双子転生物語   作:彩霞

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去年、何話投稿できるかなといいつつ、かれこれ一年経ってます。
お待たせしました。

例によって今年ももう明けてますね。
おめでとうございました。



第15話「絡まる運命」

 闇がぐにゃりと蠢いた。

 音にならない慟哭が闇を震わせる。

 

 許さない。許さない。また邪魔を……。いつも、いつも、いつも、いつも、いつも邪魔ばかり…っ!

 あれは私のものだ。私たちのいいや、あの子のものだ。あの子の命になるのだ。あれには、それしか価値がない。あれの命を有効に使ってあげるのだから、感謝される筋合いはあっても、疎まれる筋合いはない。

 

 許さない。許さない。許さない。

 

「――邪魔する者がいるのね」

 

 くすくすと笑う声。闇にもかかわらず、くっきりと輪郭を浮かび上がらせた女性は、闇に向かって手を伸ばし、撫でるような仕草をする。

 

「そう…。まったく困ったものね。いいわ。その邪魔者については私が対処してあげる。だから、ね? あなたはあの子のために、“あれ”を待ちなさい」

 

 逃がさない逃がさない。待てないあれは待っても来ない。迎えに行ってあげないと、あれは愚かにも逃げてしまう。

 

「なら、格好の待ち場があるわ。あれは必ずそこにくる。だってそこには、あれの守りたい者があるから。そこで、待ちなさい。時が来るまで。確実に仕留められるその時まで」

 

 あぁ。あぁ、それならば。ふふふふ。ふふふふふふふふふ。

 待ちましょう。待ちましょう。あなたが来る、その時を。

 あぁでも、早く来なければ、食べちゃおうかしら。

 

 蠢く闇が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都で過ごすようになってからひと月。雑鬼たちに混ざり夜の都に拠点を置いた暁は、体の不調を覚えていた。

 

 全身の倦怠感が日に日に増し、動悸の波や猛烈な睡魔がある。力の不安定感も感じていた。

 その不調に拍車をかけるようにまとわりつく靄はより色濃さを増している。

 

 廃屋でうずくまっていた暁は、夜にもかかわらず眠りの淵にいる。

 動こうと思えばなんとか動けなくはない気がするが、動こうと思う気力がないからやはり動けそうもない。

 

 動きたくない。だるい。眠い。胸が苦しい。熱い。

 ちりちりと体が痛む。まるで炎に灼かれるかのように、体の奥が熱を帯びている。

 

 体の不調を改善するためのその眠りは、しかし突然妨げられることとなる。

 

「ぐえっ」

 

 潰れた蛙のような声でうめき、背中にかかる重みに体を横に倒した。ぽてぽてとあたりに転がる音がする。

 部屋の床に沈み込んだ暁の耳に、暢気な声が届いた。

 

「あ、潰れた」

「死んだかー?」

「安らかにな暁」

「勝手に殺すな……っ!」

 

 暁の心からの叫びを楽しそうに笑って流した数匹の雑鬼たちは、覇気のない暁の顔を覗き込んだ。

 

「どうした?」

「元気ないな、暁」

「風邪でも引いたのか、妖のくせに」

 

 硬く目を閉ざし眉間にしわを寄せている。呼吸はいつもより浅く速い。本調子ではないことは見知って間もない雑鬼にも伺い知れる。

 

 うんうんと唸りながら体のだるさを格闘していた暁は、緩慢に目を開いた。

 

 猿のようなやつ、丸い一つ角をもつ丸い鬼、そして三ツ目の蜥蜴。

 顔を合わせた当初はかなり緊張したが、姿が違うためか気づかれている様子はない。矛盾した思いは消えないけれども、知っている顔があるということに暁は安堵を覚えていた。

 

 顔見知りという人間のところまで遊びに行ったはずなのだが、思いのほか帰ってくるのがはやい。

 

「おかえりー……」

 

 緩慢に手を伸ばして、憂い顔の猿のような雑鬼の頭を二、三回、なでる。それだけで力を使い果たした暁はぱたりと腕を落とした。

 普段と違う暁の様子に、雑鬼たちは顔を見合わせた。

 

「暁も顔色悪いぞ」

「熱は…ないな」

「むしろ暁も冷たいな」

「おー……そうかー……」

 

 力のない返事をして、暁は視界を閉ざす。息を長く吐き出して丸くなった。

 しばらくして、規則的な寝息が聞こえる。

 

 元気がないとは思っていたが、本格的に体調がよくない様子に雑鬼は足下に丸めておかれた袿へと飛びついた。

 こそこそとかけ声を掛け合いながら、己の体よりも遙かに大きい布を横たわる暁に掛けて、雑鬼たちは息をつく。

 

「これでよし、と」

「今日はどうするよ。都も最近またおっかないだろ」

「暁もこんな調子だしなー」

 

 怪我をした様子でもなく、風邪をひくようなこともないため、暁の不調がどこから来るものなのか雑鬼たちには見当がつかない。

 不調とは言え、雑鬼よりも遙かに強い妖であるため、あまり心配はしていないが、いろいろと面白い遊びを提供してくれていた人がいないというのは、いささかつまらない。

 

「最近またおっかないからな。おちおち遊べやしない」

「もっと俺らが棲みやすくなればいいんだけどな」

「晴明が俺たちの冥がりに来て、ほかのおっかないやつらを牛耳ったらどうだ?」

「なーるほど!」

「良い考えだな!」

「えっへん」

 

 言いたい放題な雑鬼の傍らで、ほのかに甘い香りが漂う。

 ひくりと暁の鼻が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ざわめくものがある。冥く深い闇の底で、揺れるものがある。

 呼ぶように、招くように。

 恐ろしいほどに美し花を咲かせて、それは嗤う。

 

 暁は顔を歪めながら、伸びてきた蔓をたたき落とした。

 狐火で灼けば、恐れてそれは深淵に沈む。

 

 静かになった冥がりで安堵の息をつき黒く塗りつぶされた空間を見渡した。

 

「なんだここ……」

 

 歩けどもどこかに繋がっている様子もなく、叫べども音が反響して返ってくることはない。

 眦を落として首を傾げたとたん、ぐらりと視界が回った。

 

 目頭を押さえて目眩をやり過ごそうとしたが不調は次々に体を襲う。

 冷える指先。速まる鼓動。痛む頭。せり上がる不快感。

 

 口元を押さえて嘔気をこらえ、暁はうずくまった。

 

 瞼の裏を光が突き刺す。

 鼻につく土の匂い。風の、木々の、人の生きる音が耳朶に届く。

 

 落ち着いてきた不調に息を吐き出して、暁は顔を上げた。

 

 目の前に門がある。その奥には玄関と、中を隠す衝立。

 そこを自分は知っている。

 よく、知っていた。

 

「なんでここに」

 

 呟いた直後、奥から人が姿を現した。

 上半身がずぶ濡れのまま、貴船で見かけた黒い少年と言い争っている。

 まっすぐにこちらを見ているはずの晴明の目は、けれども自分を捕らえていない。

 

 何か言おうとして、でも言えることがなくて、なにより言ったところで届かない。

 

 未だに願ってやまない自分を嘲るように嗤う。

 これもまた貴船で見たような夢なのだろう。

 

 呼べない。会わない。心を向けない。

 そう決めたのは自分なのに、夢に出てくるとは、なんて自分は意地汚いのだろう。

 

 立ち上がってその場から離れようとして、ぞわりと全身が泡だった。

 反射的に振り返るのと、土の中から蟹が出てくるのは同時。

 

 一尺ほどの蟹は晴明に向けて白い泡を吐き出した。咄嗟に身を翻し庇うように手を挙げるが一瞬遅く、泡が晴明の目を直撃する。

 苦しげにうずくまる晴明そ囲むようにわらわらと出てくる蟹の大群。

 

 紅い眼を光らせて晴明を凝視する。あれは式だ。誰かの式。晴明を害するために放たれた式。

 

「んの……っ」

 

 考えるより先に、かっと頭が熱くなる。

 しかし、我を忘れるよりも早く、絶大な力がその場に降り立った。憤怒に瞳を彩らせて感情のままにふるう青い式神。

 

 気味が良いくらいに蹴散らされる術者の式。構えた拳のやり場を失い、目を据わらせたまま今度こそ身を翻した。

 術者の気配を追って、都を跳躍しようとして、場面が変わった。

 

 そこでようやくそれが夢であると、実際にあったことを夢で見ているのだと悟る。

 

 行き場のない怒りに鼻を鳴らして都の一角にある廃屋――ねぐらとしている邸の屋根に腰を下ろした。

 

 逢魔が時。人は眠りにつき、人ならざる者の時間が始まる。暁は不機嫌を隠そうともせず顔をゆがませ、息をついた。

 

 力に惹かれて妖が集まっている。匂いにひかれて妖が誘われている。

 

 脳裏をよぎるものがある。

 

 道ばたの花よりも遙かに大きく気味が悪い花。冥がりに咲く花のもとにいるのは橘の姫。冥がりにとらわれた、晴明が心を向けた女性。

 暁が冥がりならば、晴明もまた冥がりに近い。分かっていた。だから引き込む者かと思っていたけれど、晴明が心を向けた少女にまで、それは及んでいた。

 彼女を捕らえる冥がりとは別の、黒い靄。

 

「……腹が立つ」

 

 自分の悩みを嘲笑うかのように、周りを絡めて縛り上げる靄。

 離れようとも無駄だというように巧妙に張り巡らされる鎖。

 

 罠だと分かっている。

 行ってはいけないと分かっている。

 

 声がする。

 

 晴明を冥がりの底に誘う声が。呪う声が。悲しい嘆きが。

 橘の姫を帰せと、かわりにお前が沈めと。

 

 甘い匂いの中に紛れて、式の気配がした。

 

「……ふざけんな」

 

 認めない。そんなこと、認めるものか。

 あの靄は、すぐすぐに晴明の命を奪いはしない。ただそれで俺を苦しめるためだけのもの。詳しくは知らないがそれだけは確信を得た。どうしてかは分からない。

 ただ、自分に対する嫌がらせだと。

 

「よくも傷つけてくれたな」

 

 苛立たしげに吐き捨てて、暁明は立ち上がる。

 術者はすでに冥がりに食われた。術者にこの怒りをぶつけることが叶わないなら、術者を食ったそれにぶつけるだけだ。晴明を、そして晴明が想う彼女を捕らえるそれに。

 

 

 

 

 

 

 

 暁ははっと目を見開いた。跳ね起きて、けれども揺れた視界に両手をつく。

 夢の中とは違って体が重い。思うように体が動かない。

 それでも、行かなければ。晴明が、沈む前に。

 

「だ、大丈夫か、暁」

 

 遠慮がちに掛けられた声に暁は顔を半分ほど手で覆いながら視線を滑らせた。

 二匹の雑鬼が気遣わしげに見上げている。

 

 他の奴らはと視線だけで探して、部屋の隅に息を殺している彼らを見つけた。

 彼らも感じ取っているのだろう。冥がりで蠢く気配を。

 

 力がないから食われるときも一瞬。だから気配を隠してやり過ごす。それが彼らの処世術。

 

「――お前たちはここに居ろ」

 

 強い感情をはらんだ声音に雑鬼たちはびくりと体を震わせた。その様子に暁は気づくことなく、重い体を叱咤して庭に降り、跳躍した。

 向かう先は甘い匂いが教えてくれる。

 

 早く。早く。動け、一秒でも早く、晴明の所に……!

 

 近づく度に甘い香りが強くなる。

 見えた邸から岦斎が辛そうな顔で走る様子を見つけた。

 

 あぁ、早くしなければ。早くしなければ、晴明が来てしまう。

 ここに、彼が救わんとする彼女の魂がここにある限り。

 

 その身を引き換えにしてでも、晴明ならやる。

 

 邸に侵入した暁は化生の間をすり抜けて、一目散に晴明の元に向かう。

 強すぎる甘い匂いに鼻はもう当てにはならない。

 だから足を勧める先は勘だ。でも間違っているとは思わない。

 

 果たして、今にも晴明を食わんと牙を剥く花があった。

 

「晴明から離れろ――!」

 

 怒号とともに腰に佩いていた脇差しを突き立てる。痛みに花がのけぞっているうちに、闇の沼に沈んでいく晴明の襟首をひっつかみ、思いっきり後ろに引いた。

 

「ぐっ…」

 

 うめき声にやべっ、と顔を歪めつつ、勢いのまま沼の外に転げる晴明との間に一線を引いた。

 それは境界。こちらとあちらの線引き。仮のもので弱いけれど、それでも一種の結界のような役割を持つ。

 

 ごめんな、晴明。

 

 胸の内で謝罪して、自ら沼の中へと身を躍らせた。

 冥がりの底。水にたゆたう少女を引き上げて、暁は安堵の息をついた。

 

「……俺の分まで、あいつを頼むな」

 

 取らないでくれといいたい。

 俺の弟だと、叫びたい。本当は頼みたくなんかない。

 でも、晴明は、ちゃんと人として生きなきゃだめだから。

 こんなところで冥がりに沈む訳にはいかないし、冥がりに染まらせる訳にもいかない。

 

 少女に黙礼すると上へと押し上げた。

 彼女の魂が在るべき場所へと還っていくのを見届けたかったが、蠢く気配に暁は向き直った。

 

 化生の影に、目を開き口角を吊り上げる。

 今はただ、晴明をこちらへ呼んだこれに報復を。

 

「お前らにあいつはやらないし、あいつが大事に思ってる人もやるか」

 

 餌の少女を奪われ、そして目的の晴明をも納めることが出来なかった化生の力が大きく膨れ上がった。

 その気に当てられた暁は転がる。その勢いのまま飛び起きて大輪の花を咲かせるそれを睨めつけた。

 

 不意に、がくりと膝から砕け崩れた。足首にまとわりつく沼が体力も気力も根こそぎ奪っていく。ぐわんぐわんと頭が揺れる。水しぶきを上げて倒れ込んだ暁は、抗うまもなく意識を刈り取られる。

 

 ――つかまえたあ……!

 

 歓喜の声が、冥がりに沈む暁の姿を捕らえた。

 

 

 

 

 

 気に掛けていた気配が、ふつりと途絶えた。それは丁度、膝元を騒がせている渦中。

 貴船を降りたあの日から、あの狐の子は戻ってきていない。

 

 神というのは気まぐれで不遜である。永劫にも等しい時を生きるその刹那で出逢い気に掛けた存在であっても、退屈な存在となり得たのならば気にかけ続ける必要もない。

 そう思っていたのに気づけば気に掛けているのだから、あれの存在はいかに特殊であると言えよう。

 

「……まあ、興味を抱いている間は気に掛けてやるという約束だからな」

 

 なにより退屈で退屈で仕方なかった。

 瑠璃色の双眸を細めて、うっそりと紅い唇を吊り上げる。

 

「我の機嫌を損ねておいて、大人しく逝けると思うなよ」

 

 妖気が色濃く渦巻く邸の遥か上空で、一筋の光がきらめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




若かりし頃の晴明様の話にも沿いたいが、それすると本編までたどり着かないので端折りまくるスタンス。でも難産。

主人公の心理描写、前話と比べるとかなり少ない。
この文章力の落差はさぞ読みづらいんだろうな。
修正できるようだったらしよう。
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