試作品集   作:ひきがやもとまち

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チート転生は、ひねくれ者とともに 3章【ボツ】

 ボリスとシェラによる半ば以上に狂言じみたユーリへの調査は失敗に終わったが、この時点では双方ともに「戦いは始まったばかりだ」という印象しか持っていなかった。

 

 ボリスとシェラは業腹ながらもこの手の手法に精通せざるを得ない時代背景から慣れていたし、現場住人たちへの情報管制およびコントロールには豊富なノウハウを持っていたから事件の被害を軽微に押さえるのに苦労はないと考えていた。

 

 ユーリに至っては、気絶したフリでしかないと解ってはいても子供相手にいきなり無茶はできないのが治安維持機関が守るべき最低限度の形式であることを知っていたから、まずは拉致監禁投獄程度から始まるだろうと高をくくっていた。

 牢屋に一人で放置された状態なら魔法で逃げ出せる。対魔術師用の牢獄には結界が張ってあるとは言え、それを無視できない程度のチートなどチートとは呼べないのだから。

 

 双方ともに仕切り直す準備のために忙しかったが、このとき互いに失念していた要素があることには気付いていなかった。

 

 

 ーーー自分たちとは関係のない理由で勝手に介入してくる、第三者の可能性である。

 

 

 

 

 ・・・バン!

 

 

「クソが! 事件に尾鰭羽鰭がついた流言飛語が飛び交うスピードが速すぎる! このままじゃあ、対応し切れなくなるのも時間の問題だぞ!?」

 

 ボリスは都市内治安維持部門に割り当てられてる中古の一軒家にある自分のデスクに拳を叩きつけながら天を仰いで怒鳴っていた。

 今回の事件で都市警備隊が住人たちに対して果たすべき責任を果たしていないのではないか? とする話題が持ち上がり短期間の間に市内各所へと燃え広がって暴動寸前のパンデミックが起きかけていたのである。

 

 当初は取調室の椅子に向かい合って座り、ユーリが気絶したフリを解くのをのんびり待ち構えているつもりだったボリスも急速に悪化する状況がそれを許さず、都市内治安維持部門総出で情報コントロールに当たって来て失敗したばかりで気がたっていた。

 

 おまけに、事件に関連づけた話題として最近ちまたを騒がせていた諸々の不祥事についての話も再加熱してまとめて薪となって業火を形成し、自分たちの住んでる都市そのものを焼き滅ぼさん勢いにまで発展してしまっていたのである。

 

「・・・つーか、物価の上昇やら貨幣の価値の変動やらは、どう考えても俺たちの責任じゃねぇだろうが!? どうしてそこまで俺たちのせいにされにゃあならねぇんだ!? おかしいだろうが!! アアン!?」

『・・・・・・・・・』

 

 ボリスの怒鳴り声に部下たちは沈黙の砦に立てこもってしまい答えない。ボリスも追求しようとはせずに「ちっ!」と舌打ち一つを残して近くのソファに座り込む。

 

 ・・・本当は、ここにいる誰もが皆わかっていることなのだ。これは“八つ当たり”でしかないのだと。

 

 世界中の誰より貧しい日々の暮らし、豊かで安楽に見える貴族たちの暮らしぶり、自分たちを搾取の対象としてしか見てくれていない支配者階層の独善とエゴ。

 

 ・・・これら全ては現実と乖離した民主の心の中だけに存在しているイメージであり、身分差からくる劣等感を少しでも和らげて、支配されている今の境遇に甘んじていくための潤滑油として求めていただけのものだということぐらい。

 

 その事実を互いに解っていたからこそ、今まで様々な矛盾や齟齬を抱えながらでもやってこれていたのではなかったのか? 自分たちもまた虐げられている平民階級に過ぎない“お仲間”だから上手くやってこれていたのではなかったのか?

 それがどうだ? 建物の外では市民たちが都市警備隊を『支配者たちの犬』呼ばわりして大声で叫びながら石を投げつけ、町中のいろんなところで自分やシェラの悪口を書き殴っている。

 しかも、建物を取り囲んでいる連中はご丁寧なことに叫んで石を投げつけてくるだけで突入してくる気配がない。投げてくる石も数少ない高価な窓ガラスは避けて、壊れない壁だけに当ててきている。

 

 ーー保身だ。法で裁かれない程度に加減した不満をぶつけてきている。貴族たちがたまに行うガス抜きの対象に、自分たち彼らを守る警備隊が使われてしまっている。

 

 おまけとして、回収したお子さま魔術師の少女ユーリの存在がさらなる厄介事を招いていた。

 無人となる建物に子供とは言え一応は容疑者を放置して一人残しておくわけにはいかないので独房に(物々しい呼び方だが形式上の話である。実際には《施錠》の魔法とテレポート防止(効果:弱)がかけられてるだけの小部屋)置いておき、帰ってきてから取調室に戻して尋問を再開するつもりだったのだが、どういう手品を使ったのか無人となったことを確認してつぶやかれたはずのボリスの独り言『治療院につれてくフリして・・・』の部分が街の酒場で語られていたらしく、今では町中が彼の敵となってしまっている状況になってしまい実行する余裕を失っていた。時間はあるが、精神的余裕が全くない状態にされてしまっている。

 

 最初は「幼女趣味」や「変質者」などの口さがない悪口でしかなかったはずが、気が付けば尾鰭羽鰭が付けまくられて、やったこともない殺人の常習犯扱いされてる始末。泣きたいと言うよりブチ切れて暴れ出したくて仕方がないのが今の彼の素直な心境なのである。

 

 

 

「とにかく、今は待ちの一手だ。市民たちのコレは明らかに作為的な煽動の跡が見られる。誰かが煽ってるとしか思えねぇほどに、超速スピードによる伝播だ。なにかしらあって、誰かしらいるんだったら放っておきゃ収まるだろうよ」

 

 ソファに寝転がりながら苛立たしげにボリスは吐き捨てる。

 彼は、都市内治安維持の専門家であって古参の練達である。こういう場合の対処について経験はないが知識はある程度持っていた。

 昔から『要注意人物』として革命家を自称する者たちが指名手配されて手配書とともに対処法の書かれた紙が王都から届けられることはそれなりにあり、生真面目なボイスは律儀にもそれらすべてに目を通していたから煽動家への対処法は知らない奴よりかは知っていた。

 

 ーーが、しかし。

 所詮は『なにも知らない奴よりマシなだけ』であって、畑違いの素人であることには変わりない。人心を騙してもてあそぶプロである魔族を敵に回している今にあっては後手後手に回らされることにしか役立てようがない。

 事実、彼は警備隊本部の命令に不承不承ながらも従って屋内に引きこもり、何もしようとしていない。本部を含めた都市警備隊全体が同様だ。「下手に騒ぎ立てると誤解を増すだけだから」と本部から言われて消極的だと思いながらも「まぁ定石ではあるか」と納得してしまっていたからである。

 

 敵の存在を認識しながらも、現状の自分たちが敵に先手を打たれており、打たれっぱなしになっていると言う事実に直結させて考えることが出来ないでいるのはシンプルに彼らが『都市内での治安維持任務における専門家たち』の集まりだったからだ。

 

 城塞都市だった過去を持つが故に分厚い城壁にグルリと覆われた閉鎖的環境が熟成させた心理なのか、町中で騒ぎが起きても『敵から攻撃を受けている』という実感が持ちづらい住人たちが異常に多く、「敵に情報網を遮断された!」と騒いでいるのは都市外への遠征任務などを行う実働部隊だけで彼ら以外は今の状況をさほど危険視してはいない。「いつもにはない騒がしさだな」と眉をひそめる程度でおわる。

 

 城壁の中で国に守られながら『上への不満を言って従っていれば済んでいた』今までが利用されているなどとは発想すら浮かばぬままに・・・・・・。

 

 

 

「そう言えば、ボリスさん。あのガキの拘留期限について上から通達がありましたよ。『市民の不満を抑えたいから早めに解放してやれ』だそうです」

「なんだぁ!? 偉そうにふんぞり返って指示してくるだけのボンクラどもが現場にまで口出ししてきやがったってのかぁ!? ・・・ちっ! これだからエリート様はよぉ・・・」

「どうします? とりあえずは独房から外に出しときます?」

「・・・仕方ねぇか。一度だけでも治療院に連れてくところを見せれば少しぐらいは収まる奴らもでてくるかもしれねぇし・・・やっといても無駄にはなるめぇ。・・・最低でも幼女殺しの汚名ぐらいは晴らしとかねぇと身動き一つ取れやしねぇし・・・面倒なものだぜ」

 

 ボリスはそう言いながらも不機嫌面だった。

 ーーただし理由は気を失ったフリをしたまま牢屋に放り込んであるユーリに関してではなかったが。

 

(この状況で一番ヤバくなりそうなのはシェラの嬢ちゃんだ。ミリエラのお嬢が一緒にいる限りは大丈夫だとは思うが・・・。明日にでも顔を見に行けたらいいんだがな。

 ・・・ガキを解放して騒ぎが少しでも落ち着くんなら、シェラのためにもなるからやって見せるか?)

 

 どこまで行っても身内贔屓なボリスは、無意識にしている自分の差別感情と判断の甘さを自覚していないまま、問題の先送りを選択してしまった。

 

 ーーーちょうど、今この時にシェラの友人ミリエラに危険が迫っているとは想像すらしないままに・・・。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、都市外外征担当『実働部隊』に割り当てられた中古物件で。

 

「ミリエラ! こんな所にいたのか! 探したぞ!」

 

 はぁはぁと、息を切らせて走り回っていたらしいシェラが幼馴染みの貴族少女と再会できた場所は建物の屋上であった。

 実働部隊はその性質上、物が入り用なのと屋内訓練場も必要となる場合が想定されていたため比較的大きな旧貴族の屋敷を買い取って使用していることから広さだけは無駄にあるのだ。全員が引きこもるよう命令されて積めている状況では、たった一人を捜し求めてウロウロしながら駆けずり回らされても不思議ではない。

 

「シェラ・・・・・・」

 

 対するミリエラの反応は淡泊だった。呆れているようにも見えるし、今回ばかりは愛想が尽きたように見えなくもない。

 それによって怯みかけたシェラだったが、何とか踏みとどまって幼馴染みで親友の少女に自分の不安と不満を聞いて欲しいのだと嘆願しはじめる。

 

 彼女には幼い頃からそう言うところがあった。正義感が強くて勢いがあり、押しも強いのだが弾性が無く、打たれ弱い。

 敵が目の前にいて殴りあえるなら強いのだけど、自分の内側と向き合い不安に押しつぶされそうな状況になると極端に脆弱さをさらけ出してしまうのである。

 

 そんな親友からの願いを最後まで聞き終えてから、ミリエラは「はぁ・・・」とため息を付いて。

 

「・・・ねぇ、シェラ。もういい加減に私を利用しようとするのは止めてもらえないかな?」

「ーーーえ?」

 

 いつもとは違う返し方をされたシェラは激しく戸惑い、相手の顔を見上げて息をのむ。

 

 ・・・心労で疲れ切った若い娘の顔がそこにあったから・・・・・・

 

 

「私ね、実はだいぶ前から知っちゃってたんだ。シェラが正義とか正しさにこだわりたがる理由について」

「な、なにを言って・・・」

「それはね、『身分』よ。あなたは自分の元から遠ざかっていった下級貴族の地位に未練があったのよ。だからこそ剥奪された家名を名乗り続けていたの。身分を失い、落ちぶれてしまった自分自身の劣等感をごまかすためにね」

「ち、ちがっ! 私は・・・私はただ純粋に国にも身分にも捉らわれない自由騎士の正義心にあこがれて・・・っ!!!」

「本来なら皆から敬われて、正義のおこないに相応の賞賛と名声が与えられて当然の下級とはいえ貴族位の身分。それを失ってからあなたの生活は一変したはずだわ。

 本来ならスタンフォード家の重鎮として名剣だって買えるはずのイスフォード家の令嬢が、なけなしの報酬でこき使われて、貴族であるなら守ってあげたときに感謝してくるはずの平民階級からまでバカにされ、それでも必死に這い上がろうと努力している自分の気持ちを結果が出せてないからと嘲嗤う同期生たちの心ない陰口。

 身分さえあれば自分に媚びへつらうことしか出来ない悪徳商人たちに、媚びへつらって何とか今日の生活費を工面するしかなかった幼い頃みた両親の姿」

 

「同じ事をしたとしても、貴族であるか否かだけで評価されるかされないかが決められてしまう身分差が存在している国にすむ人特有の価値基準・・・。

 それら自分では“どうすることも出来ない生まれの問題”を、あなたは正義という概念を利用して辻褄合わせをしてきた。貴族としての義務と責任を果たしても『貴族ではなくなった自分は賞賛してもらえないし感謝もされないから』、正義の味方として皆を守ってきた。正義の味方に地位や身分は関係ないから・・・」

「あ・・・・・・」

 

 思わず声を失ったシェラにミリエラは、はかなく薄く今にも壊れてしまいそうなガラス細工の微笑を向けてーーーーとどめを刺した。

 

「ねぇ、シェラ。私といて愉悦だった?

 武官貴族の家に生まれながら、果たすべき役割も責任もまるで自覚しないで遊び惚けてばかりいる苦労知らずで世間知らずな貴族のバカ娘に正論で説教するのは気持ちよかったでしょう? 快感だったでしょう? 私がやらなくてはいけないことをやらずにいる時に「家を継ぐお前がそんなことでどうする」って頭を小突きながら正しく導いて上げるのは愉しかったでしょう? 

 自分たち家臣を利用して存在し続ける主君、主君を守ることで庇護してもらい自分たちの家を守る盾として利用する家臣団。

 名目上はともかく実質的には持ちつ持たれつな関係にあるのが自分たちなのに、まるで『落ちぶれたあなたを哀れんでるんだよ?』とでも言いたそうな態度で接してくる私を内心で蔑み見下すことで自分の優位性を確信して優しくしてくれるのは、さぞ便利で都合のいいストレス発散道具になってたことでしょうね」

「・・・・・・・・・・・・」

「でも、もうダ~メ。だって、あなたはもう終わりそうなんですもの。これ以上は私も貴族の義務としてだけが理由じゃ付き合いきれない。私が欲しいのならもっとスゴいのを持ってきて欲しいな」

「・・・あっ」

「期待してるわね、シェラ。私はあなたの想いを嬉しいなとは感じてきてたんだから」

 

 そう言って、頬にかすかな唇の感触だけを残して去って行ってしまった親友の後ろ姿を見送りながら、シェラの心には今まで感じたことのない感情・・・・・・いや、今まで綺麗事で糊塗してごまかしてきた見ないようにしてきた『正義の別側面』が表側と反転して取って代わられてしまっていた。

 

 努力への評価は虚栄であり、優れた行動力は短気さと強引さであり、仲間との協調性は計算高く狡猾な責任分散にそれぞれ取って代わられていた。

 

 精悍な行動力は粗野な独断性としか思えなくなり、思慮深さは優柔不断で鼻につく。純粋さなんて幼稚なだけのガキが自慢するものだ。いい歳をした、いい女を物にする女には相応しくない。

 

 

 

 

「・・・ああ、なんだ。こういう事だったんだ。私が大事にしてきた物の正体って、実はこの程度の物でしかなかったんだ・・・・・・うふ、うふふふ・・・うひひひひひひひひ♪♪」

 

 

 

 こうして一人の正義の味方が『反転した』。

 貴族として民の平和と安全を守るのは義務だからと自らの黒い部分から目を逸らしてきた少女は、自分の綺麗ではない側面に気がついた瞬間『黒に染まる』。

 

 自分に都合のいい綺麗な物以外の存在を認めようとしなかった彼女には、汚い物を直視して傷つけられて自我を保てるほどの勇気や自尊心と無縁すぎてたから。

 

 

 そんな風に反転した親友の俯いた視線からは見る事の出来ない通路の曲がり角の先で、壁に背中を預けながら腕を組み、微笑を湛えていた形の良い柔らかな唇を悪意と嘲笑と愉悦に歪ませながらミリエラの姿をした『入れ物』に入っている“ソレ”は地獄の底から響いてくるような暗い嗤い声を上げる。

 

 

『ヒーッヒッヒヒヒヒ! こーんなに簡単に踊ってくれるなんて、人間ってた~のし~♪』

 

 

 

 

 

 

「身分だ。身分さえ手に入れられたら私はミリエラと結ばれることが出来る。身分だ。身分だ。

 身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分身分・・・・・・」

 

 

 ブツブツと同じ単語を連呼しながら、シェラが向かっているのは地下室だ。

 そこには証拠品として押収した違法取引の密売品が未鑑定のまま、堆く詰め込まれている保管庫がある。鑑定スキルの高い商人に依頼する金がない故の措置であったが、この時の彼女には警備隊の懐事情はどうでもよくなっていた。

 

 

 目的は只一つ、今の自分にお誂え向きな剣があったから拝借しにいくだけである。

 

 

 ・・・歴史にIFはないが、もしもユーリがこの場にいたらこう評したことだろう。

 

「プライドと自尊心と誇りをごっちゃにしてたような人が正義なんて凶器を理解しようともせずに、便利だからと言うだけで利用するからそうなる」ーーと。

 

 

つづく


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