「私はずっとこうして生きてきました。だから変われません。変わり方が解らないのです・・・」
か細くつぶやかれたその声は普段と変わらず何の感情も映し出してくれなかったけど、俺にはなぜだか今の彼女は昨日と少しだけ変わって見えていた。
・・・いや、違うな。感情が変わったのは彼女じゃなくて俺の方だ。俺が彼女に向ける感情で変わったのであって、彼女の感情は何ら変化していない。
“変わろうとし始めたばかりの今はまだ”、何も変わる事なんかできてない。一足飛びに変われるのなら、彼女がこんなに苦しむことなんてなかった。
変われないから彼女は苦しみ足掻いて敗け続け、それでも諦めることなく戦い続ける強さを持つ事が出来たのだから。
そして彼女の“強さ”に憧れたから、俺は・・・俺たちは今この場にいられてる。
彼女が最初のボタンをかけ間違えてくれたから、俺もまた自分の勘違いに気付くことができた。自分の選んだ道は間違いだったと認めて受け入れる“勇気と言う名の強さ”を持てたのは彼女が今までずっと変わらずいてくれたからだ。
だから――
俺は――
彼女の事を――
変わりたくても変われない、不器用な少女の事を。
色々知っているくせに、自分の変わり方さえ知らなかった年相応の女の子の事を。
「・・・・・・もしかしたら一生かかっても変われないのかもしれません。期待だけさせて何一つ報いることができないかもしれません。私と共に歩む道を選んだせいで貴男だけが一生を棒に振る結果しか待っていないのかもしれません・・・」
「でも・・・」と、彼女の小さな掌が俺の服の袖の端をちょこんと握る。
たったそれだけの細やかな行為。子供の手習いだって一日もかからず行き付ける程度の事をしてくれるようになるまで何年の時間がかかったか? 何万キロの旅程を踏破してきただろか?
数えるのもバカバカしくなる程の旅路の果てに待っていたのは、“ちょこんと”触れてきた手の温もりだけ。
大損だ。損得勘定がすべてのこの世界で、これほど掛かった労力に見合わない報酬はない。全く以て時間の浪費も良い所だ。
だからこそ。
俺は彼女を。
ここまで頑張ってようやく手に入れられた報酬を。
今までの人生すべてを書けて手に入れた報酬を手放すなんて破産宣告は死んでもしてやらないと心に決めていたのだから。
「お嬢、何度も言わせないでくれ。俺はアンタに変わって欲しくて苦労してきたんだ。アンタが変われないままじゃ、俺の一生が台無しになっちまう。大損なんだよ」
「・・・・・・」
「だから一生かかっても変わってもらう。人生の最期の瞬間でようやく変われた瞬間に、アンタが喜んで笑ってる笑顔を見てから死んでやる。そうでもしないと割に合わない。それぐらいに莫大な先行投資をしてきたんだから、それを見る権利ぐらいは保証してもらうからな?」
「あっ――」
「支度金代わりだ。これ位は変われてない今のアンタでも払える筈だろ? 心と体は別物なんだからな」