少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
終わり、始まり。
誰にとっての?
物事は、順調に進んでいる時こそ注意するべきである。
思わぬところで落とし穴があるから、気をつけて。
その日、ルリは緊急連絡で叩き起こされた。
「はい?」
『提督! アメリカが割れた!!』
通信相手は秋津洲。
通信室を通さない直通の緊急連絡は、内容がとんでもないものだった。
「は?」
『重力場の異常を感知! 重力子エンジンの作動を確認!』
矢継ぎ早に伝えられた内容に、ルリは即座に意識が覚醒する。
「緊急事態宣言! 秋津洲、すべての艤装の封印解除、全兵装を使用自由!」
『了解!』
「動力炉もすべて動かしなさい! 核融合炉以外の全てです!」
『かも! 秋津洲の艤装及び『第零種兵装』の動力炉起動開始! 相転移エンジン、波動エンジン、重力子機関、縮退炉起動完了!』
許可を出しながら、ルリは素早く着替える。
髪を結っている暇などないから、流したままで。
「大淀! 明石! 起きなさい! 『高天原』全機能の封印解除! 第一種迎撃態勢へ!」
『は、はい!!』
『工廠と整備システムを立ち上げます!』
二人も寝ていたのだろうが、すぐに答えてくれた。
「提督代行より全艦娘へ! コード・レッド! 全兵装フル装備許可! あらゆる武装と動力炉の封印解除! 全員、決戦用意!」
やり過ぎか、いいやそんなことはない、とルリは内心で叫ぶ。
アメリカが割れた、重力場の異常を感知。
ならば、秋津洲が言ったことは抽象的な表現などではなく、『物理的に割れた』ということか。
『え?! 提督!』
「代行です! 何ですか?!」
『タナトニウム反応と波動エネルギーの反応確認! あ、嘘・・・・・』
「秋津洲! 報告は正確に行いなさい! データ転送!」
『・・・・・ワシントンDCが消滅』
告げられた内容に、ルリは瞳を見開いた。
「軍令部及び総理官邸への緊急通信を! 私の名前で各地の陸海軍と鎮守府へ緊急警戒を通達!」
『は、はい』
大淀はまだ準備を終えていない、ならば秋津洲から伝えさせる。
「暗号化はせずに! 『警戒、特殊』とだけ送れば相手側が気づきます!」
『はい!』
ひと通りの指示を出し終え、ルリは素早く部屋を後にする。
廊下を急ぎながら、チラリと左腕のブレスレットに視線を落とした。
「・・・・・バビロン、イオナ、アリア、起動許可。戦闘態勢にて待機」
『了解』
「続けて、念のためです。『サイレント騎士団』全軍の封印解除、全ユニット即応体制へ」
『ああ、ルリ。その言葉を待っていたよ。でも、こんなことは望んでいなかったけど』
「私もですよ」
通信を閉じる。
まさか、そんな。疑問ばかりが頭の中を飛び交う。ありえないと考える自分を殴り飛ばし、最悪の結果を考えた上で思考を再開。
敵は『霧』の技術を手に入れた。超重力砲ならば、大陸くらいは割れる。しかし、アメリカを割れるほどの威力は何処から。
重力子エンジンならば可能だが、巨大な大陸を割れるほどの出力を瞬間的に出せるかというと、疑問が残る。
そもそも、超重力砲にそれだけのエネルギーをチャージさせるならば、秋津洲のセンサーが感知する。
製作者は違うとはいえ、『サイレント騎士団』でも使っている広域のセンサーだ。
それを誤魔化せるのならば、こちらと同等の技術か、あるいはそれ以上の技術を持つ。
波動エンジンを併用したか。
いや、そもそもだ。エネルギーを確保して超重力砲を放ったとして、大陸を切断など可能なのか。
地球は丸い。地球が発生させている重力に対して、重力場の数値を変動させての曲射を行ったとしても、何処かで大気圏外へ突き出てしまう。
「ディストーション・フィールドによる歪曲射撃」
まさか、と自分が出した答えを疑ってしまう。
確かに可能だ。重力系統の攻撃は空間系統のフィールド作用を重ねることで、曲げることができる。
しかし、だ。この場合、空間系フィールドを発生させる出力は、重力系攻撃エネルギーの倍以上の出力が必要となる。
そんなバカげたエネルギーを発生させるとなると、複数機関による相乗出力か、あるいは。
「『領域機関』」
出した答えに、ゾクリとした。
あり得ない。あるはずがない。
『領域機関』はそもそも、自然発生的な技術展開では作成不可能だ。
科学技術として扱っているが、あれは元々は魔法や超能力といったオカルト的な技術の末に生み出されたもの。
概念兵装の一種ともいえるもので、深海棲艦がいくら負の感情の塊とはいえ生み出せるものではない。
こちらが持っている『領域機関』を確保された。
それこそ、否だ。
『領域機関』は別々のシステムで動いているようで、一つのシステムのもとに統合されている。
テラがこちらにいる以上は、敵対した時点で停止か自己崩壊して半径二十キロは消滅する。
残るとなると、縮退炉か対消滅エンジン。
待った。秋津洲は、『タナトニウム反応と波動エネルギー』と言ったか。
「なら、敵は少なくとも重力子エンジンと波動エンジン、その上で相転移エンジンも手にしている、と仮定するべきですね」
一応の結論を出し、ルリは『高天原』の司令室に入った。
蜂の巣をつついたような、というのはまさにこの状態を言うのだろう。
「なに!? どういうことだ?!」
深夜すぎに叩き起こされた高野は、そのまま軍令部に直行。
すぐに自分の席の直通電話でルリと話したのだが、内容が内容なだけに声を荒げてしまった。
周りで聞いていた部下たちは、固唾を飲んで見つめている。
『先ほど秋津洲からの緊急通信を得て、『高天原』は警戒態勢に入りました。念のため、『サイレント騎士団』も起動させています』
「馬鹿な! 君らの戦力は使わないのではなかったのか?」
『そのつもりでした。けれど、事態は最悪の状況を想定して動いた方がいいので。再度、伝えます。アメリカ合衆国の首都は消滅、アメリカは物理的に切断されました』
ひどく冷静に語る彼女に、高野は何も言えなかった。
馬鹿げている話だ。
今は四月ではない、エイプリル・フールには早すぎる。
冗談だろう、アメリカン・ジョークか。アメリカの話だけに。
ひどく思考が落ち着かない。冷静になろうとしても、話が話だけに冷静になりきれない。
「本当なのか?」
『秋津洲のカメラで確認しました。念のため、弾道軌道で偵察機を向かわせます。後、勝手に私の方で各鎮守府と陸海軍へ警戒を伝えました』
「それは助かる。正直、何処まで有効かは解らないが」
敵はあの巨大なアメリカを割れる力を持った相手だ。
もし、その矛先が日本に向いたら。
『それともう二つほど』
「なんだ? もう、何を言われても驚かない自信がある」
これ以上の最悪など、ないだろう。
『一つ、敵がタナトニウム技術を使っている可能性が高いことから、『霧』関係の艤装を使ってくることが予想できます』
「そ、そうか」
話だけは聞いているし、映像として見たことはある。
あんな理不尽な暴力を相手に戦わなければならないのか。
クライン・フィールドと光学兵器、超重力砲といったもの相手に、こちら側の艦娘はどれだけ戦えるのか。
いざというときは、残っている軍艦を楯にして艦娘に突っ込ませるしかないか。
『高天原』の戦力を分散して当たらせても、どうにか防ぎきれるかどうかなのだろう。
『もう一つは、相手側が『超重力砲の曲射』が可能といった点です』
ルリは簡単に自分が出した結論と、それに至った考えや推移、技術等を高野に伝える。
もう驚かないと考えていた数秒前の自分を、彼は殴り倒したくなった。
「正直に答えてくれ。敵がもし来た場合の損害率は、どれほどを予想している?」
『八割です』
非常なほどあっさりと、彼女は壊滅的打撃だと告げてきた。
「各鎮守府は防衛か退避に徹するべきか」
『いいえ、進撃しましょう』
高野は一瞬、相手が何を言っているか解らなかった。
勝てる見込みがないのにか。
損害率が八割を超えるのに、出撃するというのか。
もしかして、自暴自棄になったか。
あるいは彼女は『サイレント騎士団』を全面に立てて、殲滅戦に移行する気なのでは。
様々な考えが脳裏を駆け巡る高野に、ルリはとても涼やかに伝えた。
『相手のほうが攻撃力が高い場合、護っても意味がありません。ならば、こちらから仕掛けて、相手の攻撃力の元を断つ。これに限ります』
「しかし、その攻撃がこちらを壊滅させたら、どうする? 防衛戦力が亡くなってしまったら・・・・・・」
『元々、護っても壊滅しますよ』
言われてみれば確かに。
相手の攻撃は防げない。守るべきものは背中にある。
ならば、守るべきものが近場にあって戦うよりは、相手側に攻め入ったほうが損害は少なくなるか。
「解った、ならば大高総理に話を通す。議会は私が責任を持って説得しよう」
『お願いします。後、これは決定事項ですが』
ルリは念のためにで断り、それを告げる。
『テラさんの許可をもらいました。私の意思もそれを決めました』
「何をだね?」
『もし艦娘側が敗北し深海棲艦が日本本土に対して攻撃を行った場合、『サイレント騎士団』が戦闘開始、敵の攻撃もろとも深海棲艦を『消滅』。民間人への被害は絶対にあり得ません』
熱が、言葉に乗ることがあると、高野は知った。
今は音声のみだが、手にとるように彼女の表情が見えた。
真剣に他の思惑もなく、真っ直ぐに見詰めてくるホシノ・ルリの姿を幻視し、高野は自然と微笑む。
「万の援軍よりも頼もしい言葉だ。ならば我らは軍人の矜持に従って、外敵を排除しよう」
『はい、守るべきもののために』
「ああ」
通信が終わり、高野は大きく息を吸い込む。
「日本帝国海軍、総力戦だ。これより深海棲艦側へ打って出る」
「総長」
「艦娘への補給と鎮守府への連絡を行え。それと、艦艇も用意しろ。残っているものすべてを出す」
「はい!」
「私は総理に会ってくる。なに、無駄にならないさ。出撃の許可をもらってくるからな」
気楽に、散歩に行くように告げる高野は、憑きものが落ちたように晴れやかに笑っていた。
その後、高野と大高総理の間でどんな会話がなされたかの記録は、残っていない。
ただ、議会は海軍の総出撃を承認。
海軍は速やかに出撃準備に入った。
こうして、『栄光の帝国海軍最後の総出撃』は始まったのだった。
告げられた内容に、正直に言えば耳を疑った。
相手は理性的な男で、理論的は判断ができると信じていたのに。
「正気ですか、高野さん」
名を呼んだ男は、頷いている。
「私はこの通り正気ですよ、大高総理」
「しかし」
苦渋を浮かべる。
相手が持ち込んできた情報は、正しいことは知っている。
アメリカは大混乱。首都の消滅により、各地の軍上層部や地方議員達が何とか混乱を収めようとしている。
外務省を通じて入ってくる情報はどれも絶望的なものばかり。
いや、絶望的状況ならば深海棲艦が現れてから、ずっと続いている。
日本は何とか、幸運にも艦娘が多く生まれたから踏みとどまっているが、他の国は瀬戸際から落ちかけていた。
巨大な国土を持っているなら内陸に引きこもれば、深海棲艦が上陸してきても対処できると考えていたのだが。
今回の一件で、それも気休めに過ぎないと解った。
人類史上最大の国家の転落。
相手側に敗北するのも時間の問題。
残るは、イギリスか、ドイツか、ソ連か、あるいは我が国―日本か。
民間人に混乱が広がらないように対処するのが精一杯なのに、目の前の男は進撃するための許可が欲しい等と言ってくる。
それも、海軍の残存艦艇と全艦娘を引きつれて。
「とても正気とは思えません。現在の状況で、相手側へ打って出るなど」
「大高総理、私も当初はそう考えていました。しかし、守るべきものが近場にいる中で、戦えますか? 攻撃の範囲は相手側が圧倒的に広い、ならば懐に入り込んだほうが、有効ではないでしょうか?」
「確かにそうかもしれませんが」
言っていることは解る。
間合いの広い武器に対して、懐に入るのは昔からの戦術だが。
今の時代において、同じことがいえるのかどうかは、別だが。
「それに、敵の攻撃が飛んできた場合、こちらに迎撃手段はあまりない。ならばいっそのこと、相手側に飛び込んでこちらの武器も届かせる」
「ですが、それでこちらの被害が跳ね上がっては、敵を倒せるわけがない。そもそも、相手側が迂回して日本本土を攻めてきた場合はどうします?」
最大の懸念事項は、そこだ。
防衛できる艦娘がいない状況で、もし深海棲艦が攻めてきたら。
全鎮守府から戦力を出すのだから、広大な太平洋でもすり抜けられる心配はないだろう。
しかし、絶対はない。僅かでも危険性があるのならば、自分の立場上は首を縦には振れない。
「そこは秋津洲がいます。衛星軌道上からの監視網に穴がないのは、大高総理が最もよく知っているのでは?」
「確かに『秋津洲』の性能には、私もナビで助けられていますが、それとこれとは違います。敵に対しての防御がなされない以上、私は同意できかねます。それに、私が同意したところで議会が動くかどうか」
「動かします」
微塵も揺るぎないような高野に、どうしてそこまでと大高は思う。
何が彼にそれだけの自信を出させるのか。
そもそも、こんな博打のような作戦を考える男だったのか。
「何故です、高野さん。何故そうまでして、打って出ることに固執するのですか?」
「それしかない、と私が確信したからです。いいえ、違いますな。彼女がそう言ったからです」
彼女、高天原のホシノ・ルリか。
高野がここまで信頼する少女に、大高は実はあまり信頼を置いていない。
会ったことはある。会話したこともあるが。
けれど、何処か人形めいた印象があって、好感は持てなかった。
それに彼女は異邦人。危なくなったらさっさと逃げてしまうのでは、と心の何処か考えていたから。
「彼女を信頼しすぎているのでは?」
「信頼しています。あの子は常に我らを助けてくれた。自分の不利など関係なく。今の艦娘があるのも、海軍が機能しているのも、あの子のおかげといっても過言ではない」
「確かに技術的な恩恵は多大だ。しかし、それだけで貴方が信頼に足る人物なのですか?」
核心に触れることにする。
何がそこまで高野五十六に、ホシノ・ルリを信頼させるのか。
「実は、給料を払っていないのです」
「は?」
「いいえ、所属にはしましたが、給料は突っぱねられています。『私たちに払う余裕があるなら、民間人へ還元してあげてください』と」
初耳だ。そういえば、あの鎮守府への予算案など、組んだことはない。
そもそもだ、一鎮守府が日本の経済等を支えていたのは、異常ではないだろうか。
前線にあり、敵の攻撃のことごとくを防ぎ、日本へ物資を送り続ける。
きっとかなりの高給なのだろうと考えていたのだが、詳しく調べもしなかった。
他のことに専念し過ぎていて。
そこでふと大高は思い至った。
自分は軍事を彼らに任せていたが、一度でも暴走したことがあったか。
戦時下に等しい現在で民間人への節約を強要せず、平時と同じだけの生活水準が保てていた。
それなのに、軍部からの多大過ぎる要求もない。
当初は高野がすべて抑え込んでいたと思っていたが。
「技術に対しての特許も、申請してきていません。物資に対しても同様に、料金等は発生していないのです」
「ちょ、ちょっと待ってください、高野さん。それは、無償でやっていたのですか、『八丈島鎮守府』は?」
「はい。軍はお金がかかるから、それで一般人を圧迫しては本末転倒だから、と」
呆れてしまう。
あれだけの物資を回して、こちらから何も持って行かなかったのか。
大高はそう思うが、実は情報とか他の鎮守府と協力とか取り付けていたのだが、二人は知らない。
「だからこそ、私はせめて信頼することに決めたのです。もし彼女が裏切るならば、それは私の落ち度なのでしょう」
清々しいほど高野は言いきった。
なるほど、と大高は思う。それだけされて、何も返せないならば、せめて信頼くらいはするべきだろう。
「解りました。出撃許可は出しましょう。議会の説得は、私のほうで行います」
「ありがたい、では」
一礼して戻る高野は、思い出したようにドアの前で振り返る。
「そうそう、大高総理。これは彼女からの決定事項なのですが」
「なんでしょう?」
もう何があっても驚かないと、大高は内心で決めて答える。
「もし、艦娘側が敗北して深海棲艦が日本本土に迫ったら・・・・」
「ええ」
「テラの『サイレント騎士団』が深海棲艦を『消滅』させてくれるそうなので、議会ではそのことも話してくれて構いませんよ」
「は?」
「では、失礼します」
呆けた大高をそのままに、高野は退出していく。
その後、彼は大笑いした。
ならば自分は、やるべきことをやるだけだ、と。
議会は、すんなりと通った。
今更、ホシノ・ルリに逆らおうなどという議員は、いなかった。
海軍の総出撃が決定。
連絡を受けたルリは、深々と一礼した後に、振り返る。
出撃用ドックに集まった艦娘達は、全員が艤装を纏ったまま直立不動で命令を待っていた。
「皆、知っての通りです。これから先の戦いはかなりきついものになります」
全員の顔を見回す。
もう長い付き合いの彼女達は、誰もが真っ直ぐ前を見て、誰も顔を背けずにいる。
「敵は未知数、技術も同じよう、武装も同じものが使われます」
今までのように一方的なことにはならない。
誰もがそう確信していた。
「同じもの同士が戦った場合、最後にものを言うのは、貴方達の魂です」
ルリは何かを掴むように拳を握りしめ、前に突き出す。
「何度も言ってきました。何度も伝えてきたはずです。なので、今更に言う必要はないので短く」
握った拳を開いて、彼女は『冷笑』を浮かべた。
「あの愚か者どもに、『誰にケンカを売ったか思い知らせてやりなさい』。では、総員、出撃」
「我ら血の十字架を掲げるものなれば、我が主の前を塞ぐすべてを『沈黙』させる!!!」
艦娘達の号令が、空と海を揺らす。
誰もが、理想を語る。
こうありたいと。
でも、そうできることは少ない。
だからこそ、目指す価値がある。
ー貴方ならできるわ。
ーうん、解った。