少しでも楽しんでいただければ、幸いです
迷走中、暴走中。
止まれない
軍令部総長室で、高野は深々とイスに腰掛けた。
目の前にいるのは、情報を秘匿した軍人と、それを黙認した上司。
詰問して、厳罰にするべきだ。
犯人が判明した後に行うべきことを先ほどまで考えていたのに、一言も出てこなくなった。
高野は思い返す。
彼らが室内に入ってきた時のこと。
「何故、そんなことをした?」
穏やかに語る言葉に、相手はこちらを真っ直ぐに見詰めたまま、直立不動で答える。
「舞浜第一艦隊の実力ならば、深海棲艦に後れをとることはない、と判断したしました」
「誰が判断した? 貴様か? それとも命令で上司に言われたか?」
「いいえ、自分です」
「私も肯定いたします」
二人そろっての発言に、高野はさらに怒りが増していくのを感じた。
馬鹿か、こいつらは。
先日の会議の結果を、聞いていなかったのか。
今は資材の確保が優先だと伝えたはずだ。新しい鎮守府が作れるほどの資材と艦娘、提督の確保が出来なければ、無意味だと。
「私が命令したのか? 海域への進出を許可すると?」
「いいえ」
「ならば、独断だというのか? 馬鹿げていると考えなかったのか?」
「考えておりません」
真面目に答える姿に、さらに怒りが湧きあがる。
こいつらは、自分達がいたずらに戦力を消耗させた自覚はないのか。
そもそも、こういって呼び出されて謝罪の一つもできないのか。
「貴様らは自分達はどれだけ愚かなことをしたのか、理解していないのか?」
「していません。いえ、理解はしています。私たちが愚かなのは」
「開き直るつもりか?」
ギリギリと拳が鳴る。
今すぐに怒鳴りつけてやろうか。
それとも、軍事裁判にでもかけてやろうか。
高野の決意が固まる寸前で、彼は口を開く。
「はい、私達は愚かなのです。何時までも、一鎮守府にすべてを背負わせて、それでいいと思ってしまっていました」
「なんだと?」
予想もしない話に、高野の感情が止まる。
彼は真っ直ぐに見ていた。
微動だにせず、顔をあげて、両手は伸ばさずに。
ギュッと握りしめたまま。
「総長、我々は何ですか? 我々は何者なのですか?」
「何を言っている?」
「我々は、軍人ではないのですか?」
当たり前のことだろう、と高野は言い掛けて、言えなかった。
彼の頬に流れるものを見てしまったから。
「我々は軍人です。私は国を護りたいから、大切な人を護りたいから、軍人になりました。それが今はどうですか? 軍人が何かに守られて、後方にいる。これは、何なのですか?」
静かに彼は語る。
けれど、その感情が穏やかではないのは、表情が物語る。
口が開いていなければ、唇を噛み切っていただろう。
立っていなければ、膝を折って泣き崩れていただろう。
「我々は、日本国の軍人です。それが、八丈島鎮守府に任せて後方で安全になど許されるのですか?」
「そうです。我々は軍人なのです。艦娘に任せて、安全な場所にいるだけでは軍人ではないのです」
もう一人も声を上げる。
彼らの言いたいことが、高野には痛いほどよく解る。
悔しいのだ。
ただ、悔しくて悔しくて仕方がない。
冷静に考えれば、彼の言い分は間違っている。軍人だからと前線に立ち、銃を取り戦うだけが役目ではないはずだ。
今の時勢であるならば、有効な攻撃手段を軍人が持ち得ないため、艦娘という部下に戦ってもらっている。
ならば後方で補給を確保し、艦娘のための環境を整えるのも、立派な軍人としての職務だ。
けれど、冷静にそう語ることが、今の高野にはできない。
彼の言い分は、あの時の自分と同じだから。
テラ達と契約した時の、自分と同じ悔しさだったから。
「まして、一鎮守府にすべて背負わせて、平和になったと語ることなど、できるわけがありません!」
「総長! 我々はそんな腑抜けではありません! 八丈島鎮守府にだけ任せてすべてが終わればいいなんてこと! 絶対に受け入れられません!」
「そうです! 総長! 我々は、日本国民の安全と平和を守る軍人なのです! 断じて!! 自らの安全のために他者を犠牲に強いるものではないのです!!」
「総長!! お願いします! どうか舞浜第一艦隊に機会を! 全員が同じ思いなのです! 馬鹿と蔑まれてもいい! 無能者といわれても構いません! ですが卑怯者にはなりたくありません!」
「護るべきものを護らずに後方にいるだけの卑怯者にだけは! 軍人として、いいえ人間としての矜持にかけて!!」
「総長!!」
グッと詰め寄る二人。
きっと、室内にいる誰もが同じ意見なのだろう。
二人と連れてきた憲兵も、直属の自分の部下達も。
誰も止めることない室内で、高野は深く息を吸い込み、瞳をつぶる。
そして、彼は現在に戻る。
長い時間、そういていたような気がする。
実際には一分か二分くらいだっただろうか。
「気持は解る、一軍人として貴君らの志はとても好ましい」
「はい」
「だが、命令は命令だ。軍人とは命令に従う者、処罰は覚悟せよ」
二人は敬礼し返答とした。
その後、退出した二人と同時に、全員を部屋から追い出した。
ルリからは追加報告はない。
こちらから説明するまで、彼女は黙っているつもりだろう。
いやもしかしたら、先ほどの会話を聞いているかもしれない。
「矜持にかけて・・・・・・・・か。私もそのつもりでいたのだがな」
独り言を吐きだし、高野は通信機を持ち上げた。
テラからの通信後、舞浜第一艦隊全員を回収。
轟沈寸前ばかりだったため、瑞穂と速吸を派遣。
「浮遊ドックと緊急補修ユニットの製造しておいて良かったですね」
「ついでにデータも取れますから」
ルリの気休め程度の言葉に、明石も軽口を返してみる。
それを聞いていた二人は、とても微妙な顔をしていたが。
「はぁ、今回ばかりは私の落ち度ですね。本当にしょうもない」
「・・・・・・提督?」
「あの提督が認めた?」
明石と大淀が僅かに身を引いたため、ルリは半眼で睨む。
「私だって悪いことは悪いと認めますよ。ただ、今回の一件が何処の輩がやったことか、知る必要はあります」
もし、図に乗った奴がやったことなら、その首を落としてやる。
高野が何を言っても、日本全体が敵に回ることになっても、我が主を戦わせたツケは払ってもらおう。
ギリっと、ルリが奥歯をかみした。
「八当たりしませんよね? 大丈夫ですよね?」
大淀が危険を感じて詰め寄るため、ルリは笑顔を浮かべた。
「ええ、もちろん」
とても冷たくて怖い、『冷笑』というやつだったが。
「ブラックホールで許してあげますから、きっと」
「提督!!!」
「代行ですよ。冗談です。さて、着たようですね」
ルリが顔を向ける先、通信機が鳴っていた。
相手は高野総長。
通信ラインが繋がり、彼は事の詳細を伝えてくる。
内容はルリにだけ聞こえており、明石と大淀には伝わらない。
ただ、彼女の表情が変化したことで、ある程度は解ったが。
『今回に一件の責任は私にある。この首一つで許してくれないか?』
「何故です? 話の流れを聞いている限りは、その二人を罰せばいいだけでは?」
『違うな。あれらは私の部下だ。部下の責任をとるのは、上司の役目だ。故に私の首で済ませてくれ』
悲壮な決意、ではない。
清々しい顔で語る高野に、ルリは少しだけ考えるように視線を外し、嘆息した。
「今回は私の方にも落ち度がありましたから、お互い様ということで」
『いいのか? またあるかもしれないぞ?』
「構いませんよ。こういったことは、馬鹿なら何度でもやりますので」
『馬鹿か・・・・・・時々、思うのだがな、君は『馬鹿』に対して蔑みも侮蔑も持っていないようだな』
「ええ、それはもう。馬鹿っていうのは、向上心をなくしてませんし、これからいくらでも学べますから」
『ほう? 君ならば馬鹿にあったら首を落としそうだが』
「いいえ、私があって首を落とすのは、『無知』です。無知は、何も学ばずにまわりに迷惑をかけるだけなので」
では、と通信を閉じる。
「今回の一件は、以上です。ああ、そうそう明石。秋津洲の追加パーツを増やしてもいいですか?」
「まだ大丈夫ですけど、往復になりますよ?」
「いいえ、大丈夫です。『それ』は単独で打ち上げますから」
ルリはデータを明石のブレスレットへ転送する。
受け取った彼女は確認して、意識を失いかけた。
「は、はははは。提督は、本当に何かあったら『大陸ごと』消すつもりですか?」
「何を言っているのですか? 前前からそう言っているはずですよ、明石」
今更でしょうが、と答えるルリに対して、二人は無言で敬礼した。
この先、何事もないように、と内心で祈りつつ。
「後、提督代行です」
「はい」
最後の最後まで、そこだけは忘れないルリだった。
強さの証明をするのに、人は何を行えばいいのだろうか。
「私達は間違えたのだな」
入渠を終えて戻ってきた武蔵に対して、八丈島鎮守府の長門はため息交じりに答える。
「間違えてはいただろうが、決して無駄ではなかった。現在の自分の力量が解ったのだろう?」
「ああ。だが、効いたな」
彼女が抑える頬は、僅かに赤く腫れていた。
「彼女の拳は、吹雪さん仕込みだからな」
「八丈島鎮守府の双璧、鬼神の導『吹雪』か。会ってみたかったが」
遠くを見つめる武蔵に、誰のことだ、それはと言いそうになる。
鬼教官とか呼ばれているのは、八丈島鎮守府だけかと思ったが、本当にそうらしい。
他の鎮守府では鬼神か。これを当人が知ったら、また苦笑するな。
長門は、想像して寒気を感じた。
「彼女は何か言っていたか?」
あまりに怖くなって長門は話題を変える。
武蔵の頬を殴った本人、八丈島鎮守府の武蔵は、何か言っていたようだったが。
「ああ、言われたさ。『愚か者につける薬はないが、馬鹿ものにはある。良かったな、誰も沈まなくて』だ」
「そうか」
無骨な武蔵にしては、言葉を選んだ方か。
てっきり、『仲間を傷つけて、よく恥ずかしくもなく武蔵を名乗れるな』とか言ったのかと思ったが。
「こうして生きている。ならば、次こそはと思ってしまってもいいのだろうか?」
迷いながら問いかけてくる武蔵に、長門は真正面から見詰める。
「好きにしろ。練度を上げ、鍛錬を怠るな。こちらが強くなる分、相手も強くなる。以前に勝てなかった相手に勝てたくらいで、慢心しては勝てるものも勝てなくなるぞ」
「忠告、痛みいる。さすが、八丈島鎮守府の艦娘代表だな」
「・・・・・・・・いいや、私はそうではないが」
「八丈島鎮守府の長門といえば、艦娘のまとめ役だと聞いている」
そうなのだろうか。
提督やテラに話すことは多く、また他の艦娘の訓練内容の確認も行ってはいるが、基本的に教導は吹雪や暁が計画しているし、執務補佐は大淀が行っている。
自分は微調整や折衝などをしているだけのつもりだったが。
「私もいつか、そうありたいな」
「そうか」
長門は憧れを向ける武蔵に、何と言っていいか解らなかった。
上手い文句も、吹雪や暁あたりなら何か浮かびそうだが、あいにくと自分はそこまで口達者ではない。
提督やテラならば、もっと簡単に相談にのってやれるものを。
「語らずとも態度で示すか。よく解った、すまない」
「ああ」
勘違いされているが、相手がそれで納得するならばいいか。
長門はそう思いつつ、後で提督に相談に行こうと決めた。
少しずつ、ズレていく。
今まで正確に回っていた歯車は、些細な切っ掛けで欠けてしまい。
精密に揃っていたものが僅かに狂えば、後はすべてに広がってしまう。
誰にも気づかれることなく、誰も知らないうちに。
こうして、日本の一鎮守府が平和を支える日常は、崩壊の道をたどることになった。
誰もが思い返せば、この舞浜第一艦隊の一件が、始まりだったと口をそろえて告げることになる。
この一件以降、現在の平和な日常は消え去ったのだから。
平和とは、戦争のための準備期間である。
そう言った偉人がいた。
けれど、平和とは人と人との対話の証である、という言葉もある。
さて、諸君。
悲劇と喜劇の幕開けをしよう