試作品集   作:ひきがやもとまち

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言霊少女のファンタジーな恋物語 第2話

 私の名はウィーグラフ。このアラストール王国において宰相の職にある者だ。

 宰相とは文官の代表であり、平時にあっては実質的に国の政を取り仕切っている陛下の名代のようなもの。

 そう言っても過言ではないほど平和な時期には忙しくなる私が、陛下の側室に子が産まれたことを祝う城下の民草に混じり、中央広場に身を隠しているのには訳があった。

 

 ーーショート伯爵家のご令嬢を試す。

 

 その目的のために私は普段よりも忙しくなっている祭りの総責任者という重職を一時的に副宰相に預けてから町へと降りてきたのだが。

 

 ・・・どうにも思っていたとおりに事が運ばず、私は先ほどからイライラさせられっぱなしになっていたのである・・・・・・。

 

 

 

(・・・何故だ!? どうして動かん! 子供が小半時も景色を見たままピクリとも動かないとか有り得んだろうが!!)

 

 私は、理不尽であると重々承知の上でそう嘆かずにはいられない。

 今までも天才児すぎる王子二人のせいで驚かされることは度々あったが、今回のこれはタイプが違う、種類が異なる。ハッキリ言ってイラつくだけで、何一つ得られる物がない!

 

(ーーあり得ん! 両親に「ちょっと見てきたい物があるから、少しの間まっているよう」言われて、本当に動くことなく噴水の縁に腰掛けたまま小一時間以上もの間ジッと待ち続けていられる子供など実在しているはずがない!)

 

 試すと言ったところで城下に広がる町中で、しかも相手は伯爵家の御令嬢。まして試す目的が天才児王子二人に対してよい刺激になるかならないか程度のものを、わずか7歳の子供相手に調べてみようと言うのだから大した陰謀など用いれるはずがない。

 

 ひとまずは家臣を伯爵夫妻の元に走らせて手紙を渡し、目立つ中央公園の噴水前で「待っているように」言付けてから二人だけで去っていき、待ち飽きてソワソワしてきたところを見計らった私が『どうしたのかね? お父さんやお母さんとはぐれてしまったのかな、お嬢さん』ーーこうして自然な形で試験会場まで誘導する手筈となっていたのに全てがぶち壊しじゃないかこの野郎!

 

「あの、宰相閣下? そろそろ結界の方が限界なのですが・・・」

「・・・わかっている・・・」

 

 苦々しい声で部下へと返すと、私は簡易的に作らせた結界の中から外へ出て王城の執務室へと来た道を急ぐ。

 

 魔術的意味合いとは関係ない、単なる人々の中に死角となる空間を作るだけなら大した労力を必要とはしない。短時間使うだけの物なら五分もあれば作成可能だ。

 だが一方で、これらは寿命が短いという欠点がある。使用目的に添って時間を決めてから作らせているので耐用年数以上使い続けてしまうと却って悪目立ちしてしまうのである。

 

 そうなっては、私はただの『暗い場所にコソコソ潜んでいる怪しいオッサン』でしかない。時間が来たら帰らざるを得ない身なのは初めから決まっていることだった。

 

「城に戻るぞ。伯爵夫妻にも使いを出せ。“演技の必要はもうない”とな」

「ハッ! ーーところでその、ご令嬢の方は放置してしまってよろしいのですか?

 躾の行き届いた見目のよい子供など人買いたちにとっては格好の獲物でしかないのではと・・・」

 

 部下からの言葉に私は眉を顰める。

 確かに平和な時代の城下街とはいえ、その手の悪徳業者は後を絶たないものだ。むしろ国と経済の中心である王都だからこそ、その手の連中が危険を承知でのさばるだけの利潤が生まれるのだから役人として懸念するのは尤もかもしれない。

 

 ーーだが、あまりにも不見識だ。話にならない。

 

「阿呆」

「は?」

 

 一流官僚貴族でベテラン官仕でもある中年の部下が間抜け面をさらして間の抜けた反問をかえしてくる国の現状に癇癪を爆発しそうになりながら、私は努めて冷静さを装ったうえで静かな声音で無能な上級幹部に説明してやる。

 

「あれほど見目よく身なりもよい娘が、一人で小一時間もボーットとしているのに誰も声をかけようとはしていない。この一事だけで民草たちが彼女の正体をおおよそながらも事情を察して空気を読んだであろう事は自明の理だ」

 

 顔だけ振り返って唖然としている部下に唾でも吐きかけてやりたくなりながら、私は顔を前へと向けなおしてから歩みを再開する。

 

「民たちは我々貴族が思っているほど愚鈍でなければ、愚劣でもない。自らの基準でしか人を計れない者に平和な国は任せられんのだ。必ず争乱を招くからな。

 ーーそこの所を殿下方に、あの伯爵令嬢を通じて知っていただけたら最高なんだけどなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、セレニア。いい子でお留守番してた?」

「一応は。いい子の基準が分かりませんので確かなことは言えませんが、少なくとも大人しくはしておりましたね」

「・・・・・・我が愛娘ながら可愛げのない返事だなオイ・・・」

 

「大人しくしながら何を見てたの?」

「街の景色です。人種がここまで多い街は珍しかったので」

「ああ・・・そういえばアルメリア王国は伝統的に女神の末裔であるアルメリア人優位社会が形成されやすい性質を持ってたのよね。

 旧敵国である公国と国境を接している私たちの領地だと融和政策とるしかなかったからスッカリ忘れてたわ」

「それに身分差があまり意識されてないようでしたので、見ていて楽しかったです。王都と言う場所はもっと差別感情が強い場所だと思ってましたので」

「まぁ、庶民にとっては上の政治的都合なんてどうでもよいと言うことなのでしょう、きっと。

 恥ずかしげもなく居丈高な態度で当然のように袖の下を要求してくるアルメリア人の役人よりも、利益のために心にもないおべっかを言い合えて商談後には笑顔で杯を酌み交わせる蛮族出身の商人の方に親近感がわく・・・人として当然の感情なんだし気にするほどのことでもないわよ。

 常識として覚えたなら、王城へ登城しましょう。余計な一手間のせいで貴重な時間をドブに捨ててしまったから」

「・・・伯爵家の実質的当主である愛すべき妻が、超タカ派な主義者である件について・・・」

 

 

 

 

 こうして私たちはお城へと向かい、第一第二を通じて初めての西洋のお城デビューを果たすことになった私なのですが、シンデレラなんかと違い貴族にとってのお城に登城するのは職務の一環でしかないので割と平凡なやり取りが続きました。

 

 来た旨を伝えて、身分を明かして証明して、待合室へと案内されてからは、ひたすら待つ。ようやくやってきた侍従長様から勿体ぶった口上と、「陛下はご多忙故にお会いになれないことを非常に残念がっていてドータラコータラ」系の話を真面目な顔して相槌うちながら聞き流す。

 

 ようやく解放されて自由時間になった頃には、夜の晩餐会まで残り三時間と言ったところ。

 とかく着替えに時間をかけまくるのがステータスとなっている中央貴族の皆様方にとっては今から準備してちょうどよいと言う時間帯。よく計算されているみたいでビックリです。

 

 

「さて、私たちは暇つぶしに城の中でも散策してきましょうか。夜会の際に見せびらかすため、ことさら気合いを入れて手入れされたけど、誰も見にくる人のいない王族の自己満足用庭園なんてどうかしら?

 ちょうど花が見頃の時期だし、見せつける目的で何代か前の国王陛下が耄碌して作らせた場所だしで、誰でも気軽に入って褒め称える権利が与えられてる珍しい場所なのよ? あまり知ってる人はいないけど」

「では、そこに決定ですね。今の時期に他の貴族の方と出会ってしまえば腹のさぐり合いしかやることなくて暇するだけですから。暇なときに暇つぶしでやることでもない訳ですしねー」

「・・・・・・祖王陛下の御霊よ、お静まりください。私の妻と子供は自分が何を言っているか分からないのです・・・」

 

 なんか父が処刑される寸前の伝説的偉人聖者がごとき祈りと懺悔をくりかえしてますが、なんかあったのでしょうか? よく分からんです。

 

 

 

 んで、庭園に到着です。

 

 

「ふむ・・・・・・花が咲いてるわね」

「咲いてますねー」

 

 他に言いようがありそうなもんでしたが、こういう場面で気の利いた言葉がスラスラ出てこさせられるほど文学作品読んでこなかった私と母です。

 読むのはもっぱら史書と古書。どちらも今のアルメリアでは一般常識として認知されてる事柄とは『全く違う内容が書かれてる』、古い時代のアルメリア公式出版本。

 

 あと、昔の貴族が書いてた日記。

 赤裸々な貴族生活の内情が見て取れて、意外とこれが楽しいのです。

 

 

 

「ーーおや、君は・・・・・・」

「・・・??」

 

 花壇の陰から出てきたのは、絵に描いたような美形の王子様。

 少女マンガとかだったら登場シーンで背後にバラが咲き乱れてそうなイケメンです。

 金髪碧眼、白皙の肌。スラッとした長身に、豪華すぎず趣味の良い騎士装束。

 ここまで来るとやりすぎ感が否めない程度には、『貧乏旗本の三男坊を名乗ってそうな秘密警察お忍び将軍』を彷彿させてくれる王侯貴族の子息様がご登場されてきたようでした。

 

「僕以外の貴族がここを知っているなんて珍しいね・・・。折角だし名を聞かせて貰っても構わないかな? ーーっと、そうだった失礼。人に名を尋ねるときには、まず自分からが礼儀だね。では、改めて」

 

 聞いてねぇし。聞きたくもねぇし、帰りたくて仕方がないし。

 もとから暇つぶしに来ただけで花なんかに興味は少しもない前世男で、現辺境貴族の小娘には面倒くさいのに出会っちゃったなーとしか思ってないし。

 

 ーーちょ、お母様!? 「・・・じゃあ、私はこの辺で。後はお若い人たちだけでご自由に」って、お見合いの時の要領で娘置いて一人だけ逃げ出さないでもらえません!?

 一応相手、貴き身分のお方であるっぽいんだし・・・って、隠しているから母の方が上じゃん! 公爵の息子だったとしても幼い子供の今は成人した伯爵婦人よりも儀礼的には下の立場だから傲慢な態度も許されちゃうんでした!

 

 つまりは今この場で一番下っ端なのは私! 上位者の都合に振り回されなくてはならない下々の身分と言うことなのかーーーーーーーっ!!!!!

 

 

「僕の名前はビクター・ル・セリアス。これでも一応、名家の次男なんだよ。よろしくね、雪のように綺麗な銀色の髪のお姫様」

 

 キラキラ笑顔で気持ちの悪いことを言ってくるビクターさん。

 私は自己紹介を返しながら、頭の中で引っ張り出しているのはアルメリアの貴族名鑑。貴族の娘のたしなみとして覚えなきゃいけないもんなんだろうなーと思って子供の時から(今も子供ですが)読み続けてきた本でしたので内容はわりかし頭に入ってます。

 最低でも主要な上級貴族の家名を忘れたり間違えたりすることがない程度には。

 

「はじめましてビクター様。わたしはショート伯爵家が一女、セレニア・ショートと申します。

 あの・・・大変失礼とは思いますが、一つお尋ねさせていただいても構いませんでしょうか?」

「うん? 僕とあって最初にしたのが質問という子も珍しいな・・・。面白そうだし僕も聞いてみたい。名ので喜んでお受けさせていただくよ?」

「ありがとうございます。ではビクター様。ーーーーあなた様は本当にセリアス伯爵家のご子息様なのですか?」

 

 ぴくり、と。それまで鉄面の笑顔を保っていたビクター様のさわやかさにヒビが入る音が幻聴として聞こえた気がします。

 ですが、所詮は幻聴です。心に形はなく、実体はない。

 脳の機能が理解される遙か以前に産み落とされた心という概念。それが当時の世相で特別な物扱いされるようになったが故に生まれた幻想と、音による演出手法。そんなものに文系の私は興味がありません。

 二次元でなら別ですが、リアルにおいてその手の表現を用いることにカッコ付け以上の意味などないのです。

 

「セリアス伯爵家はあまり表の政治に関わってくることがないせいで知名度の低い名家ですが、古い時代には国の陰から王の政治を支え続けた旧名門です。

 今では直系が絶え、五代前の国王陛下が小姓のひとりに家督継承を許されて、血縁的には関係のない貴族が名跡を継いだと聞き及んでいますけど、その方の子息たちは全員が成人。ビクター様のもつ条件には当てはまらないと感じられます」

 

 長広舌を終えて私が見つめる先では、見た目だけはいい王子様が薄く笑いを浮かべていおられます。

 

「・・・仮に僕がセリアス家の人間でなかった場合、君はどうする? 走って逃げて助けを求めるかい? それとも命乞いでもして僕の歓心を買おうとでもするのかな?」

 

 私は小首を傾げながら、返事を返します。

 

「それは貴方のお答え次第でしょうね。別段、自分に害が及ぶ理由で身分詐称しているのでなければ、いけ好かない憲兵に告げ口する趣味もありませんのでね」

「・・・・・・・・・」

「単に知ってて黙っていたら実害がある場合には、黙って見過ごすのも言葉にして確認とるのも同水準なリスクを伴いそうでしたので聞いてみただけです。

 私と我が家に害がないのであれば、時になにもする気はありませんのでお気になさらず・・・・・・」

 

 言葉の途中で切って、相手の顔を見る私。

 なにが面白かったのか、「く、くくく・・・」と暗い笑みを浮かべながら俯きだしてしまったイケメン王子様って、マジ厨二。

 

「あー・・・やっぱり君は僕の同類だったんだね・・・。僕とおんなじ、自分さえ良ければ他人なんかどうでもいい類の人間だ・・・」

 

 いやまぁ・・・普通の人はみんなそうなんじゃね?

 

 本音ではそう思っていて、世間体とか周りの目とか収入とか今の地位とか世間的評価とか色々と考慮して自分の中でプラスマイナスを計算し、結果的に「我慢するのがプラスになる」と答えが出たら周りにあわせて黙り込む。「マイナスあるけど言いたいのを我慢できない!」ってなったときには本音を怒鳴り散らす。

 

 その程度のもんだと私は思ってまいますのでね。

 人間の本質が悪だとか善だとか、醜いだとか美しいだとか、そんなもん個人の主観でしかないんだし勝手に決めつけちゃってよろしいのではないかなーと。

 

 どうせ他人には口に出さなきゃ聞こえないんだし、思ってる分には自分の勝手。

 マジで心の底からどうでもいい~。

 

 

「ショートさん、僕はね。こう見えて意外と努力家なんだ。自分で言うと陳腐に聞こえてしまうのは分かっているけど、嘘じゃあない。真実なんだよ。

 客観的に見た僕は、容姿家柄才能すべてに恵まれた貴族界のサラブレットそのものに見えていたんだろうけど、それは偽りの僕であって本当の僕じゃあない。欲しいと思った物の大半は望むだけで手に入ることも、自分が努力しない限り決して手に入らない物が存在することも知っている人間が僕なんだよ」

 

「でも、周囲の大人たちは僕のことを『天才児』として褒め称えるだけで、誰も努力して成し遂げた結果であるなどとは思ってくれない。

 努力して作り上げた偽りの僕が結果だけで評価されて、本当の努力家な僕の存在は僕しか知らない。

 演じているだけの僕を、他人を演じる他人の僕を、赤の他人である大人たちから褒められたって嬉しいと思えるはずがない。

 だから僕は本当の僕を見てくれる人を求めていた。僕の努力を褒めてくれる人を求めていたんだよショートさん。

 君なら分かるよね? 僕の価値が? 僕の努力による成果が? 真実が? メッキの剥がれた本当の僕が・・・・・・っ!!!」

 

 

 

 

「ええ、一応は。

 ーーー努力の果てに理想の自分を作り上げたら「思ってた反応と違ってた」。だから「求めてた反応をしてくれそうな人を捜そう」ーーーー。

 そんなグチを初対面の7歳児幼女にコボし出すダメ人間が、貴方の努力してきた今までの結果であり集大成なのでしょう?

 そんな貴方を私が査定するとしたら、こう言いましょう。『1エキューの価値すらありません』。

 他人と共有してこなかった、自分にとってのみ意味のある綺麗で貴重な思い出は・・・・・・0エキューでしかないのです」


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