遅れまくって申し訳ない。正直、ここまで時間かかると思ってなかったので自分が驚かされました。
――ここは【神域】
知覚外領域に存在する、神々の会議場。
人類には決して認識することの出来ない、人を超えた超越者たちのみが入ることが可能となる特殊な空間で今、一つの重大な話し合いが行われ、大いなる決断が下されようとしていた――。
『諸君、ゆゆしき事態である。
あらゆる世界から、信心深い人間が急速に数を減らしつつあるのだ。
もはや人類にとって、文明の発展と信仰の両立は極めて困難であると見なさざるを得ない』
口惜しそうに語られた永きにわたる分析の結果を聞かされた瞬間、その場に集まっていた全ての者達から無念の吐息が漏れる音が、場に静かに響き渡る。
決して予測しえない結果ではなかった。その可能性を場にいる全員が認識してもいた。
とはいえ、不幸な予測が的中したことを聞かされたことを、無念に感じてしまうのは人であれ神で在れ、変わりようのない自然な心の働きでもあっただろう。
『やはり、ですか・・・予想はしておりましたが・・・・・・』
『昔は我らから語りかけるだけで、神の存在を感じてくれていた愛しき者達であったというのに・・・・・・』
『人類はすでに理性を欠いた獣ではない、神の教えを正しく理解せんと欲して探求する意思と知性をもつに至った高等生物へと進化していたはず。それなのに何故・・・・・・わからぬ』
口々に嘆きと失望を口にする神々たち。
彼らには共通の危機意識があった。
『このまままでは人の世から正しき信仰は滅びて末世となる』という危機感が。
最近の人類は、あまりにも世の理から外れ過ぎ、文明の発展に伴う信仰の劣化によって、魂の救済と輪廻の輪からの離脱を求める者が減少しすぎている。
文明の発展によって、人々が神からの救済を必要とせずとも天寿を全うできる者が激増するようになったことが、その原因だった。
それは本来、神々にとっても祝福すべき事柄であり、神々の子らの成長を喜びとし、過度な干渉はそれを阻害すると考え、独り立ちする姿を天上から温かく見守っていたのだが・・・・・・このような副作用を伴う成長痛としての側面をもっていたとは想定外だった。
これでは、いつまで経っても人々が真なる救済を得て、永遠の安息を享受できる日は訪れようがない。
涅槃に至るなど夢のまた夢、悟りの道にすら至ることなく短い生涯を終える者ばかりが生きる、この世の地獄と化した世界が無数に乱立する悲惨な状況へと至るかもしれない。
―――それでは人間が、あまりにも憐れではないか。
神々は、そう考えて心を痛めていた。
信仰心を失い、進むべき道を見失った今の人間たちは、迷える子羊も同然の存在だった。
道に迷いし憐れな子羊を、正しき教えで信仰の道へと導くことで救済してやることこそ神の勤め。
それは昨今の、信仰を忘れ、『十戒の定め』を忘れ、解脱して涅槃に至りたいと願い欲する純粋な想いまでも忘れ去ったがために、一人道を失って泣くことしか出来なくなっている憐れな人間たちという種族にこそ、果たされるべき使命ではないだろうか?
『諸君――』
座長格らしき神が、静かに片手をあげて場を制する。
最初に発言した、豊かな白髭と逞しい体付きをした、偉丈夫の男神。
『人の世には確かに愚かしさが蔓延っておる。やれ効率だ、やれ科学だと、まったく人間の身勝手さには際限というものがない。
・・・・・・だが決して忘れないでほしい。我々は神として、どこまでも慈悲深く、限りなき愛によって人の誤りを正し、教え導くことを使命とするからこそ偉大なる存在となり得ているのだという事実を――』
男神の言葉に賛同するように、納得するように、場に集っていた幾つかの異なる姿をした神々が大きく頷きを返しているのが神には見えた。
神自身、しばし前の時間軸で「度しがたいほど救いがたい人間の醜悪さが形となったような男」と邂逅し、激しい怒りに駆られながら、それでも尚彼の人間を救済することを諦めようとはしなかった苦い過去を体験している。
だが、それでも神は決して、人を罰することはない。
罰するだけでは何も変わらず、解決することもなく、人が正しき信仰の道へと回帰することも無い。
あくまで自然な流れの結実として、自らの意思によって過ちを自覚し、人類自身が正しき答えへと至れるよう、道を指し示してやるだけに留めることが、創造主として愛する子らを教え導く者の義務。
如何に昨今の人間たちが誤った道を歩もうと、神の意思を力によって押しつけるが如き改宗は戒められるべき邪悪な行い。
全てを神の手によって決められ、正しき答えのみを人々に押しつけ従わせようというのは傲慢なのだ。
人類は決して、神の玩具ではないのだから。
『なればこそ、我らには選ばねばならぬ時が訪れたのかもしれぬ。
今の発展した文明の世界を覆っている信仰の劣化に歯止めをかけ、健気で切実なる祈りと共に輪廻の光を多くの清らかな魂たちがくぐることができる世界に変われるよう、“古来からのやり方”を再び再現すべき刻が――』
厳かな口調で神は語り、そして沈痛な表情を浮かべて、ソッと瞼を閉じる。
本心から神は、自らの行為で犠牲となる者達の痛みを想い、嘆いていた。
争いは肯定されるものではなく、否定されて然るべき愚かな蛮行。
そのような行為が行われることなく、誰もが笑い合い、互いを気遣い、多くを得ずとも日々を幸福のなかで生きられる理想郷ユートピアへと、人々すべての魂が至ることが出来るなら、どれほどの労力も惜しむものではない。
だが、残念ながら未だ人の精神は、その領域に達すること叶わず、地には無益な争いと憎しみ合いが蔓延っている。
他者への共感力もなく、創造主への信仰の欠片すら見出せぬ者が地に溢れている。
このような時代、状況に産まれ生きる人間たちに、それらを自然に会得せよと求めることは、やはり無理があったのだろう。
自らの力だけでは回避しえない災害もなく、その脅威から彼らを救済する慈悲の恩寵を知ることなく生を終える者達が大部分となるに至った文明の時代に、『神の作りたもうた秩序を探求せん』とする動機だけで全ての者達が信仰を守り続けるまでには、人類はまだ至れていなかったのだ。
それを今、認めよう。
人類には、悟りへと至るため、未だ“戦争が必要”であることを。
信仰という名の大樹を育むため、多くの血によって根を張ることが必要なのだと。
争いを肯定する訳では決してない。
だが、正しき信仰と悟りへと至るための通過儀礼ならば、やむを得なし。
いずれ正しき答えへと至れる日まで、試練としての争いを、神は必要悪だと認めよう。
『ここに宣言する。我らは正しき信仰を、すべての世界の人間たちにもたらすため壮大なる実験を、今ここに開始s―――』
『た、大変でございます! 一大事が発生致しました神長猊下ッ!!!』
男神が言い終わる直前、突如として空間が歪んだように見えた位置に、背に翼を生やした銀色の騎士甲冑のような姿をした者が突然に出現すると、語りかける途中だった男神の眼前に跪いて頭を垂れて、臣下の礼を示してきた。
突然の事態に場はざわめき、新たに出現した騎士甲冑と同じような見た目を持った別の者がいきりたって立ち上がり、乱入者の非礼に怒りの怒号を轟かせる。
『なんという非礼! この場を上級神のみが参加を許されし最高神託会議であることは承知のはず! 下級神ごときが無断での入室を許されてよい場ではない! 分際をわきまえよッ!!』
『も、申し訳ございませぬ! しかし! しかしどうしてもお伝えせねばならぬ危急の事態が起きてしまったやもしれぬのです! 裁きは覚悟の上、されど非礼を承知でこの場に手の報告を、どうか何卒!!』
『―――よい。許す』
恭しく頭を垂れて跪いていた、同じような格好だが叱責した側の神より階位が劣る神に対して、白髭の男神は寛容さを以て対応するため激した神を制してやった。
だが、そんな男神の寛容さを旨とする対応でさえ、下級神がもたらした危急の知らせにはヒビ割れが生じるのを防ぎきることまでは不可能だったらしい。
『い、今し方この世界の一隅において、異常な空間歪曲を感知致しました。
どうやら異なる時空同士を繋げて安定させるために敷設された【道】と思われるのですが・・・・・・先行して確認へと赴いた者によると、その道の先にあった世界は我らの知る如何なる世界とも異なる、未知の異世界である可能性が高いのではと・・・・・・』
『なんと、まだそのような世界が残っていたとは。しかし、それなら――』
『それだけではないのです! 信じられぬ話なのですが・・・・・・どうやらその世界には――我らの知らぬ、未知の教えの神々を名乗る者達がいるらしいのです。
それだけでなく、その神を名乗る者らを信奉する軍勢によって、この世界は先程――――侵略を受けたことが確認されました!!』
『なんだと!? 馬鹿な! テンプニウム神約違反だッ!!!』
『異なる世界を統べる神が、他の神が司る世界を犯すなど、第一級の禁則事項に該当するほどの蛮行! 神約に加盟すらしておらぬ異郷の邪神どもは礼儀の心得すらないか!?』
その予想外すぎる報告の内容に、いきりたって複数の神々が立ち上がって激怒した。
どうやら神たちの間でも何かしらの取り決めが交わされていたらしく、その件についても激しい怒りと苛立ちを感じさせられたようでもある。
どうりで崇められている地域が異なると思しき外観の神が同席しているはずだ。
『それだけでは御座いませぬ! これはまだ確認中のことなのですが、件の異世界には【エムーロイ】などという存在が神として崇敬を集めておるとの事でして。
そのエムーロイの教えなるものの中では、【殺人は罪ではなく】【盗賊が他者の命を奪うのは、法の執行人が死刑囚を殺すと同義である】と説いているらしいのですッ』
『な、なんだと!? そんな非常識な! 有り得んことだ・・・・・・その者は仮にも神を名乗っている一柱ではないのか!? それなのに何故!?』
『――諸君・・・・・・』
再び片手をあげて、男神が各所で怒りの叫びを上げる神々を鎮めるように静かな声を絞り出す。
だが、その瞳には他の神たちと同様の――否、より深い正義の怒りによる超高温の炎が内側に灯っていたことを、その場にいる全ての神々は男神と見つめ合った瞬間に理解していた。理解せずにはいられなかったのだ。
『私は今の今まで思い違いを犯していた。
今までの私は、先日に邂逅した生身の生物とは思えぬ男こそが、最近の人間性が狂った魂をもつ愚かな者達の中で最大級のものだと信じていた。
――だが、それは誤りであった。神として、その過ちを認めよう。
本当の意味で真に狂った魂をもつ者は、この世界とは異なる異世界にいたのだ』
『『『然りッ! 然りッ! 然りッッ!!』』』
『このような邪悪な教えを人の世に広めることで、人々が人間性の進歩によって解脱し、涅槃に至るのを阻止線とするかの如き邪神を崇める邪教がいたのでは、成る程、人間たちが正しき信仰を心に宿すことが出来なくなったは道理。
――悪は異世界にいたッ!! その名は悪神エムーロイッ!!!』
『『『悪への裁きを! 悪への裁きを!! 正義の鉄槌を世に示すべし!!』』』
『我らは今より、この世界の正しき信仰心を示すため、異界の邪神共と決戦に及ばん!! これは神征である! 正しき神の正義は異なる世界にて示されん!!
諸君ッ!! 我らが異界にて成すべきことは只一事!!
神を僭称する邪神どもの住まう地を、悪魔として封じる地獄を創れェェェッ!!!!』
『『『ゴッデス! ゴッデス!! オール・ハイル・ゴッデ――ッス!!!!』』』
斯くして、人間たちには認識不可能な空間内での話し合いによって、当初に予定していた決断は先送りされることが決定させられ、代わって異なる新たな決断が神々を神話の戦いへと駆り立て、虚空の戦場へと突き進ませることが確定する運びとなる。
その戦いは、地上などという狭い戦場で収まりきれる規模のものには決してなり得ず、そうであるが故に地上に住まう人間たちとは全く関係のない、知覚することすら2000年以上先まで出来るようになることは決してないであろう、超常の域に達した者達による世界の覇権を賭けた大戦となっていくのだが。
そういう戦いであるが故に、神々による神話大戦を、人間たちが存在していたことに気付くことすら最後まで一瞬もないまま終わることになる訳なのだが・・・・・・それが不幸であったか否かを人が決めることすら、決して出来ないのだろう。
知らないし、気付かないままの戦いだった訳だから―――
「――どうして、こうなった・・・・・・」
晴れ時々、砲弾日和。
本日も視界良好につき、血で血を洗う激戦が繰り広げられるには十分なるコンディション。
・・・・・・だと言うのに、なぜ私はこんなところまで戦争をやりに来ているのだろう?
本気で自分のレゾンデートルについて思い悩まずにはいられない心境に、今の私は陥ってしまいつつあるようだった。
今いる場所から見える風景は、見える限りにおいて平原と森と川と空、そして遠くには峻厳な山なんかも見えている。
言葉通りの意味での田園風景だった。
大地は砲弾で耕されることなく農民らしき者達に桑で耕され、魔導師の代わりに自然の緑化が押し寄せる中を、歩兵が前進することなく我々魔導師が前進させられている―――。
あまりにも私が知る戦場とはかけ離れすぎた、平和すぎる穏やかな光景。
だが、しかし。
ここは間違いなく戦場だった。
それどころか我らが帝国軍が侵攻中の、侵略地ですらある。
・・・・・・こんな前世では北海道にでも行かない限り、東京在住で東京にある会社勤めだった私には決して見ることが叶わない程度には希少価値がある、尊き平和な風景が広がっている田舎のような地方に、なぜ私は戦争をするため遙々やってくる羽目になっているのだろう・・・?
曲がりなりにも兵科としては、航空魔導師に配属させられているのが今の私だったはずなのだが・・・。
「わぁ~、空が青いですねぇ。さすがは異世界。こんな風景、帝国だと見たことがありません。
さすがは異世界ですよね、小隊長殿ッ!」
「・・・・・・セレブリャコーフ伍長・・・」
なんの因果か、存在Xの悪意による呪いによるものか。
大自然豊かな平和な青空を仰ぎながら、溜息とともに同じ輸送用の車両に同乗している女性下士官を姓で呼びかけ、まるで幼年学校生徒たちの引率役でも押しつけられたかのような心的苦痛を噛みしめさせられる身になっている現在がある。
「我われは帝国の軍人であり、上が行けと命じれば完遂するために存在している。この地へと来ている今も、敵地へと浸透中という立場であることを忘れるな。
幼年学校を出たばかりの新兵として気が緩むのが分からんではないが、敵は貴官が幼年学校出身の『お子様伍長』であるかどうかなど配慮してくれることはない。
そのことは肝に銘じておくように」
「は、ハッ! 申し訳ありません、デグレチャフ小隊長殿! 少々気が緩んでおりました、以後気をつけるよう鋭意努力いたしたく思いますッ!」
部下として新たに与えられたばかりの女性下士官であり、魔導適性があるとはいえ幼年学校を出たばかりの徴募組でもある相手から、慌てたように敬礼を返される姿に改めて溜息が出る思いに駆られさせられる。
というのも、帝国軍は今回の出兵に際してその人選に苦慮することになり、そして他の誰より私自身だったという事情が関係していたからだ。
――異世界出兵などという、誰が言い出したものか想像もつかないトンキチで壮大なる歴史上初めての壮挙をおこなうに当たって、帝国軍はまず地形等を調べるための偵察隊を派遣することを決定させていた。
帝都を不当に襲ってきたところを捕虜にした、蛮族どもの生き残りどもが所持していた物品などから見て、そう遠方にある拠点から騎馬や徒歩で出撃してきたとも思えなかったが、なんと言っても異世界だ。無いという保証はどこにもない。
まずは偵察隊を送って地理や気候を把握し、その情報をもとに先遣隊を派遣して橋頭堡を確保させる。その後の予定は、状況次第ということになるだろう。
些か以上に雑なところのある戦略方針だったが、情報が乏しすぎる土地への侵攻作戦なのだから仕方がなかった。
だが、ここで一つ問題が発生することになる。
派遣する部隊の編成に当たって、人事面でのバランス取りで調整する必要性が生じてしまったのだ。
大前提として遠征する部隊は、他国に気取られぬよう遠征軍を編成する必要があったが、そのためには各戦線から大規模な兵員を移動を行わせるわけにはいかない。
やるからには時間をかけて少数ずつ移動を完了させる必要があり、時間的な制約がある中でおこなうのは甚だ難しい。
先ごろ理解不能な武装ピクニックにきたレガトニア協商連合を丁重にお引き取り願った北方方面軍や、密かに浸透してきたフランソワ共和国軍の出鼻をくじいた西方のライン方面軍について問題はないと言える。
だが、外交政策の成果として曲がりなりにも同盟を結んだ『ルーシー連邦』に備えるための東方方面軍や、自領内での紛争が続いて帝国にちょっかいをかけてくる余裕のない『ダキア公国』に隣接した南方方面軍は、担当地区の条件そのものが手柄を立てる機会すら得られようがない地域のため、多方面軍に配属された同期たちの活躍ぶりを伝え聞いてストレスが臨界寸前になってしまっている状態にあった。
ガス抜きの必要性を感じた上層部は、想定敵国から気取られにくい位置にあるという事情も重なった結果として、遠征軍には東と南の方面軍から抽出された戦力を主軸として、西方と北方に有事の際には補充兵として送られる予定になっていた徴募組の魔導士官候補たちを追加し、数の上でだけは大隊規模の部隊が異世界侵略のために派遣されることになる―――はずだ。
もっとも、それらはあくまで机上の侵攻計画であり、現時点でどれだけ編成が進んでいるかは前線の一少尉でしかない私の知るところではないわけだが。
まぁそれ自体はいいし、平和を捨てて好きこのんで異世界くんだりまで侵攻したがるウォーモンガー共の心理には困ったものだが、手柄を欲して出世を求める気持ちは理解できる。私もそうだし。
まったく! これが前世の日本であれば、こんな手間は掛からずに済んだものを!
米軍の最新鋭無人偵察機を飛ばせとまで贅沢は言わない。
日本の自衛隊だろうと『OH-1型ヘリ』でも飛ばして航空写真を撮ってこさせるだけで、我々に与えられた任務の大部分は完了できていたと言うのに!
「うむ。・・・・・・ああ、そう言えば伍長は連邦の出身だったか?」
「はい、小隊長殿。ですが、子供の頃の話でありますッ」
「そうか。では仕方がないな。コミー共が跳梁跋扈する不毛な雪原に対して、憎悪を隠すのは大変だったろう。
このように自由なる大地を目にして気分が高揚してしまう心情は理解できる」
「へ? え、えっと、小隊長・・・殿?」
きょとんとする部下として配属された女性下士官の簡単な経歴を思い出し、先のような反応もやむなしかなと思える程度には寛容さを感じさせられる気分をそそられた私は、分かっていると示すため何度かうなずいて見せてやる。
と言うのも存在Xの悪意によって生まれ変わらせられた世界には、私がよく知る二つの大戦ともに敗北を喫したとある帝国をはじめとして似たような国家や致命が多く存在するのだが、その中でも彼女は最低最悪の国家と似ている国――『ユーシー連邦』からの亡命者の子なのである。
「あまり、はしゃぎ過ぎて憎悪に支配されるようになられては困るがな。だが軍務に忠実である限り、貴官の憎悪と、自由なる大地に対する愛着を私は肯定する。
無論、自制してくれればそれに越したことはないが・・・・・・抗戦の可能性が低い地域でだけは多少の行動は許可してやろう」
「は、はぁ・・・その、ありがとう、ございます・・・・・・??」
人の心を持たない蛮族の群れたるコミー共と違って、真っ当な文明社会で生まれ育った倫理観も博愛精神も十二分に持ち合わせていると自負している私としても、自由を象徴するかのような広大なる実り豊かな大地を目にした彼女の心情に配慮する程度は吝かではない。
意識したものか、キョトンとする表情を作って、本心を偽ろうとしてしまう癖がついてしまっているらしき出会って間もない部下に対して、私は先程までとは些か異なる心情と共感を感じさせられ、多少の寛容さを発揮してやろうという仏心を抱く心地に変わっていた。
「え、え~とぉ・・・・・・そ、それでは一つだけ質問をよろしいでありましょうか?
なぜ軍は今回のように敵地深くまで浸透する任務に、航空魔導師ばかりの部隊を編成されたのでしょう?
私のような新兵といえど、希少な魔導師を偏らせすぎではないかと愚考しますが――」
「いざという時に、飛んで逃げれるからだろう。車両と食料だけなら最悪、捨ててしまっても我々なら問題はない。装備類や物資が旧式のレストアばかりなのも同様だな」
「あ、なるほど」
納得したような表情で頷くヒヨッコ女性伍長。
事実として帝国軍は、先行して各方向へと派遣させた我々のような斥候部隊に魔導師ばかりで編成させている。
ここら辺は、自衛隊であれば不可能な戦術と言えるだろうな。仮に帝国軍ではなく、安全第一の現代日本が同じような目的での行動をおこなう際には、七三式小型トラックを先頭にして、その後ろに高機動車と軽装甲機動車まで配する、と言ったところだろうか?
車両3台、総勢13人での大人数でゾロゾロと移動する羽目になる、と言うわけだ。
それに比べて列強でも魔導師の保有数が最も多い帝国軍なら、少数での敵地浸透と偵察を終えた後には単独撤退すら可能という利便性の高さ。素晴らしい。
・・・・・・もっとも、その役目を担う隊の責任者に、自分が任じられなければという前提条件付きでの話だったのだがな・・・・・・
「とはいえ、軍用車両とて立派な軍需物資だ。できるだけ無駄は省くよう努めるのが軍人の勤めだろう。
食料および燃料の残量から見て、そろそろ限界だ。軍曹、『コゥダムラ』の村長やらから聞いた森まで行って確認したら任務終了として帰還させろ」
「了解しました、少尉殿」
下士官とはいえ、配属された部下の中では唯一の古参兵である伍長を回してもらえたのは、未開の異世界へと幼気な幼女に部隊指揮まで押しつけて送りだす幼児虐待がごとき任務に帝国軍上層部も罪悪感を感じてくれた故なのだろう。
まぁ単に、幼年学校を出たばかりのヒヨッコ育成を幼女1人に任せるのが不安だっただけかもしれないが、まさか西方ライン戦線から引率役を回してもらえるとは望外の幸福だった。
軍としても、完全に東部方面軍と南方軍だけで固めるのは問題があったという事もあるのだろう。
この任務で持ち帰られた情報を元に、帝国は異世界遠征軍の規模と編成を決定するという運びになっている。
臨時の偵察部隊として私の役割も、それまでということだ。
何はともあれ、彼の貢献もあって無事に任務を終えて帰還できそうで何よりだった。
・・・・・・・・・と思っていたのだが。
「少尉殿・・・・・・燃えております」
「ああ・・・・・・燃えているな。盛大に」
予定通り到着した森の手前で呆然としたように立ち尽くしながら、我ながら間が抜けていると評さざるを得ない反応を、私は部下からの報告に返すことしかできなくなっていた。
森が、燃えているのである。
火事ではない。空気が乾燥して排ガスにでも犯されていない限り、自然発火して燃え広がる森林の規模には限界がある。
天を焦がすほどに赤々と燃えさかる量の炎など、大自然が多く残されたこの異世界では、一夜にして町一つを滅ぼした火山でも噴火しない限り不可能だろう。
だからこそ、この森林火災は火事ではない。
現実問題として、犯人はそこにいた。
今も空を飛びながら、森に火を放ち続けている放火魔の――ドラゴンが。
「ど、ドラクルだ・・・・・・」
「ああ・・・紅いドラクルが、森を焼いている・・・」
「ドラクル・・・・・・ですね・・・本当に」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
まぁ・・・言語的な意味でのニュアンスの違いは些細なこととして、置いておいてだ。
「軍曹、先程の命令は撤回する。森の付近で朝まで野営した後、あのドラゴ――アンノウンが去ったのを確認した上で、襲撃ポイントへと移動。アンノウンが遺棄していった証拠類を確保した上で撤収とする」
明らかに帝都を襲ってきていた連中が跨がっていた、騎馬代わりのものとはスケール感の規模が異なる、超巨大サイズで色まで違うドラゴン。
スコアにならぬと承知で撃墜した奴らが、羽の生えた蜥蜴モドキにしか思えないほどに形状以外は似ても似つかぬ巨大すぎる生き物。もしくは怪獣映画と言うべきか。
あの蜥蜴モドキでさえ、撃ち落とすには魔導障壁を突破できるほどの威力が必要とされて驚かされた。
もっとも、上に乗っている武装した暴徒モドキの方はアッサリ焼け死んだおかげでコントロールを失った後には楽になったが、今回のデカブツにはその縛りすらないときている。
――こんな存在が敵の騎乗用生物として存在していた可能性を知りながら、ろくに性能調査もせずに逃げ帰ってきたというのでは、被害が出てしまった後で『報告内容の不備』を理由に責任を押しつけられるのは我が偵察隊の責任者である私に決まっているのだからな。
せめて、そうではないのだと示せる物的証拠を得るためにも、帰還予定ギリギリまでは留まらざるを得ないか。
・・・・・・クソゥ、帰還する直前に最後の一日でこんなものに出会してしまうとは・・・・・・せめて他の隊が派遣された先で発見していたなら見捨てて帰投できたものを。存在Xに災いあれッ!!
そういう方針へと変更させた翌日の朝。
夜が明けた森の中を我々は進んで、襲撃されていたと思しきポイントへと無事に到着することに成功する。
「見事にすべて焼き尽くされてますね・・・」
「これで生存している者がいたら、ライン戦線でも長生きできる猛者になれるでしょうな・・・」
各々の個性と経歴に応じた私語を呟きあいながら、数名だけでの少人数で襲撃されていた集落“だった”らしき場所を捜索してまわらせる我が偵察部隊。
帰投予定を先延ばしにしかねない現場調査には思うところが大いにあるにはあったが、あれほどの脅威を目の当たりにしてしまった以上は、何かしら性能の一端だけでも知れるものだけでも入手しておきたい。
主に自分自身の安全を図るために。
帝国軍にとっても脅威ということは、帝国軍の一士官である私にとっては敵として抗戦する羽目になった際には情報のあるなしは生死を別けかねんからな・・・・・・まったく、存在Xの手先と言われても納得したくなるほど忌々しいドラゴンめ!
「誰か、生きている者はいませんk――ヒッ!? こ、これって人の、手・・・っ!? あの黒っぽいのが血、っていうこと・・・? う、ウウェェ・・・・・・」
「おい、そこ。調査作業中の現場で吐くな、証拠物にかかって使い物にならなくなったらかなわん。無傷で残ってる場所で吐け、無傷の場所で」
「う、ううぅぅ・・・・・・そうしま、すぅ・・・・・・オォェェ―――って、あれ?
しょ、少尉殿! 人です! 生存者らしき人物を一名発見いたしました!!」
「なんだと!? でかしたぞ伍長!!」
よろめきながら井戸の方へと歩いて行ったセレブリャコーフ伍長の発言が聞こえ、私は他の部下達を呼び寄せながら彼女の元へと走り寄る!
生存者による被害を受けた当時の情報は重要だ。
大方は主観に偏りすぎているものばかりなのは厄介とはいえ、頭でっかちな専門家が上司に読ませるため意訳しまくった報告書よりは遙かにマシというもの。
まして切実なる被害者からの告白があれば、もし帰投予定日を超越する羽目になった場合であっても名分ぐらいにはなれるかもしれん。
期待して戻ってみたところ、井戸の底で水に浸かったまま気を失っているらしき金色の長髪をもった一人の少女が倒れていた。
「伍長、下まで降りて拾ってきてやれ。あのままでは低体温症で凍死しかねん」
「ハッ! 了解しました少尉殿ッ」
足場もない井戸の底からの救出なので、現代日本のレスキュー隊なら濡れながらの救助作業になったところだが、航空魔導師がある帝国軍にとっては大した苦でもない。
無事に引き上げられた少女は綺麗な顔をしていたが、妙に長い耳がいささか気になりもする。
「ひょっとして、コイツは・・・・・・『エルフ』、か・・・?」
「?? 少尉殿、彼女のことをご存じなのでありましょうか?」
「あ、いや、そういう訳ではないのだが――ただ片手間に余技として読んだことがあるだけで詳しい訳ではない。気にするな」
「はぁ、なるほど。・・・・・・『アールヴ』で、ありますか・・・ふむ」
周囲の目に触れぬよう嗜んでいたミリタリー趣味にはほど遠い程度のサブカルチャー知識しか持たない身であっても、思わず定番過ぎる姿形をまえにして呟いてしまった言葉を、またも何やら言語的イントネーションの違いからくる妙な勘違いが起こしてしまったようだが・・・まぁいい。
とにかくも引き上げられた娘には、特に外傷もなく気絶したまま長時間水の中に浸かっていたことによる体調の悪化だけが問題のようではあったが、今この場でどうこうできるものでもない。
だが、もし本当に『エルフ』だった時には、見た目が我々に近い現地人のようでも種族が異なることになる。人間用の治療で問題ないのか否かの保証がない。
とりあえず連れて帰りながら出来る範囲での治療を施し、帰路の途中でくるときにも立ち寄った『コーダ村』へと寄って、その件について知識供与を願い出ることになる。
また同時に、先ごろ遭遇した新種の大型ドラゴンについての情報を得られるのなら最上だと思っていたのだが・・・・・・まさかそれが良からぬ方向へと事態を進ませる切っ掛けになってしまうとは・・・・・・。
「なんとっ! これは古代龍――しかも炎龍ではないか!?」
「エン・リゥー・・・?」
とりあえず井戸から拾ってきた娘が心肺停止する前に到着することができたコーダ村の村長らしき老人に事の次第を伝えて、それと同時に任務内容から配属されていた絵心のある部下に書かせた昨夜見たドラゴンの絵をセットで示したところ、予想外に激しい反応が返ってきたことに私の方が驚かされることになる。
個人的には、素人が描いた絵などよりも写真でも撮ってきた方が閲覧資料としては間違いが少なく効率的だろうとは思っているのだが、仮に写真撮影ができても現像が間に合わない。
あるいは、こちらの世界の集落にも写真館のような店舗でもあった場合は別になるが、ないなら帝国がある世界にまで門を通って帰らなければ撮影した画像をモノクロ写真として見ることは不可能なのだった。
つくづくスマホや携帯電話が、日常的に使うことができた現代日本が懐かしい。
存在Xの悪意によって帝国がある世界に生まれ変わらせられてから早十数年が過ぎさり、無い物ねだりをしても仕方がないと日本での日用品さえあればと思うことは少なくなっていたはずの昨今だったはずなのだが。
・・・・・・まさか、『信仰心に目覚めるため非科学的な世界で追い詰められろ』と転生させられた異世界よりも更に原始的で非科学的な異世界くんだりまできて、帝国にいた頃より現代日本の日用品が愛しく感じることになるとはなぁ・・・・・・。
これも存在Xの悪意によるものなのだろうか?
もしそうだとしたら――何をしたいんだ一体、あのジジイ神は・・・・・・呆けでもしたか? 年寄りの冷や水をやり過ぎるから、そーいう羽目になるのだ痴呆神め。
「しかし炎龍が活動期に入るのは、50年は先だと聞かされとったが何かあったのか・・・? どちらにしろ、よく知らせてくれた。すぐに近隣の村にも知らせねばならぬ、エルフや人の味を覚えたドラゴンは腹を空かしたら再び村や町を襲いに来る。そうなる前に早く逃げねば」
「ニゲ、る・・・この地の統治者たちは守ってくれないのですか?」
「無論、伝える。領主様のお屋敷には、近くにある村へ知らせにいったときに言伝を頼もうと思っておる。
・・・だが、どのみち結果は同じこと。炎龍を相手に武装しただけの人の軍隊が、なんの役にも立てん。無駄なことじゃろう」
そういう事になったらしい。
――異世界にあるコダ村に危機が訪れつつあり、危機の到来を告げた幼女が心の中で邪悪な笑みを浮かべて、利害計算と打算の算盤勘定を弾いてから暫し後。
村の中心から少しばかり離れた森の中にある、一件の小さな家。
日干し煉瓦を積み上げた壁に蔦が這り、扉の前には荷馬車を引いた騾馬が、のんびりと草を食んでいる。
そんな瀟洒な作りの、なかなかに素敵な雰囲気がただよう一軒家でも、一人の少女が利害計算と打算によって脳細胞を活性化させていた。
「お師匠、これ以上積むのは無理がある」
「いやじゃー! 本は必要なんじゃ~!」
小山のように本の束を積ませた荷台に、さらなる書物を追加しようと両手に抱えたままバランスを崩して転んだ老人がバタバタするのを前に、相手からの要望と現在の自分たちが置かれた状況とを天秤にかけ、プラチナブロンドの短い髪をした少女が頭の中で計算をしていたのだ。
「・・・・・・確かに、この場合は貴重な書物を優先するべきと考える。
その代わりに、コアムの実とロクデ梨の種は置いていくのが合理的」
そう判断して、限られた荷台の上のスペースと積載量限界の中で持っていくことを可能にするため物を移動。
薬の材料としては貴重で有用だが、今後も入手が可能な自然物を下ろして、失われたら二度と入手できない『魔導書』を空いたスペースに載せてやる。
が、そこまでやっても明らかに荷物は多かった。多すぎていた。
「うむうむ、そうじゃな。おまえは頭が良い子じゃな、レレイよ。これも儂の教育の成果じゃな、やはり教育は偉大じゃ」
「師匠、知らせが早めに来たおかげで余裕があるといっても、ゆっくりしていられる訳ではない。早く出発した方がいい」
「わかった、わかった、そう急かすな。よっこらしょっと」
先に乗っていた少女の隣に並んで座ってから、騾馬に鞭を「ペチン」と一当てして出発するよう指示をだす老人。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
そして何も起きず、何も動かず、わずかに騾馬が引こうとした荷馬車から「ギシリ」と音が聞こえただけで、実際の移動距離はピクリとも前に進もうとしない。
代わりに、木製の車輪がほんの少しだけ地面にめり込む。・・・・・・完全に重量オーバーだった。
「・・・・・・オッホン。どうやら荷物が多すぎたようじゃのう。やれやれ、年はとりたくないものじゃ」
「この事態は予想されていた。かまわないから荷物を積めといったのは、私を幼少期から教育してきた師匠。教育したのは主に師匠」
「無礼なことをいう弟子じゃのう。儂はお前なんぞに乗っかる少女趣味はないというのに、どうせ乗るならお前の姉のようなボン、キュ、ボーンの――ってウグオワァッ!?
こ、これ止めんかっ! 冗談じゃ冗談! 魔法とは神聖なもので乱用すべきものではなア痛痛痛ッ!?」
「・・・・・・冗談は、友人、親子、恋人などの親密な関係においてはレクリエーションとして役立つのは認める。
だけど十代前半思春期の女性には、性的な冗談を笑ってかわせる余裕がない場合が多い。これは大人であれば当然わきまえているべきこと」
「ふぅ~、酷い目にあったわい・・・。親の心子知らずとは、このことじゃな。やはり教育には限界というものがあったか」
「・・・・・・・・・」
減らず口を返し続けてくる少女にとっての師匠に当たる老人に、細めた目つきで針のような視線を向けながら、『空気を固めた弾丸』をぶっ放してやりたい想いも一緒に向けつつ。
今はそんな状況ではなく、相手がそういう人物であることも長い付き合いで熟知している身として、言うだけ時間の無駄と割り切って『手にした杖』を頭上に掲げ、短く呪文を詠唱させる。
――フワリ、と。
山盛りの荷物のせいで地面に三分の一ほど車輪をめり込ませていた荷馬車が、急に負担がなくなったかのように騾馬に引かれた馬車が前へ向かって進み始める。
「おお! レレイは気の利くよい娘じゃのう。いつもこんな調子ならば嫁のもらい手も引く手数多じゃろうにのぅ、惜しい事じゃ。ホントに惜しい事じゃ。あとはボリュームさえあれば――ほんに惜しい事じゃのう」
「・・・・・・お師匠。馬車から降りるのに手が必要なら言ってほしい。お師匠から学んだ技術で恩返しに使いたい」
「そ、それは――それは、ともかくッ!!」
賢者『カトー・エル・アルテスタン』と、『レレイ・ラ・レレーナ』
それが彼と彼女の姓名であり、漫才じみたやり取りを交わし合う、歳の離れすぎた2人の『魔導師』の師弟でもあった。
この世界の『魔導師』である。
帝国軍が列強最大数を誇る『航空魔導師』とは異なる流れで誕生した、異なる奇跡を操る術を身につけた特殊技能職に就くものたち。
その中でレレイは、『天才』と呼ばれる部類の少女だった。
若干14歳の若さで、高位の魔法を使えるようになり、様々な事柄を論理的に理解することを可能とする優れた頭脳を生まれつき持ち合わせていた選ばれし者。
・・・・・・もっとも、異なる異世界には自分より更に年下で、更に上位の威力を持った魔法を使いこなすバケモノのような魔導師もいたりするのだが―――ともかく。
そんな風に生まれつき、優れた頭脳と合理的な思考法を自然と身につけることができていた天才魔導師少女レレイだったが、それ故の問題点というものもあるにはある。
「レレイよ。賢い娘よ。お前の目には誰も彼もが、愚かに見えることじゃろうなぁ」
「炎龍出現の急報に、これまでの生活を捨てて逃げ出さなくてはならなくなった。だけど避難先での生活を考えれば、持てる限りの物を持っていきたいと考えるのは人として当然のことと言える」
「人として当然とは結局のところ、“愚かしい”と言うことであろう?」
「・・・・・・」
レレイが師匠からの指摘に反論できなかったのは、森の中にあった家を出立して村を通り抜けるため中心部に通りかかったときの事だった。
コダ村の各所では、炎龍襲来の急報を知らされた村人たちによって混乱が生じていた。
通常であれば、抗いようのない自然の猛威が襲いくると知らされた村人達は着の身着のまま逃げ出すしかなく、その途上で大部分の者が脱落するしかない惨状に陥るのが常なのだが。
今回はいささか事情が異なり、『炎龍が襲い来ようとしている』という知らせが事前にもたらされたことで、逃げるための準備に頭を悩ませる余裕を与えられる。
その余裕が同時に、コダ村をはじめとする村々の住人達に混乱をもたらしていた。
端的に言えば、『損切りできない司令部』を民間レベルでやる羽目になっていたのだ。
予期せぬ襲来で炎龍に襲われていたなら彼ら自身、取るものも取らず命あっての物種と我先に逃げ出していたことだろう。
たとえ逃げ出した後に行く当てもなく、頼る相手も身分保障すらもない流民として乞食同然の生活を送る羽目になり、女は娼婦として子供は他国へ奴隷として売り渡されることになろうとも、そうしなければ今の自分が生き残れない状況下になってしまえば大抵の者がそういう道を自主的に選んで逃げ出すのが、突然の不幸に見舞われた故郷から脱出する民衆たちというもの。
だが今回は、炎龍襲撃の報を襲われる前に知ることが出来てしまっている。
本来なら行幸と呼ぶべき幸運ではあるのだろうが、こういう事態は却って混乱を招きやすいものなのが現実というもの。
被害に見舞われることは確定しており、被害はすぐ近くまで迫ってきているが、今襲われたのは自分たちが暮らしている隣の土地で、現時点で自分たちは一人の犠牲者も一件の被害も出していない現状・・・・・・この状態で、パニックや争乱も起こさずに効率よく対処できる事例の方が珍しいぐらいなものだろう。
いつの時代も統制の取れていない民兵や、危機的状況を前にして我先に逃げ出す避難民の集団というものは、その状況が続いた先で帰結するところは壮大な内ゲバしかないと相場が決まっているものなのだから。
とはいえ、逃げ出そうとする者達とは異なる意味で、逃げ延びた後のために『捨てられない人達』になる民衆の場合でも、物の詰め込みすぎやら散らかりすぎて邪魔な室内やら渋滞やらが起きやすくなるのは事実なわけでもあり。
「・・・・・・・・・」
それらの光景を、変化の乏しい表情と冷めた瞳で眺めやりながら、レレイは理屈で割り切った考え方によって、否定的な見解と感想しか抱くことができないでいる。
本当に命が大切であれば、一刻も早く逃げだすことに全力を尽くすべきであり、できるだけ多く荷物を持っていこうとすれば出発時間は遅れて移動速度も低下することになり、結果として炎龍に追いつかれて食い殺される危険性が高まるだけのこと。生きるための合理的思考とは思えない。
いや、そもそも人は何故生き続けたいなどと考えるのか? そんな思考すら浮かんでくる。
人はいずれ死ぬものであり、死ぬのが遅いか早いかの違いしかない。わずかばかりの生を伸ばす行為にどんな意味があるのか?・・・・・・と。そんな風に、物事を理屈によって割り切って考えてしまう。
それがレレイ・ラ・ミレイラという異世界に生きる魔導師の少女。
『シカゴ学派』との相性がスゴく良さそうな異世界人の女の子だった。
逃げるべきときに諍いを起こし、恐怖から逃れるため仲間同士でケンカ沙汰を起こす者達とは敗残者だ。一体なにを担保に時間を無駄にして良いと思ってるのか?
あるいは正しく危機的状況が理解できていないのだろうか?――哀れだ!
規律なき自由は単なる破壊であり、自由なき規律は圧政となり、合理的なルールに従って生きていくことこそが人としての正しい人生と呼ぶべきだろう。
だからこそ、合理性という名のルールを守って生きられず、かつ結果も出すことすら出来ない者達の存在が、彼女の心を不安にまではさせないものの疑念を抱かせる。
なぜ彼らは間違った生き方しか選べないのだろう?
それとも、合理的ではない者たちが人の世の多数派だとすれば、自分こそが間違っているのだろうか・・・?――と。
そんな時だった。
「・・・・・・・・・?」
レレイにとって、意外な現象がコダ村の一角で発生していることに気づかされることになる。
未だに逃げ出すための準備と混乱は続いている。だがそこに、僅かながら確実に一定の秩序と統制が、村人たちの動きに見られるようになった事実をレレイは敏感に見抜くことができていたのが、その理由だ。
異なる世界の航空魔導師と違って、この異世界の魔導師は真理の探究と知識を集めつづけて理解していくことを使命としている。
知らないものや分からない現象を見つけた際には、解析と分析を行わずにはいられないことは第二の本能となってしまっているほどに。
トテトテと、小さめの身体を村人たちが右往左往している中を進んでいくと、少し開けた空間に行き着き―――“彼女”を見つけることになる。
「・・・・・・子供?」
そこにいた人々の中心に立っていたのは、意外なことに子供だった。幼女とさえ言ってもいい。
少し前まで子供扱いされる年齢だったが、今では成人と認定される歳に達している自分よりも更に数歳ほど年下で、村に数人いる幼児たちよりは多少上といった程度の歳の子供。
「そこの馬車、荷物、多過ぎる。馬車が壊れる。死ぬ」
そんな子供が、緑色の分厚い服をきた姿で何事かを村人たちに指図しているようだった。
やや言葉遣いがギコチナクて片言なのは、なにか障害を負っているのか、あるいは帝国領に組み込まれた属州か部族の出身者かもしれない。
「イモは置いていく。他の村も逃げるから畑に残されている。空き家になった村にも置いてある。今、食べる分だけあればいい。急げ」
言葉遣いこそタドタドシイものの、言っている内容は至極合理的で、レレイ自身も納得させられるものばかり。
確かに炎龍が目覚めて襲ってくるという知らせは、このコダ村以外にも伝わっているだろうし、人の口で広まる噂は人の足より遙かに速い。
コダ村より先の、逃げ出す方向にある村々や集落からも人は逃げ出しているはずで、家屋に蓄えられている食料を全て持っていくことができないのは、今の彼ら自身と同じ条件。
必ず一定数の穀物や冬越しのために蓄えられたまま放置されているはずで、それらを拝借すれば村一つ分かそこらの口を賄うには十分な量が遺棄されているはずだった。
逃げる途中にある村の食料を使えるとするなら、今の時点でもっていくものの量は格段に少なくすることができる。レレイ自身も師匠にたいして出立の際に似たような提案をおこなって採用された実績もある。
・・・ただ、やっている行動的には火事場泥棒なのも事実。
だからこそレレイは、その発想を思いつくことが出来なかったわけでもあるが、その案が有効であり合理的である事実は否定しようがない。
そんな提案を子供がおこなっているというのだ。自分より更に小さく幼い子供が、大の大人たち相手に堂々と。
すでに沸いていた興味が増して、レレイは足早に人の波をかき分けて彼女の方へと近づいていこうと歩みだし、その前に立ち塞がるように一人の女性が横から割り込んでくる。
おそらくは幼女と同じ集落の出身者か、部族の出なのだろう彼女は、子供と同じ作りをもつ大きさだけが違う民族衣装を身にまとって、自分に向かって両手を前に出しながら怖い顔つきでなにかを語ってくる。
自分より豊かな体つきと、幼い顔立ちとが、やや不調和な若い女性で、幼女と違って帝国語がそこまで喋れないのか訛りが強く、言っている内容は完全には理解できなかったものの、どうやら「危ないから下がっていてほしい」という意味を伝えているらしい。
たしかに視線の先には人の群れが混雑しており、先程よりかは統制がとれてはきたものの、まだまだ混乱が続いている。
そんなところに身の丈が小さく大人の視点からでは見えにくい自分側ってはいっていくのは危険かもしれない。
見ると彼女の他にも何人かの同じ部族出身者らしき大人の男たちが、村の中を回りながら何事かの動きをおこない続けている光景が見受けられた。
彼らの動きと幼女の身振りや仕草から、どうやら彼女の指示を実行するよう動いているらしいのだが・・・・・・そこまで察したことで、レレイには逆に疑問が沸く。
(成人した大人の男性や女性たちが、私より幼い子供の指示に従って行動している――彼女は王家の血を引いている一員か、いずこかの族長の娘などの尊い血筋にある者ということ・・・?)
自分たちの世界基準で、そのように現象が起きる理由を分析していたレレイの見ている視線の先で、指示を出し終えたらしい幼女が一息ついていたところ。
――バァンッ!!
大きな音がして、刹那の間に子供の右手が動いた後になっていた。
まるで大道芸人が見せる奇術のような軽業だった。昔に一度だけコダ村に立ち寄った旅芸人が見せてくれた記憶を彷彿とさせられる。
子供はまっすぐ前を向いたまま、溜息を吐いたと思った瞬間には右手を動かし。
腰に差していた、短杖・・・だろうか?
極めて短い魔導師の杖とは思えない筒を、だが弓矢やボウガンとも思えない以上、魔導を操る杖であることは間違いない道具を引き抜くと、視線も向けることなく杖の先に収束させた魔力の塊を放射していたのだ。
その魔力が向かった先にいたのは、暴れ馬だった。
ただでさえ老朽化していた馬車に、大量の荷物を積みこみ過ぎたせいで車軸が壊れて車体そのものも破損して破片が飛び散り、破片の一つが馬の尻に突き刺さってしまったことから暴走し、運悪く進行方向状に立っていてしまった子供に突撃していきそうになっていた。
その瞬間に彼女は・・・・・・なんらかの魔導で馬だけを殺し、子供を無傷で助けることに成功してしまった後になっていたのである。
「まったく・・・・・・荷物多すぎると言った。降ろさないと壊れると。なぜ降ろさない?」
「い、いや・・・俺は・・・けど、妻と子供を食わせていくためには・・・・・・」
「荷物、多すぎて、子供が死にそうになった。子供、殺したいか? 殺したくないか? どっちだ」
「それは・・・それ・・・・・・は・・・・・・」
馬車の持ち主らしい男の声が小さなくなっていき――それに併せて顔色がドンドン青くなっていく。
「多い荷物、邪魔。邪魔なものは捨てる。急げ」
「は・・・・・・・・・・・・はい・・・」
冷たい目をして、動かない表情で睨むように見つめられ。
如何なる手段によってか、馬を一撃で殺して動きを止めさせてしまえる力を持っていることを示した幼女からの言葉。
『多すぎる荷物は邪魔』であり。
『急ぐために邪魔なものは捨てる』という方針に基づく冷徹な指示。
おそらくは魔導によるものであろう、未知の強大な力を用い、村人には一人の犠牲者を出すことなく助けるという形で実行された―――圧倒的な武力による威圧と命令。
今この場にいて事態を目撃していた者達の中で、この指示に従わない道を選べる者はまずいるまい。
全員が恐怖と畏怖で金縛りに遭ったような心地と表情で見つめ合っているのが、その証拠だ。すぐにも巻き込まれないため口伝てで村人全員の知るところとなるのは明白と言っていい。
それら現象の流れを理解した瞬間。
レレイの身体は知らず、震えと戦慄が走り抜けた。
「す・・・凄い・・・・・・力による威圧での効率的な統制の取り方・・・・・・素晴らしいッ!」
まさに無秩序な人の感情によるルールが破綻している状況下に、合理性を持ち込んで結果論としての正しい結果を導き出す優れた方法論!
理論と数値の組み合わせによって、不条理な感情によって支配される人の心さえも分析して、合理的に説明しうることすら可能かもしれないほどの、自分より年下で自分より優れた知能をもった真の天才児ッ!!
天啓を得たような出会いによって、レレイ・ラ・ミレイラは狂喜した。
今まで彼女はずっと孤独な存在だった。
たとえ自分の理論による正しさを確信しようとも、彼女もまた人の子。自分以外の皆が自分から見た間違った判断と愚行で道を誤り、右往左往している横で自分一人だけが正しい選択の末に合理的な結果を出し続けていれば・・・・・・人として周囲と自分との隔たりに迷いや悩みぐらい感じることは0ではない。
普段は意識することこそ少ないものの、時折レレイも気にして考えることが全くなかった訳ではなかった。
間違っているとは思っているが、それでも彼らの方が多数派であるのなら、人として彼らの方が正しくて自分の方が間違っているのではないか?・・・と。そう思ったことも決して無かった訳ではない。
だが今、その認識は間違っていたのだとレレイは気づいた。
気づかせてくれる相手との出会いがあった。
あるいは彼女が出会ったのが、ルールは適当に守って自由を好み、表面的には無秩序だが一面的な合理性に則っており、それでいて結果は出すタイプの思考法をもった異世界人だったときには違う感想と感銘を抱かされていたかもしれないが・・・・・・だが彼女が今日このときであったのは彼女の方だったのだ。
運命は変えられない。
この合理性と理性の権化とも呼ぶべき相手との出会いこそが―――知恵の神が自分に与えた運命だったのだとレレイは心の底から確信する。
「謂わば彼女の存在は、幼女の皮を被った合理性と理性そのもの・・・っ。
・・・やはり私は―――間違っていなかった・・・・・・ッ!!」
「・・・まったく。どうして、こんなことになってしまったのか・・・」
私は慣れない異世界語でのやり取りと、口で言っても分からずヘマして仲間を巻き込むバカの相手をするのに疲労させられ、一時の休息を求めて部下たちに指示だけ出すと家屋の一つに寄りかかるようにして座り込む。
全くもって予想外も甚だしい状況だった。
計算違いもいいところであり、こんなことになると分かっていたなら余計なことなどせず与えられた任務達成のみに集中する道を選んだというのに・・・・・・おのれ存在Xめ! いつまでも祟ってくれる傍迷惑なヤツっ。
「あの~・・・少尉殿。出過ぎたことと承知で申し上げるのですが・・・・・・なぜ私たちは彼らの避難を手伝ってやることになっているのでしょう?
いえ、反対という訳ではなく手ですね、その・・・意味が、よく分からなくて・・・」
「・・・気遣いは無用だ、セレブリャコーフ伍長。私も正直、無用で無意味な行為をしているものだと自覚はしている。
しているのだが・・・・・・占領政策上、今この場で我らが彼らを見捨てても良いのか否かの判断がつかなくてな・・・・・・どうにもやりづらい。非合理的な状態に陥っているのが現状の我々だよ」
ハァと盛大に溜息を吐いて水筒の水を飲み干しつつ告げた言葉が、今の私にとって隠すことなく嘘偽りのない素直な心情を吐露したものだった・・・。
帝国軍は現在、この異世界への侵攻と植民地化のための準備を進めているが、列強諸国に気取られずに事を運ぶためにも派兵できる数には限界もある。
参謀本部のトップとして名高き、ゼートゥーア閣下をはじめとして帝国軍の上層部は伝統的な軍編成によって、『訓練された同じ帝国軍人だけ』を用いて戦力集中を成し、統制された効率的な電撃的侵攻作戦によって異世界侵攻を達成することを戦略案として望んでいるようではある。
だが現実問題として、我々の偵察隊一つが見ただけの範囲でさえ、この異世界は広大で列強に気取られぬ兵数だけで短期に征服できる狭さと規模しかもたない小国では決してなさそうだった。
植民地化の成功によって、食料その他の増産に目処が立つまでは列強諸国に異世界出兵を知られる訳にはいかず、各地からの戦力抽出は限られた数だけに限定せざるを得ない以上、どう足掻いても帝国軍による異世界侵攻計画において、この世界の不平分子や反体制派を糾合して一大軍勢を編成することで成し遂げるしか他に手はないと結論せざるを得ない。
それを決めるための、我々に課せられていた偵察行でもあるのだ。
もともと参謀本部は無能からはほど遠い俊英の集まり。理屈としては本土で訓練が行き届いた帝国軍だけでの侵攻が望ましくとも、現実との相違が受け入れられぬほどの頑迷さや愚かさとは対局の位置にある人材には事欠かない。
我々を含めた偵察部隊からの情報次第で、この異世界への侵攻方針が決定される。
・・・・・・逆に言えば、現時点では帝国首脳陣は方針すら完全には決していないのだ。
情報が不足しすぎているのだから仕方がないが、その情報をもたらす側の私たちがよりにもよって、決められた方針を台無しにするかもしれない恐れをもった選択と行動を取らねばならん立場を押しつけられるとは・・・・・・存在Xに絞首刑あれッ!
「ですが、侵攻軍司令部に連絡して指示を仰いだ上で行動した方がよいのでは・・・・・・」
「すでに出したさ。その為に航空魔導師ばかりを多く回してもらっているのだからな。――だが指示が届く頃には、事態はどうなっているか現時点では想像もつかん」
伍長から指摘されるまでもなく、私は村の状況と行動が判明した時点で、部下として配属されていた一人を伝令役に後方の本国へと続く【門】へと走らせている。
だが、如何せん。距離がありすぎる・・・。
電話線が引かれた後であったなら問題は無かったかもしれないが、内線戦略を国防の主軸として据えてきた帝国軍は、本質的に外地への侵攻にはノウハウも準備も不足気味。
野戦築城だけでよいのなら、侵攻先の他国であろうと短期間で相応以上の防衛網を敷設することが可能なのだが・・・・・・反面。
他国の土地へと攻め込んだ先で、司令部クラスの軍事拠点を建設する能力や技術、それをおこなう組織などに関する分野において、帝国軍は完全なガラパゴス状態。
侵攻を始める前に各地への偵察部隊派遣を優先しているのも、結局のところ迎え撃つのは得意でも、自分から攻め込んだ経験値は圧倒的に足りていない帝国軍の自信のなさが現れた結果だっというのが実情なのだろう。
おかげで有事の際には、現場が苦労する羽目になる・・・。
仮に我らが、エン・リューとやらの襲撃を知らせただけで避難しようとする群衆たちを放置し、自分たちだけ安全圏までサッサと逃げ出した場合。
想定敵国である異世界国家は、我らの帝国軍を他の民衆にどう喧伝し、逃げ出した民衆はどのような宣撫工作を垂れ流すようになるか・・・・・・予測できん馬鹿などまずいまい。
それによって異世界の一般大衆に強い恨みと憎しみを買うようなことは、出来る限り避けるべき行為だった。
如何に帝国軍が精強で、文明レベルで圧倒的に差がありすぎる異世界人相手に負ける可能性など皆無だったとしても―――酒場で出された酒に入っている毒まで防ぎきれるという訳ではない。
私には無縁なことだが、現地の娘といい仲になった兵士がベッドの中で、喉笛を噛み切られた死体となって発見されるというのも、対処すべき現地市民ゲリラによる反撃の一環。
ベトナムで米帝が味あわされた恐怖と心労を、帝国軍が侵攻先で被る事態だけは避けたいところだ。
煽るだけ煽って軍事クーデターを起こさせるまでにいきながら、決起時には全面戦争を避けるため一兵の援軍も送らず『国益のため必要なことだった。問題は無い』と悪びれることなく断言していたFBI長官と、同じ地位と立場についているなら私も同じ道を選びたい場面ではあったが、生憎と今の自分は新米少尉でしかない一士官。
取るに足らない吹けば飛ぶ程度の存在だった。なにか事があった際には擁護や弁護などまるで期待できる身分ではないのだから、予め自衛しておく以外にない訳である。
「・・・たとえ立場に思うところがあろうと、やれと命じられればやらねばならんのが、帝国軍人たる我らの使命。
やれやれ、サラリーマンの辛いところだな」
「へ?え? サラリィ・マ・・・・・・塩、ですか? 少尉殿。ご要望とあれば探してきますが」
斯くして異世界の帝国軍による侵攻から始まり、異なる世界の帝国軍による反撃と逆侵攻は、思わぬ想定外の存在『炎龍』の覚醒によって誰にとっても計画が狂わされた不幸な方向へと進み始めてしまうことになる。
炎龍とは、この異世界で暮らすほとんどの者達にとって災厄以外の何物でもなく、突如として襲われる対象に選ばれてしまえば種族や性別に関係なく、誰だろうと餌としか扱ってもらえることのない平等な暴君。・・・そう言ってしまって間違いではない存在。
暴君である以上、ほとんど全ての者達にとって迷惑なだけで得のない存在でもあるのだが・・・・・・暴君の治世であっても、他人の不幸で肥える者達は少数ながら居続けるのは世の常だ。
「ヘッヘッヘ、久々の上玉でしたねぇ頭。まさに命の洗濯ってヤツでさぁ」
「フフフ、なに欲のねぇこと言ってやがるんだ。こんなもんは仕事前の景気づけよ。大仕事の前に気合い入れてやっただけだろう? ククク・・・」
たき火を囲んで十数名ほどの男たちが、野卑た笑顔を浮かべ合いながら自慢げに『先程までの手柄話』を肴に食後の一杯を楽しんでいた。
彼らの屯している近くには壊れた馬車の破片が転がっており、おそらくは馬車の持ち主たちの私物だったとおぼしき破れた衣服や人形などが散乱している。
それらの持ち主たち自身が今どこでどうなっているかは・・・・・・彼らが関知することも対処してやる義務もない事柄になった後になっている。
「ってことぁ、次はもっと美味しい獲物を襲うってことなんですね? 頭ァ」
「あたぼうよ。今度のはスゲェぜぇ? なにせ逃げ出した村一つ、まるごと平らげてやんだからな。逃げた奴ら一人残らず全員をよォ」
「そ、そいつぁ流石に無茶ですぜ頭ぁ!」
ひときわ人相が悪く、ひときわ偉そうな態度で「ゲップ」を見せつけた眼帯の男の言葉を聞き、別の頬に傷跡をもつ悪人面の男が顔色を変えて叫び声を上げる。
彼らは、この異世界のコダ村がある地域一帯を縄張りにしている盗賊たちの一団で、数週間ほど前から急速に勢力と活動範囲を拡大してきていた。
そうなった原因はシンプルだ。
帝国の大軍が異世界に侵攻して負けたからである。
もともと地球の歴史上と同様に、この異世界の騎士や兵士といった国に仕える武装集団の役割とは『国防』であり『反乱の鎮圧』であり、そのために特化した訓練を日頃から受け続ける者達で編成されている。
そのため軍の勝利や騎士たちの増員は、犯罪発生を抑止するための治安維持任務には必ずしも影響を及ぼすものではなく、防衛力として配備されるのも主要都市や領主府がある地域など『軍隊が守る価値ある地域だけ』で、それ以外の『金をかけて守る価値なき場所』に拠点を置きやすい犯罪者組織にとって、軍隊と交わること事態が多くないのが現実の治安維持にまつわる話題というもの。
ただ、軍隊や騎士が勝利したという吉報に効果がないということは、軍隊の大敗や騎士たちの多くが戦死した欠員などの敗報にも同様に価値がない――という事にならないのも事実。
何故なら軍隊が配備されるのは、主要都市などの『金をかけて守る価値ある裕福な場所』であり、彼ら犯罪組織の活動地域は『金をかけて軍隊に守らせる価値のない貧乏な土地』という配分だからだ。
軍隊にとって『金をかけて守る価値のある場所』とは、盗賊たちにとって『血を流させて奪う価値のある場所』でもあるのだ。
軍隊に守らせる価値もないと見捨てられている地域は、結局のところ奪える金も乏しく、襲って得られる実入りも限られ、得られる収入よりも大きい犯罪結社を作ったところで飢えるだけで、養うことが出来なくなるか自転車操業のいずれかのみ。
できる事なら、豊かな土地を襲って金銀財宝を奪いまくり、浚った女たちと酒池肉林の日々を送りたいと願わずにはいられないのは、彼らのような行為を生業とする道を選んだ者達にとって悲願と言ってもよい。
単に、犯罪者集団で敷かない盗賊が軍隊相手に戦いを挑んだところで勝ち目がないから、仕方なく軍隊に目をつけられる恐れの少ない貧乏な農村や辺境の小さなコミュニティを中心に襲っているだけであって、襲えるものなら盛大な獲物を襲いたい。
たかが農民ばかりの村一つとは言え、たった十数名の盗賊たちにとって数は力であり、100人近くか以上の村人たち全員が恐怖のあまり必死の反撃に出て、数の暴力に飲み込まれてしまえば彼ら程度の小規模組織などボロ切れのように挽きつぶされてミンチになって死んでしまう。
相手の部下は、そうなる懸念を口にしたのだが眼帯の頭目は不敵だった。
「心配ねぇ。数が足りなけりゃ、集めりゃあいい。どうやら、この前の戦で負けた帝国兵の生き残り共がコッチに逃げてきて、帝都にも帰れずウロチョロしているらしい。
ソイツらをまとめ上げりゃあ軍隊が作れちまう。村どころか町だって襲えるようになるだろうよ」
自信ありげに語ってみせる頭の言葉には根拠があった。
現在、軍主力によっておこなわれた、大兵力による異世界侵攻に大敗を喫した帝国軍は、再度の侵攻か領土内まで引きずり込んでの包囲殲滅戦に切り替えるかで、戦略方針を巡って意見対立が勃発している最中にある。
これは勝利の余勢を駆って、異世界国家がコチラの世界へと逆侵攻をかけてくる気配がなく、少数の者達がまばらに門から出てくる姿を目撃された程度にとどまっているからこそ発生している議論だった。
すでに一度、情報不足のまま相手国内に攻め込んで大敗している側として、むしろ自分たちのテリトリー内に引き込んでから倒す方が効率的ではないか?という主張が現体制に批判的な政府閣僚の一部から提案されるようになっていたのだ。
当の相手側世界の帝国軍は、内線戦略に特化しすぎた編成によって外地への侵攻はノウハウが乏しく、特に施設建設や管理などの面で不足が目立つことが判明し、急遽とある士官から提案されていた『プレハブ建設』という手法を試験的に試し始め、一定の成果を出したことから本格採用と大量生産の準備に取りかかっている。
だが、現時点では準備段階であり、本格始動には人と物がそろうまで今しばらくの時間が必須だった。
そんな中で、帝国政府内に問題として上がっていたのが、謎の侵略者たちと戦って破り、捕虜として囚えた後の扱いに関する事柄。
実のところ帝国軍は、この捕虜たちの扱いに難儀させられていたのである。
攻め込んできた数があまりにも膨大で、相対的に降伏した者たちも相応の数に上らざるを得ず、中には人と呼んで良いのかどうかさえ判然としない奇妙な生き物や巨人なども含まれていたことから、収容するための施設を確保するだけでも一苦労だった。
通常であれば、これらの捕虜は人質交換か、政治的交渉カードの条件闘争、あるいは身代金としての賠償と引き換えにして返還するためにこそ生かしたまま捕らえるわけだが・・・・・・今回の場合は、それらの対象に当てはまるのか否か?という疑問符がついて回らざるを得ない状況。
更に厄介なのは食糧事情で、現在のところ帝国は周辺列強のいずことも戦争状態に突入してはいないものの、前回のレガドニア協商連合による暴挙の例もある。
ある非突然に泥沼へと引きずり込まれる恐れは絶対にない、と断言することは誰にとっても不可能で、事が起こった際には帝国の食糧事情は厳しくはなくとも貧しいものにならざるを得ない。
なにしろ戦時下に備えて保存食などは多く確保されているものの、大部分がイモばかりなのである。
挙げ句、このイモまで減った状態で大きな戦争に巻き込まれて消耗戦を強いられでもしたら目も当てられない。
異世界の原語や習俗について知るためにも、また交渉カードとしての人質が0というのは問題がありすぎるので、一定数の捕虜は確保し続ける必要がある。
だが、有事に備えて無駄飯ぐらいの捕虜はサッサと減らしたい事情も大きい。
結果として帝国軍は、『交渉カードとして人質の価値がある』と判断された、周囲の者達より装飾が多い甲冑をまとっていた、主に年配な人間の男たちだけを百数十人ほど捕虜として国内に残させると、残るものは元来た道を通って門の向こう側に追い返してしまっていたのだ。
圧倒的な力の差がある相手と知るが故の、余裕のある対応がそこにあった。
「貴様らの故国の敗報は、自分たち自身で届けてやるといい。また無謀な復讐がお望みなら、いつでも願いを叶えてやろう」
そう告げて捕虜たちの何名かの戒めを解いてやり、自由となった者たちに他の者の解放をおこなうよう命じて、捕虜たちを異世界まで送還させてきた侵略先の兵士は門の向こう側へと帰っていってしまった。
残された者達としては当然、復仇の念はあるのだが武器はなく、剣も鎧も敵に没収されてしまったまま、味方の戒めを解かなければ数も集まらないという窮状ではどうすることもできない。
また彼らを打ち倒した、謎の魔導具が相手の手に握られたままである以上、悔しげに歯がみする以上のことは、解放された捕虜たちに出来ることはなにもなかったのだ。
だが、問題はその後だった。
解放されたとはいえ、彼らの世界側の門がある地域は、帝国にとって『聖地』として崇められる特別な場所ではあったが、それは同時に『都市部ではないこと』『近辺に大きな町や村が多くない宗教的な地域』という二つの条件を意味するもので、彼らは徒歩で人里近くまで到達せざるを得なくなっていた。
また解放された彼らには、食料がなく、星の位置などから方向を知る術をすべての者達が心得ているというわけでもない。
侵攻用に選別された、特に強大なオーガやゴブリンなどの亜人たちも、敵から解放されたとはいえ武装解除された帝国兵たちにとって敗北前と同じ立場ではなくなった後の今。
やがて生きて帰ってきた者あっちの間で殺し合いが始まり、何割かの者たちが生き残るため役立つスキルを持った特定の人物を中心に幾つかの小集団を作りだし、それぞれの方角と方針ごとにバラバラな道へと歩んでいくようになった。
そのうちの何割かは帝国領の都市まで生きてたどり着き、味方の大敗と敵国の情勢とを知らせることになり、帝国の首脳である元老院たちの頭を悩まさせることになる。
そういう状況にあるのが、現在のコダ村や『門』がある地域一帯の置かれている現状だった。
それらの者達の一員を、先日偶然にも死ぬ前に発見していた頭は現在の帝国軍残党が陥っている窮状を知らされており、それを最大限用いて自分の野望に利用する手段を考え出していた。
「たしかコダ村をはじめとする近隣の村の連中が、生まれ故郷を捨てて夜逃げ同然で逃げ出してる最中だって話だったな?」
「へい、連中はなにやら『炎龍が目覚めた。エルフの集落が焼き滅ぼされた』とか騒いでましたが、俺たちにとっては都合がいい話ですぜ。やりやしょう、頭」
「ククク・・・これで手下が集まりゃあ、今までみてぇに村から出てきたところを襲う必要がなくなる。
村どころか町だって襲えるように――いや、それどころか領主を追い出して俺が領主になることも夢じゃあねぇ。盗賊の頭から領主様か・・・・・・ぐふふふ♪ 悪くねぇ」
チンケな悪党から支配者への階梯を駆け上がった未来の自分自身を夢想して、盗賊の頭はしばしの間、愉悦に浸る。
炎龍に襲われるからと村を捨てて逃げだそうとしているコダ村の全人口を襲えるほどの規模にまで膨れ上がった組織は、当然のように上空から襲い来る肉食獣からすれば発見しやすい獲物になりやすく、たった十数名の小規模集団であれば見つけづらく逃げやすい身軽な立場を、好きこのんで重く大きくすることで炎龍に食われる危険をも同時に拡大していく道を、自分から進んで生きたがる。
頭の思考はそういう側面を持っているものでもあったが、この手の人物たちは何故か根拠もなく『自分たちは大丈夫だ。絶対に死なない自信がある』という無意味な自信を有しているのが定番なもの。
そういう自信を根拠もなく抱いて行動できるからこそ、今のような立場になれているのだろうが・・・・・・ただ、そういう性格の人物である以上どうしても。
――常日頃からの警戒心は、薄っぺらいものになりやすい。
「クスクスクス・・・・・・♪
おじさま方ぁ、生命をもってのご喜捨を賜り、今宵はホントにありがとぅ」
「――あん?」
唐突に背後から気配を感じた頭が振り向いたとき、かけられた声と共に目にすることになった相手の姿。
年の頃は13歳前後の、育ちの良さそうな気品のある所作の娘。
フリルのついた飾りが大量にちりばめられた黒い装束を身にまとい、帝国の人間には滅多にいない長い黒髪と同色の瞳は異民族を先祖にもつ血筋の証。
歳の割に、妙な色香を漂わせた娘だった。
人を人とも思わぬほどゾッとするような冷たい目線と、唇に塗られた紅の赤が、暗闇の中で強調するように浮かび上がって見えて思わず―――勃起させられた。
「――娼婦か。悪かねぇ、なかなかの上玉だ。ちっとばかし物は小せぇが、いずれ大きくな――」
「死ねッ!!!」
そして右手に持ってることに目を向けてなかった、巨大な鉄塊のハルバートを叩き降ろされて真っ二つになって殺されて終わる。
異世界のそのまた異世界の料理屋で流行っている魚料理みたいに、真ん中から開いて二つに別れた死体としてズバァッ!と。
「ふぅ~・・・っ! ふぅ~~っ!! ふぅ~~~ッッ!!!」
無礼者を無礼の罪で必要以上の威力を持ってブッ殺してしまった娘は、それでもまだ怒りが完全には収まらぬのか、感情も露わに息を荒げて盗賊たちを睨み付けている。
いかに酔っ払いの妄言とはいえ、正常な判断力を失っていたから自分が誰だか分からなかったとしても、それでも尚許せる無礼と許しちゃいけない無礼な発言という物があるはずだった。
神の使徒としては許せても、一人の女として許しちゃおけない、ブッ殺す。
どうせ殺すという結果に変わりはないのだから、そこに自分個人が許しがたい非礼を成された怒りによる断罪を込めたとしても、それは女の尊厳を守るための戦い。主神様とてお許しくださるに違いない。
「な、なんだテメェは!? ガキのくせに、いきなり何て事しやがるッ!!」
「・・・失礼、名乗りが遅れてしまいましたわねぇ。非礼を謝罪する意味も込めて、改めて。
わたしはロウリィ・マーキュリー。暗黒の神、エムロイの使徒」
「なっ!? ロウリィって・・・・・・エ、エムロイ神殿の神官服に巨大なハルバート・・・まさか!? 十二使徒の一人! 死神! 死神ロウリィ・マーキュリーぃッ!?」
「あらぁ、おじさま方わたしのこと、ご存じなのぉ? クスクス・・・・・・それで正解よぉ」
その返答を聞かされた瞬間。
盗賊たちの頭からはすでに、自分たちの頭を殺された恨みと仕事を邪魔されたことへの復讐心は、欠片ほども残っておらず、ただただ生への執着と命の叫びから悲鳴を上げて散り散りに逃げ出す以外のことは彼らの頭には1ミクロンも残されてなどいなくなっている。
「あらあら、だめよぉ。逃げてはいけないわぁ」
「ひ、ヒィィッ!? た、助け・・・助けてッ! どうか――どうか命だけはッ!!」
「だぁめ。だって神はあなた達の振る舞いをたいそう気に入られてぇ、おじさま方をお召しになるって仰られてるんですものぉ。
“神がそれを望まれている”のだから、私たち神の使徒や、あなたのような普通の人間が逆らってはいけないわ。・・・そうでしょう?」
「ひ!? ひぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!???」
艶然と笑みを浮かべる死神の魔手から逃れようと、盗賊たちは命の雄叫びを上げながら必死に逃げようと足掻くものの、巨大な鉄の塊を振り回しているとは思えぬほど俊敏な動きで獲物を追いかける襲撃者から逃れることは出来なかった。
一人、また一人と盗賊達は討ち果たされ、巨大な鉄の刃で一刀のもとに斬り殺され、その魂は死神が仕える生と死を司る神の御許へと強制的に召し上げられ続ける。
そしてそれは、数刻前の盗賊たち自身と、彼らが襲った犠牲者たちの姿を攻守ところ変えて再現するものでもあった。
だが直近の過去を思い出し、「助けて許して」と懇願してきた難民の一家を嗤いながら犯して殺して、無慈悲に奪う対象としか考えなかった自分たちの奉ずる『力の力学』が実践されているだけだと考えることが出来る者は、そもそも彼らのような立場にまで墜ちることはほとんどない。
ほとんどの人は、自分を基準に、自分を中心として、物事の理非と善悪とを考え、信ずるものだからだ。
たとえば盗賊達の中で、最後まで生き残り、最期の一人として死神の刃を受ける立場となった孤立無援の状況で、泣き喚いて許しを請うている男などは、その典型と言えるだろう。
「ひ。ひっ、ひ・・・っ! お、俺はまだやってねぇ! ホントだ! 仲間にしてもらったばっかで新米だからって・・・だから!!」
「あらぁ、ホントぉ? でもあなただってイイ思いはしたのではなくてぇ? 人殺しをしたのではないのぉ?」
「お、俺は、これが初めての仕事だったんだよぉ! 女だって指一本触れさせてもらってねぇ! 触れる前には死んでたんだ! ホントだよぉ!!」
「ふ~~ん・・・?」
ロウリィと名乗った娘は、相手の男を値踏みするように覗き込む。
最後に残った男は、涙で顔をグシャグシャにして許しを請いながら地を這いずり、手を組んで祈るように涙と鼻水を流して慈悲を請い、盗賊のような行為に手を染めざるを得なかった己の事情を語り出す。
まず彼は、まだ直接的な罪を犯してはいないという事。
盗賊という集団には属しているが、自分自身が誰かを殺したことは“まだ”無いのだと。
生活苦のために、仕方なく盗賊に身を落とすしかなかったこと。
今回のことで反省して心を入れ替え、これからは真面目に働くことを神に誓うと。
そんな風に、自分の属する『社会の中での正しさと都合』を延々と『神の教えを奉ずる使徒』に向かってダラダラと。
聞かされているロウリィとしては、見苦しい事この上ない、屁理屈に満ち満ちた言い訳をグダグダと、醜態を晒しているだけの愚行にも気づかぬまま考えようともしないまま、ただただ己自身の事情と正しさに基づく自己主張を冗長に。
そもそも彼は、勘違いをしている。
ロウリィの仕える神の教えにおいて、人を殺すという行為自体は『罪ではない』
盗賊や野盗が人を襲い、奪うのは当然のこと。
ならば盗賊達や野盗が、人のものを盗むことの何が悪い?
もし人を殺すこと自体を『悪』とするならば、兵士が敵兵を殺すことを何故許される?
死刑執行人が死刑囚を殺すことは何故『悪ではない』?
無論それらは法律によって、合法的行為と定められて別物と考えられているからだ。
『ルール』によって、別物として定義されている。
法律という名の人が定めた理屈によって、人が社会を効率よく運営していくために敷いた、人工的な善悪によるルール別け。
人が知恵によって造り出し、力づくで守ることを強要することで成立するのが人の社会におけるルールという名の善悪である以上、人の力によって崩されるときは崩されるのは必然の流れ。
たとえば、戦争での勝敗。
敵兵を兵士たちが殺すこと、負けた後には罪となる。
たとえば、クーデターによる革命。
死刑囚を死刑執行人が殺すのは、現体制が転覆した後、政治犯という名の罪人になる。
それこそ、人の社会における『善悪』であり、罪の有る無しを別ける『法の裁き』
全ては社会が定め、社会が守らせ、社会秩序維持能力の弱体化によって形骸化していき、力を失った社会の定めたルールと善悪はモラル崩壊の理由としてのみ存在を許される。
それが人の社会における『教え』であり『倫理』であり、男が語った己自身が墜ちた『やむを得ない事情』の前提条件。
だが、それは『人が決めた善悪の都合』であって『神の教えの善悪』ではない。
人の社会が定めた善悪は、定めた社会の弱体化によって没落するが、神は人ではなき不変の存在。
ロウリィの仕える神エムロイは、善悪を語らない。
あらゆる人の性を容認し、人が生きるために選んだ職業を尊び、選ばれた職業なりの道を尊ぶ。
たとえ盗賊であったとしてもだ。
盗賊ならば盗賊らしく堂々と人から奪い、罪悪感などまるで感じることなく他者を殺して唯我独尊を貫くことこそ、盗賊という職業になる道を選んだ者としての正しい生き方。
その代わり盗賊達は、盗賊となる道を自ら選んだ者として、国に捕まり法によって如何なる裁きを受けることも『覚悟の上』と、職業に伴う仕事の一部として受け入れることが前提となる。
兵士となった者達が、戦場で見知らぬ誰かを敵として殺し、相手にとっての敵だからと殺されるのは受け入れざるを得ないのと同じように。
兵士たちは、戦場で敵兵として立ちはだかったからこそ、自らの敵に殺されるのだ。
その殺された兵士が、徴兵されたばかりの新兵か? 自ら戦場に赴いた志願兵か? 熟練兵か? 将校か下士官か? ――そんなことは、彼らに銃口を向けられているから撃ち返して殺した者達には関係がない。
その国に仕える『兵士という職業になったから』だから、『敵兵という職業になった者達』に殺されただけのこと。
ならば盗賊たちも同じであり、新米か常習犯かの違いなど、殺された側や裁く側には関係がない。
盗賊だから盗賊として殺すだけ。
捕まった時には、そういう扱いを受ける職業だと承知の上で選んだのだから、その時がきたというだけのこと。
それこそロウリィの仕える暗黒の神エムロイの教義であり、彼女が守り守らせる神の教え。
そんな教えの―――存在Xから見れば、とんでもない教えを尊ぶ異世界ゴットの使徒。
それこそロウリィ・マーキュリー。
別世界の神様軍が、怒りなあまり発狂するか、滅ぼせなかった時にはジタンダ踊りを踊りまくる欲求を我慢できないレベルの違いっぷり。
その土地ごとに崇めている、神様と教えの違いっていうのは、そういうもの。
「――盗賊が悪いことだって言うのは分かってる! でも他にどうしようもなかったんだ! 仕事もない、蓄えも尽きた、国が助けてくれることもない、こんな状況で俺たち下っ端だけでどうしろっていうんだよ!? 人から盗まなきゃ生きていけないッ!! 奪わないと死んでしまう!
そんな俺たちに、人から盗んだり奪うのは良くないから、法律を守って死ねって言うのか!? 俺たちは正しさのための奴隷じゃないんだッ!!」
「ええぇ、いいんじゃなぁい? それで」
「・・・・・・・・・え?」
「わたしは別に、あなたが盗賊になったのが悪いなんて一言も言ってないわぁ。
むしろ、盗賊になったのが悪くて、殺されるほどの罪だから『許してほしい』って言い続けてるのは、あなたの方じゃなかったかしらぁ? わたしじゃなくて、“あなただけ”が」
言い返しようのない自ら自身の失言によって、最後に残った男は自らの罪を認め、罪によって裁かれる行為を自分が犯したのだと自ら宣言してしまう。
その罪を『罪であり悪だ』と定めた社会に属していない、異なる倫理と死生観を尊んでいる『自分と同じ世界に生きる』『自分と違う価値観の持ち主』を前にして、『自分たちの価値観では罪悪となっている事だったから』という理由で、相手にも通じる前提で喚き散らした結果として。
「さて、と―――」
最初の朝日が昇り始める時間帯。
ロウリィ・マーキュリーは、その夜の勤めを終えて再び神から与えられた使命を果たすための旅路へと回帰するため、黒色のハイヒールに包まれた足を踏み出していた。
盗賊の犠牲者となった家族たちの埋葬を終えさせて、その仕事に従事させて盗賊“にもなれなかった男”に、神の愛と自らの信仰の象徴を振り下ろし、神の御許へと送り届ける儀式も終わり、この地にとどまるべき理由はもう何も残されていない。
あまりに無様で、人として愚劣で、男として低劣すぎた、見苦しすぎるあまり存在する価値もないと、彼女が奉じる『神の教えの基準』では定められている、『異なる善悪の基準では異なる評価と価値になる男』の最期に、一抹の不快さとなって心の中に残りはしたものの、それもすぐに忘れ去られる。
「あ~あぁ、こんなにも争いと生と死に満ちた時代だっていうのに、エムロイの使徒として共に歩みたいと思える人間には、なかなか出会えないものねぇ」
歩みながら思わず、そういう愚痴が口から零れ落ちる。
どこかにいないものだろうか?
人として『罪とされる行為』に手を染めて尚、自らが守り貫くと決めた基準を守り、自らが選んだ道に忠実に誠実に貫かんと、誠実に愚直なまでに欲するような、死を司るが故に生をも司り、最良の死を迎えるためにも地獄の中でさえ『生きること』を尊べるような―――そんな、選ばれし理想的な存在に――――
「わぁ~おぅ」
ロウリィ・マーキュリーは・・・・・・出会った。
そんな相手にとっては記憶にある、昔ながらのナレーションじみた声が聞こえてきそうな運命の邂逅をすることになる数日後の未来を、今を生きている彼女はまだ知らない。
それは統一歴と呼ばれる世界で、1923年に起きた出来事。
そして同時に、帝歴と呼ばれる異世界において、687年に勃発した事変の始まりでもあったことを―――今の時点で知るものは誰もいない。
【うおおぉぉぉッッ!? なんたることだ!
なんという秩序も倫理もなき、物事の理非も、世の理すらも弁えぬ邪悪なる悪魔どもの群れが、神を名乗って人々を拐かしている邪悪なる世界なのだ、この土地はァァァァァッ!!!!】
【まさしく! これほどの悪徳、これほどの邪悪!
それを悪として否定することなく尊ぶが如き輩が、神を僭称して人々を誑かしていようとは・・・・・・これでは異なる世界の人間達が魂を堕落させてしまっていることも致し方なしッ!!】
【仮にも神を名乗りし者らが、何故これほどの悪徳を許容できるのか? 人々は涅槃に至りたいと、正しき信仰に目覚めたいと渇望しているはず・・・・・・だというのに何故!?
十戒は定められておらぬのか!? 正しき善、悪しき過ち、全ては歴然であり、ただ一つの正しき教えと救いのもと、魂の救済を目指すことが神としての在るべき姿。
――だというのに、この世界で神を僭称する悪魔共はなんだ!?
解脱して涅槃に至ることを尊しと人々に広めぬどころか、信仰心の欠片すら抱いておらぬ! そのせいで物事の理非を解っておらぬ者ばかりが育っておるというのに・・・・・・!!】
【もはや、このような世界に導いてしまった悪魔共が、神を名乗っていること自体、滅びて尚許されぬほどの大罪と呼ばざるを得ませぬ。
八つ目の大罪として新たに刻み込むべきほどの重罪です!
テンプニウム神約に基づき、違反者への罰則として神軍連合を結成し、異世界で神を名乗る悪魔共に懲罰を加えるための神征をおこなう以外に選び道はございませぬ!!
神議長猊下、どうかご決断をッッ!!】
【無論だ! 皆の者、戦うべき刻は今ぞッ。
争いとは愚かな行為で在り、隣人の財貨を欲するのは許されざる欲得。
だが! 何より『わたし達の他に神が在ること』は決して許されることはない!
諸君、これは神の名をみだりに唱えて他者を偽証する罪人共への天罰で在る!
正義は我らに在り、善と悪との最終決戦において必ずや正義の我らに帰することに疑いはなし!
これは神罰で在るッッ!! 開戦の刻は今ッッ!!】
【ウォーッ! ウォーッ!! 聖戦を! 聖戦をッ!!】
【突っ走れ! 突っ走れ!! あの悪しき灯火に向かって突っ走れ!!】
【【【我ら神は、悪を滅ぼす世界への救済が大好きなのだァァァァァァッ!!!!】】】
・・・・・・統一歴の世界で神を名乗ってる連中が、天の御国でこんなこと叫んでる状況ですからね。
そりゃ分からんだろう、誰だって。
この見苦しい世界で、神はそれを望まれた―――らしい。
つづく