少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
迷走中、暴走中、深い意味ありそうで、ないですよ。
『高天原』は、実戦での補佐だけではなく『教導』も行う。
各鎮守府へと出向き、艦娘への教練を行う。
同じ艦隊として組み、航行から攻撃を含めての訓練。
または攻撃目標として立ちふさがることも。
その日、舞浜鎮守府所属の長門は、相手が誰かを知っていた。前もって情報を得て、対策などを考えていた。
はず、だった。
目の前に迫る拳を、首をわずかに振って回避する。
接近戦は、訓練してきたつもりだ。
砲撃も魚雷もあるが、接近戦が発生しないわけではない。訓練はしていたのだが、今までの自分がしていたのはお遊びだったらしい。
「ぽい?」
相手の名前は、夕立。
『高天原』でも中堅より少し上、という話だったが。
信じられるか、と長門は叫びたい。
こちらは、舞浜艦隊は六隻編成。あの時、深海棲艦の領域に入っていった時と同じ編成だったのに。
何度も訓練した。
仲間たちと何度も戦術について話し合った。
個別の訓練も怠っていなかった。
だというのに、駆逐艦一人に撃沈されるなんて、信じられない。
「足もとが御留守」
短い言葉と同時に、視界が反転。
蹴られた、いや駆られたのか。上下が逆さまになった瞬間、腹が蹴とばされて、吹き飛ぶ。
「ぽい~~~未熟っぽい。砲撃も魚雷も航空機も、まだまだ甘すぎ。これで海域に入ろうなんて無謀っぽい」
「忠告、耳に痛いな」
立ち上がろうとして、足に力が入らないことに気づく。
「艦娘も人間と同じ構造をしているから、脳とか揺さぶられると体に力が入らないっぽい」
「そこまで考えて動いていたのか?」
「後は、ミスディレクションとか有効っぽい。深海棲艦も、こちらと同じだから」
同じ、それはどういった意味でなのだろうか。
長門は少しだけ疑問を浮かべるが、問いかけることはできなかった。
「続き、行くよ」
夕立が続行を宣言したから。
結果、舞浜側は全滅。いくら元八丈島鎮守府の所属とはいえ、『高天原』の艦娘とはいえ、駆逐艦一人が六隻の艦娘を撃沈。
「高見は遠いなぁ」
訓練後、長門はそう呟いた。
自分達はあれからも訓練を怠っていない。
必死に練度を上げてきたはずなのに、駆逐艦一人に勝てないなんて。
「ぽい。でも、夕立は長門さんに勝てないよ。武蔵さんにも」
瞬間、絶句してしまう。
あれだけ強いのにか。いや、さすがと思うべきなのだろう。
「それに、吹雪さんや暁さんが相手だと、二人がかりでも無理だよ」
「あ、ああ、そうだろうな」
「テラさんだと、艦娘全員でも無理っぽい?」
「なんだそれは?!」
思わず叫んだ長門が見たのは、蒼白になって震えている夕立だった。
小さく何かを呟く彼女に、長門はそっと耳を寄せてみる。
「ごめんなさい、もうしません。ごめんなさい、だから『エア』は無理っぽい。眷獣なら大丈夫って理論が解らない。吹雪さん、助けて。暁さん、もう紅茶を盗みませんから。提督、私が悪かったから、『アルカディア』の的だけは許してください」
うつろな目で呟き続ける夕立は、その後に迎えに来た白雪に殴られて正気に戻ったという。
「思ったよりも、大変なところらしいな」
舞浜の長門は、そう言って少しだけ震えた。
大和型戦艦二番艦、武蔵。
一番艦の大和が凛とした大和なでしこならば、二番艦の彼女はまさに武人といったところか。
鎮守府事に艦娘は性格が微妙に違っているが、それでも根本的な部分での性格の差異はない、らしい。
とはいえ、それはここ―『高天原』では違っている。
まっすぐに立ち、自然に構え、僅かな隙もない。
まさに侍。
他の鎮守府の艦娘からはそう称される彼女は、実は仲間内では微妙な扱いをされていたりする。
「武蔵、何を見ているの?」
後ろからの声かけ―陸奥からの質問に対して、彼女は首を振ってまた空を見上げた。
「あの雲だが、わたあめに見えないか?」
「はい?」
「違うな。あれは砂糖の山か。むしろ、金平糖の山でもいいな」
「え、ええ」
「ふむ、なるほど。綿の塊、掛け布団か。眠くなってきたな」
陸奥、固まる。
また始まったか。
彼女は戦場ではとても頼りになる。
恐怖などなく、怯むこともない。思考も侍そのもので、教訓も通告も武人らしく行える。
しかし、だ。
戦場以外で一度でも思考がとらわれると、連想ゲームのように次々と考えが切り替わってしまう。
彼女は吹雪仕込みの艦娘。彼女が鍛えた艦娘は、理性や理論よりも直観に従って行動する。
武蔵も同じように直観に従って動いているらしいのだが、従い過ぎていて思考がおかしくなっていると、陸奥は思う。
「はぁ、それで眠くなって・・・」
質問しかけた陸奥は、言葉を止めるしかなかった。
彼女は立ったまま、眠っていた。
直観に従い眠りたいから眠ったのか。あるいは、体力を温存するために眠っているのか。
どちらでもいいか、と陸奥は結論を出した。
とにかくだ。
立ったまま眠れるのは特技の一つだろう。
変態・変人・奇人が多い『高天原』でも、立ったまま熟睡できるのは武蔵くらいなものだ。
吹雪、暁あたりは眠らなくても戦闘行動が可能らしいが。
特技は大切なのだろう。それがどんなものでも。
しかし、とにかくだ。
「これから教導なのだけれど、どうしたらいいかしら?」
にこやかに笑いながら、陸奥は右手を上げる。
眠れる子は起こすな。
昔から言われている言葉だ。これは陸奥も解る。
寝ている子供を起こすのはかわいそうであり、子供は眠って育つ者だ。
けれど、『高天原』では別の言葉もある。
即ち、眠れる馬鹿なら砲撃で起こせ、と。
「起きなさい」
瞬間、轟音が周囲を吹き飛ばした。
五十一センチ連装砲の四連撃。普通の艦娘なら轟沈、戦艦でも大破は確実の攻撃を受けても武蔵は平然と立つ。
「む・・・・・・陸奥、おはよう。いい朝だな」
「貴方ね。本当にうちの艦娘は、もう」
「やはり眠気を飛ばすのは砲撃だな。どうだろう、いっそのこと提督に提案して目覚まし時計にしてみては?」
「貴方だけだから。そんなバカなことで目が覚めるのは」
呆れて言うのだが彼女は、『そうだろうか』と疑問に首を傾げる。
『高天原』の武蔵、それは外にとっては武人の鏡。
内にとっては、武人で不思議ちゃんで通っている艦娘。
偉大な姉を持つと、妹は苦労する、らしい。
彼女にとって、姉は何処までも偉大で大きい、というものではない。
吹雪型二番艦白雪。
姉は言わずと知れた『吹雪』。
八丈島鎮守府の最古参、『高天原』の教導艦の頂点。
駆逐艦にして、あらゆるものを駆逐する『鬼神』。
逸話ならば両手で数えきれないほどある姉を持つ身として、かなりの重圧がかかるかといえば、そうでもないのが彼女。
着任は早いほうであったが、練度的にはそうでもない。
教導艦として動くことはない。
訓練担当艦になったことは、ほぼないといえる。
遠征などを行い、偵察任務や海域解放作戦に参加したことも、数えるほどしかない。
では、弱いのかといわれたら、誰もが首をかしげるのが彼女。
模擬戦では可もなく不可もなく。平均点ギリギリの勝率を持ち、対空・対潜、あるいは魚雷や砲撃戦でも平均点の数値を出す。
良く言えば万能型。
悪く言えば特別な技能を持たない。
しかし、『高天原』においては、ある一点において彼女はとても恐れられている。
姉の吹雪と同じか、それ以上に。
「え、明日の訓練って白雪ちゃんと一緒」
「うん、そうだよ」
瞬間、周りの気配が変わる。
場所は食堂の一角、お昼を少し回ったくらいの時間で、遅めの食事をとっていた面々は、凍りついたように固まった。
「あ、明日って確か、再訓練だよね?」
「そうだね」
恐る恐る問いかけたのは、潮。
教導を行っているとはいえ、自分達の練度も高めるのは当然。
時々、こうやって内輪で訓練があるのだが、その内容は正気を疑うものばかり。
明日の訓練も、再訓練という名目なのだが。
内容が悪い。
「白雪ちゃんも参加なの?」
「うん、私も参加するように提督に言われたから」
「明日って、夜間強襲だよね?」
「うん」
思い出しながら答えた白雪は、手に持った湯呑に口をつける。
久しぶりの夜間作戦。その上に相手が警戒しているところへの強襲。
『高天原』が出来上がって、室内訓練場が拡大したため、昼間だろうと夜間訓練ができるのはありがたい。
最近、昼間での作戦や教導が多くて、夜間での作戦技量が落ちていないかと心配していたから。
吹雪や長門達が。
「え、えっと、標的って誰かなぁ」
言葉に詰まりながら質問してくる潮に、周りで聞いていた全員が固唾を飲んで押し黙る。
夜間帯での戦闘において、警戒する艦娘はあまり多くない。
まずは夜戦至上主義の川内。夜間帯での訓練において、撃破率も被撃破率もトップを誇る。
続いては夕立。容赦なく攻撃された時には、悪夢にしばらく見るほどに怖い攻め方をされる。
三番目は、意外なことかもしれないが龍田。ゾクリと寒気がした時には、すでに眼前にいるという状況が多い。
白雪はというと、そうでもない。
夜間での戦闘はやはり平均値。
特別に怖いものではないのだが、潮は恐れてしまう。
「あ、私」
「・・・・・・・」
神は死んだ、と潮は思った。
近くで聞いていた春雨と涼風も、同じように机に突っ伏す。
もう、明日は仮病を使って休もうかと思うほどに。
「嫌だな、皆。そんなに怖いことしないから」
「うん、そうだね。怖くないよね」
「そうだよ。だって、明日はきちんとナイフを使うから」
「ダメだよそれが!!!」
潮は間髪入れずに叫ぶ。
「ええ、何で?」
「何でって、白雪ちゃんがナイフなんて使ったら十六分割か、気がついたら撃沈されていたってことが多いから」
「うん、だって基本的に私はスタッパーだからね」
暗殺者。
にこやかに笑いながら物騒はことを言う彼女に、周り中が一斉に引いてしまう。
すべてが平均値、けれどこと気づかれずに倒すという一点、暗殺スタイルに関しては白雪がトップに立つ。
レーダーもソナーも、時に目視さえも欺いて接近、ナイフでの鋭い一撃を叩きこむ。
この攻撃方法、実は吹雪と暁でさえ、回避・防御の成功率が七割を切るらしい。
普段の雰囲気が穏やかなので、日常的に接していると忘れてしまうことが多いが、夜間帯での作戦行動などにおいては、白雪の相手は通常の夜戦での恐怖トップスリーを追い抜く。
トラウマにならない、恐怖も感じない。ただ、どうやって自分が倒されたか解らずに、海に漂っている。
これは別の意味で恐怖ではないか、と噂になるほどに。
「そっか、じゃ仕方がないか。みんながそんなに不安になるなら、ナイフは使わないよ」
「よかった」
「拳でいい?」
刹那、潮は究極の選択という言葉を思い出した。
白雪の拳は暁仕込み、といわれることがある。
鋭く細く、まるで刀のように拳を突き出す。
一つの動作が終わった後に残るのは、砂になって崩れ落ちる標的。
十六分割と砂と化して消える、どちらがいいかなんて選べない。
誰もが凍りついたようにとまる中、白雪はお茶をゆっくりと飲んでいた。
翌日、訓練後に潮は報告書で私的な追加分を行う。
『白雪ちゃんの拳もナイフも、禁止したほうがいいと思います』。
彼女達に何があったかは、テラでさえ知らない特秘事項だった。
日々、積み重ねるものがあり。
また、上げていくものもある。
誰のために?
理由はそれぞれあるが、やるべきことは、ただ一つ。