ただし、前回以上にリコリスファンの方は読まない方がいいかもしれません。
【リコリス・コイル】と【乱歩奇譚】のコラボ作な内容となります。
近未来に、治安の良さで世界第一位にまで成り上がって久しい法治国家日本。
綺麗で安全、平和な日本。
その綺麗事を守るため、日本政府は手段も犠牲も選ばなかった。
その為に設立された極秘の政府機関《リコリス》を投入して、学生服姿の少女たちという姿で油断させて犯罪を犯そうとする者達を、犯罪者になる前に抹殺させていく。
並木道で、公園で、バス停で、駅の構内で。
あらゆる場所で少女たちに、人を殺させまくって政府は支持率を上げていく。
だが―――だが、そもそも凶悪犯罪や殺人事件というものは、“そんな場所”で起きているモノだったろうか?
そんな事が、ある訳がない。
公園や、並木道や、バス停や、駅の構内を狙って起きる凶悪事件は、政治アピールを狙ったテロだ。単なる凶悪犯罪とは言いがたい。
大抵の犯罪は、大方の殺人は、自宅内の自室で、会社のオフィスで、学校の教室内で、屋敷の中の一室で、密かに行われた後発見されるモノ。
物になった被害者を発見され通報される、という形で行われるモノ。
その為そういった犯罪は現在、一般警察の手によって秘密裏になかったことにされて処理されるのが一般的となって久しい。誰にも知られず密かに行われた行為を無かったことにするのは容易い。
ただ時折、その中から異端が生じることがある。
密かに処理する凶悪事件なのか。始末するべきテロリズムなのか。
その判定基準がわかりにくいことが希にある。
『普通の凡人』には判別しづらい曖昧な事件が発生することが、極々希に発生することが現実には実在する。
彼女たちにとって、丁度『その日』は、そういうのと遭遇する巡り合わせであったらしい。
それは恰も、夜に見る夢と、現実の現世との境目が曖昧になった日のように―――
「――で? なんで私たちが呼ばれた訳? ただの殺人とかは、そっちの一般警察が対応する案件じゃなかったっけ?」
どこかの学校の学生服をまとった少女が、険悪な表情と雰囲気で一人の警官と押し問答を繰り広げていた。その傍らには別の学校の制服をまとったロングヘアーの少女が我関せずと立っている。
そこは都内にある有名進学校の一校で、彼女たちが先程から警官を問い詰めているのは、校内にある廊下の一隅。
廊下から見える先には、同じような格好をしている下っ端の国家公務員たちが忙しなく動き回って、テープを引いたり、野次馬を近づかせないように遠ざけている姿が遠望できる。
隠蔽工作の真っ最中、ということなのだろう。それはいい。
ヤバすぎる事件が起きたときには、一般犯罪でさえ犯人共々“無かったこと”にして処理するのが現代日本政府では常識だ。
問題なのは、その場合であった時でも、担当分野が被らない自分たちが今ここにいる、という事実の方だけ。
「確かに、アベさんには普段からお世話になってるし、協力するのだってイヤじゃない。けど、そもそも私たちって一般警察にも存在は秘匿されてるってこと分かってるよね?」
詰問口調で眉を吊り上げながら、青い制服姿の警官を問い詰めている明るい髪色の少女という光景は、一般の基準から見れば異様なものと映るものだったろう。
だが彼女としては、だからこそ問い詰めずにはいられなかったし、苛立ちを強めざるを得ない理由にもなっている。
なにしろ自分たちの存在を教えられているらしき現場警官の一人の反応は、要領を得ないことこの上なく、THE・お役所仕事という生きた見本みたいな木偶の坊だったからだ。
ただただ「上司からの命令です。今しばらくお待ちください」の一点張りで埒があかない。
オマケに、大した実力も無いらしく、先程から実力差を垣間見せての『脅し』や『威嚇』を使い続けているにも関わらず、まったく気付く気配すら見せない。
強者を強者と見抜けない人間からすれば、自分たちは『普通のかわいい女子高生』としか見えないし思えない容姿の持ち主。
だから女子高生としか扱ってこない。
ただの女子高生ではない正体をもつ側にとっては、もどかしさと苛立たしさで、いい加減力ずくで押し通るか帰ってしまおうかと悩み始めていた、丁度その時。
「あ~、いたいたぁ。悪いねぇ、こんな所まで来てもらっちゃった上に遅れちゃってぇ。こっちの方でも手間取っちゃってさぁ」
「・・・・・・ナカムラさん。この学校の担当範囲って、アベさんじゃなくてソッチだったんですか・・・」
声をかけてきた、飄々とした態度で猫背の刑事らしき中年の顔を確認したことで、明るい髪色の少女の表情は途端にウンザリしたものへと変わってしまって、相手は笑う。
どうやら顔馴染みらしい二人だったが、少なくとも少女の方に相手の刑事との馴れ初めで、いい思い出がある関係性ではないらしい。
「いや~、勘違いさせちゃって悪いねぇ。ああ、バイト代の方はアッチと同額出すことになってるから大丈夫みたいよ?」
「それはいいんですけど・・・・・・でも、そもそもなんだって私たちが呼ばれたんです? 普通の殺人犯ぐらいなら、そっちの方だけでも対処可能な範囲ですよね?」
「それが微妙なところってヤツでねぇ~。
ソッチの力が必要“かもしれない”犯人の可能性があったんでね?」
ヘラヘラ薄笑いを浮かべながら、現場となった教室の中へと二人を案内していく中年の刑事ナカムラ。
他の警官たちには『お偉方のご息女たちで将来のお偉方候補』という触れ込みで引き下がらせながら、事件があった現場そのものまで二人供を連れて行って―――ソレを見せる。
「そのガイシャを殺した犯人ってのが、普通の殺人犯なのか、私らにはサッパリで」
「――うっ!? こ、コレって・・・ッ!!」
「・・・うっわ~~・・・・・・コレは確かに・・・クルなぁ」
中年刑事の指し示した先に置かれたままになっていた物体を目にした瞬間。
二人の少女たちは個性に合わせたそれぞれの反応をして、それぞれに驚きと意外性を表現する。
そこに置いてあったのは、言ってみれば家具だった。
あるいは、オブジェと言った方が適切だろうか?
趣味の日曜大工として汗を流し、精魂込めて造った作品と呼ぶには荒削りで、やっつけ仕事の感が強いのは否めないが、独創性はそれなりにあったと評価できるかもしれない。
もっとも。
あくまで、それが『最初から物だった』ときの評価であるが。
それを物ではなく、『物に変えられた人間』と定義した場合には、今少し細かい表現が説明のため必要になるだろう。
具体的に言うなら、それは死体の座っている姿だった。
腕は、ない。取り外されて上半身の横に置かれて、天に向かって伸ばされている。
足は、ある。縛られている。
ズボンと下着を脱がされた男の下半身が、腕を太ももで挟むように、足先の一部だけを縛られている。
首も、無い。
切り落とされてから持ち去られたらしく、首から上が無くなっている辺りから少量ながら血の滝が流れ落ちた後が固まっている。
死体は既に死後硬直まで終わって、青白い肌に変色した姿へと変わり果てた後になっているようだった。
「こういうのは、うちでも未だに判断が難しくってねぇ~。
もしソッチの人らが犯人だった時には、私らだとヤラレちゃう危険あるから呼んどかないと危なっかしかったんだよ。忙しいところ呼び出しちゃったみたいで、ホント悪かったねぇ~」
「いえ、そこまで忙しかった訳じゃ無いからいいですし、こーいう事情なら仕方ない部分もありますから。丁度一仕事終わったばっかでヒマしてた所でしたし。
・・・でもコレは流石に・・・・・・う~ん・・・どっちなんだろ? 政治的アピールの意味とかって込められてると思う? たきな――って、たきな? どしたの蹲ったりして。おトイレ?」
「う・・・うぅ・・・・・・気色悪・・・オェェッ・・・」
「あらら~? ひょっとしてお嬢ちゃん、こういうのイケナイ口だったりした?」
慣れているのか、驚きはしても平然と死体の検分を始める数日前から相棒になった少女と違って、『人を撃ち殺すこと』には慣れがあるし、効率よく蜂の巣にしまくった経験もあるけれど、『死んだ後の死体を解体した工作作業』には慣れがないし、慣れたい趣味も持ち合わせていない、滝川たきなは、ショッキングな状態の死体に気分が悪くならざるをえない。
つい先日に実戦を初体験して殺人ロストバージンしてから少ししか経っていない乙女な《リコリス》として、そのうち平気になるだろうけど最初のうちは空気の入れ換えぐらいは必要だ。
「・・・ちょっと・・・外出て空気吸ってきま―――え?」
先任者に一声かけてから扉を開けて教室の中から外へ出ようとして。
スッ――と。
自分の横をすり抜けるようにして教室の中へと普通の足取りで入っていって、『男子用の学生服』をまとっている人の姿に、たきなは思わず吐き気を忘れて呆然とすることになる。
ありえないことだった。少なくとも現代日本では、ありえない光景。
自分たち《リコリス》には少女たちだけしか選ばれないし、《リコリス》以外で同世代の少年少女たちに自分たちと同じ権限と立場と役割が与えられていることは有り得ない。
では一体この少年は――――なんで、猟奇殺人事件の現場に平気で入ってきて、平気で缶コーヒーを飲んでいられてるのか?
「・・・・・・ふむ。教師のバラバラ死体か――派手だな。これはいい」
「あっ! ちょ、ちょっと貴方! 生徒は立ち入り禁止になってるはずじゃ――」
「あ~、いーのいーの。彼も上が呼んだ一人だから。判定係なんだってさぁ~」
「・・・え? それって・・・」
「なぁ~るほどぉ・・・この人がねー」
ようやく自分の現在の立場を遅まきながら認識して、たきなが『警察関係者らしい対応』を、普通の制服姿で入ってきたばかりの少年を制止するため声をかけたのを、ナカムラが止めて不思議な単語で説明らしい言葉を話し、先任で経験豊富な明るい髪の女の子 がなにかを思い出した表情で納得したように一人頷く。
「あなたが噂に聞いてた探偵さんね。
許可証をもった宮仕えの、《リコリス》とは別働隊として一般犯罪の中から“そーいうの”を見つけ出す役割を負ってるって言う。
たしか、名前は―――」
「“宮内庁公認”“特定未成年不登校許可”。『アケチ』だ。
おたくらは《リコリス》だろ? 政府に雇われてる殺し屋連中の。
前にあった時のは記憶するほど珍しくもない連中だったから、組織名以外は覚えちゃいないが」
覚えるほどの価値がなかったから忘れた奴らのお仲間を前にして、平然と言ってのける黒いブレザー姿をした、目つきと顔色は悪いが、結構な顔立ちの美少年。
黒い髪、赤みがかった瞳、細身の長身、気怠げな態度。
「言ってくれますねぇー。私たちも貴方と同じように、平和を守るため犯罪起きる前に退治してる治安機関の一員のつもりなんですけど~?
あー、でもそっか。違うか。たしか探偵さんは事件が起きてからしか出てこないのが仕事って話でしたもんねぇー。
私たち被害者が出る前に対峙するのが仕事の《リコリス》とは違って当たり前かぁ~。失礼しましたー」
「ハッ、確かに。俺もアンタラも政府に才能を提供することで特別待遇を受けてる、憲法違反のエコヒイキされてる者同士って点では同類なのは間違いない。
才能や能力ある奴らを都合良く抱え込んで利用したい連中から、方便を与えられてる者同士って点でもだがね」
「ですよね~。ホントウにその通りですよねぇ~~?(イライライラ・・・)」
ニコニコと笑顔を浮かべながら、友好そうな態度で皮肉と嫌味を応報しあうところから初対面を始める少年と先任者――千束の見慣れない姿に、たきなは無意識にちょっとだけ退く。
いちいち癇に障る言い方をつかってくる少年だった。
組織上層部や多数派の構成員からは不真面目と思われがちだが、人一倍仲間思いの本心を隠し持った千束としては、アケチの言い分は受け入れられなくはないまでも、言い返してから受け入れてやるぐらいの妥協はしてやりたくなる相性の持ち主同士だったらしい。
「――まっ、別にどうだっていい話か。
おたくらや俺がどういう存在だろうと、誰かが煽りでもしない限り、意外に騒がないもんだからな。日本人ってのは。
自分と関係のないことは視野に入らない。知覚してないのだから、そもそも興味も持たない。
俺も事件の事情なんて、どうでもいい。政府公認の探偵なんて仕事も趣味みたいなもんさ。だからそれをアンタラがどう思うと勝手だ。好きにしてくれ」
「・・・・・・・・・冷たいんですね」
「君らみたいに、熱い奴らの方が例外だよ。
俺の方は、探偵なんてやってる理由は、異常犯罪のリアル謎解き。これ以上に面白いゲームはないってだけなんだからな」
「・・・・・・・・・・・・最低だ」
「ありがとう」
またもや平然と言ってのけ、睨み付けてくる少女達2人との雑談で、軽くウォーミングアップし終えた脳細胞を回転させ始め、死体を上から下までつぶさに立ったままの姿勢で検分していく。
「・・・騒がしい。頭痛も酷い・・・・・・――しかし、これは今の状況でやった場合には、既に“広がった後”になっているか」
小声で何事かを呟き終えた後、小さく一つ息を吐き出してから振り返り。
「――ひとつだけ、余計な忠告をしてやろう。《リコリス》
この学校と同じ町内にある三番地のアパート2階右端の部屋と、町外れの築二十年の廃屋、それに通りの向こうにあるカフェテラスへ早くいってやった方がいい。
お前達の仕事向きな連中が、模倣犯になりたがってる寸前の状態だ。今行けば、まだ間に合うかもしれないが、遅れたら手遅れになるかもな」
「なんで、そんなことが貴方に分かるのよ? 探偵らしく、理由ぐらい説明してほしいんだけど。それとも出来ないの?」
「別に行きたくなければ、行かなくていい。俺はどっちだって構わない。
この時点で止めるのも、アンタラの仕事が終わった後で見つかった事件を解決して止めるのも。
結果は同じだ。好きにすればいいさ」
「――――ちっ! 急ぐよ、たきな! もし何もなかったら何か奢ってもらうからね!」
「あ!? ちょっと千束さん待って!」
タッタッタッタ!と。
軽快で、そして人間離れして速い速度で離れていく足音に背を向けながら。
アケチはただ、既に終わってしまった後の事件で被害者になっている教師の死体を見下ろしながら、ポツリと。静かに呟く。
「社会が変化しすぎてしまった。これだと拡大が加速する率が高くなるな。
《怪人二十面相》――まだ残滓が広がるのが終息しないのか・・・・・・」
―――静けさの裏側で、大きな事態が街を動かそうとしている。
平和で安全、綺麗な東京。
規範意識が高くて、優しくて温厚な仮面を被った日本人。
法治国家日本の首都東京では、危険など存在することは許されない。社会を乱す行為に及ぶ者は、如何なる理由であろうと許してはならず、存在していたことすら認められることはない。
消して、消して、消して。
声なき声を上げようとした力なき者達は、強者である《リコリス》によって排除される。
彼らの声は、元々なかったことにされていく。
日本人の気質によって成り立っている平和な社会。
そう思えることが一番の幸せ。そう思うことが一番の義務。
そう思わないことは許されない。
現状の社会に絶望し、改革を求める者達には、死か沈黙か、いずれかしか選ぶ道が与えられることもない。
「・・・・・・おいおい、一体なんだこれは・・・? こんなもの、私でさえ見たことがないレベルの・・・」
「ん~? どったのミカちゃん。珍しくDA情報部からの資料を精査してたみたいだったけど、なんか見つかった? あ! ひょっとしてDAの凄さを改めて評価する気になったとか!?」
「・・・・・・いや、資料に混じっていたデータの残り滓に気になるものがあって、暇潰しに再生しただけだったんだが、この数字の羅列は・・・・・・もしも本当だったとしたら、これは・・・」
そんな平和な時代を象徴する新たな建造物の頂上で―――今、一人の少年が静かに。
大きな革命の始まりを告げる言葉を紡いでいたことを―――誰も知らない。
「現象は加速する・・・・・・。
フォークロアに過ぎないそれを、匿名の断罪装置として人々が利用することで不可能犯罪さえなし得る正義の怪人が産まれていく。彼に倒せない悪はない。
・・・そうだね。この時代に敬意を評し、彼らのことをボクはこう呼ぼう。
不特定多数による仮面の断罪者――《リコリス》と」