長谷川千雨は喫茶店に足を運ぶ   作:Mamama

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※随所にお酒の力を借りて悶絶しながら書きました。一応推敲してますが、もしかしたら文脈的におかしなところがあるかもしれません。
※明日菜がキャラ崩壊していますが、仕様と思って諦めてください。

上記の注意事項に留意し本編をご覧ください。


7話

コーヒーの湯気が立ち上る。ブラックよりも苦味にキレを持たせたイタリアンローストだが、神楽坂の方は意外というか、案外気に入った様子だった。子供教師にギャーギャー喚いているいつもとは違い、マグカップを傾けるその仕草だけでぐっと大人びて見える。あの神楽坂が大人というのは致命的に似合わない気がしたが、こうやって面と向かって観察してみると案外似合っている。

 

「・・・美味しいわね、これ」

 

 マグカップの中のコーヒーをまじまじと見つめながら神楽坂が言った。行儀悪く肩肘をついてマグカップを揺らすだけの動作だが、どことなく、なんというか表現に困るが気品というものがあるように見えた。一瞬そんなことを考えてしまったが、気品という神楽坂からほど遠い名詞にうすら寒いものを覚える。

 

「缶コーヒーのブラックとかよりも苦いけど、飲みやすいわね。千雨ちゃんってこんな特技あったんだ」

 

「ん?まあな。今回淹れたのはイタリアンロースト。苦味は強いけど、いいもんだろ」

 

 私としてはちょっと雑味が混じってしまっているようで今回の出来は満足いくものではないが、流石にそのレベルを神楽坂に要求するのは酷だ。美味しい、と言ってくれるだけで今回は十分。

 

雑談をしながら一服。弛緩した空気に身を任せすぎてしまうと本題を忘れてしまいそうになるため、私としても少々名残り惜しいが、話を進めることにする。

 

「高畑先生とは年も大分離れてるだろ?なんで高畑先生を好きになったんだ?」

 

「いや、それは・・・」

 

 神楽坂は真顔で言われると恥ずかしいわね、と頬を掻いた。

 

「今はこうやって寮生活だけど、初等部の頃は高畑先生のところにお世話になってたのよ」

 

 私の真剣な顔を見て観念したのか、ため息を一つつき、話し始める。

 

「そうなのか」

 

 初めて聞いた話だ。高畑は神楽坂の保護者で神楽坂は子供教師の保護者。この三者になんらかの因果関係があるのではないか、と邪推してしまうのは私の性格が捻くれているからだろうか。まあ今日のところは関係ない。

 

「そんな積極的に誰かに話すような事でもないしね。この髪留めも高畑先生からのプレゼントよ」

 

「へえ」

 

 大きな鈴の付いた髪留めを手で触りそう教えてくれる。髪留めについているベルが揺らされたことでチリン、と音を立てた。毎日付けてくるから思い入れのあるものだとは思っていたが、まさか高畑からのプレゼントだったとは。

 

素人の見た感じだが、そうそう高いものでもないと思う。ところどころ小さい傷がついているし、長期間使用したことで全体が傷んでいる。きっと似たようなものを探せばいくらでも見つかるんだろうけど、神楽坂はこの髪留めが壊れてしまうまで大切に使っていくのだろう。

 

「私にとって高畑先生が一番身近な異性だったし、優しくしてくれたし。好きになったのはまあ、そんな理由かな」

 

 話はそこで終わり、神楽坂は残りのコーヒーを流し込む。そんな神楽坂が私にとっては意外だった。

 

「・・・・結構あっさりしてるな」

 

 だからそんな言葉がついてでた。

 

「あっさりって?」

 

「いや、私としては長々と話し込むとばかり思ってたからさ」

 

 クラスで早乙女達に口を割らされている情景を思い出す。大抵は開き直ったように堂々と頬を赤く染めながら赤面ものの話をマシンガンのごとくまくしたてて周囲を引かせていた。だからこそ今日の話も長丁場になると思ってコーヒーを用意したのだ。

 

「高畑先生の魅力なら何時間でも語れるわよ。でも、今回は『なんで好きになったのか』でしょ?だったらそんな時間かからないわよ。『好きだから好き』でいいでしょ」

 

「好きだから好きってなぁ・・・」

 

 確かにそれが一つの真理であることは否定しないが、そんなあやふやな理由で高畑を追っかけていられるのだろうか。なんせ同い年の男子を好きになったのと次元が違う話だ。その恋を実らせるには些か以上に障害物が多すぎる。

 

サバサバした性格だが、恋愛事には奥手な神楽坂だ。告白まで行きつくどころか途中で力尽きてしまうかもしれない。いや、きっとその方が可能性は高いだろう。

 

「年齢差はどうするよ?結構離れてるぞ」

 

「恋愛に年齢なんて関係ないなんて言うつもりはないわよ。でも年齢差なんて気にならないくらい好きなのよ」

 

 しょうがないでしょ?という風に神楽坂は笑った。

 

「高畑先生は確かに頼れる大人だけど、完璧な人間じゃねえぞ?」

 

 喫茶店での高畑との会話を思い出す。あそこで語った高畑はなんでもできる頼れる大人なんてものじゃない。自分の道に悔恨し、誰かに打ち明けたいほどの悩みを抱えていた。けれど学校ではそんな様子はおくびにも出さなかった。あれはきっと高畑なりに意地を張った結果だろう。

 

「そんなこと分かってるわよ。掃除はしないし、料理は作れないし、洗濯物は放置するし、時々悩んでるみたいだし、案外ズボラなところもあるわよね。・・・ううん、完璧じゃないから好きなのかもね」

 

 完全であるならば、寄り添う相手なんて必要ない。不完全だからこそ寄り添うことに意味があり、支えてあげたい、と神楽坂は言った。

 

「中学生と教師だぜ?もし付き合うようになったら、よくわかんねえけど、それって法律的にまずいだろ」

 

 年齢や他の問題ならばまだどうにかなるかもしれない。けれど今度ばかりは法律というどどうにもならない壁が立ちふさがる。麻帆良は大概のことがどうにかなる程度にはぶっ飛んだ場所だが、それでも法律というものは絶対的なものだ。

 

「いくらでも待つわよ。そのぐらいの覚悟はできてる」

 

 けれど、神楽坂は言い切った。力強くも自然体な姿は気負っている様子など見当たらない。きっと待つことで芽があるのであれば、いつまでも待つことができるんだろうと私は思った。

 

「彼女がいてもおかしくないし、結婚してもいい歳だぞ?」

 

 客観的に見ても高畑は条件の悪い物件ではない。長身で紳士的な性格だし、英語教師ということもあって語学も堪能。又聞きだが、朝倉の怪しげな情報筋によると同じ英語教師である源しずなとの関係が噂されているらしい。あのパパラッチの言をマトモに受け取ろうとは思わないが、源先生は美人だし未婚だ。可能性として十分あり得るだろう。

 

「彼女ならまあ、なんとかなるかもしれないけど。さすがに結婚したらどうしようもないわね」

 

 これにはさすがの神楽坂も困ったようだった。下手に介入すればどんな修羅場が生み出されることか想像もつかないし、下手をしなくても高畑の幸せをぶち壊してしまう可能性もある。

 

「諦めんのか?」

 

「ううん、告白する」

 

 さすがにそこまで来たら諦めてほしい、と内心で思いながらの言葉だったが、神楽坂はそう断言した。

 

「いや不倫でもするつもりかよ」

 

「ははは、高畑先生がそれを望むならそれもいいかもね。けど高畑先生、きっと断るんだろうなぁ・・・」

 

 こいつは悪質なストーカーにでもなるんじゃないだろうか、と慄きながらの言葉だったが、神楽坂は顔を曇らせてそう返しただけだった。きっと神楽坂が好意を寄せる高畑ならきっぱり断るはずだ、という確信があったのかもしれない。

 

「断られたら?」

 

 少し意地悪な物言いかな、とは思いつつも聞いてみる。私の言葉に神楽坂は悲しそうに首を振って答えた。

 

「さすがに結婚までいってたら諦めるわよ。高畑先生の家庭に亀裂をいれるようなまねしたくないしね。でも結婚もしてなくて彼女もいなくて、単に年齢差で断られたんだってならきっと諦められない」

 

「・・・いやなんつうか、すげえな」

 

 純粋にそう思った。すげえとした表現できない自分の貧相な語彙に呆れる。教室でのガキ臭い神楽坂の姿は鳴りを潜め、私の目の前にいるのは一人の女性だ。あの先輩がカッコイイだの、あの人イケメンじゃない?などというよくありがちな女子中学生の恋愛の範疇には収まりきっていない。

 

神楽坂のそれは本当の意味での恋愛であり、高畑に向けている好意の感情の中には女子中学生の恋愛では到底感じさせるはずのない愛が見え隠れている。

――――高畑、アンタは果報者だよ、こんないい『女』に好いてもらってさ。

 

「そう?でもこのくらい当たり前じゃない?同級生好きになったわけじゃないし、障害が多いのは当たり前でしょ」

 

 そう言ってみせる神楽坂。茨の道を目にしてもなお笑って見せる神楽坂の姿を見て、初めて私は神楽坂のことを羨ましいと思った。

 

「障害が多いってもんじゃないだろ。勝率は限りなく低いぜ?」

 

 これは言わなくてもいい言葉だと分かっていたけれど、口に出してしまった。私の心をもやもやと覆うそれは、もしかしたら嫉妬という感情なのかもしれない。もしくは羨望だ。神楽坂のことを羨んで私は憎まれ口をきいてしまっている。

 

「そんなことパルとか朝倉とかから散々言われてるわよ。自分でも分かってる。でも」

 

 神楽坂はこちらを見据える。左右色の違うオッドアイには私の顔が映っていて、心の中を見透かされているようだった。

 

「私ってバカだからそれでも諦められないんでしょうね。『勝率が限りなく低い』程度なら初めから好きになってないわよ。諦めてしまったら確率はゼロだし」

 

 これくらい私でも分かるわよ、と神楽坂は言い。こいつにはかなわないな、と私は独り相撲ですら敗北喫した。ため息が出る。なんというか、格の違いを見せつけられた気分だった。

 

「なんつーかお前って・・・やっぱすげえな」

 

「うん、それは聞いたけど。これって結構普通のことでしょ?」

 

「いやぁ『好きだから好き』でそこまで突っ走れるとかすげえよ。私じゃ無理だ」

 

 神楽坂はうーんそうかなー、と首を捻る。

 

「ほらよく少年漫画とかで言うじゃない。『~~なのは理屈じゃない』とか」

 

「言いたいことはなんとなく分かるけど、漫画と現実をごっちゃにすんなよ。世の中大抵理屈だと思うぞ?」

 

 私はそう反論するが、神楽坂の方は私とは違う意見のようで、そうでもないんじゃない?と言葉を続ける。

 

「千雨ちゃん、好きな食べ物ある?」

 

 脈絡もなく、そんな疑問を私に投げかけた。

 

「なんだよ急に」

 

「いいからいいから」

 

 急かす神楽坂に向かってため息は吐き、数秒間考えて答えを出す。

 

「好きな食べ物って、まあ・・・コーヒー、かな」

 

 より正確に言えば嗜好品にカテゴリされるが、同じようなものだろう。

 

「じゃあなんでコーヒーが好きなの?」

 

「なんでってそりゃ・・・美味いから」

 

 勿論細かい理由なんていくらでもあるが、最終的に『美味いから好き』というところに着地する。

 

「うん、私が高畑先生の事を好きなのも同じよ。好きだから好き」

 

 きっとそういうのは理屈がどうこうじゃないのね、と神楽坂は言った。神楽坂の乱暴な理論に少しだけ納得してしまう自分がいる。暴論といえばそれまでだが、なんとなく筋が通った意見のようにも感じる。

 

神楽坂が高畑を好きになるまでに様々なことがあったはずだ。きっと好意を寄せるに足る相応しい理由というのもあったのだろう。神楽坂が言いたいのは『色々あって好きになった。好きだから好き』という極シンプルなものだ。そんなことを考えている私に、神楽坂は言っておくけど、と前置きをして言う。

 

「高畑先生のこと本当に好きになっていいのかなって一時期は、それこそ知恵熱出すくらい色々考えたわよ?でも結局それって自分に嘘ついてるだけじゃないかなって」

 

 現在ではオジコンの名を欲しい侭にしている神楽坂だが、恋心を自覚した当初は様々な葛藤があったのだという。それを意外に思う気持ちもあったが、それよりも神楽坂が言った『嘘をついている』という言葉が私の心に深く突き刺さる。

 

「嘘をついている、か」

 

「んー。嘘をついているっていうか、誤魔化しているって感じかな。年も離れてるしとか、教職についてるから、とか言い訳みたいなことばっかり考えちゃってね。そのお蔭で一番大切なことを忘れかけていたのよ」

 

「大切なこと?」

 

 ええ、と神楽坂は頷いた。

 

「結局のところ年齢差とか職業とかそういうのは全部オマケなのよね。それなのに私はオマケの方にばっかり目が行ってたの。バカみたいでしょ?高畑先生が好きっていう一番大事な部分から目を背けようとしてたんだから」

 

 オマケとは言うが、神楽坂も年齢や職業が重要なファクターではあるのは理解できているはずだ。話は単純で、そんなものが気にならなくなってしまうほど高畑のことを好きになってしまったんだろう。

 

――――ああ、本当に、コイツには敵わない。

 

私もこんな風に、純粋に真っ直ぐ、誰かの事を思えたなら。それはきっととても幸せなことなんだろう。高畑の事を語る神楽坂は活き活きとしていて、嬉しそうな表情をしていたから。

 

「やっぱそんな風に考えられるとかすげえよ。神楽坂って、実は頭いいんじゃないか?」

 

 2年の期末考査では中々良い成績を取っていたようだし、勉強をしないだけで頭の出来そのものは悪くないんだろうと私は推察している。実は私もバカレンジャーほどではないが、成績はよろしくない。神楽坂達の成績が上がるということは相対的に私の順位が下がるということで、最近ではポストバカレンジャーの位置づけを食らってしまうのではないか、と内心戦々恐々しているのだ。

 

「千雨ちゃんが深く考えすぎなのよ」

 

 きっと物事ってもっと単純よ?と神楽坂は苦笑しながら言った。下手な考え休むに似たり、という言葉もある。私は知らず知らずのうち、考えることで思考停止状態に陥っていたのかもしれない。答えはとうに出ていたのかもしれない。けれど、その答えを表に出すのが恥ずかしくて、これまでの関係が壊れてしまうのが恐ろしくて、自分で自分を誤魔化していたんだろう。 

 

「なあ神楽坂」

 

 今日、神楽坂の話を聞いてよかったと心からそう思う。けれど私が神楽坂に対してできることなんて、これだけだ。

 

「なに?」

 

「告白はするのか?」

 

「・・・うん。今年の麻帆良際の時に告白しようかなって。ずるずる引き摺るのもよくないしね」

 

「そっか。・・・頑張れよ」

 

 短い言葉に可能な限りの気持ちを込めてエールを送る。私と境遇のよく似た神楽坂に。私の気持ちが伝わってくれたのだろうか。私の言葉に神楽坂は驚いたような表情をつくり、その後照れたような表情で微笑みを浮かべ、頷いた。

 

 

「それはそれとして、千雨ちゃん。聞きたいんだけど」

 

「・・・なんだよ」

 

 先ほどまでの大人びた様子とは一変。野次馬根性丸出しでニヤニヤ笑っている神楽坂の顔面に拳を叩き込みたくなる衝動を抑え、聞き返す。

 

「話す前に言ったじゃない。私が話したら千雨ちゃんもその理由を話してくれるって」

 

 そのニヤニヤ笑いを止めろ。さっきまでの大人びた神楽坂はどこに行ったんだ。あと、流石に察してるだろうから、今日はもうお開きにしないか?いやしてくれませんか?

 

「何いってるのよ。駄目よ」

 

 懇願するも当然却下される。そりゃあれだけ神楽坂から恥ずかしい話を引き出しておいて、知らんふりを決め込むなんて許すはずがない。机越しににじり寄ってくる神楽坂は一種のホラーだ。

 

そんな神楽坂から逃げるようにして、現実逃避ぎみにマグカップに視線を向けるとまだ底の方に染みのように黒ずんだコーヒーが残っている。それを眺めているとふと、ある名言を思い出した。言い回しが気に入っているのか、マスターが何度かドヤ顔で語っていたものだ。

 

マグカップをほぼ垂直に傾け、残りのコーヒーを飲み干す。

『人間の意思の力はその人が飲んだコーヒーの量に比例する』そんな名言を胸に秘め、苦味の強いこのコーヒーが、私の背中を押してくれますように、と願いながら。

 

「ああ、聞いてくれるか、神楽坂。実はさ」

 

 ――――好きな人が、出来たんだ。

 




6話と7話の出来がイマイチなんで、もしかしたら書き直すかもしれません。特に7話。
ちょっと話の展開に無理があるかなーと思ったんですが、無理やり進めました。

今回の話の前にタカミチを狙った張り込中の明日菜が、喫茶店でばったり千雨と遭遇してしまった話であったり、マスターと茶々丸が猫と戯れたりしている話だったり、最近娘が冷たいんだと愚痴るガンドルフィーニの話だとか、色々書きたいことはあったんですが。どう考えても短編の域で終わりそうになかったので、そういうものは丸々カットしました。

おそらく次回が本編最終話になります。どういう風に落ち着くかというのは大体考えてありますので、今回ほど時間はかからないかと思います。

今回遅れた理由は友人に進められたPSYCHO-PASS に嵌ってしまい、HELLSINGとかそっち方面にも手を伸ばしてしまった結果です。PSYCHO-PASS の二次小説はほとんどないみたいなんで、誰か書いて欲しいですね。

感想・意見お待ちしています。

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