吹雪と暁をとりあえずそれぞれの自室へと放り込んだ後、瑞鳳は鎮守府内を歩いていた。
打開策が思い浮かばなかったから、二人の回復力に丸投げしたとも言う。
電は強くしないといけない。次に同じことがあったら、轟沈がでないとは言い切れない。
かといって、一朝一夕で起動できるほど、第零種兵装は甘くない。
未だに八丈島鎮守府で起動できたのは、八人のみ。
共通点は、ない。
強いて挙げれば艦娘ということ。いや、それさえも怪しい。
第零種兵装のプロトタイプ、それを誰が扱っていたかは古参の面々ならば知っている。
吹雪や暁といった最古参の艦娘ならば、使用中の姿を何度も目にしたことがある。
八丈島鎮守府の頂点、テラ・エーテル提督。
冗談でも嘘でもなく、今も艦娘の誰よりも強く、今もなお成長を続けているといっても過言ではない、圧倒的支配者。
提督の配下、直卒の妖精たちは一人一人が一騎当千。
実際に瑞鳳の航空隊が震電で戦ったとしても、相手側が零戦に乗っていても、一機で十機以上が落とされる。
キルレシオ十対一なんて、馬鹿な話と誰もが思うだろうが、それをしてしまうのが提督直下の航空隊妖精たち。
主砲も、副砲も、魚雷も、爆雷も。外したところを見たことがない。
思考が逸れた。
提督が人外だったことを抜かして、他というと艦種も経験年数も共通点はない。
起動した艦娘の中で、一番の新しいのは。
「金剛、だよね」
八人中の八番目。
最も最近に起動させた彼女に、少し話を聞いてこよう。
少しでも情報を集めて、少しでも電への力にならないと。
「じゃないと、あの二人が今度は何をやらかすか解らない」
本当に、頭痛がしてくる。
普段は凛としてかっこいいのに、どうしてこう難題とかにぶつかって考え込むとポンコツになるのか。
瑞鳳は足の向く先を変える。
今は午後三時を回って、四時に差し掛かる頃。
金剛はこの時間は、決まって同じ場所にいる。
鎮守府を通り抜けて港へ。その先の丘の上、港が一望できる場所に彼女はいた。
「金剛~~」
「瑞鳳さん? どうしました?」
振り返る彼女は、相変わらず綺麗だ。今日は休息のようで、制服姿の巫女服ではなく、私服を着ている。
ロングスカートに長そで。ジャケットを着こなす彼女は、何処までも魅力的な女性だ。
特に胸部とか、胸部とか、胸部とか。恨めしい、胸部とか。
「あの、瑞鳳さん?」
「・・・・・・爆撃していい?」
「何の恨みがあって!?」
ついつい、目線が恨めしい胸部に向くのは、女の性だ。
「冗談だよ。本気の冗談」
「本気の時点で違うと思います。それで、私に御用ですか?」
「うん、金剛がさ、第零種兵装を起動させた時、どんな感じだった?」
唐突な話に、彼女は怪訝な顔をすることなく、考え込む。
「湖面でしょうか」
「湖面?」
「はい、湖が見えて、そこに私が立っていて。周り中に色々な人がいて、それで気がついたら動いていました」
sorry、と金剛が小さく口を動かす。
抽象的すぎて解らないからの謝罪か。彼女の言葉の意味に気づき、瑞鳳は首を振る。
「いいよ、大丈夫。ただね、電が起動させなくちゃいけないらしくてね」
「はい、その話でしたら、私も聞きました。提督も、無茶なこと言うなって」
「本当だよね。未だに八人しか動かしてないのに」
まったく、あの提督は。と瑞鳳は口の中で言葉を転がす。
「起動条件ってなんだと思う?」
直球で質問してみるが、金剛は少しだけ考え込むように黙り、首を振る。
「解りません」
「だよね~~ありがと」
「けれど、電なら起動させます」
「え?」
真っ直ぐに彼女は見つめてくる。
冗談だよね、と瑞鳳は返せない。何故かは、自分の心が知っている。
たぶん、電はもう起動条件を満たしている、と。
金剛と別れた瑞鳳は、再び鎮守府の敷地内へ戻る。
きっと、電は起動させる。妙な確信が生まれ、それは誤りだと言えないほどに大きくなっていた。
証拠など一つもない、けれど明確な確信。
何故、どうして、と頭を悩ませる彼女の前を、人影が遮る。
「瑞鳳? 戻ったのなら補給を受けないとだめですよ」
提督代行ホシノ・ルリが、扶桑と山城を従えて歩いていた。
「あ、提督~」
「代行です。大鳳から報告書は受け取っています。他は補給も整備も受けていて、今は休んでいますよ。貴方は?」
「ちょっと暁と吹雪のフォローから、色々と疑問が生まれたから」
「はぁ? あの二人の教導内容なら聞いています。ちょっと私の言い方が悪かったようですね」
反省している様子に、『そうだよ』と言い掛けて止める。
「提督代行は、第零種兵装の起動条件って知っているの?」
変わりに出たのは別の言葉。
この鎮守府内で、知っている人物は提督以外には彼女しかいない。
でも、まさか。知っていたなら、艦娘全員が扱えるようになっている。
なのにだ、古参ともいえる鳳翔は未だに第零種兵装を使えていない。
「はい、知っています」
「え?」
返答は予想外のもの。けれど、何故かストンと納得がいく言葉だった。
「えええええ?! じゃ、教えてあげなよ!」
「知ってはいても、教えられません。これは艦娘一人一人、状況と条件が違ってくるものですから」
「でも、知っているんだよね?」
「ええ。けれど、答えるわけにはいきません。知ってしまっては、状況と条件が変化してしまうものですから」
まるで謎かけた。
瑞鳳は、ちょっと恨めしそうに睨みつける。
対してルリは、ちょっとすまなさそうに顔を歪めた。
「起動したなら教えてもらえるの?」
「それは・・・・・・・まあ、いいでしょう。扶桑、山城、先に工廠に行ってください。夕張と明石には、何時も通りと」
「はい」
二人が一礼して立ち去ると、ルリは真っ直ぐに瑞鳳を見つめる。
「貴方の起動条件は、一度目の失敗、一夜を超える、それと夢です」
「え、え?」
「全体で見れば比較的、軽い条件がそろっているものです。ただし、一度目の失敗から続けて行わなければ、条件がクリアーされたことになりません」
「何それ?」
「夢も内容が決まっています。貴方の場合は、蒼穹と翼、羽ばたく両翼ならばもっと良い、と言ったところでしょうか」
そんなものは見たことがない。
答えようとして、言葉に詰まる。
本当に。
質問が被さり、視界が揺れる。
見たはずだ。遠い空を、高く昇る翼を、誰もいない世界の只中で、真っ直ぐ上を見つめた自分の姿を。
もっと戦いたかった。もっと空を飛ばせたかった。
もっと、もっと。高く飛べる翼が欲しかった。
「瑞鳳」
ハッと、意識が戻る。今、自分は何を見ていたのか、思い出せない。
「あまり深く考えない方がいいですよ。第零種兵装は、『瑞鳳としての手足』なので、引っ張られることもあります」
「え、あ・・・・・え?」
「艦娘としてではなく、貴方として。貴方の魂を現実世界での武装としたのが第零種兵装です」
「私の魂」
「はい、かつて『軽空母瑞鳳に乗っていた軍人たちの願い』。それが、貴方の魂だから」
フワリと、暖かい風が舞い込む。
あの時の大戦の時、皆がいた。懸命に必死に戦って生きていた。理想や使命で戦っていた人たちもいた。
ただ、家族のために、愛する人のために戦っていた人もいた。
誇りを胸に、前を向いて。
「そっか、そうなんだ・・・・・・私たちって、あの人達の願いで出来ているんだ」
「気づいてない子は多いですが。さて、もういいですか? あまり待たせると勝手に始めそうで怖いので」
「うん、ありがとう、提督代行」
「はい。瑞鳳、きちんと補給と修理は受けなさいね? 貴方は貴重な八丈島鎮守府の『駒』なんですから」
「は~~い」
笑顔で手を振って、瑞鳳はその場を立ち去る。
『駒』か。随分と冷たい言い方に聞こえるだろうか。
提督代行は『駒』だと艦娘のことを言う。他の鎮守府でも、艦娘のことを兵器として扱って、冷遇している提督もいるらしい。
けれど、提督代行は冷遇はしない。
『駒』としてきちんと整備し、保存して、傷つけないように扱う。
もちろん、出撃などは容赦なく放りだす。傷つくことは多いが、中破撤退が鎮守府内での暗黙のルールだ。
絶対に沈めない、誰ひとり欠けさせない。絶望も諦めも許さない。
『貴方達はテラ提督の駒です。ならば、その身すべては提督のもの。私は提督のものを勝手に沈める権利を持っていませんし、貴方達も有してない。いいですか? 絶対に戻ってきなさい。それが提督の絶対命令であり、私が最初に通達する勅命です』
最初に彼女は、そう告げる。
遠ざかって行く背中を、瑞鳳は振り返って見つめる。
冷たい時もある、辛辣な時もある。
けれど、最後にはとても優しい提督代行。
「ありがと」
小さく呟いた言葉に、彼女は手を挙げて振ったという。
海面を滑る。
空と海が描く蒼い世界を、瑞鳳は突き進む。
「今日はよろしくお願いします」
「久しぶりの出撃ですね」
前を進む赤城と加賀の声に、彼女は手を振りながら答える。
「よろしくねぇ~~~でも、空母四に戦艦二ってどうなんだろう?」
「え、え? 私としては加賀姉と瑞鳳さんに、赤城さんと出撃で楽しいけど?」
隣を進む瑞鶴は気楽に笑う。
何処までも底抜けに、考え事なんてしない、心配事なし。
お気楽能天気娘、瑞鶴がいる。
「貴方って子は。もう少し考えなさい」
「大丈夫! 難しいことは加賀姉に任せるから!」
ちょっと注意した加賀は、あまりにお気楽な返答に頭を抑える。
「はぁ・・・・・・可愛い」
「おい、シスコン加賀」
突っ込みを入れる瑞鳳だった。
「相変わらず、うちのACEは元気デスネ」
「ウォースパイト、もう少し発音を勉強しない?」
「これでも、頑張っているノヨ、ビスマルク。貴方はPa-Fekutoね」
残り戦艦二隻は、後ろから追従中。
「おしゃべりはここまでにしましょう。そろそろ、敵艦隊の発見地点ですよ」
赤城から忠告に、全員の顔が引き締まる。
「それじゃ、行ってみようかな? 偵察隊、発艦始め」
瑞鳳が弓を構え、矢を放つ。
放たれた矢は蒼穹を駆け上がる。彼女の願いのように、いつかの彼ら達の想いのように。
何処までも高い空を、翼を広げた鋼鉄の鳥が舞う。
「うん、大丈夫。皆のことは忘れないよ・・・・・時々は忘れるけど、大丈夫。私はここにいて、皆の願いを叶えているよ」
小さく呟き、瑞鳳は右手を自分の胸に添える。
きっとそこにあると信じている、魂の場所へと。
敵艦隊の撃破完了、八丈島鎮守府海域に深海棲艦の反応なし。
「うん、今日も元気、元気」
鼻歌交じりに戻ってきた瑞鳳は、鎮守府のドックに入ってから思い出す。
「あ・・・・・ああああああ!」
「えええ!?」
「どうしました?!」
赤城、加賀、瑞鶴、ビスマルク、ウォースパイトが一斉に振り返り瑞鳳を見るが、彼女はその場で蹲って頭を抱えていた。
「・・・・・・吹雪さんと暁さんのこと、忘れてた」
すっかりと忘れていた問題のことを、思い出した。
その後、瑞鳳は二人が部屋で布団をかぶって寝ているのを叩き起こし、提督代行から聞いた話を伝えたのでした。
ちなみに、数日ほど二人の姿が見えなかったため、八丈島鎮守府ではこの期間のことを、『天岩戸の日々』と呼んでいたとか、いなかったとか。
かつての自分達を思い出す。
ドックに入ったまま、月日だけが 過ぎていった過去。
出撃の機会さえなかったあの日。
ただ、悔しかった。