試作品集   作:ひきがやもとまち

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ハーメルンで最初に投降した処女作を、思い出しながら再現してみたオリジナルファンタジーです。セレニアの初登場作品でもありますね。

後の彼女につながる要素も多くありますが、基本的には別物の病んでる転生幼女として描かれてます。胸糞いっぱいの作品ですので読まれる方はご注意を。旧題は忘れました。


この美しい世界に幸せを。醜い私には断罪を。救いは必要ありませんーー。

 ーー目の前では、きれいな会話が繰り広げられている。

 

「ーー明日はお母さんが見に来てくれるんだっ! だからガンバるの!」

「ボクはお父さんが来てくれるんだよ! いつもはお仕事で忙しいけどガンバってくれたの! スゴいの!」

 

「ーーわたし、明日は先生からの質問に答えられるようガンバる! ガンバってお母さんに褒めてもらうの!」

「いーなー。私のうちは忙しいからダメって言われちゃった・・・。でも、その分お休みの日にいっぱい遊んでくれるって言われたから許してあげたの! スゴいの!」

 

 

 ーー親への感謝と敬愛を示す綺麗な会話が、教室の中を満たしている。

 それは本当に綺麗で綺麗で美しくて尊くて・・・・・・痛みと苦しみで泣き叫びたくなるほど激痛を味あわせてくれる最高の景色。もっとずっと見ていたくなる、世界でもっとも優しい綺麗な地獄。

 

 無垢な子供の言葉を聞くのは最高だ。あまりにも稚拙で物知らずな発言が、相手を見下す自分のバカさ加減を浮き彫りにしてくれる。

 裏表ない感謝の言葉は最高級の嗜好品だ。相手の甘さに酔いしれて、知らなくていいことを知っている自分は偉いのだとする錯覚にも酔いしれられる。

 

 人は自分を映し出す鏡だ。だからこそ人は他人をバカにする。鏡に映った本当の自分を否定して、自分の妄想世界にしかいない幻想の自分が真実なのだと信じ込むために。

 

 

「ーーすいません、ちょっとトイレに行ってきます」

 

 誰も聞いていないと分かり切っている断りの文句を言って席を立つ私。

 綺麗で痛くて最高の刑場ではあるけれど、自分みたいなのが居続けて利用していい場所ではないと思えたから。

 ・・・いや、違うな。欺瞞はやめよう。偽善はやめよう。自分はただ本命に会いに行きたいだけなのだから、素直に嘘偽りなく自分の中だけでも認めてしまおう。

 

“痛みが足りない”のだと

“罰が足りない”のだと。

 

 私はただ、クラスメイトの粒ぞろいな刃ではなく、最高の処刑執行人に死神の鎌を振り下ろしてもらいたいだけなのだから・・・・・・。

 

 

 

「あら、セレニアさん。また今日もお会いしましたわね」

 

 目的地に着き、お目当ての人物を呼びだしてもらうため顔見知りの上級生の方を呼び出させていただき、会釈して用件をお伝えします。「あの方は御在室でしょうか?」と。

 

 相手は仲介役にされたのに関わらずイヤな顔ひとつ見せずにうなずき返し、優しい笑顔で応じてくれます。

 ああ、やはりあの人の周りはこんなにも綺麗な人で溢れていて羨ましいですね。私なら一日中とどまり続けて拷問モドキを味あわせてもらえたでしょうに・・・残念です。

 

「ええ、もちろん。むしろ「今日は昨日より遅い」とお怒りになっていて大変なところでしたのよ? あの方はセレニアさんが大のお気に入りですからね」

「光栄です。私などに過分な評価を・・・」

 

 恐縮して見せながら、内心では笑っている自分を感じました。

 

 ・・・この私がお気に入り? “俺みたいな汚らしい生き物”を? それは光栄なんかじゃなくて、私にとってのみ都合がいい誤解であり錯覚でありーー地獄で天国だ。

 こんなに苦しい過大評価はない。罪悪感で死にそうだ。・・・おかげで一言返す度に針山地獄が歩けるから楽でいい。

 嘘をついたら痛みを味わう正しい対応、ふさわしい地位。

 

(・・・本当にあの人は名君の素質を持っているのかもしれませんね・・・)

 

 そんな都合のいい空想で自分を誤魔化しながら待っていると、目前に立つゆるふわな微笑の方を押しのけるようにして、一人の女性が教室の中から飛び出してこられました。

 

 

「セレニア! 今日はくるのが遅いから心配してたのよ?」

 

 黒髪と黒瞳、日本人的な美貌を持ちながら黄色人種にはあり得ない肌の白さを持つ絶世の美女。

 この国の第三王女にして、幼年学校が併設されている王立学院で生徒会長を勤めておられる生粋のお姫様。民衆からは「聖王女」と称えられ慕われている汚れなき美人。

 

 つまりは、私にとって異世界最高の断罪人・・・。

 バカな私が、人を見下すことで賢いと思いたがっていた馬鹿でしかないことを思い出せさてくれる大切な人。

 ごく自然な知性と賢さで以て、初等部では優等生と呼ばれている自分が理屈をこねて利口そうに見せかけるだけに特化した卑怯者でしかない事実を思い知らせてくれる大事な人。

 

 私の大好きな断罪人。綺麗で綺麗で優しくて、醜い自分の醜悪さをこの上なく実感させてくれる素敵な女性。

 ずっと一緒にいたい人。ずっと地獄を味あわせて欲しい人。

 

 優しくされると罪悪感に苛まれ、礼儀を守ると嘘つきの自分を思い出せる人。

 開けっぴろげな好意により、悪意を礼儀で包んで身を守っていた自分の保身を思い知れる人。

 

「見てちょうだい! 今日は調理実習でクッキーを焼いたのよ! 貴女に食べてもらいたくて思いを込めて作ったのだから、早く食べて感想を聞かせなさい! 今すぐに!」

「はい、姫様。よろこんで」

 

 笑顔を浮かべてそう答え、私は彼女のクッキーを頬張る。

 ・・・・・・血の味がした。刃を飲み込み喉を切り裂き、心よ切り裂けろと願う私の願望が作った幻痛による、幻の血の味が。

 

 愛情は最高の調味料というけれど、あの言葉に偽りはなかった。確かに、このクッキーからは最高の味がする。愛情で満ちている。

 ーーそう錯覚できるだけの願望充足機能が最高性能で備えられている。

 

 痛い痛い。痛くて美味しい。美味しいからこそ、痛くて辛くて苦しくなれる。

 甘さに血の幻痛が含まれて、絶妙なさじ加減を演出してくれている。

 

 ああ、嬉しいな。嬉しいな。最高だな。この異世界は本当にすばらしいもので溢れてる。

 ずっとここにいたい。ずっとここで苦しみ続けたい。

 

 

 ーーだって自分はクズなのだから。クズとして生きてきたのだから。死んだ後には罰が与えられるのが相応しい。優しさも幸せも必要ない。罪人に救いは要らない。罰だけ与え続けていればそれでいい。

 

 神様が許そうと許すまいと知った事じゃない。そんな奴のこと走らない。あったこともない。会ってないから罪を成した覚えもない。罪悪感も感じられない。そんな相手に裁かれたところで嬉しくも何ともない。

 

 私は私だ。私が私を悪だと決めた。裁かれるべき罪人であると断定した。だから裁く。他人からの許しも救済も必要ない。転生の神様が与えた第二の人生だって、断罪のために利用してやる。

 

 

 私は死ぬまで生きてやる。痛みと罰を求める生活を死ぬまで続けてやる。止まってなんかやるものか。

 足がないなら這えばいい。腕がもげたら転がって進め。痛みがある内は死んでない。死んでないなら生きろ。痛みの中で死ぬために。死ぬまで生きろ、苦しむために。

 

 今の生活が終われば次にいける。次の苦しみにいける。この異世界で今の地位なら、もっと苦しみを与えてもらうことができる。綺麗さ以外の苦しみと痛みを味わうことができるだろう。

 

 

 だから今はこれでいい。子供の内はこれでいい。自己満足の自己嫌悪と、過去を思い出して反省する無意味な行為に浸る自分を見下せるだけで十分だ。後の苦しみは、歳とともに勝手に付いてくる。

 

 現代日本のクズな若造が、チートも与えられないまま異世界で貧乏貴族に転生できた幸運に感謝を。ありがとう。これで私は死ぬまで痛みには困らないでしょうーーー。

 

 

「本当に美味しいですね、姫様。まるで天国になっているという果実みたいです」

「イヤだわ、そんな・・・。いくら何でも、それは誉めすぎと言うものよ? 相手を甘やかすのは悪影響しか与えないのだから改めなさい。メッ!」

「はーい」

 

 子供らしい返事をしながらも、私には嘘を言ったつもりはありませんでした。本当に天国になっていると言われている果実の味がしたのです。

 

 ーー自分が天国に行くなど許されない大罪。身の程知らずな妄想による自責の念がさらに味をよくしてくれる。本来の美味しさの引き立て役になってくれている。

 

 

 前世でろくでもない人生を送った私にとって天国とは、夢見ただけで激痛を味わえる綺麗なところ。罰と痛みと苦しみだけが相応しい私が決して行ってはいけないところ。

 だからこそ尊い。だからこそ愛おしい。

 その場所に生えている果実と同じ味がする、このクッキーと同じように。優しくて甘くて美味しくて、痛い。最高の甘味。

 蛇の誘惑に負けたアダムとイブには最高のご褒美ですよ・・・・・・。

 

 

「本当に美味しいです、お姫様。分を弁えない勝手な願いではありますが、次も食べられる機会がありましたらご相伴させて頂いても構いませんでしょうか?」

「ええ、もちろん! 喜んで! 貴女が食べてくれると言うなら、次はもっと美味しくできるよう思いを込めて作るわね♪」

 

 それは嬉しいですね。次も期待できそうです。

 ・・・きっと今よりもっと美味しくて、もっともっと痛くて苦しい血の味が味わえるクッキーを食べさせてもらえることでしょう。

 

「楽しみです。本当に・・・心の底からーーーーーー」

 

 

 

設定:

 徹底した身分制度と、貴族制が敷かれている王国が舞台。幼年学校も上流貴族の子息たちが通う為の本校が別の場所に作られているため、結果として差別感が生じにくい。

 

 人は上流貴族と「それ以外」に区別されており、上流貴族たちは自分たちより下の者たちに興味がなく、政争に明け暮れているため下々の民に介入してくることは少ない。

 

 ヒロインも王女とはいえ末娘であり、上二人が有力貴族との婚姻が決まっているため予備としか思われておらず、それ故に一定の自由と放置が与えられている。

 

 主人公が思っているほど綺麗な世界ではなく、汚い感情で溢れているが「出世しない限りは見る機会がほとんどない」だけ。

 

 王女ヒロインは物心つく前より汚い王国の現実を見せられ続け、貴族制に嫌気が指したことから中流貴族用に併設された幼年学校中等部に入学することを希望したことから現在の立ち位置を手にしている。

 

 やや人間不信気味だった頃に、人の尊さばかりを絶賛するセレニアと出会って惹かれるものを感じたことから付き合いが始まっている。

 

 実はセレニアの内心は薄々とだが察しており、それでも尚「良し」として受け入れながら、届かない思いを届けようと無駄を承知で足掻き続ける学園生活を送っている。

 

 

今作セレニアの設定:

 前世で犯したバカな自分の傲慢さと愚考によって、自己嫌悪の塊になっている転生者の少女。

 この世界では没落した貧乏貴族ショート伯爵家の長女で、12歳。

 人との出会いに恵まれなかった場合のセレニア、その可能性のひとつ。

 自己否定が他者への賛美に直結している変わり種で、端的に言って病んでいる。

 性根は暗くて自罰的。自己否定が第二の本能と化している。

 異世界が綺麗なだけではないことは知っているが、立場的に知れる範囲が限られているため想像の域を出ておらず、“妄想に意味はない”として今の苦しみを満喫することを優先している。

 実際、年齢が上がれば自然と思い知らなければならない立場ではある。




CM:
誰か当時の今作をコピペして残してたりした場合は送ってください!お願いします!
昔のをサルベージしようとしたら全然できなくて困っていますので!

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