試作品集   作:ひきがやもとまち

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とりあえず書いてみた『ゼロの使い魔』『烈風の騎士姫』のクロスオーバー作品です。
カリンの性格が最低なクズになってますので、彼女のファンの方は読まない事をお勧めします。
続きも書くつもりではおりますが、真面目に書いたために良いか悪いかよく分からず試作品集に入れてテストしてみた次第です。
良ければ何らかのご意見を頂ければと思います。お願い致します。

注:今作のバージョンではカリンが絶望に染まり悪意ある少女騎士になっておりますが別バージョンとして「ルイズに召喚されて死に損なった自分を嫌悪している虚無感に満ちた物静かなカリン」が主役の「烈風は使い魔」もあります。
先に出来たのがこっちだっただけですので、そっちの方がいいと言う方は仰ってください。
そちらの方は比較的原作に近い性格です。ただ、熱を失って静かな態度が目立つだけです。


烈風は使い魔

 ひひーーーーん・・・・・・・・・・・・。

 

 馬のいななきが木霊する。

 命に残されていた最後の残光を短い叫びで使い果たし、永遠の眠りについた愛馬を見送り、一人残された少女はつぶやく。

 

「・・・ついに、本当の独りぼっちになってしまったな・・・」

 

 そして歩き出す。

 雪原の荒野を。人どころか生物の生きてきた痕跡すら見つけられない不毛の大地を一人で歩く。目的地へ向かって歩いていく。

 歩くことしか知らない。それ以外は切り捨ててきた。国も家族も友と呼んでくれた同僚ですら捨てて此処まで来た。来て、しまった。

 

 引き返せないのではなくて、引き返す場所が残っていない。全て燃えつき、灰と化し。今では草木一本残っているのかすら定かでない。

 

 それら全てが自分のせい。自分が道を間違えたから、成すべき事をしなかったから。

 

 つまらない勇気と負けず嫌いのせいで。

 臆病な自分を臆病と認める勇気がなかったせいで。

 

 死ななくていい人を死なせてしまった。

 殺さなくていい人を殺してしまった。

 

 殺してはいけない人を殺し、守ると誓った人を見捨て、果たすべき役割を放棄して。

 誇りに思った黒いマントも、今や炎と返り血で赤く染まっている。

 ご大層な《烈風》の二つ名も、今となっては悪名の代名詞だ。

 裏切りのシュヴァリエ。それが今の自分にはもっとも相応しい忌名だろう。

 

 

 つらつらと。過ぎ去ってきた遠く感じる近い記憶を思い返しながら吹雪の中を進んでいた彼女は、知らぬ間に吹雪が止んで、青白い光が自分を迎え入れるように差し込んできている事実にようやく気付く。

 

 前を見ずに、過ぎ去ってきた過去だけを見つめるため伏せていた顔を上げるとそこには、一つの黒くて大きな鉄の扉が立っていた。

 

「ふふふ・・・はははははは・・・・・・

 魔界の門だ・・・ハハ、くそったれ! ざまあみろ世界中の貴族ども! やっぱり死者たちの集う魔界はあったじゃないか! あははははははは!」

 

 狂ったように嗤い、哄笑し、始祖ブリミルの残した教えのみを絶対視する無能で愚劣な頑迷きわまる世のメイジどもを笑い飛ばす。

 

 重い足を引きずりながら門へと至る道を歩み、堅く閉ざされた扉の前で腰を下ろした彼女は背中を預け、人生最期の時を掛け替えのない仲間たちとの思い出話で締めくくる。

 

「ここから先は魔界だ・・・サンドリアン、まだボクを待っていてくれてるだろうな?

 死んだからと言って約束を反故にしていいなんて、ボクは言った覚えはないんだ。再会したときには必ず約束を果たさせるつもりだから覚悟しておけよ」

 

 一息つき、彼以外の仲間たちと、守ると誓った約束を果たせなかった姫様にも、長年抱えこみ続けた想いを語る。

 

「バッカス、おまえは本当にバカな奴だった。こんなボクを守るためにお前が身代わりになってどうするんだ・・・?

 本当に生き残るべきだったのはお前の方だったのに・・・残された方の身にもなれ。泣きわめくダルシニたちを説き伏せるのに何日かかったと思ってるんだ? 会ったときに思う存分愚痴を聞かせてやるから上手い酒でも用意して待っていろ」

 

「ナルシス、お前はボクよりも格好付けで気障ったらしい、本当の誇り高さを持った男だった。見せかけだけのボクとは大違いだ。

 お前こそが真の貴族だ。お前の中身と見た目が貴族らしくないのは、お前こそが貴族だったからだ。他のカボチャどもと一緒にするな。

 お前が「ボクのために」とかほざいてカボチャどもに突貫し、帰ってこなかったことをボクは今も根に持ってるからな。一晩中恨み言を聞かせてやる。枕を濡らす準備でもしていろボケナスめ」

 

「マリアンヌ姫殿下、ボクが嘘つきで大嘘つきで見てくれだけの役立たずで、なんの役にも立てないボクの為に国まで犠牲に捧げさせてしまいました。この大逆罪は幾たび国を捨てようとも消えることはありません。

 どうか、御身の前まで辿り着きました暁には、愚かなる不忠者に忠罰の刃を振り下ろされますよう伏してお願いいたします・・・」

 

 記憶に残る忘れられない仲間たちとの楽しい思い出。生きて二度と会うことが叶わないと知り、絶望のあまり暴走して出奔し戦い続ける中で何度も夢で交わしてきた語り合いを終えた後、重く深い吐息とともに辛うじて命を繋ぎ止めていた未練さえもを吐き出して、『烈風(かぜ)の騎士姫』と称えられた美しき少女騎士は人生最期の時を迎える。

 

「・・・本当に疲れた。これで、本当に終われる・・・。

 サンドリアン・・・今、キミたちの、もと・・・に・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院の生徒たちは、皆一様に唖然としていた。

 

 二年生へ進級する際に必要となる『使い魔』召喚の儀式。召喚魔法サモン・サーヴァントの実技試験。

 途中、青髪の留学生が稀少種族『風竜』を召還したことにも驚かされたが、今回の驚き具合は先の比ではない。

 筆記は得意だが実技はまるでダメな『ゼロ』のルイズが、定例行事のように数回の失敗を繰り返した後、最後のチャンスをと願い出て行った召喚魔法の詠唱。

 

 さてはて、なにが出てくるものやら。ギーシュみたいにモグラでも喚び出すんじゃないか? いやいや案外、人間の平民でも引き当ててしまうかもしれないぞ? 平民を使い魔にするメイジだって? そりゃ傑作だ。さすがはゼロのルイズ様!

 

 陰でヒソヒソとこれ見よがしに指を指して嗤いあっていた男子生徒たちも今や黙りこくって固唾をのみ、まさか俺たち巻き込まれて罰を受けたりしないよな?と、顔を青くしながら不安げな様子で怯えきっている。

 

 然も有りなん。彼らの言うとおり、確かにゼロのルイズは人間を召還してしまった。

 トリステインの大貴族、公爵家のご令嬢様が王国史上初めての、恥ずべき快挙を成し遂げる未来を言い当てたのだから、自らの先見の明を誇ってよい偉業である。

 

 だが生憎と、現実は彼らの思い通りにはなかなか進んでくれないものらしい。

 

 彼らの予言は半分的中し、残り半分は完全に外れて、最悪の的のど真ん中へと吸い込まれてしまっていたのだ。

 

 喚び出されたのは騎士姿の少年? だった。

 年のころは十四、五だろうか? 召喚陣の中央に立つその姿はかなり小柄で、自分たち学生と同年代に見える。

 

 安物のような青い厚手の上衣に、けばけばしいフリルのついた白いシャツ。そして、時代遅れの膝が出た乗馬ズボンに、色あせたブーツ。

 

 腰に下がった杖さえもがボロボロで、相当に使い込まれた年代物だ。傷だらけな上に余計な飾りの一切を廃した実用性重視の“武器”は太平の世である今のトリスタニアでは流行らない。

 

 どれもこれも一昔以上前の大昔に流行していたファッションだ。王都では勿論、この王国貴族の庶子だけを集めて英才教育を施す教育機関『トリステイン魔法学院』でさえ生徒たちから嘲笑をかうだけであろう。

 

 だが、この少女とも少年ともつかない浮き世離れした幻想的な美しさを持つ『貴族』に対して、その様な暴言を吐ける勇者は学院内に存在してはいなかった。

 

 そう、貴族だ。よりにもよってゼロのルイズは召喚魔法サモン・サーヴァントを使って『使い魔』に、貴族の庶子を召還してしまうドジをやらかしやがったのだ!

 

「あ・・・あ、ああ・・・・・・」

 

 当の召喚主たるルイズ・フランソワーズ本人自身が誰よりも自分の仕出かしてしまった不祥事に衝撃を受け、立ち竦んでいた。

 

 彼女は貴族であり、この学院に所属する誰よりも強く貴族として成すべき責務と誇りを胸に生きてきた。

 その自負は学力という形で証明され、魔法という貴族として認められるのに最も重要な案件では結果を出せてはいない。

 それが本来素直な少女である彼女の性格を歪めさせる原因になっているのだが、今回それら双方は最悪な形で彼女に悪影響を及ぼした。

 

 貴族に対しての礼儀作法。それは貴族が平民に対して接するものとは別次元のものであり、彼女の中ではより高度で高次元に位置する貴族として果たすべき最大限の義務だ。

 それを汚してしまったのは誰だ?

 自分だ。ルイズ・フランソワーズ・ド・ヴァリエール自らの手で、自らが最も尊く神聖で在るものとした宝物に泥を投げてしまった。

 

「わたし・・・わたしは・・・そんなつもりなんかじゃ・・・・・・」

 

 譫言のようにつぶやき続ける目の死んだ少女の瞳を眺めやりながら、貴族の少年?騎士はぐるりと周囲を見渡した。

 

 

 

 色鮮やかな桃色がかった長いブロンドと、幼さが残りながらも美しいとしか言いようのない顔立ちが、この貴族にこの上もない気品と気高さを与えている。

 そして・・・なんと言っても気になるのは、この安くてダサい衣装に身を包んだ貴族の性別と、いったいどこの国のなんという家名を持った貴族なのかと言うこと。

 

 なるほど、顔は美の化身のように美しく、身のこなしには洗練された貴族らしい礼儀作法の蓄積が見られる。ドレスを着せて舞踏会に出れば、いかなる国の王侯貴族であろうとも彼女と一曲踊りたいと切望するに違いない。

 

 だが、その格好はどう見ても男のものであり、国に仕える貴族が忠を捧げる王家の紋章が、どこを探して見当たらないのだ。

 

 これほど貴族らしさを持つ騎士が、どこの国にも所属していない?

 あり得ない、バカバカしい、もっとよく探せと罵り合う声を右から左へ聞き流しながら、若い貴族はようやく自分を召還した貴族の少女ルイズを見つめて目を眇める。

 

 暗く沈んだ鳶色の瞳。

 死を求めるような、あるいは死からも見捨てられた永遠の孤独を凝縮したような暗くて重い、燃え尽きる世界を瞳の中に閉じこめて永遠に出てこれないよう保存したような暗い雰囲気を纏った鳶色の相貌がピンク色の髪を持つ少女を見つめ、やがてぽつりと呟かれる。

 

「・・・・・・・・・・・・似ている」

「・・・え? あの、今なんて・・・」

 

 よく聞き取れず、ルイズが聞き返そうとしたところ、

 

「ミシ・ヴァリエール! 無礼ですよ! 離れなさい!」

 

 鋭い声で名を呼ばれ叱責されたことで正気を取り戻し、慌てて「し、失礼いたしました騎士様! ご無礼の段、平にご容赦を」男性貴族に対する礼儀に一環として教え込まれた淑女として謝罪の仕草で一礼する。

 

 なんと言ってもルイズは少女、女性である。男性社会の貴族社会においては位のわからぬ男性貴族を相手に礼を失するのは得策ではない。

 ルイズは素早くそう判断し、貴族のマナーとして礼を示しただけだだったのだが、大声で彼女の名を呼んだ風采の上がらない風貌の男性教師は、常には見せない緊迫した表情で若い貴族を睨みつけて、今にも飛びかかって先制攻撃を仕掛けようとしているかの様に殺気だった仕草と表情で杖を構え、身じろぎしない。

 

「ミスタ・コルベール・・・?」

 

 困惑しきった声と表情でルイズは、今までバカにしていた温厚な教師の豹変ぶりに目を剥いて戸惑いの声を発するが、彼はその声を無視して若い貴族へと話しかける。

 警戒を解かず、さりとて貴族に対する礼儀も忘れることなく、生徒を守る役目を負った教師としての責任と義務を最大限押し出すことで自らの行為を怪しまれないようにするために。

 

「突然の無礼をお許しください、騎士殿。私はこのトリステイン魔法学院で教鞭を執っておりますジャン・コルベールと申す者。

 偉大なる始祖の名の下に子供たちを教え導き守ることこそ不肖なるこの身に与えられた王命なれば、尊き身の上の御身に対して杖を向ける無礼をどうか許し賜らんことを」

 

 口上を聞き、年若い貴族は目の濁りを一層強めた彼?は、礼儀正しくコルベール先生に挨拶を返す。貴族として。糞みたいに役立たずな、腐った出来損ないの貴族として。 

 

「詮無きこと。お気になさるな。むしろ、こちらこそご無礼をお許しいただきたい教師殿。貴族たる身でありながら無許可の国境侵犯に、国立機関への不法侵入。

 本来で在れば、この場で切って捨てられても文句の言えぬこの身を前に貴族として遇していただけるとは願ってもない僥倖。この幸運を偉大なる始祖ブリミルに感謝します」

 

 始祖の名を持ち出し感謝の言葉を唱えたことで、コルベールは本能的に感じた彼?の危険性を知りつつも、一瞬ながらも油断してしまった。

 

 彼はハルケギニアの民であり、始祖への感謝の念を持つ純粋で善良な常識人だ。始祖に対する言葉には非常に敏感であり、特に畏敬の形を取った侮蔑の言葉には反吐がでる思いを味あわされてきた分、本物の感謝の念が込められた言葉は判別できる審美眼を持っていると自負している。

 

 だが、まだ甘い。甘すぎる。

 世の中には正真正銘の嘘つきがいるのだ。

 友を騙し、主を謀る、国を利用し、己が一人のちっぽけな願いを叶えんがためだけに犠牲の炎へ焼べつづけ、果ては歴史からも伝説からさえも抹消された忘れられた地『魔界の門』まで至ってしまった大嘘付きの少女が。

 

 彼女から見て、コルベールは及第点だ。

 警戒しつつも見せた純粋さは生来の人の良さを表し、生徒のために貴族を敵に回すかもしれない賭けに出たのは、過去に自分のミスから子供を死なせてしまった後遺症。

 

 愚かなことだ。その程度、戦場に行けば腐るほど転がっている、ありふれた平凡な出来事だろうに。

 

 そう思う彼女であるが、彼以外の子供たちは皆一様に怯えきった不安そうな目で自分を見つめるばかりで対応すらしていない。

 漏れ聞こえてくる会話を聞く限りでは、自分の出自と我が身の保身が気になるらしい。

 バカどもが。心中でそう吐き捨てて彼女は侮蔑の念をぶつめるために、敢えてコルベール先生に邪気のない、嘘で塗り固められた笑顔を向ける。

 

 笑顔にほだされた子供好きの彼は、自ら望んで悪魔の罠へと誘い込まれる道を選び、間違える。

 

「そう言っていただけるは、身に余る光栄に存じます騎士殿」

「いえいえ、こちらこそ。そうやってハッキリと警戒していると告げられた上で杖を向けられるなら、貴族として怒る言われはありますまい」

「ありがたい。いや、まことに無礼な真似をしてしまい、申し訳ござりませぬ。

 あなたのように立派な貴族に対してなんと非礼な真似を・・・」

 

 偽りの謙遜で応じる彼女に、コルベールは誠意あふれる礼儀で接し、そして若い貴族の少女騎士は取って置きの悪意を持って嘘が嘘でしかないことを相手に証す。

 

「本当に、お気にされる必要はないのですよコルベール殿?

 少なくとも、驚愕している子供たちの中に紛れ込んで相手に気付かれないよう『ディテクト・マジック』をかけたことすら秘して、相手に見せかけの礼儀を示して見せた出会い頭のあなたよりは今のあなたの対応の方が余程いさぎよくて清々しい」

 

 ぎょっとして鼻白んだ彼の心の透き間を縫うようにして、若い貴族はさり気なく少女との間に割って入ろうとしていたコルベールの行為を無にしながらルイズの前まで歩み寄り、跪いて名乗りを上げる。

 

「はじめまして、ミ・レィディ。私はカリン・ド・マイヤールと申します。かつて主と仰いだ主君を失い、流浪の旅へと向かう途中、偶然にも感じられた魔力に引き寄せられ異国より参った異端の騎士。

 察するに召喚魔法『サモン・サーヴァント』を使用中、偶然にもわたくしめを引き当てられたと推測いたしまするが、御身のお気持ちは如何に?」

 

 絶世の美少年(少なくとも表面的にはそう見えるだろう。今の若返った姿では)に畏まられて、箱入り娘で世間知らずのお嬢様でもあるルイズの頭は瞬時に沸騰し、冷静な判断力など二つある月の彼方にまで蒸発してしまう。

 

「わ、私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと言います。どうかお見知り置きを、騎士様」

「ヴァリエール嬢・・・。素敵なお名前だ。大輪に咲き誇る薔薇のように美しいあなたにもっとも相応しい家名だ」

「そんな・・・美しいだなんて、誉めすぎですわ。無知で世間知らずな小娘を、あまりおからかいにならないで下さいませ・・・」

「本心から出た言葉ですよ、ミス・ヴァリエール。貴女の容姿はまさに薔薇のごとく美しい。世界に誇るべき至宝だ。隠し立てする必要など微塵もありますまい」

「そんな・・・私なんて・・・」

 

 照れてはにかむルイズだが、この言葉に嘘がないのは本当だ。

 嘘をついていないのだから、背後に立って睨みつけてきているコルベールに割り込む余地など存在しない。貴族同士の社交辞令の場に他者が介入するなど許されてはいないのだから。

 

 そう、嘘はついていない。本心だ。彼女の『容姿』は本当に薔薇のように美しいのだから誉め称えるのに嘘をつく必要など微塵もない。

 

(ほら、簡単だろう? 嘘を本当にすることぐらい訳はない。相手が生きてさえいてくれるなら、いくらだって騙してみせる。だってボクは、嘘で世界を滅ぼした大嘘付きなのだから)

 

「忠誠を誓った主を守りきれず、城と供に運命をともにした戦友たちの敵を討つことさえ叶わぬまま敵に追われ逃げ延びる敗残の身を貴女に救っていただきました。

 願わくばこのご恩、使い魔という名の騎士として貴女に仕え忠誠と供に杖を捧げることでお返しさせていただきたく存じます。如何でございましょう? ミス・ヴァリエール。ーーいえ、我が主ルイズ様。私の忠誠の証を受け取っていただけますか・・・?」

 

 歯が浮くようなやりとりだが、彼女にとっては別にどうという程のものでもない。

 マリアンヌ姫殿下を相手に演じて見せた似非騎士っぷりより余程角落ちした大根演技だし、姫殿下の書かれた頭のおかしいポエムもどきを聞かされた後で誉め称えなくてはならない義務と比べれば労と呼べるほどのものですらないのだし。

 

(今思うと・・・あれは本当にヒドかった・・・。あの時あじわった苦痛と比べれば、大抵の試練は難なく乗り越えられる気がしてくるほどに・・・)

 

 内心でゲンナリとしながらも、カリンは表面上の誠実さと礼儀は一切崩さず主となるべき少女の返答を待ち続ける。

 心の中でせせら笑いを浮かべながら。メイジにも貴族にも、魔法どころか始祖にさえも愛想を尽かした裏切りのシュヴァリエとして本心を嘘偽りで覆い隠しながら。

 

「ーーええ・・・私などでよろしければ喜んで・・・」

 

 落ちた。そしてこの勝負、ボクの勝ちだ。

 心中で勝ち鬨を上げるカリンの顔に浮かぶのは、驚きと喜びの表情。やがて、綻んだように安堵を浮かべ、穏やかに笑って見せた偽りのほほえみ。

 

 

 やがて、茶番劇の幕を下ろす最後の儀式が執り行われる。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 朗々と唱えられた呪文が終わり、カリンの細くて小さな顎をルイズがそっと優しく持ち上げる。

 

 無論、カリンは抵抗しない。大人しく獲物が罠にかかるのを待ち続けるだけだ。

 

 やがて儀式という名の喜劇の終幕を感動的なキスで飾った二人の男女(本当は女女だが)が身を寄せ合いながらも顔を見合わせるためそっと身を離した、その瞬間。

 一瞬の隙をつくようにしてカリンは、若き自分の生き写しとも言うべき純粋でバカなご主人様の耳元に唇を近づけ、小声でささやき、真実を教えてやる。

 

「言い忘れておりましたが、ヴァリエール嬢。私は複数の二つ名ーーいえ、忌名で呼ばれておりましてね」

「・・・忌名? それはいったいどの様な・・・」

「なに、極々平凡きわまりないものですよ。

 『主を裏切り、国さえ捨てた不忠者』『売国の姫騎士』『汚れた烈風』『国を滅ぼし、世界に災厄を巻いた破滅を呼ぶもの』そして・・・『裏切りのシュヴァリエ』」

 

 驚愕に歪む主の顔を、まるで鏡に映った醜い自分の姿を笑い飛ばすかのように、楽しくて愉しくて仕方がないと顔全体で悦びを表現しながらも彼女は最後に、かわいい可愛いお人形さんみたいなご主人様に丁寧な口調に最大限の悪意を込めて取って置きの真実を教えてあげる。

 

「それからもう一つ。これは他言無用でお願いしますよ?

 ーー私はこことは違うハルケギニアから喚ばれた騎士くずれであり、戦火で燃え落ちたハルケギニアの亡国トリスタニアが滅びるきっかけとなった売国奴。主より己の願望を選んだ卑怯者だ。

 せいぜい、扱いには気をつけることですな。でなくては滅びますよ? ヴァリエール家もこの国も、ハルケギニア世界全土さえも。

 世界を滅ぼした実績、お望みとあらばお見せしますので何時なりともご用命下さい。我が主、ルイズ・ド・ヴァリエール。哀れでかわいい、我が愛玩動物よ。

 くくく・・・・・・ははははははははははっ」

 

 絶望に染まる主の顔を愉快そうに眺め、見物しながらカリンは嗤う。裏切りの騎士として。

 

 救われた命を使い捨てるために。自分の命など惜しまないために。捨てるべき命を使うべき場所を探すために。自分とよく似た主殿を玩具として弄び、少しでも過去の清算を果たせた錯覚に浸りたいがために。ただ其れだけの為に。

 

 

 

 終わりを迎えた『烈風』の物語は、時空を越えて再び幕を開ける。

 彼女がもたらすのは破滅か名誉か、あるいは戦乱渦巻く地獄の業火か。

 

 はじまりの今、その結末を知るものは誰もいない・・・。

 

つづく


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