少しでも楽しんでいていただければ、幸いです。
終わりが近いので、いつも以上にハッチャケました。
艦娘の影が薄くなる、これはまずい?
戦場において、最も危惧すべきものは。
戦略家に問いかければ、それぞれに答えは返ってくるだろうが、ルリはこう答える。
『背後を突かれること』と。
前線を押し上げることも支えることも、それほど難しいとは考えない。
補給路を整えることなど、初歩の初歩だ。補給線を無視した展開など、軍人以前に人間としてどうかと辛辣に語る。
味方の損害、敵の撃破数、気象条件など。色々と不確定要素がある中で、彼女は『すべてデータとして把握できる』と言い放つ。
些細なこともすべてデータとして集めて、戦場すべてを見通すように戦力を配置していく。
二手、三手どころではなく、年間通しての先を見通すほどの技能を見せる彼女でも、身落とすことはある。
『ルリ君は、意外なものを見落とすよね』。
『大戦力ばかりを扱っている弊害だろうが。ルリ、通った後に伏兵がいることも知った方がいい』。
かつて、とある人物に言われたことが、脳裏をよぎる。
「戻った艦娘から補給と整備を。明石、夕張、まだまだ元気でしょうね?」
『はい! 二十四時間働けます!』
元気よく答える明石の両手は、すでにスパナを持っていたりする。
『私達は大丈夫ですけど、物資の方は・・・』
「問題ありません。秋津洲に降ろさせます」
夕張の心配を一蹴し、ルリは『高天原』のデータを表示させる。
すでに全機関は最大稼働中。
推進機もアイドリング正常、全力稼働発揮可能。
フィールド出力も最大で固定。
全武装の補給も完了。
「提督! 高野総長です!」
「繋いでください」
大淀から回された通信には、苦渋の顔をした彼が映った。
『すまない、ルリ君。どうやら我々は、隙を突かれたらしい』
「いえ、私も迂闊でした。そちらの戦況は?」
『前線は後退させるしかないが、主要海域はマクロス級の鎮守府に抑えさせた。『高天原』級の四隻を戻して、敵本拠地を叩く』
「解りました。こちらも全員を収容次第、戻ります。時間的には二日ほどで、何とかします」
『頼む・・・・・こちらは、多くの軍人と艦娘が浮足立っている』
無理もない、とルリは拳を握る。
相手は、元軍神。もう亡くなっているとはいえ、今の軍人たちには憧れの存在でもある。
多くを学び、多くを教えられた人物。
それが今回の敵。
自分だったら、真っ先に両手を上げるだろう。
けれど、彼は揺るがない。
『民を国を護れ。そう教えられた。ならば、私はそれらを脅かすならば、例え親だろうと殺してみせる』
怜悧な瞳を向ける男に対して、ルリは深々と頭を下げた。
彼は軍人だ。
人間である前に、国家と国民を守る矛であり、楯である軍人であった。
「高野総長、必ず間に合わせます」
『ありがとう、ルリ君。では、戦場で』
「はい、戦場で」
通信が閉じた。
「全艦娘収容完了しました!」
「『高天原』回頭! 最大戦速にて戻ります! 目標! 敵深海棲艦本拠地!」
二匹の巨竜が吠えながら、戦船が鳴動した。
何度も願ったことがある、何度も祈ったことがある。
どうか、健やかに育ってほしい。
どうか、穏やかに進んで欲しい。
何事もない世界で、退屈だと思いながらも、平穏無事に生きていくことが、最も幸せなのだろう。
「敵部隊接近。四つです」
「なるほどな」
モニターに映された影は、反応の大きさからよほど巨大なもの。
恐らく、『高天原』と同じ船。量産されていたとは驚きだが、所詮は大型の船舶程度。
確かに対空火器などはあるだろうが、ハリボテに等しい。
『高天原』が深海棲艦相手に有利に戦えているのは、バッタ達が高性能なためと疑似的に艦娘と同じ能力を持つが故。
それが配備されているのは、一番艦のみ。
後は人間が動かしているため、性能は五割がいいところだろう。
「やりようはある、か」
当初は、あれのおかげで随分と混乱させられたものだが。
「敵部隊の足止めは良好です」
「御苦労」
忠実な部下というのは、戦場においてはとても好ましく、頼もしく。
同時に、厄介だ。
指示を出せば確実に実行するのだが、指示を出さなければ動くことはない。
元々が怨念の塊のようなもの。今のように組織だって動くことのほうが、稀有なものなのかもしれないが。
戦略に従い領域を進み、戦術に従って敵を撃破していく。
初期の作戦目的は完遂している。
中期の目的は、ほぼ達成された。
しかし、最終目的の時点で邪魔が入った。
『高天原』、あるいは『サイレント騎士団』。
血の十字架を掲げる、最狂にして最悪の戦闘集団。
彼らが全力で介入したならば、目的の達成は難しい。
いや、確実に達成することはできないだろう。
けれど、彼らは何を思ったか、戦力を出してこなかった。
艦娘を鍛え、軍人たちの裏側に暗躍して、そして今に至る。
「助かったというべきだろうか」
「何か?」
「いや、何でもない。戦力を出し惜しむなよ」
「はい」
答える彼女に、小さく謝罪を口にしかけて、止める。
最初から解っていたことだ。
すべてを憎んで、過去の想いを踏みにじられた苦しみを吐きだし、世界すべての人類に復讐しようと動いた。
かつて、自分が護ろうとしたものを、壊してしまうほどに。
あるいは、かつての自分が護りたかったものを、これからも護るために。
「どう思う、『神帝』殿。いや銀河皇帝陛下と呼ぶべきかね?」
自虐的な笑みを浮かべて男―東郷平八郎が問いかける。
「貴方はそれを選択して、どうするつもりなんだ?」
彼は、そこにいた。
全身を装備で固めるでもなく、巨大な剣一本だけを右手に持って、まるで散歩するような格好で。
「どうもせんな。私は私の目的のために戦うだけだ。君だってそうだろう?」
「俺は、そんな大層なことを考えているわけじゃない。世界なんて、救うつもりなんてないさ」
「言ってくれるな。『神帝』と呼ばれた君ならば、叶えられない願いはないのではないか?」
「俺にだってできないことはあるさ」
そう答えた彼は、剣を左手に持ち替える。
「確か、『光滅』だったか? 斬ったものすべてを滅ぼす神剣。人も神も、運命さえ例外ではなく」
男の言葉に、彼は左手に持った剣に右手を添える。
「ここで貴方を倒したほうが、世界のためにならない。解っているけど、倒しておくべきだって、思えるよ」
「正しい。どちらも、正解だ。けれどな、『神帝』。おまえは強すぎる。強すぎて、周り中が霞んで見える。立ち上がる気力さえ無くすほどにな」
何処か嘲笑うように告げる男に、テラは剣に添えていた右手を離す。
「貴方を倒すのは、俺じゃないらしい。でも、それはとても辛い道だよ」
「解っているさ。だからこそ、俺たちはここにいる」
苦笑する彼に対して、テラは静かに頭を下げて消える。
「人の願いを叶える神様か。あるいは、『トラブル・メーカー』。本当だったんだな」
彼がいた場所を見つめながら、東郷平八郎は呟く。
『神帝』の噂は、聞いていた。
この世界に生まれ落ちた時に、多くの存在が知っていた話。
初代の激情をそのまま子孫が受け継いで、様々な可能性を集めて怨念を晴らすために存在し続ける。
まるで深海棲艦だな、と思った。
すべてを憎み、世界を壊そうと考え、あらゆる者を殺し続ける。
だというのに、彼らの一族は世界に対して何かをすることはない。
世界の裏側で、何処かの街の片隅で、戦い以外は平穏な人生を送る彼らは、戦う術を磨きながらも、表に出ることはなかった。
『神帝』が例外であり、他は今も平穏の中にいる。
もし、彼らの大切なものに手を出したのならば、その圧倒的な力を持ってすべてを薙ぎ払うだろう。
しかし、それではだめだ。
個人がすべてを決める世界など、あってはならない。
だからこそ、だ。
彼はそう願った。
高野五十六にとって、東郷平八郎は憧れであり目標でもあった。
言葉では言い尽くせない、軍人としての心構えを教えられた人物。
それが敵とは。
やりづらいというのが正直な感想だ。
深海棲艦の親玉でなければ、絶対に敵対したくない相手。
なのに、戦わなければならない。
しかも勝利が最低条件。
逃げだしたいと考える軍人は、多い。
今も戦い続けているのは艦娘の誰もが逃げ出していないから。
東郷元帥の名は、艦娘の中でも絶大な効果を発揮している。
最初は、敵の親玉の名前が知れ渡ったときには、戦えないと言いだした艦娘は大多数だった。
けれど、深海棲艦が出てきたことにより、護るべき者を思い出して立ち上がった艦娘は、全員だった。
誰一人かけていない艦娘達を前にして、『無理だ』と逃げ出せる軍人はいなかった。
今までも矢面に立たせて戦っていたのに、相手が軍神と解った途端に逃げ出せるわけがない。
『逃げ出したいといったら、おまえは笑うか、高野』
出撃前に沖田は、私的な通信でそう言っていた。
『あの馬鹿ものが、今度は何をやっているのか』
モニターを睨みつける井沢は、東郷元帥を平然と殺せるだろう。
さすが、かつての海軍の重鎮。
『伝説の軍人を倒した男か。憧れるね』
斎藤は高笑いさえして出撃していったが、とても頼もしい。
『私は軍人です。命令さえあれば、例え相手が神でも倒して見せますが』
最初の頼りなさは、綺麗さっぱり消え去った矢車に、心強さがうかがえる。
状況はかなり不利。心理的圧迫もかなりある。
けれど、誰も逃げ出さない。
気合は十分、士気は徐々に上がりつつある。
けれど、気持ちだけで何とかなるほど戦況は優しくはない。
一進一退。前に進めば押し戻される。押し戻されたら、押し返す。
敵の本拠地に対して、一定の距離までは進めるのだが、それ以上は進めずにいるのが現状だ。
何か打開策は。
高野が思考を巡らすが、そう簡単に打開策などあるわけがない。
戦力は出し切った。
予備戦力も使い続けている。
武器も弾薬も出し惜しみしていない。
残るは。
『かもです! ホシノ・ルリ提督代行の許可が下りたので、おろします!』
「は?」
通信が繋がり、唐突に秋津洲が映った。
『戦闘海域にいる全艦娘へ! 戦略級兵器が下ります!』
「ちょっと待て!! まさかあれらを下ろすのか?! どれから下ろす?!」
『はい! 全部です』
全部。
高野の脳裏にその単語が駆け巡り、ルリから教えられた情報が次々に浮かんで行く。
明石と夕張が頑張って作った兵器群。
一つで小島くらいは消せると言っていた彼女に、何で作ったと言い放ったのはいい思い出だろうか。
『行きます! マジンカイザー! 真・ゲッター! ゼオライマー! ガンバスター! ネオ・グランゾン!』
「待て待て待て!! 地球を壊すつもりか!!」
『そして真打ち!!! イデオンゴー!!』
「おまえらは何をしていたんだぁぁぁぁぁ!!!」
高野の叫びと同時に、海域に巨人が舞い降りた。
その日、終焉が始まったと、多くの軍人が語ったという。
深海棲艦の集団を薙ぎ払い、艦娘の前に立つ姿は確かに心強かったかもしれない。
けれどだ。まるでアリを払うように、敵を撃破し続ける巨人に対して、味方は恐怖を抱いていた。
『でも、海域を支えるだけで、動かすなって命令されています』
当然だと、高野は思った。
あんな巨大戦力を自由に動かされたら、とてもじゃないが地球が持たない。
『オリジナルの一割でしかないって、明石が悲しんでいたけど』
「ああ、そう」
もう何て言っていいか解らない。
あんな強力な戦力が必要な、テラ達の世界とはどんな場所なのか。
いや、待った。彼らは『宇宙人』と言っていなかったか。
それは宇宙の何処かで、あんな戦力同士が戦っているということか。
考えが至り、高野は強烈な寒気がしてきた。
戦争が終わったら、テラには十分に言い含めようと。
ルリにも懇願しておこう。
決して、自分達の地球に攻めてこないように。
予備戦力投入。
これで秋津洲に残されているのは、何もない。
万が一の場合は、艤装本体を大気圏に突入させて、変形して巨大なロボットに、といった手段はない。
明石と夕張が何やらやっていたが、計画を承認した覚えもなければ、やりなさいと命令した記憶もない。
「さて、これでこちらの手札はすべて晒しました。後は気持ちの問題ですので、やりますよ」
「はい!!!」
全艦娘の気合を受け、ルリは微笑む。
「では、かつての軍神に見せてやりましょう。未来を願う者の力と希望を」
「応!!!!」
気合も士気も十分。後は結果を持ってくるのみ。
一方、それらを見た東郷平八郎はポツリとこぼした。
『おまえら、やり過ぎって言葉を知っているか?』と。
決意を形に。想いを胸に。
魂を示すために。
ここにいる。