少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
外伝的な?
もう二度とないかな?
ブラックコーヒーありますか?
昔々のこと。
あれが何時の事だか、テラ・エーテルは正確に思い出せない。
しかし、始まりだった。
確かにあの時、決めた。
『ルリちゃん、俺・・・・・・・国が欲しい』
『はい、解りました。では、作りましょう。テラさんが望むような国を』
背中を向けたまま言ったことに、彼女は笑うことなく当然のように、ためらうことなく答えた。
国を欲しがったのは、幼馴染が泣いていたから。
『私は、最初から売られる運命だったのでしょう』
一人はとある惑星国家の御姫様。
幼馴染のように育った彼女は、その国の隣にある帝国の侵攻のために、差し出されることなった。
『私の人生なんて、そんなものよ』
もう一人は、ある星系王国の貴族の娘。
政略結婚のために帝国に送られることになった。
どちらも泣いていたから、どうしょうもないと言っていたから。
理不尽に感じたから帝国に止めてくれないかとお願いに行った。
『馬鹿か、貴様は。一般人が戯言を言うな』
子馬鹿にした皇帝や、役人たちの暴言に、どうしょうもないと諦めようとして諦めきれずに。
泣いている女の子と、平和。
どちらが大切かなんて、解りきっていること。
二人が帝国に行くことで、周り中が平和に暮らせることことは、解りきっていた。
けれど、自分達の一族は、そんな理不尽さが許せないから。
初代から延々と続く呪のような、信念を貫くために。
『そっか、解った。なら、戦おう』
宣言した時に誰もが笑っていたが、その笑顔は半日後には凍りついた。
『理不尽さを突きつけられるのは、どんな気分?』
『貴様、何故だ・・・・・・そんな力を持ちながら何故だ?!』
彼の言葉に答えるつもりなんてなかった。
ただ、欲しかったものを手に入れるために、自分は一族の最大戦力を動かした。
それが始まり。
後に五つの星系を支配下におく銀河帝国の始まりは、初代皇帝の幼馴染の涙からだった。
アイリス・クロームクラウン・エーテル。
御歳21歳の才媛。
白金―プラチナ・クロームという珍しい髪色を持ち、深い海のような色合いの瞳をした女性を、知らない人間はいない。
ジョーカー統一帝国の宰相、五つの太陽系を支配下に置く巨大な国家を回している頭脳の一人。
冷静で穏やか、誰にも優しい彼女の唯一の怒りの矛先は、彼女の夫。
「そう・・・・・・」
報告を上げた情報武官に対して、彼女は冷ややかな笑みを浮かべていた。
「まあまあ」
彼女の隣に座っているのは、皇帝代理-第一妃とか皇妃様とか呼ばれている女性―アセイラム・クリシュタリア・エーテル。
「あのね、セラム」
彼女の愛称を出しながら、アイリスは首を振る。
「貴方がそうやって甘やかすから、あの馬鹿夫はつけ上がるのよ!」
「そういう貴方も、口では文句を言いつつもテラのやりたいようにするのでは?」
「私は違うから!」
「愛故です、アイリス。私たちの最愛の夫なのですから」
「私は違うからぁぁぁぁぁ!!!」
赤面して叫ぶアイリスは、そのまま机の上に拳を叩きつける。
叫び否定し拳を叩きつける彼女を余所に、アセイラムは情報武官に顔を向ける。
「御苦労さまでした。陛下の行方については、そこまでとします」
「よろしいのですか?」
「貴方もこれ以上つついて、『巫女の怒り』を買いたくないでしょう?」
比ゆ的な表現に、彼は大きく首を振った。
「行方がつかめればそれで、彼女と一緒にいると解ったのなら、なおのこと大丈夫です。迂闊なことはしません」
「ですが、陛下は『サイレント騎士団』を持ったままです。それは・・・・」
情報武官が何か言い掛けた時、その首筋に細い刃が突きつけられた。
「勘違いしてない?」
刀をつきつけた女性、クトリ・エルヴェルカ・エーテルは殺気のこもった眼で睨みながら告げる。
「『サイレント騎士団』は、ジョーカー帝国の兵力じゃない。陛下の個人戦力よ。あんたらが口出ししていい領域じゃない」
「クトリさん、やり過ぎではありませんか?」
壁際で成り行きを見守っていた雪菜・エゼルカイン・エーテルの言葉に、渋々といった様子で刃を下げる。
「とはいえ、『サイレント騎士団』が陛下の手足であることには変わりがない。迂闊な発言は、貴公の命だけではなく情報部の解体に繋がる。迂闊なことはしないように」
淡々と語るのは、メテオラ・ウィル・エーテル。手に持った書籍に浮かび上がる魔法陣を消し、視線をアセイラムに向ける。
「しかし、陛下をそのままという決定には意を唱えるが?」
「私たちがあの人の行動に口を挟むのは、したくないので。違いますか?」
問いかけに、誰もが『否』とは言わない。
自由奔放で大らか、端的に言ってしまえば、『馬鹿』なのがテラだ。
彼だけならば色々と問題がありそうだが、一緒にルリがいるならば防いでいることだろう。
蒼白になった情報武官が退出すると、残ったのは皇妃のみ。
全員が何かしらのことがあってテラと一緒にいることを選び、またこの帝国を支える役職についている者達。
「見つかったなら呼び戻さないと!」
動き出しかけるクトリに、アイリスは待ったをかける。
「ダメよ、今は時期が悪い」
「時期って何よ? 自分の旦那様を迎えに行くのに、時期なんて気にするの?」
「するわよ。今は決算の時期じゃない。前回の時にあいつが何をやらかしたか、忘れた?」
アイリスのとても呆れた顔に釣られるように、全員の脳裏には前回の決算報告前にテラがやらかしたことが浮かぶ。
「あいつは! 着服するどころか増やしやがったのよ! それも何故か未発見の鉱脈を発見して!」
「書類を書きお直しはもう嫌です」
雪菜の悲鳴交じりの言葉に、クトリも動かしかけた体を直立にして、ソファーに崩れ落ちる。
「なんで、どうして、あんなに苦労して計算して出したお金を、半日で数万倍に変えられるの? なんであんなに幸運なの?」
泣きだしたクトリの肩に、メテオラはそっと手を置く。
「あの人ならば、確実にこう言うだろう。『みんなに会えたのが俺の最大の幸運だ』と」
「あう~~~」
全員、そこで赤面。
「そしてこう言うだろう。『だから、こんな金塊の数万トンや、宝石の数百万トンは見逃して』と」
そして、赤面していた顔が一気に蒼白になる。
「だから!」
アイリスは強制的に話を戻すことにした。
これ以上、馬鹿夫のために時間を割いていたら、何かしらのことをしでかすに違いない。
離れている、数万光年の距離、次元の壁。そんなものは、彼にとって隣の家に入ること以上に簡単に突破する。
「あいつがいない間に全員を集めて決算を終わらせる! それから全員で騎士団をすべて連れて迎えに行く」
「ならば、彼も『サイレント騎士団』も迂闊に反撃できない」
メテオラが同意を示し、クトリも大きく頷いた。
「なら、さっさと終わらせましょう」
動き出した雪菜に釣られるように、全員が書類へかかった。
必死に進める皆の姿を見回した後、アセイラムは心の中で思う。
『近衛騎士全機が出てきたら、騎士団が壊滅するのだけれど』と。
L.E.D・ミラージュ―最強の幻影の名を与えられた機械の騎士達。
機械であると同時に、生命体でもある存在。
ナノマテリアルによる自己進化と、機体すべてが一つの情報連結で繋がった機体は、データを蓄積し相手の技術を盗み、全て機体データとして反映して性能を上げていく。
上限のない進化の果てに、彼らはついに予想外の能力を持った。
即ち、主―テラの一族が使う能力をそのまま使用できる機能を。
言えない、その気になれば宇宙ごと消せる能力を、近衛騎士達一機一機が使えるなんて。
現実逃避するように、彼女も書類へと意識を向けたのでした。
話を聞いた時、彼女は乗っていた戦闘艦のブリッジで、データ・ボードを落とした。
「はい?」
「あ、あのさ、ほらアイリスも色々と考えているわけだからさ」
話を持ってきた赤髪の女性―ロゼ・シュトラム・エーテルは、言い訳を考えようとして自分では無理だと悟る。
目の前の女性-ユインシエル・アスレート・エーテルは、ボードを落としたことも気づかずに、ロゼを真っ直ぐ見ている。
見ていないのかもしれないが。
「ユイ?」
彼女の愛称を告げても、動く様子は見られない。
本格的に彼女の思考容量を超えて、パニックになっているのか。
滅多に騒ぐことはないが、もしも騒いでしまった時を考えると、頭痛がしてくる。
彼女の騎士団は、全員の中で最大規模なのだから。
沈黙が続く。
幸い、ブリッジにいるのはユイの騎士団のバッタや人工生命体のみ。
もし帝国関係者がいたなら、もっとややこしい話になっていただろうが。
「ユイ、ちょっと落ち着こう」
「アイリスさんがそう決めたなら、私は従います。でも、テラが大人しくしていますか?」
「ルリがついてるから、大丈夫じゃないの?」
思考が戻ったのか、何時もと同じように話す彼女に、ロゼは安堵する。
「あのテラが、ルリと一緒だからで大人しくしますか?」
「しない」
即答だった。
ロゼさえも意識していないくらい、真っ直ぐに答えは出てくる。
「二人して何を不毛な会話をしているのですか?」
横から冷たい声が差し込まれる。
気がつけばブリッジの入口から、黒髪の女性が入ってきていた。
深雪・クロムウェル・エーテル。まるで夜空と評される彼女は、ゆっくりとした仕草でデータ・ボードを拾い上げる。
「ありがとう、ございます」
渡されたユイは、そこでようやく自分が落としたことに気づき、軽く赤面する。
「言うじゃない、深雪。じゃ、不毛じゃない会話ってどんなの?」
ロゼの挑発に、彼女はチラリと見た後で、口を開く。
「新しい奥さまは何人か」
「ちょっとちょっと!!!」
「違いましたか? テラが遠出すると必ず女性を連れてくるのでは?」
「違う・・・いや、違くない・・・かな?」
否定できず、ロゼは困惑した。
違うような違くないような、自分の時は旅先のテラに会ってだったから、間違ってはいない。
他の奥様方は、確かにそんな感じかもしれない。
例外はアイリスとアセイラムの二人のみ。
「うん、間違ってない」
「ほらみなさい」
「二人とも、そんな会話は・・・・建設的じゃないでしょう?」
諌めるようにユイが口を挟むのだが、内心では同じことを考えているため、否定できずにいる。
「じゃ、ユイは良いわけ?」
「良いわけではないですけど」
「ならば、止めるべきでは?」
ロゼと深雪に交互に攻められ、ユイは言葉に詰まる。
詰まるというより、困惑してしまうが正しいか。
どちらを止めるべきか、止めないべきか。いや、その前にテラが今回の一件で、誰か連れてくるかどうかを考えるべきか。
そもそも、何処に行っているか。
誰か知っているのか。
家を開けているのは構わない。
帝国の運営にかかわらないのは、何時ものこと。
妻に対して何も言わないのは、毎回だから仕方がない。
「別居どころではなく、離婚の危機では?」
「はい?」
「まあ?」
ユイの口から予想外の言葉が出てきて、今度はロゼと深雪が困惑した。
「妻に関わらず、家にもいない。何処に行っているかも解らない。離婚の危機です」
「普通の家庭ならね」
「一般家庭ならば、そうでしょうけど」
徐々に凄みを増していくユイに、戸惑いながらもロゼと深雪は同意する。
ただし、前提条件のみだが。
「テラが誰を連れて来ても、私の最愛の夫です」
「言いきったぁ~~~~」
ロゼは呆れつつ、仕方がないかと口の中で転がす。
「私もですが、小言くらいはしても許されるでしょう?」
深雪もため息交じりに告げた。
しかし、ユイは拳を握っている。
「殴ります」
意外に体育会系なのだ。見た目がホンワカ女子高生なのに、皇妃達の中で最大規模の騎士団を抱えているだけはある。
「絶対に一発は殴りますから」
決意を込めて拳を持ち上げるユイに、余計なことをしたとロゼと深雪は後悔したという。
蒼穹まで伸びる真城の塔。
その正面に刻印された紋章を見ながら、彼女は話を聞いていた。
「なるほどなるほど、我が夫殿は随分とのんびり屋なのだな」
クククと笑う童女に、彼女に付き添っている女性は返答に困った。
まだ八歳くらいの少女だが、外見と年齢が釣り合わないのは、多くの者が知っていること。
クルル・ブラッドフォール・エーテル。
真祖に近い吸血鬼、と自分のことを語る少女は、面白そうに語る。
「永劫に近い寿命を持った吸血鬼に言われたくない単語ね、のんびり屋って」
思わず呟いた奏・クロウイン・エーテルに、クルルは笑顔のまま牙を向く。
「中身のない永劫など、苦痛に等しい。妾があやつと一緒になる条件を知っておろう?」
「そりゃ、まあ」
妻達の間でも知っている条約。
テラが死ぬ前に滅ぼすこと。
『おぬしのいない世の中など、堪えられぬ。それほどに愛している』
真顔で語った彼女は、少しだけ泣いているようだった。
「お主もそうであろう?」
「私も、確かに」
厄介事の多い一族の中でも、飛びきり厄介な能力を持ってしまったから、ここにいる。
だが、不自由はない。
巨大な島一つ。世界一つ。
惑星が浮かんでいるのに空気が存在する宇宙空間。
太陽も星も瞬く、闇ではなく光に満ちた場所。
テラ達の最秘奥―『ヴァルハラ』がある世界『エデン』と名付けられた次元世界の只中で、奏は塔に視線を向ける。
四獣と双剣の紋章―『神帝』テラ・エーテルを語る記号に、奏は少しだけ目を細める。
「やれやれ、美女二人が揃ってしかめ顔をしているとは。あいつもひどい男だな」
別の、男の声に二人は顔を向ける。
白髪に焼けた肌、鍛え抜かれた体を執事服で隠した青年が、ゆっくりと歩いてくる。
「バトラー」
彼の名前を知る者はいない、ただ昔から執事のようにテラの一族にいるために、誰ともなくそう呼んでいる。
「珍しいな、おまえが外を歩いているとは」
「私もたまには外を歩くさ。二人とも、そろそろ支度をしたらどうだ? 記念式典に出席の予定だったはずだが?」
「あのような些事、妾は好かぬ」
クルルが早々に否定するのだが、バトラーは肩を竦めた。
「仕方なかろう? 今の君は『真祖』や『吸血鬼の女帝』ではなく、『神帝テラ・エーテルの妻』なのだから。帝国の式典への顔見せくらいはしておかないとな」
「ふん」
「それとも、夫の顔に泥を塗るのが趣味かね?」
クルルはさすがに押し黙る。
周りが鬱陶しいが、テラのことを出されると黙るくらいには、愛情を持ってしまったのだから。
「着替えましょう。クルルも行きましょう」
「致し方ない。バトラー、妾の部屋のドレスを頼む」
「心得た」
一礼し、二人が立ち去るのを待っていた彼は、顔を挙げて紋章を見つめる。
「まったく、厄介な契約をしてしまったものだ。しかし、中々に面白い」
彼はにやりと笑い、再び塔の中へと戻った。
日々、驚くことは多く。
毎日がとても新鮮で楽しい。
色々なことを学んで、様々なことを知るのはとても嬉しい。
けれど、限度は必要でしょう?