双子転生物語   作:彩霞

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第5話「欲深き人間」

 突き出した拳を避けられ、腕を捕らえられた。

 しまった、と思ったときにはすでに遅く。

 腕をひねりあげられ地面に引き倒される。

 もがき出ようとするよりも早く、首筋に手が添えられた。

 

「そこまで」

 

 師匠の声が厳かに響く。

 それを合図にまたがっていた弟は立ち上がる。

 腕で目元をおおい、すぅっと息を吸った。

 

「っだぁぁぁぁぁぁぁぁ、また負けたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「叫ぶな、うるさい、めいわくだ」

「32連勝のお前にはわからないんだぁぁぁぁぁっ!」

 

 仰向けからうつ伏せになり、ばしばしと地面を叩く。

 

「あともう少しだったのに!」

「最後の拳が致命傷だったな」

「ししょぉぉぉぉぉっ、傷をえぐらないでくださいよっ」

 

 それは自分が一番わかってる。あそこは引くべきだったのだ。

 ここ最近、体術で勝ててないからと焦りが出た。それが敗因となったのだ。

 

「あ――――、くやしいくやしいくやしいくやしいくやしいっ!」

 

 ずっと昔、運動は嫌いだった。ここに生まれてからも、初めは嫌で嫌で仕方がなかった。

 でもなんだかんだで修業を続けたところ、思うように体が動くようになった。

 それが楽しくて嬉しくてたまらなくて修行を頑張った。

 昔はだいたい勝ってたまに負けたりしていたが、ここ最近はずっと負けっぱなしだ。

 

「ふたりとも、傷の手当てをするから上がりなさい」

「はーい」

 

 ひょいっと起き上がって土ぼこりを払い、邸に上がった。

 

 今日の体術の修行は安倍邸で行われていた。

 師匠の事情に合わせて賀茂邸に赴いたり、安倍邸に来てもらったりしているのだ。

 

「いたたたたたたたたたっ!父上、いたいっ!」

「もう少しで終わるから」

「…………馬鹿丸出しだな」

 

 ぼそりと弟の呟いた言葉を聞きのがさなかった。

 目に涙を浮かべつつ、くわりと牙をむいた。

 

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 馬鹿っていう方が馬鹿なんだからなっ」

「ふん。お前ほどではない」

「ぬあぁぁぁぁぁぁっ、むかつく腹立つ、どこでそんな切り返しおぼえてきたんだよ!」

 

 他愛のないいつもの兄弟喧嘩。傷の手当の最中なので取っ組み合いにまでは発展しないが、口は動く。

 なんだかんだ言って仲のいい兄弟に大人二人は思わず顔がほころぶ。

 

「よし下の童子はこれでいいだろう」

「え、もう終わったの!?」

「かすり傷ばかりだったからね」

「うらやましっ! 俺の傷と代われ!」

 

 びしりと指を差せば、弟に叩き落とされた。

 冷めた目で見つめられてむっと顔をしかめる。

 弟よ。いくらなんでもそれはちょっとへこむぞ。

 

「下の童子。少し話があるからきなさい」

 

 そういう師匠に連れられて奥の部屋に入る弟。

 説教でもされるのか? あ、それどもほめられるとか?

 でもそれならわざわざ二人きりになることないよな。

 

 傷の手当てを受けながら弟と師匠を目で追っていると、父が心配そうな顔をしていた。

 

「先ほどの手合わせ、少し動きが鈍くなかったかい?」

「そう、でしたか?動けていたつもりだったんですけど…」

「……………」

「父上?どうかしましたか?」

 

 突然黙り込んだ父。見上げると厳しい表情をしていた。

 そんな父上の表情は初めてでたじろぐ。

 

「あ、あの……俺、何かしましたか……?」

 

 はっと我に返ったように父は首を横に振った。

 何かしたというわけではないよ、と頭を撫でられる。

 何かしたわけではないが何かあるのだろう。

 得も言われぬ不安が、胸に重石を落とす。

 

「童子。忠行様から伺ったのだけれど、きちんと眠れているかい?」

「…眠れてると、思います。師匠が教えてくれたおかげで夢も見ないので」

「そうか。なら、いいのだが……もしまた呼ばれることがあっても、行ってはいけないよ」

 

 懇願するような眼差しを不思議に思いつつ頷いた。

 一体どうしたというのだろう。

 あんなに心地いいのに。

 

「さぁ、終わったぞ」

「ありがとうございます、父上」

 

 砂埃を落とすために井戸から組んできた水を庭に捨てる。

 その桶を片づけに父はその場を離れた。

 

 一人残されて、なんとなく膝を抱えた。

 それにしても、師匠の用は長いなぁ。

 やっぱりあれなのかな。あいつの方が優秀だから特に目をかけてるんだろうか。

 あ、それはへこむ。俺だって頑張ってるのに。

 

「楽しくないわけじゃないけど、むなしいよなぁ」

 

 双子は周りからも比べられるだけじゃない。

 自分でも弟と比べて、卑屈になることがある。

 双子なのに、どうして違うんだろうって、思う。

 一卵性なのにな。

 

 落ち込んでいると、甘い香りが鼻腔を掠めた。

 

「すみません!」

 

 来客を告げる声に顔を上げた。

 

 ――むかえに、きたよ…。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 ぼう、と頭の心がしびれて、思考が遠のく。

 

 そうだ。迎えが来た。

 だから行かなきゃ。

 来たから、行かなかなきゃ。

 呼んでいるから、その先に。

 呼ばれているから、香りの下へ。

 

「童子っ!」

 

 早く行かなきゃ、また怒られる。

 

 

 

 

 

 

 

 赦さない。許さない。

 

 お前だけ生きているだなんて、許さない。

 

 だから来なさい、此方に。

 

 お前なんて必要ないの。

 

 お前なんかいらないの。

 

 おいで克寿。その命をあの子にちょうだい。

 

 

 

 

 

「童子っ!」

 

 父の切羽詰まった声に、部屋を飛び出した。

 とたん、鼻をつく甘ったるいにおい。

 顔をしかめ、鼻と口を袂で覆い隠した。

 

 先ほどいた、簀の子のところに父の姿はない。

 では、どこに。

 

「童子はここに居なさい」

 

 師匠が横をすり抜けた。

 その背を追うように首をめぐらせる。

 門の外に何かがいる、と感じるのと父が吹き飛ばされるのは同時だった。

 

 ここに居ろ、と言われたことも忘れ、一目散に門へ走る。

 そこで見たのは、“何か”に呑まれそうな兄と、それをひきとめる師匠の姿だった。

 

 触手のようなもので兄を絡めとり引きずり込む化け物。

 ぽっかりと浮かぶ人の頭は、けたけたと笑っていた。

 不意に、視線が合った。にぃ、と女の唇がつり上がる。

 

「っ!?」

 

 流れ込んできた思惟。

 憎しみ。恨み。悲しみ。妬み。

 そして隔意の根本にある、悪意。

 兄に向けられる明確な害意を感じ取り、呆然とした。

 

 どうして、そんなものを兄に向ける。

 確かに自分たちは双子というだけで敵意を向けられる。

 しかし、自分ならまだしも兄にだけ負の感情を向けられる意味が分からない。

 活発轆地な兄になぜ。

 

 ぐいっと肩をひかれ、引かれるように後退る。

 我に返り振り返ると、頭から血を流す父の姿があった。

 

「父上、血が……っ!」

「大丈夫だ」

 

 ふらふらと師匠に歩み寄る父。

 その背を見つめたまま、その場にたたずむ。

 どうしてか、現実味を感じられなかった。

 

 どうしてこんなことになったのだろう。

 なぜ父も師匠も傷ついているのだろう。

 なぜ兄は動かないのだろう。

 なぜあの化け物は兄に殺意を抱いているのだろう。

 

「…………さつ、い…?」

 

 そう、殺意だ。あの化け物にあるのは、兄への殺意。

 なぜ兄を殺そうとするのかはわからない。

 でも、呼んでいたのは兄を殺すため。

 

 兄が殺される。すなわち、死んでいなくなる。

 兄がいない。いつも騒がしいあの兄が。

 自分とは真逆の兄が。

 自分のそばから、いなくなる。

 

 すぅっと、心が冷えた。

 自我のない様子で宙を見つめ、抗わない兄。

 童子、と叫んで兄に手を伸ばす父。

 術を駆使して化け物と対峙する師匠。

 ……何もできない、自分自身。

 

 感じとった殺意に麻痺していた思考がようやく追いついた。

 ふつふつと様々なことに対して怒りがこみ上げる。

 

 ふざけるなよ。

 どれだけ自分が一喜一憂していたと思っている。

 いつも先に行く兄に置いて行かれまいと努力した。

 その能天気さが気に喰わないけど羨ましくもあった。

 有能なくせに異様なまでの鈍さが腹立たしくもあった。

 

 兄を大切だと思っている。失いたくないと思ている。ともに在りたいと思っている。

 それは父も師匠も同じこと。

 

 唐突に理解した。

 

 兄の様子がおかしいと初めて話したとき、言いたくなかったのは父や師匠に対する嫉妬だ。

 好き勝手して能天気で周りを惹きつける兄を、本当は尊敬していた。

 うるさくてやかましくて煩わしくても、大切な双子の片割れだから。

 自分の半身のような存在だからこそ、他の誰でもない自分の手でどうにかしたかった。

 

 そんなくだらない子供の自尊心のせいで、兄は囚われた。

 対応が後手に回ってしまった。父と師匠が傷ついた。

 

 ゆらりと、胸の奥で炎が揺らめいた。

 怒りに呼応するかのように、激しく脈打つ。

 

 驚いたように父と師匠が振り返った。

 何かを叫ぶが、その言葉は耳にまで届かない。

 ただ、怒りばかりが己を支配していた。

 怯えたように体をすくませる妖を睨み、うなりを上げる。

 

「兄上から、離れろ……!」

 

 

 

 

 

 

 唐突に、意識が戻った。目の前に広がる変な物体。

 うねうねぬめぬめと動くそれに、無意識のうちに足を退く。

 

 けれども、沼にいるようにうまく動けなくてしりもちをついた。

 のめり込む感覚に顔をしかめ、ずぼっと手を引き抜く。

 

「何だこれ、きもっ」

「兄上っ!」

 

 弟の切羽詰まった声。

 初めて聞くその声音に振り返り、瞠目した。

 弟を包み込む青白い炎。

 

 ぞわりと、肌が粟立った。

 あれはだめだ。危険だ。

 あの力は命を削ぎ、そして人ではなくするもの。

 

 そういう力だ、あの青白い炎は。

 

「やめ……ぐっ!?」

 

 やめるよう口を開けど、最後まで言葉が紡がれることはなかった。

 唐突に感じた喉の圧迫感。背中にぬめったものが当たる。

 苦しみと、もう一つ別のことに目を見開いた。

 

 ――ちょう、だ…い……。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 唇がそう動いたから、そう聞こえたのかもしれない。

 

 自分の首を絞める触手に浮かぶ人の頭。

 記憶の中のものと随分と印象が違う。

 それでも、顔の特徴は覚えている。

 

「かあ…、…さ…………っ」

 

 薄れる意識の中で絶望にとらわれる。

 

 どうして、忘れていたのだろう。なんで、今まで笑って過ごせたのだろう。

 あれは俺を、俺の命を狙ってる。今までだって、そうだったじゃないか。

 なんで死んだと思っている。なんで自死を選んだのだと思っている。

 全部、こいつがいたからだ。

 

 忘れなければ。俺が、覚えていれば。

 もっと早くに、夢から目覚めていれば。

 

 それさえも嘲笑うかのような表情に、頬を涙が伝った。

 

 もういい。やめろ。やめてくれ。

 みんなを巻き込まないでくれ……!

 

 静かな叫びを下の童子は聞いた。

 

 喉を掻いていた兄の手が、力なく落ちる。

 それに下の童子は目を見開き息をつめた。

 どくりと、心臓が跳ねる。音が、さらに遠くなった。

 

 認めない。認めない。そんなこと、認めない。

 死んだなんて、そんな馬鹿なこと。

 誰が、誰が認めるものか……!

 

 ぎりっと歯をかみしめ、目の前の化け物を睨みつけた。

 

 ずるずると兄を引き込む化け物は嗤っている。

 此方のことなど目に入らないように、兄を見て嗤っている。

 楽しそうに、嬉しそうに、面白そうに、喜ばしそうに。

 その命を狩ることに歓喜している。

 

 何度目かもわからない術を放つ。

 もう指先の感覚がない。息も上がっている。

 気を抜けば倒れそうなのを、渾身の力で支える。

 自分が今持ちうる力のすべてを使い切る覚悟で、印を組んだ。

 

「兄上を、返せ――!」

 

 振り上げた刀印を、叩き下ろしたところで、ふつりと意識は途切れた。

 




2019年10月9日 誤字訂正、加筆
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