「な、なんて事だ・・・・・・」
ボリスは眼の前の惨状にうめき声を上げ、正しく絶望に敗北して地に座り込んだ。
目の前で地獄が創り出されていくのを見ても、どうすることも出来ない無力で脆弱な自分を殴り殺してやりたくなりながら・・・・・・。
ーーー市内中央より突如として湧き出てきた下級魔族の兵団。
伝承の中にしか存在しないと思っていた彼らの奇襲によって市街地は完全に壊滅させられ、住民たちは着の身着のまま素足で逃げ出し避難場所として指定されている南区中央広場へと集結した。
意外なことに物的被害の著しさにも関わらず人的被害はそれほどでもなく、避難するときに逃げ遅れた老人や老婆、けが人や病人などがほとんどで自分の足で立って逃げることの出来た者たちはほぼ全員ケガしただけで無事だった。
広場で互いの無事を喜び合い、救助を支援してくれたボリスたち都市内治安維持部の面々に涙ながらにお礼を言って彼らを微妙な気持ちにさせはしたものの結局のところは謝罪を受け入れて今まで通りの関係性に戻ることを確約した。
所詮、自分たちは一人だけでは生きていけない弱い人間なのだという連帯感がそうさせたのである。諦めだろうと利己心だろうと、動機は何でもいいから復興には人手が必要なのである。個人的な怨恨にこだわりすぎるあまり自分たち全員を殺してしまったのでは元も子もない。そう言う打算を元にした和解ではあったものの、人同士の関係なんて所詮こんなものだろうと穏やかな自嘲とともに交わされた握手はおざなりではなかった。
ーーーー見下しきった笑い声が広場に響きわたる、その時まではーーーー
「なんだ、ボリスさん。結局はそっち側にいくんじゃないか。つまらないね、くだらないね、バカバカしい限りだね。
せっかく民衆どもの本音を民衆たち自身の口から伝えさせたやったって言うのに、正義の懲罰すら行わないだなんてガッカリだよ。失望させられたな。やはりゴミはゴミでしかなかったってことかい。ふん!」
「お前は・・・シェラか!? ーーだが、その恰好は一体・・・・・・」
広場中央にある壇上から出てきて人々を睥睨したのは、普段の質素な騎士装束とは異なり、煌びやかで無駄な飾りがゴテゴテついた装飾過剰な貴族たちが着る衣装・・・の、かなり古くさいタイプを着た没落貴族令嬢のシェラだった。
あまりにも権威を示すことにこだわりすぎて貴族たちでさえ機能性に難があるからと着るのを止めてしまって久しい衣服を今のシェラは着ている。
もともとの素材はいいシェラだったが、それは苦労に耐えて逆境にめげない野に咲く花の美しさであって、王宮に咲き誇る守られてばかりの花々の一輪でしかない見てくれだけの美しさには向いていない素養の持ち主であり、その張本人が虚仮威し用の衣服に身を包んで堂々と胸をさらしながら出てこられると、見ている方としては凄くビミョーな気持ちにさせられてしまう。
なんと言うかこう・・・“なんだかなぁ~”って言いたくなる感じ? 大体そんなようなもん。
しかも、最初に出てきて言い放った口上がこれである。
「私の名はシェラ・イスフォード次期子爵である! たった今この町は私の支配下に置かれるものとする。あらゆる都市法がその効力を停止し、私の決定と命令がすべての法律に優先される絶対原則となったことを明記せよ!」
・・・・・・正直、「なにコレ? 貴族漫才?」とか思った奴がいたのは内緒である。
「えーと・・・。シェラさん? これは一体どういうこーーーぐはっ!?」
思い切り顎を蹴り上げられて骨にヒビが入ったことを自覚させられたが、其れは逆に俺の目から見てもシェラが『弱くなっている事実』を気づかせてくれるのに十分すぎていた。
もともと都市内治安維持が主任務で戦闘職をとってない俺と違って、シェラの嬢ちゃんは外征が主な純然たる戦闘系のクラスとスキル持ち。本気であろうと無かろうと、こんな半端な蹴りなどするはずがない。
明らかすぎるほど『見てくれに振り回されている』。まるで剣術を習い始めたばかりで達人の見た目が派手な技を見た目だけ真似して偉そうに自慢してくるガキのような驕り高ぶり自意識過剰さが鼻につく蹴り方だった。
「言葉遣いに気をつけろよブタ野郎! 差別階層の平民風情が支配者様である貴族に向かってタメ口聞いてんじゃねぇよ! ぶち殺されたいのか!? ああん!?」
オーバーアクションすぎる身振り手振りで戦闘のド素人である俺を倒した己の功を誇りながら、彼女は右手に持っていた剣を掲げて空中に黒い穴を出現させる。
・・・あれは・・・まさか! カオス・ゲートか!?
曾祖母ちゃん聞かされてた伝説の中に登場した魔界とつながる門だかなんだとか言うあの門を開く鍵がその剣だったのか!?
「よくできた。半分は正解だぞ、下民。これは確かに魔界へとつながるゲートを開くための鍵となる剣ではある。ーーだが、これはカオス・ゲートではない。だから半分は外れだ。
この程度の魔力では魔界に生息しているスライムクラスが這い出てこれるだけの穴を開くのが精一杯なのでな。名付けるとしたら、せいぜいカオス・ホールと言ったところか。人よりかは強くとも、下級でしかないザコ魔族が出てくるのを手伝って代わりに支配権を認めてもらうのが関の山な半端アイテムだ」
自嘲しているような内容をシェラの嬢ちゃんは、むしろ自慢げな口調で滔々と語り聞かせてくる。聞かせたくて仕方がなさそうなガキ臭い表情が、普段の子供らしい表情を見たときとは真逆の印象を与えてきてイライラさせられる。
「だが、しかし! この町を支配する貴族となるには十分すぎる力だ! これだけの力があれば、国王陛下だって辺境都市の支配権ぐらい認めてくださることだろう・・・。
・・・あとは名家から嫁をもらって爵位を存続さえすれば形式だって整わせられる。私は名実ともに貴族の仲間入りをーーー否! 生まれながらの貴族の一員として正しい姿へと戻るのである!」
「・・・嫁? ーーー婿じゃなくて?」
誰かが思わず声に出して聞いてしまって不味いかなと思ったんだが、今のシェラの嬢ちゃんは逆に「よくぞ聞いた! では教えてしんぜよう」と、大喜びで説明しだしてくれた。
前から分かりやすくて扱いやすいところはあったけどここまでじゃあなかったはずなんだけどなぁ・・・・・・。
「王が貴族に求めているのは『自分の名代として土地を支配し納税させて、自分の治世を維持するためにも安定した統治を血によって民たちに保証してみせること』
《支配しつづけるのに便利な歯車として機能》し続けさえすれば其れでよいのだよ。支配機構の一環でしかない貴族には、人格など本来ない方が都合がよいのだ。自由意志があると反抗されて何かと面倒くさいからな?」
「!!!」
「だが私は違う。魔法の契約書に調印し、王の奴隷としてこの地に縛り付けられる貴族という名の歯車になることを誓おう。そうすれば王とて私のささやかな我が侭ぐらいは聞き入れてくれるはず・・・。
魔軍を支配する他の自由意志がある貴族たちより強い騎士階級の小娘が、自ら権力者の犬になることを制約しに赴くのだ。どこの世界に拒絶する権力者がいるというのだね?」
「・・・・・・・・・」
「これで私は全てを手に入れることが出来る! 貴族であり続けてさえいれば手に入るはずだったはずの物すべてが私の手元に戻ってくるのだ!
・・・貴族であれば虫ケラと見下すことの出来た平民たちに見下されバカにされ、豆だけのスープを飲む日が何週間も続く日々も今日で終わりだ!
私はミリエラと結婚して爵位を継いでシェラ・イラ・スタンフォード子爵となり、これからの人生を好きなように生きられるように改善してやる!
私が正しいと思ったことに反対する者たちには懲罰をくれてやる!
私が間違っていると感じたことをやる者は牢獄へ送り込んでやる!
私が正しく、私が間違っているなどとほざく輩が一人もいない正しき世界へと、この街を作り替えてやる!
この街は私の物だ! 私が支配者で法の執行者になったんだ! これからは私が正義そのものとなって悪を裁こう! 私が街の神として君臨しよう!
私の力によって実証された正義が支配する都市内に限り! 私が! 私の考えに共鳴した仲間たちだけが神であり唯一無二の正義の味方となるのであぁぁぁぁっる!!!」
ーーー果たして、その宣言に反対する意志を示したものであるのか否か。この時点ではわからなかったが、空高くからシェラの嬢ちゃんめがけて落下物が落ちてきたのはその瞬間のことだった。
誰にとっても予想外のはずだったが、シェラの嬢ちゃんだけは予想していたらしく余裕綽々な態度と動きで避けて、悠然と両手を左右に広げながら招かれざるはずの客人に歓迎の意を示した。
「ーー来たか、招かれざる悪党よ。支配者となった私に逆らう愚かな反逆者の小娘よ。やはり貴様とは同じ天をいただくことは不可能だったな・・・・・・」
もうもうと立ちこめている煙の中から歩き出してくる小さな陰に向かってシェラは語りかけ、相手は返事をしようとしない。ただ変わらぬ速度で歩いて近づいてくるだけである。
「貴様を倒すには、この《キー・オブ・ザ・シャベル・ブレード》では力不足なようだが・・・しかぁし! 私が手に入れた力はこんなものではないのだ! 魔族から貸し与えられた真なる最強戦力は別にある! それを見て恐れおののき己の無力さを泣きわめいて後悔するがいい! あの世でなぁぁぁっ!!!!」
スタスタスタ。
「見よ! 世界すら滅ぼしかねない最強の魔獣! こいつの前では人間など赤子同然! 虫けら以下のゴミでしかない! 貴様がどれだけ自分の力に自信があろうとも、この魔獣にだけは絶対に勝つことは出来はしない!!」
スタスタスタ。
「これが私に与えられた切り札! 伝説にある最強にして最凶の魔獣! 世界すら破壊し尽くしたとさえ言われる最悪の存在! いでよ! 《魔人竜ディアボロス》!!!」
そして呼び出された超巨大な怪物がこの世界に形をなして実体を得て、見上げていた人々が等しく絶望に沈みーーー冒頭のシーンに戻る。
「な、なんて事だ・・・・・・」
ボリスは眼の前の惨状にうめき声を上げ、正しく絶望に敗北して地に座り込んだ。
目の前で地獄が創り出されていくのを見ても、どうすることも出来ない無力で脆弱な自分を殴り殺してやりたくなりながら・・・・・・。
そして、次の瞬間。
「んじゃ、はい。即死魔法《デス・テンプル》を詠唱。
防御力、HP、攻撃手段とかその他諸々を全部無視して確率判定で相手は死にますが・・・死にませんでしたね。じゃあ、もう一回です。《デス・テンプル》。
ーーはい、死にました。この世界で成功率半分だと二回で十分すぎるみたいなので」
ずしーーーーーーーーーん・・・・・・。
・・・巨体が何もしないまま地に沈んで起きてくることもなく、ただただ動かないまま目を見開いて閉じないでいる姿を見て、なぜかはわからないんだが『へんじがない。ただのしかばねのようだ』とつぶやきたきなった俺である。
『あれ・・・・・・?』
俺も街の人たちもシェラも、一人残らず全員一緒に疑問を声に出し、一人だけ例外な落ちてきたお子さま魔術師だけが「・・・?? どうかされましたか?」と不思議そうに具体的な質問をしてくる。
いや、どうかされましたかもなにも・・・・・・
「今呼び出されてたのって・・・伝説にある《世界を滅ぼす力を持った最強の魔獣》で、あってたんだよな?」
「はい、そうみたいですね。《世界を滅ぼす力を持った最強の魔獣》・・・つまりは、最初のやられ役なザコ中ボスモンスターという意味の説明文ですよね?」
・・・・・・ごめん。
お前の言ってる事は何一つ最初っから最後まで未来永劫、意味わかんないわ・・・・・・
こうして、今回の騒動で最大の戦闘は終わりを迎えたのだった。
一体いつどこに戦闘シーンなんて存在してたか誰にも分かんないけどな!?
つづく
ユ「倒すべき敵は、常に己の中にいるものです」
ボ「うん、今回のシェラの嬢ちゃん見てたら誰もが思うことだろうけど、何故だろうな。お前が言ってると全力で拒否りたくて仕方がなくなるのだが」
シ「あわ、あわわわわ・・・・・・(対魔忍の朧的展開が待ってそうな元正義の味方さん)」