たいへん遅くなりました。
ネタはあっても、書けないもの。
これがスランプ?
お嬢様のような。
彼女は元々、そんな呼ばれ方をしていた。
重巡『熊野』。
あるいは軽空母『熊野』。
神戸を愛する発言をする彼女や、見た目の雰囲気によりお嬢様に見られる彼女だが、ここでは少しだけ変わっている。
「ごちそうさま」
優雅な仕草で口元をぬぐう彼女は、穏やかな雰囲気を纏ってはいない。
張りつめたではなく、緊張をしている風でもない。
凛としたとは、ある意味であっているかもしれない。
彼女を表すならば、まるで『剣』のように。
「あれ、熊野、もう終わり?」
隣で食べていた鈴谷の声に、彼女は鋭く顔を向ける。
「ええ、この後、吹雪さんの教導映像を視聴するので」
「え? 今、休暇中だよね?」
「ですから、何をしていても許されるのでは?」
刃のように鋭く、気配そのものが切れるような気がする彼女に、鈴谷はそれ以上は何も言えなかった。
「話が終わりならば、私は行きますね。鈴谷、ごきげんよう」
「はいはい。でもさ、熊野。愛しすぎると重荷になるよ」
立ち上がりかけた彼女は、ぴたりと止まって再び席に着く。
もしかして気にしているのか、と鈴谷が彼女の様子を窺うと。
「吹雪さん、こちらでご一緒しませんか?」
サッと熊野が手を差し出す先、御膳を持った彼女が立っていた。
「え、でも・・・・・・」
チラリと彼女が鈴谷に目線を向ける。前の時の発言を気にして、一緒ではゆっくりと食事できないのでは、と気を使ったのだが。
「構いません。ねぇ、鈴谷?」
笑顔で振り返った熊野に、彼女は何度も首を縦に振った。
背後に般若が浮かんでいた、なんてあるわけがない。
「なら・・・・・・・叢雲も一緒にいいですか?」
「はい、どうぞ。是非とも」
にこやかに対応する熊野とは別に、鈴谷は『ああ、そうね』といいだしかけて止めた。
一瞬、首筋に刃が触れたように錯覚した。
普段から気を抜いていても、鈴谷も元八丈島鎮守府所属、高天原でも平均を超える実力を持つ。
だから、解った。隣から流れる『殺気』に。
『まさか、吹雪さんと一緒になって、困ることなどありませんわね、鈴谷』。
無言の圧力に、内心でさえ今は自由がないと嘆く鈴谷だった。
吹雪が席につき、叢雲が隣に座ると、自然と相手と目線があう。
吹雪から、『ごめんね、鈴谷』。叢雲からは『気にしなければいいのに』のアイコンタクトが入り、鈴谷は少しだけ苦笑する。
「あら、ハエが」
瞬間、眼前に手刀が振り抜かれる。
「ごめんなさい、鈴谷。今、ハエが通ったように見えたのだけれど」
「いえいえいえ、大丈夫! ありがとう、熊野」
「ごめんなさいね」
笑顔で悪気などないように見える熊野に、文句など言えるわけもなく。
四人での食事は、最初こそ微妙な雰囲気ではあったが、次第に話題も広がっていき、少しだけ賑やかな昼食となった。
けれど、落とし穴は何処にでも有るもの。
「あ、鈴谷、艤装のほうは大丈夫?」
吹雪の何気ない気遣いに、熊野の気配が跳ね上がる。
「はい、もうすっかり。暁さんには感謝しています」
「そうなんだ。暁も『途中で投げ出してしまったから』って心配してたよ」
「きっちりやってもらいましたよ」
笑顔で会話する二人の間に、剣が振り下ろされた。
「そういえば、あの時、鈴谷は・・・・・・とても面白いことを言っていませんでした?」
ゾクリと冷たい気配が落ちた。
「え、え?」
「あの時、鈴谷が確か・・・・吹雪さんのことを、とても面白い表現で言っていたような、言っていなかったような・・・・・どちらでしたか?」
笑顔を向けてきた熊野の背後に、間違いなく鬼がいた。
「へぇ、そんなことがあったの?」
藪蛇だ。穏やかに話していた叢雲まで、ちょっと眉が上がっている。
忘れていた、彼女も吹雪派だった。
「え? あれ、そんなことあったかなぁ」
助けて、吹雪さん。救いを求めて目線を向けた鈴谷に、彼女はにこやかに告げる。
「変なことは言わなかったよ。ダメじゃない、二人とも・・・・・・そうやって仲間を虐めていいなんて、誰に教わったの?」
瞬間、熊野と叢雲の首が落ちたように、誰もが錯覚した。
「みんな仲良く。今日も元気が一番だよ」
気配はすぐに消えて、田舎にいそうな元気な女の子がそこにいたという。
後に鈴谷は語る。
『あれから熊野があまりツンツンしなくなったなぁ』と。
後に熊野は語る。
『ああ、吹雪さん。あの気配で私はぁ』と。
後に叢雲は語る。
『あれが、長女。高見はまだまだ遠いわね』と。
一番艦、あるいはネームシップと呼ばれる存在がいる。
後に続く妹たちに先駆けた長女。彼女が生まれたからこそ、数々の妹たちが世の中に生み出されたといっても過言ではない、始まりの船。
しかし、先に生まれたからと言って、妹より優れているかというと、そんなことはないのが船の歴史。
何時だって初期型よりも最新型のほうが性能は高いのだが。
高天原にとっては、一番艦の名はかなり強烈な意味を持つ。
例えば、吹雪型の一番艦『吹雪』。全艦娘で頂点ともいえる存在であり、今も艦娘同士の決戦では不敗を貫く。
例えば、暁型の一番艦の『暁』。吹雪に一歩だけ劣るとはいえ、その実力は周り中が認めるもの。レディーといえば、『暁』と返す人もいるほどの淑女としても有名だ。
例えば、加賀。姉妹艦はないはずなのに、高天原では『加賀型五姉妹』の長女として、他の空母の中でもずば抜けた展開能力を持つ。
そして、彼女も周りから一目は置かれている。
白露型の一番艦『白露』。
すでに古参、あるいは最古参ともいえる彼女は、吹雪や暁以外で教導を担当していた数少ない艦娘の一人。
響に対空・対潜・対艦戦闘を教えたのは、実は白露だったりする。
狙撃技能に特化していて、移動目標への狙撃成功率は九割を超える。
例え回避行動をしていたとしても、成功率は九割より下がることはないほどに、彼女の狙撃能力は高い。
反面で、体術はというと、こちらも隙はない。
暁や吹雪には劣るが、大和や瑞鳳には六割の確率で勝利できる。
駆逐艦でありながら戦艦を撃沈できる、数少ない『ジャイアント・キリング』可能な艦娘。
それが、白露型駆逐艦一番艦の『白露』。
「ちょ?! よ?! ほい!?」
の、はずなのだが。
「白露、その奇妙な声は止めるっぽい」
「だって夕立! これ、上手く動かないんだもん!!」
「もんって、違う人の口癖じゃなかったかな?」
「ああ!!! 春雨そこダメ!」
「勝負は非常です」
「ダメだってばぁぁ!!!」
悲鳴を上げる白露の前で、無情にも戦闘機は落ちた。
「あううううううう」
床に突っ伏して頭を抱える彼女に、戦場での凛々しさとか頼りになりそうなどは微塵もなかった。
「本当に白露はこういったゲーム系は苦手っぽい」
「なんで戦場では狙撃も体術もできるのに、ゲームはダメなんですか?」
夕立と春雨の二人からの質問に、答えられるわけがない。
そもそも、白露本人も解らない。
狙撃は、『あ、当たる』と思った時に引き金を引いていれば、後は確実に弾丸が目標を貫くだけ。
響に教えた時も、『敵の速度、思考、大気の流れ、後は撃ち落とす意思をしっかり持てば当たる。さあ、訓練あるのみ』と言っただけ。
体術も、あるいは砲撃も。魚雷も。訓練していれば技量は上がり、誰だって当てられる。
しかし、だ。ゲームとはどうやって上達するものなのか、白露にはまったく理解できない。
理解できないものが、上達するわけがない。
戦場とゲームでは、勝手が違いすぎるのが原因か。
「うう、何でだろう?」
「吹雪さんも暁さんも、ゲームは上手でしたよ」
「あの二人は本当にキチガイ性能で、チーターだから!」
泣きながら否定する白露。何気なく酷いことを言っているのだが、本人は気づいていない。
後で言ってやろうか、と夕立は思ったのだが、止めておこう。
確実に相手が落ち込むか、自分が訓練で沈められる。
「コントローラーだからダメなんだよ! こんどはVRで!!」
「いいっぽい?」
「姉さん、それはフラグというものでは?」
二人から憐みを向けられたが、白露は下がることはしなかった。
結果、惨敗。
「うううううう!!! みんなして虐めて!!」
そして、泣きついた先は同じ一番艦のところ。
「そのように泣くでない。一番艦の名が廃るであろう?」
「初春ぅ!!」
「安心するがよい。わらわもげーむは苦手じゃ」
「そうだよね!! そうだよね!!」
「しかし、お前様は最古参なのでは? わらわは中堅、年季が違うではないか。何故に勝てぬ?」
「・・・初春の裏切り者ぉぉぉ!!!」
突然に来て泣き言を言って、最後に裏切り者呼ばわりされた初春だったが、毎度のことなのでさらりと流したという。
後日、提督のところへ『ゲームで勝ちたいです』と白露が突撃して、土下座したとか、しなかったとか。
ケープホナー。
船乗りの墓場と恐れられた海、ホーン岬を乗り越えた船乗りに与えられる称号であり、栄誉でも有るもの。
彼らは、国王陛下の前であろうとも、テーブルに足を乗せて煙草や酒を飲んでも許される。
まさに、船乗りにとっての英雄。
その日、島風は馬鹿を見た。
「決めたわ。私はケープホナーになる!!」
拳を握って高らかに宣言する彼女に、何があったのだろうと思い返す。
今日はたまたま、朝食時に会って一緒に食事をして。
予定がないなら映画でも行かないと誘って。
で、ヨット乗りの映画がやっていたから、せっかくだからと一緒に見て。
映画館を出たとたんに、一緒に見ていた天津風が高らかに宣言した、と。
影響され過ぎでしょうが。
頭を抱えた島風を余所に、天津風は握り締めた拳を開く。
「いい風、吹いているわね。これならヨットが走りそうよ」
「待って! 天津風、ちょっと待って!」
「何よ、島風。貴方が待ってなんて、病気じゃないの?」
それはおまえだ、と突っ込みたい。つっこんで、この影響されやすい同僚を鎮めたい。
「いいじゃない、速きこと島風の如くでしょ?」
「それ違うから。昔の話だから」
「『私の進化は光を超える』とか天に指差して言っていたじゃない」
「あああああああ!!!」
一時期、仮面ライダーに憧れた自分の馬鹿。本格的に頭を抱えて転がりまわる島風は、過去の自分を罵倒する。
あの時はかっこいいと思った。速いし、強いし、とにかく速い。
時間さえ置き去りにする速さに憧れて、セリフをマネしていたのだが。
「『目を反らすなよ。私から目を反らしたら、おまえの命は消えるぜ』とか笑って言っていたじゃない」
「昔の私を殺してやりたいぃぃぃぃぃぃ!!!」
人の黒歴史を語る天津風に、悪気は一切ない。
純粋に、かっこいいと思って語っているのだから、島風は止めろとは言えない。
誰にだってこの時が来る、そしていずれ過去の自分のことで悶絶するのだから。
ついに、天津風にも来たか、と島風は思う。
『厨二病』とは、艦娘にも訪れる。感染率はかなり高く、発症していない艦娘は速やかに感染して、『かっこいいセリフやポーズ』を決めたくなる。
しかし、やがてこの病気が完治した後は、過去の自分の行いのために悶絶して精神的ダメージを受ける。
発症したのは天津風。ダメージを受けるのは島風だ。
「そうよ。私こそが高天原のケープホナー! 海を統べるものよ!」
「止めて、天津風、もう私のライフはゼロよ」
「安心しなさい。私が貴方の魂を震わせてあげる。ハートに火をつけてあげるわ!」
もう、ダメかもしれない。
浮かれたように言い続ける天津風を見ながら、島風は真っ白に燃え尽きていく。
その後、ヨットが欲しいと提督に直談判した天津風だったが。
「・・・・・・・海を統べる? 貴方達はもう滑っているじゃないですか」
「そっちじゃない!」
非常に珍しく彼女の天然ボケが炸裂し、突っ込みをハリセンで入れてしまった天津風は、一日ほど入渠したのでした。
「電子の結晶、怖い」
戻ってきた彼女は、時々そんなことを言うようになったとか。
昔、誰かが言っていた。
自分のためじゃなく、誰かのためにするのなら。
それは、無謀ではなく、勇気というのだと。