少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
遅くなりました、インフル発症しました。
熱でないなんて、詐欺や。
迷走して暴走して、まとまりました。
昔、誰かが言っていた。
人の思いは無限大だと。可能性の獣がいると。
確かに無限だと思う。
この目の前一杯に広がる深海棲艦を見れば、人の『思い』は無限に膨れ上がって、やがて地球すべてを覆う。
この世に悪があるとすれば、それは人の心だと誰かが言っていた。
まさに今、それを実感している。
倒しても倒しても湧き出る深海棲艦の群れ。
終わりなどない戦いは続く。
「いっそのこと、薙ぎ払ったらすっきりするのかな?」
テラ・エーテルは思う。
白銀の女神の手のひらに乗りながら、水平線を眺めつつ。
出番だろうか。
いや、まだだ。彼は首を振って立ち上がり、声を出す。
「よし、じゃあ、ルリちゃんのお願いを叶えに行くかな」
『御意、我が君』
幻が消えるように、空中にいた集団は姿を消した。
負けられない。
後退はない。
一歩でも退いたら、また失ってしまうのだから。
「第六軍の損耗率四割を超えました!」
「第十二軍より戦力補充、その後に第六軍は後退」
「第一軍が敵に囲まれています!」
「そっちは第三軍がフォローに入る!」
次々に塗り変わっていく戦力図。
総軍司令本部と名付けられた、艦艇上の軍令部戦略室において、高野は目の前の海図を睨みつけている。
指示を出しているのは、沖田、井沢、斎藤、矢車の四名。
広大な海域を四つに分けて、艦艇も含めた全戦力の指揮権を与えられた提督たちが、それぞれの海域の制圧を行っている。
その先には高天原の部隊が展開。
全軍の先方、矢じりとなって敵の壁に穴を開けて、最優先目標撃破に突き進んでいく。
「さすがに、厳しい」
ジワリと告げたのは、矢車だ。
艦娘や艦艇の損耗、武器の消耗、弾薬の消費。
何処からどうやって湧いて出てくるのか、深海棲艦に終わりは見えない。
「最初にやらかした奴にしては、弱気じゃねぇか? もっとやってやるとか言ってみろよ」
「斎藤さんほど剛毅にはできませんよ」
「へ、やってみなくちゃ解んないだろうが。けど、さすがに厳しくなってきたな」
汗が噴き出る。
彼も心のどこかでは、『不可能か』と思い始めているのか。
「いつものやんちゃは何処に行きました、斎藤? 反骨精神ならば、ここで発揮せずにいつ使うのです?」
「言ってくれるね、鬼婆」
「悪態付きだけならがきでもできます。今の貴方は軍人なのです。ならば、気骨を見せなさい。ここは砲弾も飛んでこない場所ですよ」
「ただし、情報は飛んでくるがな」
軽やかに言ってのける井沢に、沖田が言葉をかぶせる。
「それこそが、私達の今の武器では?」
ニヤリと笑う女性に、本当に『鬼か』と誰かが呟く。
「しかし、さすが『八丈島鎮守府の提督代行』か」
斎藤の一言で、誰ともなく壁のモニターに表示された全体戦略図に目線が向けられる。
自分達だけではない、高天原のも含めた海図は、赤い部分が次々に青へと変わっていく。
「この短期間で南と北を制覇。さらに中部太平洋を進軍。本当に人間じゃありませんね」
矢車の畏怖がこもった言葉は、誰もが思うことでもあった。
自分達は四つに分けた海域をやっているが、その周り中を攻略している部隊の指揮官は一人のみ。
話によると提督のテラはそういった作業には向いていなく、実際に部隊を動かしているのは提督代行。
ホシノ・ルリ。
大淀を補佐に従えた彼女は、どうやってこの広大な海域で部隊を動かしているのか、少しだけ疑問に思う。
「彼女は指示を出していない」
四人の上から高野の放ったことに、全員が顔を上げた。
「最初の訓示、時々の味方への補給指示、たったそれだけだ」
「はぁ?! じゃ、艦娘達は何を基準に戦っているんですか?」
斎藤の疑問は、誰もが感じるもの。
いくら艦娘が優秀とはいえ、広大な海の中で相手の動きを把握し、的確に動くことなどできるわけがない。
確か八丈島鎮守府の頃から、理解不能な戦い方をしていたとしても。
「艦娘達が考え、旗艦が情報を精査し判断する。彼女達はずっと、それをしてきた」
「冗談でしょう?」
「それと、だ。ルリ君は『戦術予報もありますので』と言っていたが」
意味が解らない単語が出てきた。
戦術とは確実に与えられるもので、『予報』するものではないのに。
「とにかく、後で講義でもしてもらえばいい。今は目の前のことに集中するしかない」
「確かに」
沖田のため息混じりの声に、井沢が同意を示し目線を向ける。
「そりゃ、まあ」
「ですね」
斎藤と矢車も、『後で絶対に教えてもらう』と言って、再び海図へと目を向けた。
本当に彼女には何が見えているのか、または見通しているのか。
こうして同じ戦場に立つと、自分達がアマチュアに見えてくる。
作戦が終了したら、本気で軍学校で講義をしてもらうべきか、と高野は考え始めていた。
何が見えているかと問いかけられた時、ルリは戸惑ったような顔を返したという。
『と、言われても。私が見ているものは情報を集めて予想したものなので、それに敵が見事に乗っかっただけですよ』。
高天原にて、ルリは海図を見つめていた。
椅子に座り両手は膝の上。空中に展開したモニターに映された海図は、味方の勢力図を映したものだけ。
「吹雪さん達より伝達。補給作業終了、再出撃の許可を」
「解りました。では、出撃を。戦術予報は334へ移ったと伝言を」
「了解」
大淀が伝達する背中を見つめた後、ルリは再び海図へ視線を戻す。
情報を切り替え、高天原の部隊のみ表示。
全員ペース配分は心得ているが、アメリカのことが頭に残っているため、少しだけ予報より弾薬・燃料の消費が速い。
焦りではなく、怖さ。
もし、間に合わなかったらと思う気持ちが、誰かが死ぬと連想して、前へ前へと体を進めてしまう。
「大淀、全員に・・・・・・・いいえ、なんでもありません」
「はい」
振り返った彼女は、ルリの言葉がないと知ると、再び通信モニターへと体を戻した。
言わなくてもいいか。
吹雪と暁の先行し過ぎには釘を刺したが、あれで二人が気づいたはずだ。
二人が気づいたなら、瑞鳳、大和、金剛、榛名あたりが気づく。
六人が気づけば、全員へと話は伝わっていき、小まめに残弾や燃料の残量確認を行うはずだ。
少なくとも、古参や中堅あたりは。そこまで気づいてくれれば、新人たちを引きつれて戻ってきてくれる。
『金剛です、補給に戻ります。イタリア、ローマ、戻りますよ。アイオワとビスマルクはまだ大丈夫ね?』
『任せて金剛さん!』
『OKヨ!』
『こちら衣笠、魚雷補充に戻ります。鳥海と那智が残って前線保持を』
『解りました』
『了解した』
ほら、やってくれた。ちょっとだけ嬉しく微笑むルリ。
彼女達にはしっかりと教え込んだ。
補給の大切さを、情報の重要性を。悪夢にうなされるほど、徹底的に叩きこんだ。
指示を受けて動くのは軍人。けれど、時に最前線まで命令を届ける間に戦況が変わることはよくある。
命令がなければ動けないのが軍人だが、命令がなくとも最善のことを選択できるのが戦士。
彼女達は、『血の十字架』を掲げる者なのだから、上の命令がなければ動けないなんて情けないことはない。
『こちら翔鶴、航空機用弾薬ゼロ。戻って補給します。蒼龍と飛龍が残弾危険ですが、抜け出せません。補給船の手配を』
「解りました。神威に補給物資搭載で向かわせます」
『択捉です、護衛につきます』
『国後、同じく護衛につきます』
『神威、補給物資の搭載完了。蒼龍と飛龍への補給作業へと向かいます』
『夕立です! 蒼龍さんと飛龍さんの周辺勢力を一時的に止めます!』
『春雨付き合います!』
『陽炎も参加できます』
『五分後に実行っぽい!』
『春雨了解!』
『陽炎了解!』
『こちら神威です、五分で到着させます』
いいですね、本当にいい。
各自がやるべきことを把握して、指示を待つことなく最善の行動を選択して実行する。
『こちら叢雲、これより旗風、弥生を連れて補給に戻ります』
『綾波です。主砲の砲身が気になります。予備を用意してください。戻ります』
『抜けた分は敷波が支えるよ!』
『朧も入ります!』
通信で自分の名前を入れることで、誰が発言しているか速やかに相手に伝えることができる。
これも教えておいて良かった。
邪道といわれることもあるのだが、ルリは好んでこの方法を使っている。
「そろそろ、かな」
「提督?」
「いえ、そろそろ、敵のラスボスの登場じゃないかなぁ、と。後、代行ですよ、大淀」
「はい、でも、その提督はどちらに?」
「・・・・・・・ちょっと睨みつけに行ってもらっています。後、確認を」
何のですか、と大淀が問いかけてきたので、ルリは小さく舌を出した。
「本当なら、艦娘達の手で終わらせたかったんですけどね」
私もかなり心配症になってきたみたいですね、とルリは口の中で言葉を転がす。
本来なら、出番など作らなかった。
順調に行けば相手側が動く前に終わりに出来た。
順調に行かなくても、秋津洲の持っていった装備を降下させれば、超重力砲や波動砲は防げた。
けれど、彼は自分だけが動かないのを良しとしなかった。
手を出すことはできないけれど、睨みつけるくらいはできる。
「まあ、予想できたことなので」
「はぁ・・・・・後で教えてください・・・・いいえ、やっぱりいいです」
「なんですか、大淀?」
「怖そうなので」
たぶん、その予想は当たりですよ、とルリは言葉にせずに頷いた。
それの名を、彼女は知らない。
「次だ、次こそは」
焦る気持ちの中で空転する機関に、さらに憤りが募る。
「後一撃すればいい。後一撃すれば、米国が消せる!」
あの大戦で、あの国は傲慢だった。
ただ石油が欲しかった。他の国々のように、一つの国家として認めてほしかっただけなのに。
あの国は卑怯にも、こちらの話を意図的に曲解にして、不当な要求を突きつけた。
それだけではなく、宣戦布告日時をずらして、世界の悪者にした。
許せるわけがない。
許せない。
かけらも残さずに、地上から消してやる。
「ねぇ、君が親玉?」
「は?」
彼女は振り返る。
水平線には何もなく、誰の気配もないはずだ。
けれど、寒気は感じる。
誰がいた。
誰もいない、ここには自分と深海棲艦だけなのに。
「親玉だね、君がそうか」
声は上から。
はっとして見上げた視線の先、白銀の女神が浮かんでいた。
白銀の鎧に金色の翼。まるで芸術品のような二十メートルの人型兵器。
その手の上に乗った青年が、静かに見下ろしていた。
「君の恨みはよく解るけど、この世界のアメリカはまったく別の国だよ?」
「だ、だからなんだ! あいつらはどうせ同じだ! 他の国を足場としか考えていないんだ!」
気圧された自分を恥じるように、叫び返す。
あいつらは正義という都合のいい言葉を振り回し、自分達の都合のいいように世界をかき回す。
歴史の闇を押しつけて、汚いものはすべて周り中だと勝手に言い放ち。
「私たちを助けてくれなかった・・・かな?」
図星、だった。
恨んでいた、憎んでいた。
けれど、その中には正義のために動いていながら、自分達を救ってくれなかったあの国に対しての、絶望が確かにあった。
「正義のヒーローなんてさ、国家に求めるものじゃないよ。国家が護るのは国民なんだ。それ以外は理想や理念だって、捨てるものだ」
「だから、忘れろというのか? 私達の場合は仕方がなかったから、忘れろというのか、貴様は?!」
「違うよ」
「なら邪魔をするな! 私は私の恨みを晴らしてやる! 私達の悲しみをあいつらにも味あわせてやる!」
「それも違うよ。それは、君たちがやっていいことじゃない。悲しみを誰かに押しつけるのは、間違っている」
「だからなんだ?! 貴様はヒーローのつもりか?! 私たちを救わずにあいつらは救うのか?!」
「俺はヒーローじゃないさ。俺は・・・・・残虐な破壊神だよ」
薄く笑う彼に、絶対的な恐怖がにじみ出ていた。
「俺みたいなやつがヒーローを語ることは許されない。彼らは何時だって誰かを助けるために戦う。でも、俺は俺のために戦う。自己のために戦うやつがヒーローを名乗れるわけがない」
「なら、邪魔を、するな」
どうにか言葉を絞り出す。
圧迫感はまだ続いているが、動けないほどじゃない。
エネルギーは充填済み。後は引き金を引くだけ。
「でもね、だからといって悲劇を見逃せるわけがない。今の俺は、一応は軍人なんだ。知っている? 『命を奪う武器を持つ者は、命を守る、その一点においてのみ存在が許される』って、昔の人が言っていたこと」
「だからなんだ?」
「うん、だからね、その人が持っていた『矜持にかけて』、君にそれを撃たせるわけにいかない」
「は! 結局は私を止めるんじゃないか!」
「うん、止めるよ。俺じゃなく、彼女達が、ね」
幻のように、彼はそこで姿を消す。
何がと見つめる彼女の視界に、海をかき分け、深海棲艦を撃破しながら近づいてくる影が見えた。
「艦娘か・・・・・・・そうか」
何がそうか、だったのか。彼女は、その答えを今も出せずにいる。
『こちら吹雪、敵『姫級』の撃破を確認・・・・・・・・・全員が動けないので助けてください』
吹雪、暁、大和、瑞鳳、清霜(テラの艤装全開使用)、電、加賀、翔鶴、蒼龍、金剛、榛名のごり押し。
全員が第零種まで使った今回の作戦の最後は、ハワイ諸島を跡形もなく消し飛ばした。
戦場をもっと選べなかったのか、それとも彼女が固執したのか。
理由は今も解らない。
『追加情報は一点。『未確認艦娘を保護』以上です』
「お疲れ様。全員、その場で待機。高天原で迎えに行ってあげますから」
『はい、提督』
「代行ですよ」
優しく答えたルリは、それでフっと息を吐いた。
「作戦終了。後は任せて私達は全艦娘を収容後に後退しましょう」
「解りました」
大淀が通信を始めるのを横目に見ながら、ルリは思う。
これで太平洋の半分は取り戻した。
あの姫の勢力を考えれば、ほぼ太平洋を取り戻したといってもいい。
となると、だ。
「ヨーロッパ、あるいはイギリスあたりが騒ぎそうですね」
また遠いところを、とルリはため息をつくそうになったという。
一幕が終わり。
次の幕が上がる。
悲劇か、それとも喜劇かは、聞き手次第。
さて、次は誰が道化となる?