少しも楽しんでいただければ、幸いです。
遅くなりまして、申し訳ありません。
後、この作品には、未成年はいません。
年齢詐称で、若返りの秘薬を使用している奴はいますが。
事態は一刻を争う。
重苦しい沈黙が支配する会議室で、彼はそう告げた。
「高野さん、申し訳ないが」
大高大統領は、憔悴しきった様子で告げてくる。
先日のアメリカの崩壊、ヨーロッパの国々の陥落寸前の状況。
これではもし深海棲艦を倒せたとしても、『戦後の世界経済』が成り立たなくなる。
厳しい状況なのは理解している。
軍人はもちろん、政治家達もだ。
しかし、やるしかない。
今、イギリスが陥落したら、世界を立て直すことなどできなくなる。
これはソ連、中国も同意見であり、イギリスの援護のために戦力を回すならば、物資はすべて送ると言ってきたらしい。
大盤振る舞いか。
その上で、イタリア、フランスの『イギリスを優先してほしい』といった懇願。
あのドイツでさえ、『イギリスを護ってくれ』と通信してきた。
だが、出来るかどうかは別問題。
状況は厳しい、やっと深海棲艦に対抗できるような戦力を持てたが、それも綱渡りに等しい。
アメリカの陥落により太平洋の守備は、ほぼ日本単独でやっているようなものだ。その上で、敵側も大国が消えたからか、徐々に太平洋の戦力を増してきている。
深海棲艦の戦力は無尽蔵なのかもしれない。
ふいに心を支配する絶望を、高野は拳を握り締めて振り払う。
「敵、新型の『姫級』の撃破を政府としては軍に『依頼』します」
命令ではなく、依頼。
大高も理解している。今の国防軍に余裕などないことを。
すべての軍人・鎮守府・艦娘がフル回転で何とか保っている均衡。
いや、『高天原』は休ませているから、全戦力ではないが。
予備さえ作れない状況の中、何とか綱渡りで保っている状況で、さらに遠くの欧州まで戦力を送れば、どうなるかは素人にも解る。
戦線の崩壊、領海の喪失、さらには本土決戦まで考えられる。
それでも、やるしかない。
例え日本一国が生き残ったとしても、他のすべてが消えてしまったら、待っているのは破滅でしかない。
ひょっとしたら、住みやすい世界になるかもしれないが。そんなことを考えていたら、政治家に祭り上げられるだろう。
やってみて、いかに大変か解る、世界征服。
字余り、と。
「解りました。これより国防軍は政府からの依頼を達成するために準備に入ります」
「ありがとう・・・・・・・その上で申し訳ない。もし『高天原』を派遣するつもりでしたら」
最初からそれしか手段がないのだから、大高も理解しているのだろう。
言ってしまえば、『高天原』は少数精鋭。
国防軍の総戦力と比べたら、数の上では微々たるものでしかない。
ならば、残して防衛に当てるくらいなら、派遣して確実な目標の撃破を考えるべきだ。
条件づけか。あるいは資源に対しての話か。
高野は相手の言葉を予想して答えを考えていると、相手からはまったく別の話が突きつけられた。
「国民の不安もあるため、できれば『二週間』で完遂していただきたい」
「・・・・・・」
その時、高野は自分が間抜けな面をしていると自覚していたが、外面を取り繕うことはしなかった。
「大高大統領。その、耳が遠くなったようなので、もう一度お願いできますか?」
「二週間で戻してもらいたい。完遂までではなく、日本に戻るまでを含めてお願いできますか?」
「・・・・・」
『おい、てめぇ』という単語を、高野は何とか飲み込んだ。
自分を褒めてやりたい。周りの目がある場所で、一国の大統領を軍のトップが罵倒は、マスコミを騒がせる。国民の不安も煽るだろう。
しかし、だ。罵倒するしかないことを言ったのは、相手なのだから少しは許されるかもしれない。
「申し訳ないのですが」
大高の憔悴した表情で、高野は察してしまった。
これは、あれか。以前の八丈島鎮守府空白期間の『薬』が、予想外に聞き過ぎてしまったか。
民間人、軍人、政治家、役人、ほぼすべての日本国民が『高天原』不在時の恐怖を、もう二度と味わいたくないと拒否しているのか。
「解りました」
高野は何とかそう答えた。
答えるしかなかった、というべきかもしれないが。
軍令部に戻る道筋で、高野は思っていた。
『あ、これは荒れるな』と。
予想通り、会議室は憤慨のただ中にあった。
「馬鹿な! 連中は馬鹿の集まりか!」
「欧州だぞ! 英国に行くだけでどれだけの日程がかかるか解っているのか?!」
「あいつらは素人の集まりか! 準備も終わっていない段階で二週間だと?!」
「勝手な理屈と理由を押し付けられる立場になれ!」
「現場の困惑さも理解していないとは」
次々に投げ出される怒声。
飛び交うのは政府に対する批判なのだが、何故か以前のように憂鬱な気分にはならない。
きっと自分が彼らの意見に賛成だから、だろうか。
「総長! 今回の話はあまりに無謀です! 政府に直談判してきましょう!」
「待て! 軍が政府に反抗はまずい! ここは理論的な反対要素を積み上げるべきだ!」
「何を悠長な! 時間が押しているのだろう!」
「そうだ! 『秋津洲』からの情報では深海棲艦が戻りつつある! 動くというならすぐにやるべきだ!」
「待て待て!! 派遣しないなら時間は関係ないだろう!」
「貴様! 政府からの見解を聞いていなかったのか?! 英国陥落は戦後での世界経済の破たんを意味する! 大問題だぞ!」
「貴様こそ解っているのか?! 『高天原』を派遣したら、こちらの後方戦力はゼロに近いのだぞ!」
「各地の鎮守府の戦力も充実している! 以前のような醜態はない!」
「貴様は楽観主義者か?! 充実しているのと『戦線が保てる』では意味が違う! 現在の国防軍の総戦力では『要塞型の姫』が出てきた場合は対処できないだろうが!」
「だからといって英国陥落まで待つつもりか?!」
「そうではない! しかし英国を救った後で我が国が崩壊しては意味がないと言っている!!」
議論は踊る。
これが噂の、『踊る軍令部』か。大捜査線とかいう名前ならば、全国的に好評になっているのだろう。
誰がおっさんばかりの映画を見に来る。映画はヒロインがいてこそだ。
ちょっと待て、高野。しっかりしろ、何を言っている。
自分で自分を説教しながら、しっかりと前を向く。
議論は白熱しており、明確な答えが出てこない。しかし、誰もが理解はしている。
英国陥落は、緩やかに日本を殺す。深海棲艦を倒したとしても、世界は混乱の中に落ちるだろう。
日本が世界を支配すればいい。国連により世界を一本化しての統治。
確か可能かもしれないが、そこに至るまでにどれほどの労力と時間、それに人材が消費されるか。
そう考えれば、アメリカが消えたのは痛いか。
いや、アメリカが健在ならば戦後に再び世界大戦が起きた。これは軍令部の話し合いでも何度も出た結論だ。
あの国は、確実に世界のリーダーであろうとする。他の国のあらゆることを利用して潰してでも。
他の国が消えても何とかできるのは、あの国くらいなものだ。
日本には無理、不可能だ。資源や人材の面からも、世界を引っ張っていくのは無理だろう。
会議室は荒れ続ける。
結局、結論は出ないまま、高野は盛大に丸投げすることにした。
「というわけで、どうにかしてくれ」
『解りました。二週間で終えて戻ります』
「は?」
申し訳ないと切り出した高野に対して、ホシノ・ルリはあっさりと承諾したのだった。
話を聞いた時、彼女は片手に日本酒の一升瓶を持っていた。
「隼鷹、ちょっと」
「へ? 提督?」
片手に日本酒、手提げに杯とつまみ各種。
そっと廊下を歩いて、『何処で飲もうかな』と考えている最中、ルリに見つかって呼び止められた。
「一献、付き合いませんか?」
「・・・・・・ええ?!」
彼女が持っている一升瓶には、ただ一文字だけが書かれていた。
『示』。
バッタ達が作る日本酒の中でも、僅か数本しか生産されない。
厳選された中でも、特に厳しい試験を通ったものにしか許されない、『規範を示す』の文字。
酒好きで、酒のみでも生きていられると明言する隼鷹でも、飲んだことのない一品。
是非もなしについていく彼女に、ルリはフッと笑顔を向ける。
「本当に好きですね。ワイン、ビール、ウィスキーと色々とあるのに、今日は日本酒なんですね」
「そりゃ、今日は休みの締めだからね。ゆっくりと飲もうと思って」
「で、日本酒、と。魂の奥に熱を灯す、日本酒ですか」
一瞬、彼女が何を言っているか隼鷹は解らなかった。
何の話だろうと考えていると、ルリは一室の扉を開けて、中へと入る。
そこにいたのは、長門、鳳翔、高雄、大淀の四人。
こりゃ、難しい話かな、と隼鷹は思った。
吹雪や暁はいない、テラでさえいない中での、秘密の戦略会議。
まだ鎮守府時代、色々と戦術などに詰まった時に、ルリはこの五人をそっと呼びだして話し合いをしていた。
といっても、数えるほどしかないが、重要な場面や考えが纏まらない時には酒盛りを理由に集められることもある。
決して表には出ない話だが。
「・・・・・・軍令部からの話が、それほど難しかったのですか?」
最初に口を開いたのは、長門だ。
艦娘の間の緩衝役、折衝などをそれとなくこなす艦隊の相談役とか言われている彼女だ。
ルリがこのメンツを集めた意味を、察したんだろう。
「まあ、難しくはないですよ」
一升瓶を開けて、それぞれに杯を渡していく。
ゆっくりと注がれる日本酒は、とても澄んだ色をしているのだが、話し合いの内容はドロドロなもの。
「英国の救援のために派遣、敵のボスを倒して戻る。それだけです」
「それだけ難しい話なのでは?」
鳳翔が僅かに目を細める。
日本酒の瓶を見て、少しだけ驚いているのだろう。
「難しい話ではなく、単純です。本当に、今までの作戦の中で、かなり上位に入るくらいに」
「単純な話なのに、提督は煮詰まっているのですか?」
高雄の指摘に、ルリは全員に酌をした後に、自分にも手酌しようとして、長門に止められ、してもらっている。
「ええ、まあ。軍令部からの通達は、作戦名と内容。まあ、作戦名に政府からの色々な意味とか、軍令部の困惑さが含まれていましたが」
「作戦名?」
大淀の疑問に、ルリは小さく頷いて口にする。
「『欧州電撃戦』です」
「・・・・・・は?」
全員が盃を持ったまま、固まった。
「敵新型姫級を撃破して戻る。たったそれだけです。期間は全部含めて二週間」
「それはまた」
長門が言葉を飲み込む。
『また』の後に何が続くか、隼鷹は考えようとして止めた。
目の前には滅多に飲めない酒があって、鳳翔の手作りのつまみまである。
考えることなど、これからどうやって楽しく酒を飲むか、で終わりだ。
「わずか二週間で欧州まで言って、撃破しての帰還。『高天原』ごとの移動ですね」
「とはいえ、航路の間にも襲撃はあるでしょうから、敵の撃破までに許される時間は五日でしょうか」
大淀の考えを、高雄が補足する。
僅か五日で、情報の少ない新型の姫を撃破しろとは、正気とは思えない。
「はい。当初、私は『秋津洲』からの降下作戦を考えていました」
ルリが考えたのは、行きと帰りの航路の省略。
一度、衛星軌道上に上がって、英国上空からの大気圏突入ポッドでの降下し、撃破。
『秋津洲』に搭載されているポッドならば艦娘全員を乗せても、余裕で降りられる。
「しかし、全員を乗せられても『第零種兵装』は搭載できません」
「艦艇を使ってみてはいかがですか?」
鳳翔からの指摘に、ルリは首を振って否定する。
「『秋津洲』の第二ドックの艦艇は、確かに大気圏突入及び離脱能力はありますが、使ってしまうと英国及びヨーロッパ全土に影響が出ます」
彼女の反論に、隼鷹は少しだけ違和感があった。
今一、歯切れが悪い。何時もの彼女ならば、もっとすっきりとした言い方をしているのに。
「提督~~言い訳と建前が必要なメンツじゃないよ」
「・・・・・はぁ、隼鷹って時々に鋭いですね」
軽くため息をつかれ、ニヤリと笑って酒を飲む。
「第二ドックの艦艇は、波動エンジンと対消滅機関を搭載したものばかり。攻撃力も防御力も問題ないのですが、威力的な問題で使いたくないので」
「第零種も同じでは?」
「規模の問題です。艦娘の艤装ならば高威力でも、ある程度の被害ですみます。しかし、あれらは本格的な銀河戦争が戦えるものばかりなので」
なんでそんなものを宇宙に上げたのだろうか。
誰もが疑問を浮かべたのだが、ルリは答えない。
「それに、深海棲艦が波動エンジンや相転移エンジンを使ってきました。これ以上の切り札は、相手のさらなる進化を促す可能性があります」
「だからこそ、使わないと?」
長門の問いかけに、ルリは一部では同意を示す。
「敵の本拠地が判明しない限りは」
「提督、それはまさか・・・・・」
大淀が少しだけ蒼白になる。
この中で、彼女だけが秋津洲にある装備のすべてを知っている。
あんな凶悪なもの使う必要性があるのかと、目線で問いかける。
「推測ですが、深海棲艦の本拠地は深海の底・・・・・・・私はマリアナ海溝の最深部と考えています」
静かに、彼女は、最終作戦の目標地点を示した。
酒は楽しく飲みたいもので、難しい話は後回しにしたい。
後回しにできないなら、さっさと片付けたいのが隼鷹の本音。
「で、提督はどうしたいのさ?」
重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、軽やかに彼女は問いかけた。
「そうですね。私としては『高天原』での強襲、艦隊は八艦隊を順次投入しつつの、敵姫級の撃破といったところですか」
「航路上の警戒と敵の撃破をしつつ、本丸を目指すか。難しい展開になりませんか?」
長門の懸念は尤もなことだが、だからといってやらないわけにいかない。
「なります。しかし、私は皆を信じています。貴方達はテラさんの『駒』です。この程度の段階作戦ならば、混乱なく進められるはずです」
「責任重大ですね」
「だからこそ、貴方達を飲み会に誘って、貴重な一本を出したんですよ」
高雄の苦笑に、ルリは一升瓶を持ち上げる。
「高いツケですね」
「見事に完遂したら、秘蔵のもう一本を鳳翔に預けます。居酒屋でも開いてみますか?」
「喜んで」
鈴の音のように笑う彼女に、ルリも微笑む。
「では、我々の役目は艦娘達のケアですか?」
「はい、長門には何時も負担をかけてしまいますね」
「ご心配なさらずに。意外に性にあっているので」
「では・・・・・・隼鷹、お願いしますね」
最後に念を押すように話を向けられ、彼女は盃を煽った。
「いつもどおり気楽に楽しそうに、不安なんてない酒飲みを演じればいいんでしょ? 大丈夫だよ、提督」
「お願いしますね・・・・・・・それと、全員に言っておきます。私は提督代行ですよ」
最後にお決まりのセリフが出て、後は楽しい飲み会となった。
宴はお開き、ほろ酔い気分で部屋へと戻る隼鷹は、これからの大変さをかみしめながら、軽く笑う。
楽しい酒だった。難しい話を肴に、貴重な日本酒をいただいた。
魂の奥底に熱を灯す。日本酒は飲んでから酔いが回るまで、少しだけ時間を置く。
ゆっくりと、底の方に流れ込んで、じんわりを酔っていく。
「ああ、そっか」
まるで魂の奥底から熱くなっていくように。
これかぁと隼鷹は一人で納得する。
今から始まる作戦の前に、彼女が日本酒を持ってきたのは、このためなのだろう。
カッと一瞬で熱くなるビールではなくて。
気持ちを潤すワインでもない。
まして、心を奮い立たせるウィスキーでもなく、魂を震わせるカクテルでもない。
熱を灯して、体を動かし、どんな問題でも突破できるような気にさせる。
「酒って奥深いなぁ」
一人だけ呟き、歩き続ける。
楽しい酒で、楽しい友人たちだ。
世界はそれで十分、後に必要なものなんてないほどに、今の彼女は満ち足りていた。
いつかこんな日が来ることは解っていた。
でも、それはまだまだ先のことだと思っていた。
だから、今それがあることに・・・。