少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
彼女、ホシノ・ルリの朝は早い。
朝の五時にはベッドから起きだし、身支度を整える。十五歳の少女とは思えないほど簡単に済ますと、自室から出てすぐに『捕まる』。
「・・・・・・ほどほどに」
『ピ!!』
黄色いボディをしたバッタ数匹と、それに混ざる形で櫛などを持った妖精たちの集団に強制的に本格的に身支度をされた後、彼女のための執務室へ入る。
鎮守府の地下1階の最奥に供えられた執務室は、やはり窓などはないのだが潮騒の音色が流れ込む。
まずはイスに座って書類に目を通す。
基本的に二十四時間体制なので、夜間帯でも書類は出てくる。
夜間警戒時の報告、外周偵察時の記録、燃料・弾薬の使用履歴。
電子化が進んでいるのだが、何故かこの手の書類は紙で出回る。
いっそのことパソコンとかにぶち込んで、書類資源を削除してやろうと考えたことはあるが、どうしても拒否してくる存在がいる。
『ピ?』
目の前で新しい書類を持ってくるこの、電子機械の塊のようなバッタとか。
筆頭とか馬鹿じゃないかな、と思ってしまうほどに。
機械なのに、科学技術の塊なのに、『紙の肌触りがないと書類じゃないです』とか言うなんて。
ちょっと恨めしそうに見つめてから、ルリは別の書類に目を通していく。
ある程度の書類に目を通し、サインをしながら選り分ける。
提督―テラの承認が必要なもの。
自分―提督代行で承認が済むもの。
溜まっていた書類が片付く頃には七時を少し回るので、ここで一区切りとして朝食に向かう。
執務室を出てエレベータに乗り、上の階へ。
地上1階、そこは主に艦娘達の出撃用ドックと食堂が並ぶ。
食事は外の景色を直に見ながら、楽しくしましょう。というのが、鎮守府のモットーだ。
まだ少し早い時間なので、食堂に人影はあまりない。
「あ、提督」
「代行です。なんですか、間宮」
食堂に入った途端に間違えを訂正。食堂を取り仕切っている間宮が、小さく頭を下げてくる。
「ごめんなさい。でも、代行のほうが提督らしいですよ」
「テラ提督も立派に・・・・・・・頑張って机に座っています」
一瞬、書類を投げ出す姿を思い出してしまい、『立派に職務をしている』という言葉を曲げる。
いくら敬愛し忠誠を誓う相手とはいえ、あの執務姿を擁護できるほど、自分は妄信してない。
「机に座っています?」
「間違いじゃないですよ。テラさんは、イスに座るより机に座ったほうが長持ちしますので」
呆れてしまうが、机の淵に腰かけたほうが、テラは長くジッとしている。
二人して同時にそんな姿が浮かび、どちらかともなく笑ってしまう。
「それで、話は何ですか?」
「あ、そうでした。一周年記念の式典の準備は始めてもいいですか?」
「もうそんなになるんですね」
ちょっとだけルリは感慨深げに頷く。
偶発的に飛ばされて、偶然に助けて、武人の土下座に心を打たれて助力して、鎮守府を持つに至った。
一年も前のことなのに、昨日のように思い出せる。
「構いません。備蓄すべて使い切るつもりで張り切ってください」
「え?」
間宮が顔を引きつらせるので、思わずその顔を凝視してしまう。
「あの備蓄を、ですか?」
「はい、あの備蓄を、です」
丁寧に緩やかに念を押してみるのだが、間宮はさらに顔をしかめてしまう。
「・・・・・使いきれるかしら?」
使いきるだろう。たかが、『一千万』程度しかないのだから。
艦隊や鎮守府の運営用の『資材』を抜いた、本当に万が一を想定した場合の備えだから、その程度でしかない。
常時、億単位の資材量を誇るこの鎮守府では、微々たるものだ。
それに、とルリは思い出す。
動かすだけで数百億単位で資材が消える艦隊や、発動させただけなのに黄金が山のように消える武器とか。
頭痛がしてきた。
あの頃に比べたら、今のなんと省エネなことか。全員を総動員したとしても一万を超えない。
「ああ、平和ですね」
とても満足して息を吐くのだが、何故か間宮が怪訝な顔を向けてくる。
「提督、お疲れなんですね」
「はい? いえ、別に。書類も備蓄も資材も、運営も管理も片手間で終わるのでとても楽ですよ」
「え? え?」
「後、提督『代行』です。ここの提督はテラさんなので」
最後に念を押して食事を頼む。
間宮は困惑しながらも、とても美味しい朝食を用意してくれた。
食事が終われば、再び執務室へ。
業務開始は特殊な状況でもなければ9時から。まだ時間が早いので、大淀は来ていない。
一人、執務室のイスに座ったルリは、再び書類を再確認。
ひと通り見終わった頃、扉がノックされる。
「どうぞ」
「提督、今日の午前の演習なのですが」
入室してきたのは、長門。話しかけながら歩いて来て、執務机の少し前で直立不動になる。
後ろに手を組んで立つ姿が、凛としているのは彼女の良さだろう。
「代行です。午前中の演習は、駆逐艦二個艦隊による戦艦・空母混成軍へ攻撃でしたね」
「はい。戦艦と空母の編成は、伊勢、日向、比叡、霧島、天城、葛城を予定しています」
「なるほど。可もなく不可もなく編成ですね」
「はい。さすがに、『金剛』や『榛名』を入れるわけにはいきませんので」
「・・・・・・・いっそのこと、『扶桑』と『山城』を出してみては?」
「駆逐艦達のトラウマを作りたいのでしたら」
『正気ですか』という目線を受けて、ルリも首を振る。
「・・・・・・・・空母も『瑞鶴』か『加賀』を・・・・・・」
「・・・・・・・・提督代行、駆逐艦の誰かに恨みでも有るのですか?」
「いえ、特には。演習なので経験値は高ければ高い方がいいかと」
「物には限度があります。いくらなんでも、あの二人は」
「そうですね。『蒼龍』と『赤城』の二人はどうですか、と聞くのもやめましょう」
「あの二人を出したら、駆逐艦に『吹雪』さんか、『暁』さんを入れなければ突破できないのでは?」
よりによって、その二人を入れますか。
ルリは一瞬で半眼になって長門を見つめるが、彼女は視線を反らすことなく見つめ返す。
「解りました。それで、駆逐艦の二個艦隊は?」
「はい。そちらは第一が春雨、江風、山風、若葉、初霜、子日。第二が朧、初雪、皐月、水無月、朝風、望月です」
見事にまだ新人ばかりでそろえたか。なるほど、これならば赤城達を入れない理由になる。
「秋月達は?」
「あちらは鳳翔さんを相手に対空訓練を予定しています」
出された名前に、ルリの眉が上がる。
「装備は?」
「第三種を予定していますが、許可をいただければ『第一種』を」
「・・・・・・」
少しだけ悩む。
第三種兵装艤装は、通常の作戦などに用いられるものであり、他の鎮守府とあまり変わりない『フェイク』武装だ。
通常、他の鎮守府との合同作戦などにはこれを使用するから、使用率はかなり高い。
あの鳳翔ならば、普段と違う装備とはいえ、かなりの命中率を叩きだすだろう。
しかし、最も使い慣れているのは第二種だ。
ちょっと他には見せられない装備なので、使用率は五割を切る。
けれど、鳳翔自身は『とても馴染む』と評価している。
そして、第一種兵装艤装。これはそもそも、『危険』の一言で終わってしまう特殊な装備で、滅多なことでは使われない。
あれを出すというのか。
「・・・・・・・長門、秋月達に何か恨みでも?」
「いえ、特には。強いて挙げれば、もっと強くなって欲しいと感じますが」
「却下です。トラウマを作りだしたくはありません。それとも、貴方が『第零種装備』の『瑞鳳』か『大和』と一騎討ちしますか?」
少し意地悪で尋ねると、珍しく蒼白になった長門が詰め寄る。
「提督は私に死ねと?!」
「そんなわけありませんが、そういうことを貴方は言っているんですよ」
まったく、あの装備を持ち出すなんて。
ルリはそう内心で溜息をつく。決戦兵器と化した瑞鳳や大和を出している時点で、自分もそう大差ないことに気づかずに。
騒がしい日々は嫌いではない。
けれど、度が過ぎるのは、あまり好ましくない。
ここでの生活は、それなりにってところでしょうか。