少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
迷走中、暴走中、どうしてこうなった的な?
昔、ある評論家が言った。
『サイレント騎士団を潰すために必要なのは、武力ではない』と。
悪意ある世界において、何者も寄せ付けない圧倒的な力を見せる彼らを、どうやって攻略すればいいか。
とある軍人の問いかけに、評論家はそう答えた。
続けて彼は予想外のことを告げたらしい。
彼らは『悪意には鋭いが、善意には疎い。ならば、善意を積み重ねれば彼らは崩れるかもしれない』。
事実、ルリはあらゆる悪意に対して、徹底的な対応策を持っている。
しかしそれが人の善意からとなると、彼女は対応策を持っていない。
そして、時に人が向ける善意は悪意以上に厄介な事態を引き起こす。
宴会の翌日とはいえ、八丈島鎮守府は通常営業。
「え? しばらく戻らなくていい?」
提督代行執務室にて、ルリは秋津洲を呼び出していた。
「はい。貴方の艤装本体、つまりオービットベースのハード面、ソフト面共に更新します。そのパーツ等を搭載するのに、少しだけ時間がかかります」
「じゃ休み?! やった~~~」
「何を言っていますか? 新型システムの訓練がありますよ」
「はう~~~」
喜んだ姿勢が一気に沈み、彼女は床に転がった。
「とはいえ、まったくの休みなしでは貴方の今後に差し支えるでしょうから、二日ほど休みを上げましょう」
「ラッキー!!」
「八丈島にいるならば、何処にいてもいいですよ」
「さらにラッキー!! この機会に買いまくる!」
ガッツポーズをする彼女に、ルリは苦笑をする。
そういえば、オービットベースが出来てから、まともに地上におりたのは今回が初めてではないだろうか。
いや、考えてみればあの巨大な基地すべてを自室扱いできるのだから、他の艦娘に比べたら破格の扱いだろう。
「周辺監視はオービットベースの妖精たちに任せましょう」
「優秀な子たちです」
「それ、加賀のセリフです。では、秋津洲、作業が終わるまで休んでいいですよ」
ルリが少しだけ目を離した間に、彼女はすでに代行執務室から姿を消していた。
本当に、この鎮守府の艦娘は提督によく似てくる。
執務の残りを、とルリが書類に目線を向けると、通信機が鳴りだした。
「はい?」
『あ、提督。テラさんの艤装についてなんですけど』
通信モニターに映るのは明石だ。
「提督代行です。なんで祝賀会で『提督』と紹介したのに、誰も『テラさん』と呼ぶんでしょうね?」
『慣れじゃないですか? あるいは本人が言っているからとか』
否定できない。
あの人は立場とか肩書を本当に気にしない。
「まあいいでしょう。それで?」
『はい。艤装関係の整備と点検、それと更新もしちゃっていいですか?』
「構いません。どうせ止めても出てしまうなら、最新型で固めてください」
『でも、また飛び出していきませんか? それに装備が変わっていると扱いづらいとか』
「テラさんに限って、それはありませんよ」
あの人は、両手両足に別々の装備をつけたとしても、平然と完璧に扱えるのだから。
「どのくらいで終わりますか?」
『全力で行えば一時間ほどです』
「では、お願いします」
通信を閉じて、今度こそ書類を手にする。
手にしたのだか。
「・・・・・・・大淀」
「はい」
「私の記憶が正しければ、雑貨は必要経費ではないようですが」
申請書類の一枚を持ち上げ、ルリは半眼になる。
「私もそうです。誰のでしょうか?」
「陸奥? 雑貨、口紅一式。理由、長門への化粧の教育」
理由を読み上げ、ルリは虚空を見上げて、しばらく悩む。
ああ、これは断れない部類だ。
女っけない。凛とした武人で、美しい。けれど、化粧といったものに対して一切の興味なし。
なのに、ぬいぐるみ大好き。可愛いもの大好き。自分だって可愛いのに自覚なし。
無言で許可とハンコを押す。
「断れませんね」
はぁと溜息をつくルリを見ながら、大淀は口の中で言葉を転がした。
貴方も甘い時は徹底的に甘いですね、と。
提督用の艤装に正式な名称はない。
駆逐艦用とも戦艦用とも言えない、航空戦艦というには疑問が残るものだが、かといって完全な空母とも違う。
悩み考えていく中で、『いや、八丈島鎮守府の艦娘って艦種別にできるの』といった答えを得て、提督用の艤装の艦種分けは止まった。
とはいえ、正式名称がないわけではない。
ルリとしては誠に遺憾ながら、『テラの艤装』という名称で落ち着いてしまったが。
「艤装全体の改装は完了しました。でも、本当に行くんですか?」
「え? 何で?」
新しくなった艤装を取り付けて、体を動かしていたテラは、明石の苦言に疑問を投げる。
「試験は必要じゃないかな?」
「確かにそうですが、テラさんが行くと提督がぁ」
「大丈夫、大丈夫、ルリちゃんなら納得してくれるさ」
仕方がなくではないでしょうか、と明石は内心で思う。
止めるべきなのだろうが、提督配下の妖精達はすでに準備万端。物資の補給まで始めているので、とても止められない。
「ならせめて単艦ではなく艦隊でお願いします」
「ええ~~~俺一人で大丈夫だって」
「提督が無事に戻ってくることは確信しています。けれど、お目付け役がいないと暴走しそうで」
完全に信用されていないらしい。
テラは諦めて明石の提案を受け入れることにした。
「解ったよ。で、誰がついてくるの?」
納得してくれたテラに安堵し、明石は通信機へと手を伸ばす。
ルリに、提督に連絡を入れて誰か人員を確保して、それでテラにつければ暴走はしない。
「まあ、待ってないけど」
「はい?」
僅か数秒、明石が目を離した隙にテラは海上に立っていた。
八丈島鎮守府近海、五キロ地点。
蒼穹の中に七色の光芒を纏い、テラは海面を進んでいく。
「俺達の我儘に艦娘を突き合わせるのは、流石になぁ」
腕組みしてうんうんと唸るテラに、同意するように妖精達も頷く。
「それに、お目付け役なんてつけられたら、はっちゃけられないし」
本音がポロリ、妖精達も親指を立てて同意を示す。
「よっしゃぁ!! 久しぶりの昼戦だぁぁ!」
『ラジャー! ボス!』
「夜間戦闘じゃないから余計なシステムなし!」
『昼間だ! 戦闘だ! 容赦しないぜ!』
「明るいから遠距離までよく見える!」
『ロング・アウトレンジだ! 野郎ども!』
『超長距離用ミサイル搭載しろ!』
『ICBM搭載型VLSをなめるなよ!』
『高出力レールガンもありますよ!』
『ビーム充填完了です!』
『波動砲も超重力砲もありますぜ!』
「行くぜ者ども!!」
『討ち入りでござる!!!』
気合を入れた馬鹿と、それに感化された馬鹿達は、航路を進む。
忠臣蔵の勢いのまま、音楽を流し。
ただし、流れる音楽がワルキューレの騎行だったが。
一方、テラが単独出撃した後の八丈島鎮守府では。
「提督!!」
『代行です。解ってます。仕方ありません、提督を信じて待ちましょう。というより、秋津洲の機材の積み込みで忙しくなるので』
「ああもう。いいんですか?」
『あの人を縛っておけるものはないので。では、お願いしますね』
テラだから、何とかなるだろう。
ルリはそう判断し、明石も渋々ながら同意した。
だからこそ、気づかない。
彼自身が大丈夫だったとしても、他も大丈夫とは限らない、と。
秋津洲本人がいなくとも、オービットベースには妖精たちがいる。
補佐としてバッタもいるため、警戒網に穴は開かない。
前回の雲に隠れて深海棲艦が侵入した件もあり、海上にブイを設置しての警戒網も構築済み。
今回の更新でのパーツには、雲などを排除して海上を監視できる三次元レーダーもあるため、改修はよほど力を入れたものになる。
大艇―大気圏突入及び突破能力あり、しかも海上走行で―に搭載していく機材一覧を見たとき、明石は『提督、本気だ』と蒼白になって呟いたそうな。
完全な警戒網のおかげもあり、今まで深海棲艦が日本の領海まで入ることはなかった。
八丈島鎮守府が合同訓練のため見逃すことはあっても、破られることなど一度もなかった防御陣形の内部。
対空・対水上・対潜までに広がった網というよりは、完全な壁のような領域を突破する術は今のところ深海棲艦側にはない。
だから深海棲艦は八丈島鎮守府の海域を突破しなければならず、幾度も敗退していても変わらずここを目指していた。
しかし、攻め込むのと『迎え撃つ』のでは話が違ってくる。
秋津洲の不在、宴会翌日の急なスケジュール変更、艦娘達の配備変更、さらに提督の出撃。
様々な偶然が重なった結果、舞浜第一艦隊は日本側の領海と共に八丈島鎮守府の警戒網も素通りしてしまった。
昔から言われていることがある。
『侵入者に対しての警戒網は、内部から出る者に対しては無防備だ』と。
「よし、いけるな」
舞浜第一艦隊旗艦『武蔵』は、噴煙をあげて沈んでいくル級を見ていた。
演習時では勝てなかった相手、八丈島鎮守府の手を借りてやっと倒していた敵を、今は容易く撃破できた。
確実に、自分達の練度は向上しているし、力が増しているのを感じる。
これならば八丈島鎮守府の艦娘に頼らずとも、深海棲艦に対して戦える。
彼女の脳裏に、同じ『武蔵』の姿が浮かぶ。
八丈島鎮守府の武蔵は、張りつめた空気など出さずに自然体で海上に立っていた。
体の力を抜き、全身を研ぎ澄まさずに、攻撃の一瞬だけ鋭く切り込む。
砲撃しながらも手に持った刀を振るう姿は、まさに武人の言葉がピタリとはまる。
あのようになりたいと願い、鍛練を行ってきた。
「武蔵、行こう。まだまだ先がある」
「ああ」
日向の声に、彼女はさらに前へと進んで行く。
武蔵、日向、榛名、赤城、加賀、妙高。計六隻。
舞浜第一艦隊の誰もが決意を胸に秘め、ここにいる。
誰もが八丈島鎮守府にいる、もう一人の自分を記憶に刻んでいた。
あのようになりたいと、あのように強くありたいと。
敵の艦種がなんであれ、何隻いようとも無関係に。
悲壮さなど見せず、あくまで自然体で突き進む。
にじみ出る強さではなく、いるだけで周りを鼓舞する強さを持つ艦娘になりたいと、毎日のように鍛錬を続けてきた面々だ。
ようやく追いつける。
誰もがそう考え、足を進める。
彼女達にあるのは、八丈島鎮守府への妬みではない。
ただ純粋に強くなりと願い、ただ彼女達に背負わせたままで終わりくないという矜持のみ。
しかし、世の中というのは残酷なもので。
決意だけではどうにもならないことは、ある。
テラがそれに気づいたのは、八丈島鎮守府から出発してかなり立った頃。
グルリと、八丈島鎮守府を起点として半円を描くように、深海棲艦の領域を走りぬける。
時々に出会う敵を沈め、新型機関や武装の確認をしながら、撃破数を上げていく最中。
『ボス! 噴煙です!』
「ん? 誰か大型火器でも使ったかな? でも、煙が出る火器なんて」
『偵察隊を向かわせます。こちらアルファ、偵察隊一番機応答せよ』
妖精が通信機に呼びかけると、相手から返答が来た。
『こちら偵察隊一番機、送れ』
『前方にて噴煙を確認、偵察し目視にて確認願う』
『レーダー反応は? 深海棲艦か?』
『否だ。反応は艦娘だが、味方識別に反応なし』
出てきた言葉に、全員が首を捻る。
八丈島鎮守府の艦娘ならば、誰もが持っている識別装置。それに反応がないとすると、ドロップした艦娘が巻き込まれたか。
『ラジャー。先行偵察する』
轟音を上げて上空を一機の航空機が飛び去って行く。
「メイヴなら長距離偵察システムと精密識別装置がついてるから、大丈夫だと思うけど」
『強襲偵察装備なので、全方位レーザーユニットと推力偏向ユニットも付いていますから。向かいますか?』
「様子見だけしよう」
『ラジャー! 全艇へ通達、これより噴煙の正体を確認する。全攻撃兵装は即応体制のまま待機』
『主砲よりボスへ。実弾ですか? 光学ですか?』
「両方で待機。魚雷も浸食弾頭用意」
『魚雷室了解。浸食弾頭右足八門装填。左足は音響魚雷とデコイ四門ずつ装填しておきます』
「頼む、航空隊は全機準備」
『アイサー! 全機弾薬及び燃料満タンで待機させます』
「よし、行こうか・・・・・特装砲も全砲門を即応」
『こちら制御室、了解。波動砲、超重力砲、相転移砲準備開始します』
ザッと水しぶきを上げ、テラは駆けだす。
噴煙はまだ上がっており、次第にその色を濃くしていく。
戦闘か。
『こちら偵察隊一番機! 交戦中の艦娘を確認! 敵はレ級フラッグ四! 装甲空母鬼二! 駆逐艦多数!』
『何処の所属だ!』
『解りません!』
まさか、この海域で。そもそも、完全に深海棲艦の領海だ。普通ならば輸送で迷い込むわけがない。
『全員が大破確実! 轟沈寸前!』
「波動砲!」
『即応射撃! 偵察機! 座標点送れ!』
『座標確認! データ・リンクで転送済み!』
『よくやった! 後で一杯、奢ってやる!』
テラの単語に素早く答えた妖精たち、その操作を受けて艤装本体上部の巨大な砲身が前へと向く。
肩から突き出した砲身の先端が開き、輝きが放たれた。
巨大な光の束は海面を削り、空を引き裂きながら突き進み、深海棲艦集団の中心部分、装甲空母鬼を跡形もなく消し飛ばす。
「航空隊!」
『即応! 行け行け行け!!』
空母型艦艇から、続々と航空機が放たれて行く。
リニアカタパルトの特性を生かしての、連続発艦。
通常なら翼と翼の間が十センチ以下の同時発艦なんて、狂人でもやらないことを彼らはする。
鴉型三十二機、鳳凰型二十機。それらが三分で発艦完了するのは、提督の航空隊と艤装妖精たちならでは。
他の妖精たち、例えそれが八丈島鎮守府所属の妖精たちでも、『無理です』と泣きだすほどの馬鹿げた発艦速度で駆け上がる。
その上、全力航行する提督の速度はマッハまで後わずか。
上空を牙を持つ鳥が舞う。
レ級が航空機を発艦させようとするが、それを許すほど甘い航空妖精はいない。
上から次々にレーザーとミサイルが降り注ぐ。
さらに上空に意識を向けていたレ級は、足元に迫る魚雷に気づかない。
ロング・ロングランス。距離が十キロ離れていようとも、針の穴を通すほどの精密さで魚雷を当てる、提督の魚雷妖精たち。
次々に侵食魚雷で足元を削られ、倒れかけるところへ砲弾が直撃。
狙撃砲といわれる主砲妖精たちは、倒れかける遠距離の目標に正確に砲弾を当てる。
慈悲などない、ワルキューレの騎行の流れる戦場において、テラと妖精達に相手への思いやりなどなく、ただ敵を葬るのみ。
次々に沈んでいくレ級。
艦娘達は呆けてそれを見ていた。
先ほどまで自分達を一方的に攻撃してきた相手が、今度は一方的に沈められていく。
そして、最後のレ級が呆然と立ち尽くす。
「沈め」
その眼前にテラは立ち、右手の砲を突き付ける。
轟音。
閃光と音が通り過ぎた後、レ級はそこにいなかった。
「・・・・・・おう、威力高すぎ。なんだこれ?」
『四式遠近武装ですから。二種類の口径の違う単装と近接用のブレードを、一体成型したって聞いています』
「ああ、GNソードが原型か。どうりて見慣れているわけだ」
片手の武器を振るって回転させる。
形としては連装砲の後ろにブレードがついていて、回転させることで近接武器になる。
不知火とか時雨とかが使いそうな武器だな、とテラは思った。
「あ、貴方は誰だ?」
「ん? ああ、良かった、全員無事だね? 俺はテラ・エーテル」
「八丈島鎮守府の提督か? すまない、私達のために」
「いいよいいよ。でも、なんでここに? ここは敵勢力下だけど?」
「私達は・・・・・・・」
武蔵は、何かを言い掛けて口と閉ざした。
それが何かをテラは質問しなかった。
ただ、彼女達の頬に流れるものが、雄弁に物語っていた。
誰もが理想を追い求める。
例えそれが、とても儚いものでも
綺麗事だとしても。
人はそれを求めずにはいられないのだから。