バカはバカはなりに考えて、気をつかう。
夢だと、解る瞬間がある。
誰かの墓前で泣き叫ぶ。
自分の記憶ではない、これは自分じゃない。
二度とこぼさない。
絶対に奪わせない。
誰が相手でも、世界すべてを敵にしても。
護れる力が欲しい。
「ん・・・・・・・呪だろ、これ」
小さく呟き、テラ・エーテル提督は体を起こした。
八丈島鎮守府提督、テラ・エーテル。
黒髪に紫色の瞳の青年。年は十八歳程度、階級なし。
軍歴はなし。しかし、最前線の鎮守府を任されるほどに有能。
特記事項、『馬鹿である』。
周りが認めるほどに、あのルリでさえ認めてしまうほどに、『馬鹿』である彼の朝は、実は早い。
四時過ぎ、テラはベッドから体を起こす。
手早く身支度を整えてる、なんてことせずに、着替えだけして動き出す。
自室から出てすぐのところにある執務室を通り抜け、廊下を走っていき、地上へ。
誰にも会わないことを確認した後に、工廠へと向かう。
工廠の最奥、『触れたらダメ』と手書きで書かれたシャッターをくぐり抜けた先、銀色で塗装された艤装が保管された場所へと辿り着く。
「提督!」
ビシッと敬礼して迎える妖精たちに返礼した後、艤装を纏う。
それはとても奇妙な艤装だった。
背中に背負う形のボックス、上部には巨大な二つの砲身のようなものが後方へと延びている。
ボックスの下には巨大な円形の物体がそなわっており、円形周辺は飛行甲板のようなものが一つ、主砲塔などがついた面が三つになっており、それが左右にある。
足に装着する艤装は前部分が鋭い刃のようにとがっており、魚雷発射管が備わっていた。
一通り身に纏うと、工廠のさらに奥が開いて、海面が見えた。
「よっし、行くか」
「アイサー!」
妖精達の返答を受け、彼はまだ夜も明けない海原を進む。
旋回、直進、急停止、後退。一通りの動きを確認した後、艤装の再確認。
「よっし、分離行くぞ」
「アイサー! 一号艇から八号艇まで分離!」
ボックス左右についていた円筒形が四分割され、それぞれがモーターボートのような形となって、海面に浮かぶ。
中心で支えていたフレームは真っ直ぐに伸びて、やがて海面の方へ向く。
スタビライザー代りの流体金属が固定されると、分離された艦艇が変形開始。
中心部分が延長、収納されている武装や艦橋がせり上がり、変形完了。
二つの空母と六つの戦艦となった艦艇は、それぞれがテラの左右に従うように直進する。
戦艦は大和型を模した形で、主砲塔は前部に二基。後部にはVLSが敷き詰められた形に。
空母は第二次世界大戦ではなく、近代の原子力空母のようにアングルト・デッキ搭載型に。
「全艇、完了しました」
「よっし、なら今日も・・・・・・憂さ晴らし行くぞ」
「ラジャー、ボス!」
こうして、彼はそっと外へ飛び出しては深海棲艦の領域に突撃、一通り暴れてはルリが起きる前に戻って二度寝をする。
本人、誰にもバレていないつもり。
周り、馬鹿が馬鹿やっているだけだから、知らないふりをしてあげる。
これがテラ・エーテル提督の毎朝の日課だったりする。
二度寝後の起床はきっかり八時。
少しだけボーと周りを見回してから起きて、そのまま携帯食料でも食べようかと手を伸ばした瞬間、ドアが吹き飛ぶ。
「んあ?」
『ピ!! ご飯はきちんと食べましょう!!』
バッタと妖精連合による襲撃。
合計百の集団は速やかにテラを捕縛、そのまま抱えあげて食堂へ。
「よろしくです!!!」
盛大に間宮の前に叩きつける。
「・・・・・・テラさん、毎度ですか?」
「うん、毎度」
呆れる間宮だったが、何時ものことと割り切る。
でないと、やってられないから、かもしれないが。
すでに食堂には多くの艦娘がいるが、何時ものことと誰もが気にしていない。
「きちんと食事はしてください。食は一日の基本ですよ」
「解ってるよ。で、猫まんまを一つ!」
笑顔で告げるテラに、間宮だけではなく食堂にいた艦娘全員がため息をついた。
「はい、朝食セットです」
「美味しいのに」
残念そうにしながらも、食事を受け取ってテーブルへ向かうテラ。
「あ、提督だ」
「え、何処?」
食堂を歩いていくと、艦娘が指をさしてくるが、反応がそれぞれに違ってくる。
「いないよ」
「ほら、あそこに」
「え? テラさんだよね?」
「うん、提督」
「はい?」
正直な話、新人とか鎮守府にまだ慣れていない艦娘の中には、ルリが提督でテラは居候と思っている子が多い。
『無駄飯食らいの居候』、あるいは『常勝不敗の破壊神』。
食事は空いてる席で手早く済ます。
ご飯、味噌汁、鮭の塩焼きに漬物。それらを五分で食べ終わり、起立。
「よし!」
「よし・・・・・じゃなくて」
立ち上がったテラは、隣に来た衣笠によって強制的に座らされる。
「なんだよ?」
「毎度毎度、提督は。もっときちんと食べないと、代行に言いつけるよ」
「食べたって」
「五分で済ますな」
半眼で見つめられ、渋々と再び席に座る。
「はい、御代りです」
手早く持ってこられた御代りに、テラはため息をついて、持ってきた張本人に目線を向けた。
「羽黒も図太くなったよなぁ~~」
「提督のお陰です」
のんびりとお茶をすする彼女に、最初の頃のオロオロした雰囲気は何処にいったのかと疑いたくなる。
きっと、自信がついたからか、それとも『弱気ではやっていけない』と悟ったためか。
「あ・・・・・経験したからか」
「一度その頭を吹き飛ばさせてください!」
顔を真赤にして拳を握る羽黒を、周り中が必死に止めるのでした。
二つ目の朝食セットを食べ終わり、やっと解放されたテラは執務室へ。
後ろからそっとお供につくのは、いつの間にか来ていた吹雪だったりするが、気にしたら負けだ。
執務室につけば、午前中の書類が置いてある。
その数は脅威の三枚。
「・・・・・・・・ちょっとルリちゃんのところに突撃してくる」
「ダメです」
「ちょっとだけだから!」
振り返るテラの右手には、斬艦刀が握られていたが、吹雪は一目だけ見て無視した。
敬愛も尊敬もしているが、真面目に付き合っていたら疲れるだけなのを知っているから。
「ちぇ・・・・ああ、そっか。斬艦刀だからダメなんだな」
思い立って武器庫解放。
テラの背後の空間に銀色の輪が浮かび、七色の光をともして武器を出してくる。
「どれにしようかな~~」
「違いますから!」
「えええ?! シュベルトゲーベルだからダメじゃないの?! あ、じゃ参式斬艦刀とか」
「違います!」
「じゃ、これは? ブリュナークって槍らしいんだけど、分裂するんだぜ」
「あのですね、提督」
真面目に真剣に語りだす彼に、吹雪は頭痛がしてくる頭を抑えた。
「これしかないんです」
「解ったよ」
諦めて机に腰かけて、テラは書類を睨む。
彼の午前中の職務は、五分で終わったのだった。
時計がコチコチと、時間を刻む。
時間は十時少しすぎ。
吹雪が演習のために退出した部屋の中で、テラは相変わらず机に腰掛けて虚空を見上げている。
執務室には艦娘が一人。
今日のお目付け役は、彼女らしい。
「大和」
「はい、何でしょう?」
彼女の名を呼ぶと、雑誌から顔をあげて、こちらを見てくる。
「出かけてくる」
「ダメです」
笑顔で可愛く語る彼女に、何故と目線で訴える。
「きちんと帰ってくるから」
「ダメですよ」
「きっちりお昼までに戻ってくるから」
必死に訴えるテラに対して、大和は時計に目線を向けた。
「お昼まで後一時間半、ということは提督の行動範囲を考えると、絶対にダメです」
「なんで?!」
「一時間半もあれば、提督のことだからオーストラリアかアメリカにまで行って帰ってきそうです」
きっぱりと告げる大和は、微塵も疑っていない。
絶対に提督ならば、そのくらいの距離を往復できる、と。
「いや、そんなことは・・・・・ない。そうだ! 艤装を使うから!」
「提督の艤装は電磁推進とラムジェット搭載で、水上でさえ音速を超えると聞いていますが?」
テラ、沈黙。
そんなことはない、と言いたい。
水の抵抗があるから、出せるわけがないと言いたい。
しかし、だ。バッタ達と妖精達、その上でルリも巻き込んで作った艤装だから、できないと言いきれない。
いやもしかしたら、実行してないだけで出来るのでは。
「やってみるか」
「はい?」
思い立ったが吉日。
テラは、速やかに執務室から姿を消した。
「あ・・・・・・」
大和が瞬きした僅かな一瞬で、テラは工廠にいたという。
「提督!!」
ビシッと敬礼する妖精たち。
夕張も明石もいきなり現れた提督にびっくりしているが、妖精達は一糸乱れぬ敬礼を見せる。
「艤装用意、出るぞ」
「はい?! 提督、ちょっと待ってください」
慌てて夕張が止めるのだが、止めて聞くような性格ではない。
「そうですよ、提督、整備してないんですから」
建前上はもう半年も使っていない艤装だから、明石はそういって止めようとする。
「今朝、使ったから大丈夫」
「なんで自分からバラすかなぁ」
「ああ、うちの提督って馬鹿だから」
あっさりと暴露するテラに対して、夕張と明石が項垂れる。
知らないふりをしてあげていたのに、こうやって自分から言ってしまうのが馬鹿と呼ばれる一因か。
「ああ、もう。で、どうして艤装を使うんですか?」
諦めて問いかける明石に、テラは清々しい笑顔で答えた。
「水上走行で音の壁を超えるぜ!」
「は?」
とてつもなく馬鹿らしい答えに、固まる二人だった。
その後、テラは無理やりに出撃。
見事に音速を超えて戻ってきたのだが、その衝撃波は凄まじく。
鎮守府近海の深海棲艦はもちろん、周りを航行していた艦娘達にも、被害が出たらしい。
もちろん、八丈島鎮守府以外の鎮守府所属の艦娘にのみ。
こんにちは、久しぶりだな、元気だったか。
人と会ったときの挨拶は、大抵がこう言ったもの。
しかし、だ。ここでは違う言葉から始まる。
『頼むからもう少し大人しくしてくれ』
「はい」
胃を抑えて告げる男は、立派な軍服を纏い、勲章などはつけてない、本当の意味での軍人。
軍令部総長、高野五十六。大将の位を持つ人物からの通信に対して、ルリは気負った様子もなく答える。
『本当に頼む。周り中の鎮守府からの苦情が、こちらに来るのだからな』
「すみません。今回の件は完全にイレギュラーでした」
『本当に何をしたんだ? 津波が発生するなど、前代未聞だ。前回の防衛戦の時は、侵食魚雷で相殺したと聞いたが』
何時も、何かしらの事態の時は、周り中に被害がいかないように配慮するのがルリだった。
その気質は八丈島鎮守府艦娘にも伝わり、どれほど激昂していようとも周辺被害を抑えるか、気にして武器を使っていたりするのだが。
何事にも例外はあるし、存在もする。
「提督が、艤装を使いました」
『ほう? テラが出るほどの相手がいたのか? それで?』
「はい。艤装使用時のマッハ3を記録しています」
高野、絶句する。
顔面が一瞬で蒼白になり、胃を抑えるというよりは握りつぶすほどに力を込めて、やがて上半身が折れていき、机に顔をぶつけた。
『総長!!! 誰か! 軍医を呼べ! 医者を!!』
『お気を確かに!! 馬鹿が馬鹿をやっただけです!』
『そうです! 何時もと変わらぬ馬鹿が、今回は大馬鹿だっただけです!』
必死になだめる軍令部勤めの軍人たちのセリフに、ルリは激しく同意を向ける。
昔なら、『テラさんを侮辱するなんて、いい度胸だ』と言って次元振動弾くらいはぶち込んだのだが。
自分も丸くなったということか。
ルリが達観していると、高野はゆっくりと体を起こした。
『ホシノ提督代行、本当に、ただそれだけのために、提督は動いたのか?』
「はい、嘘偽りはありません」
『朝の日課は? 今も続いているのだな?』
「そちらも変わりなく」
早朝に出て行って深海棲艦を駆逐して戻るテラの行動は、高野はもちろん軍令部の上層部にも伝わっている。
何しろ、閃光と共に深海棲艦を薙ぎ払う姿が、他の鎮守府の艦娘によって報告されているので。
『今回の件、自然現象とする』
「ありがとうございます」
苦渋の顔で告げる高野に、他の軍人たちも頷いて同意を示す。
罰するには、テラの功績があまりに大きい。
その上で、八丈島鎮守府の存在も、かなり大きい。
彼にもし何かしたら、ルリはもちろん、艦娘達も反乱するだろう。
もちろん、テラの剣―『サイレント騎士団』も。
『だがな、頼むから。本当に頼むから、もっと静かにしてくれ』
「はい、それは私も願うところなので。艤装にはロックをかけて、入口にも封印を施します」
今回はかなり本気で。もう、全力で。
『あいつは気遣いが出来て、周りを気にするのに、どうしてこう自分の馬鹿な行動は止めないんだ?』
「テラさんですから」
他にいいようがない。
彼は彼なりに考えて、彼なりに周りを気にして人を思いやり、彼なりに結論だして行動しては、結果的に被害を悪化させることがある。
馬鹿は馬鹿なりに考え、結論として場をかき乱す、か。
昔、誰かがそんなことを言っていたのを、ルリは思い出す。
通信終了。高野にまた大きな貸しを作ってしまったが、仕方がないことだ。
「テラさんの行動は、止められませんから」
ふう、と息を吐いてルリは再び業務に戻る。
一方、やらかした馬鹿はというと。
吹雪、暁、瑞鳳、大和の四人に見つめられながら、執務室にいたという。
「次は上手くやれる気がする」
「止めてください」
拳を握って誓うテラに、四人は土下座する勢いだった。
色々、考えます。
まわりを気にします。
でもやっぱり、自分は自分でしかないので、諦めて。
じゃないと、怖いよ?