母は強し的な。
最初に思ったことを、そのまま書いてみました。
ある日、鳳翔はルリに呼び出され、執務室にいた。
「あの提督、お話とは?」
「代行です。いえ、ちょっとだけお話を。実は・・・・」
珍しくルリは言葉に詰まった。
何時もすぐに言ってくるのに、迷うように視線を動かした後、小さくため息を吐く。
「言葉を選んでみようと色々と考えてみたのですが、中々に上手い言葉が思い浮かびませんね」
「どうされたんですか?」
「・・・・実は鳳翔、貴方の『能力』について、言わなければいけません」
ジッと真っ直ぐに見詰めてくる彼女は、小さく頭を下げた。
「ごめんなさい。すぐに気付いてあげるべきでした」
「え?」
「祥鳳や龍鳳は欠片もなかったので、油断していました。瑞鳳と大鳳で打ち止めだと安心していました。そうですよね、貴方は最初の十二隻の一角。本来なら、『貴方の名前』を考えれば、真っ先に疑うべきでした」
相手が何を言っているのか、鳳翔には解らない。
解らないはずなのに、『ああ、ついにこの時が来たのか』と心の何処かで思っている自分がいる。
「艦娘は提督に似る。テラさんの特性を考えれば、吹雪と暁以外で、真っ先に疑うべきは、貴方でした。それを失念していたことを、深くお詫びします」
「提督、何をおっしゃりたいのですか?」
「・・・・・・鳳翔、貴方には『第零種』兵装の適正がありません」
冷水を浴びたような衝撃、ではなかった。
当たり前だ。自分にはそんなものはない。あっていいはずがないのだから、と心のどこかで納得してしまう。
「艦娘であるならば、あるはずの第零種の適正。それがないのは、貴方だけです・・・・・・いいえ、違いますね。貴方には『あり過ぎる』。艦娘としての貴方を壊すほどに」
解っていた。自分の中の力に、テラと同じような『鳳』の翼のようなものが、宿っていることを。
「これを見てください」
ルリが一枚の紙を差し出す。
二つの交差した剣。×の字に描かれた剣の四方には、四つの獣が座る。
「テラ・エーテルさんの、『神帝』としての紋章です。あの人を物語るのは、この紋章と雪の結晶」
九尾九色の狐、九つ首の赤い刃持つ黒竜、金色の体と漆黒の翼を持つ獅子、そして銀と金を織り交ぜた白い翼の『鳳』。
「テラさんの一族の持つ最古のシステムが生み出した、四つの神。それら四つを屈服させたが故に、テラさんの紋章に使われています」
「はい、そうなんですか」
「ええ。名前は意味を持ち、その者を示す。故に私は『鳳』の名を持つ艦娘に注意を払っていました。瑞鳳が凶悪な転移能力を受け継いだように、貴方はテラさんの絶望的な支配力を受け継いだようですね」
ゆっくりと鳳翔は頷く。
知っていた。彼の力の片鱗を自分が持っていることを。
解っていて、知らないふりを通していた。
「鳳翔、貴方がその能力をどう使うかは、私には決められません。けれど、貴方が必要と思ったなら、使いなさい」
「はい。その時、私はどうなるのでしょうか?」
「どうもなりません。その力はすでに貴方のものです。力が体を壊すことは、ありません」
「何故、言いきれるのですか?」
「私自身がそうだからです。私の身にはすでに何割かの力が流れ込んでいますが、全力で使っても私自身は平然としています」
嘘ではないと直感で理解する。
もし、この力を使ったとしても、この身は何も変わらない。
「・・・・・具体的に聞いてもいいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
「私の能力は、支配力とは?」
「・・・・・・」
告げられた内容に、鳳翔は納得すると同時に、全身の血が引いたように感じた。
「例外は、恐らく吹雪と暁くらいでしょう。二人のほうが能力的には、自己干渉を徹底的に排除しますから。ですが、『高天原』は無理です。こと艦娘に関しては、貴方の能力は無敗でしょう。もしかしたら、深海棲艦にも」
「解りました。もし、使う必要性があれば、使用します」
「任せます」
話はそこで終わり。
これは『高天原』が始まって少し経った頃の話。
誰にも話すことはない、鳳翔とルリだけの秘密。
海原を走る。ただ真っ直ぐに、青と蒼の狭間を駆け抜けていく様は、一種の美しさを魅せる。
推力の変更、体の動き、武器の扱い方、航路の選択。
背後についてみると、その凄さがよく解る。
「ついていくだけでやっとよ」
本当に、最初の頃、よく自分はあの人に噛みついたものだ。
生きていることが不思議でしょうがない。
もしかしたら、すでに海の藻屑になっていて、今の自分は死後の夢を見ているのではないか。
「曙! 遅れないで!」
檄が飛ぶ。
視線を向ければ、『あの人』に追従するように朝潮が進んでいく。
「解ってるわよ!」
「なら付いてきなさい! 吹雪さんはもう前よ!」
「解ってる!」
三隻編成。成績や普段の戦い方を見ていた吹雪、暁、白露、長門、大淀が組んだ臨時編成。
最初の宣言通り、提督は何も言ってこない。
ただ後方で万全の補給態勢を整え、『高天原』で予定通りの航路を進んでいく。
任されていることに喜び、多大な期待に体が重く感じる。
自分は、まだまだ新人扱いらしく、最古参と中堅の一角と組まされた。
決定に異論も反論もない。
自分の実力はよく解っているし、まだまだ練度が足りないことも知ってはいるが。
「目の前につきつけられると、本当に嫌になるくらい悔しい」
近づいてきたイ級二隻を魚雷で一掃。けれど、発射時に減速してしまい、大きく遅れた。
「曙! あの程度の敵で減速しないで駆け抜けなさい!」
朝潮から苦言が飛ぶ。
解っている。よく理解している。
まだまだ未熟な自分とは違って、二人は先ほどから減速せずに撃破して進んでいる。
察知、攻撃、撃破、それをまるで流れるように行っていくから、無駄な動きがなく素早く進んでいく。
あれが、艦娘の頂点。『高天原』のトップ、絶対的なナンバーワン。
装備の違いではない。
彼女は自分と同じ装備で、戦艦だろうが、空母だろうが沈める。
装甲の隙間ではなく、相手の砲に砲弾を撃ち込んで誘爆。
あるいは艦載機の中へ魚雷を叩きこんで、爆散させる。
減速しない、弾薬一発で確実に敵を撃破し続ける。
嫌になる。死ぬ気で努力しても、相手はもっと遥か遠くに行くのだから、何時までも追いつけない。
無理かな、あんな人に追いつけない。同じ場所に立てない。
「曙!!」
ハッとして顔を上げる。
彼女の声、前へと向けた視界に映るのは、あの人の微笑み。
「ついて来て! 『貴方の場所はそこじゃない』! 朝潮! 来なさい!」
「はい! 吹雪さん!!」
威勢良く朝潮が答える。
自分は、と答える前に彼女が前を向いた。
見えるのは背中。とても小さい、自分と同じ駆逐艦の背中が、今は大きく見える。
『貴方なら、ここに辿り着けるから』。
何度も見てきた背中。訓練の度に、教導の時に、何度も。
そして、何度も同じ言葉を語ってくれた背中が、今も自分を奮い立たせてくれる。
「すぐにでも追いつく!!」
「それでこそ『血の十字架』を掲げる者だよ!」
彼女は振り返らない。
ただ前に、ひたすらに前に。深海棲艦など物ともしないように、前へと進んでいく。
もう振り返らない。
それはきっと見捨てたのではない。
後ろに必ずついてくる、という信頼の証。
ならば答えよう。
足を前に、砲を持つ手を真っ直ぐ先へ、進め。
「私は駆逐艦『曙』よ! 沈みたい奴からかかってきなさい!」
吼える。相手に叩きつけるように、自分を鼓舞するように。
彼女はまだ先にいる。追いかけるべき背中は、まだ目の前にある。
ならば、後は進むだけ。進んで走って駆けて、追いつくまで。
絶対に追い越してやる。
曙はそう誓い、加速した。
戦況は思うように好転しない。
全員がよくやっているようだが、相手側の戦力が多い。
特に航路を察知されたようで、敵の密度が増していく。
ならば、使うしかないか。
鳳翔は、不意にそう思っている自分を見つける。
「・・・・・提督へ。連絡を」
海原の真ん中で、彼女は息を吸い込み、吐きだす。
『どうしました?』
「使おうと思います。私が前方に行きますので、全員を退避させてください」
『解りました。鳳翔、貴方がどんな存在でも、私達の仲間ですよ』
「ありがとうございます」
小さく礼を告げて、加速していく。
『提督代行より全艦娘へ。左右に展開、正面海域は鳳翔が支えます』
『え?! 一人では無茶ですよ!』
「大丈夫です。私を信じて」
穏やかに微笑みながら、鳳翔は進んでいく。
前方には深海棲艦の群れ。
万は超えているような集団に向かう鳳翔は、単艦でありながら、恐怖も感じずに進む。
『鳳翔、こちらで艤装を射出します。使ってください』
「ありがとうございます、提督。では、遠慮なく使わせ貰いますね」
『ええ、どうぞ。それと私は代行ですよ』
何時もと変わらない返しをされ、鳳翔は相変わらずだと安堵した。
彼女だけは何があっても、変わらないでいてくれる。
例え、自分が周り中から恐れられても、彼女とテラだけは。
艤装が次々に空に舞う。
駆逐艦、巡洋艦、空母、水母、戦艦、潜水艦。色々な艤装が踊る中で、鳳翔は右手を上げた。
『全員の退避完了、恐らく影響範囲はこんなものです』
「はい・・・・・・では」
息を吸い込み、言葉を紡ぐ。
「蹂躙せよ」
手を振りおろした。
その瞬間、すべての艤装が動いた。
魚雷が、主砲が、艦載機が、砲弾が、次々に深海棲艦を薙ぎ払う。
誰も装着していない艤装が、まるで艦娘が纏っているように、動き続けて深海棲艦を沈めていく。
誰も言葉を発しない。爆発の音だけが響く海域の中で、鳳翔は前だけを見つめ続ける。
鳳翔が手に入れたもの。
絶望的な支配力の果てのあるものは、『艤装の強制操作』。影響範囲内にある艤装は、すべて鳳翔の支配下に置かれる。
妖精たちでさえ、『そうしなければ』と動き出すほどの強制力を持つ能力は、言いかえれば艦娘が艤装を纏っていても、その操作権をはく奪することが可能なほど強力なもの。
そして、徐々に影響力を高めていく力場は、深海棲艦の同士討ちさえ行い始めた。
装着者の意思を無視して、味方のはずの存在に攻撃を行う。
あるいは自爆して深海棲艦を砕く。
ル級の砲がヲ級を攻撃し、反対側ではイ級同士が噛み合いを始めた。
味方同士でつぶし合う深海棲艦を見下ろすように、鳳翔は進んでいく。
きっと、これで恐れられる。艦娘達から敵視されるかもしれない。
なんて思っていない。きっと彼女達のことだから。
『すげぇぇぇぇぇぇ!!! さすが『お艦』!!』
『鳳翔さんマジでお母様!』
『うん、鳳翔さんは皆のおふくろさんだから、逆らえないんだよね。妖精達も解っているじゃない』
『鳳翔さん! 今度から『母上』って呼んでいいですか?!』
うん、彼女達はこう言ってくると思った。
怖いとか恐ろしいとか、味方に向けないのは、とてもいいことだ。
いいことなのだが、よく考えずに楽観しているのは、どうにかならないものだろうか。
もっと教育をしないと。いや、そもそもこの思考がすでにお艦だといわれる所以になっていないか。
「はい、皆さん、今は作戦中ですよ。私語は謹んで」
『はい! 母上様!!』
全員から一斉に返された。
吹雪や暁さえ言ってくるのだから、もう喜んでいのやら、悲しむべきなのやらだ。
「けがしたら怒りますからね」
『はい!』
元気のいい返事に、『まあ、いいでしょう』と鳳翔は思うことにした。
報告が上がった時、高野は軍令部の作戦室にいた。
「なんだと? 深海棲艦の姿がない?」
『出撃した艦娘達が一匹も見ていないそうだ』
沖田からの報告に、高野は怪訝な顔を向ける。
何故だ、太平洋から姿を消すことがなかった相手が、今は一匹も見当たらないとは。
他の鎮守府はと質問する前に、部下が報告を上げてくる。
「すべての鎮守府から、『深海棲艦見ズ』と報告が上がっています」
「まさか、奴ら何処に・・・・・・・しまった!!!」
瞬間、理解した。あいつらは、これを狙っていたのか。
高野は全身の血が凍りついたように、震えてきた。
「総長?」
「・・・・・・『高天原』を釣る囮だ」
「な?!」
「奴ら! 英国を餌にして、『高天原』をおびき寄せて、前後から挟む気だ!」
「まさか、そんなことを?」
「太平洋と違い、欧州には『陸地』がある。前後から挟撃されたら、いくら『高天原』でも回避行動を取れん」
やられた、と高野は唇をかむ。
深海棲艦は用意周到に、『高天原』を撃破する作戦を準備していた。
じっくりと、ゆっくりと周り中の国々を揺さぶり、英国を救うしかないと思わせるように。
そして、ノコノコと釣られた相手に向けて、全戦力を差し向ける。
太平洋なら強力な攻撃は、大気圏外へそれる。しかし、陸地のある欧州では攻撃は限られてしまう。
陸地があるから、他の国に近いから、射線に注意して、撃てない。
やられた。
深海棲艦は、全兵力と同時に周り中の国々を人質にして、『高天原』の全戦力を封じ込めにかかった。
「すぐに通信を! 量子通信ならば届くはずだ!」
「はい!」
部下が走り、すぐに通信機が起動、回線がルリへと繋がる。
彼女は高野の予想を聞き、さらに秋津洲に確認させた後、ニッコリと笑ってとんでもないことを提案してきた。
『好都合です』
「は? 何を言っている。すぐに撤退を」
『いいえ、私達はこのまま進みます。そちらは進撃してください』
「馬鹿を言うな! このままでは君たちが・・・・・・」
『高野総長、私達は沈みません。あなたとの約束を果たしてない以上は、絶対に戻ります』
微塵も揺るぐことなく、また怯えている様子もない。
悲観的になったのか。それはない。彼女はまだ、本来の戦力を使っていないのだから。
ならば、彼女は本当にこれを『好機』と捉えているのだろう。
『秋津洲に『高天原』級艦艇が四隻あります。降下させますので、使ってください。バッタ達も配備済みです』
「まさか、君は最初から考えていたのか?」
『さて、海上基地用の『マクロス』級も十二隻ありますので、そちらも下ろします。臨時鎮守府には好都合な艦艇ですよ』
「・・・・・しかし、君たちの兵力は使わせないのではないか?」
『それについては一つだけ訂正を。それらはすべて明石が、この世界の物質で作ったものです。我々『サイレント騎士団』のものは、一つも使ってないですよ』
「なん・・・・だ・・と?」
高野はようやく言葉を吐きだせた。
彼女はなんと言った。
まさか、あれだけの大戦力を建造しつつ、日本に物資を回していたのか。予備まで含めて。
『クス・・・・・・高野総長、私たちが本来の兵力で使っている物資を考えれば、一惑星クラスなんて微々たるものなんです』
普通、百隻単位での建造になるので。彼女の告げてきた内容に、高野は呆けた後に笑った。
「では、遠慮なく使わせてもらう。いいんだな?」
『はい、そちらは進撃してください。囮は我々が引き受けます』
「では頼んだ」
『それでは』
通信が閉じた後、高野は素早く命じていく。
「反撃開始だ! 今こそ深海棲艦の領域を根こそぎ粉砕する!!」
「解りました!」
部下が走り去る背中を見送り、高野はイスに深く腰掛けた。
まさか、彼女はひょっとしてこの状況を読んでいたのか。
さすがにそれはないか。彼はそう思い笑ったという。
激戦は続く。
もう止めたいと願っていても、争いは終わりが無いように。
今日も何処かで命が消えるのならば。
私は今日も、命をかけて、命を救う。