迷走中、楽しんで的な?
オリョクルというものがある。
資源の消費が激しい提督のための救済手段とか、潜水艦のためにあるマップだとか言われてはいるが。
現実問題として、潜水艦で輸送任務を行った場合、効率がいいのか。
八丈島鎮守府提督代行ホシノ・ルリは、はっきりと答える。
「馬鹿ですか」
そんなことはない。
この世界にも、同じような任務は確かにある。
オリョクルと呼ばれる輸送任務だが、これには二つのパターンがある。
八丈島鎮守府へ内緒で行って、『情報を渡すか、それか何かの時に助力するか』を選んで、そっと資源を貰ってくるパターン。
もう一つは、八丈島鎮守府所属の潜水艦娘による遠距離遠征。
効率最優先の提督代行による、容赦ない過密スケジュール。
艦娘のことを駒としか思わない彼女は、潜水艦娘に情けなど向けない。
全員への一斉配信のスケジュールを見た彼女-伊168イムヤは、手に持ったカップを落としかけた。
「あ、明後日からオリョクルだ」
ガタンと物音がした。
室内-談話室にいた全員が、こちらを見ている。
談話室と言っているが、ここは高級ホテルのラウンジを見本にした、艦娘達へのご褒美室でもある。
室内にある軽食、お菓子を含めてフルーツ類までおいてあり、冷蔵庫には飲み物が入っていて、自由に使える。
コーヒーメーカーなどは置いていないが、常にバッタ達がいて飲み物はすべて作ってくれる。
壁一面には大型モニターが自然の風景などを映し、個別においてあるテーブルには高画質のモニターがそれぞれ設置されている。
通常は食堂でも電子マネーを使って食事を得ているのだが、ここにあるものは完全に無料。
夜間帯でありさらに、待機・出撃・予備でもなければアルコール類も出てくる。
バッタ達によるカクテルもあり。
八丈島鎮守府でも五本の指に入る、艦娘のお気に入り談話室の中、イムヤは周りを見回す。
あいにくと潜水艦娘はいないが、それ以外の艦種の艦娘はいる。
全員がギラギラとした目を向けてきてはいるが。
理由は解る。
もし、自分が潜水艦でなければ、同じようにギラついた目を向ける自信があった。
「なあ、イムヤ、変わってやろうか?」
天龍が近づいてくる。
その瞳にはありありと、一つの感情が浮かんでいた。
「いいよ、大丈夫」
「遠慮するなよ。資材が一定以上、集めればいいんだろ? なら、潜水艦じゃなくてもいいよな?」
「大丈夫だって。それに、潜水艦のほうが燃費がいいから」
「軽巡だって同じくらい、燃費がいいぜ」
一歩も引かない天龍に、イムヤは後ずさる。
迂闊だ、こんなに多くの艦娘がいる中でオリョクルのことを言うなんて。
「これ、提督からの命令だから」
「なら、俺から言ってやるよ」
「いいって!」
「イムヤ!」
一気に逃げ出すと、後ろから全員が追ってくる気配がする。
さすがに人気が高い。
始まった当初は、全員が困惑していたのに。
何時からだろう。
オリョクルが八丈島鎮守府では、『至高』とまで言われるようになったのは。
走り続けるイムヤは、思い返す。
ただ、行って資源を貰って帰ってくる。それだけなのに。
始まりは、提督の一言だった、と思いだす。
「でもさ、これってどうやって資源を集めるわけ?」
「現地にいる妖精さん達から貰うらしいですよ」
「え? 無人島で野ざらしで待っているの? それって辛くない」
「なら、ホテルでも建てますか。妖精達のために」
「うんお願い、ルリちゃん」
といった結果、オリョクルは周回ではなく、一つの島を目指すことになった。
妖精たちがそこに周りから資源を集めて待っているので。
ところが、だ。
何を勘違いしたのか、それとも最初から考えていたのか。
バッタ達が張り切って作ったのは高級リゾート地。
防空陣地は八丈島鎮守府を超え、圧倒的。
防御フィールドはクライン・フィールドや次元断層を起こせそうなほどに強固。
内部のリゾート部分は、一切の妥協がないバッタ達の力作。
『久しぶりに仕事しました』と言っていた彼らに罪はない。
『なら、そこで一泊して戻っての一泊二日でいいですよ』
とか言いだした提督代行も、きっと悪くない。
しかし、だ。これが他の艦娘に知られたことから、状況の悪化は始まったと言える。
八丈島鎮守府も、かなり住みやすい。他の鎮守府から移ってきた艦娘が、ホテルかと叫ぶくらいに環境は整えられている。
しかし、だ。普段から生活していると、高級ホテルと言えども普通に思えてくる。
同じように鎮守府暮らしも、慣れてくると変化を求めてしまう。
そこに降ってわいたオリョクルリゾートの話。
艦娘全員が興味を示して、行ってみたいと望むのだが、提督代行は首を縦に振らない。
潜水艦娘の任務だから、と。
おかげで、今ではこの有様。普段は仲良しで、艦種の違いなど関係なく生活しているのに、オリョクルの話題が出ると全員の目の色が変わる。
「イムヤぁぁぁぁ!!!」
「だからダメだって!!!」
叫び声に律義に答えながら、彼女は走る。
こうして、八丈島鎮守府では恒例になっている、オリョクル前の艦娘全員のクルージングは始まったのだった。
「馬鹿ですか、貴方達は」
疲れ果てて倒れている艦娘達を見ながら、提督代行は冷たく言い放った。
バッタ。
テラが持っている『サイレント騎士団』において、初期の頃から存在する自動機械。
ニューロ・コンピュータを搭載したとか、量子コンピュータだとか、内部がどうなっているかは、テラはもちろん、ルリさえ知らない。
ただ、彼らは正式名称をバッタ師団と言い、『サイレント騎士団』はもちろん、帝国や八丈島鎮守府においても、あらゆることをサポートするために、今日も影になり活躍している。
間宮の食堂を手伝い、明石と夕張の工廠を補佐し、妖精たちと一緒に見回りを行い、鎮守府内のあらゆるところを清掃する。
妖精たちにも従い、艦娘達を支え、ルリ達に服従を示す陰の功労者。
そんなバッタ師団には様々な部門が存在するが、中でも数が多いのが『主計科』。
生活面でのサポートを主任務にした彼らは、大隊とか中隊、小隊、あるいは分隊、班などといって細分化されていき、様々な状況に対処していた。
中でも、この八丈島鎮守府ができた当初、最大稼働の上に全力稼働を行った奴らがいた。
主計科娯楽大隊。主に玩具・遊具といった遊ぶものを作っている者達は、この世界に来て愕然としたという。
あまりに娯楽の少なさに、艦娘達の楽しみの低さに。
人が生活する上で楽しさは必要。絶対に失ってはいけない。
妙な使命感を持っている彼らは、速やかに行動した。
まずは嘆願書をルリに叩きつけ。
「あの、別に普通に受理しますから」
続いて他の部門へ交渉。特に資材の確保は急務。
『ピ! よこせよ、こら』
『ピ! 他に必要なんだよ、おら』
『ピ! うちが先だ馬鹿野郎!』
『ピ! おまえのところだけじゃねえんだよ、アホ野郎!』
時に同じバッタ同士でケンカして。
実際に重火器を使って戦争に突入したのは、いい思い出らしい。
資材を強奪―間違ってはいない、制圧したのだから―した後は、細分化しての対応。
班単位での作業に突入。
次々にデータから選び抜いた遊具を制作、艦娘へ熱心に楽しさを語り遊び方を伝授していく。
最初は戸惑っていた艦娘達も、次第に楽しい遊びに染まっていった。これに拍車をかけたのは、ルリが配り始めたブレスレット。
電子機器がきた、よろしい、ならば次の段階だ。
こうして主計科娯楽大隊は、ゲーム機の製作に突入。
データはある、過去・現在・未来、異世界。様々な世界のゲームを生み出して販売。
カセットからディスクへ。ネット環境が整ってきたなら、ネットワーク対応型へ。あるいはダウンロードコンテンツへ。
楽しさを広めるために、艦娘達が喜んでくれるものを。
ただ、ただ邁進していくバッタ達だったが、彼らは忘れているものがあった。
艦娘も人間と変わらない、それも女の子だということを。
男子専用のゲームが受けないか、男性用ゲームが売れないか、というわけではない。
ゲーム機ばかりに楽しみを見出すのは、違っていないか。
ある日、バッタ達のネットワークに浮かんだ言葉に、娯楽大隊は衝撃を受けた。
確かにそうだ。娯楽とは多くあるもの、楽しむ人本人が選んでこそ。
自分達の浅はかさに気づき、そこで止まるのが普通の人。
そこからさらに暴走するのがバッタ達。
『ピ! 知るかそんなこと! 俺達は娯楽大隊だ! 他のことなんざ、他の大隊に任せときゃいいんだよ!』
『ピ! そうだそうだ! あいつらが俺たちより楽しいものを作ればいいんだ!』
『ピ!! その通り! 我らはバッタ師団主計科娯楽大隊!』
こうして、バッタ師団主計科の最大稼働の日々が始まった。
主計科はあらゆる生活面でのサポートを行うもの。
服飾、雑誌、書籍、娯楽、食事、そういった日常的なものすべてをサポートする主計科は、互いに競い合うように、お互いを追い越して下すために、ただただ楽しみのために。
多くの艦娘の笑顔のために。
第二次世界大戦初期の娯楽しかなかった八丈島鎮守府において、たった三か月で二十二世紀以上の娯楽を提供した主計科は、その後にルリから盛大にお説教を貰うことになる。
しかし、彼らは何処か嬉しそうな顔でお説教を聞いていた。
「っていう話のネタを掴んだのですが、記事にしていいですか?」
珍しく青葉が弱気な態度で、ルリの元を訪れた。
基本的に青葉が手に入れた情報は、ルリやテラの許可を得なくても記事にしていいことになっている。
ジャーナリストとして、艦娘として、心あるものとして、彼女の倫理感を二人は信じているから。
「構いませんよ。事実とは少し違いますが」
「何処がでしょうか?」
「ええ、実際には二か月で行って、その後の一か月は大混乱だったんです」
「はい?」
「考えなさい、青葉。二世紀を飛び越える技術を二か月で与えられて、貴方は把握できますか? 段階を踏んだとしても、一日でゲーム機本体が変化するとしたら?」
言われて青葉は、蒼白になった。
「私には無理です」
「残り一か月は、そういった混乱を艦娘側が受け入れるための期間です。どうぞ、記事にしても構いませんよ」
「大丈夫ですか? 当時の艦娘達から恨まれたりは?」
「しませんよ」
ルリは断言した後に、チラリと部屋の隅を見つめる。
「ただ、バッタ達にはかなりのダメージでしょうね」
「はぁ?」
「例えるなら、昔の『厨二病の自分を見せられる』と言ったところでしょうか」
「・・・・・・残酷なことしたくありません」
「貴方のそういうところは美徳です。しかし、今回の記事は載せなさい。バッタ達にもそろそろ、釘をさしておかないと。また暴走したら大変なのでしょう?」
提督代行に『命令』と念を押されて、青葉は記事を新聞に載せた。
艦娘側、『あったね、そんなこと』。
バッタ側『悶絶するバッタが多くみられた』という。
八丈島鎮守府の艦娘は、全員が近接武器を使う。
槍、薙刀、刀、剣、大槌。
様々な武器があり、それぞれに使ってみて好みで選んで行くのが普通。
好み以前に、最初に教えてくれた艦娘が使っていて、かっこいいからで始める艦娘もいる。
しかし、だ。
好みやかっこいいからで選んだとはいえ、扱えるかどうかは艦娘の技量や才能によるのだろう。
事実として、八丈島鎮守府以外ではあまり使われていない。
理由としては砲や魚雷の方が強い。
近接戦闘で対応できる場合が少なく、技量も高くない。
何より、当てられない。
といった話があり、提督達もあまり推奨していない。
「砲撃や魚雷があるのに、何を考えている」
提案した艦娘に対しての提督の返答は、きっと同じように返される。
一方、八丈島鎮守府ではというと。
「剣が使えないなんて、貴方は誰の艦娘ですか?」
提督代行が冷たい目で見つめてくるだろう。
とはいえ、八丈島鎮守府では近接武器を絶対に使わないといけない、というわけではない。
戦闘中、艦娘達は主に砲撃・魚雷・航空機で戦う。
時々、『ヒャッハー』とかいって航空妖精が航空機の翼でイ級とか、ル級とか斬っていたりするが、普通に遠距離及び中距離での攻撃で戦う。
あるいはどこぞの夜戦馬鹿が、魚雷でタ級を滅多切りにしたりとか。
その時は、鎮守府の廊下に『魚雷は刃物ではありません』と張り紙がされたとか、されなかったとか。
または、主砲の砲身でネ級を突き刺しにしたとか、レ級を殴って倒したとか言う話もある。
この時も、『主砲や砲身は砲撃を行うものであり、打撃武器ではありません』といった張り紙がされたとか。
『全員、提督のマネは止めなさい』と提督代行が張り紙をしたという話もあるが、こちらは青葉を通じて全員への配信を行ったらしい。
八丈島鎮守府提督のテラは、拳銃だろうとライフルだろうと、あるいは船だろうと、『手に持ったもの』に硬度強化と不壊属性を付与できるとか、あるいは切断能力を付加できるとか、そういった話が流れたが。
普段から遠距離から中距離で戦う艦娘達にとって、近接武器とは特別な意味を持つらしい。
特に、八丈島鎮守府において最古参の二人が、それぞれ剣と刀を得意武器として普段から持ち歩いているので。
「榛名は・・・・・・榛名はもう無理です!」
「はい?」
妹の叫び声に、比叡は振り返る。
場所は室内の訓練場。弓道場の隣に併設されたその場で、彼女は刀を振るっていた。
久しぶりに整備に出して、いい感じに戻ってきたから試し切りをしていたのだが、何故か同じようについてきた妹が悲鳴を上げている。
「何がありました、榛名?」
「比叡お姉さま、不出来な妹を許してください」
まったく内容が出てこない。何故か泣き続ける妹の手には、重厚な造りの剣が握られている。
吹雪の教導を受けた彼女は、憧れるように剣を近接武器として選んだのだが、はっきりいって才能はない。
見ていて見事に、あの吹雪でさえ『止めておきましょう』と伝えるほどに。
「私は、吹雪さんみたいに剣を使いたいのに。何故なのでしょう? 憧れは罪なのですか? 望むことは許されないのでしょうか?」
「ああ、なるほど」
願いことが叶うことは、八丈島鎮守府ではよくあること。
けれど、全部が叶うことはないかもしれない。
必死に訓練する榛名の腕前は、見事に上がらない。
傍から見ていて、可哀そうになるくらいに。
「榛名は・・・・・・榛名は剣を使いたいのです!!」
叫び声と同時に突き出した手刀が、見事に床を切り裂いた。
「どうして私には剣の才能がないのでしょう?! 比叡お姉様! 何故なのでしょうか?!」
突きだす手刀は次々に床を裂く。
ここは確か、床は念のためにで超合金Zが使用されているのだが。
ちょっとだけ妹が怖くなった比叡だったが、泣いている子を放っておくことができずに、慰めることにした。
「大丈夫です、榛名。貴方は確かに剣を使っています」
「え?」
「貴方の両手こそが・・・・・・いいえ、貴方は一つの剣なのです!!」
瞬間、パァッと彼女の泣き顔に笑顔が咲いた。
「そうなのですね。榛名は、榛名自身が剣だったのですね」
「そうです! だから泣かないでください。これからは、その剣を鍛えればいいのですから!!」
「はい! お姉様!」
がっしりと手を握り合う姉妹は、その後に訓練に突入した。
数時間後。
「で?」
提督代行執務室にて、床に正坐する艦娘が二人。
壁で溜息をつく艦娘―長門。
極寒の気配を纏って睨みつける提督代行。
「説明を求めます、比叡、榛名。何をどうしたら、訓練場が全壊になるのですか? いったい、何をどうしたら、そこまで馬鹿なことができるのか?」
「はい! 気合! 入れて! 訓練しました!!!」
「はい! 榛名は剣なのです! 一本の剣として頑張りました!」
全力で答える馬鹿二人に、提督代行の眉が跳ね上がった。
その日の夜、鎮守府の廊下に正坐したまま『私は馬鹿です』と書かれたプラカードを、首から下げた艦娘二人が目撃されたという。
何事も適度が一番、やり過ぎ注意。
提督代行は、この日、廊下に張り紙をするかどうかを、真剣に悩んだとか悩まなかったとか。
何事もない日々。
変化のない日常は、とても退屈で。
だから、気づかない。
それがどれだけ、大切であるか。