衝動的な愛情を理由に書いた話ですので、細かいところでのご指摘などはご勘弁のほどを(;^ω^)
「えー、じゃあ前回と同じくブレインストーミングからやっていこうか?」
一色に誘われてやってきた合同クリパの準備会で、海浜総合の生徒会長だという玉縄が、仲間を横目で見てから始められた会議は、いきなり格好よさげな横文字から始まった。
え、なにそのかっこいいやつ。俺そんな技撃てないんだけど?
・・・とか、一瞬だけ思いかけるほど格好いいひびきを持つその単語は、要するに集団で自由にアイデアを出していく会議手法の一つだ。
厳密には違うのだが、会議に参加しているのに地位が低いからと新人とかが遠慮して良い意見を言えなくなるのは組織全体から見て不利益だから無礼講でいきましょう、的な意味合いだと思えばいい。
アイデア出しの時点だと、質より数が出されることが重要なんだし、まぁ間違ったやり方じゃないんじゃねぇの?
「議題は前回に引き続いて、イベントのコンセプトと内容面でのアイデア出しを・・・」
玉縄が議事を進行していくと、海浜総合高校側はぽつぽつと手が挙がり、それぞれが考えたであろう意見が披露され始めた。
「俺たち高校生への需要を考えると、やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションをおこしていくべきだと思う」
向こうの誰かが言った。
ふむ、なるほど。一理ある。――強いて問題をあげるとするなら、玉縄の『ブレインストーミングから』の方が百倍かっこよく聞こえる小学生向け英単語を使ってたなーと思ったぐらいのものだろう。
おい、眼鏡。意見と同じで頭良さそうに見えるのは見た目だけかよ、国語学年三位で、理系は下から二番目の俺でも中学レベルはいけるぞ、たぶんだけどとも感じたけど口に出すほど大した問題じゃあない。面倒くさいし、もうしばらくは静観していよう。
「そうなると当然、俺達とコミュニティ側のWIN-WINの関係を前提条件として考えなきゃいけないのね」
またしても向こうの誰かが言った。
まぁ、これも分からんでもないかな。もてなす側ともてなされる側が対等ってなんだよ、とは思うけども。
友達感覚で客と触れ合いたいならコミケ行け、コミケ。夏と冬の有明会場に。あそこなら客も売り子も同じ参加者で対等な関係が前提だからと言いたくもなったが、別件過ぎるし言わないで黙っておくのがヘルプ要員としての筋という物だろう。・・・サボりじゃないよ?
「そうなると戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要があるんじゃないかな。それでコンセンスをとって・・・・・・」
さらに向こうの誰かが言った。
子供向けのイベントとは言え、高校の生徒会役員が会議して計画するクリパを、コスパ考えないでどう運営するつもりだったんだコイツ・・・?
つか、必要となる経費を試算して見積書を書いて過剰な分を削ったり、足りない分を指摘したり、1円でも安く買える店を探してみるのが運営委員の仕事なんじゃねーの?
秋にやったトラウマ物の文化祭で記録統計係やってた黒歴史記憶がまざまざと思い出させられて嫌すぎるんですけども・・・。
そんな風に黙って会議を聞きながら、ふと思う疑問に気がつかないフリするのが無理になってきた。
・・・・・・なんだ、この会議モドキ。
何やってるのか全然わからんうえに、連中が何について話しているかもよくわからん。これはあれか、俺がアホだからなのか? それともコイツらの方がアホなだけなのか?
不安に思って、隣で頷いたり「ほー」と感心したような声を上げてる一色に小声でこそっと確認する。
「一色、今これ何やってるの?」
「え? ・・・・・・さぁ?」
さぁってお前・・・。卓球の愛ちゃんじゃないんだからさ・・・。
「まぁ、向こうがいろいろ提案してくれるんですよ」
「ほーん・・・」
向こうが考えてくれるって言うなら、こっちは実作業だけやればいいから楽だな確かに。それなら俺一人でも十分まかなえそうだし。
・・・問題は、相手が考えてくれてる色々な提案が何やるためのもんなのか全然わからんうえに、俺達がやればいい実作業を決めてくれてるはずの連中が何について話してるのかもよくわからんって所だけかな・・・。
「みんな、もっと大切なことがあるんじゃないかな?」
俺と同じ疑問点については、議事進行を務める玉縄も感じていたようだ。
重々しい口調で玉縄が言うと、座に緊張が走った。次に彼が何を言うのか、注目が集まる。
「ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ」
それ、同じこと言ってんじゃねぇのか? 何回考えちゃうんだよ。
あと、論理的じゃなく物事を考えるってどうやるものなんだろうか? 感情の赴くままに考えるとか? 考えるんじゃない!感じるんだ! ・・・考えるのやめちゃってるじゃん・・・。
「お客様目線でカスタマーサイドに立つって言うかさ」
だから、それ同じこと言ってんじゃねぇのか。何回客になってんだよ。
あと、お客様目線に立ってコスパ考えた上に、俺達ともWIN-WINな関係を築くことが前提って難易度上げ過ぎちゃってるし。
俺、文化祭の時に記録取らされてたから分かっちゃったよ? この会長さん、自分が始めさせたブレインストーミング形式での会議内容を全然記憶してねぇ。完全に聞いてるフリして聞き流してるだけだコイツ。
若干引きつった笑みを浮かべてたと思う俺をおいて、他のみんなはなーるほどみたいな表情で目をきらきらさせながら玉縄を見ている。
・・・・・・だめだ、この会長と同じパターンのダメ人間がいっぱいっぽい。玉縄が自分の取り巻きでも集めてきただけなんじゃねぇのかと疑問に思うほど、その後の会議モドキも流れを変えないままダラダラと続けられていく。
「ならアウトソーシングも視野に入れて」
「でも今のメソッドだとスキーム的に厳しいよね」
「なるほど。じゃあ、いったんリスケする可能性もあるね」
リスケってなんだよ。牛タンの美味しい店? なんでこいつらさっきからカタカナ語ばっか使ってんの? ルー大柴?
他にも、革新的なイノベーション! 対話と交渉ネゴシエーション! 解決策はソリューション! みたいなやり取りが続いていく。・・・本当にこれ何やってんだろうな?
新手のHIPーHOPどころか、彼らの意識がHOPーUPしてるみたいじゃないかと思えてきちゃったよ・・・。
――とはいえ。
やることやらなきゃならんのが、引き受けちまった側の辛いところだ。
イヤイヤながらだろうと俺は雪ノ下の生徒会選挙より、一色いろはのクリスマスイベントを手伝うと自分の意思で決めてしまっている。
自分がやると言って引き受けちまったことはこなすしかないでしょ? 文化祭のときと同じでさ。
我慢して流して、タイミングが来たときにでもヒールな発言を言ってやればそれでいい。
しばらくして意見が出尽くしたのか、あるいは覚えている英単語のストックが切れただけなのか。
とにもかくにも場が静まり、玉縄が「それでは意見も出尽くしたようですし今日はこの辺でお開きに――」と口に出しそうになったのを見計らって俺は口を開いて先手を取る。
「それでは意見も出尽くしたようですし、今日は―――」
「あのー、ちょっと意見言ってもいいですか?」
挙手してから指名される前に要件を口にした俺。今日は総武高側から出された意見はなく、形ばかりだろうと合同開催の形式を取ってる以上は無視される恐れはない。
「ヘルプな上に初参加だったもんで遠慮してしまい、終わる寸前の時間になってからの意見で申し訳ない限りですけども」
俺が形ばかりの謝罪をすると、予想通り玉縄は一瞬びっくりしたような顔をしながらも、すぐさま笑顔に戻って「どうぞ」の一言。
――ま。正直初参加の俺には意見なんて何にもないし、現状すら把握し切れている訳じゃないんだけれども。
それでも言えることぐらいはあるわけで。
「そろそろクリパ開催のため、現実的な会議をしませんか?」
俺の一言で会議室全体が静まりかえって、さっきより重苦しい沈黙が舞い降りる。
「イベント開催日まであと少ししかないんでしょう? 実際には準備もある以上、会議に使える時間はもっと少なくなるのが当たり前。だったら意見の出し合いだけじゃなくて、具体的な数字を出す会議をしないと時間がもったいないと思うんですよね俺は」
「・・・でも、君。みんなの意見を出し合って文化祭をよりよい物にしようと一致団結して努力していくことの方が、数字なんかよりも大事なんじゃないのかな?」
「出し合ったじゃないですか、今さっきまでずーっと意見を出し合うブレインストーミングな会議を。結論が出ないまま出さないまま何時間もの間ずーっとね。
それで意見が出そろったのを確認したから海浜総合の生徒会長さんは『意見も出尽くしたようですし』って言ったんだと思ったんですけど違いましたかね-?」
「・・・・・・」
海浜総合の連中から俺に対しての怒気と悪意が湧き上がるのが肌で感じ取れて、少し恐い。やっぱ俺にはこういう役が向いてるからって、体力的には不適格極まりないんで誰か代わりにやってくれる奴いないもんかな? いてもいなくても誰一人気にしなくて、油断しているところを寝首をかくため忍び寄る忍者みたいな奴とかが。
・・・材木座? まぁ、使い捨ての捨て駒ザコ忍者としてなら有りだよな普通に。
――今回、俺が文化祭の時と似たようで違う立ち位置にあるのは正式に総武高側の代表から要請を受けて会議に出席しているという立場と待遇だ。それを利用する。
海浜側はどんなにイラつかされようとも、俺に退室を命令する権限がない。
要請という形で一色に頭を下げてお願いするか、一色が海浜の心理に配慮してやって俺に退室を命じることで恩を売られるかの二つだけが彼らに与えられている選択肢だからだ。
どちらにしろ、総武高に不利益はない。
要請を受けて俺を退室させた一色は、謝罪するとか誠意を示すとかの形で自由行動権を得る事が出来る。後は事後承諾だ。決めちまった後で巻き込んでしまえば合同開催の上に実質なにも決められていない奴らには黙って従うほかない。
逆に、恩を売れれば今後の会議で一色が主導権を握る事が出来る。まぁコイツの性格上、そこまでは無理だろうが最低限海浜の連中だけで成立している会議モドキは終わらせる事が出来るはずだ。怠けてヒキタニ君の同類呼ばわりされたくないだろうからな。
その後は一色たち立候補して生徒会入りした奴らの頑張り次第だろ。
頼まれて引き受けた分はやってやったんだ。後は文化祭のときと同じで、嫌われ者の雑用係をこなしていればそれでいい。
クリパが成功するかしないかなんて、本来なら会長の一色と玉縄が全責任を負うべき問題だ。責任の所在を不明確にしたまま、なあなあの形で企画実行委員会なんて寄せ集め組織みたいなものを作ったのがそもそもいけない。間違いの元にしかなれていない。
なのに―――
「えーと、みなさん! 今日はもう遅いですし、いったん会議はお開きにして、また後日同じ議題を話し合いましょう! だから今日はお終いって事で!」
「お、おい、一色?」
「もちろん、比企谷先輩の意見も最もですし、時間がないのも事実なんですけど、今日はもう遅いって言うのも事実な訳ですし! ぶっちゃけわたしも、あんまり遅い時間に家帰るとママに怒られて恐いなーって思ってるのも事実なんですよね!」
おどけた様子の一色の言葉に周囲が笑い声を上げる。あまりにも見え透いた追従の笑い方だったが、俺が追求する口実を奪われたのも確かな事実ではあった。
「だから今日はひとまず解散して、次までにそれぞれの学校で具体的なアイデアをまとめてから、あらためて現実的な課題について話し合う会議開催って事で!
以上! お疲れ様でした-! またよろしくー!」
「「「お疲れ様でしたー」」」
ゾロゾロと会議室を出て行く海浜の生徒達。歩幅が広いのは逃げ出しているからだと察しはつくが、指摘して一色の苦労を無駄にするほど野暮でもない。
誰もいなくなり、最後に残ったのが俺と一色の二人だけになったところで帰ろうかなと思っていたら、
「・・・はふぅー・・・・・・」
と、心の底から安心したように気が抜けた表情で椅子に座り込む一色を見せられて、少しだけだけどキョドってしまった。
え、なに。そこまで心労掛けるほど俺の意見ってダメなものだったの? 去年よりかはだいぶオブラートに包んだよ俺。自分の立場と一色の今後を勘案した上でだね。
「あー、もー・・・! なんで先輩はそうなんですか! なんで先輩は“また”同じことしようとするんですか! あーもー! あーもー! あーもー!」
「お、おう。何かスマン。・・・って言うか、“また”って何だよ? 俺お前の前で何かしたか?」
腕をブンブン振り回して目を×にしている由比ヶ浜みたいな表情の一色が俺の質問でようやく落ち着き、涙目になりながら語った内輪話。
「・・・実はわたし、城廻先輩に紹介してもらうより先にクラスの子から聞いちゃってたんです、先輩のこと。その子、文化祭の時には実行委員やってましたから・・・」
「そ、そうなのか・・・」
「その子、今でもすっごく後悔してるんです。“どうして正しいことした先輩が、みんなから嫌われるのを黙って見過ごしちゃったんだろう”って・・・」
「・・・・・・」
「あの時先輩がした事、言った事。その後の事も含めて全部聞かせてもらってます。こう見えて意外と人望あるんですよね、わたしって。だからなのか、その子もわたしにだけ教えてくれて、その後泣き出しちゃって、わたしは慌てる事しかできなくて・・・」
「・・・・・・」
「だからわたしは先輩を求めました。行き詰まったクリパをどうにかしてくれるのは、この人しかいないって。それで先輩はわたしの望み通り動いてくれて、望んでたとおりの結果をもたらしてくれたから・・・・・・悔しくなりました」
「・・・は?」
なんか今のセリフ、文脈おかしくありませんでしたかね一色さん?
「悔しくなったんです。わたしが色々な事にとらわれて身動きがとれなくなってる状況をアッサリ覆しちゃって、手柄を誇るどころか自慢さえしないまま当たり前みたいに生徒会長のわたしに向けて奪い取った主導権投げ渡してきちゃったりもして。
頼まれて引き受けただけの助っ人役員が、これだけ大活躍して結果も出してくれたのに、生徒会長のわたしが何もしないで果報は寝て待てば落ちてきましたじゃカッコつかないじゃないですか。
だから悔しくなりましたので、先輩にはクリパ委員続行決定です。これからもわたしの隣でわたしの仕事を手伝ってください。生徒会長権限により、異論反論拒否権は一切認めてあげません」
「いや、意味分かんないだけど・・・」
なに? この子頭おかしいの? あと、その懐かしいセリフ誰に聞いたの? 平塚独身先生?
一色は「あー、もー、やっぱり言わないとわかんないのかなー・・・」って、しばらくの間懊悩してから
「つまり!」
ズズィっと、俺に顔を寄せてきて。
「先輩のせいでこうなった、わたしの成長を見届けてくれることで責任取ってくださいねって言うことです」