双子転生物語   作:彩霞

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第2話「7度目の人生」

 さて、状況を整理しようか。

 

 あのえらく綺麗で美人な少女はどうやら母親らしい。

 父親はいたって普通の成年である。

 名をそれぞれ葛の葉、益材というらしい。

 

 転生はこれで7回目。

 死にたいのに、死ねない。

 消えたいのに、今でも自分はここにいる。

 

 どうして、自分は死ねないのだろう。

 なぜ生きているのだろう。おかしいだろ、普通に考えて。

 逃げるのも、追われるのも、もう疲れた。

 

 なら、逃げなければいいのか。

 ……それは怖い。いやだ。死にたくない。

 

 矛盾している。そんなことわかっている。

 死にたい。でも死にたくない。

 追いかけてくるあれ(・・)を撃退できれば、こんな思いをせずに済む。

 

 耳にこびりついた罵声。まなじりを吊り上げ、蔑み見下す表情。

 嘲笑、侮辱、蔑みをはじめとした暴言。殴られ、蹴られるなどの暴力。

 そして、鬼のような形相で恨み言を吐く顔。

 命を狩るだけの何かとなり果てた姿。

 

 眼を閉じれば、簡単に思い起こせる。

 それくらい、幾度となく経験してきた。

 苦しくて、憎くて、つらくて、怨めしくて。――寂しくて。

 

 どんなに苦しくてもつらくても怨めしくても、憎みきれない。

 いつか自分のことをちゃんと見てくれるのではないかと、そう思ってしまう。

 そんな日は来ないとわかっていても、願わずにはいられない。

 望まずにはいられない。思わずにはいられない。

 

 どうしたらいいのだろう。

 どうすればよかったのだろう。

 

 ――あんたなんか、産まなきゃよかった!

 

 生まれてこなかったら、よかったのか。

 生きたいと望まなければいいのか。

 殺されることを、受け入れればいいのか。

 

「お、見ろよ。片割れが目を覚ましたらしいぞ」

「ほんとだ。ちょっと前まで、猿みたいにしわくちゃだったのに、だいぶ人間らしくなったなぁ」

「もう一人は寝てるな。寝れる方も豪胆だけど、泣かない方も、肝がすわってるよな」

 

 能天気で、朗らかな声に、思考を中断する。

 いや、中断するくらい摩訶不思議な存在に巡り合った。

 

 (なんだ、あれ)

 

 猿みたいなやつと、蜥蜴のようなやつ。それに角のついた丸っこいなにか。

 それ以外にも、見たことのない“何か”がわんさかいる。

 そのほとんどは寝ているけれど、起きている奴もいる。

 起きているやつは、興味深そうにこちらを見つめていた。

 

「なぁ童子。おまえさ、でかくなったら俺たちのこと助けろよな」

「もちろん、俺たちもお前の力になるからさぁ」

「そんなこと言ったって、まだわかんないと思うぞ」

「ほら、あれだ。えーさいきょーいく、というやつだ」

「なんだそれ」

 

 どうじ、同時……。名前? でも片割れにも『ドウジ』と言っているから違うよな。

 にしても、ほんとなんなのこいつら。害はなさそうだけど…。

 

「ううん……たしか、小さいうちからいいようにいろいろ言い聞かせるやつだ」

「なぁるほど。俺たちを助けてくれるように、刷り込むんだな」

「だったら、ちゃんとお願いしないとな」

 

 ……突っ込みどころ満載なんだが、どうしようか。

 もっとも、どうするとは言ったものの、何かができるわけではないが。

 

 口々に、赤ん坊に言い聞かせる“何か”。

 そもそも、これらが何で、助けるとは何か、というのは理解ができない。

 でも何にも縛られない自由奔放な彼らが、うらやましいと思った。

 

「それにしても、見分け全くつかないよな。双子だとなおさら」

「たぶん、今起きてる方が一の君だと思うぞ」

「え、なんでわかるんだよ」

 

 ……双子、か。

 隣は見ないように、知らないふりをしていたけど、やっぱり、そうなのか。

 あぁ、なんて怨めしい。どうしてこう、双子に縁があるのか。

 双子でなければ、あんなことにはならなかったのに。

 

「俺たちのこと、見てるから」

「見鬼の才があるのはわかるが、なんでそれが一の君だってわかるんだ?」

「二の君は見てるようで見てないけど、今起きてる見てるから。

 考えても見ろよ。今まで、生まれて間もない赤子がここまで俺たちの子とみるか?」

「…そういわれてみれば」

 

 やばい。そう思ったときにはすでに遅かった。

 普通と違う。『ふつう』から逸脱した存在は、迫害のもとだと知っていたのに。

 今までは慎重にやってきた。なのに、すっかり忘れていた。

 まずい。まずいまずいまずい。

 

「……お前、俺たちのことわかるのか?」

 

 視線をそらすタイミング間違えた。

 いま逸らしたら、なんと思われるか。

 いやでも、じっと見続けるのも、おかしいか?

 

 双子。生まれた先々で、片割れが迫害されていた。

 そして、片割れの復讐で殺された。

 怖い。迫害されることが。あれ(・・)と同じ瞳で、見つめられることが。

 

 なにより、どちらかしか、優遇されない不公平さが。

 忌み子。七つまでに、捨てられるのはどちらなのか。

 神のもとへお返しするという名目で、殺されるのはどちらなのか。

 自分か、片割れか。

 

 いやだ。死にたくない。死ぬのは怖い。

 何度あの恐怖を味わあなければならないのだ。

 死にたくない。殺されたくない。

 いっそのこと、死んだときに死なせてくれれば、怯えずに済んだのに。

 

 怖い。恐ろしい。

 どうして、双子に生まれなければならなかったのか。

 

「お前ら。二人から離れろ」

「なんだよ。俺ら何もしてないぞ」

「そーだそーだ」

「雑鬼ども。私は離れろと言っている」

 

 死にたい。死にたくない。

 生きたい。生きたくない。

 だれか、誰か殺してくれ。

 殺さないでくれ。

 怖い。怖ろしい。苦しい。辛い。

 

 突然、浮遊感に襲われた。

 予想だにせぬ事態に、心を恐怖が支配する。

 

 捨てられるのか。忌み子として、殺されるのか。

 いやだ。いやだ嫌だ嫌だ…!

 死にたくない!

 

 どくりと、胸の奥で何かが脈打つ。

 すっと周りの音が遠のいた。

 それと同時に、聴覚、触覚、視覚といった感覚が外界から膜を張ったように、そこにあるのに遠く感じる。

 一定間隔で脈打つそれだけが、感覚として認識できる不思議な感じ。

 

 音に耳を傾け、脈打つ振動に感覚を研ぎ澄ませる。

 身を委ねるようにその感覚を受け入れれば、不思議と心が落ち着いた。

 

 鼓動は次第に大きくなる。うるさいとも煩わしいとも思わず、むしろ眠気を誘うほどここちよい。

 うとうとするなか、やがて一際大きく脈打つと、何事もなかったのかのように、鼓動はふつりと途切れた。

 

 それに伴い、音をはじめとした感覚が戻ってくる。

 とん、とん、と一定の速さで背を叩かれている。

 もう大丈夫だ、と告げる暖かい声。視界に穏やかな目をした母の顔が広がる。

 

「よしよし。恐れることはない。私も益材も、お前たちふたりを愛している。だから、安心して元気に育て」

 

 手のひらから伝わる温もり。優しい瞳。微笑む唇。

 あたたかなものが胸にあふれだす。言葉にできないほどのその思いが苦しくて。でも、いとおしくて。

 

 熱いしずくが、目尻を伝う。

 大丈夫だと、信じてもいいのかもしれない。

 ほしい言葉をくれた存在に身を任せ、意識は闇に沈んだ。

 

 腕の中で眠る幼子をそっと寝かせ、葛の葉は雑鬼どもに視線を滑らせる。

 

「二人たちを頼む」

 

 言葉少なに子どもたちを任せ、退室する。

 力の弱い雑鬼。できることはたかが知れている。

 仮に何かあったら、その時は容赦なく消すまで。

 

「益材」

 

 愛しい夫の名を呼べば、益材は困ったように微笑む。

 その手に握られている書状は、見なくとも何を言わんとしているのかはたやすく想像がついた。

 けれど、彼が言わないから、知らないふりをする。長く同じ場所にとどまれない。連れていくことはできないから、置いていくしかない。

 

「忠行からか?」

「…まぁ、そんなところだ」

 

 力のない益材が、葛の葉を娶るために交わした約定。

 生まれた子どもを神祓衆の直系の家に送るか、娶らせるか。

 一人であれば、こう悩むことはなかった。けれど、生まれてきた子は、双子の男児。

 どちらかを寄こせと言われるのは明白で、事実、約定に従い生まれてきた子を、下の子どもを直系の家に入れろ、と催促する文が届いた。

 

 幸いなのは、今すぐ寄こせと言わないことか。

 無事に生まれてきた子でも、生き延びることができるのはほんの一握り。

 力があるとはいえ、病にかからないかというと、それはまた別の問題。

 何より、播磨までの旅に耐えられるとも思えない。

 

 刻限は、七年。七つまでは神の子と呼ばれる、その時が終わるまで。

 そうしたら、迎えが来る。

 

 苦い思いを抱きながら、益材はそっと手紙を火にくべた。

 申し訳ないと思う。子を、子孫を売るような真似はしたくなかった。

 でもそれよりも、気高く優しい彼女とともにありたいと思う気持ちが勝った。

 

 対価がなければ成り立たなかった婚姻。

 自分自身では祓うことができない代償。

 

 この先もずっと、あの子たちへの罪悪感を抱えて生き続ける。

 あの子たちのために、できる限りのことをする。

 それが親としての務め。それと同時に、あの子たちへできる唯一のこと。

 

 白い紙が炎に包まれていく様子を見つめる益材に、葛の葉は切なげに目を細めた。

 

 あぁ、この身が自由であれば、どんなによかったか。

 そうしたら、いとしい人のそばにいられる。かわいい子どもたちと過ごせる。疎ましい彼らへの、抑止力となれたのに。

 そう思って、そっと頭を振りかぶった。身の上ばかりは、どうしようもない。

 離れることは必要だから、胸が張り裂けるほどつらいということはない。

 

 遠くで、幼子の泣く声が聞こえた。

 

「呼ばれているから、行ってくるよ」

 

 やることがあるのだろう。行ってらっしゃいと告げ、机に向かう夫。

 その背中をみて過ごせる時は、もう長くはない。

 

 束の間の幸せ。それはわかっていたことだ。

 益材はしらない。私の秘密。共にありたいと望んでくれた彼と、束の間でも共に在りたいと思った。

 何も言わずに消えることを、申し訳なく思う。

 

 愛しい子どもたち。名はすでに決めてある。双子なのに驚いて、慌ててもう一つ考えたのは暖かい思い出だ。

 私はその名を呼ぶことはできない。呼べばきっと、届いてしまう。この胸に秘め、二度と呼べなくともかまわない。

 

 ただ。

 

 ふいに嬉しそうに下の幼子が笑った。

 …お前は、お前たちは私を忘れてしまうだろう。

 それが身を切るよりも辛く、悲しい。

 

 頬を、一つのしずくがすべる。

 

 視線を感じて、顔をあげた。じっと見つめてくる上の童子。

 内包する力を通じて、不安が伝わってくる。

 

 この子は賢い。赤子でありながら、まるで意識は成人のよう。

 何もできない母を、恨むだろうか。いなくなる母を、憎むだろうか。

 

「…母は、行かねばならないのだ」

 

突き刺すような緊張が伝わってくる。やはり、わかっいるのだろう。

守ってやりたい。その身を縛る呪を断ち切ってやりたい。だけど、できない。

 

「――愛しい子。そばにおれずとも、いつも思っているよ。

 恐れることはない。益材も、そしてこの子も、お前の味方だ。それを忘れるな」

 

二人の重さをその体に刻むように、葛の葉は抱きしめ続けた。

 

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