少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
澄み渡る空の下、永遠ともいえる海を眺める。
耳に流れる潮騒に心を任せて、ただ今の自分を見つめ直す。
「・・・・・・・よし、逃げよう」
彼はそう呟いて立ち上がった。
少し長めの黒髪と紫色の瞳の青年は、躊躇うことなく机に立てかけてあった剣を持ち上げる。
漆黒の鞘と白い柄、その間に封印のように水晶が施された、全体で二メートルを超える巨剣を器用に回転させ、後ろ腰に備える。
何時もと同じ場所に剣を収めた彼は、しばらく室内を見回す。
入口は一つだけ。他は窓もない室内。
けれど、厭味のように潮の香りと音を運んでくる場所は『執務室』と呼ばれていたが、どうでもいい。
逃げだす。もう嫌だ。こんな場所で缶詰になって、毎日毎日、書類と睨めっこなんて吐き気がする。
逃げだす。ならばどうやってと考える。
入口は一つだけ。『トップの部屋を空襲がある場所に備えるなんて、馬鹿ですか』とか言った少女のために、地下三階に設置されたのがここだ。
生き埋めになったらどうするんだと反論したところ、『え? 生き埋めになるんですか?』と真顔で返されてしまい、それ以上の反論ができなかったからだが。
全周囲、壁。周り中ガンダニウム合金と超合金Zで埋め尽くしたとか、馬鹿なんじゃないかと反論してやりたい。
フェイズ・シフトとか、ナノマテリアルとか、金属粒子帯とか使わなかっただけ常識的だな、と思ってしまう自分が恨めしい。
穴をあけるか。いや、穴なんて開けたら、一瞬でバレる。
すぐに警報が鳴って、バッタ―六足で四つの目を持つ『第六感ある人工知能』と『個性豊かな面々』という機械じゃない集団―が飛んでくる。
いや待った、『あいつら』が来たらどうしよう。
一瞬だけ動かしかけた足が止まるが、彼は首を軽く振って足を進める。
構うものか。逃げると決めたんだ。
誰が相手になろうと逃げだす。
手段は二つ、一つ目は穴をあける。二つ目は『転移』。
どちらの手段も実行した瞬間に警報が鳴るから、時間との勝負か。
「よし・・・・・・・穴を開けよう」
グッと握り締めた拳は、後ろ腰の剣ではなく、『空中』を掴む。
銀色の輪が浮かび上がり、内部に七色の光が踊る『波紋』。
かの有名な英雄王の技能―『王の財宝』に似せた能力。
出現する武器は、過去・現在・未来、その上に異世界と神話、滅んだ世界や次元の狭間から祖先たちがかき集めた武器。
「さぁ!!!」
「失礼します」
ノックの後に軽やかな声がして、少女が入ってきた。
白というよりは白銀かな、という色合いの髪をツインテールにした少女は、金色の瞳を瞬かせて、きょとんとした顔で見つめてくる。
対して自分は背後に武器を羅列させ、拳を握っている状態。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
無言が怖い。怒っているのではなく、呆れているのではなく、単純に驚いている様子で、コテンって可愛く首をかしげているから、なおのこと怖い。
「テラさん、一応、ここの装甲は『時間凍結と攻撃概念の無効化』をかけてあるので、まずは術式を破壊しないと跳ね返りますよ」
「ガッテム!!!!」
少女の本気で心配している声に、青年―テラ・エーテルは膝をついたのでした。
こうして彼―テラ・エーテル提督の六十八回目の脱走は、入室してきた提督代行―ホシノ・ルリの一言で終わったのだった。
本州より離れること南方海上287キロメートル。
八丈島と呼ばれるそこは、ようやく奪還した領海を護る要であり、対深海棲艦との戦争の最前線を支える鎮守府があった。
事務仕事が苦手な提督と、そんな現場主義の提督を支える提督代行と、賑やかな艦娘達がいるここは、『八丈島鎮守府』。
あるいは、所属している艦娘達が好んでつけているシンボルから、『血の十字架の鎮守府』と呼ばれている。
私にとっては、日常のこと。
あの人のために。
あの人の背中をみつめるのが、私の存在理由。
そして、道を塞ぐすべてをなぎはらうのが、ホシノ・ルリの使命なのだから。