少しでも楽しんでいていただければ、幸いです。
感情が先走りました。
後悔少しです。
頭が痛くなる。
またあの時のことを思い出してしまう。
死んだ後に、興味本位で世界を見てしまった時のこと。
日本という国が滅びたこと。
自分達の保身のために、必死に戦った者を切り捨てたこと。
誰かを助けるために戦地に向かった者に対して、『犯罪者』だと罵っている多くの人たち。
『おまえらのための迎えはない』と言い放ち、汚れた軍服のまま一般人と同じ航空機に乗せたこと。
多くの現実が突きつけられ、最後には拳を振るっていた。
こんな世界のために戦ったわけではない。
他者を押しつけて悦に浸る者のために、命をかけたわけじゃない。
「ああ、夢か」
そう呟きながら、東郷は顔を右手で覆う。
嘘だと叫びたかった。幻だ、悪夢だと否定したかった。
けれど、どれも現実。
自分が守った、戦友が命と引き換えに支えた国が、過去のすべてを『悪い』と言っている、最悪の悪夢。
壊してやろう、そんなものならば、いっそのこと自分が。
「消してやる、そんな奴らだけならば、消してやる」
ニヤリと笑い、東郷は右手を顔から外して、前を向く。
壊して消して滅ぼして。
後には綺麗になった大地で笑ってやる。
けれど、もし、あの時の想いが残っているならば、大火となって人々の心に宿っているならば。
自分は・・・・・・・・。
自分が夢を見ていると、自覚する。
唐突に、空に漂っているような気配の中で、ここが夢だと理解してしまう。
沈んでいるような、浮かぶような、上下のない曖昧な空間の中で、夢を見るように過去を思い出す。
裏切りの果てに、多くの仲間を失ったこと。
必ず助けると言った者達が、二度と戻ってこなかったこと。
必死に生き抜いて辿り着いた先で、爆撃されたこと。
二度と思い出したくなかったことが、目の前を通り過ぎて消えていく。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
自分の絶叫で目が覚める。
開かれた視界は無機質な部屋の壁、それに機械的な何か。
「気がついた?」
かけられた声に顔を向けると、入口らしい場所の左右に少女が二人、立っていた。
見覚えがある顔だ。確か、この二人はと考えている先に、思い出した。
「霧の?!」
咄嗟に体を離すように、体にかけられていたらしいシーツを握り締めて引き寄せる。
もし二人が本当に、『霧の艦隊』の『伊401イオナ』と『超戦艦ムサシ』ならば、こんなもの無意味でしかないのに。
「霧? 私達のオリジナルを知っている?」
「姉様、彼女は転生者なので、原作を知っているのでは?」
「どちらなのか疑問があるけど。貴方が目を覚ましたなら、連絡しておく」
誰に、と問いかけれない。
言っている意味が解らない。オリジナルとは何の話だ。
彼女達は見た目が完全に、イオナとムサシだ。
私達の世界を閉鎖した、あの憎たらしい霧の。
「え?」
私達と自分は思ったのか。
違う、あれはマンガの世界で。いいや、現実として向かってきた。
「記憶に混乱が見られますね。やはり、魂を融合させられたようです」
「無理もない。あの神は面白半分だったから」
「非常なものですね。死してなお、安らげないとは」
「死こそが苦痛という考えもある。アリア、連絡はとった。案内をする」
「はい、ではどうぞ。『異邦人』殿」
ゆっくりと差し出された手に、恐怖を感じてしまう。
メンタルモデルの怖さは、現実として知り、創作物として実感している。
人間など、片手で殺せる。
「来ないの?」
首を傾げて見つめてくるイオナに、ムサシ―彼女はアリアと名乗ったか―が言葉をかける。
「怖がっているようなので、私たちが先に行きましょう。扉が開いていればついてくるのでは?」
「そうしよう。時間があまりないらしい」
「珍しいこともあるものです。あの巫女様が慌てているとは」
「覚醒までの時間の読み間違え。単純なところでポカするのは、ルリの悪い癖」
「ああ、そうでしたね。しかも、時々しかやらかさないから、忘れていました」
「ん、それが最も悪い癖」
会話をしながら部屋から出ていく二人。
誰もいなくなった室内を見回すと、医務室のような印象を受けるが、薬品棚などは何処にもない。
ここにいても何もできない。
仕方無く二人の後をついて部屋を出ると、長い廊下が迎えた。
それと、一人の女性。
「初めましてといえばいいですか? それとも、私を知っていますか?」
「ホシノ・ルリ・・・・・ナデシコのオペレータ」
「違います。なるほど、貴方はその世界線から来ましたか」
考えこむ仕草をした彼女は、やがて手のひらを上に向けた。
「貴方には選択肢がいくつかあります。一つ、深海棲艦として再び私達の前に立ちふさがるか」
彼女の手のひらの上に、画像が踊る。
それは、かつての自分。巨大な艤装を振り回して、周り中を憎んで、憎悪の対象のアメリカを割った悪鬼。
「一つ、一般人としてこの世界で生きるか」
次の画像は、今の自分の姿。何処にでもいそうな、ごく平凡な少女が学校に通っている。
「一つ、銀河帝国に移住するか」
宇宙を飛び回る船に乗り、遥かな銀河を目指していく姿。
「どれを選んでも構いません。貴方は神のおもちゃにされた人。だから、我が主は貴方に自由な選択を望みます。お手伝いはいくらでもしますよ」
画像は球体となり、周囲を回り続ける。
別々の世界のように、あるいは夢のような未来まである。
選んでもいい、好きにしていいと囁く彼女に、自分はどれにも手を伸ばせなかった。
世界を恨んでいるはずなのに。
すべてを消してやりたいはずなのに。
破壊することを望んでいたはずなのに。
『一緒に帰ろう』。
心の中に、その言葉が残っている。
暖かい少女たちの想いがすべて、空虚で憎しみだけだった体の隅々を、見たしている。
「・・・・・お願いを聞いてくれますか?」
ピクリと、ルリの眉が動いたのが解った。
彼女は予想していたのだろう。きっと解っていたのに、選択肢を一つ排除して話していた。
茨の道で険しい道で、きっと終わった後も苦しみが待っているのを知っているから。
「私は、艦娘になりたい、です」
壊してしまったものの分まで。
殺してしまった人達の分まで。
多くの人を護れる存在に、なりたいと願う。
「・・・・・はぁ。本当に貴方達は、ある人によく似ていますね。自己犠牲で自分ではなく他者の願いに命をかけて。本当にまったく」
呆れたように溜息をついた彼女は、けれど決して嗤っていなかった。
馬鹿にするようでもなく、愚かだと突き放すようでもなく。
「解って言っているんですね?」
「はい。苦しくても蔑まれても、私は艦娘でありたいです」
決意を決めて前を向く。
すると、ルリは背中を向けて歩きだした。
「ついてきなさい。貴方にとびきりの艤装をあげます」
「はい!」
振り返ることなく言われた言葉に、精一杯の声で答えた。
名前をあげます。
艤装に向かう間に、彼女は静かに語りだす。
かつて、その名前は軍艦ではなく艦隊の名前でした。
多くの困難と苦難と絶望を祓う艦隊。
時に反逆者となり、時に地球の楯となり。
多くの人々の希望の象徴として、幾多の危機を救った者達。
「魔除けの鈴・・・・・『ロンド・ベル』。アメリカを沈めた貴方には英語名が一番の罰でしょうから」
最後の一言を告げた彼女が指示した先、銀色の艤装が飾られてあった。
「これは?」
「ある人が使っていたものですが、もう使う必要がないものです」
銀色の艤装、複数の船体が備わった奇妙な形のものは、見覚えがあった。
あの時、遠距離にいた駆逐艦が纏っていたものだ。
「彼女は自分の艤装で出撃していますよ」
奪ってしまったかと心配していたが、杞憂のようだ。
「さて、突然ですが、出番です。生きなさい、『ロンド・ベル』級万能戦闘艦一番艦」
「はい!!」
勢いよく艤装を纏って飛び出す。
海原は広く、空は高く。でも、多くの影が飛び交う戦場には、多くの背中が見えた。
彼女達に続いていく。あの背中が目印になる。
もう二度と迷わずに真っ直ぐに、自分は艦娘としてあの背中を追う。
そしていつか、あの優しい艦娘達に追いつく。
脳内を火花が散る。
握り締めた拳が皮膚を食い破って血を流すが、関係なく前だけ見つめる。
「瑞鶴!!」
「大丈夫!! 次! 翔鶴姉は三時の上空! 蒼龍姉は八時の方向に三段階!」
「解ったわ!」
「了解!!」
元気よく返ってくる返事に答える暇もなく、彼女の脳裏は戦場のすべてを集め続ける。
『ホークアイ』八機分の情報量は、圧倒的な津波のように瑞鶴の脳を揺さぶる。
一機でも戦場を支配する電子偵察機の化け物。
それを八機も使って、最大稼働させているのだから、送られてくるデータは膨大すぎる。
けれど、やるしかない。
「瑞鶴!!」
「加賀姉!! 正面上空! 六段階展開よろしく!!」
「貴方って子は!! 戻ったらお仕置きですよ!!」
「戻ったら甘えるから! お仕置きでも何でも貰うから!!」
叫び返しながら、視界を滑らせる。
海域の敵の数、艦隊の動き、海流の向きと流れ、海中の敵の数。
次々に浮かんでは消えていく情報を頭に叩き込む。
脳内がチカチカする。
やっぱり無謀なのか、いいや出来るはずだ。
『扇』が使えるのは自分だけ、『蒼の迷宮』を成せるのも、自分だけ。
ならば、ここは堪える。
「扶桑! 山城! 全力砲撃! 貴方達の前に味方は配置してない!!」
呼び捨てにして、言語機能さえも演算に裂く。
最低限の単語、最低限の指示、そして最大限の戦術的思考を。
「ええ。山城!」
「瑞鶴がこらえているのに、私たちが抜かれるわけにいきませんから、姉様」
「そうね」
閃光が空間を薙ぎ払う。
これで敵航空機がかなり落ちた。敵艦隊の数も削られた。
「サラトガ! 後ろの艦隊は?!」
「まだまだ健在です! 一人も脱落者はいません!」
そう、そのまま来い。
味方艦隊には一人も脱落者は出させない。
轟沈は絶対になし、大破も中破もさせない。小破以下ならば、味方艦隊の誰かが修理してくれる。
「他の海域は?!」
『こちら伊勢! 大丈夫、持っている!』
『こちら陸奥よ! まだまだ行けるから!』
『長門だ! 誰一人、落ちてはいない!』
大丈夫、まだまだ想定内。
膨大な海域の中で、小さな艦娘を動かし続けるのは、無謀だと誰かに言われた気がする。
無謀で十分、無策でないならばやりようはある。
次と考えた瑞鶴は、視界が揺れた気がした。
「あ・・・・・・」
「瑞鶴!!」
横殴りの衝撃。倒れたというよりは、誰かに殴られた。
「・・・か、が姉?」
「やり遂げなさい! 自分が選んだことでしょう!! 貴方は誰の妹ですか?!」
「航空母艦加賀!」
「そうです!! 貴方は私の自慢の妹でしょう!! ならばこのくらい鎧袖一触です!」
視界が戻った。
泣きそうな顔で叫んでいる姉の姿に、奥歯を食いしばる。
自慢の妹と言った。認めてくれた。
ならば、姉の前で崩れ落ちるなんてできるわけがない。
「うん!! 大丈夫! 私はまだまだやれるよ!!」
「ならば指示を出しなさい! 私たちを引っ張るための『背中』を見せなさい!」
背後から支えるように、立たせられる。
思い返せば、『高天原』は、八丈島鎮守府時代から、背中を見続けていた。
最初はテラの、やがてルリの、そして吹雪や暁が、『十二天』が、背中を見せて多くの艦娘を引っ張ってきた。
ならば、今度は自分の番なのだろう。
「総員へ!! この『瑞鶴』に続け!! 道を開ける!」
「あの『背中』に続け!! 我らの花道はあそこにある!!」
蒼龍の叫びに、散らばっていた艦娘の視線が集められる。
熱い、背中がとても熱い。
姉の熱だけではない。多くの熱意が視線となって、背中に集められている。
あの人達は何時もこんな、熱くて寒いものを背負って、前に進んでいたのか。
重圧と恐怖、もし失敗したら全員が海底に沈む。
もし、少しでも間違えたら、取り返しのつかない失敗に繋がる。
でもそれでも、これは背中を押す恐怖だ。
足を止めさせるものではない、足を進めさせる恐怖だ。
前に前に。進め、全力で。
グッと拳を握り、彼女は前を見つめ、指示を出し、やがて辿り着いた。
「鳳翔さん!!!」
精一杯に、合図を出した。
最大戦速で、彼女は走り抜ける。
通常の艤装の出せる最大の速力で、半ば崩れ落ちかけている瑞鶴を追い越す。
隣では加賀が必死に支え、旗艦健在の背中を見せ続ける。
よくやりました、と内心で最大の賛辞を瑞鶴に送る。
広大な海域のすべてを、ルリや大淀ではなく彼女が支える。
当初は、その作戦に反論した。
全艦娘が否定し、あの加賀も強硬に反対したものに、ただ彼女だけは解ったと頷いた。
瑞鶴は、多くを語ることなく作戦を説明したルリに対して、『了解』と答えた。
誰もが彼女を説得しようとした、大半の艦娘が止めさせようとしたのだが、彼女は頑として首を振らなかった。
『私が出来ることがあるなら、それをやりたい。もう後ろに引っこんでいる私じゃないから』。
真っ直ぐに見詰めて語る彼女に、最初に折れたのは加賀だった。
妹の決意にこれ以上、水を差すのは姉ではない。ならば、自分がやるべきことは妹を戦場で支えて、引き際を見誤らないこと。
そう語っていたはずなのに。
ダメだと思って一度は止めたはずが、最後にはやり遂げろと言い放つとは。
似た者同士なのだろう。
『高天原』の艦娘は、あるいは八丈島鎮守府に集った者達は、全員が頑固者で譲ろうとせずに。
自分がやりたいと思ったことを、意地でも貫く通すバカものばかり。
そうか、と鳳翔は思った。
最初のテラ提督の命令は、こういうことか。
三つの命令に込められた意味を、改めて認識した。
『諦めずに進み、仲間と支え合い、そして自分のやりたいことを貫け』。
まったく、あの人もめんどくさいことを。こんな最終戦の最中に解るような、複雑な命令を出さなくてもいいものを。
「全員へ! 私の前には出ないでくださいね!」
「了解!」
背後に従う影に告げた後、鳳翔は力を解放する。
「傅きなさい」
刹那、海域の深海棲艦が抵抗を止めた。
動きのない海域、それでも鳳翔達は止まることなく進み続ける。
先頭を鳳翔に、後ろには吹雪と暁、その後に一隻のボートを牽引しながらの大和、最後尾を瑞鳳が固める。
頑固と言えば、彼もそうか。
話を聞いた時、馬鹿なのではないかと思った。
ただの人間が深海棲艦のど真ん中、敵本拠地への殴りこみに同行するなど。
瑞鶴の一件以上に呆れて、反論しかけて止めてしまった。
彼の眼差しと、何より瞳の奥の強い意志に打たれて。
「敵本拠地まで後四百!」
進行は順調、敵の妨害はほぼ押し止めた。
けれど、ここからは難しくなる。
「敵要塞棲姫クラス四隻確認したよ!」
瑞鳳からの報告に、鳳翔は顔をしかめた。
不味い、相手が悪い。恐らく、姫クラスには自分の能力はあまり効果がない。
まったくないわけではないが、完全に停止させることは無理だ。
こちらで迎えるのは、吹雪と暁と大和だけ。瑞鳳と自分は最悪の場合、ボートを引っ張って行かなければならないのに。
「右舷側の二隻は私が!!」
知らない声がした。
顔を上空へと向けると、見慣れた銀色の艤装を纏った、白い髪に金色の瞳の女性が飛翔している。
「貴方は?」
「遅れました! 『ロンド・ベル』級万能戦闘艦一番艦『ロンド・ベル』。ただ今を持って戦列に加わります!」
「誰なんですか?!」
大和の問いかけに、彼女は振り返って、吹雪を見つめた。
「一緒に帰ろう、あの言葉、本当にうれしかったです」
「貴方は、要塞棲姫の?」
「今はロンド・ベルです! 大丈夫です、必ず抑えますから!」
言うが速いか、彼女は八隻の艦艇を従えながら、右舷側の二隻へと向かっていく。
「なら、左舷側は私ね。吹雪、鳳翔、貴方達に任せたわ」
「私も行きます」
「後方援護するね」
暁と大和、瑞鳳が離れていく。
彼女達も解っているのだろう。自分と距離が開けば能力の作用範囲を離れ、艤装が使える。
その反面で相手も動きだす。
例え姫級の二隻を沈めても、素通りしてきた深海棲艦の群れが戻ってくる。
それに、本拠地から続々と次の敵が出てきている。
周り中を囲まれた戦い、けれど絶望など感じさせずに向かっていく三人を、頼もしく思う。
「では、行きましょうか、吹雪さん」
「はい。よろしいですか、高野総長」
声かけにボートの男は大きく頷いた。
「私が乗り込む」
「は?」
高野の発言に、軍令部の誰もが言葉を失った。
あの深海棲艦の群れの中へ、軍のトップが飛び込むというのか。
反対だ、誰もが口を開きかけて、彼の眼光に止められる。
最後の最後で英雄になりたいと思った。
華々しい戦果がを欲した。
違う、高野はそんな小さなものに拘って発言したのではない。
『・・・・・・本気ですか?』
「ああ、そうだ」
モニター越しのルリは、呆れたというよりは、少し悲しそうな顔で告げていた。
『茨の道が好きなんですか?』
「ケジメの問題だ。君たちと艦娘達に押しつけたものの、最後のケジメをつけに行く。私が適任だろう?」
穏やかに笑いながら、決して瞳の笑っていない彼に、ルリは大きくため息をつきながら、作戦を決めた。
『もしかしたら死にますよ』
「無様に生きるくらいならば、死を選ぶ。例え、無意味に見えても、価値があるならば私は喜んで死のう」
『まったく、男は馬鹿ですね』
「馬鹿で結構だ、ルリ君。では、諸君。後を頼む」
颯爽と高野は立ち上がり、軍刀を手に歩き出す。
決して大柄ではない、平均より少し小さい背丈の男。
けれど、軍令部の全員には、その背中が大きく映った。
思い出を語ろう。
いつか見た、あの空の元で。
いつか、この時が思い出となったなら。
またその時は語り明かそう。