少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
迷走中。
密約、それは決して明かせない、決めごと。
『解りました。不本意ですが、手伝うことにします』
『ありがたい』
『しかし、私たちはあくまで異邦人。我らの戦力はすべて、『あの方』のためにあります。弾丸の一発たりとも、消費することはありません』
『それでも、手伝ってくれるのならば助かる』
『では鎮守府を一つと、後はこちらへの不干渉を。命令にはある程度は従います、敵の攻撃も防ぎましょう。それでいいですね?』
鋭く睨んでくる幼子に対して、彼は無言で深々と頭を下げた。
一年も前の話。
誰も知らない、当時の最重要機密。
日本でもなければ海軍でもない、ただ一人。
高野五十六と『神帝』テラ・エーテルとの間に結ばれた、軍事同盟。
それは今も明かされず、闇の中。
『最後に一つだけ、もし我が主に対して何かしてきたら・・・・・・・その時は『この星だけではなく星系ごと消える』ので』
『解った』
『では、契約となります。『血の十字架と沈黙の名の元に』、お互いが不義理を働かないように、努めましょう』
とても冷たい瞳で、彼女―ホシノ・ルリは告げた。
軍令部とは、海軍の命令系統の頂点であり、各鎮守府の提督の任命権を持っている。
戦時中、深海棲艦の攻勢などといったドタバタの最中に、色々と組織改編や法改正などで権限が増えたこともあるが、基本的にはやることは変わっていない。
日本を護り、国民を守護する。
軍人としての本分に違いはない。
軍令部総長とは、軍令部のトップであり、海軍の最高指揮官。
陸軍が機能していない現在となっては、実質的な日本の軍隊のトップといっても過言ではない。
高野五十六は、そんな国防の最高責任者として今日も頭を悩ませ、胃を痛めている。
「深海棲艦の勢力が減衰した今こそ攻勢に出るべきだ!」
「いいや各地の鎮守府の戦力を失うわけには・・・・」
「何を弱気な! 今こそ敵の本拠地を叩き! 国土の安全を確保するべきであろう!」
「しかし! だからといって連合艦隊を編成しての出撃などは、いたずらに戦力を減衰させるだけであろう!」
「今のまま敵の攻撃を防ぐだけではいずれ決壊する! 八丈島鎮守府が抑えている今こそ攻撃に転じるべきだ!」
「一鎮守府への負担をさらに上げろというのか! 貴様それでも軍人か!」
「何を言う! 貴様こそ軍人の本懐を忘れたか?!」
ヤジか、暴言か。
軍略を考えるべき軍令部において、冷静な話し合いなど夢のまた夢でしかないのだろうか。
いいや、軍部の最高司令部ならば、冷静に話し合い、理性的に論じるものではないのだろうか。
高野は不意に、全員の顔を見回す。
お互いがお互いの足を引っ張り合う、などといった雰囲気はない。
自分の理論こそが正論であり、相手は間違っている。というのは、僅かに流れてはいるが。
誰もが国を憂い、国防のために命を捧げている。というのは言い過ぎか。
軍人としての本懐、あるいは矜持に誓って、彼らなりに日本の安全のために働いているのだろう。
「外務省から、他国への援助の話も来ているらしい」
「馬鹿な! 日本の安全でさえ確立できていないのに、外国のことなど!」
「しかし! 今は人類が一丸となって戦うべき時だ! ここで戦力の出し惜しみなどは不可能だ!」
「そうだ! 諸外国に対して協力を惜しまぬ姿こそ、日本国民の姿ではないのか?!」
「理想を押し付けるな! 現状の戦力では国防で手いっぱいであろうが!」
「一鎮守府で支えられるのならば、他の鎮守府で諸外国への援助ができるだろう!」
「貴様はアホか! 八丈島鎮守府の艦娘だからこそ可能なのだぞ! 他の鎮守府の艦娘に外洋を渡れなどは自殺行為に等しい!」
「艦娘に死ねというのか?! 貴様、軍人としての矜持を忘れたか?!」
「そうではない! 諸外国への援助のために派遣できないか、という話をしているのだ」
「不可能だと言っているだろう! 技量の問題もある、補給路はどうするつもりだ?!」
「タンカーも限りがある、外洋での補給は敵のいい的だ」
「ならば諸外国に滅びろとでもいうのか?!」
「貴様は少し冷静になれ! 猪意見など軍略家の言い分ではない!」
「貴様こそ冷静になれ! 臆病者に参謀は勤まらん!」
「訂正しろ貴様!」
「貴様が先だ!!」
今にも取っ組み合いが始まりそうではないか。
血気盛んな年齢でもないのに、どうしてこう血の気が多い連中ばかりいるのだろうか。
そもそも、戦略・戦術の話し合いをしていたのに、何故に諸外国の援助の話を混ぜ込んだのか。
戦略目標に諸外国への物資輸送でも入れるのか、味方基地への救援ならば解るが、外交問題も軍事的戦略目標に入るのか。
いや入らないだろう。
もしかしたら、最近は外交も軍事作戦の一部に数えられる時代か。
そもそも、戦争は外交での最終手段と昔の軍略家は語っていたか。
反対になることもあるのだな。
あるか、ボケナス。高野は内心で自分自身に突っ込みを入れる。
自分まで場の雰囲気に流されてどうする。ここは皆を冷静に戻してもっと建設的な話し合いを行わなければ。
「諸君、いささか論点が外れていないかな?」
「総長。では、総長はどうお考えですか?」
「意見をお聞かせ願えますか?」
藪蛇だったようだ。いきなり話題の矛先を向けられ、高野は全員の顔をを見回す。
「私としては攻勢はいささか、急ぎ過ぎると考える」
「何故です? 今ならば、敵勢力を減衰させることも可能ですが?」
「減衰させたところで確保できなければ、意味がない。ここは味方の戦力の増強、特に提督候補生の育成、艦娘の確保、新しい鎮守府が建設できるくらいの戦力の確保が優先となるだろう」
淡々と自分の考えを語りながら、全員を見回す。
各地から選抜された優秀な軍人ばかりだ。すぐに提示された考えを自分なりに吟味して、お互いに顔を見合わせる。
「なるほど。勢力図を塗り返すために新しいくさびが必要か」
「ああ、敵を撃退することに意識を囚われ、勢力図の巻き返しまで意識が行かなかったな」
「では、戦力を増強し敵勢力を削り、新しく前線の鎮守府を建設して拠点を確保するということか」
「拠点以外にも補給路も必要だ。補給路の安全の確立も含めると、確かに戦力は少ない」
「外務省には、諸外国にはもう少しの忍耐をと伝えてもらおう。こちらの足元が覚束ないのでは、援助は不可能だ」
「そうか、これで基本戦略はまとまったな」
見事に各自が話し合い、最終的には戦力の増強と新しい鎮守府建築資材の確保、提督候補生の育成といった結果に纏まった。
会議が終わり、全員が退出していくのを見送った高野は、大きく息を吐くながら内心をこぼす。
「・・・・・ある意味、この会議は気楽なのだがな」
深々と溜息をつきたくなる。もし許されるならばタバコの一本でも吸いたいものだが、時間が許されない。
意を決して、彼は立ち上がった。
次に高野五十六が出席したのは、これもまた会議だ。
今度は軍令部内部ではなく、海軍としての会議。
各地の主要鎮守府の提督を集めた、前線会議とも言うべきもの。
とはいえ、全鎮守府の提督が集まるわけでもなく、会議室には十二人程度の提督がいるのみ。
中でも、発言するのは古参か、重要な場所に鎮守府がある提督のみで、後は聞き耳を立てているか、勉学のためかと言ったところだ。
「此度の会議も荒れたようですな、高野総長」
遠慮なく言ってくるのは、横須賀第一鎮守府提督。沖田十三少将。高野とは同期でありながら、未だに前線で提督として存在する最古参。
戦時中、深海棲艦の攻勢時から、艦娘の育成を行っている古兵だ。
もしテラ達が来なければ八丈島鎮守府は彼に任せていただろう。
いや、病に冒されていなければ、彼を据えたかもしれない。
今も艦娘の育成をしながら、横須賀の海洋医大へ通院している。
「いつものことだ。誰も彼も血気ばかり盛んでいかん」
「活気があるのはいいことですよ、高野総長」
やんわりと答えるのは、呉の第一鎮守府提督。井沢・千恵准将。
軍人の中では珍しく女性であり、年はすでに六十を超えているらしい。
見た目は白髪なのに、四十代で通用する美容の持ち主だ。
温和で優しく、誰に対しても穏やかに接する。そのため、以前の『戸崎』のような輩の台頭を許してしまったのだが。
『鬼姫』も寄る年には勝てなかったようだ。
「何か、高野坊?」
「いや何でもないです、井沢殿」
穏やかに微笑んでいるというのに、首筋に刃を突きつけられたような殺気を感じる。
「怖いね、井沢の鬼姫は」
軽口を挟み、軽く血を見ることになりそうなのは、佐世保鎮守府の斎藤・功少将。
まだ四十代と若く、怖いもの知らずの上に向こう見ずな性格をしている。
「斎藤の坊やがいい口をきくようになったものね」
「まだまだ引退しないんですかい、井沢の婆様」
バチリと目線がぶつかりあい火花が散る。
「あの、そのくらいでやめときましょうよ」
耐えかねて口を挟むのは決まって、舞浜鎮守府の提督、矢車・颯太大佐。
元々、舞浜鎮守府の前任が年齢を理由に引退したため、繰り上がりで提督に就任した彼は、まだ三十代。
大丈夫か、この人選。と、一時期はかなり問題になったのだが、今では立派に務めている。
この四人が今のところの、日本の国防に深くかかわっている四大鎮守府といわれているが、何処も輸送任務ばかりで戦闘などはしていない。
戦闘も輸送も、海域攻略も行っているのは、数ある鎮守府でも一つだけ。
コの字のテーブルの中でも、末席に座る少女。
会議が始まった時に一礼したっきり、一度も目線を合わせることがない彼女こそが、日本の安全を支えている鎮守府の代表。
八丈島鎮守府提督代行、ホシノ・ルリ。階級はなし。テラと同じく軍部に在籍はしているが、所属はしていない、特殊な存在。
海軍に名はあれど、階級はなしの冷血とは彼女への皮肉だ。
これも軍令部でかなり問題になっているが、高野はすべて抑え込んだ。
当初の密約に起因する原因により、だが。
「諸君、じゃれあいはそこまでにしておこう。こうして各地の鎮守府の提督が集まってくれた。時間は有限である。ならば、会議を始めよう」
高野は全員を見回した後、再びルリへと目線を向ける。
「では、何時も通りに八丈島鎮守府提督代行より報告を」
「はい」
彼女はスッと立ち上がり、こちらを目線を向けてきた。
瞬間、室内の空気が凍りついたような錯覚に陥る。
まるで人形。人の温もりなどない、冷たい氷でできた人型の何かが、ただ淡々と事実のみを語る。
先日の深海棲艦の攻撃、発見時の地点と数、戦術。
雨雲を利用してレーダーから隠れ、一つ目を発見したことに対しての安堵に付け込んでの二つ目の接近。
天候を読んだかのように、航空機が発進不能になる風速になったこと。
相手側がかなり遠い地点で航空機を発艦させ、攻勢に出てきたこと。
次々に上がってくる報告に、各提督の表情は渋いものになっていく。
強気で押した斎藤提督も、古参なはずの井沢提督と沖田提督も。
「後に接近戦での砲雷撃で撃破。こちらの被害は大破が三、中破が六、残り被害は十三名になります。すべて高速修復材で治療済みです。以上です」
最後に被害を付け加え、ルリは周りを見回す。
「御苦労。着席してくれ。この一件を受け、深海棲艦の勢力図を削るべきという意見が軍令部で出ている」
「馬鹿な」
「アホですか」
「おいおい」
「それは無理でしょう」
沖田、井沢、斎藤、矢車の四人からの否定に、高野は大きく頷く。
「私もそう告げた。軍令部職員にも話をした。結果、今は戦力の増強と資材の確保で行くこととなった。具体的には、敵勢力を削った後に鎮守府を新しく作るくらいだ」
「なるほど。くさびですな」
「そう簡単に行きますか?」
納得する沖田だが、井沢はかなり懐疑的だ。
今まで撃退はしてきたが、進撃はしてこなかった。
こちらの戦力が増えれば増えるほど、倍に相当する深海棲艦が押し寄せてきて敗退。
被害ばかりの日々を過ごした井沢にとって、深海棲艦の勢力図を塗り替えるなど、お伽噺にしか聞こえないのかもしれない。
「簡単にはいかないが、いずれは実行する。諸外国が悲鳴を上げている」
「へ、こっちの都合お構いなしで勝手なこと言ってきた連中だろ?」
斎藤の暴言に、頷く提督は多い。
深海棲艦が出現した当初、日本側が何か仕掛けたとして経済的制裁を行った国家は多い。
対して、こちら側は無実を訴えたが聞き入れず、戦争に突入してしまった後に深海棲艦が世界的に認められ、戦争は自然消滅。
というより、各国ともに深海棲艦に対応するだけで精いっぱいで、人間同士で戦っている余裕はなくなったが、正しい。
「ですが、いずれ諸外国への救援も行くのですか?」
矢車が窺うように告げてくるので、高野は強く同意を示す。
「ここで恩を売っておけば、いずれくる平和な時に発言が大きくなる、と役人は思っているのだろう」
誰からも返答はない。
軍人が政に関わらないのは、何時の世も絶対だ。
口出しして碌なことにならないのを、教訓として知っているためだが。
「とにかくだ、いずれ来る攻勢に向けて各鎮守府共に練度向上と資材確保を頼む」
目標提示した時、室内にいた提督全員の視線が一点を向いた。
誰もが理解している。
現在の安全を支えている存在を、いずれ来る攻勢の時に主力となる鎮守府が何処かを。
しかし、その鎮守府の提督は不参加、代行も視線を向けることはない。
まるで、『私たちにとって日本の安全も世界の平和も無関係』と言っているように。
会議が終わった後、提督たちが退出していく中を、高野はイスに座ったまま見送る。
誰もいなくなった会議室には、ルリのみが残っており、全員がいなくなったのを確認した彼女は、ゆっくりと立ち上がって高野の前に立つ。
「では、正確な報告をします」
「頼む」
人形のものではない、人間らしく表情を崩した彼女は、軽やかに語る。
「敵勢力は撃滅、こちらの被害はなし。続いて、妖精たちからの決起宣言がありました。これから、艦娘への非道を行った提督は、速やかに排除する、と」
「やはり、あれは提督の自殺ではなく、妖精達の殺害か。解った、軍令部よりの通達として、各鎮守府へ連絡を通す」
「続けて、各資材の日本への輸出状況です。先月比、二十パーセントの向上となっています。民間への流通は?」
「出来ている。政治家からの横やりもない。彼らも、自分達の首を絞めたくないらしい」
次々に話は進む。
表に出せるような話、資材の量や流通などに対しての相談。細かい部分でのつじつま合わせはもちろん、偽りの報告で出ていた被害ではない、本当の戦績についても。
「最近、ある議員がうるさく動いているらしい」
「情報ならばあります。裏帳簿や細かい犯罪証拠ならば、こちらで用意します。邪魔させないでください」
「解った。後で憲兵に動いてもらう」
裏の話。絶対に表に出せない、密約から派生する腹黒い秘密。
「こちらからは以上です。そちらは?」
「ないな。だが、先ほど言ったとおりに攻勢に転じなければならない。諸外国の圧力を何時までも防げないだろう」
各国の被害状況は高野は知らない。
しかし、外務省がこちらに話を通そうとしているならば、相当なものなのだろう。
外務省も、ルリを怒らせたらどうなるか、嫌というほど知っている。
「消しますか?」
ごく簡単に、彼女は告げる。
邪魔ならば、いっそのこと対象の国を地図から消してやろうか、と。
「いや、止めてくれ。いくらなんでも、諸外国を消すのは」
「解りました。では、そちらで対処を。こちらは深海棲艦へ攻撃を続行します。海域制覇はしますが、その後の対応はお任せしても?」
「ああ、大丈夫だ。そのために各鎮守府に練度向上を命じる」
「はい」
彼女はそこで一礼する。
話は終わり、これで後は戻る。
同盟相手から上司と部下に。
退出するルリを見送りながら、高野は思う。
自分はいずれ地獄に落ちるだろう、しかしこれは必要なことだ。
「ああ、そうそう。一つだけ、念を押してもいいですか?」
「何かな?」
入口の付近で立ち止まったルリは、顔を向けてくる。
鋭く殺気さえ浮かべそうな、そんな表情を浮かべて。
「八丈島鎮守府は日本軍の一部です。しかし、『サイレント騎士団』は日本のものではありません。機密情報として扱わなくても結構ですが、もし勘違いする愚か者が出てきたら・・・」
ルリはその後を言わなかった。
しかし、彼女を見ていた高野には、それが雄弁に語っているように思えたという。
『もし、『サイレント騎士団』を好きに使おうとしたら、星ごとなんて生ぬるいことはしません。この銀河系ごと消してあげますよ』、と。
「ああ、解った」
「では、失礼します」
穏やかに軽やかに微笑み、ルリは退出した。
誰もいなくなった会議室の中で、高野は自分が無意識に立ち上がっていたことに気づき、安堵したように深々とイスに腰掛ける。
軍人とは国民を守るものであり、そのためならば悪魔に魂さえ売る。
「誰が言ったことだろうな。私はもっと恐ろしいものに魂を売ったようだ」
じっとりと汗が噴き出た手を握りしめ、彼は自答する。
夢を見る。
例えそれが泡沫のものであっても。
私はそれでも、夢を見る。
いつか覚めることがあっても、
夢を見る権利は誰にでもあるのだから。