迷走しました。
目的地は不明です。
プロペラ機とは違う独特のエンジン音が、工廠の中に響き渡る。
澄み切った音とは違う、稲妻のような轟音。
完全燃焼確認、内部リアクターに変動なし。
「はい、完了!」
出力カット。
音が鳴りやむと同時に、明石は耳に当てていたヘッドフォンを外す。
「『栄334型噴進機関』は、順調ね」
「レシプロエンジンと同じ通し番号でいいのかな?」
背後でデータ整理していた夕張が疑問を浮かべるが、今更でしかない。
秘匿する意味も含めて、エンジン系統はすべて同じ通し番号にしてある。
けれど、新型機には烈風やら震電やら以外の名前をつけているので、隠す気はないのかもしれない。
「これで、『鴉』、『鳳凰』、『桜花』が予定出力に達するから、完成になるんだ」
改めてエンジンに目線を向けながら、夕張はホッと力を抜く。
「うんうん、『栄332型』よりも出力は倍になっているからね。『桜花』は主翼の可変と大口径レーザーマシンガンだけだから、出力は食わなかったけど」
「『鴉』は完全変形に反応装甲と、反粒子砲があるからね」
「で、『鳳凰』には大型ビーム砲にホーミング・レーザー搭載だから、これでエネルギー切れで可動範囲激減にならない」
ふう、と二人して息を吐いた。
思えば、最初の計画時から馬鹿げていた。
『桜花』は解る。元々の機体は『ワイバーン』と呼ばれる主翼の変形による、機動性能の向上だけだった。そこに光学兵装を搭載しようなんて、少しだけ頭を疑うだけで終わる。
しかし、だ。『鴉』は予想外だ。原型がVF-29『デュランダル』。
この時点でかなりの高性能・高額機なのに、そこに反応装甲をつけたうえで、反粒子砲を搭載、エンジンは四基とも新規高性能へ換装。
『鳳凰』に至っては、『フォルケン』という大型爆撃機のような機体を原型として、全方位攻撃可能な化け物に魔改造。
「・・・・・・これ、妖精さん達が扱えないんじゃないの?」
「瑞鳳さんのところと赤城さん、後は提督のところかな」
「提督のところの航空妖精さん達は変態だから」
機種転換訓練、最大五分。
乗ってすぐに慣れてしまう彼らを引きあいに出すと、他の妖精たちが顔面蒼白で首を振りだす。
「建造計画は後は、あっちだけよね?」
夕張が工廠の奥にある出来かけの『船体』を指差す。
「提督から大急ぎで、その上で『容赦も妥協もなし』って言われている奴」
明石、少しだけ嬉しそう。普段なら使用許可が下りない技術も、これを作る場合のみ許される。
「へ、へぇ~~~」
夕張、少しだけ寒気がする。
「で、提督代行からも、『全部使用許可』と言われているの」
「何があったの!?」
「ふふふふ、フェイズ・シフトと対消滅機関を、なんて甘いこと言わないから。禁断のイレイザーエンジンどころじゃなく、『領域機関』までいじって搭載できる」
出された名前に、夕張は意識を失いそうになる。
一定範囲内における時間・空間の概念からエネルギーを抽出する『領域機関』は、八丈島鎮守府における最大の秘匿技術だ。
出所のテラ達でさえ、迂闊に扱えない化け物機関。
最低起動出力なのに重力子機関や対消滅機関を上回り、最大稼働させたらどれくらいのエネルギーを生みだすか解らない。
「提督の艤装、そんなので作るの?」
「え? あれは電用って聞いてるけど」
瞬間、夕張は言葉を失った。同時に意識も。
「えええええ?! ちょっと、夕張?!」
慌てる明石は、その後に医療班を呼ぶことになった。
崇高な意思を掲げる幼子が、見事に勝ち取った力。それに相応しい武装を二人が望んだだけなのだが、周りから見たら異常と映るらしい。
工廠での一悶着は、今のところルリの耳には入ってこない。
数時間後に夕張が怒鳴りこんで来て、色々と大騒ぎになるとしても、今は静かな執務室。
ではなかった。
極寒の気配というのは、傍にいると身を切られる思いがする。
大淀は今すぐに逃げ出したいと感じていた。
「へぇ・・・・・・・なるほど」
答えるルリの表情は、冷たい。
出会った時から呆れたり怒ったりすることはあったが、こうまで感情を殺している彼女は見たことがない。
感情を殺さなければ、今すぐにでも相手を八つ裂きにしてしまうから、だろうか。
『難しいことではないと思いますが?』
「難しいかどうかは、関係ないようです。そもそも、提案そのものが不明瞭ですから」
『とても明瞭です。そちらの艦娘を我が鎮守府に派遣してほしい。ただ、それだけです』
相手―呉の第二鎮守府提督、戸崎・荘次郎中将は、とてもいい笑顔で話を続けている。
事の発端が何処にあったのか、大淀は思いだそうとして思考を止める。
関係ない。相手側から通信が入って、ルリが受けると答えて通信を繋げ、世間話から入って、今がここだ。
戸崎中将が『艦娘を派遣して欲しい』と言ってから、ルリの気配は鋭く冷たくなっていく。
「何故でしょう? こちらの鎮守府も、決して戦力が十分に整っているわけではありません。先日も深海棲艦の大勢力の侵攻をうけました」
『理解しています。大変だったでしょう。だからこそです。もし、次があった時に後方から派遣できる戦力が多いほうが、そちらとしても助かるのでは?』
なるほど、と大淀は頷きかける。
戸崎中将の提案は、確かに戦略上は正しい。
本来、国家の防衛が一つの鎮守府に任されているのは、おかしい。
八丈島鎮守府が広大な海域を守護し、深海棲艦の一切の侵攻を防いでいるのは、ありえないを通り越して常識を疑ってしまう。
現在、日本にある鎮守府は八十七。
ほとんどの鎮守府は輸送などを行っており、深海棲艦と戦うのはごく希だという。
八丈島鎮守府と合同での作戦で戦うくらいで、他では会うこともない。
この状況は、はっきり言って危険でしかない。
もし八丈島鎮守府が崩壊したら、深海棲艦に攻められて壊滅したら、途端に日本の防衛網が崩壊する。
最悪の事態に備えるために、他の鎮守府の戦力の底上げをするのは、悪い意見ではない。
「助かりません」
きっぱりと答えるルリの一言で、大淀の思考は打ち切られた。
「そもそも、派遣した程度で技量が上がるのですか? 日常的に上げようとしていなければ、誰が教導したとしても同じことです」
『ですが、八丈島鎮守府の艦娘達の技量は、かなり高いものだと聞きます。彼女達に師事していただけたなら、こちらとしても』
「申し訳ありませんが、私たちには『それをしている時間』はありません。それに、私たちが合同作戦を行うことは許されていても、『教導』や『派遣』は認められていません」
嘘ではない。これは軍令部からの命令で、他鎮守府への艦娘の派遣は却下されている。
高野軍令部総長の名の元に。
「もし、本当に必要と思うのでしたら、軍令部総長に許可をもらってから、通信をお願いします」
『そうですか。いいアイディアだと思ったのですが』
「ええ、『そうでしょうね』。では」
通信を閉じる。
相手がモニターから消えても、ルリは画面を睨んだままだ。
「・・・・・ハイエナが」
「提督?」
恐る恐る声かける大淀に、ルリはいつもと変わらない顔で答える。
「なんですか? それと提督代行です。大淀、執務が遅れました。少しだけペースを上げますよ」
「はい」
何時もと変わらない、ほんのり笑顔の提督代行に、大淀はホッと安堵した。
しかし、最近は多くなったと大淀は思う。
他の鎮守府からの教導や派遣願いは、かなりの数になっている。
何があったのだろうか。
ちょっとだけ疑問に思う大淀の耳に、扉が飛ばされる音が聞こえた。
「提督!!!!」
「代行です、夕張、貴方は何の恨みがあって扉を破壊したんですか?」
顔を真赤に染めた彼女は、ルリの言葉が耳に入ってないように走って机の前に立ち、両手を叩きつけた。
「何を考えているんですか?! あんな技術を明石に許可するなんて!!」
「はい? 何のことを言っているんですか?」
「電の第零種艤装用に『領域機関』を許可したんですか?!」
「はぁ・・・・・・えっと、夕張、とりあえず落ち着きなさい」
「なんで許可したんですか?!」
「落ち着きなさい」
「理由は?! なんで!?」
ブチっと、何かが切れる音がした。
「黙れ、落ち着け」
瞬間、執務室に電光が満ちた。
「ちょっと冷静になりましたか?」
黒焦げになって床に転がる夕張を見下ろし、ルリはとても冷たい目をしていた。
「人の話はきちんと聞くものです、聞いていますか、夕張?」
続けて、氷混じりの冷水が彼女に叩きつけられた。
「貴方達はテラ提督の『駒』。道具の品格は、そのまま持ち主の品格になります」
いきなりの突風が夕張を執務室の壁に叩きつける。
「貴方が冷静さを欠いて、そうやって喚き散らすとテラさんの品格が疑われます。優雅に華やかに、穏やかに。淑女として振る舞いなさい」
再び雷光が彼女を焦がす。
「それが、テラさんの『駒』としての貴方達の規範です。いいですか、夕張? 聞いていますか?」
返答はない。
再び眉が上がるルリに対して、大淀が割って入った。
「提督代行! 気絶しています」
「・・・・・・・・・・私もやり過ぎました」
小さく舌を出すルリに、大淀は『やり過ぎたどころじゃない』という言葉を飲み込んだという。
その後、駈け込んで来た明石も交えて、復活した夕張と一緒に電の艤装についての話し合いが行われた。
さて、ここで質問です。今、工廠には誰がいるでしょう。
人の目があろうと関係なく。
何処にいようと、無意味。
距離も時間も価値はない。
彼の前では、すべてが等しく馬鹿である。
戸崎中将は忌々しく画像の消えたモニターを睨みつける。
「小娘がいい気になるなよ。こちらには同士がいる」
彼にとって、世界はすべて自分の思い通りになるものばかり。
派閥も人脈も、艦娘でさえも。
呉の第二鎮守府提督に上り詰めるまで、どれだけの努力を重ねたか。
八丈島鎮守府に彼が着任した時に、彼女が提督代行を行った時に、どれほどの辛酸をなめたか。
あんな小娘と、やる気のない小僧に任せてはおけない。
日本の防衛は、もっと責任感のある、しっかりとした立場の人間が相応しいのに。
「もっと手柄をあげなければ。艦娘どもを使って、あいつらをねじ伏せればいい」
ニヤリと笑い立ち上がる戸崎中将は、帽子をかぶろうと伸ばした手を止めた。
机の上においた帽子は、細切れになっていた。
「なんだ、これは?」
「はいは~~い。悪だくみは駄目でしょう」
「誰だ?!」
執務室には自分しかいないはずだ。
他の誰かなど、と目線を動かした先、入口のドアのところに青年が立っていた。
銀色の艤装を纏った、とても見慣れた人物。
八丈島鎮守府提督、テラ・エーテル。
「貴様! ここが何処だか知っているのか?」
「さあ? 俺は妖精たちに言われてここに来ているからね」
「なんだと?」
「妖精たちだよ。どっかの思い上がりが、艦娘に酷いことしているから、話つけたいってね」
「貴様、気でも狂ったか?」
嘲笑う。あいつらがなんだと。妖精がなんだというのか。
あいつらはいるだけだ。他に技能なんてない。艦娘以上に道具ではないか、と笑う。
「へぇ~~なるほどね。気づいてないんだ」
「何をだ?」
「艦娘を生み出すのは妖精にしかできない。ドロップはあるけど、それも妖精が一緒に来る」
「貴様、何が言いたい?」
彼は、こちらを見ていない。
今のうちに憲兵を呼べば。他の鎮守府にいる彼は、不法侵入者。捕縛すれば彼を引きずり下ろすネタになる。
いや、移動申請をしていなければ、自分の鎮守府を離れたとして敵前逃亡に出来る。
そうなれば、あの鎮守府の提督の椅子が空く。
「妖精はいつも艦娘達と一緒にいる。妖精たちしか艤装は作れない、砲も魚雷も、航空機も」
「そんなことは当たり前ではないか。気でも狂ったか?」
「当たり前かぁ・・・・・・・・じゃあさ、何時から『妖精たちが人間のために働いている』って錯覚した?」
「は?」
何の話をしている。
戸崎中将は、テラを見詰めた。
対してテラは、彼を見ていない。
「妖精達は艦娘の味方であって、人間の味方じゃない。艦娘を生み出す妖精から見たら、艦娘に酷いことする人間なんて・・・・・・殺してやりたいんだってさ」
「貴様!」
戸崎の手が動く。
引きだしから銃を取り出し、引き金に指をかけた瞬間に、彼は見てしまった。
テラの足元、様々な武器を構える妖精たちを。
「それが貴方の選んだ、『運命』だ。地獄に落ちろ」
悲鳴は上がらない。
後に残ったのは穴だらけとなった人間と、破壊された執務室。
同時刻、複数の鎮守府で提督が殺害された。
皆が皆、最後に『とある人物』を見たらしいが、死者に口はなく、この話が広まることはなかった。
ただ、艦娘への非道に対して、妖精たちが断固とした態度に出るようになったとか。
海面を滑る。
行きは急いでといわれたから能力で行ったが、帰りは急いでとは言われないので普通に艤装で戻ることにした。
左右に広がるように空母二に戦艦六が従う。
上から見たら鳳が翼を広げたように見える、両翼陣形。
「ん~~~んん」
鼻歌を歌いながら進むテラの肩や頭、艤装には妖精たちが座っており、とても楽しそうに風を感じている。
今日も一日が終わる。
帰ったらお説教かもしれないが、それでもいいと思えてくる。
何があっても、立場が変わっても、自分という存在は変わらない。
二重人格、多重人格上等。自分は一人しかいないが、気分しだいで考えなんて変わってしまう。
自分を増やす方法など、何代も前に確立済み。
初代から延々と続く呪のような願望。
最愛の人を失ってしまったから、守り切れなかったから。
力が欲しかった、ただ護れる力を。
親から子へ、子から孫へ。呪いさえも力にして、延々と力を受け継ぐ。
両親の能力は残らず子に渡され、手に入れた技術はさらに発展させて。
その結果が自分であり、異世界を生み出してまで秘匿した『ヴァルハラ』と呼ばれる浮遊大陸達。
もう二度と奪わせない。
もう絶対に負けない。
例え、世界中を敵に回しても、たった一人を護れる力を。
「本当、呪だって」
怨念のように体に刻まれた想いは、今も叫ぶ。
愛する者を護れ、周り中を敵にしてもすべてを滅ぼせ。
「まあ、仕方がないか。俺は俺だから・・・・・さ」
妖精たちが同意を示すように親指を立てる。
「よっし! じゃ戻って怒られますか」
瞬間、妖精たちは一斉に艤装の中へ逃げた。
「こらこら、一蓮托生でしょうが。まったくさ」
呆れながらも、仕方ないとテラは前を向く。
出迎えが四隻。全員が第零種兵装を纏っているから、その怒りの度合いがよく解る。
「仕方ないでしょうが、俺は俺なんだから・・・・・じゃないと、怖いよ?」
何処までもいっても、自分は曲げられないから、自分なのだから。
それ以外だったらと考えると、怖くて怖くて
テラは言い訳のように口の中で転がして、移動速度を上げた。
少しでも、お説教の時間が速く終わるように祈りながら。
「謹慎一週間です」
「そんな?! ルリちゃんの馬鹿! 俺だって!!」
「なんですか?」
珍しく冷たく鋭く見つめてくる代行に、テラは両手をあげて降参したのでした。
望んでも手に入らないものがあるように。
人には望んでもいないのに、手にしてしまうことがある。
それは、地位や名誉、あるいは力。
彼女が願ったことは、何だったのだろうか?