時々、不意に吹雪は思い出す。
日常の中で、あるいは夢の中で。
飛び散る飛沫と、舞い踊る白刃の中で、前を見据えたまま不敵に笑う彼を。
敵が何万だろうと、相手が強くても。
彼は常に、前を見続けていた。
「夢・・・・・・」
呟いた言葉が空に溶ける前に、彼女は体を起こす。
見なれた部屋、八丈島鎮守府では当たり前の個室の中で、彼女は視線を巡らせる。
変わらない自室の中で、ふと視線を止めたのは机のところ。
ベッドから起き上がり、机を通り越して、その先へ。
壁と机の間に置いてある、立て懸けにおさめられた剣。
白一色の鞘には銀色で翼と風の文様が刻印されており、柄には薄紅の布が巻いてある。
吹雪は自然と剣を持ち上げ、鞘から少しだけ剣身を覗かせる。
雪の結晶を模した飾りと、そこから伸びる刃は白。曇り一つない真白なそれを眺めながら、吹雪は無意識に口を動かした。
「私は、まだ・・・・・弱いです」
言葉は剣身に吸い込まれる前に、鞘に遮られた。
変わらぬ日常は、とても大切で愛おしいもの。
例えそれが、殺伐とした兵器の調整で会っても。
「それじゃ始めま~~す!!」
元気のいい明石の声が広がる格納庫の中で、吹雪は顔を上げる。
「今日は予定通り吹雪さんの『第零種艤装』の定期メンテナンスと接続テストを行いますね」
「はい、お願いします」
「了解です! それじゃ、いってみましょう!」
明石が手元のコンソールを操作する。
すでに艤装のメインは接続済み、後はサブ・ユニットとのリンクまで起動させれば終わる。
何時もと変わらない。最初にこれを手に入れてから、ずっと同じ。
「メイン・ユニット起動確認。主動力炉、正常稼働中。副動力炉、問題なし。動力ケーブル、エネルギーの伝達ロスなし」
チェック項目を読み上げる明石の声のみが、格納庫に流れる。
第二種や第三種なら起動音がするのだが、第一や第零は起動音がしない、完全防音で作られているらしい。
「はい、完全起動確認! 続いて、サブ・ユニット。一号艇、起動確認。二号艇、起動確認。三号艇、起動確認。四号艇、起動確認」
次々に動力炉に火を灯すサブ・ユニット。
一目ではモーターボートの船体に、上部に主砲塔や対空火器、VLSなどをつけた形をしている。
作戦や使用者の好みで武装を変えられる、便利なサブ・ユニットだ。
「五号艇、起動確認。六号艇・・・あれ? 六号艇、動力炉は起動終了。でも、接続と同調指数がゼロ?」
「え?」
突然の話に、吹雪は振り返る。
自分の後ろ、三連装の主砲塔二基搭載した六号艇は、その場で浮遊しているだけで、動くことはない。
「ちょっと待って! 吹雪さん、今から機械のチェックを行いますから、そのまま動かないで!」
「あ、はい」
「なんで?! どうして?! 回路は正常、動力炉問題なし、システムも問題なし、え・・・・ええ?! なんで他すべてが正常でその二つだけ数字が出てこないの?!」
異常事態に明石が叫ぶが、それは吹雪のほうこそ聞きたい。
今までこんなこと一度もなかったのに。
無言のまま、手を伸ばす。
傍にある六号艇へとそっと伸ばした手は、それに触れることはなかった。
まるで逃げるように、六号艇は、吹雪の手からすり抜けたから。
「あ・・・・・・そうか。そうなんだ」
たったそれだけで吹雪には原因が解った。
自分が弱いから。
まだ自分の力じゃ何もできないから。
だから、これは自分の弱い心が招いた、当然のことなんだ、と。
彼女は小さく、自分の心の中で、自分自身を責めた。
その話をルリが聞いたのは、午後の執務が始まったすぐだった。
「え? 吹雪が『第零種』の起動失敗?」
「はい」
報告書を持ってきた明石は、とても落ち込んだ顔をしていた。
「貴方のせいじゃありませんよ、明石。データは?」
「ここにあります。ですが、提督、艤装側の不備です。これは何時も整備している私のミスですから」
「別に艤装側の不備と決まったわけでは」
なおも自分を責める明石を励ましつつ、ルリはデータを読み取る。
艤装側に不備はない。ルリから見ても見事なほどしっかりと整備されている。
念のためバッタ達にも確認してもらったが、『お見事』と返答が来た。
「不備はありません。艤装側の問題ではないようですね」
「けど、起動しなかったんですよ? 私、明日一日をかけて六号艇をオーバーホールします」
「必要ありません。やったところで原因は出てきませんよ」
「なら、どうしてですか?」
他の原因なんてない、と顔で語る明石。
しかし、ルリとしては別の原因はすぐに浮かんできた。
「吹雪側に問題があった、ということです」
「それこそありえません!! うちの最古参の吹雪さんですよ! あの人がミスをするなんて・・・・」
「しますよ」
絶対の信頼を向ける明石をチラリとみてから、ルリははっきりと言い切る。
「ミスをするんです。最古参だろうと新人だろうと、するときはしますから。特に吹雪はメンタル面での弱さを克服しきれていない」
「まさか、姫級六匹に囲まれても平然としていた吹雪さんが、そんなこと」
「表に出さないだけで、内面では号泣していたはずです。あの子は、ちょっと情緒不安定なところがありますから」
最初に会ったときから、そういった不安を押しこめるのが、吹雪という艦娘だったから。
ルリは明石へと顔を向けて、続ける。
「第零種装備の再起動試験は、延期で。一朝一夕でどうにかなる問題ではないので」
「解りました。ここは提督の判断を信じます」
少し不満はあるが、明石は引き下がる。
自分ではどうにもできない問題だと、理解したのだろう。
「代行です。この一件は、専門家に任せることにします」
「専門家がいるんですか?」
「精神面ではなく、吹雪を奮い立たせる専門家、というべきでしょうが」
誰だろうと疑問を浮かべる明石に対して、ルリは悪戯っ子のように笑う。
「まあ、うちの鎮守府の艦娘達にとっては、特効薬のようなものです」
ますます、誰のことは解らずに疑問を浮かべる明石だった。
気づかれたくなかった。
気づいて欲しかった。
あの人にだけは、知られたくなかった
だから、私は・・・・・私を圧し殺す。
イ ツ マ デ ソ ノ マ マ?