双子転生物語   作:彩霞

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第11話「大切な人」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ」

 

 情けない声を上げながら走り去っていく貴族たちに、暁明はおなかを抱えて笑いを押し殺す。

 

「くくくくくっ。ざまぁみやがれ。なにかあったら師匠頼みのくせに、馬鹿にするからだ」

 

 怪しい術を使うとか、鬼と契約してるだとか、遠回しに晴明の師をしていることを蔑んだりとか。

 言いたい放題言ってくれる役人どもを脅かして回り始めて、時が経つ。

 おかげで陰口を言う人が減りつつあるも、それは報復があるという恐れから言わないだけだと知っている。

 

 晴明は地獄耳だとか千里眼を持ってるとか、そんな見当違いな噂が流れている。

 なぜか、自分のした報復はすべて晴明がやったと言われていて、それが更におかしくてならない。

 

「さぁて、最後の仕上げに夢見を悪く……っ」

 

 近づいてくる人の気配に暁明は極限まで気配を消した。

 直後、視線を向ける方向から姿を見せたのはここ最近、陰陽寮に入ってきた人間だ。晴明と同じように賀茂忠行を師事する男。

 

 その男の名を、榎岦斎と言う。

 

「うーん……」

 

 あたりを怪訝そうに見渡して眉間にしわを寄せる姿に、暁明は息を殺す。師匠や父、晴明に気づかれないように細心の注意を払って報復を重ねているのだが、勘が良いのかこの男は最近よくやってくる。

 

「気の、せいか…? 雑鬼どももとくに誰かの姿を見たわけじゃないと言うし」

 

 やばい。やばいやばいやばいやばい。この男まじでやばい。

 知らないくせになんか勘づいてやがる!

 

 そんなことさせないからな! 俺の唯一の楽しみ奪われてなるものか!

 ……なんか、悲しいなぁ。楽しみってそれしかないのか、俺…。いやでも、まったく楽しみ持たない晴明よりはましだ、うん。そうだ、絶対にそうだ。

 

「だけど、仕返しする様なやつじゃないんだよなぁ…」

 

 よく分かっていらっしゃる! さすが晴明の友人!

 めげずに体当たりしてたまに玉砕するそのしたたかさ、賞賛に値する。岦斎を相手にするときだけは、人間らしくわずかに表情が崩れる。

 弟のコミュ障を心配していた兄としては非常に嬉しい現実だ。しかも、晴明自身をみて関わりを持ってくれるような人間がまず奇特。逃すなよ、晴明。

 

 心の内で晴明に声援を送りながら、岦斎がその場を立ち去るのを見届けた暁明はそっと息をついた。

 

 にやり、と口角を吊り上げ、先ほど力を使って幻覚を見せた相手の邸へと足を向けた。

 

 

 

 その夜。自身が妖に変貌して人を襲うという夢を見た貴族は飛び起きた。顔を青ざめさせ、悲鳴に駆けつけた雑色や女房たちを下がらせ、貴族は震えながら褥でまるくなる。

 それから三日三晩、化け物となって人を襲い、調伏されるという夢を見続けた貴族は憔悴し、化け物の子と名高い陰陽師へと護符作りを依頼することとなった。

 

 それが今朝の話。

 

「ということで、今回も無事気づかれることなく報復を果たしてきました!」

 

 嬉々として一連の出来事を語る幼子を、祭神は静かに見下ろす。

 彼が来たのは日付が変わるころ。それから飽きもせず語り続けている。

 

「あいつを蔑む馬鹿に仕返し出来るうえ、結果としてあいつに依頼が舞い込む。あいつが食いっぱぐれなくてすむし、一石二鳥! ただ、獲物はわんさかいるから毎日やっても終わりませんけど、流石に報復のネタが尽きた……。なんか面白いことありません?」

「さてな。よくもまあ飽きないな」

「だってそれが俺の生きがいですからね!」

 

 けらけらと笑う子ども。本心でもあるが強がりでもあることを高淤は知っている。

 知っているけれど、あえてそれを指摘することはしなかった。

 

「高尾さんの生きがいってなんですか?」

「…随分と酔狂な質問だな」

「そうですか?」

 

 暁明としてはそこまでおかしい質問では無いと思う。けれどもそう判断された理由が分からず首をかしげた。

 瑠璃色の双眸に隣に腰を下ろす幼子を写す。

 

 はじめは磐座の下に座って話していたが、今では隣に座って話しを聞く事が当たり前になっている。

 

 後にも先にも、それを許すのは彼だけだろう。許したのはただの気まぐれ。その方が面白そうなことになると思ったから。

 

 少年は、暁明は未だに気づいていない。"たかお"と呼んでいる存在がどういうものであるのか、自身が今、どんな綱渡りをしているのか、まだ気づかない。

 

 いつ気づくか、気づいたときにどんな反応をするのか。

 祭神ははそれが楽しみでならない。

 

「強いて言うのであれば、退屈しない、面白いことだな」

「退屈しない、面白いこと……? ……え、今もしかして退屈してたりします!?」

「見て分からないか?」

 

 質問を質問で返され、暁明は高淤を見つめた。

 楽しそうな顔ではない。どちらかと言えば不機嫌そうな顔、あるいは普段の表情とかわりない。そう見せてるだけ? それとも本当に退屈してた? え、どうしようわからない。人の機微とか無理。どうしようこれで実は退屈してましたとか言われたら俺、もう立ち直れない。

 

 眦が徐々に下がり、泣きそうな顔をしてうつむく様子に高淤はくつくつと喉の奥で笑った。

 

 びくりと体を震わせて恐る恐る視線をあげた暁明に向けて、口角を吊り上げる。

 

「相変わらずからかい甲斐のある」

「っ……、からかわないでください! 高尾さんに嫌われたら俺泣きますよ!」

「ほう、泣くのか」

「泣きます! 色々お世話になってる人ですし、そのあともいろいろ構ってくれますし、飽きもせず話し聞いてくれますし、感謝してます! だから嫌われるのは心にきますし、なにより、高尾さんみたいな綺麗なお姉さんに嫌われたら……っ」

 

 暁明は想像して頭を抱えた。

 

「男としての自分が信じられなくなるっ」

 

 高尾さんほどの絶世の美女。それに嫌われて見ろ。目の前真っ暗お先真っ暗。男として終わってる。せめて有象無象でありたい。嫌われるとかむり。耐えられる自信が無い。そんなことになるくらいなら死んだ方がましだ。

 

 心の底からの叫び。それは嘘偽り泣く高淤の心に届く。

 あぁ、ほんとうに面白い。あくまで私を神ではないただの“女性”として扱うか。身の程を知らない愚かなこと。けれども、嫌ではない。むしろ、愚か故に想像を超えた返答が返ってくるから退屈せずにすむ。

 

「…嫌われぬよう、自分を改めようとは思わないと?」

「だってあいつがあいつだから、兄として可愛い弟の実況報告は譲れない…! 最近は特に! 性格ちょっと丸くなったのもあるけど、あいつが師匠や父上以外の人間と親しくなってるんですよ!? この喜びを胸に秘めておくのは到底無理です!」

 

 口より先に手が出ていた晴明が。

 いつも荒んだ目をして蔑んでた晴明が。

 馬鹿にされて鼻で笑っていた晴明が。

 あの日、初めて兄と呼んでくれた晴明が。

 

「自覚はありますよそりゃ。でもやめられません。あ、もちろん師匠や父上もですよ。師匠すごいし、父上滅多に会えないけど、元気にしてたみたいで嬉しくて、やっぱりしゃべらないのは無理です! 高尾さんが付き合ってくれるのは嬉しくて、甘えてるのはありますけど…。嫌なら、口閉じてます」

 

 まくしたてるように言いたいことを言ううちに、どこまでも自分本位な考えしかないことに気がついた暁明は悄然と肩を落とす。

 

 父上も、師匠も、晴明も、大切な存在だ。彼らは覚えていないのだろうけれど、そう思う心は止められない。止められないけれど、押しつけて言い訳じゃない。

 

 何をやっているのだろう自分は。高尾さんが何も言わないからって、甘えすぎじゃないか。嫌われたくないとかいいながら、嫌われるようなことしかしてない。どの口が嫌われたくないと言っているのだろう。ほんと馬鹿。俺の馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿。

 

 何やってるんだろう、俺。好かれる事なんてありやしないのに。そうだ。いつも嫌われてばかりで、何を勘違いしているのだろう。嫌われてるに決まってるじゃないか。

 だから、俺のことを覚えていない。嫌いだから、忘れたいほど嫌いだから、誰も覚えていない。

 

 あぁ、俺は必要ない。いらない。誰にも必要とされない、いらない子。だから――。

 

 清涼な風が頬を撫でる。ふつりと、暁明の意識は途切れた。

 

 意識を失い、磐座から落ちそうになった暁明を力で支え、高淤神は磐座の上に寝かせた。

 

 意識を失う直前、彼の中で蠢く呪詛があった。その身を蝕む呪詛を抑え込んでいるのが暁明に流れる天狐の力だ。先ほどのように落ち込んだり凹んだりすると、二つの力の均衡が崩れて荒れかける。

 

 それはこの場を乱すことにもなるため、そうなる前に度々暁明の意識を刈り取っていた。そうなれば落ち込まずに済むから力は治まる。

 寝て起きればあっけらかんとしているような単純馬鹿なので聞く荒技でもある。

 

 気に掛けることにはしていたが、磐座にのぼることを許すほど、気にかける事になろうとは思ってもいなかった。

自身のその意外さに驚きつつ、それを成した人と妖の子に感嘆する。

 

「あぁ、日が昇るな」

 

 東の空を目を細めて見つめ、龍へと姿を変えて空高く飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

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