ハッチャケすぎました。
翌日の八丈島鎮守府近海は、生憎の雨だった。
曇天から落ちてくる雨の中、輸送部隊は元気よく出発していく。
やがて、港から見送る影は豪雨の中へと消えていく。
「雨量が多い。始まって以来、初の豪雨ですね」
「はい。念のため、秋津洲には広域探査と三次元電探の使用を許可しました」
大淀の指示にルリは大きく頷く。
ウィンドウに表示された画像と、隣に表示された天気図。
さらに細かく数字かされたデータに視線を走らせ、少しだけ目線を鋭くする。
「やはり、厄介なほど雨量が多い。電探の精度が落ちる可能性があります。各艦隊には警戒厳に、と伝えてください。念のため、潜水艦達に浮上での目視も、ありえると」
「はい」
引き続きの指示を受けた大淀が通信を始める。
雨天か、嫌な予感しかしない。
宇宙空間での戦闘経験は豊富だ。むしろ、それしかしてこなかったのがルリ達『サイレント騎士団』だ。
地上戦、あるいは大気圏内での戦闘がまったくなかったわけではないが、経験値でいえば不足している。
八丈島鎮守府が始まってから、それなりに経験はしていたのだが。
ルリはどうしても後衛、本拠地から動かない完全なフルバックが主なため、こういった気候条件での戦闘は経験がない。
テラならば、雨天だろうが、深海だろうが、何処でもフルパフォーマンスが誇れるのだが。
思考が蠢く。
元々、ホシノ・ルリはサイレント騎士団の団長を務めている。
テラが支配下においている全軍の内、九割九分への命令権を持ち、全軍を動かしても淀みなく命令を伝える代行者だ。
その経験と知識が、『現状は最悪に備えろ』と告げている。
「大淀、第一特務艦隊全員を待機から予備へ。全員、第一種兵装を装備」
「はい」
足りないか。
いいや十分ではないか。
思考が次々に論争を繰り返すのは、何時ものこと。
ルリはモニターを見つめながら、僅かに間を置く。
大淀も指示を出しながら、横目で彼女を見ている。
足りない、と結論を出す。もしかしたら過剰かもしれないが、不十分で現場の艦娘に被害が出るよりはいい。
「睦月、如月に空間凍結弾とフィールド発生装置を、北上、大井に光子魚雷、侵食魚雷を装填。扶桑と山城は、第一種兵装を完全装備へ」
「え?」
出された指示に、大淀が止まる。
通常なら使わない。もしくは、使用することも考えない、凶悪兵装。
第零種兵装以外で常識を疑うような、提督が考えた馬鹿げた兵器。
「大淀、指示を出しなさい」
「あ、はい」
復唱する大淀は、続けて画面の向こうで待っている特務艦隊へ指示を出す。
特務艦隊―八丈島鎮守府において、敵陣内部に孤立した友軍を強襲して確保し、さらに味方陣地まで護衛することを目的に組織された艦隊。
最終試験で吹雪、暁、大和、瑞鳳の第零種兵装を使った『実戦』で生き残った彼女達ならば、どのような状況でも任務を遂行できる。
「杞憂で終わればそれでいいのですが」
もし、これで足りなければ。
「・・・・・・提督が飛び出すことがないように」
小さくルリが願う。
通達された命令に、工廠は一瞬だけ静寂に包まれる。
誰もが顔を見合わせ、まさかと口を動かしかける。
「話を聞いていたでしょう? 明石、夕張、準備を」
扶桑は、優雅に振り返る。
動揺することなく、ごく自然に。
「扶桑さん、あの」
「でも・・・・・・・」
しかし、艤装を用意する側は迷う。
本当にあれを使うのか、と。
「明石、夕張・・・・・・・二度は言いませんよ」
穏やかに微笑む彼女は、独特の凄味がある。
二人は不意に、思い出す。
いつか、提督が言っていたこと。
『抜かぬ剣こそ平和の証。ならば、その剣が抜かれる時は、すべてを薙ぎ払う時』。
「はい!」
動き出した二人を見つめ、扶桑は振り返る。
「では、各自準備に怠りなきよう。私たちが動く時は、激戦の時のみよ」
「はい!」
「できれば、提督が動く前に終わらせたいわね」
切実に。
もし、手間取りでもしたら、間違いなく提督出撃だろう。
自分達よりも圧倒的な火力で薙ぎ払う姿が、目に浮かぶようだ。
やり過ぎ注意と提督に具申した回数は、何度を数えただろうか。
少しだけ溜息をつきたくなった扶桑なのだが、自分達も『やり過ぎ注意』の部類に入るため、強くは言えない。
「艤装用意完了しました。扶桑さん」
「ええ、お願い」
顔を向けた先、見慣れた艤装がリフトで運ばれてくる。
連装主砲五基、飛行甲板一つ。
扶桑型第一種兵装完全装備。
それは、提督が言い出した、とても馬鹿げた考えのもとで作られた艤装。
内容を知った全員が、『馬鹿でしょう』と言い放つこと間違いない。
接続開始。
山城と並びながら艤装を接続し、妖精たちがチェックに動き回る様を視界の隅で見つめる。
同じように、睦月と如月、北上と大井もそれぞれの艤装を接続、続いて武装の確認に入っている。
「データチェックします、まずは『第一主砲』から」
「お願い」
夕張がコンソール上での接続確認と、各部の動力炉の確認。
明石が視認しながらのケーブルなどの確認。
本当に、複雑なものになった。
第一種艤装の完全装備をするだけで、二人の技術系艦娘の手を借りなければ装着できない。
「少し昔を思い出すわね、山城」
「ドック入りの日々だった頃ですか、姉様?」
「ええ、そうね。あの頃は出撃したいと願っていたのだけれど」
「平和が一番だと実感できます、姉様」
接続中の他愛のないおしゃべり。
何時もなら、こんな会話の後にはまた待機になったと通信が入って、解散になるのだが。
今日は通信が来ないまま、艤装の接続が完了。
「・・・・・嫌な天気ね」
雨が降りしきる港に目線を向け、扶桑はそう呟いた。
チリっと、ルリは首筋が焼ける気がした。
「秋津洲より緊急入電!」
大淀の叫び声が執務室を走り、モニターに画像が送られる。
「雨雲の下に深海棲艦の一軍を確認! 艦種、戦艦棲姫十二! 戦艦レ級十一! 重巡、駆逐艦多数! 距離、33キロ!」
アウトレンジに入られた、か。
やはり、敵はこちらの警戒システムを理解し、その弱点を突いてきた。
大気圏外からの監視は、雨雲に遮られることがある。
電探―レーダーの電波は、雨によって遮られてしまう。
「相手も考えていますね。輸送部隊全員へ警報を送信、続いて基地航空隊はスクランブル発進」
「はい! あ! 続いて追加情報があります。別方向から空母ル級八の大艦隊を確認! すでに航空機の発艦をされているそうです!」
あの距離で。
ルリは一瞬だけ疑問に思う。いくらなんでも航続距離が持たない。プロペラ機の外見をもつ深海棲艦の航空機に、それほど広大な航続距離はなかったはずだが。
「天候に変化あり! 風速上がります。航空機隊の発進不能です!」
「なるほど、なるほど」
状況が悪化していくか。もしかして、この状況を相手は予想していたのだろうか。
いや、もしかしたら、オラクルが『わざと見逃した』か。
ありえそうで怖い。彼は温和で優しいが、時々にこういった『試練』を放り投げることがある。
待った、前の時の仕返しだったりしないか。
ここ―八丈島鎮守府が、もっと言うならテラがいる場所が攻撃を受ければ、騎士団要綱により独自出撃が可能になる。
となれば、喜々として全員が動き出すだろう。
「そんなわけないか」
考えが飛躍しすぎた。
彼がそんな短絡的な考えをするわけがない。いくら要綱があったとしても、待機命令が優先される。
もし、動けるとしたら生命の危機といった異常事態のみだが、相手側の攻撃でテラが傷つく可能性は、限りなく低い。
「単純に、対処できるという信頼でしょうね」
「提督?」
独り言に反応され、ルリは小さく首を振る。
「何でもありません。後、提督代行です。大淀、扶桑と山城に直接通信を」
「はい・・・・・・繋ぎました」
通信モニターが浮かび上がり、二人の顔が見える。
どちらも緊張の欠片もなく、普段と変わらずにのんびりだ。
「敵艦隊は多数、二方向から接近中です。片方は打撃艦隊、もう片方は航空戦力。どちらがいいですか?」
『では、私が打撃艦隊を』
最初に扶桑がのんびりと答える。
『ならば、私が航空戦力を』
続けて山城が、少し気だるそうに告げる。
「よろしい。では、第一特務艦隊は二つに分けます。扶桑、北上、睦月が第一分隊。山城、大井、如月が第二分隊とします」
別モニターに艦隊識別用のデータを表示。
特務艦隊の艦娘図が分けられ、第一、第二分隊として別々の表示になり、八丈島鎮守府の地図上に配置。
「大淀、秋津洲に『弾着観測』をさせます」
「はい。ですが、雲が邪魔をしています」
「大丈夫です・・・・・」
ルリは右手を動かし、モニター上にサインを描く。
パスワード確認、ロック解除と表示された。
「薙ぎ払いますから」
ニッコリと、彼女は微笑んだ。
耳から流れるのは、小さな警告音。続いて、妖精たちから『ロック解除されました』と報告が上がる。
『扶桑、山城、聞こえていますね? 第一主砲を使います』
「はい」
『解りました』
『装填、六式砲弾―信管は高度計と連動、地上百五十メートルでセット』
提督代行の指示の元、妖精たちが砲弾の設定を変更、続いて主砲へと装填していく。
『秋津洲へ、局所重力場が発生します。オービットベースの重力制御に注意を』
『かも?! あれを使うんですか?!』
彼女の悲鳴が聞こえるが、きっと提督代行は止まらないだろう。
『そろそろ消費期限がヤバいので』
『あるんですか?』
大淀の呆れた声に、扶桑も疑問を感じる。
『・・・・・・・第一主砲、照準』
無理やりに押し通す声に、誰もが思った。
これは、単純に気分で撃ちたいだけだろう、と。
主砲塔を動かす。二つの砲身に込められた砲弾は、凶悪の一言で済まされない威力を持っている。
使用したのは、この艤装が完成した時のたった一度だけ。
「完了」
『こちらもです』
『ならば・・・・・・撃て』
瞬間、世界そのものが震えたような気がした。
最大仰角で放たれた砲弾は、半円を描く弾道で目標地点に向かい、やがて設定された高度で炸裂した。
衝撃波が海面を這う。
着弾地点の雨と雲を吹き飛ばし、さらに海面を削りながら、空間を歪ませていく。
六式砲弾―プラネタルサイト砲弾を使った、局所重力発生弾頭。
重力変異はその圧倒的な力を持って雲を吹き飛ばした。
『えぐい・・・・・・・敵艦隊の位置確認!』
『扶桑、山城、続けて第二主砲を。北上と大井は発生した津波に対して侵食魚雷を使用、本土への被害をゼロにしなさい』
「えええ?!」
『まあ、予想通りですね』
やる気なさそうな北上と、呆れても動きだす大井。
魚雷を放ち津波を相殺していく二人を横目に、第二主砲を動かす。
動力炉の出力上昇。砲身内部にフィールド発生を確認。
『水平線の向こう側への曲射になります。フィールド発生方向をコンマ3下げ。出力圧縮』
『敵艦隊の座標データ、送ります』
提督代行の指示と秋津洲からのデータを受け、妖精たちは慌ただしく主砲の角度などを修正していく。
『準備できしだい、発砲』
「では、撃ちます」
『こちらも、発射』
砲弾、と呼べるものなのだろうか。プラズマを圧縮した弾丸は、光速で敵艦隊に突き刺さる。
連続射撃、第二主砲の動力炉だけではなく、艤装本体の動力炉からもバイパスを通してエネルギーを注入。
一隻、あるいは二隻から三隻を纏めて貫く。
『山城、同時に第三主砲を使います。敵航空隊を空間ごと薙ぎ払いなさい』
『解りました。秋津洲、座標点は?』
『送ります』
あちらは忙しそうだ。きっと山城の妖精たちは今頃は必死になっていることだろう。
『撃て』
瞬間、山城の第三主砲から七色の光が放たれる。それは長い帯を引きながら空をかけて、空中に七色の空間断層を生み出した。
敵航空機隊は見事に囚われて、空間ごと消されていく。
『残りは艦隊のみ。一隻残らず消します。扶桑、山城、第四主砲用意』
「はい」
やり過ぎではないだろうか。もし相手が撤退するなら、ここで見逃してもいいのでは、と思うのだが。
『敵は叩ける時に叩いておく主義なので。後、誰にケンカを売ったか教えておかないと』
まるで心を読んだような一言に、扶桑は反論できずに口を閉ざす。
その日、深海棲艦の勢力図は大きく後退することになる。
総数百隻以上の艦艇が沈み、航空機は数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの数が消えた。
それらはたった二隻の艦娘が起こした、一方的な虐殺だった。
『あのさ、主砲って同一の砲門を搭載する理由ってあるのかな?』
昔、テラは扶桑と山城の艤装を見ながら、そんなことを言った。
統制射撃のため、主砲の口径は同一であることが望ましい。
戦艦とは言わば、ボクサーのようなものだ。
相手の攻撃に耐えて、相手を叩き伏せる。そのために、同時発射数が多い方がいい、という考えもある。
しかしそれは、あくまで軍艦の話。
艦娘では必要ないのでは。
テラの一言から始まった扶桑型艤装の魔改造は、一応の決着を見た。
暴虐の名の元に。
第一主砲、各種実体弾を使用。
第二主砲、光学兵器を使用。
第三主砲、空間系兵器―相転移砲を装備使用。
第四主砲、バスターランチャーを二門搭載。
第五主砲、ベクターキャノン搭載。
主砲塔一基につき、一個の動力炉を搭載。艤装本体の動力炉は別系統。
主砲以外の手持ちとして、飛行甲板側面に陽電子砲二基、波動砲二基、手持ち武器としてマクロスキャノン二連装を保持。
動力炉種類、対消滅機関2、重力子機関2、波動エンジン2、予備にモノポールエンジンと相転移エンジン二基ずつ搭載。
これが扶桑型暴虐方式鎮圧戦艦の完全装備。
聞いた誰もが『馬鹿だろう』と叫ぶほどの、変態艤装。
扶桑と山城は次の日は、のんびりと食堂でお茶を飲んでいた。
日は傾いてすでに夕方、今日は待機から変更はなく、暇は一日だった。
「お茶が美味しいわね、山城」
「はい、姉様。今日はバッタ達の特製のようです」
「そうなの。ああ、おいしいわね」
「ええ、おいしくて、平和な日です」
「そうね」
二人してお茶をすする。
八丈島鎮守府の扶桑型戦艦。それは、いい意味でも悪い意味でも、出撃してはならない艦娘のこと。
かつて、始祖が願ったこと。
それが今、一族の呪いとなって、自分達を縛っている。
逆らえない宿命ならば、いっそのことすべて壊してしまおう。
さあ、おまえの運命を選べ