しばらくはこうして本来の自分を取り戻せるよう頑張ってみようと思っております。
「おいおい、お嬢ちゃん。抜け駆けはなしに願おうか?」
「む?」
突然のことだった。旅の魔術師であるハイドが食堂で昼食を食べようとしていたところ、巨漢の大男から話しかけられた。
彼はハイドの傍らに立つと懐からダガーを抜いて、ハイドの食べようとしていた肉料理の真横に音を立てて突き刺して見せる。
他の客たちは顔色を蒼白にする。
男は身長は2メートルにもなろうかという大男で顔には刀傷があり、筋骨隆々の肉体には動き易さを重視したチェインメイルと獣の毛皮だけを纏っている。
腰に帯びた武器はハンマー系の破砕武器モーニングスターと言う、まさに『ザ・力自慢の荒くれ戦士』としか言いようのない風情の持ち主だったのだ。
今年10歳になったばかりで、身長120センチにも届いていない幼すぎる少女が逆立ちしたところで(パワーにおいても背の高さにおいても)敵う訳がない。
誰もが、直後に訪れるかもしれない少女の身に降りかかる悲劇を思って嘆きと祈りの声を叫んでいたのだが、
ーー当事者たる少女には、それとは別の主観が存在していたりする。
「ふむ・・・」
小さな鼻息とともに彼女が頭に思い浮かべていたことはひとつだけ。
(・・・・・・・・・・・・何の話についてだろうか?)
ーーそれだけだった。それ以外は特に何も考えていない。相手の言った言葉の意味が分からなかったから真剣に考え続けてみてる。ーーマジでそれだけだったりするのである・・・。
(彼は私のことを知っているような口振りだったが、私は彼のことを知らない。
身なりからしても、この街に来てからでないと知り合えそうにもない職業に就いていそうではあるが・・・私がこの町に着いたのって今日だしなー。
たった数時間でも会えるものなのかね? 人と人との奇妙な絆さえあるならば)
徐々に脱線してきている、長い黒髪をポニーテールにした魔術師(見習い)である少女の思考。
記憶をたどって相手のことを探ろうにも、彼女の脳は今日より前のことは滅多に思い出せないように出来ているから無理っぽい。
「一日一日を精一杯生きて、今日で人生が終わっても笑いながら死んでいけるように生きなさい」
ーー何年か前にどっかの街で、何とかいう偉い大司教さまが言ってた言葉の内で唯一彼女が覚えている一節である。
彼女はこの言葉に心の底から感動し、その教えを忠実に守りながら生きていこうと決意して以降、ずっとこの低脳状態が継続してしまっているのだ。
周りとしてはかなり迷惑なので止めてもらいたいのだが、そもそも昨日合った人物と今日再会しても思い出してもらえないときが多すぎるので、迷惑かけられてる相手のことも忘れやすいから不可能っぽい。
・・・・・・とことんまでマイペースに生きてる少女であった。
(う~む・・・・・・分からん! なので聞こう! 聞かなければ判らない問題は世の中に五万とあると聞くし、「教えてください」と頭を下げてお願いすればきっと大丈夫なはず!)
自分の中では誠実に生きてることになってる少女は、そう結論づけると即座に行動にでる。
『即断、即決、即行動、即戦闘、即征服』が彼女がモットーにしている信念である。迷っている暇があるなら何かしらしていた方がマシだ。暇潰しになるから。
「ふむ。申し訳ないが戦士君。私には君が何について疑念を抱いているのかが判然としない。良ければ教えていただいてもかまわないだろうか? 無論、出来る限りの礼はさせてもらうつもりだ」
「ほう? 殊勝なことじゃねぇか。ーーだが、オメェ・・・俺様が何に怒っているのか、本当に判らないって訳じゃあないだろうな?」
「ああ、申し訳ないと思っているのだが・・・・・・本当に心の底から申し訳なく思っているのだがサッパリ判らないな!? どういう事なんだ!? 是非とも教えてくれたまえ! この通りだ!!」
「いや、これっぽちも申し訳なく思っているようには見えないんだが!? めっちゃくちゃ堂々として偉そうに頭下げてきてんじゃねぇかオメェはよぉ!!」
「これは素だ! これ以外のしゃべり方など知らん分からん調べたことさえない!
故に、これこそが私にとって最大限の礼儀正しいお願いの仕方なのだよ!
なので、あらためて頼む! 教えてくれたまえ! 君はなにに対して怒りを抱いているのかね!?」
「無礼が服を着て、誠実に生きているーーーーーーーーーーーっ!?」
大男絶叫。当然だ。
彼にとっては、見たことも聞いたこともない未知の生物と邂逅したのだから。
「い、いや、ちょっと待て! それだとおかしい事になる!!」
「何がだね!? 君はいったい、何がおかしいという気なのかね!?」
「おまえの存在そのものがだよ!? ・・・って、違う! そうじゃない! それもあるけど、そうじゃないんだ! 聞いてた話と食い違ってくるんだよ! おまえの話が本当ならば!」
「・・・・・・??? どういう事なのかね? 詳しい話をお聞かせ願いたいのだが?」
少女が目をパチクリさせながら、顔面百面相させられてる大男の話を聞かされ始めているのと同じ頃。
街を治める領主の館には、盗聴不能な魔法による念話が届けられていた。
「・・・そうですか。彼女を自然に巻き込むのは無理になりましたか・・・。いや、結構。これ以上はこちら側への心証を悪くしてしまうだけでメリットがありません。しばらくは監視だけを続けてください。ではーー」
右手を耳に当てて目をつむり、念話相手との交信に集中していたために精神を消耗し、魔力で繋いでいた回線が切れると同時に虚脱感におそわれてヘタリ込んでしまう。
領主様の前で恥ずかしい限りではあるが、そこは導師でもない一介の魔術師に過ぎぬ未熟者の身。能力よりも才能の限界故のものなので、多めに見てもらうよう頼んでみるより他にはない。
「ダメだったのか?」
その点を言わずとも理解してくれているらしく、中年で厳めしい顔つきの領主は彼の態度に関して咎める必要性を認めない口調で、単刀直入に答えだけを求めてきた。
即ち、《剣聖》の勧誘に成功しそうか否なのか?
「申し訳ありません、閣下。本当なら今すぐこの時点で確定させたかったのですが・・・」
「保留・・・か。まぁ、相手が相手だ。仕方がないと割り切るさ。少なくとも彼女が敵に回ることが確定しなかっただけでも良しとしなくてはな」
「仰るとおりです、閣下。・・・ですが・・・」
言いよどむ部下を伯爵は、眉をひそめて見返す。
相手が何を懸念しているのか予測がついているからだった。
「なんだ? 貴様も『あんなにもバカそうな子供が剣聖だ』などと言われて信じられないクチか?」
「・・・いえ、私は元々そちらの方(諜報および他国での情報収集)が主なお役目でしたし、彼女のこともある程度までは聞いたことがある身です。仮に信じられずとも、信じるに吝かではない・・・。ですが部下たちの方は・・・・・・」
「侮って実力行使に訴えでかねん・・・と?」
「・・・・・・部下を育てられなかった己が不明を恥じるばかりです・・・・・・」
遠回しな表現で上司の言葉を肯定した彼に、領主でもある騎士将軍は「ふんっ!」と鼻を鳴らすことで、部下が案じている杞憂など気にする価値などないのだと伝える。
「剣聖の存在は噂ばかりが一人歩きしているからな、実像を知らぬ者等にとって見れば世間知らずのバカなガキとしか思えないのは無理からぬ事だろうよ」
「・・・・・・まことに嘆かわしい事ながら・・・・・・」
領主の判断に、部下は嘆息で応じる。応じざるを得ない。
其れぐらいに彼女たち《剣聖》は特別な存在であり、特殊すぎる異質な存在なのだから・・・・・・。
「《剣聖》は大陸に8人しか存在しない、人外のみに与えられた特別な称号・・・。
国に属することなく、この大陸で全自由を認められた最強の武人であり、たった一人いるだけで戦局を覆しかねない人を越えた人以上の人間たちだけが持つことを許される物・・・」
しかしーーー
「通常、称号というものは自分から名乗るか、誰かから送るか等の形で生まれるものであるが、所詮は権威付けを目的としたハッタリに過ぎん。
実質的意味合いは与えられた者自身でつけるしかないのが普通の称号というものなのだがな・・・・・・」
「ーーだが、剣聖だけは違う。師から弟子へと受け継がれるような穏便な形は、師の方が病死でもしない限りあり得ない。
《剣聖》の称号継承に必要なのは、称号の持ち主である剣聖を殺して奪い取るしかない」
「手段を選ぶ必要はない。殺す能力の高さが人外レベルだからこその《剣聖》。
たった一人で戦局を変えられる存在だからこその全自由権という名の特権・・・。殺されるような人物には相応しくない。常に殺した側に居続けられなければ剣聖を名乗る資格はない・・・」
「そのような人物が“得物を偽り”“魔術師と身分を詐称してまで”この街へとやってきてくれた。
それも“魔族侵入の報”と同時にだぞ? これを行幸と呼ばずしてなんと呼べばいい?
そう言うわけだ。くれぐれも軽挙妄動の類は慎んで協力を依頼するようにな?」
「はっ!!」
その頃、街の食堂では。
「そう言えばアンタ、変わった得物を使ってるんだな。職業は何なんだい?」
「ん? これかね? 古道具屋で見つけた5ゴールドの《錆びた刀》だよ。抜けないし切れないから鈍器扱いで、魔術師の使う杖代わりにしているのだよ。
ちなみに私の職業は魔術師で、位階は《見習い》だ。
どちらも選んだ理由はカッコいいから一択だがね!!」
「ああ、そう・・・・・・。それじゃあ、その腰に付けてるバッジみたいなのは?」
「ん? これは・・・・・・なんだったかな? 確かえっと~~~~・・・・・・あ! そうであったそうであった! 思い出したぞ!
ーーあれはたしか、旅の途中で人間タイプのモンスターに襲われた時のことだった・・・。
買ったばかりの鞘付き錆びた刀の切れ味ならぬ殴り具合を試したくて、試し殴りしたら思っていたより威力高くて嬉しくなったから記念のドロップアイテムをもらってきたのだよ!たしか!」
「『確か』多くね・・・? あとその、気絶させた人間タイプのモンスターって奴の名前はなんだったん?」
「うむ! たしか・・・・・・け、け、け・・・・・・“憲兵”?“血清”?“ケルベロスのケロちゃん”?」
「最後の奴、“ケ”しか共通点なさ過ぎるし、人間タイプじゃなくなってるし、敵として出てきたら世界が終わる戦争起きてそうな気がするんだが・・・?」
解説:
サブタイトルの『パターンA』とは世界観や主人公の立ち位置、ストーリー等に複数のバリエーションを用意して主人公は不動の存在にしたいと願っているからです。
変わらないし変われない、ごく自然に自分を貫く主人公は私好みでステキなのです♡