迷走中、暴走中?
季節は巡るものであり、月日は過ぎ去るものでもある。
昔、偉人はそう言っていた。
「では、皆さん」
良く晴れた日の午前、ホシノ・ルリは八丈島鎮守府所属艦娘全員を見下ろしながら、コップを持ち上げる。
「普通ならば提督の挨拶とかあるのですが、生憎と提督自身がそういった挨拶が嫌いなので」
半眼で告げると、大多数の艦娘が一斉に顔を向ける。
『提督です』と書かれた看板の下、テラはイスに座っている。
顔の前で手を組んだ姿が、某秘密組織の司令官に見えるが、偶然だ。
彼は彼で必死に自分を抑えているのだから。
『あ、限界だ』と、大多数の艦娘は同じ感想を浮かべたが。
「ということで、私から一言だけ」
今すぐに始めたいのだが、そうはいってもこんな日に挨拶もなしでは、これからの鎮守府運営がグダグダになりかねない。
「皆の頑張りにより八丈島鎮守府は一周年を迎えました。なんとも長い年月が過ぎたようですが、これからも貴方達は、『テラ・エーテル』提督の駒として相応しい振る舞いと戦果を期待します」
彼女は言葉を区切る。
『まあ、出来なければ地獄のランナウェイですが』と、小さく口が動いたようだが、多くの艦娘には見えない。
最前列にいた吹雪や暁が震え出したが、多くが無関係を貫く。
「では皆、今日は無礼講とします。乾杯」
「乾杯!!!」
「とはいえ、提督に無礼を働いたら消しますが」
「最後の最後で余計な一言ですよ!」
全員が飲み物を飲んだ瞬間に付け足す提督代行に、大淀は冷静に突っ込みを入れたのだった。
八丈島鎮守府一周年記念式典は、関係者のみで盛大に祝われた。
軍令部も他の鎮守府の提督も呼ばない、身内だけの宴会。
運ばれてくる料理はバッタ達が作りだし、間宮も今回はお客様扱い。
次々に消費されていく料理と飲み物。それと正気。
酔っぱらう者大勢。
「提督~~~もっと優しくしてくださいよぉ~~」
「何で貴方は普段が凛としているのに、お酒が入ると絡み酒になるんですか、大淀。それに、代行です」
「提督、もっと私に出番を」
「何を基準に出番というのか、疑問ですが、明石?」
何故か左右から絡まれているルリは、困惑しつつワインを飲みほす。
目がかなり座っているが、口調が普段と同じなので、誰も気づかない。
「提督だったんだ。本当に提督だったんだ!」
「そうだけど、テラさんでもいいよ~~」
驚く皐月の頭を撫でる提督。
「そうですよ、提督なんですよ、だから提督なんです」
「酔っぱらってるね、阿賀野」
肩に寄り掛かる彼女の頭を撫でる。
「へへへへへへ」
「そこを変わりなさい、阿賀野」
「あの、由良? なんで魚雷を持っているのかな?」
「私の場所です!」
顔を真赤にして魚雷を持った少女が突撃しかけて、横合いからの一撃に沈む。
「ありがと、吹雪。でもさ、もっと穏便に」
やりすぎじゃないかと言い掛けたテラは、阿賀野が暁に放り投げられている姿を見て、言葉を止める。
「誰の許可を得て、提督に触れているのですか?」
「はしたないわね。提督に触れられるのは、本当のレディだけよ?」
二人とも顔が少しだけ赤い。片手にそれぞれ剣と刀を持ち、もう一方にコップを持っている。
「何を飲んだの?」
『ピ カクテルです』
「何を飲ませたの?」
通りかかったバッタを捕まえる。
普段からお酒を飲んでいる二人が、あんなに酔っ払うことは珍しい。
ザルといわれているだけに。
『ピ? テラ様、『メラゾーマ』です』
「なんであんなの作ったのさ?」
『ピ 前から試してみたかったといわれたので』
馬鹿なのだろうか、と思ってしまう。
スピリタスにタバスコを数滴だけ垂らす、というこのカクテルは本当に怖い。
スピリタスのアルコール度数が96度もある上に、タバスコが数滴しか入っていないので、アルコール度数は下がらない。
あんなものをコップ一杯とはいえ飲めば、酔っぱらうのは目に見えているのに。
その後、祝賀会は宴会になり、大混乱のまま幕を下ろす。
翌日、鎮守府の方々で半裸の艦娘が発見されたとか、されなかったとか。
「ルリちゃん、宴会はもっと色々と制約を決めようか」
「そうですね。ところでテラさん、吹雪と暁が何かしましたか?」
何故か急きょ、『休ませてください』と泣き言を言ってきた二人に、ルリは疑問を浮かべる。
「本人達の名誉のために内緒」
「はぁ・・・・・・では、大和、加賀、神風、叢雲、榛名、金剛も同じく休むと言ってきたのは?」
「本人達の名誉のために内緒」
「・・・・・・不知火、如月、夕雲、熊野、衣笠、龍鳳、サラトガ、ビスマルクが首のあたりを抑えて赤面しているのは?」
「本人達の名誉のために内緒」
「ウォースパイト、赤城、翔鶴、天城、飛鷹、古鷹、白雪が長距離遠征任務をしたいと言いだしたのは?」
「本人達の名誉のために内緒」
「・・・・・・本当に昨日は、私がダウンした後に何があったんですか?」
真面目な顔で質問してくるルリに、テラは『ああ、そうだね、お酒って怖いよね』とだけ告げた。
「では最後に一つだけ」
「何かな、ルリちゃん?」
「私が起きた時に猫耳をつけていたことは、誰が知っていますか?」
今もついていますが、と付け加えるルリに対して、テラは無言を貫く。
何事にも、知らない方が幸せなことはある。
言えるわけがない。
吹雪と暁が、『いいかげんに抱いてください』と全裸になったことなど。
大和達が誰が魅力が高いかを競ってストリップショーを始めたことや。
不知火達が『私は提督のペット』といって首輪をつけたこと。
ウォースパイト達が、半裸になって『夜のお供に』と迫ってきたことも。
ルリが猫耳を自らつけて、『私のテラさんの猫ですにゃん』とポーズまで決めたことも。
本人達の名誉のために、言えるわけがないのだった。
ちなみにルリが起きたのはテラのベッドだったのだが、本人達は至って気にした様子もなかったという。
盛大などんちゃん騒ぎの後、二日酔いになった艦娘はいなかったのは、幸いなことかもしれない。
一部の艦娘がしばらく行動不能に陥ったが、八丈島鎮守府では代替えの人員は確保済みなので問題はない。
しばらくスケジュールが不透明になるが。
「まあ、皆が騒いだ結果なので」
提督代行は一時間でスケジュールを変更。各自へ送信。全員から了承を得ると、鎮守府の運営を進めた。
というより、進めるしかなかった。
「じゃ!」
「待ってください」
少しでも人員不足など出そうものなら、飛びだしかける提督がいるのだから。
しかし、世の中は無情なもの。
テラが飛び出さないように長門と瑞鳳が監視する中、ルリは自分の執務室へと戻る。
そこには来客が二人。
「明石、夕張? 何かありましたか?」
「はい。実は、『鳳凰』と『鴉』の機種転換訓練が全くできません」
「え?」
予想もしていなかった事態が発生。
「航空妖精たちが不可能と言ってきたのですか?」
「はい、ジェット機なら何とかなるけれど、あんなデカ物と可変機のお化けは無理だと」
夕張が少しだけ弱気に告げると、ルリは深く考え込む。
完全に失敗だ。
強いものを求めて明石と夕張に研究と実験をさせてきたが、まさか妖精たちが扱えないと言ってくるとは。
武器系統なら何でも使えそうな妖精たちが悲鳴を上げるほど、複雑な機構は持たせていないはずなのに。
バッタ達が扱えるし、それに。
ルリはああと呟いて手を打った。
「提督のところの妖精達もですか?」
「いえ、始まって五分でサーカスやってました」
「あそこの妖精達は変態です」
はっきりと答える明石と、溜息交じりの夕張。
交互に見つめたルリは、大きく頷く。
「なら、教導させましょう。あそこの妖精たちならば、やってくれます」
「本気ですか、提督?」
止めようとする夕張に対して、ルリは何時も通りに『代行です』と言った後で微笑む。
「ええ、我が鎮守府の妖精達は常に強くあって欲しいものですから」
「本音は?」
清々しいほどの笑顔でいうルリに、明石が突っ込む。
「テラさんの配下にいる以上はできて当たり前です。次もありますし」
「次?!」
悲鳴を上げた夕張に、提督代行はとてもいい笑顔を向けたのだった。
「はい。電用の第零種兵装、作りましたか?」
「設計段階は、でもかなり『大型』になりますよ?」
明石が少し困惑して両手を広げる。
「彼女自身の願いか、それか魂の量か。吹雪さんたちのような形ではなく、もっと大型になりそうです」
「結構。崇高な願いの意思を受けるならば、そのくらいでないと」
何処か嬉しそうな提督代行は、『まあ、予想はつきます』とだけ告げた。
その後、提督配下の航空妖精による他の航空妖精の教導は、見事に成功したのだった。
ただし、気分が高まってくると『上等だ、この野郎』や『死を持って償え』とか、『万死に値する』など。
あるいは、『さあ、戦争の時間だ』、『憂さ晴らしにいくぞ、野郎ども』といった言葉が飛び出すようになったとか。
「テラさん、普段から妖精たちに何を言っているのですか?」
「映画のセリフ」
「・・・・今後はやめてください」
提督執務室にて、提督代行はもっと注意するべき相手を知ったらしい。
考える、毎日、考えてしまう。
「俺達はここで何をすべきか」
男は、今日も考える。
昔は恐怖に怯えていた。
海からくる奴らに、いつ殺されるかと震えていた。
艦娘が現れてからも、絶対的な数で劣るこちらが、また劣勢になって攻め込まれるのではないかと、不安を感じていた。
けれど、今はどうだ。
たった一つの鎮守府が、日本の安全を確保した。
半年にも満たない時間で。
嬉しいや助かったよりも、ただ辛かった。
自分自身を殴りつけたくなるくらいに、悲しかった。
彼らに背負わせて、全部を丸投げにして、助かった命だ。
一般人ならそれもいいだろうが、自分は軍人だ。
この手で国民を守る軍人なのだ。
何時までも任せてなどおけない。
彼らの負担を少しでも取り除くように、少しでも深海棲艦に立ち向かえるように。
技量を磨く。
今度こそ絶対に守り抜くために。
「では、第一艦隊はこれより外洋に出る。八丈島鎮守府の海域を通り、敵勢力への偵察を行う」
配下の第一艦隊を見回し、力を込めるように訓示を行う。
艦娘達の士気は高い。
誰一人、疑問を浮かべることなく決意に満ちた顔でいる。
「彼らに日頃の恩を返す。では、舞浜鎮守府第一艦隊、抜錨」
「了解!」
敬礼して走りだす彼女達の背中を、矢車大佐は見送った。
彼にとって、それは当り前のこと。
軍人が責務を果たすために。
けれど、彼には当たり前でも、軍人としては間違っていること。
軍人は命令によって動く。
言いかえれば、命令がなく動くのは軍人ではない。
独断専行は日本軍の常なり、と誰かが言っていた。
間違っていると、誰もが言う。
しかし時に人は自分の都合のいいように言葉を解釈してしまう。
待機、資材を集める。資材が何処にある、決まっている。
敵勢力下。
矢車大佐はそう結論を出し、軍令部に指示を仰ぐ前に艦隊を進めた。
すべては少しだけの行き違い。
軍令部は各鎮守府が命令を護るだろうと判断し、鎮守府は軍令部の命令に従ったと確信していた。
自分達が何処に立っているのかも知らないまま。
話が来た時は、すでに遅かったと、後に高野は語る。
「何!? 舞浜の第一艦隊が外洋に出た?!」
「はい! 二時間ほど前に抜錨したとのことです」
部下からもたらされた情報に、高野は呆れた。
待機だと、資材の確保が優先だと決めたばかりではないか。
「八丈島鎮守府への連絡は?! 何故、二時間も情報が上がってこなかった? 各鎮守府の動きは把握していたのではないのか?」
「それが、軍令部の中で情報が止まっていたようです」
「誰がそのようなことを?!」
信じられなかった。
安全が確保されたとはいえ、戦時中に変わりない。
敵と味方の情報は、素早くかつ正確に上げるのが当然だ。
だというのに、艦隊が動き出してから二時間も上がってこないとは。
「軍令部内部に八丈島鎮守府への不信感と・・・・その」
言葉を濁され、高野は鋭く睨む。
「私への不信感だな?」
「はい、申し訳ありません」
「いやいい。私としても、そういったことがあるのを見過ごしてた。とにかく、今は八丈島鎮守府へ連絡だ。ここで、舞浜の戦力を削るわけにいかん」
手早く高野が通信端末を出そうとして、手を止める。
端末の上、電文などが送られる部分に短い言葉が浮かんでいた。
『外洋にて他鎮守府の艦娘を保護。提督が出撃。説明を』。
たった一行の文字に、高野は日本の足場が崩れたように感じた。
無知とは、死に勝る罪である。
昔に教えられたことを、彼女は信じている。
だから、馬鹿の相手をしても、無知の相手は首を落とす。
そう、決めていた。