双子転生物語   作:彩霞

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第7話「人ならざる者」

 清涼な風が頬を撫でる。

 磐座に腰を下ろして静けさを堪能するのが良い。

 今宵はみごとな望月というのもあり、気分は上々。

 

 そんな時、山腹あたりに気配を感じた。

 各地を彷徨い姿をくらます、朋友の気配。

 ……否、朋友と同じ気配。

 

 清廉な気が乱れ、木々がざわつく。

 静けさを乱され、眉をひそめた。

 山腹で揺らめく妖気はおさまることを知らない。

 

 出向こうと思ったのは、ただの気まぐれだ。

 安定しない妖気があるところで降り立ち、ほう、と感嘆した声を上げた。

 

 年半ばもいかぬ子供だ。

 妖気のなかにわずかばかり霊気の残滓がある。

 ということは、人の子か。

 どういうわけか妖の力を目覚めさせ、呑まれかけているらしい。

 

「――ん? これは…」

 

 暫しの間思案する素振りを見せた。

 無情ではないが、虫の居所が悪ければ追い出すこともあるくらいには非情だ。

 そういう自覚はあるし、元来そういうものなのだ。

 

 だが、もしかしたら面白いことになるかもしれない。

 確立としては低いだろうけども、待ってみるとしよう。

 

 収まることの知らない力を、自身の力をもって抑え込み、その子どもを連れて姿を消した。

 

 

 

 

 徐々に意識が浮かび上がる。

 重い瞼を緩慢に開けば目の前に紫紺の中に輝く数多の光が広がる。

 緩慢に目を瞬き、身体を動かした。

 思っていたより体が重く、関節がぎしぎしとなる。

 

 ようやく起き上がれたとき、上から聞きなれない声が降ってきた。

 

「起きたか、子ども」

 

 誰だ、と声がした方を仰ぎ見て、思わず言葉を失った。

 船の形を模した磐に、一人の女性が座っている。

 それが、今までお目にかかったことがないほど、美しい顔立ちをしていた。

 

 腰よりも長く癖のある薄紫色の髪。

 すらりと伸びる手足は細く華奢な印象を与える。

 身にまとう衣は、なんと形容すればいいのか、言葉が見つからない。

 胸元には深い色合いの大きな玉が首から下げられている。

 

 宝石だろうか。あんなに大きな玉は見たことがない。

 瑠璃色の双眸がすっと細められた。

 

「いつまで呆けているつもりだ」

「――うわぁぁぁぁぁっ、見惚れてましたごめんなさいっ」

 

 我に返り目にもとまらぬ速さで土下座した。

 鼓動はいまだに激しいままで、頭を下げながらもう目が回りそうだ。

 

 母上は可憐って言葉が似つかわしい人だけど、この人は。

 なんていうかこう、うん、妖艶っていうか艶やかっていうか。

 母上とは次元の違う美しさだ。

 

 脳裏に焼き付いた彼女の姿に、頬を染める。

 異性に興味なんてなかったし、むしろ嫌悪すら抱いていたけど、なんなんだこの緊張は!

 

「見ればわかる。気にするのはそれだけか」

「へっ? えー、えぇぇぇ、えーっと……?」

 

 そろそろと顔を上げれば、あおい瞳が自分を見つめている。

 

 ほんとに綺麗だよなぁ…。目は青いし髪は紫っぽいし、どこの国の人なんだろう。

 ってそうじゃないそうじゃない。気にするって、なにを気にすればいいんだ?。

 

 きょろきょろとあたりを見渡す。

 うん。ここがどこか知らないし、気にするといわれてもさっぱりわからん。

 何かが変わっていたとしても、変化なんてわからないぞ。

 場所の違いに気づけってことじゃないのかな。

 

 必死に考えをめぐらせていると冷たい夜風が頬を撫でた。

 わー冷たいなー、としか思わなかったが、視界の隅にむき出しの素足が視界に入った。

 

 ……………………、そういうことか!

 ようやく答えを見つけてもう一度ぐるりと周りを見渡す。

 そして自分とあたりを見比べて、もう一度目の前の美女を見上げた。

 うん、やっぱり寒そう。というか見てるこっちが寒いです。

 

 男として気遣いをもてと言いたかったんだね。すっきりしたぁ。

 

 水干に手をかけて、着物を脱ぎ腕に掛ける。

 飛び跳ね磐の端を掴む。――が、つるりと手が滑ってしりもちをついた。

 ぱちぱちと目を瞬かせてむっと顔をしかめる。

 今度は背を伸ばして落ちないようにぐぐっと腕に力を入れる。

 

 しかし、どうやら腕力が足りないらしく、耐えられなくなり再び地面に落ちた。

 打ち付けた所をさすりつつ痛い、と小さくうめく。

 

 予想だにせぬ行動に静かに女性は目を瞬かせた。

 断りもなく寄ったことについては、面白そうなことを考えていそうなので、今回は目をつむることにする。

 自分の手を見下ろして更に顔をしかめる子供。

 面白い玩具を見つけたとでも言うように目を細め、ようようと口を開いた。

 

「何をしようとしている?」

「…………お隣に行きたかったんですけど…」

 

 不貞腐れた顔で童子は自分を見下ろした。

 力が、いやでも俺まだこども。できるほうがおかしいか?

 とにもかくにも、どうやら自分で掛けてあげることはできないようだ。

 

「これ、寒いと思うのでどうぞ」

 

 言葉とともに差し出された衣。あぁやはり、と女性はわずかに口角を釣り上げた。

 その目はふざけているようなものではなく、本心からそう持っているのだろう。

 なかなか面白い子どもだ。久方ぶりに、退屈せずに済みそうな気がする。

 

「その心意気だけはもらっておこう」

「寒くないのですか?」

「問題ない」

 

 よかった、と安堵の息をつく子どもをじっと観察する。

 もとより人間が持つような感覚を持ち合わせていない。

 その点に関しては問題はないのだが。

 

「あ、寒かったら無茶しないでくださいね」

「お前、私を何だと心得ている」

「?」

 

 きょとんと目を瞬かせたかと思うと、童子はわずかに首を傾げながら、おそるおそる口を開いた。

 

「えぇっと、きれいなひとだなぁって思って…ます」

 

 だって、お姉さんほど綺麗なひとを見たことない。

 美女って言おうと思たかもだけど、綺麗の方がお姉さんにはふさわしいなぁって。

 

 至極真面目な顔で告げられた内容に、思わず肩を震わせた。

 どうやら、いろいろと本気で気づいてないらしい。

 ここまで鈍感なのもいっそ見事だ。

 

 この後、面白いことことが見れるのを期待しつつ、ついっとある方角を指さした。

 

「あちらに川がある。そこへ行け」

「かわ、ですか?」

「そうだ」

 

 首をかしげつつもわかりましたと丁寧にお辞儀をして、子どもは言われたほうへ向かう。

 夜風に身をさらし、しばしの間の静寂を堪能していると、人よりも鋭い聴覚が素っ頓狂な声をとらえた。

 それに、やはり、と唇をゆがませた。

 

 人でありながら妖の、神に通ずる力を持つ天狐の力をもった子ども。

 彼は、人であることをやめ、妖として生きる道を選んだ。

 だが人の身ではその力に耐えられず、肉体は朽ちる。

 

 だから、年月をかけて肉体を変質させた。

 妖としての力に耐えうる肉体へと作り替えたのだ。

 

 それが成功するかは、その人の心次第。

 失敗すれば、あたりに害を及ぼすだけの、自我のない化け物へとなり果てていた。

 

 人が鬼へと堕ちた話は聞く。鬼が人に成り代わった話は聞く。

 だが、自らの肉体を作り替えて妖となった話は聞いたことがない。

 だから興味本位で、その子どもを保護した。

 

 見事生還した少年。だが、まさかその変化に気づかぬとは思いもしなかった。

 あの妖気に耐えられたのだ。もと霊力は桁違いだったはず。

 だというのに、自分の力が変質していることもわからぬ愚か者だと、だれが想像できようか。

 

 ぜぇ、ぜぇ、と荒い息を吐きながらがんぜない子どもが戻ってきた。

 走ってきたのか、髪は肌に張り付き、汗が流れ落ちている。

 

 よほど衝撃的だったのだろう。

 ある程度息が整ったところで、子どもはばっと顔をあげた。

 

「なんですかこれは!?」

 

 両手で頭に生える耳を押さえながら、愉快そうに微笑む美女を見上げた。

 

 言われた通り川に行けと言われて行ってみれば、水鏡に移った己の姿は変わり果てていた。

 いや、顔立ちや年齢は変わらないのだが、頭の上にぴこぴこと動く獣の耳が生えていた。

 

 引っ張ると痛い。そのうえ取れない。意識をすれば動く。

 嫌な予感を覚えつつ、そろそろと臀部に手をやれば、案の定、もふもふしたものが触れた。

 恐る恐る手にもって前に持って来れば、ふわふわした獣の、それも狐の尻尾。

 

 言葉が出てこなくて、二の句が継げないとはこのことかと、現実逃避したのは記憶に新しい。

 いろいろ訳が分からなくて、その場から逃げるようにしてこの場所へと戻ってきたのだ。

 

「なんで、なんでこんな……っ」

 

 こんな姿じゃ帰れない。狐の耳と、尻尾をはやした状態じゃ帰れない。

 違う。こんなの俺じゃない。違う。俺は獣じゃない。

 違う、ちがう。俺は、……っ、おれは……!

 

「俺は、にんげん、なのに……っ、にんげん、っ……だったのに…!」

 

 どうして、と泣きじゃくるその子どもを、静かに見つめた。

 目が覚めたら妖でした。それで受け入れろというのは無理な話。

 人間だったことを覚えているのであれば尚更。

 

 どれほどの時を、見守っていただろう。

 声をあげて泣いていた子どもはやがて、俯いて鼻をすするまでに落ち着いた。

 それでも顔をあげないのは、この現実を受け入れたくないからだろうか。

 

 そうだとしても、現実ならばいつかは受け入れなければならない。

 逃れることなどできやしない。

 

「――子ども」

「っ……は、い…」

「その姿は、人と、妖の姿が混ざり合ったもの。人の血と妖の血が混ざりあうがゆえになったのであろう」

 

 天狐は、文字通り狐。

 生まれながらにして天狐であるものと、長き年月を生きた狐が神格を持つようになるものと、二種類存在する。

 どちらにせよ、本性が狐であることに変わりはない。人の姿は、変化しているに過ぎないのだ。

 

 しかし、人はどうだろう。

 人は変化することはできない。力を使って自らの認識をずらす(・・・)ことはできても、姿かたちを変えることはできない。

 

 人から妖になるにあたって、肉体を改変するとはいえもとは人間。

 二足歩行から四足歩行に変えるのには体に相当な負担がかかる。

 ただでさえ妖気に耐えうるのも危うい器が、それに耐えられるとは考えにくい。

 

 その結果、人であるけれど、妖としての特徴を反映した今の姿になったのだろう。

 

「人の血と、妖の血……。…まさか、母上…?」

 

 呆然と、自分の手を見下ろした。

 

 自分を包み込んでくれた青白い炎。それを自分は、母のものだと思った。

 狐の子だと噂されていた。父は人間。ならば母がそうなのだろう。

 火のないところに煙は立たないという。自分から聞くこともしなければ、父から言うこともなかった。

 母がそばにいないのは確かに寂しいが、父が、弟が、師匠が、雑鬼がいたから、それでよかった。

 

 ぎゅっと手を握り、目を固く閉じる。

 過去に二度感じたことのある温もりが、自分の中に根付いている。

 不安だったとき、怖かったとき、恐れていたとき、この温もりに安心したことを覚えている。

 大丈夫だと、愛しているよと優しく語り掛けてくれた声を覚えている。

 

 思い出して絶望した自分を、引き上げてくれたことを覚えている。

 

 ゆっくりと目を開き、目尻に残るしずくをごしごしと拭い去った。

 深呼吸をして、ゆっくりと女性を見上げた。

 

「今のおれは、あやかしですか?」

「そうだ」

「にんげんに戻れるかのうせいはありますか?」

「ないな」

「この耳と尾を、かくすことはできますか?」

「変化のちからをお前が使えるようになればあるいは」

「変化の仕方、わかりますか?」

「さてな」

 

 うっ。やっぱりわからないか。でもこの姿のまま帰ることはできない。

 せめて、ちゃんと人の姿をとれるようになってからでないと。

 どうしたら取れるのかな。想像したらできるのかな?

 

 耳としっぽなくなれ、と念じながら人であった頃の姿を想像したものの、まったく変わらなかった。

 やべぇ、凹む。こつが全く分からない。

 

「――己が力の流れを知れ」

「力のながれ?」

 

 そうだ、とうなずく女性。

 じっと手を見て思案する。

 そもそも、俺の力ってなんだ。

 

 頭で考えてもぱっとは出てこなくて首をかしげる。

 これは長期戦になりそうだ。

 

「あの!」

「なんだ」

「ちゃんと変化できるようになるまで、ごしどういただきたいのですが、ごつごうはいかがでしょうか」

「……子ども。私をなんだと心得る?」

「え? えーっと…?」

 

 ふわりと冷たい何かが体をまとう。なんだろうこれ。まぁいいや、それより質問の答えだ。

 さっきも同じことを聞かれたよな、と内心首をかしげつつ、自分の答えを口にする。

 

「きれいなお姉さん。じゃなきゃ、ようえんなお姉さん。…あれ、ようえんってほめ言葉だったっけ…?」

 

 妖しく艶やかな人。貶してはない、よな?

 

「――まぁいいだろう。気が向いたら見てやらないこともない」

「ありがとうございます。えーっと……、あ、俺は暁明といいます。あなたは?」

「……、………高淤と呼ぶことを許そう」

「たかおさんですね。あらためて、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」

 

 ちょっと修行してくるので、気が向いた時にまたお願いします、と頭を下げる子どもに一つうなずき、その背を見送った。

 

「なかなか、面白いことになりそうだぞ、我が朋友よ」

 

この国のいずこかにいる、異国の少女に思いを馳せながら高淤は、――貴船の祭神・高淤加美神は天を仰いだ。

 

 

 




2017年9月22日 一部修正
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