、私も例の事件が起きた直後には、ジェレミア卿を見限る腹づもりを決めつつあったのです。“あなたの時代は終わった”――と」

 

 金髪と鋭利な美貌の青年士官『キューアル』だった。

 《純血派》のナンバー3として知られ、一時期は反ジェレミア派の当主として新リーダーの筆頭候補とも目されていた人物でもあったのだが、今では彼の側近として政権を支える重鎮として《エリア11》支配に貢献している。

 

「ですが今では、あなたを選んで良かったと思っておりますよ。あのような有象無象どもを率いて新勢力として再結成など、私も愚かな夢を見たものだったと」

「その件については問うまい。独断専行は武人の性だからな、私にも覚えがないという訳でもない」

「・・・・・・そう言うことが出来る、あなただからこそ私も決別する道を選ばず、留まる道を決断することができたのでしょうな。

 クルルギ・スザク強奪事件の際、あなたの対応と指示に私はブリタニア軍人として、あるべき姿を見せつけられた。それで迷いを振り切ることが出来たのです。流石としか申し上げようがありません」

 

 掛け値なしの二心なき賞賛の言葉を向けられ、ジェレミアは“いつものように”無言のまま困ったように曖昧な笑みを浮かべただけで、沈黙のみを返事としてキューエルに返すのみ。

 

 ・・・・・・彼には、そうすることしか出来なかったからである。

 他の者に言えるような状況ではなくなってしまっているが、実のところ彼には、あの事件の終わり頃についての記憶が欠落していた。

 その時に自分が何を言って、何を命令して、どのような対処を部下たちにやらせたのか―――まるで覚えていないのである。

 

 にも関わらず、その件についてこそ多くの者達は自分に対して賞賛の言葉を浴びせてきて、部下の中には忠誠の理由として語る者までいる始末。

 こうなってはジェレミアにも、真相など語れるものではない。と言って記憶にないことを詳しく語ろうとすれば、ボロを出す恐れがある。

 

 こうしてジェレミアは、『クルルギ・スザク強奪』あるいは『クロヴィスのオレンジ事件』の中で自らが行った【軍人として模範的な行動】を賛美された時にも【テロリストにまんまと逃げられた愚か者の愚行】と罵られた時にも、黙って沈黙したまま小さな苦笑を返すだけという反応だけを返すのが定番になってしまっているのが昨今だった。

 

 彼としては、語りようがないので沈黙しているだけなのだが、それはそれで『謙虚さの美徳』と評してくる者もいるのだから・・・・・・まったく、人の社会というものは。

 

 

 あるいは、ジェレミアのとらせた対応が、《純血派》の全体から避難されるものであったなら、今とは違う状況になっていたのかもしれない。

 人の集団が結束するために、最も優れた存在は『敵である』と定義した人物が過去にいる。

 ジェレミアが全体にとっての『敵』として見られるようになっていたならば、彼に不満をもつ《純血派》たちはリーダーに欠く状態でも勢力として纏まることが出来たのだろう。

 だが、そうはならなかった。

 彼と“彼以外の誰か”を中心として《純血派》が分裂する形となったことで、彼ら個人個人の個性と器が評価される状況となってしまったことで、器のない新リーダー候補たちが醜態をさらして信望をなくし、結局はジェレミアの元へと再集結して以前よりも結束が高まる原因となってしまう皮肉な展開になってしまったのだ。

 

 

「ジェレミア卿――、いえ、代理執政官殿。ナイトメア部隊から報告です。

 出撃準備が完了したとのこと、新たにゲリラたちが決起したというヒロシマの反乱鎮圧は、命令あり次第いつでも可能な状態にあると」

「よし! 非常線をヒロシア地区にある《ゲットー》に張れ、私も直属を率いてすぐに向かうッ、ゼロと名乗る凶賊が現れたときには必ずこの手で汚名を返上するためにもッ!!」

 

 いきり立って席を立ったジェレミアは、出撃を命じながら小さく不敵な笑みを唇に閃かせる。

 

 

「ゼロめ、イレブンめ、テロリスト共め! 奴らが私を戦場でなら害せると思うならやってみるがいい。

 私は不死身ではないが、私の死は《エリア11》にとっても滅亡を意味するのだということを思い知らせてやる」

 

 

 

 

 肩をそびやかして武人らしい覚悟と決意を言い放ってみせるジェレミア・ゴッドバルト。

 彼はさまざまな欠点をもつ人物だったが、少なくとも臆病者ではなかったことだけは確実な事実でもあったのだろう。

 

 

 

 だが、一方で。

 彼の雄々しい決意表明とは裏腹に、ブリタニア帝国の本国では皇族の一人である『クロヴィス暗殺』と《エリア11》で頻発する事態解決のための対策が、連日のように議論されていたという事実を、遙か遠くの地にいる彼は知るよしもなかった。

 

「やはり、ジェレミアを更迭して別の将を派遣し、《エリア11》の反帝国ゲリラの一掃と平定を担わせた方が良いのではないか?

 この地区での混乱は既に、一治安維持部隊の領分を超えつつあるように私には思える」

 

 長机に居並ぶ重鎮たちの一隅から、そのような提案が出される声が広大な会議室に響き渡る。

 皇太子を含めたブリタニア帝国を支えるブレーンたちの多くが参列し、本国内部での方針変更の是非を可決するか否かを決めるため彼らは集められて議論を続けていたのだ。

 

「その案は我々も考えた。だが仮にもジェレミアは、バトレー将軍から正式に執政官代理の地位を正式に認められて後任となった人物だ。反乱の鎮圧にも成功はしている。

 なにかしら明確な失態なり、罪を犯していない軍の重鎮から地位を取り上げるというのは、人事のうえで問題がある」

「クロヴィス殿下殺害の容疑者であるクルルギ・スザクやらいう名誉ブリタニア人を凶賊に奪われ、統治を任された地で反乱が続発されているではないか。統治責任は十分に罰に値するのでは?」

「それはそうだが、ゲリラ共の決起と反乱を未然に防ぐことはできなかったが、鎮圧には今のところ成功している。

 敵に奪われたクルルギ・スザクの身柄も、結局は逃走後に確保できたと聞く。

 功績によって失態をあがなうのは、ブリタニア軍内部で認められている行為だ。彼だけの罪を問うわけにもいくまい?」

「・・・ふむ・・・」

 

 互いの意見は拮抗し、なかなか結論が出せないでいたことが、会議が長く続いてしまっている理由となる部分だった。

 事態の曖昧さが、彼らに決断を下しにくくさせていたのだ。

 

 ジェレミアには確かにいくつもの失態と罪があったが、一方で致命的な失態を犯したというわけではない。

 支配地域で平民たちから反乱を起こされるのは統治の失敗とされる要素ではあったが、それを指摘しすぎれば『ゲリラたちの抵抗運動を鎮圧中に崩御させられたクロヴィス皇子』の責任問題にまで発展しかねない。

 

 廷臣たちとしては、あまり深く触れたくはない罪業であり、それ以外の部分では殿下暗殺疑惑のある容疑者の名誉ブリタニア人を敵に奪取され、暗殺の主犯を自称する人物も取り逃がした――という事件についてだろうが・・・・・・逃げられた容疑者は確保したという話だし、一度は任じた執政官代行の地位を返上させて更迭させるほどの失態かと問われれば疑問の余地程度はある。

 

 功績はある。罪が無いわけでもない。

 だが、更迭するほどの失態か否かでは判断が別れざるを得ない――

 

 判定するための条件が功罪共に曖昧で半端なものばかりが揃っていたことで、彼らも安易に道を選択することが出来ぬまま、無意味に日を送る羽目になってしまっていたのである。

 

 

「仕方があるまい。とりあえず奴が大きな失態か、政治的なスキャンダルを犯すことを期待して、ひとまず今はジェレミアに《エリア11》の執政官代行の地位を与えてやるとしよう。

 その上で近く、反乱討伐にこれ以上手こずるようであった時には、コーネリア殿下を増援として赴いていただき、その指揮下に入るよう奴に命じることとする」

 

 

 という些か消極的なものではあったが、一応の結論を出すことが出来たのは、さらに数日後のこととなる。

 その間、《エリア11》の新執政官として着任が打診されていた第二皇女コーネリアの直属軍は待たされることになり、予定された日より到着が遅れることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それらブリタニア側の困惑と、対応を決めるための反応が悪くなるよう誘導した策略を、美しい蝶を追う少年さながらの純粋なまでの情熱をこめてやってのけた人物は、観客気分で帝国側の対応を楽しそうに見物していた。

 

「フッ・・・やはりジェレミアは、名誉ブリタニア人制度の廃止を一時凍結させたか。

 この混乱の中で更なる敵対勢力の決起を防ぐには、そうするしかない。まずは満足すべき結果だな、これでスザクが殺される可能性だけはなくなってくれるなら・・・」

 

 学園寮の一室におかれたPCからだけでも入手できる情報をかき集めて整理していきながら、ルルーシュは自分の予想したとおりに進んでいく展開に満足感を感じながらも、一方で僅かに不満も感じずにはいられない性に悩まされてもいる。

 

 それは彼自身のものではなく、覇王として覚醒した魂とともに後天的に付与されてしまった悪癖によるものだったが、敵に対して『容易に手玉に取られる弱敵』ではなく、自らの成長を促すような強敵が現れることを本能的に望み求めてしまう厄介な性質を、今の彼はもつようになってしまっていたのだ。

 

 戦略家としての才能は、それを『無意味』とは思わないが『無い方がいい事態』とは判断している。

 戦う相手である敵が弱く、楽に勝てる方がいいに決まっているのが戦争なのだから、無駄な犠牲を払う必要が出てくる強敵の存在など迷惑以外の何者でもない。――たとえば、あの《白兜》のナイトメアがそうだったように。

 

「楽しそうだな。

 それは私が与えてやったプレゼントは気に入ってくれた、ということでいいのか?」

 

 そんな彼の、少年らしい救いようのないロマンチストな一面を、まったく理解できないものの、言っている言葉の意味そのものは理解できる少女の声が背後から投げかけられたのは丁度その時だった。

 

 振り返った先に、先日来から居候として一緒に暮らしている少女が、見覚えのある姿で立っている。

 いや、正確には『見覚えのある少女と瓜二つの姿をした娘』と呼ぶべきだったのかもしれない。

 本人は同一人物を名乗っているが、事実かどうかは確実とは言い切れない。

 

 何故なら彼女は『既に死んだはずの人間』なのだから。

 

「それとも不満だったか? 人にはない力を得た者は、往々にして孤独になるということだし」

「いや・・・感謝しているさ、『C.C』。この力は便利だ、役に立つ。

 俺の考えていたブリタニア帝国ごと世界を奪ってやる計画のスケジュール表を、大幅に書き換える必要性が出てしまったことだけは厄介だったがな」

「奪えると思っているのか? その力で――《ギアス》の力だけで」

 

 ルルーシュだけで使っている個人用の個室に置かれたベッドの上に横たわりながら、偉そうな態度で他人の部屋で我が物顔で語ってくる傲慢な態度の、だが不思議と違和感を感じさせない奇妙な少女からの問いかけに、だがルルーシュの答えも真っ直ぐとは言いがたい。

 

「何を言っている? 力は所詮、力に過ぎん。どれほど強力な兵器を持とうと、単一の力だけで世界を制した者など一人もいない。

 強力なハードウェアに頼って世界制覇や国防が可能だと信じてしまった自分で、そいつには世界を手にする器ではなかったということだろうさ」

「――っ。・・・そうか。それが分かっているのなら、いい・・・」

 

 それ以上は語らず、相手の少女の姿をした人物はルルーシュに背を向けて布団をかぶり、ベッドの上で横になる。

 

 見込み通りの、面白いところのある男だ―――と思いながら。

 一方で、可愛げのない男だ―――とも感じさせられながら。

 

 彼女の名は、『C.C』と他人たちには名乗っている。

 奇妙な色の長い髪、拘束具のような衣服を身にまとい、どこか浮世離れした雰囲気をまとわせている、シンジュクゲットーで巻き込まれた事件の中でカプセルに閉じ込められていた場面で出会った少女。

 

 そして―――そのとき間違いなく、『眉間を撃ち抜かれて死体となった相手』でもある。

 

 彼女とルルーシュが再会したのは、カレンたちと共にジェレミアを襲撃してスザクの救出に成功した当日の夜だった。

 さすがに疲れ切って帰宅してきた彼を、『妹に入室を許可された自分の客人』として堂々と居座っていた姿で出迎えてくれた。

 その日から、彼と彼女の共同生活と共犯関係はスタートしている。

 

「なぁ――結局お前は、私から何も聞かなくてもいいのか?」

「・・・・・・?」

 

 作業を続けていたルルーシュに、何かを思い出したような声音でC.Cが問いかけてきたのは珍しいことだった。

 普段は問われた質問にも答えることは多くなく、一方的に自分から話す言葉にも自分個人のことには触れないものしか言いたがらないのが彼女であることを、ルルーシュは短い付き合いながらも把握していた。

 

 もっとも、その理解の仕方はお互い様の部分でもある。

 C.Cからすれば、確かに自分は「答えたくない質問には答えなければいい」という方針を、自分にも相手にも適用させる方針なのは自覚している。

 

 だがそもそも、この出会って間もない少年は自分に対して、ほとんど『質問をしてきたことがない』のである。

 それでも自分が、同じ寮の同じ部屋で一緒に暮らすことを許してしまえている。

 

 方針とは矛盾しないまでも、我ながら珍しいことではあると自覚しながらもC.Cとしては聞きたくなってしまった。だから聞いた。それだけである。答えまで期待していた訳ではない。

 だが問われた側のルルーシュとしては、別に隠すようなことでもない。だから答える。

 

「知りたいとは思っている。だが今、お前から答えを聞かされても無意味だ」

「無意味?」

 

 キョトンとしながら聞き返したC.Cに、ルルーシュが語った理由説明は次のようなものだった。

 現時点でのルルーシュには、C.Cが抱える事情やバックボーンについて語られても、『確認できる力と手段』を持ち合わせることが出来ていない。なら聞くだけ無意味である、と。

 

 C.Cが何を語ったところで、真偽を確かめる手段のない問題なら、幾らでもどうとでも言いつくろうことは可能だろう。

 都合の悪い真相の部分を隠すのも、重要部分をウソで塗り固めるのも思いのままだ。

 

 たとえその話をルルーシュが、どれだけ疑わしく思おうと、あるいは逆に真実だと信じようと、『確認する術』をもたない一介の学生でしかない己には、真実と虚偽との間に違いなどほとんど意味を生じさせれる力はないのだ。

 

 語られる話が怪しかろうと、来たるべき危機を内包する真実だろうと、結局はC.Cの話を『信じるのか?』『信じないのか?』という二者択一を主観的判断基準だけで選ぶことしかできはしない。

 

 それが今のルルーシュ・ランペルージという、脆弱な存在の限界だった。

 

「知ったところで、その話を生かせる力が今の俺にないのなら、その話には俺にとって意味がない。むしろ要らぬ知識で判断を誤りやすくなるだけだろう。

 今の自分が、知って役立てられる術を持たない知識ならば、聞いたところで邪魔なだけだ。ならば無駄だな。聞く意味など微塵もない」

「それは・・・・・・まぁ、そうかもしれんが・・・」

 

 一応は納得して見せながらも、C.Cの声には明らかに不満そうな色が露骨だった。

 理屈としては分かるのだ。全く以て正論であり、正しいものの見方をしていると絶賛してやりたいほどに。

 

 だが人だ。人は、そこまで理屈通りに割り切ることは難しい。

 それをこの少年は、この歳で既に実行できている、ということなのだろうか?

 

 ――あり得ない、とC.Cは思った故の反応だったが、そんなことはルルーシュの関知するところではない。

 

「あいにくと今の俺は多忙でな。各地でジェレミアの討伐軍によって鎮圧されたゲリラたちの残党を集め、扇たちのグループに組み込ませるだけで手一杯だ。

 朝日と夕焼けとを同時に見ることが叶わぬ以上、優先順位をつけてこなしながら力を高め、飛び立つ日のため翼を強めておくことが、今の俺にできる最大限の行為なのは情けない限りなのだがな・・・・・・」

 

 

 自嘲を込めて呟きながら、倒すべき敵の強大さと比べて、あまりにも小さすぎる自分の現状に苦笑する気分すら沸きようもなく肩をすくめるしかないブリタニアの支配する世界の破壊を望む少年ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 

 

 

 その彼が、招かざる同居人から不審と興味の瞳を背中に向けられていたのと同じ日に。

 彼らの敵側勢力と目されていたブリタニア帝国内では、一つの人事が決定されていた。

 

 

 ジェレミアのとった行動のとばっちりを受け、各地で続発し続ける武装蜂起に悩まされたことで《純血派》の統治に非協力的な姿勢とサボタージュを決め込んでいた行政機関と警察機構がようやく和解にこぎ着けて機能を再開し。

 

 それまで不満分子たちの鎮圧にかまけるあまり、証拠不十分のまま捜査は保留となっていたクルルギ・スザク容疑者が正式に釈放されることが通達されたのだ。

 

 

 続発する事態を前に、完全に存在を忘れられていた少年は、こうして舞台上へと再び舞い戻る役を取り戻す。

 

 

 

つづく

 

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