長門が退出後、入れ替わるように大淀が入ってきた。
「長門さんは、午前の演習の件ですか?」
「ええ。ちょっとばかり馬鹿な話になりましたが」
「馬鹿な話?」
大淀が首を傾げるので、ルリは端的に話を纏めて告げる。
「長門さんも長門さんなら、提督も提督ですよ」
「はぁ、そうでしょうね。後、私は代行です」
訂正してみるが、彼女も『貴方のほうが提督らしいです』と言ってくる。
確かに提督らしいことはしているが、あくまで自分は代行だ。あの人こそが主であり、トップであり、自分のすべてである。
「無駄話はここまでにしておきます。そろそろ午前の業務を始めますよ」
「はい。では、最初に輸送計画のことを」
大淀が差し出す書類には、今日から三日間にかけて行われる資源の輸送について書かれていた。
目的地はブルネイ、編成は軽巡2に駆逐艦4が三編成。
「いいでしょう。これで計画を開始してください」
「解りました。それと、哨戒任務ですが、今日明日の哨戒編成から鈴谷と熊野に『空母艤装』を扱わせたいのですが」
大淀の提案に、少しだけルリは黙る。
先日、ようやく二人の新しい艤装が出来上がり、それの慣らし運転の最中だったはずだが。
いなり演習を飛ばして実地とは、危険すぎるのではないだろうか。
しかし、だ。鈴谷も熊野もこの鎮守府では古参ではないが、中堅の上あたりになる。
いきなり実戦でも、それなりにうまく立ち回るだろう。
「許可します。編成には二人以外にも空母を入れてくださいね」
「はい、では取りかかります。今日と明日の『休暇希望者』は誰がいましたか?」
「特にいなかったはずです。後でデータを回しておきます」
「お願いします」
最後に大淀は一礼し、隣の自分の執務机に向かう。
基本的に二十四時間体制の鎮守府であり、常に敵襲の危険性はあるとしても、艦娘達には休みが与えられている。
いい仕事はいい休暇から、というのがテラの考えだから。
同時に、『誰もいないなら、俺が突撃すればいい』と考えているので、油断できないが。
ちょっと余計な思考の合間にデータを大淀へ。記憶の通り誰も休暇希望が入っていない。これならば少しの無茶もできるか。
「提督~~~」
ノックと同時に入ってきたのは、明石。
「代行です。なんですか?」
「備品申請書と使用許可書にサインをお願いします」
訂正しても悪びれもせずに、彼女は二枚の書類を差し出す。
備品は消耗品と資材。ボーキサイトや燃料、弾薬、鋼材以外の物資か。目録としてはカーボンナノチューブに、ナノマテリアル、それにメタルG。
特に問題はない。続いて使用許可は、『粒子精製』ユニット。
「・・・明石、何を作るつもりなんですか?」
物質を粒子レベルで分解、その後に構築。不純物などが一切ない、純度100パーセントが作れるユニットが必要なんて、どんなものを作るつもりなのだろうか。
「はい。今度こそ、反応消滅式装甲を作って見せます!」
「・・・・・却下」
「何故ですか!? 私だって技術が上がりました! 今度こそ! 今度こそです!!」
身を乗り出して懇願する明石に対して、ルリは半眼で告げる。
「二十七回」
「グ!!」
返答に明石は胸を抑えて下がった。
「貴方が工廠を『消滅』させた回数です。で、なんですか?」
「もう一度、講習に行ってきます」
「よろしい。それで、バッタ達から『お見事』とハンコをもらったら、これも許可してあげます」
「・・・・・・・・・・・」
明石、背中がすすけている状態で戻っていく。
「提督、いくらなんでも、それは無理だと思います。彼らはかなり厳しいです」
「扱っている技術が危険度マックスですからね。仕方ありません・・・・・ですが私はいつか、明石がそういったことができるようになるって、信じてますから」
「はい、私もです、提督」
自然と笑みを浮かべた自分と同じように笑う大淀。
『提督代行です』と短く注意しながら、申請書にとりあえずハンコだけ押しておいた。
午前中の執務が一区切りとなる十二時。
「では、提督、お昼に行ってきますね」
「はい。後、提督代行です」
退出する大淀を見送った後、執務室に一人だけ残ったルリは、少しだけ周りを見回した。
執務室には自分一人。他に誰もいないのを再確認した後、通信用モニターを表示させる。
「では、始めましょう」
『御意』
声に答えるように四つの画面に姿が映る。
青年、少年、少女、少女。
『情報総省からのデータは別ファイルにして送信済みだよ』
「解りました。緊急案件はなし、ですね?」
『うん、特にはなかったね。敵の勢力図も変化なし、各地の姫も動いていないね』
青年の報告に、ルリは大きく頷く。
『なら、こちらから送るのはなしかな?』
「はい。下手に刺激しない方がいいかと。『スパルタン』部隊と『バルキリー』部隊は待機続行を」
『残念』
少年は少し大げさなように肩をすくめる。
『私達の出番なし?』
『非常に残念です』
少女二人は無表情をしていたが、態度から落胆しているのが解る。
「貴方達が出ない方が、世の中のため・・・・とは言い過ぎですね。でも、この戦いは『私達の戦い』ではないんですよ?」
『そうだろうけど・・・・・・口惜しさは残るね』
「オラクル、貴方までですか」
少しだけ溜息をつきながら、青年へと視線を向ける。
普段から温和な青年が戦いたいというとは。やはり、『データ』は裏切れないか。
血の十字架の。
『騎士団』の根源、大元となった存在達の因子は消えない。
「ミラージュ騎士団の狂乱、か」
小さく口の中で転がす。
厄介というべきか。それとも、心強いというべきか。
「とにかく、この戦いは艦娘達の戦いです。我々が強制介入して世界平和、なんてことにはなりません」
『今更じゃないかな?』
少年からの揶揄に、ルリは苦笑を向ける。
「だとしても、です。バビロン、迂闊に動かないでくださいね?」
『動かないさ。僕の『本体』のロック解除キーを握っているのは、君じゃないの』
『私達のも』
『巫女様の手のうちです』
少女二人の視線を受けながら、小さく首を振る。
「私がもし手綱を手放せば、貴方達はすぐに『本体ごと』動き出すじゃないですか、イオナ、アリア」
少女二人は、否定も肯定もせずに見つめてくる。
「話は以上ですね。私達は『サイレント騎士団』です、我が主のための駒ではありますが、それ以外ではありません。以上です」
通信ラインが閉じられ、モニターが消える。
「ええ、そうです。私達はテラさんの剣、それ以外の戦力など、弾丸一発たりともないんですよ」
誰ともなく呟いて、ルリは席を立ちあがる。
駒は使えない。ならば、新しい駒を入手するのみ。
「・・・・・・・はい?」
午後一の執務の最中、ルリはとんでもない話を持ち込まれた。
持ち込んできたのは、長門。
ではなく、天城と葛城。
「えっと聞き間違えでなければ、鳳翔との航空戦をしたいと? しかも、『第一種装備』の?」
「はい!」
元気よく答える二人に、軽く頭痛がしてくる。
何故にそうなった。
午前中の演習では、二人が大破したという報告はなかった。
隙を突かれて魚雷を貰ったとは言っていたが。
「何故、そんな話になったのですか? 長門も長門で止めなさい」
「いえ、当初は瑞鳳さんの『第零種』と望んでいたのですが」
「・・・・・」
ルリ、絶句。
まさか、そんなバカなことを言いだす艦娘が出てくるなんて。
これはあれだろうか、二人が着任してから使っていなかったから、怖さを知らないからこその無謀か。
「まさか、うちの鎮守府に自殺志願者がいるとは」
「訓練のためです!」
「提督、お願いします!」
詰め寄ってくる二人を半眼で見つめたルリ。
どれほど言葉を重ねたといっても、瑞鳳と戦わせるわけにいかない。
今の彼女は通常の『第三種』でさえ、あの瑞鶴と加賀のコンビを下せるのだから。
「鳳翔さんとの模擬戦をお願いします!」
「あ、そっちでしたか。でも却下」
「何故ですか?!」
珍しく感情的な天城を、ちょっとだけ睨みつける。
「身の程を知りなさい。今の未熟な貴方達が、鳳翔の第一種と戦う? あの赤城や蒼龍でさえ、同じ第一種装備を使っても一時間も持たないのに?」
出された名前に、二人は言葉に詰まった。
「まして、そんな鳳翔と同等に戦う瑞鳳と模擬戦を、と考えるなんて呆れますね。『烈風』や『紫電』ではなく、『震電』が扱えるようになってから出直しなさい」
少し辛辣かもしれないが、事実なので改めることはない。
二人は悔しそうな顔をしているが、大人しく引き下がってくれた。
「提督、いささか言い過ぎではなかったか?」
長門の諌める声に、ルリは呆れたような顔を向ける。
「言い過ぎじゃありません。そもそも、鳳翔も瑞鳳も艦載機は『閃電』を使っているんですよ。先日から機種転換訓練で、『豪雷』を使っていますし」
「む・・・・・・・では勝てないか」
「零戦では相手になりません。キルレシオは百対一ですね」
ちなみに、だが。『閃電』と名がついているが、これは実は見た目が完全にF-15Eのストライク・イーグルの艦載機タイプであり、機種転換訓練中の『豪雷』はF-18ホーネット。
この上、『天雷』と名付けられた機体や、『桜花』といった機体を出した場合は、完全に弱い者虐めになる。
「・・・・・いっそのこと、『鴉』か『鳳凰』搭載させて、相手させたほうが・・・・・・・・・・」
「やめてください、提督」
あまりのことに大淀が口を挟んでくる。
「しかし、自分達がいかに無謀かを思い知らせないと、後になって怖いことになりませんか?」
「そうなる前に、二人がトラウマになって震えます」
確かにそうかもしれない、とルリは大淀の言葉に頷いた。
「大淀、私は提督に同意する。最近の新人は少し向こう見ずなところがあるからな」
「最初の頃の貴方のようにですか?」
長門が同意を示すと、大淀はすかさず反論する。
あの頃の長門は向こう見ずではなく、無謀だっただけなのだが。
同じことか。
「解りました。今回は大淀の意見を採用します。けれど、次に誰か無謀なことを言ったら、実行しますね」
急ぎ過ぎても成長しないか。
ルリはそう判断を下した。
話が終われば長門が退出し、後は大淀と二人での執務が続く。
午後6時、何時もと変わらない時間に業務は終了。
夕日が沈む。
水平線の向こうに消える光を見つめながら、彼はただ無心に眺め続けた。
ふと、気配を感じる。左右にいる少女二人が振り返り、僅かな警戒心を消していく。
「ん、ルリちゃん?」
「はい。近衛、お疲れ様です、吹雪、暁」
名を呼ばれた艦娘二人は敬礼し、テラの傍を離れていく。
入れ替わるようにルリが隣へと進み、同じように水平線を眺める。
「特に何事もない日でした。演習内容、警戒任務などの報告も問題ありません」
「ありがと。ずっとさ、こんな日が続けばいいね」
「はい」
それっきり会話は止まり、ただ沈んでいく夕日だけが物語る。
しんしんと、舞い落ちる。
まるで雪のように、それは私の中に降り積もり。
やがて、私の心を押しつぶす。
タスケテ