少しでも楽しんでいていただければ、幸いです。
やり過ぎました、反省してます。
後悔は、してません。
たぶん?
うん、やり過ぎって言葉は実際に現実になると、とても陳腐なものらしい。
「ハリボテか」
東郷は、そう口にした。
装甲はそれぞれのオリジナルに近いものがあるが、主動力は偽造して似せているだけ。
明石が反物質や対消滅機関などを作れたとしても、積み重ねた年月の差が出力と安定性に出ている。
戦闘行動はできている。
実際に深海棲艦の大多数を撃破して、こちらの勢力範囲を削っている。
けれど、だ。出現地点から一歩も動いていない。その上、動きも徐々に鈍くなっていく。
時間制限付きのスーパーロボットは、ハリボテに等しい。
壁にはなるだろうが、攻撃能力についてはゼロに近づいていくだけで、驚異にはならない。
いや、と東郷は考えを変えていく。
ホシノ・ルリは、そんな中途半端を許すわけがない。
姿形を似せたとして、完全でないものを切り札として置いていくわけがない。
実際にマクロス級はきちんとオリジナルと同じ戦力を保持している。
ならば、あれは『わざと』ということか。
動けないのではなく、動かさない。戦闘能力が低下していたのではなく、制限をかけた。
あくまで主役は艦娘であり、それ以外は脇役。
彼女が最初に言ったように。
違うな、テラ・エーテルが最初に言ったように、か。
「おかげで助かったというべきか」
最初にあれらが出てきた時は、このまま終了かと諦めかけたが。
「噂どおりだよ、巫女殿。戦力を持っていても、君は艦娘以外で戦闘に決着をつけることはない。主の命令どおりにな」
彼女は絶対に主に命令に背かない。
例え自分が死ぬことになっても、彼女は命令を護り続ける。
聞いていた話の通りだ。
おかげで、こちらの目的を達成できる。
「夢をかなえるために生きる。誰の言葉だっただろうな」
東郷はそう呟き、静かに瞳を閉じた。
巨人の介入により、戦線の維持は可能となった。
けれど、維持だけだ。押し返すためには、艦娘達の力が必要になる。
「敵の数は増加の一途をたどっています。このままでは、こちらの物資が先に干上がる危険性が」
「しかし、後退は許されない。戦力の大半がここにある以上、もしも後退すれば後はジリジリと敵の勢力圏を広げるのみだ」
「だが、押し返すだけの戦力がない」
軍令部にてモニターを睨みながら、参謀たちは意見を口にしていく。
確かに、『高天原』級の四隻はよくやっている。
いくら戦略級兵器を投入したとはいえ、相手に押されずに受け流し、戦線を膠着にまで持っていった。
しかし、次が続かない。
「『高天原』が到着するまで持ちこたえればいい」
「しかし、二日だ。四十八時間以上の時間、戦い続けるのは難しい」
「予備戦力はない。傷を負った艦娘を後方に下げていけば、いずれ戦線は押し戻される」
ルリの切り札は、一時的な士気の向上にはつながっているが、戦力が圧倒的に上がったわけではない。
『時間稼ぎでしかない』とは、彼女が言ったことだ。
過剰な戦力は、それだけで人の心を堕落させる。
個人がもたらした平和ほど、容易く壊れるものはない。
だからこそ、大勢で勝ち取ったものに意味がある。
ルリが言っていたことを高野はよく理解している。しかし、だ。理解はできるが納得できない部分もある。
民と国を護るためならば、手段を選ぶべきではない。
自分の冷静な部分が、小さく責め続ける。
今すぐあの巨人たちに押し込ませ、全戦力で敵の本拠地を制圧すれば、勝てる。
甘い誘惑が囁く。
すべてルリやテラに丸投げしてしまえば、戦備を消費しなくて済む。
武器・弾薬が減らなければ、戦後の世界経済で優位に立てる。
圧倒的な軍事力を背景にすれば、世界の誰もが日本に従うはずだ。
グルグルと欲望が頭の中を回る。
甘い考え、都合のいい事実。突き詰めれば、自分はそんな程度の男なのだろう。
しかし、だ。例え生まれ持った性分がそうだとしても、それだけが自分のすべてではない。
今まで生きてきた時間が、出会った人たちが、先人たちの教えが、今の自分に『否』と言わせる。
他人の力で得たものに何の価値がある。
敗戦に勝る屈辱ではないか。
見ているだけで終わった戦争は、何の価値や戦訓も与えずに消えてしまう。
命が砕けていった。
無念の中で死んでいった者達がいた。
ならばせめて、その命に誇れる自分でいたい。
いつか彼らの前に立った時に、『君たちの死は決して無駄ではなかった』といえるように。
彼らが誇れるような、そんな自分でありたいから。
「押し返すぞ」
「総長?」
小さく絞り出した声に、全員が振り返った。
一人一人の顔を見つめる。
もう長いこと、共に過ごしてきた者達ばかりだ。
気ごころの知れた、時に暴走して迷惑をかけてくるが、最後には立派な軍人として進める者達だ。
「押し返すと言った。敵の本拠地はあそこだ。ならば、この戦が最後の一戦。最後の最後まで『高天原』のバカものに華を持たせるつもりか?」
ニヤリと笑い、高野はモニターに手を向ける。
「違う。断じて譲らん。最後の最後まで頼って、何の軍人だ。我らは全員が一丸となって戦っている。違うか?」
「・・・・・・・物資の目録を持ってこい! 絞り出してでも前線へ回す!」
「各地のマクロス級からも集めさせろ!! いざとなれば国防軍の全装備を出しつくす!」
目的が決まれば、後は動きだすのみ。
誰も文句を言うことなく、自分が出来る最大限のことを始める。
「勝つぞ、諸君。勝って・・そうだな、無駄飯ぐらいといわれる毎日を送ろうではないか」
「それはいいですね、総長」
「我らが暇になれば。そんな世界が待っているのですね」
手を動かし、頭を回転させながらも、全員がそう答える。
日蔭者であれ。
武器を持つ者が感謝される世界は、きっと戦いが続くばかりの、悲惨な時代なのだろう。
今がそうならば、終わらそう。
日蔭者と、自分達が言われるような世界に。
ならば世界はきっと、平和なのだから。
時計の針が、進む。
何時の世も平等に、誰に対しても正しく正確に。
一分一秒が惜しい時も、速く過ぎてと感じる時も。
常に時間だけは平等に過ぎる。
海面を跳ねる砲弾が、頬をかすめる。
誰かの叫び声がかき消され、魚雷の爆発が青い海を黒く染め上げた。
回避、避けろ。攻撃だ、前に進め。
怒声が爆音に消され、慟哭が空を裂く。
一歩も引かない、一歩も進めない状況の中で、縋りつくのは隣にいる戦友の姿。
仲間が耐えているのに、自分だけが泣き言をいうのか。
答えは否。
仲間が進んでいるのに、自分は立ち止まっているのか。
答えは否だ。
誰も諦めていないから、自分も諦めない。
深海棲艦の巨大な集団に対して、艦娘達が絶望せずに戦っているのは、仲間の姿に勇気づけられるから。
そして何よりも、背後にいる軍人たちの想いのため。
誰も諦めていない。
相手の首魁は東郷平八郎、今の軍人で知らない者はいない軍神。
憧れて、その姿を追っていたはずなのに、誰もが両手をあげて降参していない。
艤装が傷つけば、すぐに新しい艤装が用意され。
弾薬がなくなれば前線だろうと、届けてくれる。
敵の砲弾が降ってこようと、魚雷が迫ろうと関係なく、彼らは物資を届け続けてくれる。
だから、艦娘達は前を向く。
後ろを振り返る必要などなく、前だけを見つめて。
最初は時間を気にしていた艦娘達が、徐々に時間を気にしなくなった。
『高天原』が来るまでの時間稼ぎが、来るまでに終わらせると思えるようになっていく。
『日蔭者になろう』。
高野総長が告げた言葉は、多くの軍人・艦娘に伝わっていく。
英雄になりたいと考える者はいる。
反発したりする者だっているだろうに。
彼はそう告げて笑っていた。
そうか、と誰かが理解を示す。
彼はもう嫌なのだろう。
戦い続けることに、誰かが傷ついていくことに。
軍人だから、艦娘だから、それが当たり前だというしかない現実が。
だから、平和を求めている。
英雄になれなくてもいい、日蔭者と蔑まれてもいい。
人が人として生きていられる、そんな平和な世界であるのならば。
なら、進もう。敵を倒して、傷を背負いながらも、前に進んでいく。
彼が望んだ世界を、多くの人の笑顔のためにも、叶えるために。
吹雪もその一人だった。
建造されてまだ日の浅い、特型駆逐艦一番艦の吹雪は、両手で構えるように主砲を持って、戦場を駆けて行く。
脳裏によぎるのは、『高天原』の吹雪の姿。
圧倒的な存在感と強さで、艦娘達の頂点に立つ、自分と同じ姿の彼女。
教導で偶然に会った時に、どうすればそんな強くなれるかを聞いたことがあった。
『大切なものを護りたいから。あの人は何時だって、前を向いて進んでいくから。だから、私もそうありたいと思って進んだだけです』。
当たり前のように言った彼女に、自分もそうありたいと願った。
だから前に。強くなりたい、もっと速く動きたい。
前へ進むために。
「吹雪ちゃん!!」
遠くから仲間の声がした。
ハッとして横を向くと、そこにはレ級がいて、砲塔が向いて。
あ、ダメだ。砲弾が見える、周り中が音を無くしたように静かになった。
回避は不可能、当たる。
怖い、沈んでしまう。もっと前に行きたかったのに。
一瞬、泣きそうになった顔を、彼女は止めた。
ここで終わりならば、せめて毅然とした態度で。
前に進む気持ちを失わないように。
砲弾を睨みつけた吹雪は、最後の瞬間まで目を開いたまま。
「よくできました」
「え?」
砲弾が、消えた。
疑問を浮かべながら向けた視線の先、彼女が凛として立つ。
「さすが、『吹雪』です。それでこそですよ」
「あ・・・・・・」
右手に剣を、左手に主砲を。穏やかに微笑む彼女は、『高天原』の吹雪。
「全艦娘へ!!!」
そして彼女は、前を向いて剣を掲げる。
「これより我ら『高天原』は戦線に参加します! 前へ進む意思を失っていない者は『吹雪』に続け!!」
雄叫びが海上を揺らす。
小さな背中が、海面を走りだす。その背を追って、多くの艦娘と艦艇が走りだした。
目的地は、深海棲艦本拠地。
狙うは東郷平八郎。
よく持ちこたえた。
奇跡だ。
そんなちっぽけな言葉は、ルリは絶対に口にしなかった。
「当然のことですよ」
たった二日。切り札を投入したとしても、あの人達ならば持ちこたえられると確信していた。
「全艦娘の兵装自由! 第零種もすべて投入しました!」
「さすが、明石と夕張。あれだけの損傷を二日で完全修理ですか」
モニターの中、目を回して倒れている二人に対して、ルリは小さく称賛を贈る。
懸念事項は艤装の損傷のみ。
後は、心配さえしていなかったが。
「さすがに間に合わないかと思いました」
「大淀、内緒の話をしてあげましょう。私もです。明石と夕張を信じていなかったわけじゃないですが」
「欧州棲姫相手に近接武装ばかり使っていましたから。ほとんど新規製造だったみたいですよ」
壊れているから、修理するよりは新しく造ったほうが速かったわけか。
何となく間に合った理由を察して、ルリは余計によくやったと褒めたくなった。
残りの日数と物資を考えて、瞬時に製造に踏み切った二人の慧眼のおかげで、全艦娘が万全の状態で投入できた。
「見なさい、東郷平八郎。これが、貴方達の『未来』です」
貴方の目的は知っています。
愚かだと言えません。
馬鹿だとは思えます。
けれど、貴方の想いを否定できることは、出来ない。
「もし立場が違っていたら、私も同じことをしていましたから」
きっと、そうだろうとルリは思っていたから。
未来を知って絶望したことはあるか?
あるのなら、どうすればいい?
答えはたぶん、決まっているのかもしれない。